トラ・キムトップ会談で、朝鮮戦争で死んで現地埋葬されているアメリカ軍兵士の遺骨を、アメリカに渡すという記事がある。
日本軍兵士の遺骨も、アジア・太平洋地域の戦場に置き去りのままが無数にあるようだが、いちおう戦争そのものは終結している。
ところが朝鮮戦争は1953年に休戦協定をしたままで、いまだに戦時中であるという。休戦中とはいえ、戦場から遺骨を引き揚げることにはいろ難しいことがあるだろうと思う。
朝鮮戦争と言えば、1950年に始まって、その国連軍の兵站基地となった日本は、戦争景気に沸いておかげで戦争のどん底疲弊から復興ができた。
他人の不幸を足場にして崖下から這いあがったのが、戦後日本だった。
話はそのことではなくて、アメリカ軍兵士に遺骨の数え方のことである。このニュースは朝日新聞の記事に何度も出てきているが、例えば「約150柱の遺骨」というように、いつも遺骨を「柱」という数え方をしている。これにわたしは引っ掛かるのである。
わたしは生まれが神社であったから、神の数え方が「ひとはしら」、「ふた柱」ということは、小さい時から常識として知っていた。そしてまた、そんなことを知っている人は、ほとんどいないだろうと思っていた。
キリスト教やムスリムは一神教だから、神の数を数えることはありえない。仏教で使わない(はず)だから、これは神道専用言葉である。
日本では昔から死者の霊を神とすることもあるが、遺骨をそう数えることはなかった。そもそも神という抽象的なものを数えることに使うのは分かるが、遺骨という具体的な物体に適用はかなり違和感がある。
具体的実例を書く。わたしの生れた家は宮司を職業としていたから、先祖から家族の死者の霊を神として祀っていた。神社境内に小さな祠があり、「霊神社」とよんでいた。わたしの父が亡くなった時に、ここに霊神として祀った。遺骨は別の墓地にある。
これら霊神として祀った霊は、「柱」と数える。それはこの霊神社に祀った霊に対してのみであり、本来埋葬してある墓(奥津城といった)の遺骨をそう数えることも、先祖の数をそのように勘定することもない。
もちろんこの数え方は神道という宗教の世界のことであり、そのほかの宗教にはかかわりのないことであった。
ネットでマスメディアたちがどう数えているか検索してみたらいろいろだが、記事の発信元が同じメディアもあるかもしれない。
朝日新聞「約150柱の遺骨」、産経新聞「米兵遺骨55柱」、東京新聞「米兵の遺骨55柱」、時事「遺骨は約55柱」、共同通信「米兵の遺骨55柱」、CNN「55柱の遺骨」、赤旗「約5300人の遺骨」、読売新聞「米兵200人の遺骨」、NHK「55人分の遺骨」、毎日新聞「遺骨55体」、ニューズウィーク日本版「55個の小さな箱」、ロイター「55個の小さな箱」
では、どうして今の新聞に、このような日本神道の固有用語が登場するのであろうか。遺骨という物体、しかも棒状でない物をもって「柱」と数える言葉感覚には、どうにもなじめない。どうしてこう書かれているのか、推察してみる。
近代戦争中の日本国家が、戦場で死んだ兵たちの霊を神として祀ることで、名誉を付与する仕掛けをつくりあげた。これは死者となるべき生きている兵士たちを鼓舞して戦場に送りこむ仕掛けであり、遺された者たちの悲しみを和らげるための仕掛けであった。
それが今に見る東京九段の靖国神社という装置である。
そのあまりにも戦死者が多く、余りにも多くの霊が神にされたものだから、神を「柱」と数えることが、神道儀式を通じて多くの人に知られたのだろう。その結果、戦死者の霊のほかにも、遺体も遺骨も霊もひっくるめて「柱」と数えるものだと、誤解が生じたのであろう。記者もそのひとりだろう。
そう言えば、南方戦線に取り残された日本兵士遺骨の収集に関する記事を以前に読んで、遺骨を「柱」と数えた記事を見て違和感を持ったことがある。
だがこれは神道という宗教界のことだから、例えばキリスト教徒の戦死者の霊が神として靖国神社に一方的に祀られることに対する異議がだされたように、当然のことにそれらの死者の霊を遺族は「柱」と数えてはいないだろう。
仏教徒の遺族から異議は出ないのだろうか、それとも靖国神社に戦死者の霊はすべて祀られているとの前提で、記者は記事を書くのだろうか。
アメリカ軍兵士の遺骨を「柱」とかぞえるのは、その死者の霊を神道の神として祀ったことを意味する。つまり、アメリカにも靖国神社の分社があって、アメリカ兵の戦死者の霊を神として祀っってある……、なんてことがあるはずがない。
一部の右よりメディアは意識して、戦死者の霊も遺体も遺骨も一括して「神」として数えているのかもしれない。一神教の国アメリカから抗議が来るかも、。
わたしは言語や民俗学の専門的な知識はないが、マスメディアの記者たちの困惑というか、無知が見えるような気がする。
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