2012/06/12

628横浜港景観事件(7)現代の結婚式場は鉄柵の中の異教徒礼拝所なのか

 向こうにあるショッピングセンターの手前にキリスト教会が見える。横浜都筑区の港北ニュータウンセンターの風景である。
 こんなニュータウンのセンターに教会とは、宗教団体は金持ちなんだなあ。

 横から見ると、なんだかいろいろな建物がごちゃごちゃくっついているようだ。
 しかもまるでどこかの旅館みたいに、後から後から増築していったらしく、いろいろな色や格好をしている。
 教会ってのはこれほど大きな建物が要るのかしら、修道院でもあるのかな。近くの歩道橋から見ると、なかなか巨大である。
 向こうのショッピングピングセンターに引けをとらない、いや、ショッピングセンターの別棟かしら。


 正面にまわってみたら、おおキリスト教会である。これははなんと言う様式だろうか。ゴシックというか、曲線もあってバロックか、球形ドームも見える。
 近づけば、まわりを鉄柵で厳重に囲ってある、しかも2重に。
 あれ、キリスト教会は普通ならいつでも誰でもは入れるぞ、ここはやっぱり修道院なのか。妙に敷居が高い施設である。

 案内板がある。なになに、
「ヨーロッパ文化を継承した聖なる祝祭の地、アニヴェルセルヒルズ横浜。丘の上のチャペルと3つの豪華な邸宅で行われるウェディングがテーマです」
 ウェディングがテーマってどういうことか、はて、アニヴェなんとかって聞いたような、って首を傾げていて、思い出した。
そう、ここは結婚式用の教会なのだ、しかも、いま、横浜みなとみらい21新港地区に進出しようとして、横浜市の審議会で問題になっている、あの事業者の結婚式場である。
 キリスト教会風建築はまさに儀式場であり、修道院風建築群は宴会場であった。
とたんにこの建築群がキッチュに見えてきた。うまいこと真似て作るものである。

 ここは港北NTセンターの地下鉄駅のすぐそば。
 まわりはいかにも高度成長時代の都市プランナーががんばった形の、広々とした広場とモールと現代的な建築群がある。
 その建築群が現代風のタイルやガラスを多く使い、屋根はフラット、壁は四角と平面を基調とした、モダニズム系統のデザインである。そして多様多色な広告が建築を彩る。
 良くも悪くも現代消費社会を、いかにも計画的に作りましたと、そういう風景である。

 それに対してこの結婚式場建築は明らかに異形である。一見すると白亜の西洋様式建築群が整っていて広告物は一切ない。実はよく見るとなんともばらばらな建築群だが、それは多分、玄人のわたしの目が見たからだろう。
 一般に異形であることをもって悪いといっているのではない。
 異形は時にランドマーク性を持って地域に個性を与えるが、ここでは異形がどこか地域から浮き上がり、あるいは地域を排他する異教徒的な風貌を持つのが気になる。
 人を寄せ付けない鉄柵、すくない開口部、さまざまな増築(のように見える)など、この日常の中の突然の非日常風景は、どこかうさんくさい雰囲気である。
 現代の結婚式場とはそういうものになっているのか、わたしには不思議きわまるのであた。

 一般の人たちはどう思うだのろうか。歩いている人に聞いてみる勇気はなかったが、多分、なんだかカッコウイイ、ちょっと素敵、なんて言いそうだ。
 わたしが見た日は平日だから式はないのだろうが、何組かの客らしい人たちが、黒い服のここに係員らしい人に案内されて鉄柵の中を歩いているのが見えた。
 この「ビジネスモデル」(事業者の言葉)は成功して繁盛しているのだろう。だから新港地区でもこれでやりたいのだろう。
 
 こうして実物を見てから、またはじめに戻って新港地区での例の計画の絵を見る。
この遊園地というかテーマパークのような姿が、実は鉄柵の檻の中にできる異教徒の世界を思わせる空間になるのであるかと、なんとも不思議な思いにかられるのである。
 まあ、いつもは信仰心もないのに、結婚式で一時的に異教徒になるのだから、そうなるのだろうか。

 それで思い出したのは、松本市の北の郊外にある「信州ゴールデンキャッスル」である。もとは四賀村といったがのんびりした山里に、突然にベルサイユ宮殿風(自称)の建物が出現して、度肝を抜かれる風景がある。
 これがまた鉄柵で囲まれた結婚式場建築である。ここは成功した居酒屋経営者の出身地で、その母親のために建てた御殿がその元だそうである。
この山間の異教徒的というよりもラブホテル風かレジャーランド風というか、そんな風景は、考えてみれば街の中にあるよりも過疎地にあるほうが違和感をかんじる人数が少ないから、まあ、いいか、、、これも不思議な風景である。
 港北センターの結婚式場がここにあると、まさに修道院風風景である。ベルサイユ宮殿風よりもそのほうが似合っただろうになあ。
 まだまだ、つづく、次は赤レンガの風景を考えてみたい)

参照→横浜ご近所探検隊が行く(横浜景観事件の連続コラム全編はこちらからどうぞ)

2012/06/08

627いまや高齢者はアホアホ老軍団になりつつあるらしい

近頃は、ふらふらと考えを変えるのは若者じゃなくて、年寄りらしい。
 今朝の朝日新聞の「私の視点」と言うコラム欄に、政治意識論を研究している松本正生さん(埼玉大)という人が、こんなことを書いている。

 調査によると、90年代以降、選挙のたびに「そのつど支持者」になって、ころころと投票先を変える傾向が著しいのが60歳代以上。
 その原因は、年取ると社会から縁が切れて、家の中でTVばかり見ている生活になって、世間のことはTVからしか知らないから。

 
 おお、そうなのかあ、年寄りは保守となって頑固、若者は無党派でいい加減と言う通説は、いまは違うのか。
 どうも小泉政権の頃から、選挙のたびにドドッと翼賛型になって票が一定方向に集まるのが、まったくもって気持ち悪かったのだが、それはアホTVを見ている年寄りどものせいだったのか参照→またもや翼賛選挙

 わたしも後期高齢突入1ヶ月目のれっきとした老人だが、TVは見ないし、選挙にも40年以上も行ったことないから、自分もそうなのか判断できない。
 でも、自己判断すると頑固かつ柔軟な革新派のような気がする。ようするにいい加減なる革新派か。

 それにしても、わたしが思っていたのは、こうだった。
 近頃増えた年寄りは、金はそこそこあるし、時間はたっぷりだし、経験を積んでいるから、社会的にはよい方向にあるだろう。社会貢献活動が増えるだろう。
 むしろ怖いのは、閑な不良老人が増えることで、その能力を生かした知的犯罪が増えるだろう。元銀行員と元IT屋が組めば、なんだかやれそうでしょ。
 
 ところがなんと、まったく予想が外れた。実はアホアホ老軍団が形成されているのであった。近頃の衆愚の原因はここにあったか。
 そういえば、万引き犯にいちばん多いのが老人だそうだから、知恵のないことである。
 選挙では付和雷同するし、こそ泥的にしかなれないし、まったくしょうがないよなあ近頃の年よりは、、、と、わたしはそのひとりとして思うのである。

 でもなあ、インタネット社会にどっぷりとつかって、TV離れした世代が老人になった時代が来たら、また違うことになりそうだ。
 これってつまり、「早すぎたネット年寄りの私のことだけどね。

2012/06/03

626横浜港景観事件(6)もっと楽しい風景にしてほしいと思わないでもない

前回と前々回では、横浜都心部にある既存の結婚式場建築とラブホテル建築の姿を見たのであった。
 その結果は、それらのデザインには共通するものが明確にあって、どこか西欧古典風の建築デザインボキャブラリーが登場するのである。
 どうして共通するのだろうか。

 事業者のアニヴェルセルのサイトには、結婚式場は「愛に満ちあふれた幸福の時間」であるという。
 つまりで縮めて言うと「幸の時間」、なるほど、ラブホテルが「愛の空間」(井上章一)だから、あわせて「愛と幸せの時空」なのか。分りやすい。
 下世話に言えば、どちらも男女の性的な結びつきが基礎にあるのだ。

 上野千鶴子に言わせると、結婚とは「たった1人の異性に排他的かつ独占的に自分の身体を性的に使用する権利を生涯にわたって譲渡すること」(「ザ・フェミニズム」)なのである。
 つまり結婚式場「幸せの時間」では生涯契約であり、ラブホ「愛の空間」では短期期限付き契約である。
 さてこれら二つの契約期間は、厳然として異なるものかと言えば、かなり怪しくなっているから、ラブホと結婚式場の境目にもその影響が及んでいるに違いない。

 だから、その儀式の場として「愛の空間」と「幸せに時間」とに共通的なものがあるのは分るような気がする。
 そして「愛の空間」が、当初は裏寂れた連れ込み旅館から進歩して、儀式性を表現するテーマパーク型に変身してきたが、いまは普通のホテルへと移行しつつあるのは、性的短期契約が珍しいことではなくなってきていることだろうか。
 それに対して、「幸せの空間」は普通のホテルが先にあって、今はそこから脱皮して儀式性を求めるテーマパークへと移行しつつあるとすれば、その先にはラブホのように普通のホテルに戻っていくのだろうか。
 それとも少子時代で結婚式が数少なくなると、ますます儀式性を増していくのだろうか。

 まあ、なんにしても、ラブホも結婚式場も「見世物としての建築」であることは間違いない。見世物小屋なのである。
 その中で見世物を演じるのは、観客たち自身である。これはカラオケにも似ている。そうか、いまにカラオケビルがテーマパーク性を帯びてくるに違いないぞ。
 結婚式場では新郎新婦を主役にして参列者たちが共同で劇を演じる。出演料を出し合って互いに見物しあうのだ。
 ラブホでは、主役の二人だけが出演料を支払って、互いに演技しあい見物しあう。
 どちらにしてもその一期一会の場が非日常的な演劇空間、豪華な芝居小屋つまり見世物小屋であって欲しいと思うのは、まことにごもっともである。

 さて、話を元に戻して、横浜みなとみらい21新港地区の結婚式場計画のことである。
 そもそもここで景観問題が起きたのは、都市美審議会景観審査会委員である生真面目な建築家たちには、ラブホ建築が我慢ならないことなんだろう。
 でも、ここにあの結婚式場事業者が登場するならば、こうなることは十分に分っていたはずである。ラブホ建築こそが「ビジネスモデル」なのであり、事業者はそのビジネスをここで展開するのだから。

 そして、事業者は実に巧妙にも、この立地の持つ現状としてのテーマパーク景観に身を寄せたのであった。そう、あのゴタゴタした大観覧車とジェットコースター遊園地風景に、このラブホデザインは見事に調和したのである。
 さて、横浜市はどうするのか。
 このラブホ景観がいやならば、できることはたった一つ、予定敷地内にある市有地を貸さないことである。
 貸さない理由はどうするか。結婚式場事業を拒否はしないが、地主としてラブホデザインはいやだと言えばよろしい。それは市民感覚的なひとつの見識である。
 ただしこのとき横浜市は覚悟がいるのは、結婚式場に人質にされたあの遊園地を、二度と人質にされないように排除しなければならないことである。

 ところで、もうひとつの市民感覚として、あの場所にあんな面白い建物ができるのもいいな、遊園地が広がって面白いな、あの場所であんな建物で結婚式をしてみたいなって、そんな世俗感覚も大いにありそうである。
 ここで悪乗りするが、あの新港地区の現状は、必ずしも楽しいとはいえない風景である。あのショッピングセンターはまことに無様なデザインだし、温泉施設もなんだか事務所みたいである。
 ラーメン博物館は建築家好みそのものである。全体に閉鎖的でもある。
 もっと楽しい見世物小屋のたち並ぶ祝祭風景にしてほしいと、わたしも思わないでもない。
「島」は、かつては「遊郭」を意味したことを思い出した。新港地区は現代の彼岸公園(横浜最初の遊郭の地)に見える。

 それに対して、生真面目な委員の先生たちが、ハリボテ建築とか模倣デザインとかテーマパークとかでいやだなんて非論理かつ感覚的な言葉ではなくて、もっと正面きって都市美とはこうあるべきと、なにかを説得性を持って毅然として標榜することができるのだろうか。
 事業者や市民から、景観とは個人的な感覚だと言われてはミモフタモない。
(もうこの辺でやめようと思うのだが、、まだ横浜港景観事件(7)に続く

2012/06/02

625やっぱりマンションは危ないと分ったのに止まらない世の中がオカシイ

東日本大震災に関するニュースで、東北地方の津波や原発災害はよく伝えられるが、仙台などの都市部での被害はあったのかしらと思うほど、そのニュースはすくない。
 でも、やっぱり深刻な被害があったのだ。今朝の朝日新聞に「マンション 傷そのまま」とて、被災共同分譲住宅問題が載っている。


 仙台では被災から一年以上経ってもいまだに修理や建て替えができないまま、住めない共同住宅がたくさんあるのそうだ。
 それは、分譲の所有者たちの合意ができないことに大きな原因があるという。

 やっぱりねえ、「名ばかりマンション」とわたしが悪口を言っている日本の分譲型共同住宅建築は、地震がきたら倒れなくとも住めないよ、危ないよ、買わないほうがいいよと、まえまえからここに書いているでしょうに。
 わたしの警告が不幸にして的中しているのだ。

 そして、現実にこうして問題が出ているのに、いまだに名ばかりマンションがどんどんと建ち、それを買う人たちがどんどんといる。止まらない。
 世の中がどうもヘンである。もう勝手にせい!

●借家か持家か
http://datey.blogspot.jp/2009/01/blog-post_20.html
●賃貸借都市の時代へ
https://sites.google.com/site/machimorig0/taikenteki-jutaku
●片思いの賃貸住宅政策
https://sites.google.com/site/machimorig0/kosya
●姉歯大震災が喚起すること
https://sites.google.com/site/machimorig0/anehajiken

2012/05/24

624横浜港景観事件(5)ラブホは愛の空間、結婚式場は愛に満ちあふれた幸福の時間

これから人口は全体に減るし、生まれてくる子もすくなくなるし、結婚産業市場は狭まるばかりだろう。
 結婚式場事業者は、結婚式だけじゃなくて婚約式とか再婚式とか金婚式、そうだ離婚式もあるな、まあ、いろいろ頭をひねるだろう。
 死ぬほうはもう増える一方だから、葬儀場兼用にして結婚式と葬式が隣り合わせにやる時代が来るかもしれない。なに、人生一続きだから、それでよいのである。

 そんな世になるまえに、市場を寡占した事業者が勝ちである。そこで施設は巨大にして、目を見張るようなもので勝負に出たのが、多分、この結婚式場であろう。目を見張るといっても、しげしげと建築的な目で眺めないほうがよいと思う。
 市場の先行きは見えているから、遅くとも30年先には消える施設として、土地建物は30年の定期借地方式によるらしい。
 事業者はちゃんと先を見ている。結婚のほうも30年も続かない時代が来ると。
 それにしても、その激戦地区を勝ち抜くための建築デザインが、どうしてキリスト教会風でギリシャローマ神殿風の欧風建築なのだろうか。

 もっとも、この事業者のプレスリリースには「邸宅型結婚式場」と書いてある。
 邸宅とは英語で言えばmancionなのだが、「マンション型」と書けないのは、日本のマンションは誤訳されてウサギ小屋のことであるからだ。
 アメリカ合州国大統領のいるホワイトハウスが本来のマンションなのだから、多分、この事業者もそれを思い描いているかもしれない。
 そう思えばそう見えなくもないが、でもやっぱり、ギリシャかローマかの神殿に南欧風キリスト教会建築がくっついたようにしか見えない(すくなくとも最初の透視図はこう見えるのだが、、)。

 こういうあれこれ取り混ぜた建築は、珍しいことではない。江戸時代の遊郭建築がそうだったし、明治開国期に日本の大工がつくった擬洋風建築もそうである。
 そこでラブホが登場してくるのである。この類のキッチュデザインで、しかも愛と言うか幸せの空間作りの先駆者は、ラブホテルあるいはファッションホテルあるいはレジャーホテル、あるいは「逆さくらげ」「連れ込み旅館」ってこりゃ古いか、まあそういうものである。
 この話は井上章一「愛の空間」とか、それを下敷きにした金益見「ラブホテル進化論」とかにあれこれ書いているし、わたしは実態はよく知らないからこれ以上は書かない。

 五十嵐太郎の「結婚式教会の誕生」にも、結婚式場とラブホ建築の似通っていることを指摘している。
 まあ、ラブホテルが「愛の空間」(井上章一)ならば、「愛に満ちあふれた幸福の時間」(アニヴェルセルconceptより)だから、似ているのはあたりまえ。
 横浜ご近所探検隊が探索した横浜都心関外にあるラブホテルの写真を掲げておく。このまえにあげた結婚式場建築と同じボキャブラリーが登場し、なんだかよく似ているような気もする。とくとご覧あれ。
  なお、これらが風営法にいう店舗型性風俗特殊営業該当施設かどうか、わたしは知らない。表から見た感じだけである。
つづく・・・なんだかいつまでもだらだらと書けそうだなあ)




2012/05/22

623横浜港景観事件(4)幸せと愛の空間は教会と城郭と神殿にあるらしい

横浜みなとみらい21新港地区に計画中の結婚式場は、実は二つあると気がついた。
 いまの話題の結婚式場計画はこの図の新港地区16街区である。その隣の15と運河対岸の23街区の一部が遊園地である。もうひとつの結婚式場計画は11-2街区である。
   
 これら二つが同時に今年1月の都市美審議会にかかってきたが、11-2街区計画はほぼすんなりと通っている。
 つまり、赤レンガを貼った四角い建物なので、両側に既に経っている赤レンガの箱と調和しているのだろう(これじゃあミモフタモナイ言い方か)。

 ではと気になったのが、いまの結婚式場業界ではどんな建物が流行なんだろうか、と言うことである。
 では論より証拠、ホテルや既存キリスト教会はさておき、横浜都心部だけについて、わたしのご近所探検に引っかかる結婚式場らしきもの眺めてきたので、ここに紹介する(上の地図に場所を赤丸で示した)。

 みなとみらい21地区の北隣の似たような運河沿いの立地では、ポートサイド地区(金港町)に結婚式場がある。
 超高層ビルを背景に、なんとなく南欧風とでも言うのだろうか。前に水があって良い立地だが、景観的には特にまわりとの周到な関係を持ってデザインされたのでもないらしい。だから目だってよろしい、というのが事業者の考えだろう。
  

 ミナトみらい21の高島地区に、ギリシャ神殿風の結婚式場がある。こういうのは大きな庭の向こうに見え隠れしていればよさそうなものだが、車が行き交って騒々しい道端にいきなり建っている。
 その真後ろに丸い高層ビルが見えていて、その取り合わせにななかの妙味がある。まさか意識して建てたわけではあるまい。

 紅葉坂の上(宮崎町)に最近できた結婚式場は、ゴシック風教会とかロマネスク風とかいうのかよくわからないが、あれこれつきまぜ欧風デザインとでもいいましょうか。
 建築的には遠めには石張りかと思うが、近寄ってしげしげと見上げると、ほとんどが吹付け塗装である。
 吹き付け仕上げが安っぽいのは仕方ないが、それにしても夜目遠目傘の内のたぐいで、うまく作るものである。
 こういう類の建築の専門的なことについては、「結婚式教会の誕生」(五十嵐太郎)という珍書があるから、そちらに譲ることにする。
 
 その隣には結婚式場建築ではないが、伊勢山皇大神宮である。ここは神明造の拝殿と本殿があり、当然に神前結婚式を執り行っているだろう。
 もしかしたら、ここで神前結婚式を挙げて、隣で披露宴を行うってこともあるのだろうか。
 結婚式教会(五十嵐さんの命名で、キリスト教会ではなくて結婚式だけのための教会風デザインの建物)はあるとわかったが、日本の神様がいない結婚式だけの神社風建築もあるかもしれない。まあ、日本の神様はヨリシロさえあればどこでも降臨するがね。
   
 本町4丁目のペンシルビルとビルの間に、これまたペンシルビルのような時計塔のような赤レンガ仕上げの建物が建ち上がっている。これも最近できた結婚式場である。
 何様式というのか分らないが、天使の像がついていたり、ぺディメントがあり、胴にはコーニスが回っているように見せていたりしていて、あれこれつきまぜ欧風ではあるらしい。
  
 本町通りを更に東に進んで大桟橋への角(山下町)のビル壁に「・・・幸せウェディング」と垂れ幕があって、その向こうに巨大なドリックオーダー柱が4本も立ち上がった、なにやらギリシャ神殿風の高層ビルが建っている。
 あれ、ここにも結婚式場が建ったのかと見れば、幸せウェディングは垂れ幕のあるホテルの宣伝であって、神殿風は別のビルで幸福の科学という宗教団体であった。
 ふ~む、結婚式場と新興宗教は同じデザインコンセプトにあるのか。もしかしたら、その信者の結婚式をやっているのだろうか。まあ、「幸せ」の隣が「幸福」なんて、それはそれでよろしいのでしょう。
  
 そのすぐ隣ブロックに、大昔は「露亜銀行」だった建物が改装されて、いまは結婚式場となっている。
 これは1921年創建の本格的な様式建築で、イオニアンオーダーの柱や三角ペディメントを持った古典主義の意匠である。ペンキ塗りの見せかけではなくて、ちゃんと石を使っている。
 この建物は露亜銀行からドイツ領事館となり、法務省横浜入国管理事務所、更にまた県警の警友病院別館となり、県警の移転後は永らく空き家だった。
 それが、この地区一帯の再開発事業に伴って保存修復されて、つい最近のことだが結婚式場になった。
 これもやっぱり欧風建築だから結婚式場になったのか。面白いことに、この宣伝サイトには「90年の歴史を誇る」と建築の古さを詠っている。そんじょそこらに最近できた似非欧風建築の式場じゃないですよって、そういうことで差異をつけるのだろう。
  
 これらのほかにもたくさんのホテル結婚式場やらレストラン式場とか邸宅式場などがある横浜都心地区は、ブライダルマーケット激戦地である。
 そんなところに、ここで話題にしている新港地区の新結婚式場は乗り込んでくるのである。
 少子高齢時代となって結婚式場需要は縮小するのは常識の中で、このビジネスモデルが新戦略なのだろうか。
 80年代までのラブホテルがこういう戦略だったがいまは廃れたと、「愛の空間」(井上章一)なる珍書にある。
 面白くなってきたぞ。 (つづく横浜港景観事件(5))

2012/05/21

622横浜港景観事件(3)隣の遊園地と景観的調和を図りました

「風格、品位が少し劣る・・・私から見るとテーマパークのように見えてしまう」(3月景観部会 加藤委員)
 こういわれるとテーマパークの雄である東京デイズニーランド(1983年開業)が怒るだろう。
 発言した委員の意図はともかくとして、テーマパークとは言いえて妙で、まことに的確な指摘であると、わたしは思う。

 おりしもその東京デイズニーランドの新たな企画で、シンデレラ城での結婚式を売り出したそうだ。評判よいらしい。
 委員からテーマパークだといわれて、多分、事業者は心の中で大喜びしたであろう。専門家がお墨付きをくれたって。これでわがビジネスモデルは成功間違いなし。

 そうなのである、これは結婚という明確なテーマ性を持って演出される遊園、つまりテーマパークなのだ。
 うまいことにちょうど隣には本物の遊園地があって、ふたつあわせるとミニディズニーランド、と言うと褒めすぎか。とにかく見事にテーマパークとなっている。もしかしたら大観覧車やジェットコースターでの挙式なんてのも、やるかもしれない。

 都市美審議会議事録にはこういう発言もあるから、まことに興味深い。
「ここの特性、隣に観覧車がある特性も踏まえて、どうしていくかということを非常に考えさせられた案件でもあります」(横浜市都市づくり部長)
「非常に考えた」結果が、この共同テーマパークになっているというわけだろう。分りやすい。
 
「隣のコスモワールドさんとの調和を図りました」
 事業者は隣の遊園地を景観デザインに見事に取り入れたである。わたしが事業者なら、こう言うにちがいない。
 景観デザインとは、周囲の調和する風景を作ることだとする教科書的な定義からすれば、これはお手本どおりである。
 また品のない言い方をするが、事業者は遊園地の景観を人質に取ったのである。もう一方の横浜市の抱える人質は「赤レンガ倉庫」である。
 どちらの人質が高い身代金を取りやすいだろうか、なんて、ますます品が落ちてくる。
 
 ところで、横浜市が決めているこの地区のデザイン指針に書いてるいろいろなことをしげしげと読んでみると、横浜市さえも実はテーマパークを意図しているらしいのだ。
 デザインテーマは簡単に言えば“赤レンガ倉庫がある開港の歴史”であるらしい。
 早く言えば、新港地区という島を“赤レンガテーマパーク”に作り上げることをめざしているのである。

 島、ゾーン、敷地グループというように、赤レンガテーマパークを入れ子状に作り上げるらしい。
 それはそれでなかなかに素晴らしいことである。
 今回の問題は、その入れ子のひとつが赤レンガではないということである。達磨の入れ子人形を順にあけていったら、途中でバービーが出るのだ。せめて赤い靴の女の子ならよかったのに。

 この問題の原因は、「よこはまコスモワールド」という赤レンガに何の関係もない風景が厳然と実在しており、これが人質になったことだ。
 事業者の描いたどの絵を見ても、大観覧車が人質然と描いてあることからよくわかる。
 コスモワールドは暫定利用と言いながら1990年4月オープンだから、すでに22年の歳月が経っている。
 実態上は暫定ではない。

 この間、まわりとは明らかに異なる景観を顕示してきて、その大観覧車はみなとみらい21地区のシンボルとなっている。
 審議会の議事録の中に、この事業地にある横浜市の土地の賃貸借契約は30年とするとあるので、定期借地権方式であろう。ということはどんなに長くても30年でこの建物は消えることになる。遊園地の22年を暫定というなら、こちらもほぼ暫定である。
 暫定だからいい加減でいいのだ、と言うことではないのはもちろんである。

 あれがよくてこれがいけない理由はないでしょ、って、言ったかどうか知らないが、いわれる理由はありそうだ。そこで部長さんは「非常に考えた」のかもしれない。
 隣の遊園地が先に消えるかもしれないが、そのあとにできる施設はこの結婚式場を人質にしたデザインになるかもしれない。

 ラブホデザインに至る前に話が長くなった。あとはまた次回へ(つづく横浜港景観事件(4))

2012/05/20

621横浜港景観事件(2)下手な模倣デザインをするなってデザイン指針を書くか

横浜市都市美審議会の景観審査部会が、事実上差し戻ししたけど、事実上そのままで戻ってきた結婚式場計画の景観デザイン、さて、これからどうするのだろうか。
 実は審議会には強制力はないので、事業者があくまでこのデザインで行くと押し通すことができるらしい。
 それどころか、横浜市にも強制力はないから、事業者が協議を打ち切ると言ったら、それで行くしかないらしい。

 要するに景観について市と事業者が協議をするのであって、許可とか指示するという仕組みではないのである。そこが都市計画法や景観法と、横浜市条例の違いである。
 もしもそうなると、この審議会がNOを突きつけた結婚式場の景観デザインが、公共の場に登場して市民や来訪者の評価に晒されることになる。

 ここで評価の目は、事業者に向くと同時に、NOといった審議会にも向けられることになる。
 事業者への評価は、その施設が繁盛するかどうかって、かなり露骨で分りやすい目盛りになるだろう。どこででもやってきたこのビジネスモデル(コンビニのデザインのようなものだろう)が成功すれば事業者の勝ちである。
 市と審議会とは、NOと言いながら実現させることについて、制度の根本を問われることになる。

 では、横浜市と審議会とはどのような景観を志向しているのだろうか。
 横浜市が定めた「みなとみらい21 新港地区街並み景観ガイドライン」なるものがある。そこにこの結婚式場の敷地を含むあたりの景観作りの基本がこう書いてある。
  方針1 みなとの情景の演出
   ①海に向かってゆとりを持ち、連続性が感じられる街並み
   ②開放的で居心地のよい水域・水際線の風景
  方針2 歴史の継承
   ③歴史的シンボルとしての赤レンガ倉庫への見通し景観
   ④歴史性を意識し、高さを抑えたまとまりある街並み景観
  方針3 “島”としての個性の演出
   ⑤歴史やみなとらしさを活かしたシークエンス景観
   ⑥歩いて楽しく、賑わいのある街並み
   ⑦周辺地区からの見下ろし景観

 もちろんこれだけではなくて、建築デザインについてこまごまと例示しながら書いてある。いちおう読んでみて、事業者の出した資料とざっとつき合わせて見たが、わたしにはどこが違反しているのか分らなかった。
 だから審議会は無茶を言っていると、わたしは言おうとしているのではない。
 多分、わたしが分らないことが問題なのであろうと思う。つまり、指針に書ききれないことが問題となっているのである。

 問題を分りやすく言えば、西欧様式の模倣コラージュなんて、いまどきポストモダンじゃあるまいし、あんまりなデザインだ、まあ、こういうことなんだろう。
 でも景観ガイドラインに、「下手な模倣デザインをしないこと」なんて、バカバカしくて書けっこない。建築家をバカにしている。
「模倣はやめてくださいという恥ずかしい文言を入れないと、こういうものはとめることができない時代になってきている」(3月都市美審議会 中津委員)

 下世話に言えば、ひところのラブホテルみたい、というところだろう。
 外野のわたしだから勝手なもんである。委員なら思っていてもこうはいえない。せいぜい「テーマパークみたい」とおっしゃる。
 ところが実は、この「テーマパークみたい」こそ、いろいろな意味で最も的確にこの結婚式場を表現していると、わたしは思うのだ。発言した委員の思わぬ方向で、これは事業者を勇気づけたかもしれない。
 テーマパークと結婚式場そしてラブホ、おお、なんと興味深いテーマなんだろう、次はこれを追って考えてみよう。 (つづく横浜港景観事件(3))

2012/05/19

620横浜港景観事件(1)かの有名な横浜市の景観政策がただいまちょっと座礁気味である

ここに二つの絵があります、さて、どこが違うでしょうか、いまどきのお手軽クイズみたいだけど、いかが?
 これらは横浜市のみなとみらい21地区内の新港地区で、計画中の結婚式場の建築の完成予想図である。なお、観覧車はとなりの遊園地にあるもの。
        これは2012年1月の案
これは1月案を修正した3月の案

 これが建つ場所はこのようなところである。みなとみらい21地区のなかでも超特等立地である。

 この場所で建物を建てるには、いろいろと法令による規制がある。それらのなかに横浜市特有の条例があって、その姿(景観)の良し悪しについて横浜市都市美審議会の議を経なければならないことになっている。
 この計画がその審議会の景観審査部会の議事として審議されたのは、2012年1月である。
 ところが部会は、この案はぜんぜんだめと、やり直しをしてあらためて審議しようとなった。こういうことは今まで一度もなかったことである。
 その議事録を読むと、その案のどこが悪いというよりも、全体にナットラン、そんな雰囲気である。

 1月の景観審査部会での委員の意見を少し拾ってみよう。
「これは何か大きなかけ違いがあるのではないか」(金子委員)
「全然違った地区や国の文化を持ってくるというのは、これまでやってこなかったこと」「新港地区での展開についての配慮は余りないのではないか」(国吉委員)
「物まねは求められていない」(中津委員)
「この場所ではこういう西洋風のチャペルではないだろう」(高橋委員)
「テーマパークを思わせる奇抜で猥雑な雰囲」(加藤委員)
「今目の前にあるこの模型の形では認められない、承服できない。といって、この方針で微調整をすれば認められるかということでもなしに、基本的なデザインの考え方、それは配置、外観あるいは景観、そういったデザインの基本的な考え方の大きな見直しが必要」卯月部会長)

 これに対して事業者はこう答える。
「各所で西洋風の様式、西洋風の建物を展開しています。そして各地で成功をおさめているといった形でございます。西洋風の建物スタイルというものをこちらでも展開し成功をおさめたい、要は1つのビジネスモデルであると理解しております」
 そして基本的なことには答えようとしない。
 まったく異なる立場であり異なる方針のデザインだから、答えることもできないのが当たり前である。ただし、事業者としてはこれまでの横浜市の方針と異なるものとは、少しも思っている様子はない。

 そして3月23日にもう一度この案が景観審査部会にかかった。つまり1月の審査部会の意向を受けて、1月から3月までの間に市と事業者が協議をして変更をした案を出したのであった。ただし審議ではなくて報告としてである。条例で審議は1回と決まっているかららしい。
 それが冒頭に示した2枚目で、どこが変わったかわからないクイズなのであった。当然のことに部会のメンバーは怒った。
 なにも分かっていない、なにも聞こうとしない、一回の審議で何ができる、これじゃあ審議会はいらないっ、と。

 いったいこの2ヶ月の間にどんな内容の協議だったのだろうか。
 この計画案は委員が言うように本当にだめなものなのか。
 専門家たちがだめといわれるようなものを作って事業が成り立つものだろうか、
 専門家はだめといっても世の人々が受け入れるから事業が成り立つのか。
 景観とはそのように専門家と普通に人々では評価が異なるものなのか。

 考えるといろいろと面白くなってくる。これは景観論というよりも社会学的な面白さである。
 ここでしばらく何回かこのことを継続して考えて、連載する。(つづく横浜港景観事件(2))

参照→この件は以前2012年3月に新聞報道があったので、それと横浜市のサイトを見て「592市場における都市美とは?」と、その続きの「599非日常・異日常そして日常の風景」を書いた。
参照
http://datey.blogspot.jp/2012/03/592.html
  http://datey.blogspot.jp/2012/03/599.html

2012/05/16

619この冬の4mもの豪雪被害があちこちにあっても集落の暮らしにまた春がきた

中越山村の法末集落にも春がやってきた。ブナの芽吹きが美しい。
 一面の雪の下から顔を出して目覚めた村は、またいつものように田植えに忙しいシーズンになった。山菜も出盛りだ。

 この冬はものすごい雪で、法末集落は4mもの積雪であった。
 冬の間は毎日毎日、集落の人たちは必要なところを除雪して、雪害対策に怠りなく過ごすのだが、油断したり不能だったりで除雪をしないと、大変なことになる。
 道路のガードレールの類が、雪に乗っかられて車と違う荷重からガードができなく、ヘナヘナになってしまっている。
 
 鉄でも曲がるのだから、わたしたちの活動拠点の家の庭の竹藪は、すっかり折れて倒されてしまった。今年はたけのこが生えてくるだろうか。

 でも山の木はさすがにしぶといものだ。雪の間はその下で地に身を伏せていたのだが、雪解けとともに曲がった腰を弓のごとくに反り返らせて、春の日に芽を吹きつつある。

 家屋の屋根の除雪をしないで4mも積もらせてしまうと、そのとんでもない重みで軒が折れるのは当たり前、屋根の小屋組みをつぶされて落ちたり、そっくり倒壊したりする。
 放棄された空き家が、毎年の冬にだんだんと大型廃棄物と化していく。その人と自然の互いの営為を、わたししは定点観測として興味もって眺めている。
     
    <ある空き家の2009年の姿>
    <おなじく今年2012年の姿>

 わたしたちの拠点の家も、母屋は手入れしているが、蔵と渡り廊下は2度の震災による痛みと手入れをしていなかったので、とうとう今年の豪雪に負けてしまった。

 <「へんなかフェ」の蔵と渡り廊下の2007年の姿>
 <「へんなかフェ」の今年2012年5月の姿>

 さて、わたしたちの700㎡・3段の棚田での米つくりも7年目、先日は田植えの準備で畦を土で塗り固めてきた。これをやらないと、下の田に水が抜けるからである。
 田んぼから泥土をすくっては、長い畦の横と上に塗りつけていく。体力というよりも腕と腰に響く仕事で、一枚の棚田の半分もやったら、もう腰が痛くて退散した。
 棚田の中の足湯にも春が来た。休日はお湯が出ている。
https://sites.google.com/site/hossuey/