2017/01/26

1248【能「隅田川」を観る】傘寿となった人間国宝・野村四郎が演じる隅田川を観てきた

 東京の隅田川に「言問橋」(ことといばし)という面白い名の橋がある。その橋は関東大震災の復興橋梁として1928年に架けられた名橋のひとつである。
 この橋のことを川端康成が『浅草紅団』のなかで、「清洲橋が曲線の美しさとすれば、清洲橋は直線の美しさだ。清州は女だ。言問は男だ」と書いている。
言問橋の透視図 復興局橋梁課嘱託技師時代の山口文象によるパース
  言問いとは、質問という意味である。その由緒は9世紀ごろに成立した歌と紀行の「伊勢物語」にさかのぼる。
 そのころの隅田川は、たぶん自然堤防の流路で橋は無く、船による渡し場があったのだろう。その物語の主人公である在原業平がやってきて詠んだ歌がある。

  名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと

 川の上に入る鳥の名が都鳥と聞いて、業平の故郷の京の都を思い出して、愛しい人は無事に過ごしているだろうかと、都鳥に問いかけるのである。
 この歌が有名になり、後に橋を架けた人が言問い橋と名付けたのだろう。

 なぜ有名になったのか。それは16世紀初につくられた能「隅田川」が有名になり、その主題歌とでもいうべき歌がこれであったからだ。
 もっとも、庶民にまで知られたのは、17世紀以後のことだろう。いまもある名物「言問団子」のネーミングも、有名な歌を利用した宣伝である。それが地名となり、橋の名になったというわけである。

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 さて話はその能「隅田川」のことである。2017年1月25日に国立能楽堂でその能を観てきたことを書くために、ここまでがその前置きであった。
 わたしが能の隅田川を見るのはこれで6回目である。そのほかに能からアレンジした「隅田川」物を2つ見ている。ひとつはベンジャミン=ブリテン作のオペラ「カーリューリバー」、もうひとつは浄瑠璃とコラボレーション能「謡かたり隅田川」である。
 分りやすい悲劇を、いかに演劇あるいは芸能にするかという、それぞれの工夫が面白い。

 さて、今回の能「隅田川」は、シテ野村四郎で地頭は梅若玄祥という、実に強力な組み合わせである。わたしはこれまでに四郎の隅田川を2回、玄祥のそれを1回観ているが、今回久しぶりに観て感動したのであった。
 能「隅田川」は、誘拐された幼子を捜し歩く母が、その子の埋葬された塚にたどり着き、嘆き悲しむという実に分りやすい悲劇である。
 離別した子を探す筋書きの能は多くあり、最後は親子が出会ってめでたしになるのが普通だが、この「隅田川」だけが唯一の悲劇であるところに、能としての特徴がある。
「能の図 隅田川」 狩野柳雪

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 これまで観た能「隅田川」の詳細な記憶があるのではないが、今回は最後のところがこれまで観たことのない演技であったと思う。
 塚から亡くなった子の亡霊が出現し、母はかけよって手を差し伸べると消え去り、ふりかえると再び亡霊出現、母は抱こうと駆けよるが、亡霊はまた塚の中に消え去る。
 そして母の嘆きのうちに、ほのぼのと夜が明けて、もう子の亡霊は現れない。まわりは荒涼とした野が広がり、能はおわった。

 子方を追いかけて崩れ込んだシテは、舞台上の作り物の塚にすがりついて、ゆすらんばかりに嘆く所作のうちに、地謡が歌い終えた。
 これまで観た能「隅田川」では、嘆く母は立ち姿のままでシオリ止めとなっていたと思うから、ここは四郎の新演出だろう。これまでの抑制的な嘆きの型を、激情的な表現の型へと工夫したのであろう。
 それを論評するほどの見識をもちあわせないが、これで「哀れなりけり」と謡い納める嘆きの深さに、激しさをも加えたことがよく分かった。

 激情的な嘆き表現と言えば、六代目歌右衛門が得意とした歌舞伎舞踊「隅田川」がある。そこでは狂乱とも言えるほどの激しい所作で、子の死を嘆き悲しむ。
 能にもとをとる歌舞伎は多いが、能の抑制した表現を歌舞伎一流のオーバーな表現に転換する。隅田川では歌舞伎では過剰な嘆きが舞台に溢れ、能では深い重い嘆きが舞台に積もる。

 野村四郎は、いま傘寿だが決して枯淡の演技ではなく、最後の所作ばかりか、全体にその謡や言葉は哀れさよりも激情的な表現であったように観た。
 ただし、さすが年には勝てないのか、あの華麗なる謡にいくぶんかの錆と淀みを聴いたのが、ながくその美声ファンのわたしには寂しいと感じた。

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 能「隅田川」は、観世元雅の原作とされる。その父は能の大成者の世阿弥元清である。
 その親子が、この隅田川の能の演出についての論争したことが、世阿弥が書いた『申楽談儀』にある。元雅は塚から死んだ子の亡霊を舞台に登場させる演出を、世阿弥は登場させない演出をそれぞれ主張したというのだ。

 今回の能「隅田川」は、亡霊が登場したから、元雅の演出によるものだ。もっとも、わたしはこれまでに子方の亡霊が登場しない隅田川を1度しか見たことがない。喜多や金剛など下ガカリでは、子方の出ない演出を普通にしているのだろうか。
 子方の出ない演出を観たいと思う。子方がいないシテひとりの舞台で、塚の中から子が謡う念仏の声と塚から現れる子の亡霊という母の幻聴幻視を、観客にも幻聴幻視させる演技を、ぜひとも観たいものである。

 もうひとつわたしが考えている観たい演出がある。それは、母がただただ嘆くままに終るのではなくて、子の死を確認して再出発する母を表現して終るのである。
 母はこれまで、「人の親の心は闇にあらねども子を思う道に迷う」ばかりだったが、今、子の死を確認したことで、ようやく「ほのぼのと明け行」く時を迎えた。朝日の光りの中、4月の春の日、緑が萌えてたつ「草茫々」の「浅茅が原」に立ちあがった母は、、次の人生へ歩みだすのである。
 つまり、その母を「哀れなりけれ」と悲しみの目で見るのではなく、もうひとつの古語の「あはれなりけれ」として、その母の再出発をしみじみといとおしく謡うのである。そんな演出はどうだろうか。

 能「隅田川」の母の次の運命を描く芸能は、いくつもあるらしい。
 そのひとつをアレンジしたのが浄瑠璃とのコラボレーション能「謡かたり隅田川」である。そこではなんと、母は絶望のあまりに隅田川に入水するのであった。

 余談だが、隅田川に登場する狂女は、笹の枝を手に持って面白く舞う姿を人々にみせて群衆を集め、失踪した子の行方を尋ねていたのだろうか。ほかの狂女物の能ではそのような狂女が登場する。
 今なら、どのような人物なのだろうか。ちかごろ街なかで、独りごとをブツブツ言いながら歩き回る女にであうことがある。これが笹の枝をもっていると、そのまま隅田川の狂女である。昔々、地下鉄飯田橋駅地下道に、いつ通っても、木の枝を持ちブツブツ言いつつ舞う狂女がいたことを思い出す。

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2017/1/25(水)14:30 国立能楽堂
狂言 大蔵流「神鳴」  シテ:山本東次郎、アド:山本則俊
能  観世流「隅田川」 
   シテ:野村四郎、子方:清水義久、ワキ:宝生欣哉
   囃子  笛:藤田六郎兵衛、小鼓:観世新九郎、大鼓:亀井忠雄
   後見:浅見真州、野村昌司
   地謡:梅若玄祥、武田宗和、岡久広、青木一郎 ほか
   後見:浅見真州、野村昌司

●参照
 能役者 野村四郎サイト http://nomura-shiro.blogspot.jp/
 趣味の能楽鑑賞 https://sites.google.com/site/machimorig0/#nogaku

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