2015/09/01

1123【東京風景】いまどき大阪阿倍野ハルカスに対抗して東京駅北口で超高層ビルの高さ競争する不動産屋は遅れてるよ、社会貢献競争しなさいよ


●大阪に負けないぞと東京駅前に日本一高いビル計画

 東京駅北口の前に、日本一髙いビルを建てる計画という新聞記事(2015年9月1日朝日東京版)である。
 これは大手町の日本ビルがあるブロックらしい。あの巨大な戦艦のごとき日本ビルが消えるのか、ちょっと感慨無量になる。だって、あそこには、ながらく通勤したものだったから。

 それにしてもあの丸の内・大手町で390mもの高さのビルを、あの三菱地所が建てるとは、時代は大きく変わった。
 だって、丸の内に最初に超高層ビルが建つことになった半世紀前のこと、頑強に反対したのが三菱地所だったのだから。
 しかも、大阪のアベノハルカスより高くして、日本一にするんだそうだ。いまどきそんな競争してもしょうがないと思うが、不動産業界はそういうものか。

●むかし超高層にあれほど抵抗した三菱も変ったものよ

 1966年、東京海上ビルが超高層建築に建て替える計画を出したところ、丸の内には超高層は似合わないと反対運動が起きて、丸の内景観論争が起きた。
 皇居を見下ろすのはけしからんという保守派、いまや超高層建築による都市づくりが先進国の当りまえという建築界、政治家も絡んで揉めたのだった。当時のある建設官僚の首が飛んだ。
 その裏には、たくさんの既存ビルを持つ三菱地所の保守的な不動産業の立場があったにちがいない。近くの他に新ビルが建つとテナントが流れてしまうからと思ったのだ。
 結局は100mの高さまではよろしかろうと、あいまいな手打ちをした結果が、赤い色の東京海上ビルの登場であった。
*参照:1966年丸の内美観論争についてはこちらから
 https://sites.google.com/site/machimorig0/tokyost-hukko2 

 その後、丸の内に三菱所有外のところに100mビルが次々に建ちだす。1980年代になると、三菱地所も超高層時代の到来に気が付いたらしい。
 あれほど超高層に反対して100mで妥協したのに、コロッと態度を変えて200mの超高層群への建て替え計画『丸の内マンハッタン構想』を発表して、世の総スカンを食ったこともあった。
丸の内再開発計画(マンハッタン構想)(三菱地所1988)
それでも、ついに丸ビル、新丸ビル、パークビルなど、200m級への建て替えまでもってきたのは、さすがに政治的に強い三菱である。

 そして今、400mへの建て替えとなって、むかしむかし、天皇様を見下ろすのは恐れ多いと言っていたあの三菱さんも、なんとまあ変れば変ったものである。
 皇居見下ろし自由自在である。あ、皇居側には窓をつけないとか、、。
 
*参照:東京駅関連歴史年表 
https://sites.google.com/site/machimorig0/tokyost-nenpyo

●わたしには懐かしいあの日本ビルが消える

 さて、その建て替える「日本ビル」のことである。東京駅北口をでた真正面にドデンと立つ巨大な貸ビルである。今やむかしむかしになってしまったが、そこにあった「RIA」のオフィスに、わたしはながらく通勤したものだった。
 RIAの創立者の山口文象は、戦前から有楽町近くの旧い赤レンガ建物「三菱仲四号館」に事務所をかまえていたが、それをRIAの事務所にしていたのを、建て替えで追い出されて日本ビルに移ったのだった。
 それがいつだったか覚えていないが、1960年代の末頃だったような気がする。
 
 記憶では、初めは第3大手町ビルという名であったが、これにもうひとつのビルをくっつける様な増築をして、日本ビルと名前を変えたような気がする。
 中庭をとり囲む平面的にばかでかいビルで、エレベーターバンクが離れて2か所あり、長い長い廊下がビル内をぐるりと一周していた。
 ビルの中で、初めは4階だったが狭くなり、その次は11階、そしてまた5階へと、引っ越しをした覚えがある。
 外に出ないでも暮らせるほどに、なんでもかんでもそろっていた。よく徹夜仕事をしたが、さすがに風呂屋は無い。それでも、便所にある掃除用の大きなシンクに水を張って、夜中に入浴した男もいた。

●それだけデカく建てるなら何を社会貢献してくれるのか

 さて、そんなでかい建物を建てるのだから、どんな社会貢献するのかと見たら、なんだ、陳腐な広場だけでしょ。広場も歩行yさネットワークも、もともと現在あるでしょ、新しい貢献じゃないよ。
 下水ポンプ場の整備をもっともらしく挙げているけど、それももともとここにあるものだから、新たな貢献じゃないよ。

 これだけドデカイ物を建てるのに、なんだかチンケなんだよなあ。
 あのね、どうです、目の前の日本橋川の上にかかる、あのうっとおしい首都高速道路を、新ビルの胴中に抱え込んでくださる、ってのをやってくださいよ。
 そして歴史的橋梁の常盤橋と、日本橋川の水面を復活してくださいよ。
 
 と思って、三菱地所が公表した計画概要にある絵を見たら、おお、日本橋川の上にある首都高速道路を描いていないぞ!、すごい、水面が光って見えているよ~。 
 えらいっ、さすが三菱様、新ビルの中に取り込むんですね、パチパチ(拍手の音のつもり)。
できあがるのを楽しみにしていますよ。
 あ、いや、ちがうぞ、、もっとよくよ~く見たら、薄い細い白い線で首都高らしきものが、川の上に描いてあるなあ、、、な~んだ、騙し絵かよ~、ひどいなあ、ガックリ。
 あのねえ、不動産屋さんは、高さ競争じゃなくて、社会貢献競争をしなさいよ。
 ざっと調べたら、現況でビル床面積は32万㎡を超える。これを壊すと、どれだけのゴミが出て、どれだけ環境負荷を増大するのだろうか。


参考「常盤橋街区再開発プロジェクト」計画概要について](三菱地所発表)より 
http://www.mec.co.jp/j/news/archives/mec150831_tb_390.pdf

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