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2026/02/15

1931【老酔録⑲】能を見る目で現代演劇鑑賞に行ったら劇場でわが身体の弱りを再認識させられた

  芝居見物をしてきた。芝居そのものの感想と、芝居小屋の話を書く。芝居と古めかしく書いたが、要するの現代演劇である。芝居小屋と書いたが要するに演劇ホールのことである。

 2026年2月14日の午後、KAAT神奈川芸術劇場大スタジオで、『未練の幽霊と怪物 「珊瑚」と「円山町」』(作・演出岡田利規)を見てきた。ほとんど縁のない現代演劇である。芝居と言えば、歌舞伎座に三谷かぶきを見に行ったが、それとはまるで関係ない。そんなものをなぜ見に行った?

 自分でもおかしいとは思うが、純粋にヒマツブシである。たまたまネットで見つけたに過ぎないが、そこに書かれている宣伝文句「現存する世界最古の「能」の構造を借りて創作する音楽劇」とあり。能に目が行ったからだ。

 このところ趣味の能楽鑑賞から遠ざかっている。それは近所の横浜能楽堂が工事中で休館しているからだ。千駄ヶ谷の国立能楽堂へ出かけるのは面倒だ。しばらくの能見物を我慢しているので、ついこの「能の構造を借り」る演劇に釣られたのだ。

能の眼で観る現代演劇

 さて芝居の話だ。舞台の中央に「能舞台」を模したらしい正方形のグレーの置き舞台がある。それは道路のような白線が描かれている。その正方形から左奥に「橋掛かり」を模したらしい通路が見える。それにそって置かれる三つのカラーコーンは松のつもりらしい。

 置き舞台の真上には、正方形の真っ白く光る照明がつられていて、これは能舞台の屋根であろう。ほかに舞台装置は何もない。演劇の途中で路傍の五地蔵尊像の作り物が出たのが唯一の装置だった。スタジオの天井も壁なども真っ黒に塗られている。

能舞台を模した置き舞台

 囃子座と地謡座の位置に一人づつ腰かけた。囃子は一人でいくつかの何やら弦楽器のようなものを演奏する。笛ではないがヒシギのような音を出して劇が始まった。地謡座に腰かけた一人は、歌を謡い三味線演奏をした。歌は謡曲を模してはいなかった。

 「円山町」と「珊瑚」という2題であり、これらは前場と後場の題名かと思っていたが、全く別の演目であった。二つの共通するところは、どちらも「未練の幽霊」がシテとして登場するところであり、ほとんど同じ構成だった。

 まず、ワキが登場し、次にシテツレの里人、そしてシテが登場して舞を舞って納める。つまり、能の形式をほぼ忠実に追っている。パンフに書かれているとおりであるが、現代劇にほぼ無縁な私は、それが演劇としてどのような意義を持つのか、さっぱりわからない。

 これを「音楽劇」と称しているが、能も音楽と舞踊と語りで成り立つ音楽劇であるから、その意味ではよく分った。特にシテ役の舞は、その身体性の凄さが圧倒的であった。珊瑚のシテの舞に、わたしは野村四郎が舞った「融」を観て酔った昔の舞台を思い出した。

 能の眼で観たわたしには、舞も囃子と地謡いも好もしく鑑賞した。だが、能の形式を踏んでいることに、現代劇として創造性があるのかどうかはわからい。能の持つ極めて抽象性がこの演劇にあるのだろうか。

 ワキ、ワキツレのワザとらしい不安定な演技は、意図されたものだろうが、その意図が分からない。シテツレ役(その名をわたしが唯一知る片桐はいり)の里人に、間狂言の仕事をもっとさせてもよさそうなものだ。

 そうじて、「円山町」はイメージが拡散してストーリーを読めずに、シテの舞の激しさだけに目を取られて終わった。一方、「珊瑚」についてはストーリーを読め、舞も歌も美しく、能を見る目で十分に鑑賞できた。能の抽象と現代演劇の具象が融合して、海の埋め立てへの抗議をもっと激しく表現するストーリー展開を欲しいと感じた。地謡役にそれを与えたい。

●足の弱った年寄りが困った劇場

 芝居小屋の話をしよう。KAATの大スタジオだったが、わが身の脚の弱りを痛いほど自覚したのであった。この小屋には、もう来ることはできそうにない。階段座席の昇り降りにこれほど苦労するのは初めてだった。気が付かぬうちに足が弱っている。

 ネット予約したのだが、KAATのスタジオに来たことがあるので、平土間だと思い込み、座席配置図を見て、通路に面した席を取ったつもりが、階段途中でしかも壁際の一番奥の席だった。席に着くのも離れるのも最悪だった。この前来たのは別の中か小スタジオだったらしい。

ロールバック客席のKAAT大スタジオ

 場内案内女性がよろよろのわたしを見かねて、「手をお貸ししましょうか」と声をかけてくれるほどだった。ありがとうと言って遠慮したが、じつは手ではなくて肩を貸してほしかった。一般に劇場階段座席の階段通路には手すりはないが手すり付き座席を発明してほしい。

 これまで近所なので何度も出入りしてきたKAAT、県民ホール、県立音楽堂、県立青少年ホールなど、どれもこれも急な不規則ステップの階段座席だから、いまやお出入り禁止になってしまった。いや、よく座席図を検討して、ロビー階から水平に行ける通路側座席という希な席を探すしかない。

 これに対して横浜能楽堂は、ほぼ平土間でわずかに舞台に向けて床が傾いている程度だから、もうそこしか行くところはないのか。ここは休館中だが、再開したら階段座席に改装しているってことは、まさかあるまいなあ。横浜賑わい座は平土間だった様な。 

 思い出したが、25年も前のこと股関節の故障で歩行困難となったことがあり、例えば新幹線の3人掛け席の窓側に座るのが実に大変だったことがある。年寄りだけではなく、怪我などで不自由なものは多いだろうに、ネット販売でそこまで配慮してくれる方法がない。米呪で芝居見物はぜいたくなことになっちまった。困ったものだ。

(2026/02/15記)

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