2020/10/11

1494【能楽見物】野村四郎の能「善知鳥」を、四半世紀前の友枝昭世のそれを思い出しつつ観てきた

 
 コロナはまだ許してくれないらしいけど、人間のほうの都合でリスク承知でイベントをやることになったらしい。遠くに行くのはもう面倒だけど、近くで野村四郎が舞うなら何が何でも行くぞ。

 再開の横浜能楽堂で能「善知鳥」(うとう)を観てきた。折しも台風14号がやってきて、直撃はなかったが外はザンザン降り、善知鳥のような陰気な能に似合う天候だが、能楽堂の中は快適だった。それで思い出した、昔見た善知鳥のことから書いていこう。

●友枝昭世の善知鳥

 あれはもう4半世紀も昔になるだろうか。そのころわたしは能見物に凝っていて、週に一度以上は渋谷・松濤の観世能楽堂に行ったものだ。
 それは靖国神社境内の野外能楽堂でのことだった。境内は桜が満開、夜桜の演能の会に善知鳥を演じたのは、友枝昭世だった。あの陰気な善知鳥を、桜花の下で演じるとは、、。


靖国神社野外能楽堂

 ところがその夜はしんしんと花冷えであったのだ。それを予期せずに観に行ったので、震えあがった。あわてて買い求めた熱いコーヒー缶を抱きしめながら、それでも震えあがっていた。
 この能の面白いのは後半からだが、そこに至るまでの退屈なる寒さに弱りきった。

 ようやく後半の見どころカケリに至ってから、友枝の演ずる両氏の苦しみに見入って寒さを忘れる。だがハッとしてまた震える。ふと見上げると夜桜が満開、氷の山に思える。
 また舞台に目を転じて寒さを忘れる、また震えが来る、それを繰り返していた。まるで舞台上に舞う亡者の責め苦と符合しているようだった。

 亡者となった漁師が、善知鳥の化鳥に襲われて狂気の舞を続けている外の浜は、北国の極寒の地とすれば、あるいは高山の冬の立山地獄とすれば、これがそうかもしれぬ。見物のこちらもその極寒地獄の気分であった。いつでも逃げ出す自由はあるのに観続けた。
 友枝昭世のキレのよい責め苦の舞は、咲き誇る花の極寒地獄の夜に凄絶に広がり、やがて橋掛かりの闇に溶けていった。

 これまで善知鳥を3回見ているが、その友枝の善知鳥の極寒記憶が強烈で、他の記憶がない。今日の善知鳥は台風のさなか、花冷え能のように見所に嵐が吹きこむはずもないだろう。だが、心としては風雨の責め苦のなかの善知鳥を期待していたかもしれない。
 今日のシテはは、20年も稽古してもらっていた名芸能者の野村四郎師である。

●野村四郎の善知鳥

 ここから今回の能の話。横浜能楽堂の入り口でチケットもぎりをセルフサービス、手指を消毒、検温してもらい(34.6度とは低温だ)、見所に入れば椅子は一人おきに座るという、コロナ対策万全、もちろんマスク無しでは入れてくれない。ほぼ満員のようだ。


横浜能楽堂

 歌人・馬場あき子の善知鳥にまつわる歌枕の話から始まる。いつものように、自筆プリント配ってくれる。歌人だからとて達筆ではない。
 ここで彼女の話を聞くのは何回目だろうか、元気で素敵な老女だ。その話は興味深いのだが、もう少し時間をあげて話を奔放に広げてほしい。

馬場あき子講演テキストの一部(20201010横浜能楽堂)

 能・善知鳥が始まる。ずいぶん久しぶりのような気がした。後で日記を調べると能見物は2018年11月以来だった。その間に劇場に行かないことはないのだが、オペラ、歌舞伎、文楽、演劇、映画などあれこれ浮気している。

 コロナ対策だろうが、地謡が5人で横一列に並ぶ変則である。地頭は浅井文義、この人の謡は昔はヘンに震えていたものだが、今回はそうでもなかったのは、年取ったせいか。野村昌司も中年になったが、人相が悪くなったみたい、四郎似ではないなあ。

 笛は一噌隆之が体調悪くて代演は一噌幸弘、このひとは上手いのに能で聞く機会がめったになかったので代演を歓迎。あちこちで能楽の外で活躍するので、能の世界から疎んじられるのだろうか、惜しい。
 ワキは工藤和哉、久しぶりにみるとずいぶん年取った。身体が微妙になよなよする癖はいまだにある。

 後見についたのが寺井栄、この人も久しぶりに見て、はて誰だっけとプログラムを見て、昔よく見た記憶にある顔からずいぶん老けているのに驚く。もう20年も前だったか、この人がシテの「紅葉狩」を見た記憶がある。

 シテ野村四郎のほかで記憶にある人は、大鼓の国川純だけで、わたしが見ていた能界の人々は次世代に移っている。
 わたしが能楽をだ観だしたのは、野村四郎氏師に謡の稽古をしてもらうようになった1991年からだから、自分も能楽師も年取るのは当然だが、舞台芸能者はわたしとは違う人種と思っているから、その老人ぶり容貌に驚く。

 シテの老爺が登場してきたが、野村四郎も声が老いた。謡を教わっていた頃のほれぼれする美声は求めるべくもない。
 では芸はどうなのか、これは素人にはよくわからない。それを評する能力はないが、あの夜桜の下で震えながら見た友枝昭世のキレ良い動きを思い出しつつ見るのだが、。

 ところが、後場の常座で絶句、後見が背後に近づきプロンプター、そんなこと野村四郎で初めて観た。こちらがうろたえ、またあるかもと気が落ち着かないが、幸いにそれだけだった。昔、何度も絶句の超高齢プロの能に困惑したことがあった。

 善知鳥の漁師は、能でよくある最後に仏に救われるのではなくて、救いを求めつつも苦悩のままに消えてゆく。
 終って外に出ると、シテの責め苦の続きのように、一段と激しい雨が降っていた。

(20201011記)  

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