2014/07/24

974往生際の悪い世の老人どもはウェブサイト終活をどうやってるんだろうか

 例えば、たくさんの本を出版している人は、死んだあとのその本のことをどう考えているのだろうか。まあ、本は物質だから、いずれは自分の後を追って消えてしまうから、それでいいのだと考えるのだろう、と思う。
 ところが、本ではなくて、ウェブサイトに載せている本、つまり電子本の場合はどうするのだろうか。まあ、いずれ買う人がいなくなるから、それでいいのだ、なのだろうか。でも、紙の本と違って、自然に消滅はしない。

 こんなことを考え出したのは、だれかが忘れられる権利とか言い出して、ネット情報屋さんが、申告した人の情報を消すということがニュースにあったからだ。
 わたしはニフティに入会したのはもう30年以上も前だったか、そこのサーバにはわたしがナンダカンダと乗せている論文や雑文類が、数えきれないほどある。
 最初の日付になっているものは、学生時代の卒業研究の学会発表論文だから、半世紀分以上の駄文集である。
 つまり、これはわたしにとっては人生アーカイブスである。あのころはこんな言っていたのだと、たどることができる。

 わたしが死んだら(死ななくてもボケたら)、プロバイダーとの契約は不要になる。契約を切ったら、頼まなくてもわたしの「まちもり通信」サイトは削除されるのだろう。
 まあ、それでよいのだけれど、若干は未練が残る。
 そこで考えたのだが、ニフティは金の切れ目が縁の切れ目だろうから、こちらが会費をはらわなくなると「まちもり通信」サイトは消えるだろう。
 でも、補完的に併用しているグーグルサイトは無料だから、こちらが死んでも先方は気が付かない。だから、わたしの駄文を、死後もサーバーに保管してくれるのだろう、たぶん。

 ということで、死ぬかボケの準備として、ニフティサイトの駄文類をグーグルサイトにコピーする作業を始めた。
 こっちがニフティサイトHP
  http://homepage2.nifty.com/datey/index3.htm
 こっちがグーグルサイトHP(まだ制作中)
  https://sites.google.com/site/machimorig0/

 ヒマだからいいようなものだが、これがまあ、分っていはいたが、コピーする数が多いので大変である。いちいち文をコピーしてグーグルサイトのページに移し、写真をダウンロードしてこれまたアップロードと、原始的極まりない。
 いまどき、もっと簡単なやりかたがあるのだろうとも思うが、知らないからしょうがない。
 それに、もっと今どき流のちゃらちゃらデザインにした方が良いのかもしれないが、もともとが読みたいお方だけが読めばよろしいって態度で作ってるんだから、これでいいのだ。

 でも、やってて面白いのは、自分の人生アーカイブスをたどるのだから、そうか、あのころのオレはこう考えていたんだな、今と大差ないなあ、とか、もっといい考えがあったのになあとか、客観的に人生を振り返ることである。
 まさにこれは老人の遊びである。

 そういえば、終活という言葉があるらしい。人生の終りのための活動のことであるから、今わたしがやっていることは、気がつけば終活であるのだった。
 そうだよなあ、オレの歳ならそうだよなあ。でも往生際が悪いよなあ。
 ほかの往生際の悪い老人どもは、自分のウェブサイト終活をどうやってるんだろうか。

 あ、そうだ、話を本のことに戻して、今ある何千冊かの蔵書をどうするのか、この終活もやらなきゃならんなあ。だれかほしい人いたらタダであげるんだけどなあ。
 都市系、建築系、民俗学系、能楽系、近代史系など、けっこう自分では面白い本があると思ってるんだけどなあ、もっとも、ずっと積ン読の未読本が多いなあ。
 ちょっと、終活したい本棚の一部をお見せします。昔は自分が何を読むのか見せるって、かなり恥ずかしかったのになあ。ほしい本があればメールを下さい。





2014/07/21

973ゴミがゴミを呼ぶ、ゴミが増える

●ゴミがゴミを呼ぶ
 「大型ごみ」なるゴミを初めて捨てた。布団10枚である。横浜市のごみの捨て方リーフレットを読んだら、布団は2枚で1点に勘定して、1点ごとに200円を支払う。
 支払い方はコンビニ店で大型ごみシールるなるものを買ってきて、捨てるゴミに張り付ける。これを収集してもらうために、市清掃局に連絡をして、日取りを決める。電話でもよいが、わたしはインターネットで予約した。

 わたしの住む共同住宅の1階に、ゴミ置き場があり、大型ごみの置場もある。
 今日の回収予約なので、早朝に運んで出した。既に先客大型ゴミが大勢いる。
大型ごみ収集待ち状況
ところがシールを張ってあるものもあるが、ほとんどが貼っていない。 しかも、今日や昨日に出したものではない。置きっぱなしの大型ごみである。
 これはいったいどういうことなのだ。まったくもって、この共同住宅の住人ときたら、、。

 どうも、最近になってこの違反大型ゴミが増えてきたようである。去年の春に、清掃担当者が辞めて、別の人になってからその傾向が著しい。
 前任者は、違反ゴミを玄関先にもってきて注意を促していたし、整理整頓をよくやっていたから、捨てに来る人もそれなりに対応し
大型ごみ収集後、置き去りの違反ゴミ
ていたようだ。ゴミ置き場がきれいだった。

 ところが、こんどの清掃担当者は、ある程度散らかってから整理する。散らかったゴミは散らかったゴミを呼ぶ傾向があるので、加速度的に散らかってくる。
 ゴミだし違反者は、違反とも思わなくなってくるらしく、違反ゴミが増える。困ったもんである。


●ゴミになりかけたプリンター
 3年使ってきたキャノンのプリンターが、故障した。廃インク吸収材が満杯になったから取り替えろと、サインが出る。しょうがないので買った店に修理に出した。
 13日目に治ってきて、代金11500円、買った時の価格が23000円だったから、まあ、しょうがないかと支払った。
 
 ところが、1週間使ったらまたストップした。しょうがないからまた修理に出した。また11500円請求されるなら修理しないで捨てよう、新しい安いプリンターを買おうと考えた。
 これをゴミに出してよいのかどうか、ゴミだしリーフレットを見たら、50センチ以下ならプリンターも燃えるゴミだという。このプリンターはピッタリ50センチだから、燃えるごみである。あんなものが燃えるのだろうか。

 さて、今度は15日目に治ってきた。無料であった。さすがに1週間で故障再発では、金をとるわけにはいかないのであろう。では、この前の修理は何をしたのだろうか。 
 とにかくそれで、こいつはゴミにならないで済んだのであった。
 戻ってきたプリンターに、何処を修理したか書いた紙が貼ってあり、最後にこの度はご迷惑をおかけ致しました。今後とも、品質向上に努めてまいりますので、キャノン製品のご愛用のほど、よろしくお願い申し上げます」と結んでいる。

 これって、「ご迷惑をおかけ致しました」だけ、つまり、迷惑をかけた認識はあるのだが、それは悪いことである認識はないらしく、「お詫びいたします」とは一言も書いていない。
 故障修理を続けて2回もやるドジをしても、それが当たり前で、迷惑かけっぱなしでも、お詫びはしないキャノンであった。 
 また1週間で故障するではあるまいなあ。

2014/07/17

972「安全だと言わない」という原子力規制員会委員長は委員会設置法違反のような

 昨日(2014年7月16日)、原子力規制委員会は九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)について、「新規制基準に適合している」とする審査書案を定例会で了承したので、これでもって政府は安全のお墨付きが出たので、再稼働へGOサインを出すというニュースである。

 ところがメディアのニュースには、田中委員長が記者会見で「基準への適合は審査したが、安全だとは私は言わない。」と言ったとある。
http://mainichi.jp/select/news/20140717k0000m040063000c.html
 え、そういうものなのかい、規制委員会でしょ、規制に合うようにしたから、規制解除してもよい、だから「安全になった」のじゃないのか、どういうことなんだろ?

 しょうがないから、「原子力規制委員会設置法」なるものを読んでみた。
 その目的は、第1条「原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し、又は実施する…中略…、もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資する」とある。
 ほら、「安全を確保」って書いてあるでしょ?
  
 じゃあ規制員会の任務は何かと読めば、第3条「原子力規制委員会は、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資するため、原子力利用における安全の確保を図ること」とある。
 ほら、「安全を保障」して「安全の確保」と書いてあるでしょ。

 それなのに、委員長が「安全とは言わない」と言うことは、川内原発は安全じゃないんだよなあ。
 だから、メディアが報じる様に、安全じゃないものを政府が再稼働にGOサインを出すって、そんなことがあるはずがない、そうにきまっている、、、そう、、だよね、。

 ということで、新規制基準に合っているかどうか審査するってことは、文字通り調べて査定して、委員会設置法の任務にもとづいて、その原発は「安全」てことにしたんだから、それを「安全とは言わない」という委員長は、原子力規制委員会設置法第3条違反である。
 もしかして、委員長は原発に対して、ひとりの科学者として、一定の矜持を示したのかもしれない。
 だが、矛盾は矛盾である。設置法違反の行為である。

 その規制基準そのものの意味を問われないままに、規制基準に合いさえすれば安全というは、まるで解釈改憲と同じじゃないか。
 なんとか3原則とかって新基準に合いさえすれば、第9条の本質の意味を問わないままに戦争の加担するってことと、ほぼ同じような気がする。
 そうやって、今度もまた「解釈安全」をやるらしい。原発に対する市民の「集団的自衛権」はどこかにおかれている。


2014/07/16

971【五輪騒動】新国立競技場計画用地は既に解釈改憲で風致地区除外同然になっているなあ

 2020年世界運動会のメイン会場に予定されている国立競技場の建て替えについて、今度は別の団体がシンポを開いて、批判をしている。
 環境アセスメントの権威者の原科幸彦さんたちである。
http://www.youtube.com/watch?v=vKtdrLUQKRE

 建築家たちの議論が、コンペ基準や審査や都市計画への手続き不信という、どこか後追いの内向き方向なのが、わたしは気になっていたが、どうやら神宮外苑を中心とする環境という外向きの議論に広がってきたのが喜ばしい。
 コンペ手続きのこと、デザインのこと、景観のこと、事業費と税負担のこと等を総合して、オリンピック競技大会がもたらす自然的社会的環境影響評価へと、広い視野を持つ批評へと展開しはじめている。

 だが、この大規模建築事業阻止への戦略・戦術が、まだ見えない。
 手遅れ感も見えるなかで、政界経済界庶民歓迎オリンピック雰囲気のなかで、なにがこれからできるのだろうか。
 シンポの最後にパネラーから、「オリンピックを来なくするのだけはやめて下さいッ!」と発言があったので、わたしのような世界運動会観戦スポーツアホバカ論者には、なんとも居心地が悪い。 

 ところで、先日のシンポジウムの映像を観ていて、気になったことがある。
 新国立競技場の計画地区は、都市計画の風致地区に指定されている。都条例で建築物と敷地についていろいろ制限があるが、分りやすいのは高さを15m以下にせよということである。
 現段階の新国立競技場の高さは65mであるらしい。だから、特別扱いをしなければ建てることができない。
http://www.city.shinjuku.lg.jp/seikatsu/kenchikusc01_000555.html

 シンポ会場から、JIAのメンバーと名乗っている人から発言があった。JIAだけではなんだかわからないが、多分、日本建築家協会の略称だから、この人は建築家なのだろう。だから建築にかかる制度についてはプロのはずだ。

 発言の要旨は、「新国立競技場の建築を、計画通知の手続きで通すには、風致地区を外す都市計画手続きが必要なので、渋谷区や新宿区の区長や区都市計画審議会に、そうしないように働きかける」とのことである。

 だが、どうも、渋谷も新宿も、それはやらないでもOKってことにしてあるらしいのである。
 東京都風致地区条例とその許可基準を読むと、テキはぬかりなく既に2013年から2014年にかけて改定してあって、そのあたりはすらすらとクリアーできるようにしてあるんですなあ、残念ながら、、、。
 それはなんとまあ、神宮外苑の新国立競技場区域に限る「S甲地域」という、特例許可基準を新設してるんですよねえ。SはspecialのSなんでしょうねえ。

 このS甲地域許可基準を読むと、これはもう風致地区の趣旨をを放棄したも同然、つまり解釈改憲じゃなくて解釈改法になっている。
 これなら憲法改訂じゃなかった、風致地区を除外する都市計画変更をするべきだろう。
 でもなあ、憲法改訂と同じで、そりゃもう揉めてしまうだろうから、こうやって行政の中でできる許可基準を変えたのだろうなあ。

 JSCは(実務は日建設計+日本設計+梓設計+アラップジャパン)、この許可基準に従って新国立競技場を設計しているに決まっている。
 いや、まてよ、設計に合わせるように許可基準の方を変更した、とするのが正しいかもなあ。

 その中身を簡単に言えば、地区計画で高さが緩和されることになっていれば、風致地区もそれに従うってこと。
 だから、建築都市計画行政としては、75mまで建てることができるように、既になっているのである。
 だから、建築都市計画行政手続きとしては、都市計画審議会を開いて決定する必要は、既にないのである。

 この風致地区での特別扱いの手続きは、JSCが新国立競技場の計画通知(民間の確認申請に相当する)を通すためには、新宿渋谷両区の区長と協議をすることになっている。
 民間の事業者なら区長の許可だが、国の機関だから協議である。官尊民卑か。
 法的には、協議しさえすれば、協議が整わなくて物別れになっても、協議した事実があればよいのだろう。
 まあ、いまどきそうもいくまいから、許可基準を読むと、協議もこれに準じると書いてある。

 で、準じたらどうなるかと言えば、上に書いたように、高さ75mまでOKなのである。
 渋谷区や新宿区の担当役人たちは、だって、こう書いてあるんだもん、いまさらゴチャゴチャいわれも困るんだよなあ、って思っているだろう、、たぶん。
 今になって何かやるとしたら、計画通知が出る前に、許可基準をまた変更させるってことかなあ、それには政治的な働きかけしかなさそうだなあ、、、、。

 このシンポで森まゆみさんが、「東京都の都市計画審議会には、建築の専門家も都市計画の専門家もいないのが、非常におかしい、専門家を入れるべきだ」と言っておられる。
 たぶん、委員の中には、「わたしは専門家だよ」って、いう人ももいそうだが、まあ、なんにも発言せず、審議していないことも事実である。
 まあ、こうやって、都市計画審議会への一般からの関心が高まってくれると、この騒ぎも意義あることだなあと、思わないないでもない。横浜都計審で嫌になってしまった経験者としてはね、、。

 実はこの映像を観たのは、あの名前だけは知っている浜野安宏さんが、どう発言されるんだろうか、ってのが、わたしの興味だったのだが、、え、こんなお方だったのかあ、う~む、、、、、。

 ということで、建築家はその専門領域である都市計画を勉強してほしいなあっていいたい、自ら行動を起そうとしない徘徊老人の小言でした。

参照
【五輪騒動】新国立競技場・神宮外苑・2020五輪運動会騒動瓢論
http://datey.blogspot.jp/p/866-httpdatey.html
あなたの街の都市計画はこんな会議で決めている2013:横浜都計審の実態(要約版)
https://sites.google.com/site/matimorig2x/essay-cityplanning

2014/07/06

970空を飛ぶ夢を超久しぶりに見た

 昨晩、空中を遊泳する夢を見た。この前に空飛ぶ夢を見たのは、いつだったろうか、かなり久しぶりである。少年、青年の頃はよく見たものであったのに。
 夢のわたしがいるところは、どうやら山川がある村のようである。その山中から、自分の家に戻りたいわたしは、草の繁る野の道を歩いている。

 歩きにくい。ひょいと思いついて、そうだ、空中を飛べばよいのだ。さっそくピョンと飛び上れば、地上10mほどをスイスイと飛びだした。そうそう、こうやって行けばよいのだ。
 おや、深くて広い渓谷があって、その手前に樹林がある。この谷を飛び越すかと、樹林の枝葉の間をくぐりぬけて、渓谷の青い水の流れの上を飛んでいく。

 地上の水や緑、田畑の風景が美しい。
 でも、こういう風景を、どうしてオレが知ってるんだろうかと、ふと疑問が浮かんだ。半分くらいは、これは夢なんだと、自分でも分かっていた感じである。
 そこでわれながら思い出して可笑しいのは、そうか、これはグーグルアースをちょくちょく見ているからなんだと、夢の中の自分が納得したことであった。
 大人になっても夢で空中を飛ぶことができるのは、グーグルのおかげであるのか、苦笑、、。 

 渓谷を飛び越えたところで、地上の道に降りると、目の前に廃屋があり、このあたりから集落である。
 ここの空中を飛ぶと、家の中を覗くことができて、面白いかな、いや、騒ぎなるからやめとこう、なんて、夢なのに妙に分別が働いた。

 ここからは地上を歩く。夢を思い出しても、現実のわたしは知らない集落風景なのだが、夢の中のわたしは何度も歩いた道で、その先がどこにいくのかわかっている。
 そこから先の夢は支離滅裂になって、突然に親戚に家に泊まっていることになって、その家に戻って、自分の荷物のリュックサックをもって出ようとするのだが、もう、うまく思い出せない。

 空飛ぶ夢は、だれでも少年時には見るらしい。わたしもそうだった。しょっちゅう見ていた。
 わたしの生家は、盆地を囲む丘の中腹にある神社であった。街の道のそばにある鳥居をくぐって石段の参道を20mほど登ると境内の広場になって、その一角にある家だった。社殿はそこからまた鳥居をくぐって、10mほど石段を登った広場に建っていた。

 わたしの空飛ぶ夢は、家の前の参道の石段の一番上から、水平に空中に飛び出すのだ。
 そのまま飛行して鳥居の上を越して、竹藪を下に見ながら街の上に出て、連なる瓦屋根の上を自在に飛び回る。
 夢の中の街の空中からの風景は、生家のある丘の中腹から、いつも俯瞰している風景であるから、グーグルアースがなくてもよく分っていたのだ。



2014/07/05

969近ごろの乗用車は奈良美智がデザインをしているのかどれもこれも吊り目で怖い

 横浜の上大岡で、奈良美智の作品に出会った。例の左右離れ吊り目顔の怖い子供である。
 エスカレータの上下するホール吹抜けの途中に、男の子と女の子がぶら下がって遊んでいた。

 この離れ吊り目の人相には、何だか毎日しょっちゅう出会っているなあ、え~っと、どこだけ、あ、そうそう、出会っているはずだよ、最近の乗用車って、どいつもこいつもこの顔だよ。
 吊り目の両ヘッドライトの両眼、人を馬鹿にしたようなラジェーターグリルの口つき、横ぺちゃ鼻。


それぞれメーカーが違うだろうに、どうしてこんな同じように、人を馬鹿にしたような、恨めしそうな、脅かすような不快顔デザインなんだろうか。
 いくら流行だと言っても、メーカーのデザイナーは、互いに真似っこしあってて、恥ずかしくないのだろうか。
 あ、もしかして奈良美智が、カーデザインをやっているんだろうか。

2014/07/04

968【くたばれマンション】だから言ってるでしょ、名ばかりマンション区分所有共同住宅ビルをやめろって

 なんとまあ、11階建ての区分所有共同住宅ビル(いわゆるマンション、わたしが言うところの名ばかりマンション)が、傾いてきたんだと、、、。
 大規模補修計画をやってて、どうもそうらしいと、管理組合が設計施工会社の熊谷組にそう言ったら、調べもしないで、初めからそうだったし、普通のことだと回答があったらしい。
写真の手すりは、傾いた左の棟と傾かない右の棟の間の
エキスパンションジョイントの位置でのズレを撮ったものらしい
あんまりなので、管理組合が専門家に頼んで独自調査したら、いまや1階と11階では5センチの傾きがあることがわかった。もちろん傾きはこれからも進行するだろう
 設計図と昔の地形図と比較して見たら、地中の杭が建物を支えるする硬い地盤まで届いていなことが分かったという。

 さすがに熊谷組も認めて、替わりの住宅を手当てするという。まあ、ここまで来るにはドタバタがあったのだろう。
 区分所有ビルだから、所有者は千差万別である。それぞれに事情があるから、自分の資産が失われるということに対して、驚き、怒り、悲しみ、これからの対応など、大変なことだったろう。

 もうすぐ太平洋の底にある南海トラフが暴れて、大地震が襲ってくるらしい。そうなったら、傾くなんて当たり前、半壊、全壊の区分所有共同住宅ビルが続出する。
 あちこちで高層巨大マンションが建ち、売り出され、買っている人たちがいる。膨大な震災マンション難民予備軍を、懲りもしないでどんどん生み出しつつある。
 
名ばかりマンションにいるお方は、はやく、一棟賃貸借型共同住宅ビルに移った方がいいですよ。阪神淡路地震や姉歯事件の経験から、こちならば早期に何とかなるから。

 それにしても、どうして杭を打つときに支持地盤に達していないと分らなかったのだろうか。おかしい。工事監理者(正しく施工しているかどうか監督する人で、通常は設計者)は何していたのか。
 でも、これって熊谷組の設計施工だから、工事監理者も熊谷組の人で、設計、施工、監理の担当者がすべて同じ。これじゃあ監督しようがない。

 まえまえから、不思議に思っているのだが、マンション広告に設計と工事については、その担当会社を書いてあるのだが、工事監理者を書いてあることはめったにないことである。この人が一番大事な役目のはずである。
 長谷工のように、設計から工事、監理まで一体だから安心ですと、間違った宣伝をしているアホ会社さえある。
 全部グルだから不安です、って、買う人はそう言いなさいよ、いいですか。

○参照
・808「名ばかりマンション」をいまどき売る人買う人の気がしれない
http://datey.blogspot.jp/2013/07/808.html
・664くたばれ名ばかりマンション屋!大ウソつきがばれたぞ
http://datey.blogspot.jp/2012/09/664.html
・くたばれマンション
https://sites.google.com/site/machimorig0/#tosikyoju

2014/07/02

967集団的自衛権問題と原発存廃問題は新聞社判定用リトマス試験紙だなあ

 今朝の各新聞社発表の社説のタイトルと、記事中の1行引用である。それぞれのスタンスの違いが、なんだか原発存廃へのスタンスと似ていて、面白い。

◎産経
集団的自衛権容認 
「助け合えぬ国」に決別を 戦後日本の国の守りが、ようやくあるべき国家の姿に近づいたといえよう。

◎読売
「集団的自衛権 抑止力向上へ意義深い「容認」 
米国など国際社会との連携を強化し、日本の平和と安全をより確かなものにするうえで、歴史的な意義があろう。

△日経
助け合いで安全保障を固める道へ 
大国の力関係が変わるとき、紛争を封じ込めてきた重しが外れ、世界の安定が揺らぎやすくなる。

×東京
9条破棄に等しい暴挙集団的自衛権容認  
憲政史上に汚点を残す暴挙だ。
 
×毎日
歯止めは国民がかける 
「国の存立」が自在に解釈され、その名の下に他国の戦争への参加を正当化することは、あってはならない。

×朝日
集団的自衛権の容認 この暴挙を超えて 
戦後日本が70年近くかけて築いてきた民主主義が、こうもあっさり踏みにじられるものか。

×琉球新報
解釈改憲閣議決定 日本が「悪魔の島」に 国民を危険にさらす暴挙
戦後日本の立脚点を覆す転換が、いともやすやすと行われた。国際社会から日本は原理原則の無い国だと見られても仕方がない。

×沖縄タイムス
[集団的自衛権容認]思慮欠いた政権の暴走
「平和国家」として国際的に認知されてきた日本が失うものの大きさは計り知れない。

参照⇒554福島原発事故の政治的収束
http://datey.blogspot.jp/2011/12/554.html