2009/12/31

223【老い行く自分】今年も年賀状を書いていない

 今年も年賀状を書いていない。昨年からやめている。
 理由は簡単、年末になると喪中葉書が多くなって、出してよい人と出していけない人の区別が面倒になったのである。
 一年が巡っても、どうってこともない歳になったこともある。
 でも、一年に一回くらいは季節の挨拶をしたほうがよさそうである。
 身内に不幸のあった人にだって、浮世の習慣で年賀をお断りされても、寒中お見舞いならば受けとって下さるだろう。年賀の季節をはずして寒中見舞いを出すのだ。
 平々凡々として、月日が過ぎていく。昨日の続きは元日もほかの日も同じである。そうやってしだいに終点に向っていく。
参照→077年賀状をやめる

2009/12/29

222【くたばれ乗用車】交通信号を歩行者のために

 酔っ払って歩いて帰る真夜中のこと、さすがに横浜都心部でも表通りのほかは車も人もめったに通らない寂しい街となっている。わたしの家の近くの交差点をわたった。
 と、右のほうから「オトーサンオトーサン」と声が聞こえる。こんな真夜中に路上で親子喧嘩かしらと聞き流して直進する。ところが声は「オトーサン」と、わたしを追いかけて来る。
 え、右に振り向けば、作業衣・作業帽子のような姿の若い男が追いかけてくる。
 “あのね、わたしは息子が2人いますけど、3人目のあなたを誰かに生ませた覚えはありません、ごめんなすって”って言おうとしたら、
「オトーサン、信号無視は危ないですよ、気をつけてください」
 え、なんだよ、大きなお世話だよ、って思いふと見ると、棒のようなものを持っていて、どうも警官らしい。
 ごたごた言って引っぱられても困ると分別が働き、「ご忠告ありがとうございます」といって、そそくさとそいつと別れた。追っては来なかった。でも、なんでオト-サンなんだよ?

 2009年12月28日の朝日新聞夕刊社会面に、「無視される信号なくせ」との見出しで、車がちっとも通らないのに交通信号が長い赤信号になっていて、歩行者や自転車の信号無視が常態化している場所があるが、実情に合わせて赤を短くとか、信号を取っ払うのだそうである。
 そうだよなあ、誰にでも身に覚えがある。交通信号を歩行者向きにすることはよいことですよ、やってください。
 わたしが住んでいるあたりは、たいした車の交通量があるのでもないあちこちの道に、やたらに信号がある。真夜中は無駄もいいところである。信号機屋と警察と結託でしているのかとあらぬ疑いを持つのである。
 モチロンわたしはきち~んと信号に従って歩いておりますよ。
 その記事には、警察庁によると、交通事故死者のうち歩行者が占める割合が日本は高く、2007年はドイツ、フランス、イタリア、オランダは10%台なのに対し、日本は33%とある。
 おいおい、日本はそんなに車優先社会なのかよ、まったく、くたばれ自動車、。

 ところが同じ夕刊にこんな記事がある。
「HV車「音だし」1月に指針公表」の見出しで、電気自動車が静かに走るので歩行者に危険だとして、走行音を出すようにするのだそうである。
 国交省は「視聴覚障害者らが危険を感じているので、早めに開発を」といっているとある。
 おいおいバカヤロ、わかんないヤツだな、おためごかしの口を利きやがって、。
 これについては既にその馬鹿さ加減を書いているが、まったくもって、そこのけ自動車思想はやっぱり変らないのであった。
 まったく、もう、くたばれ自動車!
 参照→161そこのけ車が通る

2009/12/28

221【横浜ご近所探検】日の丸デモ・鉛筆ビル

◎ご近所探検その1・日の丸デモ
 散歩に出ると横浜大通り公園が騒がしい。見れば沢山の日章旗(日の丸)やら旭日旗(放射状)が立っている。その旗棹を抱えた男女2~30人くらいが集まって演説をきいている。
まわりには制服警官や私服警官らしき人たちも、うようよといる。
 アジ演説をしているが、演説口調がドスのきいた絶叫であるから、ウヨクさんたちかなあと近づいてみればプラカードやのぼりもあって、拉致問題にも触れて外国人犯罪を撲滅どうとかこうとかと、外国人排斥のようなことも書いてある。NPOナントカカントカとも団体名を書いてある。ふ~ん、NPOも色々あるんだなあ。
 そのそばにはリサイクル露店群が地べたに品物を並べていて、福祉ボランティアの出店もあって、その平和な風景と対照が奇妙である。
 ウヨクさんたちはそのうちに一列になって、警官たちを引き連れてデモ行進に移っていった。

◎ご近所探検その2・鉛筆ビル
近所の方のビル建設計画のお知らせが郵便受けに入っていた。図面を見て現地と照合すると、左右後と三つの鉛筆ビルにはさまれた小さな敷地に、鉛筆ビルを建てるのである。裏になる隣の共同住宅は完全なる日陰になるが、仕方ない宿命であるとしてよいのかしら、。
 わたしが住んでいる横浜都心部にある共同住宅の周りには、大きな敷地の太目の集合住宅ビルも多いが、狭い敷地の細身のっぽビル、いわゆる鉛筆ビルがたくさんある。
 これらのたいていは土地を持っている人がビルのオーナーであるらしく、下に店舗や事務所、一番上にはそのオーナーの住宅、中間に共同住宅というのが典型的な例である。
 肩を接して建ち並ぶから、住宅の日照は道路側だけに頼らざるを得ない。近所よりは早めに建てて隣にむいて窓をあけていても、そのうちに建ち並んで日陰ビルになる。
 じつはわたしの住む南側の道路向こうは、低層ビルと駐車場である。ここにいつ高層ビルが建つだろうかと、びくびくしている。そのときは引っ越すしかないが、借家だからその点はちょっとは気楽である。
 その北側で建設中のままで止まってしまった高僧共同住宅ビルは、いまだに再開の様子は見えない.

参照→092隣に迫る大不況

2009/12/26

220【言葉の酔時記】数の単位

 数の単位で、1キロは1000、1メガは100万、1ギガは10億、1テラは1兆、1ペタは1000兆だそうである。順に千倍になっていくのである。
 日本語は万からさきは億、兆、京と、順に万倍になって単位がつくから、IT語とずれてしまって勘定がしにくい。

 ところがコンピューターの情報量のバイト数は、1ギガバイトは1000メガバイトではなくて1024メガバイトなのだそうである。
 そんな半端な数になぜなるのか、なんだか2進法に関係ありそうだが、1000倍ごとに単位を切り上げる法則から外れていて、奇妙である。

 最近のハードディスクは1テラバイトなんて大容量の宣伝をしているが、あれは実は正確には1.024テラバイト(1兆240億バイト)なのだそうである。
 デジタルカメラの画素数は、100万画素なんていって、1メガ画素といわないのもヘンである。ならば1テラなんていわないで1兆バイトって言ったらどうか。
 IT用語はどうもいい加減で困る。

 で、今年の政府予算案が92.3兆円だそうである。つまり92.3テラ円である。
 なるほどそうか、この日本列島内外から集めるテラ銭を元手にしているからなんだな、。

2009/12/23

219【お遊び】大人の火遊びをやりに山梨県の韮崎まで行ってきた

 大きな焚き火をしてきた。火遊び仲間4人は同年だから、焚き火は当たり前の時代に育ったから、懐かしいイベントである。
 焚き火をしたいために、3人がわざわざ横浜から出かけて、韮崎市内に住む友人の広い畑で、倒した木の枝を積上げて盛大に燃やしたのだ。
 今はCO2の排出が増えるとかダイオキシン発生とかで、焚き火はどこでも禁止らしい。世知辛くなったものである。
わたしは森の中の神社で生まれ育ったから、冬の朝は広い境内からはき集めた落ち葉を盛大に燃やす焚き火で身体をあっためてから登校したものである。お正月の初詣の人たちも皆焚き火の周りで暖をとっていた。
 40台で鎌倉の一戸建てに移ったときに、庭でやりたいことのいちばんは焚き火だった。喜んでやっていたのだが、しばらくして近所から文句が来た。なにせ狭い敷地だから煙はどんどん隣に行くのである。そうか、ここは一山の森がある神社の境内ではないのだと気がついて、止めざるを得なかった。
 昨年から年に1、2回、韮崎まで焚き火に通っているのである。ぜいたくな大人の火遊びである。

 ●参照→108焚き火http://datey.blogspot.com/2009/03/108.html

2009/12/19

218【老い行く自分】微妙な年頃

 今の自分は、実に微妙な年頃であると思う。
 古稀過ぎたなんていうと、昔なら大年寄りだが、今はそうでもない、だけど年寄りではあるから、社会的な立場が微妙である。
 もっと微妙に思うことは、自分に課している人生の宿題となる、いくつかの調べごとがあるのだが、それらをあまり早く仕上げてしまうと、その後の人生がつまらなそうであるし、そうかといってボチボチとやっていて、まだ気がすまない状況のままにボケたら、それもまた悔しいと思うのである。
 なにしろ、これから渡っていく自分の人生時間という綱の先ッぽがどの辺にあるのか分からないままながら、そう遠くではあるまいと分かってからの綱渡り人生は、考えてみるとスリルに満ちている。
   ◆◆◆
 同年の友人が言う。
「時間は今や無限にあるようになった」
 わたしが言う
「時間って有限だろ」
「ところがね、今や仕事はないし、稼ぐ必要もないので、自由な時間だけで過ごしている。この状態が死ぬまで続くことは間違いないからだよ」
「じゃあ、死ぬまでしか時間は無いだろ、有限だよ」
「いやいや、時間は人間が作り出したものだよ、その人間が死ぬまで時間を気ままに使えるってことは、時間に限度が無いんだよ」
「まあな、仕事という自分の外部から決まる締め切りという有限の時間に追われることのない生き方は、無限に時間があるってことだな」
「そういう状況の中で死ねば、締め切りなる有限時間はいまからずっと永遠に存在しないんだよ」
「ふ~ん、実存哲学のような、至極単純アタマのような」

2009/12/13

217【能楽鑑賞】野村四郎の能「鵺」を観る

 久しぶりに野村四郎師の能を観てきた。
 
能 鵺 白頭 
  シテ野村四郎 ワキ江崎金治郎 アイ山本則秀 
  大鼓佃良勝 小鼓幸正昭 太鼓観世元伯 笛一噌隆之
  地頭浅井文義     2009年12月12日 川崎能楽堂

 「鵺」という能ははじめて観た。源頼政に退治された怪物の話である。頭は猿、身体は虎、尻尾は蛇というキメラである。
 例によって、旅の僧が泊まった川辺の仏堂に怪しいものが出てくる。お前は誰かと聞けば、頼政に殺された鵺の幽霊で、成仏できないので弔ってほしいと言って姿を消す。
 ここまでが前場で、後場は僧が読経していると、鵺が出てきて殺されたときの様子を仕方話して、また消える。話はそれだけである。

 見所は、鵺が殺される前後の演技であろう。鵺が自分のことの物語だから、殺される側の鵺の演技はあたりまえだが、殺す側の頼政の演技もするので、よく考えるとおかしいのだが、能にはそんな演出が普通にある。それを観ているときはおかしいと思わないのは、演技の力である。
 この怪物の鵺は、僧の念仏で成仏したのだろうか、そこがよく分からない。鵺の最後は、祈ってくれといいつつ、よろよろと幕に入ってしまう体となる。これは川流れである。
    ◆◆◆
 この鵺を退治した頼政に関しては、その名をつけた能がある。彼は歳とってから、どうでもよいことで平家に刃向い挙兵して殺されてしまう。能「頼政」はその殺される合戦の様子であり、能「鵺」と似ている。作者がどちらも世阿弥だから、つながりを持って作っているだろう。
 その能「頼政」も、最後は「あと弔い給へ、御僧よ」と頼みながら草の陰に消えるのであるが、明確に成仏したとは謡われない。

 能ではどんな苦しむ霊でも最後に成仏させることが多い。例えば能「清経」では、「仏果を得しこそありがたけれ」と納まるし、能「砧」では「成仏の道あきらかになりにけり」と謡うのである。
 それに比べて鵺も頼政も踏ん切りが悪い。どうもこれは成仏していないらしい。敗者の悲哀がこの能のテーマと言われるのはそこにあるのだろう。
 だから演技でいちばんの核となるのは、実は最後のほうで流れ足で橋掛かりに入ってからの、小舟で流されていく遺骸となった鵺の哀感表現かもしれない。今回の野村四郎の演技も、そこに惹かれた。
    ◆◆◆
 狂言は「福の神」であった。山本則俊以下、則重、則孝、泰太郎、則秀と大蔵流山本東次郎家がぞろぞろ登場して、西の和泉流茂山家に対抗できる人数で、まことに繁盛おめでたいことである。
  来年2月13日午後、目黒の喜多能楽堂で野村四郎「松風」がある。野村四郎はやはり三番目物がいい。
 参照→野村四郎師サイト

2009/12/12

216【言葉の酔時記、怪しいハイテク】中身を真っ新に改めないのに「更新」とは言葉が違うよ

 インタネットサイトの「更新」という言葉がおかしいと昔から思っている。
 この世界では、なにか記事を付け加えただけで「更新」というのである。何も書き換えていないのに、なぜ更新なのか?

 ではおなじみの広辞苑。
・こう‐しん【更新】①あらたまること。あらためること。「記録を―する」 ②〔法〕契約などの期間が満了した時、その期間を延長し、または新契約を結ぶこと。 ③〔生〕植物群落の遷移。特に、極相森林で世代の代ること。
・あらた・める【改める・革める】①新しくする。これまでのをやめて、別のものにする。 ②あるべき状態になおす。改善する。正す。 ③(ことばや態度を)堅苦しく儀式ばらせる。きちんとさせる。

 ということで、ブログのようにただ付け加えただけでは更新とは言わないのである。掲載記事を書き換えたら更新なのである。
 まったくもって、IT用語の日本語知らずである。

 思い出せば、ずっと以前に「購読」てのがあって、インタネット用語では「サイトを見ること」だって、ある人から聞いたことがある。
 でも、無料で購読ってのはおかしいでしょといったら、今はカイヘンをゴンベンに直して「講読」と書くことにしたと返事をもらった。
 今もそうしているのだろうか。辞書で「講読」を引いてみなさいよ、大間違いなんだから、。

215【言葉の酔時記】富士通社長にとってスパコンなんてどうでもいいことなんだな?

 広辞苑に曰く
こだわ・る
①さわる。さしさわる。さまたげとなる。膝栗毛六「脇指の鍔が、横腹へ―・つて痛へのだ」 ②気にしなくてもよいような些細なことにとらわれる。拘泥する。「形式に―・る」 ③故障を言い立てる。なんくせをつける。

 さて、今朝の朝日新聞経済欄に、富士通なる電器屋の社長の言が載っている。
富士通はスパコンの開発にこだわっていく
 先般、政府事業の仕分けなるイベントで、槍玉に上がったのがこのsuper computerの開発であったことは記憶に新しい。

 この富士通社長の発言から見ると、super computer開発なんて、「気にしなくてもよいような些細なことにとらわれる」ことであるらしい。
 だとしたら、仕分け人が言う如く、そんなものを国がやることはないってのは、事実なんだろうなあ。
 ワープロと双璧の変な言葉のスパコン、え~と、スパンコールってあったなあ、なんだっけか?

2009/12/09

214【日々の生活】美術展のハシゴ

 昨8日は思い立って3つの展覧会をハシゴしてきた。
 ひとつは東京丸ノ内にできた三菱1号館美術館のプレ展覧会「一丁倫敦と丸ノ内スタイル」展、2番目は千葉・松戸の松戸市立博物館の「日本表現主義」展、3つ目は東京・木場の都立現代美術館で「ラグジュアリー:ファッションの欲望」展である。

 復元三菱1号館にはじめて入った。展示よりも内部の復元はどう見せているのかが気になっていたのだ。このことで考えさせられることがあったので、いずれまちもり通信の瓢論で書く。

 日本の表現主義展は、既にこの春、栃木県立美術館で見ているのであるが、あまりに厖大で見たりなかったので、招待券をいただいたのを幸に再訪した。
 ただし、栃木県美よりもっ会場が狭いので、あまり見ごたえがなかった。
 3回に分けて展示替えするのだそうだが、あれほど沢山の資料を集めたのを、できれば一度にゆっくり見たいものだ。それが表現主義を多様な面から再評価する良い機会になるのだ。
 この展示ではちょっと残念である。
松戸市博物館には、どこでもよくある郷土史の石器やら甕やらジオラマ等があったが、わたしが面白かったのはそれではなくて、常盤平団地という1959年から入居が始まったいわゆる公団団地の中の住戸を再現したものであった。
 あの時代の生活を思い出した。しかし、不満だったのは、常盤台団地の成り立ちなど現代史としての展示があっても良いだろうに、たんに2DKの再現だけであったことだ。

 ファッションの欲望展は、実はよくわからないのだが、招待券をもらったので、久しぶりに服飾ファッションを見てきた。
 仕事でファッションタウンなるものに長く関わっていたことがあるので、まんざら無縁ではない。

 隣の部屋でアメリカの絵画展をやっていて、ウォーホールやリキテンシュタインのポップアートの作品に出会った。
 リトグラフの何枚もの色違いマリリンモンローとか、漫画の1コマを拡大して印刷のドットまで丹念に模写した油絵とかで、ああ、アレはここにあるのかと、ちょっと驚きつつ楽しんだ。

 外に出ればさすがにとっぷりと日は暮れている。
 近くの門前仲町の居酒屋「魚三」による。壁に貼られた100以上もありそうな手書きメニューがポップアートにみえる。
 酒3本、生と焼と煮魚をひと品づつ、良い機嫌で締めて1200円、急に文化のレベルがダウンしたのであった。
 参照→207日本の表現主義展

213【日々の暮らし】貼り紙だらけ

 
 横浜のわたしが住む共同住宅の、玄関ホールなどに、最近、管理者からの張り紙がやたらに出てくる。
 その内容が恥かしいくらいに低級で、小学生に言い聞かせるような常識的なご注意ばかりである。その中には自分もいるのだが、この共同住宅に住んでいる人たちのレベルが今頃になって分かった。
 家庭ゴミのだし方の案内パンフレットが、中国語、韓国語でも貼ってある。
それなら注意書きも3ヶ国語である必要がありそうだが、日本語だけのところを見ると、注意するべき行為をする奴等は、日本語のわかる人たちだけかしら。

2009/12/06

212【言葉の酔時記】辺野古に仕分けに分別

 広辞苑にはこう書いてある。
『へ‐の‐こ【陰核】 ①陰嚢中の核。睾丸。〈和名抄三〉 ②陰茎』

 ちかごろのTVでは、男女が平気でヘノコヘノコとのたまうのだが、紳士たるわたしはどうにもはずかしくて聞いていられない。辺野古には申し訳ないが、。

   ◆◆◆

 また広辞苑に、こう書いてある。
『し‐わけ【仕分け・仕訳】 ①区分すること。分類。類別。「郵便物を―する」、②簿記上の取引を借方と貸方とに区別し、それぞれに適当する勘定科目をつけること。③税関上屋(ウワヤ)内などにおいて、貨物を荷主別・到着港別などに分割・類別すること』

 今の評判の政府事業の仕分け作業とは、要るもの、要らないもの、再検討するものに分類することを言うらしい。
 これってゴミ出しの分別(ぶんべつ)と同じである。燃やすもの、再利用するもの、埋めるものである。
 どうせなら、国の仕事分別作業と言うほうが、とりあえずは分かりやすいと思う。

 で、仕分け人やら政府側の人やらが、マスメディアから資格があるのかとか、やりすぎだとか、なってないとか色々言われているが、ようするに彼らが分別(ここではフンベツと読む)をもって分別(ここではブンベツ)してるかどうかだな。

 またもや広辞苑にこう書いてある。
『ぶん‐べつ【分別】:種類によってわけること。区別をつけること』
『ふん‐べつ【分別】:①(もと仏語から) 心が外界を思いはかること。理性で物事の善悪・道理を区別してわきまえること。徒然草「―みだりに起りて、得失やむ時なし」、②考えること。思案をめぐらすこと。狂、萩大名「今日はどれへぞ珍しい所へお供致したいものでござる。汝、―をしてみよ」、③世間的な経験・識見などから出る考え・判断。五人女四「久七―して、いやいや、根深・にんにく食ひし口中もしれずと、やめけることのうれし」。「思慮―」、④(僧の隠語) 鰹節(カツオブシ)』

2009/12/05

211【日々の暮らし】喪中葉書

 年末になると「喪中につき云々」なる葉書が続々とやってくる。
 これって年賀状を出さないってお詫びらしいのだけど、喪中には人様からお祝いを言われるのはそれが何であれ嫌なのかもしれないが、人様にお祝いを言うのもいけないのかしら。そこがよく分からない。

 わたしの場合はどうしたか。実は何もしなかったのである。普通に年賀状を出した。
 親戚にはともかくとしても、こちらの親族と知己でもなんでもない人様に喪中といっても、なんの関係もないからである。
 同様に、他人からその親族の永眠をもって喪中といわれても、お知らせをいただいたご当人は知っていても、その親族を知る場合はめったにないから、どうもピンとこないのである。

 ほとんどの葉書がそっけないお知らせである中に、「永年、一家の手法をつとめながら、学校教育および社会教育に取り組んだ母は、近年、幾多の病に臥しがちでしたが、、」とあるものがあり、この友人のご母堂は見知らぬが、母子の情が感じられたのである。

 それにしても、永眠された方の年齢をちょっと挙げてみても、98、100、84、89、88、82、94,91と、将に超高齢社会の真っ只中であることが分かる。
参照→077年賀状をやめる  066喪中ごあいさつ 

2009/12/04

210【各地の風景】鎌倉の世界遺産

 日本各地で世界遺産登録の暫定候補地がいくつかある。どれも登録に至るには足踏みしている。鎌倉はその中では老舗格になってしまった。
 その鎌倉で今年も11月8日に、市民による世界遺産を考えるワークショップがあった。一昨年から3回目である。

 鎌倉世界遺産登録推進協議会と鎌倉の世界遺産登録をめざす市民の会が音頭とりであるが、鎌倉にいる建築家の畏友が事務局長兼総括進行役ボランティアでがんばっていて、わたしはコメンテーター、つまり全体の論の整理係として参加した。
市内外から公募に応じた60人ほどの市民たちがやってきて、市役所の大きな部屋で、6つのグループに分かれ、土曜の午後の半日をかけての話し合いであった。
 テーブルごとに討論する遺産候補群をそれぞれ定めているが、論は登録のテーマとしている「中世武家の都」を超えて、時間的にも空間的にも広がるばかり。
 
みんなの論点は、とにもかくにも登録に持ち込む算段はどうするか、登録するにはまちづくりをちゃんとしよう、登録して市民に何のメリットがあるのか、そもそも登録する遺産を市民は知っているのか、などなど、毎年のように堂々巡り気味にもなる。
こうして多様な人たちが、世界遺産という大きなテーマの下に、地域のまちづくりを真剣に話し合うことが、地域コミュニティー形成に大きく役立っていることを感じたのであった。

 参照→◆裏長屋の世界遺産談義(2009)
      ◆102世界遺産よりも宇宙遺産
       ◆世界遺産とはなんだろうか(2008) 
        ◆山並み眺望をついに守りとおした鎌倉(2008)

2009/12/02

209【言葉の酔時記】今年の流行語を半分も知らない

今年の新語流行語大賞なるものがあるとマスメディアが伝える。どこかの企業が決めているらしい。
 で、そのトップテンは次のようなものというのだが、半分は知らない。

 「政権交代」はもちろん知っている。だが、これは新語じゃないが流行語か?
 「こども店長」ってなんだ?
 「事業仕分」は、あまりに有名になった。新語のように聞こえる。
 「新型インフルエンザ」はもちろん承知。未だかかっていないけど。
 「草食男子」たあなんだ、要するによわよわしい男ってことか?

 「脱官僚」は新語じゃないからとて、なんで流行語なんだよ、いまごろ流行語というほうがおかしい。
 「派遣切り」なんて、今年の新語のようだが、流行語にしたくないという皮肉をこめて社会批判として採用したのかしら、それならこの企画にも芯があるけどな。
 「ファストファッション」、こりゃなんだね、ファスト風土とかファストフードの類か、お手軽で半分裸の格好のことか、ならばチジミのシャツにステテコこそファストファッション?
 「ぼやき」ってのは、なんでもプロ野球の監督のことらしいが、興味ない。
 「歴女」、??

 こうしてみると、わたしの知らないのはどれもTVタレントものらしい。知らなくてあたりまえだ、だってTVを見ないんだもん。

2009/12/01

208【怪しいハイテク】欠陥IT商品の責任

 官庁の諸手続きを、コンピューターからインタネットつかってできるように、電子化システムを各官庁が整えてきたが、なんとまあ、その利用率がぼろくそに悪いとマスメディアが伝える。
 システムの開発費と維持費ばかりかかって、利用者1件あたり数万円もかかっている計算になるものもあるという。

 そりゃそうだろう、例えばわたしだって所得税の確定申告で、その電子システムでやろうとしたが、まず認証のめんどくささでひっかってやめた。
 ネットにある計算システムだけ利用して、紙に印刷して郵送しているのである。
 要するに使い勝手があまりに悪いので、紙で届けるほうが楽なのである。

 ほかも同じだろうが、なんでそんなに利用率が低いか、それはコンピューターの普及とかではなくて、やってみればわかるが、システム利用案内の日本語が分からないのである。
 これも私が何度も言っているように、日本語を知らないITバカ技術者が作るからである。

 そんなシステムを買う官庁も官庁である。買う前に市民に利用の実験してみればすぐにそのバカさ加減が分かることである。
 マスメディアは、役所が無駄使いしてけしからんて論調だけど、これははっきり言ってIT業者が欠陥商品を納入したのである。使えないものは欠陥商品である。

 たとえて言えば公共施設として劇場を建てたとしよう。
 先ずそこを使うには鍵を開けて入らなければならないが、これが面倒くさい手続きを要求するから、嫌になって使うのをやめるのである。
 たとえ鍵を開けたとしても、こんどは中の部屋や設備の使い方の案内書が分からないのである。
 たとえ使えても、その面倒なことおびただしい。
 というわけで、使えないもの、つまり欠陥商品を売りつけたのである。

 素人をだまして、高い金を取ってつくり、維持費も独占的に高い金を取って、要するにこの件でボロもうけしたのはIT業者で、大損をしたのは税金を納めた市民である。
 そこをマスメディアはなぜ追求しないのか、メーカーやソフト業者の責任をなぜ言わないのか不思議である。欠陥建物ならすぐ設計者や建設業者をどうのこうのというのに、お前等おかしいぞ。
 思い出せば、森喜郎首相というどうみてもITと程遠いお顔の方がIT立国なんていっていた。IT業界を税金で儲けさせたのであった。

2009/11/28

207【建築家山口文象】日本の表現主義展


 日本表現主義をテーマにした大規模な展覧会が全国美術館を巡回している。わたしは既に栃木県美術館で見てきたが、この12月から千葉県松戸市の市立博物館で開催する。
 ここに建築家山口文象の作品も登場している。それの作品とは、1924年の創宇社第2回展点にパースを、同年の分離派第4回展には模型を出品した「丘上記念塔」である。
 パース原版も模型も失われている(いつも展覧会打ち上げパーティーで川に放り込んだとか)から、パースは本からのコピーで、模型は復元して展示している。

 このコンテで描いたパースは、実にすばらしい絵だと当時の建築家志望若者連中がこれを見て憧れ、山口文象がリーダーの創宇社建築会に入会者が増えたという。
 メンデルゾーンのアインシュタイン塔を連想させるデザインは、確かに日本の表現主義の建築における萌芽の時代を思わせる。

 創宇社展ポスターはメンバーが順繰りに描いたそうだが、第1回及び第3回のポスターは山口作で、これは竹村文庫に保存されている実物が展示されている。
 もうひとつの山口文象作品は、前衛劇「ドイツ男ヒンケマン」舞台装置である。これは写真展示であるが、1925年に創宇社第3回展に出品している。その頃に山口文象たちは、「劇場の三科」なる演劇団体を結成して、前衛劇を演じたのでそのひとつである。

 同時期の建築家の作品は、山田守の「聖橋」がでているが、これも展示されてはいないが山口文象が設計のために描いたコンテパーすが存在しているのだ。
 岩元禄による「京都西陣電話局舎」もでているが、これも山口文象によれば岩元を手伝ったという。

 そのほかには石本喜久治、堀口捨巳、滝沢真弓など分離派の作品展示が多いなかで、金澤庸治とか川喜多煉七郎のような、少しアウトサイダーの作品があるのが興味深い。
 時代相から言えば山口文象も基本はアウトサイダーであるが、あるときからインサイダーになったという才能の持ち主である。

 それにしても、建築、絵画、彫刻、工芸、写真、演劇、映画などの多ジャンルを、表現主義という断面を横断してみるのは、実に面白くて興味が尽きない。
 おお、これもそうなのかと思いつつも、あまりに多すぎてとても消化しきれないのは、こちらの能力の限度をこえているのだから仕方ない。
 とにかく面白いから、12月8日から松戸での展示を見ることをお勧めする。

●躍動する魂のきらめき-日本の表現主義-展 
 明治維新以来、およそ40年をかけて、日本はようやく一通りの近代化を果たすことができました。ヨーロッパという明確な目標があった時代には、ひたすら選考するモデルを追いかければよかったのですが、自らを一人前として自覚するようになったら、今度は何を目標とするか自ら考え出さなければなりません。こうして明治末すなわち1900年代から、何に向うべきか、またその問いをどう表したらよいのか、日本の表現者は自ら問わなければなりませんでした。(松戸展案内より一部引用)
・開催期間 2009年12月8日(火)~2010年1月24日(日)
  ※休館日-月曜日(ただし1月11日(月)は開館し、翌12日(火)休館)
         12月28日(月)~1月4日(月)
・開館時間 午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
・開催場所 松戸市立博物館 
  ※所在地:〒 270-2252 松戸市千駄堀 671
    (Tel)047-384-8181  (Fax) 047-384-8194

●参照→建築家山口文象+初期RIA

2009/11/27

206【世相戯評】わたしにはまことに無縁きわまる今年のヒット商品のかずかず

 今年のヒット商品番付を、銀行系のMSBCコンサルテイング会社が発表したとマスメディアが伝える。
 どれだけ信憑性があるのか知らないが、読んでみてそのどの商品にも関係なかった今年であった。

 横綱級には、東に「ハイブリッド・カー」だそうだが、あんなインチキエコをだまされて買うやつの気が知れない。137オレにもEV補助金240万円よこせ

 西横綱は「アルコールのないビール」だそうで、酒飲んでアルコールが入ってないなんて馬鹿というか詐欺みたい。ニコチンの無い煙草、砂糖の無いケーキ、塩の無い塩辛、、、、。

 張出横綱級は、「エコポイント家電」と「1000円高速道路」だそうだが、どちらもそのアホさ加減をこのブログに書いている。120エコ商品購入補助金のバカ   110高速道路休日1000円のバカ

 大関級は、「新型インフルエンザ対策用品」だそうで、これも何もしていない。新らし物好きなのにまだかかっていない。

 そこから下にこんあものがならんでいる。
 「Fit's」とあるが、そもそもこれはなにだ?
 「ドラゴンクエストⅨ」は、ゲームソフトだろうが、あんなガキのものは縁がない。
 「1Q84」は、村上春樹の小説だってことぐらいは知っている。誰も読まなくなった頃に読むかもしれない。
 「阿修羅」なんて、行列して博物館で見るもんじゃないでしょ。行列は大嫌いである。
 「原監督&WBC・日本シリーズ優勝」って、観るだけスポーツに何の興味もない。
 「東大生ノート」ってなんだろう、東大なら何でも買っちゃう馬鹿には付き合えない。
 「ブローネ泡カラー」って、さっぱり分からない、分かりたくもない。
 「ガンダム30周年」なんて、今の大人はガキのまま育ったのか。そういえば神戸で、20mはあろうかというガンダム玩具模型が公園に建っていた。
 「GREE」てなんだ?
 「iPhone3GS」は、実はランキングの中で唯一これだけ興味があるものだった。買おうかとも思ったけど、あの全国通じない携帯電話屋のソフトバンクなのでやめた。
 「韓国旅行」には行ってみたいとは思っている。博多から船で行きたいなあ。
 「弁当&水筒男子」ってなんだ、弁当持ちサラリー男なんて昔は普通だったぞ、ブルーカラーは腰弁なんて言ったもんだ。
 「ジーンズ激安競争」って、どこでやってるんだろうか。あんな仕事着をヘンにお高く売っているのが気に入らんから、激安結構なことだ。
 「ブランド付録つき雑誌」なんて知らん。どうせバカねえちゃんが喜ぶカバンかなんかついてるんだろ。
 「マイケル・ジャクソンTHIS IS IT」って、M.J.くらいは知ってはいるが特に聞きたいと思ったことがない。
 最後が「ゆるキャラ」なんだけど、あちこちで流行るとその特徴の“ゆるさ”がかえって目立たなくなってしまうぞ。

2009/11/26

205【怪しいハイテク】フィルムスキャナーを買って動かないのでYASHICAサポートに連絡したら、、、

 デジタルカメラが出る前の数十年間、フィルムカメラを使っていたのは当然だが、ほとんど35ミリのカラーリバーサルフィルムで撮って、マウントして保存している。
 それがいつの間にか積りに積って、今やおよそ2万枚はあるのだ。

 これを必要に応じてスキャナーでPCにとり込みデジタルデータ化しつつあるが、スキャナーとり込みに時間がかかって困っている。
 先日、近所のPCDEPOなる電器屋でコンパクトなフィルムスキャナーを見つけた。「ワンタッチ取り込み」と箱に書いてるので、これなら簡単にして速いだろうと、1万円出して買った。
YASHICA フィルムスキャナー FS-500」という製品である。

 ところがである、説明書に忠実にソフトをとり込み、機械をつないだのだが、どうやってもとり込みソフトが起動しないのでだ。
 しょうがないので、サポートセンターをネットで探して、メールで教えを乞うたのである。
  以下はそのメールやり取りの要約である。
 その結果は果たしてうまく行くでしょうか、、。

●サポート係様  091123  伊達美徳より(要約)
 フィルムスキャナーFS-500について昨日PCDEPO(横浜みなとみらい)で購入して、とり込みソフトや画像ソフトPhotoImplessionのインストールを説明書どおりにやって、機械を接続して説明書の13ページまでは行ったが、その後の14ページ①からの「取得」をクリックしても「スキャナーを起動させます」のプレビュー画面が出てこない。どうしたらよいのか至急教えよ。

●伊達様 091124 エグゼモード サポートセンター(要約)
 マイコンピュータを開き、「OVT Sccaner」があるかどうかを確認し、あればクリックして映像が出るかどうか確かめよ。
 上記で、正常に動作しているにもかかわらず、PhotoImplessionでプレビュー画面が出てこない場合、お使いのPCにPhotoImplession以外の、スキャナ制御機能を持ったグラフィックソフトなどが入っていると思われる。
 おそらく、”他のソフト”が、スキャナのポートを占有しているためhotoImplessionでスキャナを利用できない状態になっていると思われる。
 逆に言えば、占有しているソフトであれば、スキャナを制御できるということになる。
 こういった場合の対処法としては、以下2通り。
1:PhotoImplessionの使用をやめ、”他のソフト”を使用する
2:”他のソフト”をアンインストールし、PhotoImplessionを使用する
 ソフト同士の相性が悪く、共存ができない状態と思われますので、上記いずれかの選択肢となる(これはバグや不具合という物ではない)
 また、XPの場合は、ペイントで取り込みができる場合がある。(以下そのとり込み方法がかいてある)  


●エグゼモード サポートセンター様 091124 伊達美徳より(要約)
 マイコンピュータに「OVT Sccaner」があったので、開いて映像が出てきた。
 上記で、正常に動作しているにもかかわらず、PhotoImplessionでプレビュー画面が出てこない。ということは仰せの通り、エプソンのスキャナーを持っているので、それがジャマしているのですね。
 仰せのように「”他のソフト”をアンインストールし、PhotoImplessionを使用する」としたら、エプソンのスキャナーがつかえなくなって、文書のスキャンとかOCRができなくなるから絶対に困る。
 そういう使えない可能性があるなら、箱に分かりやすく注意書きを記載しておくべきだ。それが分かっていたら、私は買わなかった。
 XPの場合は、仰せのようにペイントで取り込みをしてみたらこれはできる。ただし、一枚一枚で面倒だし、画像コントラストが強すぎるのにそれを調整できないまま取り込まなければならないから、アウトプットが使い物にならない。
 返品をしたいが、販売店がどういうかわからない。この旨をお口ぞえしてほしい。


●伊達様 091126 エグゼモードサポートセンター(要約)
 PCは、メーカ製PCから自作PCまでさまざまあり、中に入っているソフト類についても、多種多様で、設定や環境もPCを使用していると変わっていくので、同じメーカ、同じPCでも、使用者が異なると環境も違うということになる。
 どのような機器・ソフトとPCの間には、少なからず相性がある。何が影響するかは、環境によってさまざまで、機器やソフトのメーカ側で、事前に予期したり、対処することは不可能だ。
 本機においても同様で、殆どのお客様については、正常にご利用いただいているが、まれに、本件のように競合などで使用できない場合がある。その場合は先のメールのように、解決法を提示さしている。
 返品・返金については、商法上、お客様と購入店舗様の売買契約の話なので、メーカが仲介などをすることがでない。


●エグゼモードサポートセンターさま 091126 伊達美徳より (要約)
 箱に注意書きが無いことについては納得できてないが、では、「PhotoImplessionの使用をやめ、”他のソフト”を使用する」としたら、わたしの“他のソフト”は「EPSON SMART PANEL Windows V2.0J 」なので、それによる方法を教えてほしい。


●伊達様 091126 エグゼモードサポートセンター(要約)
 競合の症状は、PCの環境によってさまざまなケースがあり、何が使えて、何が使えないのかという決まりはないので、弊社では特定のソフトをご案内はできない。編集ソフトは、非常に多くの種類があるので、色々試してみよ。
 EPSON SMART PANEL Windows V2.0Jが本件の原因かどうかについては分からない。
 それで本機を制御できる機能があるのであれば、それを使用して取り込みをしてみることも方法の一つかと存じます。
 なお、解決法については、それが不可能ということであれば、お客様自身にて、他に使用できるものをお探しいただくほかございません。

 以上が今日までのメールやりとりである。
 解決方法が全然分からないから聞いているのに、解決方法を提示しているといいながら、実は自分で解決方法を探せというばかり。
 商売敵のエプソンの製品についてなんか知らないよって感じで、いやどうも、まことにつれないのである。
 困ったなあ。

2009/11/23

204【東京駅復原反対】浦島伝説テーマパーク三菱1号館美術館の誕生

 東京駅の前、丸の内に丸ノ内パークビルディングができた。
 赤っぽい超高層ビルの足元に、赤レンガで3階建てスレート屋根、どことなく古そうな格好だがぴっかぴかの新しい西洋長屋である。

 
 1894年に三菱1号館として建てられていたのを、1968年に取り壊したのだが、それを40年ぶりに美術館としてコピー再現したのである。
戦後ある時期まではこの辺りにはこのような赤煉瓦建物が軒を連ねていたが、順次取り壊されて高層ビルになり、それがまたしだいに取り壊されて超高層ビルになりつつある中で、ここに超高層ビルと超低層ビルの組み合わせで、こんなものができたのである。

 いったん壊したものをどうしてまたわざわざコピーして再現するのか。
 低層建築は地価の高い丸の内では損するだろうに、と言うご心配はご無用、超高層ビルと超低層ビルを組みあわせてつくれば、超低層ビルに乗せなかった上のほうの階を、超高僧ビルに乗せればよいのである。結果は同じである。

 その上、なんとなく歴史的な風体をしている美術館は都市に文化をもたらすとて、都市計画行政当局からからは建物の容積ボーナスももらえるから、開発事業者にはメリットがあるのだ。その上に更に、東京駅から飛んできた容積率の床を上乗せしている。
  三菱一号館在りし日のように周りがみんな3~5階建てビルではなくて、今様超高層ビル群の中に昔風超低層ビルが迷い込んだ風景である。

 そんなわけで浦島太郎ビルとかタイプスリップ建築とか言われている(2009.11.23朝日新聞朝刊文化欄)。
 その風景が時間をかけて徐々にできあがって来たのならともかく、ある日突然に出現の状況だから、浦島太郎といわれるのも無理はない。浦島太郎は周りとは全く違う風体をしているからこそ浦島なのである。
 もう2年もしたら、東京駅が今の2階建ての上に、昔あった3階のコピーを継ぎ足して乗っけるそうだから、これも半分浦島である。
 今や丸の内のここらへんは、浦島伝説テーマパークもどきになりつつあるのだ。

 40年余不在だった三菱浦島と60年余不在の東京駅浦島が持ち帰る竜宮城乙姫の土産の玉手箱は、周りに立つ容積移転超高層ビル群である。
 そのうちにこれら玉手箱群から煙を発して、浦島太郎はたちまち白髪のよれよれオジイサンビルになるのだろうか、来るべきる関東大震災で、、。
 そういえば、ニューヨークWTCビルは、誰かが持ち込んだ玉手箱であったらしく、2001年9月11日に蓋をあけてでてきた大白煙は、アメリカをたちまち白髪のガンコオジイサンにしてしまった。

高層部分を消してみた三菱一号館美術館

東京駅復元反対論集(伊達美徳「まちもり通信」内)
まちもり通信(伊達美徳アーカイブズ)

2009/11/22

203【世相戯評】臭いの暴力その3・香り風景百選

 香り風景百選というのがある。日本中で香りがある街を100箇所選んでいる。環境省大気環境局が肝いりというところが、意図を考えさせられる。http://www.env.go.jp/air/kaori/index.htm
 大部分が花のような自然植物が香るのだが、中にはせんべいを焼くときの醤油とか塗りものの漆、醸造する過程の酢や醤油などもある。

 これらは香りだから、嗅いで気持ちがいいところであって、だから臭い百選ではないのだろう。
 田畑では時期におうじて、肥料、焚き火などの臭いやら香りが漂うのだが、これは当たり前すぎるのか百選にはない。
 市場の漬物や揚げ物のにおいとか、路地裏の夕餉の香りも、もちろん選ばれていないのも、当たり前すぎるからだろう。

 街が臭うといえば、40年以上も前のことだが、大阪のある地区をバスで通ると強烈なにおいがいつもしていたことがある。そのあたり全部がそれはもう吐き気を催すようなすごい臭いである。
 聞けば、動物の皮をなめして靴などの材料にする町工場が沢山ある地区だそうである。ものづくりの過程で発生するのである。

 それがどこであったか思い出せないが、今はどうなっているのだろうか。ほかの都市にもそのような地区があるはずだがどうなのだろうか。技術革新で臭いを消す方法が今は発明されているだろうか。
 化学プラントやゴミ処理場からの悪臭も、なめし皮工場も基本的には産業の発する臭いであるが、大企業ではない零細な町工場群ではどうしているだろうか。
 いっそのこと「臭い風景百選」てのをやってみてはどうか。

●追記(2010.01.07)
 知らなかったけど、やっぱり危惧していることが起っている。
 今日の朝日新聞朝刊に、「人口の香り 街を漂う」との見出しで、アバクロなるアメリカ安売り屋が銀座に店を出していて、その店は全館に人工の臭いを流しているのだそうだ。そしてその臭いをトラックで町中にふりまいて走っているのだそうだ。無差別テロ行為そのものである。 嫌だ嫌だ、公害、香害、臭害である。
 どこやらの肉屋では、すき焼きの人口臭を流しているともある。勘弁してくれ~。


202【世相戯評】臭いの暴力その2・新製品「録臭器」

 昨日の臭いの暴力から思いついたが、録臭器」ってのを作るやつがそのうちに出るだろうか。
 つまり、臭いから香りまで色々な悪臭芳香を、ウォークマンみたいに貯めておくのである。
 
で、歩きながらその中から好きな臭いなり香りなりをかぐのである。好きなカップルは互いにかぎあいながらデートする。
 ジンチョウゲとかバラとか蒲焼きとかカレーとか、田舎の畑とか焚き火とか、まあ、気分に応じて鑑賞?するのである。

 で、嫌なやつが近寄ってきたら、悪臭を放つのである、それもボリュームを最大にして、そう、スカンクである。痴漢除け装置にもなる。
 両耳穴にイアフォン、両鼻穴にノーズフォン、これがおしゃれなスタイルになる。

 どうです、電器屋さん、こんなのを売り出しては、、。不況の折から売れますよ。
 いたずらも増えるだろうなあ、まったく、音害の次は臭害か、香害である。

2009/11/20

201【世相戯評】臭いの暴力その1・バックグラウンドスメル

 バックグラウンドミュージックとか企業ソングとか、音がもう街の中にも店の中にも溢れていて、例えば大型電器小売屋のサクラヤとかヨドバシとかの店は、つくづく嫌になるのである。企業ソングの流れない店を探していくようにしている。
  スーパーマーケットにいくと、ゴリヨーゴリヨーというドラ声がスピーカーから流れているのもやりきれない。市場での生の声なら景気よくていいのだが、録音では同じ調子の繰り返しで、ただやかましい騒音である。

 ところが最近は、バックグラウンドミュージックならぬ、バックグラウンドスメルって言うのかどうかしらないが、臭いというか香りがする店があるらしいのだ。
 いや、食い物屋のにおいじゃないよ、わざわざ何か臭いをサービスのつもりで発生させているらしいのだ。

 臭いと香りはどう違うのか。ウンコの臭いとは言うけど、ウンコの香りとは言わない。嗅ぎたくないのが臭いで、嗅ぎたいのが香りか。
 どこだったか忘れたが、ホテルのエレベーターに乗ると、何かホノカに臭うというか香りがするのであるが、相客はいないから降りた乗客の香水の残り香かと思ったら、また乗ったときに同じなので、これはわざと発している背景臭(とりあえずこう言うことにする)であろう。

 こんなのは困るのである。要らない音楽も困るけど、鼻から入る要らぬ臭いはもっと困る。
 呼吸は止められないのである。そっちは香りでも、こっちには臭いなのだ。
 まことに背景臭は迷惑せんばんである。

 臭いと香りの境目はどこら辺にあるのだろうか。騒音と音楽の境目みたいに、わからないのだ。
 エレベーターの中や電車で、きつい香水の女性と乗り合わせるのはたまらない。最近は外国人女性が多いからなおさらであるが、日本女も真似して多くなっている。

 電車の席で隣に座った音漏れウォークマン男(最近は女も多い)には、音を小さくしてくれとしょっちゅう言うのだが、香水プンプン女にその臭いのレベルを下げてくれといっても、どこにも臭量調節ボタンが無いので、こちらが逃げるしかない。

 今はなくなったようだが、昔、汲み取り便所に置くようにと、花の香のする液体の入った瓶を売っていた。
 あれはジンチョウゲのようであったが、おかげで本物のジンチョウゲを嗅ぐと汲み取り便所を連想するようになってしまった。

 香りとか臭いとか、息をする人間には防ぎようがないものは、できるだけないほうがよろしい。
 食べ物のように、それが必要なときに必要な香りがあればこそ、美味いのだ。食ってもいないのに、しょっちゅうカレーの匂いがそこらじゅうに漂っていては、たまったものではない。
 これを書くと嫌われるがといいつつ書いてしまうが、炊き立てご飯はウンコの臭いがする。もっとも、これを言ったのは深沢七郎であるとか、。

●追記(2010.01.07)
 知らなかったけど、やっぱり危惧していることが起っている。
 今日の朝日新聞朝刊に、「人口の香り 街を漂う」との見出しで、アバクロなるアメリカ安売り屋が銀座に店を出していて、その店は全館に人工の臭いを流しているのだそうだ。そしてその臭いをトラックで町中にふりまいて走っているのだそうだ。無差別テロ行為そのものである。
 嫌だ嫌だ、公害、香害、臭害である。
 どこやらの肉屋では、すき焼きの人口臭を流しているともある。勘弁してくれ~。

2009/11/17

200【ふるさと高梁】ふるさとでシンポジウム

 生まれ故郷の岡山県高梁市で、シンポジウムがあるとのニュースが都市計画学会から来た。ご無沙汰しているので行ってみたいが、もう遠いふるさとになってしまった。
 参照→◆高梁:日本のハイデルベルク 

 案内文中に「備中松山城や吹屋ベンガラ村で知られる岡山県高梁市」と書いてある。そうか、合併して吹屋も高梁市になったのである。吹屋のある成羽町には、安藤忠雄の設計した美術館があり、なかなか優れたコレクションがあった。
 もう10数年前だったか、高校同期会をこの近くでやって、伝統的建造物群保存地区の吹屋の街並みと美術館を訪ねたことがあった。あれも高梁市立美術館になったのだろうか。

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(社)日本都市計画学会メールニュースNo.639 (2009年11月17日)

シンポジウムのご案内
『歴史を活かしたまちづくりシンポジウム
 ―岡山県高梁市の「歴史的風致」を考える―』
備中松山城や吹屋ベンガラ村で知られる岡山県高梁市のこれまでのまちづくりの歩みを振り返り、
これから「歴史的風致」の概念をどのように展開し、活力のある地方都市を育てるかを考える。

日時:2009年12月6日(日)17:00~19:30
会場:高梁市文化交流館 3階中ホール
     (岡山県高梁市原田北町1203-1)
参加費:無料

1.基調講演:「歴史まちづくり法の意味とその生かしかたについて」
         西村幸夫(東京大学大学院教授)
2.経過報告:「高梁のまちづくりの今までの展開について」
         小林正美(明治大学教授)
3.パネルディスカッション
   近藤隆則 高梁市 市長
   西村幸夫 東京大学大学院教授
   土井富弘 「高梁の歴史的風致」を考える会 幹事
   石井雅之 たかはしフィルム・コミッション 会長
   小川 博 吹屋町並保存会 会長
   岡山県文化財関係者
   小林正美 明治大学教授 (コーディネーター)

個人申込:申込不要
団体申込:団体名、人数、代表者氏名・連絡先を明記の上、
     事務局までE-MailもしくはFAXにて申込ください。
問い合わせ:「高梁の歴史的風致」を考える会・事務局 
  E-mail:Takahashi-rekimati@etude.ocn.ne.jp
Tel:090-3179-5649(井上)/Fax:0866-23-0708

主催:「高梁の歴史的風致」を考える会  
共催:高梁市、高梁市教育委員会
協賛:(社)岡山県建築士会高梁支部
後援:高梁商工会議所、高梁青年経済協議会、(社)高梁青年会議所
    たかはしフィルム・コミッション
※本シンポジウムは「住まい・まちづくり担い手支援事業」の支援を受けて開催します。

2009/11/15

199【世相戯評】饂飩と蕎麦

 自動車のタイヤ屋のミシュランが、日本の料理屋のランク付けをしたガイド本を発行したとかで、そんな店に縁の無いコチトラはどうでもいいけど、文化論としては面白い話になるようだ。
 京都での店のランキングづけ作業では、取材お断りの店がずいぶん多かったそうだ。
 毛唐はんに京の味はお口にいあいまへんやろ、一見さんはおことわりどすえ、ヘン、イチゲンでわるかったねえ、なんて喧嘩になったかならなかったか。
 でもまあ、あれは観光客むけ、つまり一見さん用のガイドブックだから、それはそれで観光産業で食っている京都人が目くじら立てるものではあるまい。

 食い物の味は、地域文化のそのものである。
 わたしは西の饂飩文化圏育ちだから、関東に移り住んでから饂飩を食って驚いた。真っ黒の塩辛い汁にグジャグジャの緬が入っていて、あまりの不味さにこれって饂飩という食い物かいって言ったものだ。
 その後、半世紀ほどの月日がたって、今の関東では讃岐饂飩がはばを利かせているのは、さすがに関東人もあの真っ黒グチャグチャ関東饂飩は不味いと気がついたのだろう。

 蕎麦も、関東に来てはじめて食ったわけではないが、美味いとは思ったことがなかった。
 あるとき信州の大学生になった同郷の同期生を訪ねて遊びに行った。信州は蕎麦どころと聞いていたから、ここの蕎麦は美味いのだろうと思って、上田駅前の店に入ってくったものだ。
 これがまあ、真っ黒で、ボキボキ折れるやつで、口に入れてもぼそぼそして、ちっとも美味くない。
 こんな不味いものを喜んで食うやつの気が知れないと思ったものだ。

 わたしの人生ではいまだに蕎麦は不味いものである。
 気に入らないのは、うまい蕎麦だといわれる店のそれは、どういうわけか蒸籠の上に半禿げ男の頭みたいに薄くまばらに並ぶ蕎麦を出してきて、その一枚を千円以上も取ることである。それがうまいかといえば、わたしには全然美味くないのである。
 蕎麦好きは周りに結構いて、蕎麦屋に誘われることも多いのだが、行かないとは言わないが、蕎麦でない品物があればそれを頼み、蕎麦しかないと蕎麦掻きを食うのだ。この蕎麦掻きは好きなのである。

 そうやって抵抗してきたが、あるとき畏友が家で蕎麦をうつから食べにおいでと招いてくれた。蕎麦打ちが趣味だそうである。
 蕎麦は嫌いだから行かないというわけにおかず、これには困ったのだが、実はこのとき初めて蕎麦を美味いと発見したのであった。
 それはその年にできた蕎麦の新しい粉で、目の前で打ち、切り、茹でてくれたのである。
 蕎麦ってものは味よりも香りと喉越し感覚であることを、このときはじめて知った。これは大人の味である。60歳越えて始めて知ったのだ。
 ではその後は蕎麦食いになったかといえば、ならないのである。蕎麦はその畏友に手になるものに限る。
 相変わらず、蕎麦食いにたいして悪口を言う、蕎麦なんてそれしかできない荒地のビンボウ草だろ、ありゃビンボウ人の食いもんだよ、なんて。

2009/11/10

198【横浜都計審】事前に議題の現地を見て当日は画像を映写して意見を述べる愚直な委員なのに、

 昨日は朝から横浜市の都市計画審議会だった。
 一昨日は鎌倉で世界遺産登録促進の市民ワークショップがあり、コメンテーターとして参加していて、終わってから仲間と愉快に飲んだ。
 明日は都計審だから早く帰ろうと決めていたのに、飲み始めると忘れて遅くまで飲み過ぎて、昨日はちょっと二日酔い気味だった。
 でも審議会ではちゃんと意見は言えた(と、思う)。

 このところ数回の審議会のいくつかの議事で、わたしがかなり問題指摘の意見をのべても、現地を見ていない委員にはよく理解ができないらしいのであった。
 前々回の審議会で、廃棄物処理施設の立地と住宅立地が競合するおそれがあることに現地を見て気がついて、審議会でそれへの対処方策の提案を詳しく述べたのだが、分かってもらえなかった。
 そこで、今回は現地に行って写した写真等を使って意見を言うことにした。

 議題となっている生産緑地の各地区について、それらの現地で撮ってきた写真、市の都市計画サイトにあるその場所の都市計画図画像、そしてグーグルアースのその場所の航空写真、これらをひとつにまとめて各地区の映像としてhtmファイルに編集したものを映写しつつ意見を言った。
 それなりに議論になったのは、現地を見ていない委員もこれでよく分かったからだろう。

 この映像を使うことで、審議会の 3日前にちょっとしたことがあった。
 審議会当日にいきなりでは事務局が戸惑うといけないから、事前にメールして
「9日の都市計画審議会で、わたしの意見を映像を使って発表しますので、PC,プロジェクターをつかわせてください。映像データはhtmファイルにして、USBメモリーで持ってゆきます。よろしくお願い申上げます」(原文のまま)
と、いちおう仁義を切った のであった。

 ところがそれに対する市の都市計画審議会担当からの返事が、こうである。(公用の通信文だから公開してもいいだろう)
「ご依頼の件ですが、今回の都市計画審議会は案件数が多く、内容も多岐にわたるため、伊達委員の御意見の発表については、審議会の進行状況と会長の判断になると思います。審議会委員として、案件の審議を優先させていただきますようよろしくお願い申し上げます」(原文のまま、挨拶文は省略)

 えッ、委員の発表を制限しようというのか、“委員として案件審議を優先せよ”とのお説教は何を意味するのか。未だ言ってもいないのに何を根拠にわたしの意見は案件審議ではないというのか。映像を使って説明するほうがはるかに時間の節約になるはずを、何を考えているか。事務局は映像で説明するのに、委員には制限するのはどういうわけだ。
 猛烈に腹が立ったので怒りの反論メールを出しておき、当日強行するしかないと腹をくくって行ったのだが、会場ではもめなかった。

 どうもわたしはいつも意見を言い過ぎると、警戒されているらしい。
 でも自信を持って言うが、現地を見れば子どもでも分かるようなつまらない質問だけしかしない、なんてことは断じてしていない。
 それは、横浜市の都市計画審議会サイトに公開されている昨年11月以来の議事録を読めば分かるはずだ。
参照→横浜市都市計画審議会

  そりゃまあ、つまらぬ質問だけで、しゃんしゃんと終わるほうが、委員も役人も、そして私も楽だろうけどね。
 ちかごろは、「愚直」を座右の銘にしようと心がけているのだ。都計審委員も、毎回毎回きわめて愚直に勤めることにしたのである。
 任期の終わりまであと3回あるだろうが、愚かなほど真っ直ぐに気を抜かないでやるぞ~、カクゴせ~いッ、と、自分に言い聞かせているのだ。
 参照→都計審は何を審議するのか   173横浜都計審一人相撲

197【横浜ご近所探検】ミニ開発地を行く

 
 この1週間ほど、横浜市の郊外住宅地をまわって、街の中にある農地を住宅地に替えたところばかり、いくつかのミニ開発をみてきた。
ミニ開発とは、農地を小さく分割した建売住宅のことである。50坪程度に分割するのだが、そのまま小さく分割しては細くなってつかいにくかったり、道路に面しない裏宅地もできるの。そこで色々と工夫をしているのであった。

 農地だったところに行き止まりのみぢかい道路を突っ込んで、これに沢山の敷地をぶら下がらせる。この道路が路地のようになって、それなりに面白い空間となっている。
 あるいは裏宅地となる敷地から、細い棒のような敷地を表の道路までつけているものもある。これを通称で旗棹宅地といっているのは、まるで敷地が旗と旗棹のような形だからだ。

 土地だけでなく必ずといっても良いほどに、そこには建物も建てて売っているのは、そうするほうが開発事業者の利益が見込めるからだろう。
 その建物は敷地の真ん中に配置されていて、庭らしいところが少ないのが特徴的である。どうも買うほうは建物ばかりを見て買うらしい。
 狭い敷地だが、それでもここに分譲共同住宅(いわゆるマンション)が建って、もっと敷地分割をするよりもいいだろうとも思う。もしも災害で倒れても、敷地は独立して一応あるから、権利者が多くて敷地が共有の分譲マンションよりは復旧はしやすい。

 農地の跡に2階建て賃貸共同住宅(いわゆるアパート)も結構あちこちに建っているのを見た。
 賃貸住宅経営を請け負う事業者がいるらしく、なんだかいずれも派手なコケティッシュなデザインの建物である。
アパートといえば、裏宅地にあって木造モルタル塗りで錆びた鉄骨外階段がついているという貧困イメージがあるが、今やなんとなくオシャレ気取りであるようだ。
 参照→都計審は何を審議するのか
 

2009/11/04

196【老い行く私】昔々山岳部員だった頃(その2)

 ちかごろは各種同期会が多いのは、お迎えが近いからであるに違いない。
 大学時代の山岳部の同期生8人が集まった。そのなかのひとりが、半世紀前の大学時代、雪の北アルプス剱岳での1か月近い合宿時の仲間の写真200枚を、デジタルデータ化してスライドショーで見せてくれた。みんな、半世紀たってはじめてみる自分たちの姿である。
 あの当時、同学年の山岳部員は12人、学生時代に遭難と数年前にガンの2人が他界した。

 1960年3月雪の剱岳で、そのころ流行のポーラーシステムなる登山方法で、総勢20名近い山岳部が、出発から1か月近くかかって剱岳頂上にアタック隊を送り込んだのであった。当時の山岳部憧れのヒマラヤ高峰を、そのうちに極めたいという国内での実験的登山方法である。
 プロジェクターから映写幕に映し出されるその懐かしくも遠い白銀の山岳風景、そしてその中の自分の半世紀前の姿を見て、おお、若~いよなあ、、、。
 あの画面の中の若くて貧しかった時代の自分と、こうやって都内の料理店の一室で但馬牛のすき焼きで一杯やりながら見ている今の自分をひき比べて、なんとも戸惑いを隠しきれず照れくさくなって、おお汚いカッコウだねえ、なんて仲間の姿をけなしあってしまう。

 今の登山の装備と比べると雲泥の差がある。着ているものもテントなども、なにしろU.S.armyの放出品だったのだから、どれもカーキ色である。
 あのころのU.S.armyは、朝鮮へベトナムへとアジアで戦い、不要になった大量の物資を市場に放出していた。寝袋は、これに戦死者を入れて日本に送ったときのものだと言われていたが、本当かどうか知らない。戦場と山岳とは、環境も装備も似ているのだろう。
 今はarmy姿は、ファッショナブルなオシャレになってしまって、実はわたしも3年前にヨーロッパアルプスツアーのときは、unicroで買った迷彩模様のズボンをはいていったものだ。

 それにしても、仲間が画像を見ながら、あれは何峰これは何尾根と言うのだが、よく覚えているものだと思う。
 当時の自分を思い出しても、そんなことを知っていたかどうかさえ思い出せないばかりか、自分の映っている画面を見ても、あれ、オレはあんなところに行ったっけ、なんて思うのだった。
 今思うに、かなりいい加減な気持ちで参加していたのだろう、反省。

 

山行きは大好きで、3年生だった1年間の記録を勘定してみたら、100日近く山に行っていたという昔の記憶がある。
 特に岩登りは好きだったので、高所恐怖症は全然ない。なにしろ大学本館の高い塔の上のパラペットをぐるりと歩いた経験がある。
 それなのに昨年のこと、越後の山村で茅葺屋根に登ったら足がすくんだのであった。高さに恐怖は無いのだが、ふらついたときにとっさの動作ができなくなっていることに気がついて退散、、、無念。

 それにしてもと又思うのだが、「これ誰?」「お前だよ」「え?」なんていってしまったがこの写真、え、あのころの自分はこんなに格好よかったのか??知らなかったなあウッヒッヒ!!、今頃になって出会ってびっくり、とてもとても我が姿に思えないので、ここに公開してしまうぞ。
それにひきかえ今のオレは、、なんて思わないように努力するしかないのである。
 参照→156昔山岳部

2009/10/31

195【言葉の酔時記】女は悪いが男性は悪くない

 結婚詐欺というと、昔は男のほうが女をだますのが普通だったような気がする。
 近頃は逆になったのか、数名の男から金を騙し取って起訴中だとか、騙した上に殺したらしいとか、ある女性が犯人の結婚詐欺報道で賑わっている。

 いま、“女性が犯人”と書いたが、新聞記事は“女性”とは書かないで、どこの新聞でも“女”と書いてある。
 YOMIURI ON LINEには「東京都豊島区の無職(34)(詐欺罪で起訴)の知人らが相次いで不審死した事件・・・」とか、「を診察」とか、「がヘルパーと称して・・」とか書いてあるし、asahi.comには「知人男性不審死の」とか、「が約20人の男性と接触・・・」とか、「同県警がこれらの男性から事情を聴いたところ、とホテルの室内で・・」とか書いている。

 ここで変なのは、女はすべて“女”であり“女性”ではなく、男はすべて“男性”となっていて“男”ではないことである。
 どうも新聞用語では、“女”は悪いやつというか少なくとも怪しいやつであり、“男性”は良いやつというか少なくとも悪いやつではない、ということのようである。
 “男”と“女性”となると、この逆になるのだろうなあ。

    ◆◆

 男とか女の下に“性”がつくかつかないかで、悪いやつと悪くないやつを区別するなんて、いつから日本語はこうなったのだろうか?
 容疑者というには早いけどどうも怪しいやつだ、でも、報道としては呼び捨てにもできず、何とか容疑者と書くこともできない、そこで苦し紛れにこういう言い方を考え出したのだろう。

 でも、それでよいのか。普通名詞を固有名詞のように使うのは間違っているぞ。
 実際に長い記事で、女が女がと何回も悪事の話が出てくると、世の女は全部悪いやつのように読めてくるのである。

 今に日常会話に困ることになるぞ。
「あなたは女らしい方ですね」などと言ったら、「ふん、どうせわたしは悪い女ですわよ」ってひねくれられる。
「この仕事はやっぱり女でなくっちゃ」なんて言ったら、「え、何が悪いのよっ」なんてすごまれる。
 なんてことがこれから起きたらどうしてくれる? 新聞屋は責任とってくれるのか、。

 新聞屋は概して、和語は低級であり、中級は漢語、上級は西洋外来語という言葉遣いランキングで書き分けているらしいと、わたしは感じている。要するに古い古い舶来信仰である。

2009/10/27

194【各地の風景】久しぶりの関西

 10月23日、7:22新横浜発新幹線ひかり号で岡山へ。岡山までならのぞみ号に乗るのが普通だが、3割安くなるジジ割引ではのぞみ号には乗れない。いいのだ、1時間くらい多くかかっても急ぐわけじゃなし、時間あたり運賃は断然安くなるのだ。
 11時半頃、岡山市内にある父母が住んでいた家に着く。隣家の方に挨拶して迷惑をかけている詫びをいい、建具を開けて風を入れ、簡単に掃除をする。
 
 もう15年も空き家のままである。でも基礎も骨組みもしっかりしているらしく、床も天井も屋根も建具の傾きもない。
 この建物は、わたしが45年前に設計した処女作であるから、教科書どおりにまじめに設計したし、大工もその通りに施工したからだろう。
 3時間ほどで切り上げて大阪に向う。そのまえに神戸に途中下車して、今日泊まるホテルにチェックインして荷物を置いて出る.
   ◆◆
18時10分前、大阪の地下鉄本町駅近くのTOTOデザインセンターなる会議室に着く。これから日本建築家協会近畿支部主催の講演会である。
 神戸にいる知人からこの春に連絡が来て、建築家山口文象について講演をしてくれとの依頼、喜んで参上したのである。

 それにしても、いまどき山口文象とは、しかも関西でどれほどの人がこの建築史上の人物となった建築家を知っているのかと、ちょっと不思議にも思った。建築史に興味ある人か特に関係あった人のほかは、今では覚えていないだろう。昔の建築家はどんどん忘れられていく。日本の建築家の地位はそういうものだ。
 それでも30人近くがわたしの話を聞いてくださった。山口文象が創設したRIAの現役社員やらそのOBで、知人も多くいた。

 若い人がいたので、話のはじめに山口文象を知っていますかと聞いてみたら、案の定知らないという。そうであろう、それが普通なのだ。
 講演題名は「建築家・山口文象の軌跡から日本の建築家像と建築保存思想を再考する」と大きく出たが、内容はそれほどのことはない。西に来たからちょっとくだけた話をしたいと思い、いくつかある“文象神話”の裏話を公開した。

 終わってから数名の知人たちと一杯。関西建築家3奇人(いや畸人)のひとり(後は誰かしら)といわれる渡辺豊和さんの、相変わらぬ怪気炎にも出くわして愉快であった。
   ◆◆
 24日10時、新長田駅前集合。今日と明日は「全国路地サミット」なる全国大会があるのだ。路地とサミットとは結びつきがたいがシャレである。今年は神戸大会である。
 
 まちづくりの好きな連中は、路地裏で一杯も大好きであることから始まって、道路を広げるのはやめて、狭い路地を生かした生活空間、遊興空間を守ろうよという運動である。毎年どこかの都市で開催していて、もう6回目くらいだろう。わたしは全部出席している。

 昨夜の会合で一緒だったRIAで先輩の稲地一晃さんが、今日は兵庫建築士会から世話役としてなっており、また出会う。
午前中は新長田駅の南北あたりを歩き回って、震災復興でできた新しい街の面白く無さをあらためて認識し、昔からの商店街や路地の街の面白さを再認識したのであった。

 震災直後に3カ月おきぐらいに定点観測で、長田の町も歩き回っていたことがあるのだが、その当時と今ではまるきり景観が変っていて、どこがどこであったか分からない。ひとつだけわかったのは水笠通公園となっているあたりであった。
 ぺちゃんこになって煙くすぶるケミカルシューズの町工場群と、それを睥睨して建ち並ぶ無事な高層住宅軍の対比が実に生々しい非常時都市風景であったのだが、公園と高層住宅群という日常的都市的風景に変っていた。

 しかし、道路や公園の広いこと、こんなに必要かしら、路地が懐かしい気分になるのは、災害を忘れて平和になった今だからだろう。
 午後から各地の路地の報告会、200人くらいはいただろうか。正統派都市計画と路地保全との対立と調和のあれこれは、なかなかに面白いものである。
 風邪気味なので、夕方に帰宅の途についた。

●参照→震災の記憶と都市風景

2009/10/25

193【世相戯評】味の素からアミノバイタルお詫び広告

 この数年、新聞の社会面の下に「お詫びとお願い」なる広告がよく登場する。20年も前にはめったに無かったような気がする。
 特に、人の口に入れる商品について、その内容偽装とか異物混入とかが多いのは、場合によっては命にかかわるからであろうが、では、20年前にはそんな商品は無かったのだろうか、それともあったけど世の中というか法律が厳しくなかったのか。
 毎日数々のお詫び広告あれども、これまでわたしの持つもの、食ったものが対応したことが一回もなかった。
   ◆◆
昨日(2009年10月23日)の新聞に、


「お詫びと自主回収のお知らせ
 お客様各位
 平素は弊社商品に格別のご愛顧を賜り、厚くお礼申上げます。
 この度、弊社『アミノバイタル』・・・・・」

 え、アミノバイタルだって?、それなら持っているぞって読み続けると、なんとどんぴしゃ回収商品である。おお、オレもつい当ったぞ、宝くじじゃ無いのが、残念。
 味の素なる会社名で、甘味をつける薬品?を「食品衛生法が定める使用基準を上回って配合」したのだそうで、「開封された対象商品については、箱と中身をあわせてお送りください」、そうしたら代金を返してくれるのだそうである。

 ところがわたしの場合、当然のことにいくつかは服用したから中味は減っているし、箱は要らないから捨てた。もともといくつ入っていたのか覚えていないし、何袋服用したかもわからない。手元にある何袋かを送ったものか、さて、どうしようか。

 こんなことも書いてある。
「当該商品をお召し上がりいただいてもお客様の健康に影響はないものと考えております」
 あ、そう、味の素様がそのように「考えております」のならば、そのお考えに従ってこのままこれからも服用しましょう。
 面倒なことはやらないのだ。そちらが金持ってやってきたなら返してやるよ。
 あ、でも待てよ、「健康に影響はない」って言われると、筋肉健康薬として効き目が無いってことなのか???
◆◆
 で、このアミノバイタルをわたしが何に使っているかというと、長距離ウォーキングや野良仕事である。特に米つくりで、真夏の草取りやら秋の稲刈りやらには欠かせない。
 4年前、はじめて田の草取りしたときに、腰が痛くなって数日困ったが、ふと気がついて次の草取りや稲刈りでアミノバイタルを服用したら、楽になったのであった

もともと薬嫌いだし、特に健康薬なるものを馬鹿にしているわたしがアミノバイタルなを知ったのは、友人たちと100キロウォークをやったときであった。
 その一人が味の素会社リタイア男で、アミノバイタルを手放さないのであった。それってドーピングだぞってけなしていたのだが、ある日一服もらって飲んだらその日は筋肉痛が少なかったので、初めて健康薬なるものの効用を知ったのであった。

 妙な甘みがあって嫌になる味だが、その甘味が今回の回収原因物質だろう。それなら甘味よりも辛味にして、そうだ、いっそのこと酒の味にしてくれ、、。

2009/10/22

192【日々の暮らし】日常の買い物と年寄りのボケとは関係ありそうだ

 最近、私が買い物に出かけて食材類を買うことが続いている。
 これまで私の買い物といえば、書籍類と電器関係用品だけであったから、新分野開拓でそれなりに楽しいともいえる。
 もともと店で食品そのものを形や色や珍しさで、しげしげと見ることは好きで、出先で市場の生鮮品売り場でうろうろすることはよくあったが、これは買い物ではなくて単なる見物である。
 特に地方の海産物市場が面白い。あのゴチャゴチャがなんともいえず好きである。そういえば金沢の近江町市場が、最近大改築されたらしいので、どうなったか行ってみたいと思っている。

 近所のマーケットで家計支出として食材を買うことはほとんど無かったから、値段も知らなかったのに、このところ値段のことを気にするようになってきた。
 今は秋刀魚が出盛りらしいが、値段が日により店によってずいぶん違うはなぜだろうか。1尾200円もするのかと思えば、別の店では50円だったり、次の日は98円だったり。鮮度が違うのか、仕入れ市場の差か、それとも店の戦術戦略か。たかが50円で戦略も無いか、、。

 米の値段は、法末集落で米つくりしているから、ちょっとは興味がある。わたしの作る米は新幹線料金と人件費を入れると、原価は一粒あたり幾らと計算することになるから値段のことは考えないのだ。
 近所で売っている南魚沼産コシヒカリは1kgが700円くらいだが、安い米は300円くらいもある。ハサ掛け天然干し米だとて、結構な値段のものもあるから、私の作る米は減農薬ハサ掛けだから売れば700円でも良いのかもしれぬ。

 法末の営農組合から私が毎月送ってもらっている米は、特別栽培米と称する減農薬なので650円である。普通は600円である。
 地理的にはすぐ隣が魚沼産と銘打つことができる小千谷市であるから、実情は魚沼産コシヒカリである。

 毎日買い物しても食材の値段は、高いのか安いのかさっぱり判別できない。
 セルフサービスのマーケットと、商店街の店売りとは、値段がどう違うのだろうか。近所には食材の100円ストアーなんてのもあって、何でも105円である。
 値段はその品質と大いに関係があるが、書籍や電器用品は品質がある程度は経験的にあるいは客観的にわかるのだが、生鮮食品の質はどう判断するのかさっぱりわからない。

 本日は高い買い物したのか、それとも安い買い物して儲かったのか、、?
 毎日こうして品物や値札とにらめっこして考えていると、ボケが停止するだろう。そうか、どちらかと言えば女性のほうがボケないのは、買い物好きだからであったか。

2009/10/16

191【世相戯評】納得いかない高速道路無料

 乗用車に乗って(正確には乗せてもらって)、公共交通機関のない近距離範囲をうろうろと乗り降りするのは便利で良いのだが、遠出の旅で何十、何百kmも長距離を走るのは大嫌いである。
 棺桶みたいなあの狭いところに閉じ込められて、景色はろくに見えず、本は読めないし、運転してくれている人のてまえ居眠りはできないし、ましてや酒も飲めない。腰は痛くなるし、肩はこる。煙草を吸うヤツと同乗したら悲劇である。
 運転してくれる人にいつも恐縮なので、なんとも心詰まりな旅となる。
 すぐそばをビュ~ンとトラックが走ると怖くて怖くて、このまま文字通り棺桶になるおそれは十分にあるし、現実に毎日そのニュースがマスメディアに載る。
 そんな旅のどこが面白いのか。旅は鉄道に限る。
  ◆◆
 で、民主党政権の高速道路走行料金無料政策である。もうこのサイトに何度も書いたような気がするが、気に食わないので何度でも書く。
 今日も今日とて新聞によれば、この無料化のためになんとまあ6千億円もの国家予算をつぎ込むのだそうだ。とりあえず社会実験用の金で、本格的になれば更に厖大となる。
 そのなかには超少額ながらもわたしが納めた税金も入っているのが、なんとも腹立たしい。
 それを無料にするなら、なぜ鉄道料金も無料にしないのか、不公平きわまる。
 長距離輸送料金を税負担として個別利用者負担にしない国家政策ならば、鉄道のほうが利用者の数が断然多いから、鉄道料金無料化のほうがはるかに政策効果が高いはずだ。
 誰もがおかしいと思うのが普通だろう。
  ◆◆    
 一般に、有料の施設と無料の施設とでは利用者の使い方に差が出て、無料の施設は汚され壊されやすいものとなる。無料高速道路はゴミと落書きだらけになるでしょうな。
 犯罪も高速道路利用が便利なところで発生しやすいという。犯人は逃げやすくなるのだ。タダになれば無チェックで走れるから、なおさら犯罪促進だろう。
 ただになったらあちこちに出入り口ができて、そのあたりに怪しげな店やら遊び場やら広告やらが立ち並び、日本の風景はドンドン悪化するに違いない。だって、民主党の公約に、高速道路出入り口あたりをどんどん開発するって、長妻ナントカさんが動画でそうしゃべってるんだもの。参照→167時代遅れの民主党公約
 ところで、高速道路の無料化って、そんなにありがたいものなんですか? だって、今の休日千円って、いつもなら高い料金なのに休日だけは千円だってところに魅力があるんでしょ? 毎日どこでもタダなら、何のありがたみも無いでしょうに、、。

2009/10/14

190【世相戯評】税金振り込みスギ事件

 鎌倉市から、「過誤納金還付通知書等の送付について」と変な題名の書類が手紙で来た。
 なんと家屋の固定資産税を、計算間違いで取りすぎていたので返してやるから、「市税過誤納金・返還金振替依頼書」を送れ、そうしたら金を振り込んでやる、というのである。

 なんでも、毎年の家屋の評価替えで、25年経過したら当初評価額の20パーセントの下限値になり、以後は建築物価変動割合を乗じて評価し、それを元に固定資産税をかけるのであるが、1998年以来変動割合が下落していたのに、それを計算に入れないままであったのだそうだ。だから税金を取りすぎたことになったのだ。
 鎌倉市でそれに最近気がついたらしく、取り過ぎ分を返すというのである。

 わたしの家の場合は、1978年新築から2002年に25年経って下限値となり、以後2003年度から2008年度まで6年分が、税金の取られ過ぎである。
 沢山ある書類のなかに、2003年度と04年度分の取り過ぎ分は、地方税法で時効となってしまって「還付不能となりますので過誤納金相当額を支払います」と書いてある。
 つまり、「間違って取ったけどけど、実は法律ではもう返せない、でもここは特別にそれと同じ額を払ってやる」ってことらしい。
 小さな木造の家だからたいした額ではないが、利子がつかないのはどうしてだろうか。

     ◆◆

 鎌倉市全体での件数や金額がどれくらいか知らないが、この還付手続きのために結構な費用がかかっているだろう。こういう責任は誰がとるのだろうか。
 役所言葉で気に食わないのは、「過誤納金」である。これでは納めたこちらに過誤があるみたいだ。ここは「過誤徴収金」と書くのが正しい日本語であろう。

 笑ったのは、書類の一番下に「振り込め詐欺、還付金詐欺にご注意を、市役所から電話で銀行ATMの操作を依頼するようなことは一切ありません」と書いてあることだ。
 この税金取り過ぎ事件そのものが、市役所が犯人の振り込め詐欺事件だった(振り込み過ぎ事件か)、みたいであるよなあ、、。

2009/10/09

189【建築家・山口文象】町田市博物館37年目の訪問

 今から37年前に竣工した町田市博物館をはじめて訪問した。その建物の設計者は山口文象である。
 40年前、わたしは山口が社長のRIAに所属していて、その博物館の設計を山口のデザインの指示に従って忠実に実施設計図面にする作業を、新入り間もない若手の二人とやったのであった。その若手のひとりは後に三代目の社長となった。

 実は、わたしは実施図面は描いたが、現場に行ったことが一度もなかったのである。
 歳とってくると、“思いついたらすぐやる主義”になって(つまりぐずぐずしていると人生の機会を逃すのだ)、これもそのひとつで、行ってきたのだ。
 図面と竣功写真を見ているから、現場のスケール観に違和感はなかったし、さすが山口の建築はプロポーションが良い。

 ところどころヘンに不恰好なところがあるので、よく見ると後に付け足したり、修理したところである。
 例えば入り口の大きな庇の軒先に、大きな箱型の雨樋を回しているのだが、実に不恰好きわまる。
 わたしの記憶では、屋根を下ってくる雨は軒先の手前で屋根に溝をつけて樋にしていたのだが、その溝の先にもいくぶんか屋根があるので、そこの雨が軒先に直接落ちてくるのを増設雨樋で受けるようにしたらしい。軒先をシャープにしたかったのだが、ちょっとわたしの細部設計が甘かったか。

 大きな変化は、壁面や軒裏のほとんどがコンクリート打ち放しにしていたのに、改修で全部に白い塗装が吹きつけてあるのだ。これで全体にシャープさがうすれて甘い感じなった。説明をしてくれた若い館員も、そう感じていると言っていた。

 開館当初は町田郷土資料館といっていたが、今は町田市博物館となっている。郷土資料館系の出土品等は一部を管理しているが、とてもここだけでは不可能なほど大量にあるのだそうで、別に資料庫を作っているとのこと。

 これは山口文象の晩年の作品であり、わたしの思うに、RIAにおける山口文象が直接手を下した最後の作品であろう。
 晩年の山口文象作品は、大屋根がいつも基本モチーフとなっている。岡崎市にある是の寺はその典型例であり、京都岩倉にある平安教会もそうである。
 町田市博物館の大屋根は、すぐそばの史跡公園にある復元した縄文時代住居の茅葺大屋根と呼応しているかに見える。
 実は戦中に設計した山口自邸は大屋根である。 

参照山口文象+初期RIAアーカイブス
https://bunzo-ria.blogspot.com/p/buzo-0.html

2009/10/04

188【言葉の酔時記】女子、女性、女流

 女のテニス選手やゴルファーの誰やらが引退したとか優勝したとかニュースである。それが誰でも一向に興味はないのだが、気になるのは、どうして女のスポーツプレイヤーは「女子」なんだろうか。なぜ、女流とか女性とか言わないのか。

 女の小説家を女流作家というが、女子作家とは言わない。ついでに、作家というと小説家を意味するのも不思議である。美術作家も建築作家もいるのに。
 女の歌人や俳人は女流かな、能役者も女流能楽師か、古典的な代物は女流というのかもなあ、いや、娘浄瑠璃とか女義太夫と言うなあ、わからん、漫画家やイラストレーターはどうなんだろうか。
 女流建築家ということもあるような気がするが、女性建築家というほうが普通かもしれない。UIFAという国際組織があるが、この日本支部は、国際女性建築家会議という。

 女子アナと電車の吊り下げ週刊誌広告に書いてあるのは何のことかと思ったら、女のアナウンサーのことらしい。なんで女性アナ、女流アナでないのか。
 囲碁将棋では、女子棋士ではなくて女流棋士とか言ったような。スポーツは女子でゲームは女流かしら。
 女子社員なんていうが、女流社員とは言わないなあ。帰国子女って、あれはなんだろうね。

 なんとなく女子→女性→女流の順で、格が上になっていくような感がある。ついでに、新聞では、女とあれば悪いやつで、悪くないのは女性と書くのも不思議である。
 ところで、男子、男性とは言うが、男流とは言わないのはどうしてだろうか。男流作家とか男流棋士とか言ってもよさそうなのに。

 芸人的世界では男は当たり前なので、わざわざ言う必要がないということかしら、でもそうかなあ、今や小説書きは女の方が多いかも、。多いほうに短称優先権があるなら、そのうちに作家とは女のことで、男は男流作家というようになるかもしれない。

 俳優のみが男優と女優と両方を区別するのは、映画や演劇では男女同じ数だけ俳優は必要だからか。それなら、なおさら分けて言う必要もなさそうだが。
 そういえば、病院ではちょっとまえまでは看護婦がいた。それがいまは看護師に統一されたということは、そのまえは男子看護婦とか看護夫と言っていたのだろうか。

2009/10/01

187【世相戯評】民主党の居住・住宅政策は?

 9月から国交省に民主党の大臣が座って、ダムやら道路やらちょっと目先の派手な話題ばかりだが、もっとも基本的な居住政策については、なにか変えてくれるのだろうか。
 日本では55年体制の自民党政権下では、基本的人権としての社会政策であるべき居住政策が存在しなくて、住宅政策という経済政策で住むところをつくってきたのである。

 居住政策は持ち家建設促進政策という経済政策であって、ちょっと景気が悪くなるとローン優遇なる借金政策を進めるのである。借金で持ち家にしないと、屋根の下に暮らせない政策なのである。
 その結果は、日本人の家庭はどこでも大借金返済を数十年もかけて、ほかの生活費を犠牲にして暮らしているのである。

 生存権という基本的人権のひとつの居住の場を、借金で買い取らなければならないという奇妙なことが、先進国といわれる日本では起きている。
 だから、今の100年に一度のような不況が来ると、目に見えてその矛盾があらわれて、住宅戸数は統計上では十分に足りているのに、借金が返せなくなって住宅が無い人が出てくるのである。

 では借家に入ればよいはずだが、日本では借家には全くといってよいほど促進政策がないのである。だから狭くて環境の悪い高家賃の賃貸借住宅しか、一般向けには無いのである。
 低家賃の公営賃貸借住宅はもうほとんど建設をしないから、なかなか入れない。公社や都市機構(UR)のような公的賃貸住宅も新規建設をやめて、しかも現在の賃貸住宅の家賃を民間なみに高額にしているのである。
 全くこの国は、人間の居住権という基本的なところに政策が欠けていることおびただしい。

   ◆◆◆

 そして今日(2009.9.30)の朝日新聞には、賃貸借住宅の家賃滞納者のブラックリストを作って、その者の入居を排除するシステムを共有する家賃保証会社の団体ができるとある。
 ちょっとでも滞納すると業界に知れわたって、家を借りることができなくなるのだそうだ。なんだかサラ金みたいである。
 そんなことをすると社会的にまずい、という家賃保証業界の同業者もいるし、弱者救済活動をしている人は反対を表明している。

「連帯保証人を見つけられない低所得者が増えたうえ、滞納を避けたい家主側の需要もあり、(家賃保証)業界は急成長。国土交通省によると全国で約70社。民間賃貸契約の約4割にかかわっているとのデータもある。民間信用調査会社の調べでは把握できる29社の売り上げは08年は約218億円で、2年前の2倍以上に達した」(asahi.com 2009年8月15日) 

 このように強気の業界状況からわかることは、家賃保証業界が成り立つほどに日本の賃貸借住宅市場において家賃滞納ケースが多くなってきていることと、賃貸借住宅業界はあいかわらず貸す方が借りるほうよりも強い立場を堅持しているということである。
 家賃滞納で借家を追い出されて、別の貸家を借りようにもブラックリストに載っているので入居を断られ、行くところがなくて野宿者になる人が、これからどんどんでてくるのだろうか。

 悲惨なアジア・太平洋戦争が終わって既に64年、衣食住のうち衣と食は戦後復興したが、住はいまだに戦後復興から置き去りなのである。
 居住政策を経済政策担当の国交省ではなく、社会政策担当の厚生労働省の所管にしてはどうか。トンカチ屋ばかりの国交省には社会政策は無理である。
 民主党さんよ、社民党と共にご努力いただき、賃貸借住宅促進策を展開していただくことを期待している。(090930)

2009/09/30

186【世相戯評】東芝の不可解な広告

 2009年9月21日朝日新聞の全面広告に、地球の森をどんどん切り倒して行って、そこにソーラーパネルを敷き詰めていくイラストレーションが描いてあって、こんな言葉が書いてある。
王子さま、太陽の光をもっと上手につかえば、未来はもっと明るくなると思うんです
 イラストレーションは、サン=テグジュペリの「LE PETIT PRINCE」の挿絵をモディファイしている。
 この広告主の東芝は、どういう頭の持ち主なのであろうか。
 きっと地球人の科学技術信仰への皮肉としてこの広告を載せたのにちがいないと、わたしは思うのだ。
 だがしかし、どうも東芝はまじめに森をパネルに置き換えたいと考えているようにも思える。
 地球を大切にしたくないという意思を表明する、いまどき大胆というか、不可解な企業の広告である。

185【法末の四季】棚田で稲刈りが終わったがへとへと 

 棚田の稲刈りをこの前の週末2日間で終えた。3段に分かれた棚田の約700平方メートルの稲を、延11人が取り組んで、実働は10時間くらいで、全部をハサにかけた。
 倒れている稲が6割くらいあって、腰を曲げて起こしつつ刈るのは骨が折れた。

 更にまた、水が引いていないところが全体の2割くらいあって、ここでの稲刈りは、田の草取りと同様の難儀なことであった。
 とにかく脚が泥田に取られて、簡単に移動できないのだ。
 泥の中に倒れている稲を起こしつつかるのだが、刈った稲を泥の中に置くわけにも行かないので、畦まで持っていくのが一苦労である。

 地元の人たちはコンバインでダダダ~ッと刈り取り・脱穀・稲藁裁断散布を同時にやっているが、わたしたちは昔流の手刈りだ。
 しかし、手刈りだけだと2日間では終えることができないので、バインダーなる手押し刈り取り&結束機を借りてきて、一部は機械刈りとなった。
 刈った稲を束ねて、背負ってハサ掛け場まで持って行き、ハサに下から順に乗せ掛けていくのだ。

 この作業を一日中やっていると、次の日は背中と腰が猛烈に痛くなって、2~3日は起き上がれなくなる経験を3年前にした結果、いまではアミノバイタルなる筋肉疲労予防薬をあらかじめ飲んでから取りかかっている。どうやら効き目があるらしい。

 今年はプロの田んぼも稲の倒壊が著しい。倒壊した稲を刈るコンバインは大型でないと、起こしながら刈ることができないのだそうだ。
 機械が刈り取りやすいように、倒れた稲を一定方向に揃える人手もかかる。

 ある地元の篤農の人の話では、稲のでき具合はそれほど悪くないのだがほとんど倒れたために、いつもは要らない大型コンバインを借りた損料や、人手が要ったための人件費などで、これも百年に一度の不況みたいに人生70年初めての天候のせいで、今年は稲作の儲けはゼロになったと嘆いていた。

 ハサ掛けで乾燥した米を取り込んで、脱穀・籾摺・精米して飯となって口に入るのは、2週間後のお楽しみである。

2009/09/25

184【法末の四季】もうすぐ美味い新米が食えるぞ嬉しいなあ

 明日から稲刈りである。中越山村・法末集落の棚田の米作りは今年で4年目、稲は稔っている。
 今年は雨が多くて育ちが悪いのか良いのか、半分以上は育ちすぎて倒れているので、稲刈りが面倒そうである。いちいち起こしながらかるので、手間がかかるのである。

 わたしたちの田んぼばかりではなく、米つくりプロの地元の人たちの田んぼでも、今年は稲が倒れているところが多い。
 わたしたちは手で刈って、ハサ掛けして天日干を10日ばかりやった後に、脱穀・精米する。

 田植えも手でやったし、草取りも這いつくばってやったし、そんな手間のかかることやっているのは、これが趣味だからである。
 地元の人たちはコンバインなる機械で、ダーッと刈り取りから脱穀・稲藁を切り刻んで田に撒くところまでいっぺんにやってしまう。乾燥は機械で行なうのだ。

 でも、集落内のところどころにハサ掛けもしているから、プロだって自分の食べる米は美味いのが良いと、ひと手間かけているらしい。
 春の田植えからようやく口に入るときがやってきた。あと半月ほどである。
 農作は天の導くままに1年がかりのサイクルでやるだけで、高度工業化しようと高度情報化しようと、急ぐこともゆっくりすることもできない。

2009/09/24

183【言葉の酔時記】仏事の経文と神事の祝詞

 今朝の朝日新聞にお経の現代語訳を唱えているという坊さんの投稿が載っている。
 わけの分からぬ言葉ではなく、しっかりと意味の通った現代日本語に翻訳して、仏前で唱えるのだそうである。
 当然のことのように、年寄りにはありがたみがないと評判悪く、若者には評判が良いとのことである。
 葬儀や法事などの訪問先の仏事で、坊さんのお経と唱和するようにと、葬式屋が経文パンフレットを渡してくれることが往々にしてある。
 やむをえず周りに合わせて口だけ動かすまねをしつつ、この字をどうしてこう読むのかしら、解説を読んでどうしてこういう意味になるのかしら等とマジメに見ても、ほとんど意味を成さないのである。
 どうも中国語でもなさそうなので、インド語のなまったのじゃあるまいかと思いつつ、それ以上の興味も湧かないでいる。
   ◆◆
 では神事ではどうか。
 こちらは祝詞(のりと)であるが、共通祝詞とイベントごとに作る祝詞とがある。
 前者は「大祓詞」(おおはらえことば)とよばれて、万葉仮名による古文の日本語ではあるが、経文ほどではないがわからぬことには変わりはない。
 後者は、読み下し漢文もどきの擬古文であるから、聞いていてほぼ何とかわかる。
 経文も祝詞も特徴ある抑揚をつけて唱えるのは、なにか宗教的ヒーリング効果を狙っているのだろう。歌みたいなもので、うたっていると安らいできて、それがありがたみにつながるのだろう。これはキリスト教の賛美歌の類と全く同じだろう。
 だから聞いていて意味がいちいちわかると、そのたびに頭が覚醒してしまうので困る、なんてことで、年寄りが抵抗するのは、年寄りとしてわかるような気がする。
 わたしは経や祝詞などを唱えるような殊勝な心がけは全く無い。門内の小僧と違って、鳥居内の子は習わぬ祝詞は読めないのである。
 しかしながら何事にも例外はある。昨年の母の葬儀では、父がこの日のために書き遺していた母への誄詞(れいし、死者へは祝詞ではなくこういうらしい)を、わたしが奏上した。糟糠の妻をたたえる言葉が連ねてあった。 

2009/09/22

182【言葉の酔時記】ジェフリーアーチャーの小説に出てくるJapanese knotweedって変だよ

 イギリスの大衆小説家ジェフリー・アーチャーJeffrey Howard Archerの『A Prisoner of Birth』なる三文小説を、今、ペーパーバックで読んでいる。
 全615ページの349ページまできたところに、Japanese knotweedという単語が出てきた。
 なにかわからないままに読み進むと植物らしく、それが土地に生えているとそこに建っている建物に地下茎が侵蝕していって、コンクリート建物でも知らぬ間に倒壊するほどになる、とあり、大阪でそのために集合住宅が倒壊した事件があって、それにちなんでの命名だと書いてある。

 え、そんな危ない植物があるかしら、そんな事件あったっけ、聞いたこともない。
 困ったときのウィキペディアで、検索してみるとなんとイタドリのことである。
 イタドリとはスカンポともいって、その辺に生えている雑草で、わたしたちが子供のころは皮をむいて塩をつけて食った、あのただの雑草のことだそうである。

 あんなものが家を倒すことは絶対にない。せいぜい道路舗装の割れ目が広がるくらいだ。
 英語版Wikipediaを見ると、どうやらイギリスでは繁茂しすぎて困っている外来種植物で、駆除を進めているらしい。でも建物を倒すとは書いていない。

 この小説の舞台は主にロンドンである。どうやらイタドリ建築倒壊説は、小説家の創作であるらしい。
 この公害植物がこれからどのような役割を小説の中で果たすのか、いまのところおよその見当がついているが、ここではもちろん書かない。
 でも、これを読んだ世界中の読者が、そんな怖い植物が日本にあるのかと思うに違いない。
 Japaneseとあるだけに、日本にとっては罪作りである。

   ◆◆

 アーチャーの三文小説は、Kane and Abel、As the Crow Flies、First Among Equals、Sons of Fortune等、ほぼ例外なく面白い。最近は、偽証罪で有罪となって投獄された経験を生かして、A Prisoner of Birthのように牢獄小説とでも言うべきジャンルで稼いでいて、小説家は転んでもただでは起きない。

 イギリスにはケンフォレットKen Follettがストーリーテラーとして名高いが、作品の質によしあしがある。概して歴史もの(The Eye of the Needle、The Pillars of the Earth、A Place Called Freedom、World without End 等)は面白いが、現代物はどうも面白くない。

 フォーサイスFrederick Forsythは最近は書かないようだ。処女作「ジャッカルの日」や「The Devil's Alternative」のように実に面白いのだが、本題に入る前に衒学的に説明がくどすぎて、わたしのような英語を母国語としないものが受験英語勉強程度の実力で読むには、ちょっとめんどくさい。そこを乗り越えると面白くなるのだが、。

 三文小説に限って英語ペーパバックで読んでいるが、原則として辞書を引かない。単にめんどくさいからであって、3割くらいは分からない単語があるが、前後から類推すると、三文小説だからなんとかなるものである。

 それでも読み終えるのに、同じ値段の日本語三文小説の5倍以上の時間がかかる。だから安くつく娯楽であるし、なんだか英語の勉強しているような気になるところが、三文小説にうつつを抜かしている自分に対する言い訳けになる。
 毎日読み続けていると、時に夢が英語になることがある。目覚めてなんであったか思い出せないが、夢の中では流暢にしゃべっていたのであった。

2009/09/21

181【横浜ご近所探検】お三ノ宮神社の神輿見物

横浜都心の関外地区は、今、お祭の最中である。ビルの谷間にお囃子のBGMが流れている。
 メインストリートの伊勢佐木町の通りは、端から端まで車はシャットアウトして、道の真ん中にみこしがデンと置いてあったりする。
 関外の鎮守とも言うべき「日枝神社」、通称「お三ノ宮神社」の祭であることが、あちこち掲示してある。

 うちの空中陋屋にも、お囃子と神輿のワッショイなる掛け声が聞こえて、バルコニーから見下ろせば子ども神輿が行く。町内のものらしい。
 ワッショイではなくて、雅楽の優雅な響きが聞こえてきて、また見下ろせば今度は本物の神輿である。日枝神社のものらしい。担ぐのではなくてトラクターのようなものが曳いている。 

 では、日枝神社に神輿を見に行くかと、ご近所探検の徘徊に出かける。
このあたりは各町内に神輿や山車があって、それぞれに街角や町内会館に飾っている。そこが日枝神社の神輿のお旅所でもあるらしい。

 日枝神社は江戸中期に江戸山王の日枝神社を勧請し、埋立地の吉田新田の守り神様にしたとかで、埋立地の端っこの大岡川のほとりにある。かつては伊勢佐木通りが参道のようになっていたのかもしれない。

 境内には懐かしい露店がたちならび、神楽殿では笛・太鼓・鉦のお囃子を大人や子どもが演奏している。
 あった、神社の一角に見下ろしたあの神輿が鎮座している。実に立派な典型的な百貫神輿である。
 境内には大人や子どもが祭気分丸出しで大勢たむろしていて、せんだって長岡市小国町の太郎丸で見た村の祭も、この横浜都心の街の祭も雰囲気はまったく同じである。

 そこからぶらぶらと大岡川沿いに弘明寺まで散歩することにした。
 やがてやってきた弦巻橋、そのたもとの傾いた公衆便所はまだ健在であった。
 1年前に「発見」して、いつまであるか気にかかっていたが、大丈夫であった。きちんと用を足してきた。
 次に来たときもあるといいなあ、って、別にとり立てて特別なデザインじゃないけど、傾きだけで立派な存在価値がある、、か。

2009/09/20

180【言葉の酔時記】わが国わが党ってなんだか差別感ある言い方だよなあ

 このところ政治の季節で、政治家は「わが党は、、」ってあちこちで言っているようだ。わざわざ「わが党」なんて、こ難しく言わなくてもよさそうなものである。
 まあ、他の党とうちの党ではこんなに違うんだよと、政策の差を強調するつもりであろう。でも、なんだか威張っているようで、いやな語感である。

 わが国、わが軍、わが党、わが社、わが町、わが家などは、そう言う人が帰属する組織や社会を意味しているようだ。
 「我が大君」なる言葉がある(あった)が、これは国家への帰属を明確に言い表していたのだ。

 わが意、わが命、わが田、わが妻、わが子、わが輩、わが身、わが物顔、わが世の春などは、言う人の所有観念の表現である。
 このうちほとんど死語はわが輩であろうが、そのほかもある特定の慣用句とか格言でしか使われない。

 政府文書には「わが国」との言い方がほとんどである。なぜ「日本」と書かないのだろうか。他国へ対置する表現としてならそういう必要もあるだろうが、かならずしも他の国とは違うんだといいたいばかりでもないときも使うから、慣用語になっているのか。

 色々な学術的な論文類にも「わが国」は実に多く登場するのは、どうしてなのだろうか。
 なんにしても現代の「わが・・」は、帰属意識の強調であると共に、他との区別・差別を強調していて、わたしにはあまり快くは聞こえない言葉である。

 昨年に共同執筆して出版した本「はじめて学ぶ都市計画」では、原稿に「わが国」とある表現は、全て「日本」と直したのであった。
 ところで英語圏では、my country my party my company my home my town等の日常的な言い方があるのだろうか。

2009/09/14

179【世相戯評】敬老から軽老へ

 19日から5連休であるとか。
 え、どうして?、9月23日は秋分の日だから休日だと知っているが、21,22、がどうして休日なのか?
 そういえば、9月15日が敬老の日だったはずが、今年はなくなっている。21日あたりに飛んだらしいが、まあ、どうでもよろしい。そのあたりは混むだろうから、出かけないようにする。
 横浜市から「敬老パス」なる、市営地下鉄、市内バス路線乗り放題の乗車証を受け取ることができるお知らせが来た。70歳以上がその資格がある。
 乗り放題と言っても、無料ではなく1年間6500円、去年が8000円だったから、今年は値下げになった、のではなくて、所得額つまり課税額によって負担額が異なる制度(5段階)なので、こちらの所得が下がったということである。
 地下鉄は200円、バスは210円が最低料金だから、往復16回ほどで投資採算がなりたつ。なんにしてもこれは買ったほうが得である。
   ◆◆
 解説パンフレットが同封してあり、「70歳以上の市民の社会参加に役立てていただける」ことが目的であるが、2009年度は利用者自己負担額が15億円に対して、市費負担額が85.6億円、そして「運営が困難な状況となっています」とある。老人が毎年増える一方だから支出は多くなるばかりだから、制度維持が今後は危ないのだろう。
 よく分からないのは、では、この老人パスは老人の社会参加に役立っていて、それは金額に換算すると、どの程度社会に還元されているのだろうかってことである。
 そもそも敬老パスは、どうして出てきたものだったのだろうか。
 70歳を越えると暇になるから、その人たちを社会活動に参加させて有用に活用したいってことなのか。それならば有料パス保持者に、なんらかの社会活動義務を負わせてはどうか。
 あるいは、病気がちの老人を病院に通いやすくするためか。
 それとも、健康な老人がゲートボールに行きやすくして、保健費用支出を減少させるためか。
 所得額によって負担額が違うということは、基本は福祉政策のようである。社会活動参加促進政策ではなさそうだ。
 よその都市の同様の老人優遇例として、東京都では20510円(課税者)、川崎市では課税額によらず毎回100円か年12000円かの選択だそうである。
   ◆◆
 負担額といえば、健康保険による医療負担額について奇妙なことがあった。
 わたしの保健医療費は1割負担であったが、一昨年の年度の途中で政府管掌保険から国保に切り替えたら、アラ不思議、1割から3割負担になったのだ。
 年度途中だから、その保険料の算定根拠となる所得額は同じなのに、なぜ負担額が変わるのか?? もちろん、わたしは市の窓口の人に噛み付いたのであった。
 彼は社会保険事務所の担当者と電話で話していたが、それでわかったことは、政府管掌健康保険料の所得根拠は「給与」だけであるのに対して、国保のそれは報酬とか原稿料とか印税など他の収入も含むのだそうである。
 それで国保に切り替えたとたんに保健料の算定根拠の所得額が上がり、わたしの医療負担額は一挙に3倍になったのだ。
 え、法律は同じじゃないの?、変だと思いませんか?、と食い下がったが決まりは決まりだと退けられた。
 そこで今年の所得税の確定申告は「慎重に計算」して、1割に戻ったのであった。 これは敬老パス負担減額にも及んだ。
 しかし、国と地方自治体で保健医療負担額算定根拠が違うってのが、いまだに腑に落ちない。地方分権だからってことではあるまい。ただし、理論的には自治体のそれが正当なように思う。
    ◆◆
 そもそも敬老って、その意味はどこから出てきたのだろうか。
 多分、老人が今ほど有り余っていなくて、彼等が希少価値の時代の思想というか、世の思惑だったのであろう。
 年金制度がなくて、年寄りは誰かに頼らなければならない時代の処世の言い訳であったか、。
 それがこれほど老人が多くなり、しかも金持ち不良老人も多くなると、敬老などと言って大事にする必要はないぞ、なんてことかもしれない。
 それでも、敬老パスとかシニア料金とか、惰性で続いているとしたら、行政の財政が逼迫してくると、なんで特別扱いをする必要があるのかという市長や議員が出てくるだろう。
 普通は特別扱いってのはマイノリティのためだから、マジョリティのための特別扱いは、理屈から言えばヘンではある。
 先日、横浜市長選挙があって、民主党が支援して当選した女性市長となった。敬老パスがどうなるのだろうかと思うが、なにしろ企業経営者が出自だからなあ、、。
 あ、今に、軽老の日、軽老パス、軽老料金になって、むしろ高値設定とか、、困る。

2009/09/11

178【怪しいハイテク】どなたが読んでいるかしら

 この「伊達な世界」ブログなるものを書き始めてから1年4ヶ月、もうひとつの「まちもり通信」サイトを始めてから9年9ヶ月である。
 読んでるよといってくれる近しい友人はいるが、そのほかどなたが読んでいいただいているのか気になるのが、それはわからない。
 せめて人数でも知りたいと、「まちもり通信」に8年4ヶ月前につけたカウンターが、今、93636となっている。もちろん正確な数ではないが、これだと1日に30人程度のお方が見て下さっているらしい。ありがとうございます。

 ところで、「伊達な世界」と「まちもり通信」とで、ヒットする回数がずいぶん違うことに最近気がついた。ちょうど1ヶ月前にそれぞれにカウンターをつけてみたら、「伊達な世界」は1266ヒット(42/日)、「まちもり通信」は644ヒット(21/日)と、倍の差があるのだ。
 どちらのサイトからも互いにリンクするようにしているのだから、普通に考えると同じになりそうなものだが、これはどういう違いなのか。多分、10~30日間隔記入の「まちもり通信」と、2~3日間隔の「伊達な世界」との差が出るのだろう。

    ◆

 どちらのサイトからも読者のご意見などを、メールでいただくことができるようにしているのだが、これからの反応はあまり無い。1ヶ月にひとつあるかないか程度である。
 ご意見などをいただくと、必ず返事をすることにしているのだが、たまに匿名で変なことを書いてくる人がいる。あるいはまじめな質問をするのに、匿名で書いてくる人もいる。こちらが本名を出してるのだから、失礼なものである。
 そこで匿名の人には返事をしないと記している。

 まじめな質問をいただくことがいくつかあるのだが、そのなかで真剣なのは難病の「大腿骨頭壊死症、同萎縮症」に関するわが体験記を読んだ、同病患者からのものである。
 こちらは医者ではないから、まちもり通信に書いている以上には答えることはできないのだが、なんらかのご返事をさし上げることで、ちょっとはお役に立つかもしれないとは思っている。

 それにしても、かつては「家庭の医学」なんてのを読んで一人で悩んでいたのを、いまどきはインターネットで同病相哀れむのだから、すごいもんである。
 余計な知識で悩みは増えるのか、それとも減るのか?
 最近来た質問で、匿名の意味がわかっていないらしく、「サンマ(もちろんHN)」と名前を書いて、若い人の拙い文ながらもまじめなメールがあり、困った。

2009/09/10

177【老いゆく自分】理工学部卒引退後の趣味

 理工学部を出たものが現役を引退すると、どんなことを趣味にして生きていくのかと、自分のことはさておいて、同期あたりに興味を持っている。
 趣味も理工系かとおもうと、趣味とはそういうものではないらしいく、絵画、登山、旅行が普通だが、なかに日本舞踊のひともいる。

 昨日、横浜都心の大岡川沿いの画廊で、化学を出た同期生たちの展覧会とて、観にいった。
 洋画、日本画、写真、陶磁器と、これはまさに世の趣味一般である。なかに焼き物の金継ぎ(日本古来の修理方法)を趣味にしている人もいたのが、ちょっと理工系っぽいような、、。

 これを観に来たわたしの仲間6人の趣味がウォーキングで、これまた理工系と関係ない。
 数年前から誘い合って、春秋に5日間100キロを歩く旅をしている。なかには1日に50キロ以上も歩けるマニアもいる。

 この歳になると、建築、寮、山岳部など、年に数回あれこれと大学同期のあつまりがある。
 高校の同期会もあった。暇になって酒を飲む言い訳けをみつけることと、頭が未だナントカしている今のうちに昔の仲間の顔を見ておこうということか。

 先日は建築学課程(わたしの頃は学科制はなかった)のあつまりで、エンジンつき模型ヘリコプターを飛ばすのが趣味という、理工系のようだが、とても建築出とは思えない者もいる。孫は大喜びらしいが、。
 ではわたしの趣味はといえば、近所の裏町やら、地方都市の商店街やら、棚田の農村やら、それも名所でもなんでもないところを彷徨することが、かなりのウェイトを占めている。

 そしてそれをこうして駄文に綴ることが趣味であるが、これは明らかに建築から都市計画へと仕事をやってきた延長上にあるのだ。
 建築でも都市計画でも、街の構造を現場で調べて、それがどのような背景でできてきたのか、それはどんな方向に動こうとしているのか、今後どうあるべきかを考察する。
 そしてそれを文や図や写真で記述し、その町に暮らす人々にわかりやすく伝えること、これが建築や都市計画の仕事であるのだから、今もその延長を走っていることになる。

 違うのは、現役時代はそれによって報酬を得ていたが、いまは無料であることだ。この駄文が、時には社会の役に立つかもしれないと思いつつ、、。
 あ、そうか、もしかたら、わたしは趣味を仕事にしていたのかも、、、どうりで儲からなかった。

2009/09/02

176【老い行く自分】本に埋もれて逝く至福

 8月11日だったかに静岡でちょっとした地震があり、死者が出た。その人はなんと本にうずもれて胸部圧迫窒息死だったそうだ。
 これは他人ごとではない。そう思ってネット検索したら、やはり同じようなことを思った人たちがいる。
 わが狭小なる書斎兼PC部屋兼寝室兼物置兼工作室兼・・・の四周の壁全部が(つまり窓と扉部分を除いて)、床から天井間際まで本棚であり、本がぎっしり詰まっている。
 もちろん本棚そのものは、紐や針金で壁にひっくくったり、棒で押し付けたりして、どうやらこうやら倒れないように工夫はしているが、本そのものはとめようがないので、落ちてくるだろう、コブくらいつくるかもなあ、とは思っていた。
 でも、窒息死なんてことがほんとにあるんだ、、、、まあ、本にうずもれて逝くなら、それはなんとなく至福の感がないでもないが、、、。 

2009/08/31

175【世相戯評】選挙TV報道

 久しぶりに長時間TV放送を見た。選挙速報番組である。
 これで麻生さんと鳩山さんの動画を始めてみたのである。ふ~ん、こんなしゃべり方をするのかあ、。
 麻生さんは口をへの字に曲げて、それも中央からじゃなくて、文字通り「へ」の字に右寄りが曲るのだなあ、それで損をしている。どこかひねたような口調があるのも損をしている。
 政治家は人相と口調だなあとつくづく思う。
 鳩山さんは良くも悪くも先生口調で特徴はないが、麻生さんと比較されると得をしている。先生口調だと思ったら、政治家になる前は大学の助教授だっとか、そうかやっぱり。

 それにして開票速報報道は変なものである。
 アナウンサーが、「しだいに追い上げております」なんていうのだが、もう投票はとっくに終わってるんだよ、単に票を開けているだけで、この速報を見ながら投票してるんじゃないんだよ、。

 でもそれを聞いて思ったのだけど、例えば、年齢の奇数の人は今日、明日は偶数の人って、2日にわたって投票するのはどうか。。
 開票は初めの日の投票後にも行なって、得票を発表するのだ。そうしたら次に日はそれを参考に投票するであろう。
 どうですか、こうすれば前回や今回みたいな翼賛選挙じゃなくて、2日目にある種のバランス感覚が働くような気がする。

 横浜市長選の結果を見てから寝ようとして、ついに午前2時半までTVを見てしまった。なんでも開票ミスでトラブルがあったらしい。
 これまで官僚→政治家(社会党)→官僚→官僚→政治家とやってきた歴代横浜市長とは違って、女性・企業家市長となれば、なにかCHANGEが始まるだろうか。

2009/08/30

174【世相戯評】選挙あれこれ 

 昨日は土曜日、銀座通りは歩行者専用道路となっている。新橋から歩き出したが、行く手のほうから景気の良いクラシック音楽が聞こえる。
 これはタンホイザーかな、だんだんと大音響になってくる、右翼街宣車もちかごろはしゃれた音楽なんだ、でも、もう5分以上経つけど一向にいつものガラガラ声の演説が始まらない、そのうちに、ポップスになった。

 あれ、銀座通りに下町商店街並みにBGMかしら、ようやく4丁目交差点にきた。
 なんと交差点の真ん中に白い乗用車を止めて、ルーフのハッチを開けて立ち上がっている男がいる。楽団の指揮でもとるかっこうで両腕を頭の上でふらふら振っている。
 なになに、マック赤坂って書いてるけど、どこの右翼サンなの?、よく警察が許すもんだなあ、と近づけば、おお、選挙街頭演説の幟がたっている。え、スマイル党って?、ああ、例の新聞が書く諸派、世の言う泡沫候補なんだ、、。

 これはなんと総選挙候補者の街頭演説会であるらしい。これじゃ警察も手が出ない。
 ただ、一向に演説をする気配はなく、軽快なポップスが大音響で延々と銀座の街に響いている。男は屋根から上半身出してマラカスを両手に振って踊っている。
 ふ~ん、まあ、こういう選挙演説もあるんだなあ、さすが東京は人材?が豊富?なんだなあ、と、踝をかえした。

 今朝の新聞に立候補者一覧表があって、その諸派は343人とあるのだが、注意書きがついていて、「諸派には幸福実現党337名を含みます」とある。
 え、ほかの諸派はどうしたの、書かないの?、マックさんのスマイル党は書かない?、それって幸福党の肩を持つ偏向報道じゃないかしら、などと、昨日チラと見かけただけのお方に、どうでもいい同情をしてしまった。

 ほかにどんな面白い諸派がいるのだろうか。

<後日追記090831>選挙が終わった。マックさんは東京1区、987票を獲得、1位と14万票余の差をつけて9人中の堂々ビリから3番目であった。

   ◆◆
 新聞一面を使った選挙広報というか広告というのか、政党や候補者の広告がこのところ何ページも占めている。 裁判官裁長官の国民審査投票への意見広告である。何回だされてだろうか、全国紙数社の全国版にだしたら数億円の広告費だろう。名を連ねている人は20名くらい、わたしが名前だけを知っている有名人も幾人か名を連ねているが、この人たちがだしたのだろうか。
 結構なことだが、ちょっとその金持ちぶりに、鼻白む思いもある。

 で、そこに書いてあるのを読むと、高知県の選挙区の3区と比べると、東京3区はその0.5倍しかないのだそうだ。
 つまり、高知では50人で1人を国会に送り込めるのに、東京では100人でひとりしか送り込めないってことだろう。
 さて、高知3区の選挙権者はどれくらいの投票率なんだろうか。

 算数のことはよく分からないが、もし投票に高知3区では投票率が50パーセント、東京3区で100パーセントだったら、1票の重さはどう計算するのかしら。
 なんにしても高知3区のお方の責任は重いようですよ、どうします?

<後日付記090831>
 選挙が終わった。最高裁判官審査の結果はこのアピールが少しは効いたらしく、1票の不平等を容認判決をした二人の裁判官への×印が、他のそれ比べて2~3割も多かった。
 高知3区では74489票で当選、東京3区では121699票で落選、これはものすごい格差であるよなあ、、。ついでに最低得票当選者を探したら、高知1区の44085票であった。

 今回の選挙では0票でも当選が出たらしい。
 仕組みが不可解だが、なんでも民主党が票を取りすぎて比例区の候補者が足りなくなって、残余の票が自民党にまわってタナボタ当選者を出したそうだ。
 おお、補給作戦がいい加減で前線では敵の武器や住民の食糧をかっぱらって戦った日本軍の伝統が生きている、、な~んて、、。

2009/08/29

173【横浜都計審】市民委員は審議会でまたもや独り相撲であった

 公募に応募して昨年11月から委員となった横浜都市計画審議会に、昨日はわが4回目の出席であった。
 議題は3つあったが、図らずも、またもや、わたし一人がしゃべったのだ。委員のみなさまどなたも、ご意見を出されなかったのであった。
 いつも寡黙なるわたしが、なぜに都市計画審議会では饒舌になってしまうのか、われながら不思議である。もちろん饒舌であるか否かは、他の委員との比較にすぎないのだが、。

 前回と同様に今回も廃棄物処理場の新設許可議案があった。前回はわたしは現地を見てきて、その周辺を住宅立地規制をする附帯決議を提案したのだが通らなかった。
 今回も現地を見てきて、前回のような混在可能な立地ではなかったし、環境アセスメントで審査会が専門的な注文をつけているので、内容的には特に異議はない。
 ただし、手続きおいて法的な疑問があったので、その指摘をしたのだ。これが今回の審議会の唯一といってよい審議であった。

 しかし、である。その法的解釈が実はわからなかったのであった。
 え、こんなこと、法に基づいて執行する行政庁が知らなかったのか。
 法学部教授の学識委員が解釈を披瀝されたが、それが定説というものでもないらしい。
 ふ~ん、そうなのか、法律を読めば誰もが疑問に思うはずと、そう思ったわたしは、どうも変な人らしい。 

参照→ ●横浜市都市計画審議会報告

2009/08/27

172【世相戯評】またもや翼賛選挙

 8月30日が衆議院選挙投票日とて、大勢の立候補者名の一覧が新聞に載っている。
 さて、年寄りがどの程度いるものかと、70歳以上を数えていったら、いるわいるわ、20名を越えたところであほらしくなってやめた。
 では80歳以上だ、いるのかしら、いた、81歳!、名前を見れば、おお、ドクトルナカマツだよ、あの、発明と選挙でいつも出てくる、あのお方である。そうかあ、さすがに80歳を越えたのか、なになに、あれ、幸福党なの?ふ~ん、まあ、お元気でね。
 もう少し見ていったら、いた、今度は85歳!!、全くもって後期高齢爺バンザイである。よくやるものだ。以上二人であった。

 まてよ、65歳から74歳までが前期高齢者とすれば、そこから先の10年の75歳から84歳までが後期高齢者かしら、ならば85歳からはなんというのか、末期高齢者か、その先は晩期とか、ああ、なんだか終期が見えてくるなあ、、。
<後日追記090831>選挙が終わった。ドクトル中松は落選、というよりも幸福党が泡沫党というか、全国で惨敗であった。   

 ◆◆

 今朝の朝日新聞には「民主320議席獲得も」なんて、予想記事が出ている。これがあたるかどうかは別にしても、なんだか民主党翼賛選挙ムードであるのが、いやな感じである。民主党がいやとかいいとかじゃなくて、翼賛選挙がいやなのだ。
 2005年の郵政解散(そういえば、今回の解散はなんというのかしら)のときに、こんなことを「まちもり通信」コラムに書いた。

 ===まちもりコラム2005・10月号===
●翼賛選挙でだいじょうぶかしら
 私が生まれて3年目の1940年、大政翼賛会なる組織ができて、政党はみな解散してこれに加わり、東亜新秩序建設に邁進、つまり戦争体制が整い、次の41年に戦火が始まった。
 2005年9月11日、戦後55年体制の総決算がされたようだ。自民公明民主大政翼賛政治が始まった。まさか戦争じゃないだろうが、何か不安でしょうがない。
 カウンター勢力かとおもっていた民主党の若旦那党首の言うことが、自公と大差ないように聞こえてきて、つまり翼賛選挙だったとわかった。
 最近はこういう状況を招いたことをポピュリズムというそうだが、昔は衆愚といった。 5年前の9月11日のニューヨークでの事件でも、衆愚が原因にも結果にも悲惨を招いている感がある。(051002)
  ============

 さて2009年8月である。あのときの衆愚の結果が自民党にお任せ政治をさせてしまい、今の世相に至り、今度は民主党にお任せ衆愚になるんじゃあるまいか。
 あの時に自民党お任せ政治にさせてさすがにこれはいけないなと、衆愚も若干は「衆賢」を取り戻したのが、参議院選挙の結果で、いわゆネジレ国会で自民党チェック体制を作り出したのであった。
 さて、こんどは衆議院でも民主党にボロ勝ちさせたら、もう本当に翼賛選挙になっちまうぞ。高速道路タダなんてアホな政策が通って、地方都市は疲弊するぞ、。
 適当に勝たせた方がいいですよ、。
<後日追記090831>選挙が終わった。まったくもって、この前も今回も翼賛選挙そのもの、ちょうど自民と民社を裏返しにしただけである。これからの政治も、これまでと同じになるのだろうか。新人と女性の頑張りが通じるか、、。

2009/08/25

171【世相戯評】日の丸・軍旗・御真影

 なんでも民主党のどこかの会で、あの赤だるまみたいな党マークをつくるのに、日の丸の旗布二枚を切り張りして使った。
 そうしたらTVの党首討論会で、自民党の麻生さんが「国旗を切り刻むとは何事か」って噛み付いて、民主党の鳩山さんが謝ったのだそうだ。

 これで連想するのは、戦時中の御真影(天皇の写真)と軍旗である。
 政府が各学校に配布して拝ませた御真影を、火事から助けだそうとして校長が焼死したのが美談であったし、軍旗はそれこそ戦場だから命と引き換えた兵士が無数にいた。 どちらも天皇の分身として、文字通りに死んでも守らなければならなかった。
 抽象的シンボルが具象的物件に偶像化して取り替わり、人の命までも奪った時代が、私がこの世にいるときにさえあったのだ。
 星条旗模様グッズが下着まである垂れ流し的偶像文化のあちらと、党首討論の政治争いの種にまでなる不可侵偶像文化のこちらと、その文化の違いが興味深い。

 御真影で思い出したが、小学校(国民学校といった)にそれを格納する奉安殿なるものがつくってあり、朝礼では「奉安殿に敬礼!」と号令がかかった。ワルガキどもは「オオアンゴウにケツレイ」と言って無邪気に遊んだ(アンゴウとは阿呆の方言)。
 この記憶によれば「御真影に敬礼」ではないから、偶像化は写真から容れ物に移っていたことになる。そう、偶像は目に見えてこそ偶像なのである。

 わたしはこの日の丸合成事件で、おお、民主党赤だるまマークは実は日の丸のアレンジだったのか、ふ~ん、そうだったのか、と、麻生さんとはまるで正反対のことに気がついたのであった。
 偶像崇拝化が進み、民主党マークもダイエーのそれも偶像損壊と目の仇にされる時代が来るかもしれない、赤い水玉模様も、、、あ、日の丸弁当もか、いやこれは戦時中は推奨されたなあ、?、、。

2009/08/24

170【各地の風景】はるかなるベルリン

 偶然にTV放送の女性マラソン中継放送に行き当たり、ベルリンを走るらしいので見た。もちろん目的はマラソンじゃなくて、ベルリンの街並みを見たかったのだから、音を消している。

 なるほどベルリンの街はこうだったかなあ、と思いつつ見ても、何しろ行ったのは1973年だから、おおいに風景は変っているし、それよりも全く覚えていないのである。
 それとわかった建物は国会議事堂だけだった。例のドームをくっつけたヤツである。

 もちろんそのときには見ていないが廃墟だったはずだ。そのリニューアルの姿を雑誌で見て、これはすごいと思った。
 なにしろ国会をガラスの上から、一般の見物客がのぞくのだそうである。
 ついでに思い出したが、ブラジリアに行ったときも、あの国会議事堂の丸い屋根まですたすたと屋上を行けるのだから驚いた。日本だったらたちまちに逮捕である。話が逸れた。

 さてマラソン放送のマラソンのバックの風景を見ていたら、同じ風景が何度も出てくるのである。どうも同じところを何回もぐるぐる周るコースらしい。
 考えてみればそのほうがコース設定も進行運営も楽になるはずだ。ドイツ的合理主義か。もっとも、一周遅れなんてのが出てきたらこんがらかるだろうが、。

 だから終わりのほうは風景見物に飽きて、マラソンを見たら、なんと日本・中国・エチオピアの3女性がデッドヒートで、結局は一位は中国の女性であった。その名は白雪、おお、白雪姫がマラソンする時代になったのだ。
 この人が勝つだろうと思っていた最も体格もスタイルも良いエチオピア女性は3位だった。 日本女性が10歩のところを5歩で走る長い脚である。
    ◆◆
 今から36年前のベルリンは、まだ冷戦まっただなかの時代で、東西に分かれていて、その間を壁が厳しく隔てていた。
 壁の西側に接して見物のタワーが建っていて、そこから東を覗き込むと、壁の向うにもうひとつ壁があり、壁と壁の間に2重にバリケードがあり、その向うに鉄砲を構えた警備兵がいる。
 東西境界の川に沿う金網に花輪が掛けてあって、ガイドの説明でそれは最近に東から西に脱出しようとして、東の警備兵に討たれて死んだ人のためだという。
 西から東に観光バスで見物に行ったが、検問所の厳しさに驚いた。写真を撮ると討たれるとガイドに脅されるし、兵隊はバスの下の車の間に鏡を入れてそこに越境者が隠れていないか調べているし、そこらにいる兵隊はみんな銃を構えているし、国境とはこういうのなのかと信じられない思いだった。
 その検問所「チェックポイントチャーリー」(東側では「フリードリヒ通り検問所」と言ったそうだ)は、ル・カレのエスピオナージュ小説にも出てくるところである。
 東ベルリンでは、ソ連がナチスドイツに勝った記念施設ばかり見せられてうんざりした。
 とにもかくにも、マラソンなんて平和なことが、ブランデンブルグ門をゴールにして行なわれる時代になってよかった。
 参照→032オリンピックマラソンの風景