2013/07/21

810【東京路地徘徊:麻布我善坊谷・4】谷間の底の落合坂を行く(その3)南の路地とその上に見えるレトロ建築


【麻布我善坊谷・1】http://datey.blogspot.jp/2013/07/806.html
【麻布我善坊谷・2】http://datey.blogspot.jp/2013/07/807.html
【麻布我善坊谷・3】http://datey.blogspot.jp/2013/07/809.html

4.落合坂を行く(その3)我善坊谷の南の風景

 さて、こんどは落合坂の南側の風景を、またあらためて西側から東へ見ていこう。
 南側の路地そのものは、北側と大差はないのだ。奥に15mも行けば飯倉台の崖下に突き当たる。

 こちらの飯倉台の上にも工事中の超高層建築が見えるが、
尾根を越した狸穴あたりらしい。

路地の突き当りの崖の上に重厚なレトロっぽい建物が姿を見せた。
日本郵政飯倉ビルである。

郵政飯倉ビルは4階建てだがかなり横に長い。
北側と違ってこちらには超高層建築は姿を見せない。

路地の奥に入ってツタが絡まる廃屋の横の崖下から
崖上の日本郵政飯倉ビルを見上げる。

東京駅前の中央郵便局のように、この日本郵政飯倉ビルも建て替えるらしい。
そうしたら下半身に今の姿をコピーした超高層建築になるのだろう。
これは以前に撮った日本郵政飯倉ビル。
もともとは1930年に建った逓信省貯金局庁舎。
逓信省建築にしてはちょっと古典的な風貌を持っているのは
設計が逓信省ではなくて大蔵省営繕管財局だからだろうか。

蔦の絡まる空家、崖地の緑、崖上の西洋館がなんとなく調和する風景
この飯倉ビルはこちら側は完全に裏なのだが全く手を抜いていないのは、
がけ下からの眺め、あるいは仙石山からの眺めを意識したのだろうか。


路地の奥にツタの絡まる木造アパート
 その奥まで入ってみると廃墟感に迫られる

空き家の玄関には森ビルの張り紙

三年坂までやってきたのでちょっと登る

差年坂から振り返って我善坊谷を西に望む。
左に飯倉台の上の日本郵政飯倉ビルが見え、
向こうの一番高いビルは東京ミッドタウンらしい。
右は仙石山の上野森ビルによる再開発ビル。
この民間を超高層ビルが埋める日がいつか来るらしい。

三年坂を戻って下り、右の二つの大きな建物は霊友会、
正面の森は飯倉台の尾根の東端部にある西久保八幡神社。

近づいてみて驚いた。霊友会の建物は飯倉台の上にあるのではなくて、
この尾根をストンと谷底レベルまで断ち切ってしまって建っているのだ。
だから西久保八幡神社の霊友会側の丘の下に大きな高い擁壁が建っていて、
神社は尾根の上ではなくて今や島の上に建っているのである。
尾根の先端部に神社が建つのは古代からの岬信仰の伝統を背負っている。
ここでは岬をちょん切られて島になった神社はどうなっているのだろうか。


このあたり地形図を探したら港区のサイトにあったが、
霊友会釈迦殿ができる前の地形のままなのでここで訂正しておいた


霊友会を過ぎるあたりに来ると空き家が目立ってくる

上の写真の建物の向こう側に回ってみた。

路地の奥に八幡神社に登る細い石段があり、そこから振り返ってみた風景
 路地から振り返って北を見た風景

路地探検を終えて気になる西久保八幡宮に行ってみる。
桜田通りに面したビルとビルの間の参道から岬の上に石段を登る。

登ってこれが西久保八幡神社社殿、おお、これはすごいことになっている。
黒服霊友会釈迦殿が手錠を振りかざして社殿に覆いかぶさる。
岬信仰の神社は社殿背後の山を拝むが、ここは神仏混淆で釈迦を拝むのか。
新旧ふたつの信仰の場が競合して、なんとも奇妙な景観を生んでいる。
それにしても釈迦殿設計の建築家(竹中工務店)はどう考えたのだろうか。
真っ黒で異様なる巨大建築で我善坊谷の風景にひずみを生じさせ、
隣接する歴史的な背景を持つ神社の景観を破壊している。

つづく。 次は我善坊谷とその周辺の歴史的考察

◆参照麻布我善坊谷風景今昔未来譚(その1)(その2)(その3)(その4)(2013/07)

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