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では、馬場先通りを西へ、堀端の方へ歩きましょう。
この日比谷通りと馬場先通りの角地に立つのが1934年に建った「明治生命館」です。重要文化財指定の建築です。
丸ノ内の重文指定建築と言えば、最初の東京駅がそうでした。そして三菱1号館美術館は重文なりそこね、鳥取藩池田家上屋敷表門は今は上野の山にお出かけ中ですね。
明治生命館(馬場先通り側) |
この明治生命館の後ろに超高層ビルが建っていますが、2004年に完成した「明治安田生命ビル」名です。
ここには千代田ビルがあったのですが、その土地と明治生命館の土地をひとつの敷地に合併し、明治生命館はそのまま保存した上で、その上空の未利用容積率をこちらの新ビルに載せて超高層にしたのでした。
更にそのときに、明治生命館が重要文化財なので、それを保存した場合はその床面積分を容積率にボーナスとすることができる特定街区という制度があるので、その分が加わって、ここでは普通なら1000%のところを1500%で許可を取って建設しています。500%のボーナスの内、重要文化財保存へのご褒美分は280%だそうです。
そういえば重要文化財の東京駅も容積移転していますが、これは特定街区制度ではなくて、特例容積制度によるものですから、重文による特別な割り増しはありません。
この明治生命館はすごいですねえ、こんな本格洋風建築はもうできませんね。生命保険とか銀行とか、他人のお金を預かるところは、見た目も安心するような立派なビルにする必要があったのでしょうね。
1970年代までは丸の内にはこんな真正面に太い柱の立ち並ぶ、なんとも権威主義的なビルがあちこちにありました。
この馬場先通りでは三菱銀行本店がそうでした。他に第一銀行、日本赤十字、農工銀行(第一勧銀宝くじ部)、農林中金などでしたが、みんな消えました。
それにしても、この新超高層ビルはペラペラガラス張りで、ドッシリ石張りの明治生命館とずいぶん違うデザインなのは、立派過ぎる先輩に敬意を払ってわざとそうしたのでしょうね。でもねえ、ここまで逃げなくても、なんとかできなかったもんですかねえ。
その点では、後で見る予定ですが、「第一生命館」の後ろの超高層建築は、それなりに抑制と共に調和しているデザインだと思います。
馬場先通り側の明治生命館と明治安田生命ビルのとりあい |
日比谷通り側から見る明治安田生命ビルと明治生命館 |
では、日比谷通りを渡り、馬場先門があったところの堀を渡ってから、馬場先通りを振り返ってみましょう。
馬場先通りの西端は、左に明治生命館、右には建替え中の東京商工会議所(1960年)ですが、これには冨士ビル(1962年)と東京会館(1971年)も共同の建替え事業です。2017年7月 馬場先門から馬場先通りを観る |
さてこの右側にはどんな歴的な景観を見せるビルができるのでしょうか。だって、この明治生命館と対をなす建築ですし、設計はこのあたりの大地主の三菱地所せすから、それなりの景観デザインをするに違いありません。2018年竣功なので期待しましょう。
と思ったけど、公表されている計画だと、こんな姿のようです、う~ん、ヘイヘイボンボン、いわゆる墓石型、、ま、いいか。
公表されている計画模型写真 |
それじゃあ、ここの昔の景観はどうだったか、タイムマシンでさかのぼりしょう。
2017年7月 左は明治生命館、右は建替え中の東京商工会議所 |
2004年 |
1987年 |
1974年(『都市住宅』1974年5月号所収) |
1951年(『縮刷丸の内今と昔』(三菱地所1952)所収) |
1930年以前の馬場先通り赤煉瓦街景観(一丁倫敦)帝都名所絵葉書 左は三菱2号館で1930年に取り壊して現明治生命館に建替え 右に東京商議所、左の三菱2号館の向うは5号館と1号館 |
では明治生命館に入って見ましょう。中には立派な広間があるので、歩き疲れたからちょっと休憩しましょう。
重要分文化財として内部も一部公開されているのです。そう、東京駅も公開されているけど、あれは駅なので当然ですが、こちらは企業のオフィスビルだから、セキュリティが厳しい近ごろは珍しいことですね。三菱一号館美術館の中庭オアシスもいいけど、こちらの豪華な屋内オアシスもいいですよ。外も立派だけど、中もすごいですねえ。しかもゆったり憩う空間として公開しているって、いいですねえ。ここで音楽会が開かれたりしています。
ふらりと入ってこんな建築空間に出会うことは、めったにありませんね。
ここのとなりは平日は営業室として使っています。このようなオフィスで仕事をする人たちは、いったいどんな気持ちなんでしょうねえ。それともなれっこかな。
公開空地のアトリウム 左向うが明治生命館 手前は明治安田生命ビル |
新旧ビル間の公開空地パサージュ 左が明治生命館、右は明治安田生命ビル |
今も営業している公開空地の執務室 |
公開空地等の説明版 |
この後で行きますが、丸ノ内では第一生命館が、日本が戦争に負けた1945年から連合国軍最高司令官総司令部に接収されてマッカーサーがいたことが有名です。
この明治生命館もアメリカ極東空軍司令部として1956年まで接収されていました。
だからいろいろ改変れていたのを、修復復元したそうです。
(つづく)
◆東京駅周辺まち歩きガイド資料2017年5月版(伊達美徳制作ガイドブック)
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