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2024/10/22

1843【気候変動核毒列島】日本列島は暑すぎて果物もコメも人間も北へ北へと移るのか

●青森名産はいまにリンゴからモモに

 暑い暑いと思っていた夏から急に秋になった。この数年、ある日からガタンと急に季節が変わるような気がする。四季が徐々に移り変わる情緒がなくなってきた。そして全体に暖かくなってきている気がする。
 2024年10月20日の東京新聞日曜版に、温暖化で日本農業が変化してきた話が載っている。

 リンゴと言えば青森県が中心だと思い込んでいたら、なんとまあ、リンゴ栽培に適した地域が次第に北へと押し上げられて行き、そのうちに中心は北海道に移るそうだ。

 青森の南部では、リンゴ「つがる」の果樹園を、桃「川中島白桃」に作り替えているそうだ。そのうちに、青森名産は桃と言われるようになるのだろうか。


 サツマイモは、その名のごとく薩摩の国鹿児島県が日本一産地と思い込んでいたら、なんと今では関東の茨城県が肩を並べている。そして北海道でさえも商業栽培が可能になってきて、生産が伸びているという。

●新潟コシヒカリも退場か

 では主食のコメはどうなんだろうか。もともとは熱帯の植物を、日本の地の環境に合うように有史以来営々と改良してきて、今では北海道でも普通に栽培できるようになっている。そのコメも近年になって温暖化によって水稲栽培に影響が出てきて、一等米の収量が減少しているそうだ。そこで暑さに強い水稲栽培へと品種転換が進む。

 新潟の米といえば「コシヒカリ」と思い込んでいた。わたしが中越震災復興の手伝いで香っていた長岡市の山村でやっていた棚田米つくりも、コシヒカリ一本鎗だった。今年もその新米が現地からやってきたので早速食べたが、実にうまかった。ちょうど今、コメ不足でやむを得ず買った茨城県産コシヒカリがうちにあるのだが、これが実にまずいので、閉口していたところだった。

 ところが東京新聞によれば、2023年も新潟県ではコシヒカリ生産量は一番だが、その一等米比率は生産量のわずか5パーセントしかないそうだ。これに対して同県産の高温耐性品種米の「新之助」では一等米比率94.7パーセント、つまりほとんど一等米である。
 わたしはまだ「新之助」を買って食べたことがないが、次にこれにしてみよう。一等米比率が高いことと味が良いこととは、比例するのだろうか。

 こうして、今に北国のコメやモモは当たり前、そのうちに北海道名産バナナやパイナップルが出てくるに違いない。そのころは沖縄や鹿児島では、何が名産になっているのだろうか。いや、寝体になってしまった列島の南方に人が住んでいるだろうか。そのころは私はこの世にいないからどうでもよいことだが。

●人間が壊してしまう農業

 こうして地球の気候変動に対応して生産物も替えつつ生きていく人間はなかなかにしぶとい生き物である。ところがその反対に、その生きる努力を阻んでしまうのも人間である。
 同じく2024年10月21日の東京新聞の記事である。東京新聞では「3・11後を生きる こちら原発取材班」という記事を定期的にだしている。

「野生の食用キノコ セシウム汚染は今 2024年秋 福島県飯館村」

 これは福島県の核毒被災地「飯館村」の、山中で採集した野生の食用キノコの放射線量分析の結果である。2011年の福島第一原子力発電所の水素爆発で、核の毒を大量に山野にばらまかれた村である。街や田畑は除染という大掃除で、降り積もった核毒を、全部ではないが他に持ち出したが、大掃除をさぼったままの山林にはそのまま核毒が降り積もっている。
 
 当然のことにその山中には、季節に応じて山野草類、キノコ類が生えてくる。そしてもちろんそれらを採集して食べると、核の猛毒で内部被爆して死ぬことになる。東京新聞の記者は、キノコの毒の量を計って定期的に報道している。
 
 2024年秋の飯館村の山中に生え出た食用キノコは、どれもこれも核毒まみれである。食品基準の100ベクレルを大幅にこえて、2万ベクレルに近いものもあった。ハナホウキタケ類ときたら11万6500ベクレルだからすごすぎる。つまり飯館村の山々はこんなに毒まみれのまま放置されているのだ。

 もちろん飯館村だけのことではない。この山々から流れ出す雨水は、いったいどうなっているのだろうか。田畑に街に核毒を流し込んでいるのだろうか。それらの山野草キノコはいつになったら、食べることができるのだろうか。

 米を作り、果樹を実らせ、野菜を育てる農業の場を、一生懸命に作り上げている人間がいる一方で、それをほぼ瞬間的に超広域に超長期間にわたって破壊してしまう核発電所、これが日本列島ほぼ全体に広がる現実を、わたしたちはどう考えればよいのだろうか。

●このブログでの関連瓢論
2014/09/23【福島東電核毒地徘徊2】見えない核毒が創り出した見えるべきものが見えない風景に戦慄する

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伊達美徳=まちもり散人
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2024/09/01

1834【ようやく秋】猛暑や豪雨が毎年だから今や異常気象じゃなくてこれが普通かも、戦争もこれが普通かも

 今日から2024年9月、停滞のろのろ台風でこの数日は雨続き、おかげで涼しくなって、秋の気分だ。例年になく暑い夏と言っていたが、やはり秋は来るものだ。そして水害という災害も毎年のようにちゃんと来るものだ。異常気象が異常でなくなる時とは、災害も暑さも例年通の過酷現象になったときだろう。いつも異常だと異常とは言えなくなるからだ。

●異常気象が普通になる

 コメが食品店から消えてもう何日になるだろうか。これも異常気象のせいだろうか。しょうがないから三食を麺かパンか外食に頼る毎日だ。
 米を買えない現象はいつだったか大不作の年があって、タイから緊急輸入したのだった。今年はどうなんだろうか。農水省がコメの作柄を発表している。不作でもなさそうだからもうちょっとの辛抱か。


 このコメの状況のマップを見て思ったのは、コメは熱帯植物とばかり思っていたら、北海道や東北の方が育ちがよいらしく、冷温帯の植物に変化していることだ。
 これはコメの品種改良によるのだろうが、それよりも気になるのは、暑い日々が続く異常気象が定着して、コメも南方よりも北方の方が育ちやすくなっているのだろう。南方の昆虫や魚が来たのちや海でみられると同じことで、稲も次第に北上しているのだ。
 念の為2016年の同じマップ(右)を見たら、ほぼ傾向は同じだから、もうずっと前から本州中四国はもとより北海道も熱帯に近くなっているらしい。

●コロナは今や第11波だが

 異常気象が異常じゃなくなれば、新型コロナ禍も普及してしまって、いまや異常ではなくなるほどにも定着してきたのかもしれない。5年前の当初から数えると感染の流行の山は今や第11波だそうだ。こうも何度もやってくると異常ではなくて普通のことに思ってしまうのももっともだ。マスクもつけなくてもいいや、飲み会やって大声でしゃべりあってもいいや、なんて思う。

 2020年初からのコロナ来襲で、人々との出会い制限が特に老人には強烈にはたらき、社会的ネットワークが次々となくなってきた。これに加えて2021年から家人への介護が始まり、コロナ禍と老々介護が重なってくるともう身動きとれない日々であった。辛かった。

 今コロナ禍はほぼなくなり、家人の介護も7月末に終了し、5年ぶりに獄外に出て自由な日々を謳歌してよい日々が来た。ただし、その間にわたしに老いを確実に重ねてもいたのであった。いったん切れた社会的ネットワークはおいてしまうともう元には戻らないし、身体の老化も不可逆である。この最晩年という貴重な日々を失ったのは、大きなショックであった。

●プーチン戦争は泥沼化して続く

 そして今のもう一つの大きな悩みは、s無所の地球の争いと分断である。プーチン戦争については報道メディアのニュースは小さくなってきたが、コロナのように終息が見えてきたのではなく、むしろロシア本土攻撃へとウクライナは戦争拡大の様子である。

 これは泥沼戦争なのか、かつてに日本軍がチャイナへと攻め入った日中戦争と同じかどうか知らぬが、日本の軍部が当初考えていた短期終結が泥沼化したようなことを、今はプーチンがやっているのだろうか。
 クリミア半島は朝鮮半島であり、東南部諸州は満州のようなものか。日本の失敗の歴史的教訓をプーチンに教えてはどうか、なんて思う。いや、もっと近い時代にもベトナム戦争とか9・11復讐アフガン戦争におけるUSAの泥沼敗退の歴史もあるよなあ。
 
 気候はどんどん悪くなるし、戦争はあちこちでやまないし、USAトップ選挙に代表されるような人間社会の分断は地球上のあちこちで起きているし、わが身は老いに迫られているし、全くろくでもない時代に生きてるものだ。もしかしたら、異常気象が定着して異常といえなくなるように、戦争も定着してこれが人間の普通の地球というようになる時代が来る、いやもう来ているのかもしれない。と、慨嘆しきりの日々である。
(20240901記)
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伊達美徳=まちもり散人
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2024/01/03

1774【災害日本】ほぼ10年ごとに大地震が発生する日本列島の次はいつ?

●戦災に加えて震災も火災もある新年

 昨年はウクライナからパレスチナへと戦乱が拡大して、困った年のままにくれたが、開けたとたんになんと日本の能登半島あたりで大地震発生である。困った新年出発だ。戦乱は人災であるから何とか止めようがあるかもしれないが、震災は天災がもとだから人間には止めようがない。ひろがるのを防ぐしかない。

正月早々の新聞の第1面は災害記事から開始

 災害は更に続くのだ。次の2日には飛行機が衝突炎上とて、全く世の中に災難の種は尽きない日々である。ところがその飛行機事故は、どうやら能登震災が東京羽田にが飛び火したものらしいのだから困ったものだ。

 衝突炎上して死者5人を出したほうの海上保安庁機は、海上保安庁が能登地震への救援物資などを載せて運ぶものだったという。能登地震が無ければ起きなかった災難である。天災が人災を招いた。海保の死者は気の毒であったが、もう一方の日航機のほうは全員が辛くも逃げだすことができたとのこと。

●災害転倒ビルの風景

輪島市内の転倒ビル ネットで拾った
 災害写真でいつもいくつか目を引くシーンがいくつかあるものだ。今回は輪島
市内の7階建てビルの転倒である。基礎から完全に転げてしまっている。死傷者が出ていることだろう。転倒ビル写真を新聞で見て、これはネットで転倒前の姿を探しだすことができそうだとやってみた。輪島市の中心部をグーグルストリートであちこち動かしていて、見つけた。

上の転倒ビルの転倒前の姿 グーグルストリート
 その周りを見ると、転倒した方向に3階建ての建物がある。高さから見てもろに覆いかぶさる位置である。そこでネットニュースをあちこち見たら、なんとその黒い建物を下敷きにしてしまったとある。まさかということが起きてしまった。反対側とか後方の建物の人たちは口には出せないがホッとしているだろう。

 あれほどきれいに基礎から転んだビルの写真を、2011年の東日本大震災で見た記憶があるので、ネット検索したらあった。ところがこれは輪島のそれと大違いは、横から襲ってきた津波で倒れたのだった。輪島の転倒は地震動のみによるのだろうから、基礎工事の欠陥だろうか、地盤に問題があるのだろうか。1995年の阪神淡路大震災の時は神戸市内を訪れて、たくさんの傾いたりへたり込んだりした建物を見たが、横倒し建物を見ることはなかった。

●地震の名前に元号つける歴史否定感覚

 このたびの能登での地震を、気象庁は「令和6年能登半島地震」と名付けたそうだ。ヤレヤレ、またこの地震も何年前に起きたのか分からなくなるんだねえ、どうして「2024能登半島地震」と名付けないのかねえ。

 そういえば2011年の東日本大震災の時の地震は、なんという名前だったのか、その前の2004年の中越大震災の地震名は?、その前の1995年の阪神淡路大震災の地震名はなんというのかねえ、やっぱり元号が付いているのかしら。そう思って気象庁サイトをみたら「気象庁が名称を定めた気象・地震・火山現象一覧」があった。

 それによると、「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」、「平成16年(2004年)新潟県中越地震」などと言うのが正式らしい。元号和暦にカッコで西暦をつけるのだから、「令和6年(2024年)能登半島地震」と言うのが正式なのだろう(この一覧には載ってない)。長たらしいから西暦だけにしなさいよ。「2024能登地震」にすればよろしい。

●ほぼ10年ごとに大地震発生の日本列島

 この一覧表を見て変なのは、1968年から78年までの8件の地震には西暦だけである。どういうわけか82年から併記に変わっている。このときになにがおきたのか、保守系政治家が気がついて命名ルールを変更させたのかしら。さすがにさかのぼって変えさせることはできなかったらしい。

 さらに変なのは、台風や豪雨などは西暦併記はなくて元号のみであることだ。定見のない気象庁である。とにかく地震や台風に元号をつけて呼ぶ庶民を知らない。元号で有名な地震は貞観地震だけだが、一体何年前のことだろうか。

 そもそも元号だけだと、今から何年前に起きた災害か分からなくなるでしょ、災害の歴史を忘れさせようって政策だろうか。わたしが覚えているのは1995年、2004年、2011年そして2024年の各大地震である。この数字を見るとほぼ10年おきに大地震が起きていることがわかるでしょ。元号では分からないでしょ。天皇制と地震とはなんの関係もないでしょ。

 地球の日本列島あたりはほぼ10年ごとに震えあがっている、だから次は2035年前後に大地震が来ますよ、その頃はわたしはこの世にいないからどうでもいいのだけどね。

(20240103記)

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2023/12/03

1755【節電時代】異常気象で暑い夏だから再エネも核発電も3倍必要というが本当か?

 2023年12月1日の新聞に、今年は「史上最も暑い年」と書いてあった。そして今日3日の新聞には「地球沸騰化、2023年に異常な気象と影響」の数々が載っている。
 たしかに今年は暑かったが、史上新記録とは異常事件を多く誘発するものらしい。わたしが直接にここに書いてある異常事態に面したのは、いつも食べている新潟の米のコシヒカリに白い小さな粒が目立って混じっていることである。



 暑いと言っても個人的にはいつもの夏と大して変わらなかったのは、年を取ってくると気温変化に鈍感になるかららしい。当人が気が付かないうちに熱中症でコロリと死んでいたなんて、なんとも理想的な死に方と思う。

 同じ今日の新聞に、ドバイで開催中の「COP28」で、日本など30か国が「2030年までに世界の再生エネルギー設備容量を3倍にする」と賛同したとある。
 ところが同じ今日の新聞の別ページには、おなじCOP28参加の中の22か国は、「世界全体の原発の設備容量を2050年までに3倍に増やす」ことに賛同したとある。これにも日本は参加している。


 この「再生エネ発電3倍」と「核発電3倍」とは、ひとつながりの賛同であろうか。気温上昇を抑えるためには化石燃料発電を抑える必要がある、それには再エネと核発電の促進だ、というのであろう。さてどちらが優先なのだろうか。同じ発電効率ならば、どちらが安価であるのか、そしてどちらがリスクが少ないのだろうか。

 昔々に原子力なる発電所がもてはやされていた時代があったが、再生エネルギー発電もつい先ごろまでその感があった。ところが今では再エネ発電もあれやこれやと問題が起きてきているようだ。核発電も福島巨大事故の教訓がどんどん忘れられてきて、COP28では堂々と肩を並べて増設を競うまでになった。本当に肩を並べるものなのか?

 はてさて、わたしたちはどれほどエネルギーがあれば生きてゆけるものだろうか。思い出すのはまだまだ暑い9月16日に、こんな新聞記事があったことである。「東電管内、電力危機起きず 原発なくても猛暑乗り切る」とあるのだ。


 毎夏になると今年こそ電力不足で停電が来るぞと言われてきた気がするのだが、史上一番暑かったこの夏でも、しかも最も需要が多い東京電力管内でも、節電すれば大丈夫と分かったのである。
 それでもCOP28の日本は、再エネも核発も3倍に増設するというのは、なぜなのだろうか。          (20231203記)

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