2008/07/29

024【世相戯評】日本国土は太りつつある?

 食料のカロリーベースでの日本の自給率は、40パーセント以下だそうである。つまり日常食べているものの6割以上が輸入品ということである。  
 これって、つまり、わたしたちが毎日食っては出し、あるいは捨てている食い物のうち、6割以上が、地球上のよそからこの島にやってきていて、この島の中になんらかの形で居座っているということだ。
 水に流して海に行くものも、また魚になって食われるから、最終的には日本列島の土になるのだろう。そして植物を育て、それを食う動物を育てているのだ。
 これはすごいことである。毎日毎日、ものすごい土を外国から輸入しているのである。日本の国土は次第に盛り上がり、はみ出ると海を埋めて陸になる。
 中国から食品輸入ばかりか、土から生えた植物を使った製品、土そのものの製品の陶磁器など、多品種が大量に入ってきているとすれば、大陸の一部を引き取りつつあるのだ。
 これは現代の国引きである。えーっ、そんなことになっているのだろうか???

2008/07/27

023【怪しいハイテク】うちのPCのやつがオカシー、オロオロ

 今朝からPCがオカシー、デスクトップが壁紙だけになった。
 しょうがないからセーフモードってやつで立ち上げて使っている。ネットでいろいろ調べてあれこれやってみても、治らない。

 なにやらのファイルをどこかに移せ、とお知らせが出てくるのだが、そのファイル名を書いてないから何のことか分からない。そんなことでよいのか、ウインドウズ屋さん、、。
 うごきが遅い、できないことがある、画面ががへんだ、でも、しょうがないからセーフモードで使っている。この書き込みもできる(多分)。

 3月にハードディスクの入れ替え修理をしたばかりなのに。どうやれば元に戻るかしら、、う~む。
ro-maji de naito kakenaku nattazo komatta,,,,, と思ったら治ったぞ、ってことは、なんだか、だんだんと壊れていくのかしら、、。

 昨日、いらないソフトを消していて、うっかり必要なウィルス除去ソフトを消したので、再インストールしたのがいけなかったのかなあ、不機嫌なのは、、。 4:00
 ^^^^^^^と、ここまで書いて、しばらく休ませて、またこんどは「前回の正常立ち上げの構成」とかいうところで立ちあげたら、おお、元に戻った。
 でも、これをログアウトしたら、またもとの木阿弥かもなあ、。 8;00
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 おお、やっぱりもとの木阿弥だあ~、 どうすりゃいいんだよ~、、9:30
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 今度は、外付けのHDDなどすべてはすして立ち上げたら、おお、尋常な立ち上がりになったぞ、、。しかしこのままでもこまるなあ、。10:15

2008/07/26

022【東京駅復原反対】東京中央郵便局の建て替え建築案はパロディとしての文明批評デザインになっている

 東京駅丸の内駅前広場の南にある東京中央郵便局の改築計画を、日本郵政会社が2008年6月25日に発表した。
 1931年に竣工して現在に至るまで使っているビルであり、建築界ではヨーロッパからのモダニズムデザインを正面切って取り入れた最初といってもよい建築で、そのころ逓信省に所属した建築家・吉田鉄郎の名作としている。

 丸の内の隣の日比谷の三信ビルが2008年に壊されて、このあたりの戦前建築の取り壊しと保全が一通りけりがついたあたりで、最後に中央郵便局の改築が登場してきた。
 その背景などは別に記しているので、ここでは発表された改築案(「JPビル」というそうだ)の絵について考えてみたい。

 JPビルは、現在の中央郵便局舎の5階建ての形態はそのままに下層階に保全し、その上にガラス張りの超高層建築が立ち上がっている。全部で地下4階・地上38階にするそうである。
 これは丸ビルよりも一層多い新丸ビルと同じで、丸の内最高の高さになるのだろう。

 この絵をしげしげと見ていて、はっと気がついたのだが、この上部構造の超高層建築のデザインは折り紙飛行機なのである。ガラス板で折ったヒコーキは今、下部構造たる中央郵便局舎に突っ込んできて、まっさかさまにブスリと突き刺さったのだ
 次の瞬間、、、、折りガラスヒコーキは、、、ある幻惑にかられる。21世紀幕開けの年にニューヨークで起こったあの9.11事件、これはそのパロディにちがいない。
 業務中枢のマンハッタンと丸の内、最高に高いWTCとJPビル、そしてガラスに託したヒコーキのメタファー、これはパロディであるとしても、真正面からの文明批評と言わねばなるまい。

 地球の裏側の9.11事件は、日本も巻き込む地球全体の事件となった。WTCのあのあまりにも無残な崩壊は、20世紀工業主義建築の行き着いた先を見せたのであった。だが、かの国はそれを承知できずに、超・超高層建築を拡大再生産している。そして、こちらの地においても、。

 そうしたところに、かの建築家ヘルムート・ヤーンが示したデザインは、9.11事件後の世界の危うさを、この地の象徴的な場所において、ガラスと折り紙ヒコーキというもろく儚ない象徴で表現して見せてくれたのである。これを文明批評と言わずしてなんであろうか。

 日本の建築界は今や、西欧から移入した技術を素朴に表現する赤レンガ東京駅舎(1914年)と中央郵便局(1931年)を従え、その克服を超えて文明批評にまで昇華する段階に至ったのである。慶賀すべし。

 とは言っても、このようなパロディも文明批評も、かの地ではなりたつまい。ひとつにはそのような批評を受け入れる土壌がないだろうこと、そして二つ目に、折り紙ヒコーキの日本では誰もが知る遊びの知識の素地が、かの地にはないからだ。

 こうして日本だからこそ成立する文明批評をもって、文明批評という普遍性を持つだろうかと、言い出しっぺながらも、疑問も出てくるのである。さりとて、このパロディを捨て去るのももったいない。(080726)

2008/07/22

021【老いゆく自分】老いて徳はなけれど得はする

 もう20年くらいテレビを見ない。もちろんぜんぜん見ないのでもないが、多分、ひと月に2時間もみるだろうか。
 見たくないのではないが、見るものがないのである。世に珍しきこと無し、である。それはまさに年寄りになった証拠である。
 旅番組を見ると、解説するやつの言いっぷりが、妙にヒョウゲていて嫌だ。
 最近、テレビ画面の端っこに小さく顔が写っていて、なんだかへらへら動くので、眼がうるさくてしょうがない番組が多い。もちろんそのようなのは、本画面が良くても見ない。大きな大世話である。

 見ていてコマーシャルが出ると、NHKに切り替える。そろそろ良いかと元に戻す。それを繰り返す。 
 そのうちにNHKのほうに引かれて、うっかり元に戻すのを忘れる。まあ、どうでも良いからそれでいいのだ。
 だから映画はNHKをみる。それも時間が限定されるのが面倒なので、最近はレンタルディスクである。老人割引で半額である。これは年寄りになった得(徳ではないな)である。

 そうやってテレビをみなくなると、当然に世の中と話が合わなくなる。雑談中に他人が突然笑い出すことがあって、どうしてと不審に思うことがある。それがどうもテレビに起因するらしいとなると、仲間はずれである。
 しかし、そこが年寄りの年寄りたるところで、そんなことにはちっとも動じない。知らぬことを誇りに思っているからだ。もちろん勝手なホコリである。

 年寄りになって得することは、入場料が減免されることだ。
 顔だけ見てOKの場合と、証明書提示を要求される場合がある。窓口係の目利き力のあるなしによるのだろうか。
 顔でOKよりも、「ほんとうですか~?」って疑り深く見上げてくれると嬉しい(かもしれない)。

 横浜地下鉄と市内のバスは、70歳以上市民は年間8000円で乗り放題である。ありがたく使っている。
 年寄り得ではないが、広島で被爆した友人と国立博物館に行った。彼は被爆者手帳を見せると付き添い人とともに入場無料となる。もちろん押しかけ付き添いした。

 古希となったばかりの知人とある会合で同席して、意気投合した。「もう古希だから」を積極的に使おうということである。
 つまり、「もう古希だから」と言い、「だからそれは勘弁してください」と逃げる。
 そしてまたあるときは、「だからやらせてください」としゃっしゃり出るのだ。
 われながら勝手老人である
  

2008/07/19

0208【老いゆく自分】不良老年の時代

 自分が古希を超えたことを、自分自身がどうしても信じられない。子供のころは、そんな人はものすごい年寄りに見え、もうすぐ死ぬ人だったものである。自分が今どうしてそうなのか、いまだ不審である。 ただし、周りの状況でいやおうなしにそれを知らされるのは、いろいろな会合でふと気がつくと、自分が一番年上であることが、ずいぶん増えたことだ。気がつくまでは気楽にいい加減なことをいつものようにしゃべっているのだが、それに気がつくと突然にシュリンクする。

 変なことをしゃべってもわたしはかまわないのだが、もしかしたら同じような歳の人に失礼になるかなと思うのである。あの人はいつものことだからいいけど、それにしても最近の年よりには困ったもんだと、一般論として思われては、やっぱりまずいかもなあと思うのである。

 自分が年寄りであることを少しづつそうやって自覚し始めると、周りの年寄りを観察するのが面白くなる。自分のボケと比較して勝ち負けを判定するひそかなゲームである。 もちろん自分のボケ度はわからないから、お互いに勝手にやればオアイコである。

 こっちの勝ちは、同年のあいつはなんでも口出しする癖が嵩じてきたなあ、2年上の先輩は人の話の途中で話し出す回数が増えたなあ、5歳上のあの先生は時代遅れの考えをいつも自慢げに言うなあ、とか、、。

 逆に負けは、喜寿なのに日本の都市計画の行方をいまだに現場でひねくり回すあの先生は疲れない人だなあ、限界集落の法末の老人たちはなんでも自力でやってしまうなあ、身軽に屋根に登るあの茅葺職人は80歳になるんだ、とか、。

  先月から今月にかけて、法末で屋根の茅葺作業を手伝ったのだが、学生時代は山岳部でロッククライミングやってたくらいだから高所は平気なのに、今や高い足場に立つのが怖くなっていた。足のばねが衰えていてなにかあっても瞬発的に動けそうにないのだ。持続力はあっても瞬発力は衰えた。

 内部から明確にわが身の老いがわかるのは、頭の中の固有名詞の引き出しが錆付いていることである。思い出せないと気になって一日中思い出そうと考えることもある。じれったい。
 老いにとって嬉しいのは、ボケる前に高度情報時代に間に合ったことである。インターネットは超高齢社会を生きるおおきな武器となった。いながらにして何とか世の中と通じるし、ボケ頭代わりの情報の引き出しともなる。
 これからは、老人犯罪が多くなるに違いない。暇と小金と悪知恵を持つ不良老年がはびこると、かなりやばいことやるやつが出そうな気がする。自分はその外だけど、。 

2008/07/17

019【くたばれマンション】名ばかりマンションが売れないって不況でまことに喜ばしい

 アメリカではマンションとは金持ちが住む広い庭園のある豪邸を言う。日本では庶民が住む狭い区分所有型立体長屋を言う。
 日本の首都圏でマンションが売れなくなっているという。㈱不動産経済研究所によれば、2008年度上半期首都圏のマンション市場動向調査によると、発売戸数は2007年の上半期と比べて23.8パーセント少ない21,547戸だったそうだ。しかもこれからも回復の見込みはなくて、下半期も16パーセントからの減少見込みとある。

 人口の東京圏への集中は当分やみそうもないのに、これはどうしたのかと思えば、要するに高くなったからだそうだ。裏にはこのところのマンションミニバブルで悪徳業者が出てきて金融機関が融資渋りとか、外人投資家の資金引き上げとかがあるらしい。社会資本の住宅が投資屋にもてあそばれているのだ。

 そんなことよりも、あの危ない危ない分譲型立体長屋が売れないことが喜ばしい。あんな危険なものを売るほうも問題だが、買うほうも問題なのである。
 もうすぐ必ずやって来る首都圏地震で、どんなに頑丈に作ってあるビルでもかなりの被害がかならずある。そのときに、一棟で100戸どころか500戸、1000戸もあるような分譲戸数だと、どうやってみんなが意志をそろえて建て直しとか大規模修繕とかやれるのか。 
 そろえないとできないんだよってことが、阪神淡路大震災でその難しさがよ~くわかったはずだし、その後の“姉歯震災”でも念押しされるように問題がわかったはずだ。なのにどうしてあんなもの売るのか買うのか?

 首都圏地震では、マンションに戻れない大量長期住宅難民が発生するに違いない。いや、震災が来なくても、いずれ老朽化するビルは、分譲所有者のみんながその気にならないと、管理されないままに放置されて化け物屋敷マンションになっている例も沢山ある。

 家賃払ってもなにも残らない、マンションを買うほうが得だ、という不動産コマーシャルは大嘘である。短期でも長期でもボロ財産が残るのが、マンション(区分所有型共同住宅ビル)である。
 それを知ってか知らすか早く売り逃げした奴が勝ちという現状は、社会資本である居住環境を金融投機対象としている。実にいびつな日本の都市社会である。

 政府は所有型住宅優先の政策をやめて、都市における優良な一棟丸ごと賃貸共同住宅の供給政策を打ち出すべきである。これなら地震で被災しても早期に回復ができるのだ。所有が一体化しているから管理もやりやすい。共同住宅は利用と所有を分離するべきである。
 高くて買えないと思案している人は、ちょうどよい時期だから考え直してはどうか。

→参照:姉歯大震災の喚起するもの
→参照:賃貸都市の時代へ

2008/07/16

018【東京駅復原反対】丸の内は時代と共に景観がどんどん変わるところに特徴がある

 この写真は1987年にわたしが撮った東京は丸の内の風景である。手前に新幹線から東京駅ホームの屋根、その向こうに赤レンガの「東京駅丸の内駅舎」の台形屋根が3つ並ぶ。これは後3年したら、両脇のふたつが台形から丸になる予定である。

 その向こうにある真っ白い「新丸ビル」、その左のちょっと日陰っぽいのが「丸ビル」で、今はどちらも超高層建築に建替えられた。
 新丸ビルの向こうの赤い超高層ビルが「東京海上ビル」で、これしか超高層が見えない。1974年に丸の内で始めての超高層ビルとして建ったが、丸の内ではこの高さ100mを限度としようという暗黙の了解ができて、次々と超高層ビルに建替えられてきた。その100m暗黙了解は、2006年の丸ビルの改築で破られて、今では200mの時代である。

 新丸ビルの右に小さい茶色のビルが見えるが、「日本工業倶楽部」でこれも隣と一緒に建替えて超高層となったし、その右の元国鉄本社も「丸の内オアゾ」って奇妙な名前の超高層になってしまった。

 というわけで今ではこの角度で見ると、超高層ビルの立ち並ぶ棒で作った壁であるはずだ。この写真を撮った大丸がなくなり、今は昔と違って勝手にビルに入れない時代になったから、いまやどうやって撮るか思案中である。

 さて、丸ビルの左隣に陰になっている横幅のある低いビルが「東京中央郵便局」である。東京駅が改築復原に入ったから、今でも戦前からの形のままであるのはこのビルだけになってしまった。
 ところがこのビルも、郵政民営化で郵政会社が不動産経営に精を出すとて、6月に超高層建築に建替える案を発表した。

 ところがこのビルは、建築家にとっては結構大事な歴史的名建築なので保存してほしいのだが、普通の人がみてもなんの変哲もないビルであるから、東京駅のようには市民から保存運動が起こりにくい。
 それでも郵政会社の開発案の絵には、今のビルの表の形はそのままに継承して、上部に超高層ビルを乗せる形になっている。
 それでこの歴史駅名建築の保全になるのかどうか、建築家たちは論議している。 重要文化財に国が指定せよという運動も起きている。

 さて、東京駅のようにそっくりそのままに保全できるか、それとも今の形を腰巻にする銀行協会ビル形式となるか、どちらにしてお金のこと、景観のこと、文化のこと、都市計画のことなど、問題はあれこれといっぱいある。

 ところで、日本郵政株式会社が発表した中央郵便局の改築計画の絵をみていて、妙なことに思いいたった。
 低層下部には今の郵便局がそのままあって、その上にガラス張りの超高層建築が乗っている格好なのだが、そのガラス面がまるで折り紙飛行機が上から突き刺さった形なのである。
 これは9・11のパロディにちがいない! え、ヘルムート・ヤーンさん、、、。

 →参照「東京中央郵便局の保存について考える」 

2008/07/15

017【世相戯評】オイル高騰してECOならぬSECOい生活をするか

 このとことろ原油の国際価格の高騰とて、エネルギー源ほとんど輸入国の日本はまさにその影響を受けている。ついこの間は、揮発油税の暫定税率期限切れ問題でどたばたしたと思ったら、今度は国会でドサクサしてもどうにもならない騒ぎである。

 ガソリンに頼るエンジンの機械類による仕事はもろに影響を受けるとて、漁船のストライキである。
 ストライキとは通常はなにか不都合が起きたときに、それの原因者に向かって抗議して打撃を与えるために行うものと思っていたが、漁業者の抗議の相手は誰なのだろうか。

 石油価格が高くなった原因が、石油を掘る業者やそれを売る事業者が値上げしたのかどうか知らないが、なんでもアメリカのプライムローン破綻騒ぎでドルが下がり、あちらに投資していた国際金融投機屋さんが金を引き上げて、石油に回しているからなんだと、なにかに書いてあった。

 金融とは金属を融かすことかとわたしは思っていたくらいだから、なんのことかまったく知らないが、それではストライキしても、ぜんぜん相手にならないなあ。
 それがなくてもオイルがいつかは高くなって困ることが起きる思ってはいた。これほどに自動車を乗り回し、電気を使い放題では、そうなるに決まっている。

 米つくりだって、農薬や肥料つくりにも農業機械にもオイルがじゃんじゃん使われていて成り立っているのだ。 真冬のきゅうりやトマトは、オイルを食っているようなもの。
 要するにわれわれにできることは、オイルを何とか使わない方向にするしかなさそうである。生活レベルを下げるのである。需要が減れば物は安くなるのは不変の法則だろう。

 真冬には真冬の野菜を食い、魚も遠くで採ったやつは食わない、レストランで残すような食い方はやめ、自家用車に乗るのはできるだけやめてバスや電車にし、歩ける範囲はできるだけ歩き、いらない電気は消し、テレビは夜12時から朝5時までは放送をやめ、とか、いろいろやることあるだろう。

 ECOの上を行くせこいSECO生活の再来である。もう20年も前にはそれがあたりまえだったような、。
 1960年代だったかニューヨークで大停電があったとき、その10ヵ月後に出産が多かったという都市伝説がある。
 そうだ、いっそ夜間点灯禁止制にしてはどうか。おお、日本の少子化対策とエネルギー対策の一石二鳥だあ~、、。

2008/07/11

016【文化・歴史】3つの展覧会ー木喰・円空・バウハウス

 この1週間で3つの美術系の展覧会に行った文化週間だった。
 まずは横浜そごう美術館の「生誕290年木喰展ー庶民の信仰・微笑仏ー」、昨日は東京国立博物館で「対決 巨匠たちの日本美術」と東京藝術大学美術館の「バウハウス・デッサウ」の連続鑑賞であった。

 木喰仏展にいったのは、この春に柏崎と長岡で木喰仏をいくつか見たからである。
 新潟県は木喰仏の宝庫であるが、このところ通っている長岡市小国町法末集落の近くにそれらがあるので訪ねた。
 小国町太郎丸の真福寺の山門に一対の一木彫りの巨大な仁王尊像があり、これはいつでも見ることができる。ちょっとユーモラスながら豪快な感じもある。
 同寺の立木観音は、本堂の後ろの小さな祠にあり、その顔はまさに微笑仏そのものである。

長岡 真福寺
柏崎市の街なかにある十王堂には十二体の木喰仏があり、その小さなお堂と木喰仏は昔は常住の尼さんがいて管理していたそうだが、今は町内会が管理しているからいつでも拝観できるのではない。わたしたちが訪ねたときに、たまたま掃除にいらした町内会の役員さんのご好意で見せていただいた。
 ここにある仏像は、三途の川を守る仏たちだから、みんなが微笑をしているわけにはいかないらしいが、それでもどこか愛嬌あるお顔であった。
柏崎 十王堂

 実は事前にどこに木喰仏があるか調べて、7箇所を2日がかりで訪ねる予定であったが、どこかに移ったり、管理者が不在だったり、博物館は閉館中だったりして、結局は3箇所で木喰仏に出会うことができた。
柏崎 安住寺
これほど有名な仏像だから、いずれもそれなりのお寺で信仰の対象となっているのかと思ったら、意外にも集落や町内会で管理しているところもあり、いつでも見せてくださるわけには行かなかった。

 十王堂は中越沖地震での被害もあり、管理にはいろいろとご苦労があるらしかったのが、拝観料もおとりにならないのでお布施を差し出した。
 都会のお寺のように拝観料を当然に思うようなこちらの頭がはずかしい。素朴に地についた信仰の対象として、日常生活のなかにあるのが木喰仏だった。

 そごう美術館ではよくも集めてきたと思うほどの130体もの木喰仏に一度に出会ったが、それは越後の里で出会った木喰仏とは、ものは同じでもそれを見る目にははっきりと違うものであった。土地の信仰対象と都会の見物対象とは、違うのは当たり前である。

 さて、国立博物館では対決のひとつに「円空仏木喰仏」があった。
 100年も違う対決もヘンだが、それはそれなりに面白い。円空の彫りの荒っぽさ(もちろんそこがよいのだが)を見ると、木喰の荒っぽさは優美にさえ見える。

 バウハウス展は、1995年にセゾン美術館であった展覧会と大差はない展示であった。ミースのバルセロナ椅子は映像室で観客が座ってよい椅子となっており、モダンデザインの定着を見たと同時に、いろいろなバウハウス流工芸デザインをみるとモダンデザインがもたらした工業化への功罪も感じた。
 おもしろかったのは、国博では高齢者が非常に多かったのに、こちらはほとんどが若者だったという客層の違いである。デザインを志すものが一度はかぶれるバウハウスは、自分のことを思い出すと今も昔も同じなのであった。
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2008/07/08

015【怪しいハイテク】便器のなかにボチャンと落して臨終まぎわから生き還ったカメラ

 4日に便器におとして、一時は水死したと思ったデジタルカメラは、5日にはやっと目を開けたが撮影不可の重症、そして6日朝には一部にボケはあるが撮影できるように軽症になってきた。
 貧者の百科事典であるWEBで調べると、水に落としたカメラはオンには絶対にしないで電池をすぐはずして、とにかく乾かすしかないらしいとわかった。

 電池をはずすのはうっかり手遅れだが、なおなお乾かせば全快するかもしれぬと期待して、昨日は電池入れやUSB接続など蓋のあるところは全部あけたまま冷房した部屋に放置しておいた。
 さて本日は溺死状態から5日目、恐る恐る電池を入れてスイッチオンにしてみれば、液晶画面はくっきり、おお、治ったか。
 でも、隅から隅までよく見ると、右上の端っこにまだなにか水のようなものがある。それでも注意しないわからないくらいになっている。
 あと一息で全快するだろう。とにかく良かった。

 WEBをあちこち見ていたら、このようなカメラを安く買う人がいて、それを分解して乾かし掃除して修理するのだそうだ。電子機器となったカメラは治らないものとも思い込んでいたが、そうでもないらしい。
 ただし、カメラ製造業者もそれをやられては困るからか、いろいろな螺子類を使っていて、分解には結構面倒なことを要求しているようである。もっと簡単にできるようにしてはどうか。
 PCも昔はマニアでないと中味に取り付くのが不可能だったが、今は素人でもなにがしかできるようになっているのだから、カメラだってできそうなものだ。

2008/07/06

014【怪しいハイテク】カメラを便器にボチャンと落して生きるか死ぬか重体の様子

 ズボンを脱ごうとしたら、なにかがポケットから落ちてガチャン、ボッチャンと音がした、ウワッ、カメラが水にっ、すぐに手を突っ込んで拾い上げ、首に巻いていたタオルで一生懸命に拭く。

 ここに来てやるべきことは忘れてしまって、きれいきれいに拭きに拭く、まあ、事の後でなくて事前だから不幸中の幸いかもなあ、、う~む、これくらいすばやくきれいにしたから大丈夫かなあ、。また拭く。

 不安にかられながらスイッチオンする。ありゃ、液晶に水の模様があるぞ、シャッターを押してみる、あれ、写らないようだぞ、、、、う~ん、あ、だんだんと液晶が消えていく~。

 後で聞いたら、すぐにオンしてはいけないんだそうで、乾くまで待つといいらしいが、そんなことは知らないから、ああ、。もう液晶は真暗で、シャッター押してもうんともスーとも言わない、ご臨終である。

 これは一昨日夕方のことである。あきらめてそこらあたりに放り出しておいた。コンパクトデジタルカメラって、修理っていくらくらいかなあ、いや、新品を買うか、、不調なので引き出しに入れてある以前のカメラを出して使うか、。

 昨日朝おきて、念のためスイッチを入れてみると、お、何も映っていないがぼんやりと明るく液晶画面が見えるぞ、ファンクションボタンを押すとあれこれの記号も登場する、時計も見えるぞ、生き返ったか。

 では写るのかしら、乾燥して治ったのか、喜びつつシャッター押すと発光して写っている様子。 おお、液晶はで見えないが実は写っているのか、いそいそとPCで見たら、ああ、ぬか喜びだった。
 今日もあまり変わらないが、なんだか液晶画面に向こうの景色が見えないこともない。
 明日になるともっと治ってくるといいなあ、、。