●15年を経ても続く3・11巨大核災事件
今日は2011年の今日に起きた東日本大核災記念日である。そう、それは一般に東日本大震災記念日と言われる日である。
確かに巨大な地震津波災害が発生した日であったが、それがこれまで日本列島に何回も起きたそれらと大きく異なるのは、核発電所が核毒を広域地域に振り撒き散らして、住民たちを殺し、土地を使えないものとし、住民たちを追い出し帰郷不能にしたたことである。
そしてまた、地震災害は自然に起因するのに対して、核災害は人為に起因しているところが、おおいにこれまでと異なる災害であることだ。核災害に対する防災や減災方法はもちろん、そこから回復する方法について、わたしたちは全くと言ってよいほどに無知極まるものであることが暴露された。
現にあれから十五年後の今も、地震動や津波による災害からの復興はそれなりに目に見えて進行してきたが、核災害からの復興は何もできていないと同然と言ってよいだろう。
日本が世界を相手に戦い敗れた戦争を「十五年戦争」と呼ぶこともある。1931年から1945年までの間を言うのだが、いまや2011年から15年たっても終わらない核毒との戦いが続く。これは「核毒百年戦争」と名付けようか、わたしたちはこんなことやっているのだ。
そして更に、核発電所の再稼働ばかりか、新設さえも許容しようという政府をわたしたちは選んでいるのだから、また別の「核毒百年戦争」が起きる状況が来ている。怖い世の中になったもんだ。早く退散しよう。
●私家版3・11記憶デジタル文書を読み返す
わたしは、この巨大地震発生の日から、ブログ【災害日本オロオロ日録】(地震津波核毒原発列島-20110311東日本~20240101能登半島へ)を、つらつらと書き連ねてきている。私的3・11核災事件記録である。
久し振りにこれを読み返そうとしたが、あまりの多くのことを書いていて、2011年分を読んで疲れてしまったが、われながら面白かった。一庶民のオロオロ記録にすぎないが、久しぶりに全体をざっと眺めてみて、われながらよく書いている。
政治家や専門家たちの右往左往、ジャーナリズムのオロオロ、戦争と震災の歴史探訪、核毒被災現地紀行、小さなボランティア活動などなど、ほとんど被災地への助けにはならないことだが、考えさせられることであったと、今さらに思うのである。
じつは、2011年から14年までのそれら記録を編集して、次のようは4冊の冊子にしているのだ。まちもり叢書とは、わたしが趣味でやっているDTPである。
日本列島の人間のはかなさ」
これからゆっくりと読み直してみようかな、あの大事件が起きた頃にあれこれ考えたことと、それが今どのようになっているか、比較して考えてみよう。
そろそろ人生を終える頃になって起きたこの大事件(参照→ブログ記事)、そしてこの10年後に続けざまに起きたコロナパンデミックとウクライナ戦争(参照→ブログ記事)、今や起きつつあるトランプ戦争(さすがにまだほんの少しだけ)、いやはや忙しい世の中だ。
あれこれ考えさせられて年寄りの頭にはヒマツブシにはなるのだが、わが身にその災害が及ぶ危険を感じている。その前に絶対的安全圏の「あの世」に避難しなければなるまい。現地球三大疫病神兼祟り神が、有難迷惑にも、わが背中を押してくれている。
(2026/03/11記)
ー本サイト関連ページー
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