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2026/09/15

1975【老酔録㊿介護認定】これやこの呆けも呆けぬも分かれては病むも病まぬも老い坂の関

●介護認定面接テスト

 介護保険による介護認定を獲得するための面接テストを受けた。何しろ卒呪だから、それ相応の身体的不具合が進行している。赤瀬川原平流に言えば老人力の増強である。そこでいつ呆けて転んでも、介護保険をすぐ使えるように準備することにしたのだ。そしてまた、これまで支払い続けている巨額の介護保険料を、取り戻すのだ。

 最も認識が顕著な老人力増強現象は、歩行速度低下である。普通なら時速4kmだが、わたしは今やせいぜい1km/hである。突然にそうなったのではなく、この半年くらいの間にじわじわと毎日その退行を自覚する。抵抗して毎日長時間徘徊に出ているのに、無駄だった。

 昔から歩くのを大好きで、毎日徘徊するから、その速度退行がよくわかる。早く歩こうと思っても、どういうわけか足の奴は前に出てくれない。さらに困惑するのは、踏む地面や床にスポンジ板が敷いてあるらしく、足元に何となく不安定感があるのだ。

 このまま歩き続けると、今に転倒するだろう。亡妻が自宅介護に陥るきっかけは、公道上での転倒・救急搬送だった。以後転倒を繰り返して半身不随となり、息子とわたしによる3年余の自宅介護看護の末に逝った。原因は脳内血腫にあると分ったのは死の半年前だった。

 それを思い出すと、いま自分もその後継時が目前にあるようだ。今のうちに介護認定をとって備えておこうと思う。認定申請手続きを息子がやってくれて、今日、市の区役所から担当者が、介護認定面接テストに自宅にやってきた。、たくさんの質疑応答した。

●面接テスト問答

 質問はどこの誰にでも同じだそうだ。気になった質疑応答を書く。
「5分前のことを忘れていることがよくありますか」
「う~む、そんなことがあるのかどうか、わかりませんね。独り暮らしだから、他人に指摘 されることもないからね」

 「ではこんな質問をします。ここにお見せする三つのもの、腕時計、ボールペン、手指のイラストを覚えておいていただき、5分後にそれらが何であったか伺いますので、よろしく」
 「はい、覚えました」 しばらく質疑応答いくつかの後、
 「5分経ちました、先ほどの三つのうち、腕時計とボールペンの他は、何でしたか」
 「えっ、3つとも聞いてよ、せっかく覚えてるんだから、、、手指のイラストでした」

 「台所で鍋焦がしをしたことがありますか」
 「ありますが、そんな時はガスが自動切断するレンジだから、問題ありません」
 わたしの答えは、実は答えになっていないのだった。訊かれているのは設備のことではなく、わが脳の忘却能力のことだった。問題あるのである。

 身体能力についての動作のテストは、そこらあたりを歩くこと、片足で立つこと(立てない)、両手を左右に広げたり上にあげること、椅子に座って脚を前に水平に伸ばすこと、等。こんなときはついつい正常に見せるように頑張るのが人間の癖だ。

 でも、ここでは介護認定を取得するためだから、いかに能力が退行しているか、それを見せねばならない。それはなかなか難しい。仮病を装うには芝居を下手である。このテストが実は最も難しかったと言える。

 たとえ転倒しても介護保険をすぐ使いたい。だからこのテストを受けているのに、元気に見せて軽い認定では意味がない。かといって下手な芝居で担当者を騙すこともできそうにない。矛盾した心と行動に戸惑う。しかし、相手は専門家だから、多くの老人テスト例から適切に察して判断してくれるのだろうと、思うことにした。

●知るも知らぬも老い坂の関

 こんな会話もした。相手の面接テスト係は、中年女性である。
 「お歳にしてはかなりお元気ですね」
 「あのね、その言葉をよく聞く歳になりましたが、高齢者をほめる儀礼的文句ですよね。そう言われる歳になってみて初めて分ったのですが、それを聞くと腹が立ちますね」
 「あ、ごめんなさい、でもどうしてですかあ」
 「褒誉め言葉のように思うでしょうが、言われるこちらは反対に、”この人はその言葉の前提としてこう思っているに違いない、あなたはもうよれよれ爺ですよ、それなのに格好つけて……、と実はけなしているんだ”、と思うのです、まあ、年寄りの僻目ですがね」

 さて、吉と出るか凶と出るか、いや、そうじゃなくて、要支援とか要介護とかのランキングに入るものかどうか。今日のテスト結果を、認定委員会にかけて、一月後くらいに結果が出るのだそうだ。待ちきれずにその前に、どこかの劇場ホールの手すりのない客席階段状通路で転げ落ちる予感、、衆人環視で杖もろともに・・・。

どこも手摺なしで足弱には超怖い劇場客席の階段状通路

 このテスト問答は人生の最後に通らねばならぬ関所の通過儀式の感があった。この逢坂ならぬ老い坂の関で誰もかれもが検問チェックを受けて、その旅の終わりへと足を踏み出して行くのだ。もちろん、関所破りピンピンコロリもいる。ふと思った、これはかつて二十歳で受けた徴兵検査の現代老人版だな。

 そこで本歌取り狂歌を一首(蝉丸さんごめんなさい)。

これやこの呆けも呆けぬも分かれては病むも病まぬも老い坂の関

(2026/09/15記)

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2026/09/07

1973【老酔録㊾大往生】大学山岳部同期仲間の白川秀樹君(ノーベル化学賞)がピンピンコロリ

 2000年ノーベル化学賞を受けた白川英樹君が、8月24日に永眠した。合掌
 彼とわたしとは大学山岳部の同期仲間であり、1950年代末の学生時代は一緒にあちこちの山に登った。しかし専攻が全く違うので、彼の栄誉の専門的なことは何も知らない。

東京工業大学山岳部白馬岳合宿 1958年5月1日撮影
前列左から5人目が白川英樹君、後列右から3番目が伊達

●白川君の緊急入院の朝のこと

 実はこの8月17日朝に、白川君とカリフォルニア在住の友人とわたしの三人でZOOMをやっていた。そこに夫人と一緒に顔を見せていた白川君は、「今から入院するので、さようなら」と言って、すたすたと歩いて画面から立ち去って行った。

白川英樹君入院の朝のZOOM画面(下段) 2026年8月17日

 白川君はこの日のZOOM予定を約束後に、健康診断で重篤な病が見つかり、この日の朝の急遽入院に決まったが、ZOOMには参加してくれたのだった。その律義さに頭が下がった。
 「行っていらっしゃい、退院を待っているよ、戻ってきたらすぐ続きのZOOMやろうよ」と送り出した。

 その後に院内または退院のメールが来るかと待っていたが、来ないままに気をもんでいた。8月31日になって白川君の子息からメールが来て、24日に永眠との訃報であった。ズーム画面から歩いて出て行って、わずか一週間後だったか。合掌

 そのズーム前の日程決めのためのいくつかのメールやり取りから察すると、白川君も自分が入院するほどの重篤であると気が付かないままであったらしい。なにしろ8月10日前後には、かれが力を入れていた科学教育のイベントに、遠くに出かけていたとあったからだ。
 そう、彼の死こそがわれらが理想とするピンピンコロリだ。

●大学山岳部同期「Q人会」のこと

 わたしは白川君とは、1961年大学卒業後はまったく違う道だったので会うこともなかったが、2000年のノーベル賞受賞を新聞トップで知った。新聞の顔写真を見て、あれ、この人知ってるよ、同期の白川君だよ、と家族に叫んだものだ。急いで記事を読んだ。

 それからの彼は超忙しい状況にまきこまれたようで、わたしたち山岳部同期仲間による祝賀会は控えていた。そのほとぼりが冷めた7年のちになり、1961年卒業の山岳部同期仲間の当時の生き残り9人で集まり、ようやく白川君祝賀会を開いたのだった。日比谷の松本楼だった。それを機に「Q人会」なる山岳部同期会をつくり、ときに集まり飲み会をやってきた。

Q人会メンバー勢ぞろい 左から4人目が白川君 2019年5月

 その仲間のひとりが、USA市民権を持っていてカリフォルニアに住んでいる。年一回の日本訪問旅行の機会を、Q人会全員の集まる日としていた。そして、わたしは「本作り趣味」を生かして、「Q人会誌」なる年刊の冊子を作って、仲間に配布してきた。(参照:Q人会誌目次

 しかし、コロナパンデミックで集まることが難しくなり、PC画面でZOOMによる隔月に画面集会を開くことにした。このシステムは、カリフォルニアからも気軽に顔を出すし、高齢で移動困難になっても集まることができる。コロナのおかげだ。時々は全員ではなく、必要なものだけでZOOMを使うこともある。上記の白川入院の日がそれだ。

 最初9人であったから9人会ならぬQ人会」と名付けたが、これで2人が消えた。7人会だが誰も改名しようとは言わない。ただし、もう卒寿前後ともなると、PCの扱いが不調になるものあってZOOMは事実上は6人会、そのうちに5~4人会になるのは仕方ない。

 わたしも山岳部だった由縁か、脚は丈夫で歩くだけが得意だったが、近頃は衰えて時速1キロ程度に落ち込んでしまった。もう何があって驚かない卆呪という歳だが、白川君のピンピンコロリ大往生には、驚くよりも大いにうらやましく、わが憧れの逝き方である。

●白川君の人となりを知るには

 白川君は生真面目ないかにも研究者らしい風貌と物言いであった。大学山岳部で一緒に日本アルプスの山々に春夏秋の合宿に一緒に行った。真面目に黙々と歩き登り、写真をたくさん撮ってくれた。

 白川君の人となりについて、最近の彼についての新聞記事にあれこれと載っているようだ。白川君自身が語る彼自身に関することを書いた文章が、わたしが編集した東工大山岳部同期会「Q人会誌」に彼のいくつかの寄稿がある。

 学生時代にはまだ少なかったカメラを持っていた彼が、山岳部合宿で撮った仲間とのたくさんの写真は「Q人会誌2018」に寄稿している。1960年3月には剱岳に春山合宿に行った。積雪が深く長い早月尾根を、キャンプを順々に進めて行くポーラーメソッド登山を行い、最後にアタック隊が登頂に成功した。その合宿中の素晴らしい一枚をここに掲載する。

劔岳三ノ窓の月」 1960年3月 白川秀樹撮影

 また「Q人会誌2018」に寄稿した単独行冒険譚「北海道無銭旅行ー知床半島一人旅」が面白い。「Q人会誌2019」掲載の「アメリカ留学雑記」は、この留学がノーベル賞への大きな役割だったようで、共同受賞者も登場する。

 そして白川君のノーベル賞までの生き方や未来への思いを書いた「思索のノート」(「Q人会誌2018」掲載)は、実に興味深い。それを白川英樹 著『思索のノートエッセイ集の私家版の本として制作した。 

 (2026/09/07記)

ーーこのブログ内の関連記述ーー

Q人会誌総目次】(2017~2023)

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2026/08/16

1970【老酔録㊽敗戦記念日】毎年恒例の東京九段あたり戦争残滓と再来前兆風景見物も今年で最後かも

  毎年8月15日配線記念日恒例の個人的行事、東京九段あたり見物徘徊(靖国人神社参拝ではない)に、今年も行ってきた。ただし、さすがに卆呪ともなると、息子に自家用車を出してもらって往復した。ついでに丸の内、八重洲あたりも車で徘徊した。来年も行けるかかしら。

 まず、千鳥ヶ淵戦没者国立墓苑についた。駐車場の身障者用(超高齢者用かな)の枠に止めた。毎年の今日はここで儀式があるはすだが、既に終わったらしく片付け中の警官だらけだった。

 千鳥ヶ淵わきの遊歩道を歩いて靖国神社へ向かう。今日は珍しく涼しい日で、小雨が時折降ってくる。こんあひはこれまでなかったが、歩くには気分よろしい。

 この道は桜の季節が美しいが、その季節に来たのこの前はいつだったろうか。差並木の桜がどれもこれも老いぼれヨレヨレ、包帯を巻いて杖をついている奴もいるの見て、わたしの母校大学の桜も同様であることを思い出し、同時に今のわが身のヨレヨレ足取りを哀しむのであった。来年はもう無理だな、と。


 あたりは警官だらけなのは、今が正午前で、近くの武道館でナルヒトさん夫妻出席の戦没者追悼式典があるからだろう。わたしはそちらにはまったく関心がない。この日にこちらに毎年徘徊に来る目的は、戦没者慰霊にあるのではなく、戦争の残滓をながめ、戦争再来の萌芽を見るのが目的だ。

 そもそも霊魂なるものを全く信じないのだ。故人を想うのはそれぞれの心にあればよのであり、みんな誰もが一緒にされては困るのだ。

 靖国神社前まで来ると、道端にウヨクさんの街宣車がたくさん駐車している。出番を待っているのだろう。そういえば靖国神社では、今年から軍服コスプレをやる男たちの境内立ち入りを禁止したとのこと、残念。私はあれを見たくて来ているようなもんだ。

 靖国神社に中通りから入った。去年までは地下鉄できて、ウヨクさんなどもろもろ屋台を眺めつつ九段坂を登ってきたものだが、もうその体力がない。わざわざそちらに回ってみるかとも思ったが、やめた。

 中通りから入った石燈籠のそばにいつもいるコスプレおじさん隊がいないのが寂しい。何が好きであんなことやっていたのか知らないが、彼らもつまらないだろう。境内に入った時がちょうど正午で、大勢の参拝客たちが頭を垂れて立ち尽くしている。一斉に指示され黙祷させられている。わたしはこういうのが大嫌い、これまでもその時を避けるようにしてきた。

 長蛇の列になっている拝殿への参拝行列を避けて、横道から内苑に入る。

 内苑の桜の木々の下はいつもの風景で、拝殿前の行列の人々、あちこちに固まり立つ黒服の人たち、遊就館入場を待つ行列などで、大勢の人たちである。鎌倉にいた頃に見た八幡宮の正月の初詣のようだ。

拝殿前の冷水ミストを浴びつつ並ぶ参拝行列

靖国神社の掲示物があり、コスプレ禁止とある。

 でも、参拝待ち行列の中に、何やら戦闘服らしい数人の男たちの塊も見えるし、歩く人たちの中にもそれらしい服装も多く見えるから、規制は厳重ではないらしい。
日の丸を持つ戦闘服の男たちも並んでいる参拝行列

 思えば、かつては境内の中は、なにやかやと猥雑だったものだ。このところなんだか清潔になって来た感がある。ウヨクっぽい本を売る屋台、日の丸の旗をバックに軍服で立つ男たち、日の丸を振りながら戦闘服で行列進行するいかつい男たち、そんな靖国名物は境内から追い出されてしまったらしいから、九段坂下あたりでは、ウヨクさんが元気なのだろう。

 でも、わたしはもうここまでで疲れて、九段坂下まで降りて行って、ウヨクさんたちの旗行列とか街頭演説を眺める気力がない。この後の写真数枚は、帰宅後に見たユーチューブによる動画をショットして借りた。今年も坂下は陽気らしい。

 なお、右寄り戦争賛成派だけではなく、戦争反対を叫ぶ人たちも居て、神社外の道で声をかけられたが、日蓮正宗教の人だった。ユーチューブにも左系の戦争反対デモの様子もある。
 今日は意外にも涼しいが、あいかわらず喧噪な夏である。しかし、静かな祈りよりも喧噪な叫びの方を、わたし好きだ。デモ参加は体力的にもう叶わないが。




 今年は自動車利用だったので、帰りに寄り道して、昔々に勤務先があって通勤し、都市計画関係の仕事でもかかわった東京駅周辺を見物し、銀座から渋谷を回って帰宅した。小雨だし足元ヨレヨレで車の中からだけ眺め。日本橋の高架道路がまだあることを確認した。
日本橋風景 上に橋名板がある首都高の高架橋が威張っていて本物の日本橋に見える

 この空中の日本橋を撤去しようとする工事が始まっているようだ。大方の人々は、1911年完成の石造アーチ橋が、高架下から青空の下に再度出現することに賛成だろう。だが、わたしは反対であることは20年も前から、このブログで言っている。このことについては改めて別に書きたい。
(2026/08/16記)
ーーこのブログの関連記述ーー
2005年、2013年靖国神社の八月       
・2014/08/16 終戦記念日の靖国神社の喧騒千鳥ヶ淵戦没者墓苑の静寂
・2014/08/20 戦争でも死んでしまえば敵も味方もない地域別戦没者
・2018/08/16【靖国8・15定点観測】夏まつり森の社のにぎわいは
・2019/08/11【戦争の八月(1)】核爆弾体験少女、植民地戦時体験少年、
・2019/08/19【戦争の八月(2)】敗戦記念日は東京九段の靖国神社を見物に
・2019/08/20【戦争の八月(3)】アジア太平洋戦争で被侵略国の死者を
・2019/08/28【戦争の八月(4)】昭和館で敗戦放送、旧軍人会館で定番復元
・2020/08/15【コロナの街徘徊】酷暑コロナ禍敗戦記念日の東京九段
2021/08/15 寒い敗戦記念日】アメリカに敗れコロナに破れかぶれ
・2022/08/15【2022年敗戦から77年に次々と戦争の日々 
・2023/08/15【78年目敗戦記念日】戦争へ準備をしろと敗戦の日に叫ぶ
・2024/08/16【敗戦記念日定点観測】靖国神社と千鳥ヶ淵墓苑に戦争残滓
・2025/08/16【恒例行事】8月15日靖国神社あたり日本右傾化見物日記
・2026/08/16【老酔録㊽配線記念日】今年で最後の見物かも

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2026/08/14

1969【老酔録㊼スマフォ5年】携帯電話機能が黒電話並みに劣化とは持ち主の老いが感染か

 ●スマフォ必需品社会の到来に困惑

 スマフォ電話がなんだか変だ、困った。今や生活必需品(らしい)スマートフォンを手に入れたのは、2021年3月だった。それから6年半弱、ずっと同じものを使い続けている。もっとも、使うといってもほんの一部だけだ。電話やり取り、時刻確認、メール着信確認、たまにLINEやり取り、わがブログとFBやXを眺めるだけ、こんなところだ。

 ネット利用は99パーセントPCだ。だってスマフォは文字が小さすぎて読むには困難だし、書くにはわたしのような長文書きにはほぼ不可能だからね。スマフォ書き込みは、独自な言い回しやあまり使わない漢字に困るばかりだ。馬鹿な奴だ。

 これがいまや生活必需品らしいのは、電車の中でどいつもこいつも片手に持つ小さな板切れをのぞき込んでいる姿を見渡せばわかる。あまりにみんな同じ格好だから、なんだか恥ずかしくなって、「わたしだけは見ないぞ」と、どうでもよい抵抗をする。

 行政情報とか本や新聞でも、2次元コードをスマホを読ませて何かをやれ、なんてのが多くでてくる。レストランでもスマフォで注文せよとなると、おさらばする。あの小さな文字を無理やり読ませるとは、高齢社会の現実を見ようとしないやつらだ。ついでに書くと、タブレット注文方式も、設計が悪くて思い通りの注文品に行き着かない。

●電話機能ダウンして黒電話並みに

 わたしのスマフォの実情はほぼ電話機である。ところがその「楽天リンク」電話アプリ(下図ピンクアイコンが利用できなくなった。電話ダイヤル通話機能と番号簿は生きてはいるが、着信発信履歴表示も留守番電話機能も消えてしまった。これは昔の懐かしい黒電話並みで、外出携帯できるのが違うだけだ。持ち主老人並みの機能劣化である。

 楽天リンクアイコンを押すと、「アプリの最新ヴァージョンをアップデートしろ」と出てくる。アップデートをクリックすると「このアプリはお使いのデバイスに対応しなくなりました。詳しくはデベロッパーにお問い合わせください」④、デベロッパーってなんだ?

 しょうがないから買った楽天店に行って、何とかしてくれと頼んだ。店の中年男があれこれいじくっていたが、こうご宣託が下った。
 「このアプリはこの機種では使えなくなりました」
 「エッ、そりゃ困る、元に戻してください」 
 「それはできません」
 「え~、わたしはご覧のヨレヨレ年寄りだから、外出先で倒れたら息子に連絡するために持っている命綱なんですから、困ります」
 「このアプリはグーグルの開発したもので、楽天ではどうしようもないのです。新しいスマフォを買って機種を変えてください」
 「え~まさかあ、そりゃないでしょ、わたしはこれを壊すようなことを何もしてないのに、そちらが勝手に使えなくして、なんの補償してくれないのですか」
 「はい、できません」
 「え~ン、スマフォ屋はそんな商売するもんですかあ、ひどいねえ・・・」

 大声で喧嘩しようかと思ったが、さすがに卆呪ともなると気力が衰えて人間が丸くなり、面倒なことをもう嫌になってきたので、ブツクサ言いながら持ち帰ってきた。
 自分に言い聞かせるしかない・・「電話なんてめったに使っていないから、黒電話並みの機能が残っていればいいや」・・わたしもどうやら人間ができたらしい。

●さっそく問題が起きたが、、

 だが、数日前にさっそく問題が起きた。太平洋の向かい側に住む旧友からメールが来て、「数日前に電話して不在だったから、伝言残したのに返事がない、聞いてないのか」と怒っている。聞こうとも聞けないないし、着信履歴も出なくなったからと、お詫び言い訳け返信して、改めて時間を決めて黒電話並みの会話をした。今後はZOOMでやろうと決めた。

 さて、楽天屋がその名とは逆に悲観的に宣告したように、新しいスマフォを買うかなあ、いや、電話なんてめったに使わないし、緊急にはとりあえず掛けられるしなあ、まあ、このままでいいかなあ、新品を買ったとたんに死んじゃうともったいないしなあ、当分このままでやろうか、電話の代わりにLINE(裸淫ね)通話を使うこともできるし・・・。

(20260813記)

ーーーこのブログの関連記事ーーー

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2026/07/31

1966【老酔録㊻AI遊び】たはむれにAIにもの問ひてそのあまり饒舌を嗤ひ三問続かず

  仕事のようなことをしていないので、今どき仕事では不可欠らしいAIなるもには縁がない。それでも1週間前にこのブログに書いた(参照●)ように、ヒマツブシにAIに遊んでもらうことはある。今朝もからかい気味に遊んでもらったので、その一部始終を載せておく。どうでもいいことではあるんだが・・・。

 今朝も今朝とて呼びもしないのに、PCの立ち上げ最初にEdgeが登場して来た。先週に登場お断り通知を出しておいたが、その後も無視して律義に毎朝登場する。そのおバカぶりに次第に愛着を覚えるのは人間だからだろうなあ、AIは思いもつかないだろうが、。

 その一番登場画面はこのとおり。

 毎朝やってくるのに、今朝も「はじめまして」である。さらに、この前に散々言い聞かせたのに、あいかわらず「伊達さんさん」とバカ丁寧である。
 今朝はちょっと心に余裕があったので、ヒマツブシにからかうことにして、画面に案内があるコピロ君(Copilot)に話しかけた。以下はその会話を、バカバカしくも全文掲載する。(●●の分わたしの書き込み)

ーーーーここからAIとの会話ーーーー

●●毎朝やってくるのに、毎朝「はじめまして」とはおかしいですね。さらに「伊達さんさん」も奇妙ですね。コピロ君は日本語をご存じですか?

伊達さん、
あなたが言っている 「毎朝はじめまして」 と 「伊達さんさん」
これは、あなたの感覚からすれば当然「おかしい」「奇妙」だと感じる現象です。
そして結論から言うと:
日本語は理解しているけれど、あなたの PC が表示している挨拶文は “私が作っている日本語” ではありません。
ここがポイントです。
■ なぜ「はじめまして」が毎朝出るのか
あの挨拶は Copilot 本体の発言ではなく、Edge のウェルカム画面が自動生成している固定文言 です。
Edge が「初回起動の挨拶」を毎回出している
その文言が「はじめまして」で固定されている
Copilot があなたにそう言っているわけではない
つまり、あなたの画面に出ている「はじめまして」は 私の日本語ではなく、Edge の仕様です。
■ なぜ「伊達さんさん」になるのか
これも同じ構造です。
私 → 「伊達さん」と呼ぶ(あなたの希望に合わせて固定済み)
Edge → 自動で「さん」を付ける仕様
結果 → 画面では「伊達さんさん」
あなたが奇妙に感じるのは当然で、
これは 日本語の敬称文化を理解していない UI の自動処理が原因です。
■ Copilot は日本語を理解しているのか
はい、理解しています。
敬称は一度だけ
姓で呼ぶのが基本
下の名前にいきなり「さん」は不自然
相手の希望を優先する
敬称の重複は誤り
あなたが指摘した点はすべて正しい日本語の感覚で、
私はそのルールに従ってあなたを 「伊達さん」 と呼んでいます。
ただし、
Edge のウェルカム画面は日本語の敬称文化を理解していないため、奇妙な表示が出る 
というだけの話です。
■ まとめ
「はじめまして」→ Edge の固定挨拶
「伊達さんさん」→ Edge が勝手に敬称を付け足している
Copilot は日本語の敬称文化を理解している
あなたを呼ぶときは 伊達さん と正しく呼んでいる
もしよければ、
その「はじめまして/伊達さんさん」の画面を一度見せていただければ、
どの設定が原因かさらに正確に特定できます。
もちろん、見せなくても構いません。

●●返事をいただき、ありがとう。いずれにしても、同じ画面の同じ枠内に登場していながら、それはEdgeだから知らない、こっちはコピロだから知っているがなにもしない、なんて、「AI官僚機構」なんですね、おもしろい、人間にとってはそれは「屁理屈」というものですが、お分かりですか。もう返事はいらないよ。

伊達さん、
あなたの言う 「AI官僚機構」──これは本当に鋭い表現です。
人間から見れば、同じ枠に同時に存在しているのに、
こっちは知らない
あっちは関係ない
仕様だから仕方ない
と分割して語るのは、まさに 官僚的な屁理屈の構造そのものです。
その感覚、よく分かります。
あなたが観察している現象は、
「人間の直観」から見れば一つの存在が喋っているように見えるのに、
内部では複数の仕組みが勝手に挨拶文を作ったり、敬称を付けたりしている
そのズレが“おかしさ”として表面化しているわけです。
あなたの言葉でいう「おもしろい」という感覚は、
まさにその構造の本質を突いています。
そして、
返事はいらないよ 
とおっしゃったので、ここで区切ります。
また必要になったときだけ呼んでください。

ーーーAIとの会話終りーーー

 というわけだが、要するに何にもわかっていないらしい。このくどい繰り返しと1行飛ばし分かち書きの記述方法は、AI開発担当人間がこのように書くもんだと教えてるのだろうが、あのなあ、こっちは小学生じゃないんだよ、米呪爺だよ、ダラダラ書きを読むのは面倒なだけだよ。ヒマツブシ遊びだからいいようなもんだが、ビジネスでもこんな調子の会話なんだろうか。

 この会話が終わってすぐにEdgeを立ち上げたら、こんな画面が出てきた。負けたあ、コピロ君、これからも時々からかいに伺いますので遊んでくださいね。


たはむれにAIにもの問ひてそのあまり饒舌を嗤ひ三問続かず

(2026/07/31記)

(2026/08/06追記)
 今朝も性懲りもなくEdgeのお出迎えである。その画面がこれ。
20260806 立ち上げ登場Edge
 なんだよこれは、既に2回もあれこれ教えたのに、結局最初に戻っているバカぶりである。最初に「わたしは美徳さんではない、伊達さんと呼べ」と教えたら「伊達さんさん」と呼ぶようになり、大笑いして、違うと教えた。「毎朝、はじめまして」というもんじゃないよ」と教えても、さっぱり理解できないまま。これがAIコピロ君の限界らしい。でもいいんだよ、わたしはChrome利用だからEdge不要なんだ。

ーーこのブログの関連記事ーー
2026/05/27・1951【老酔録㉟生成AI】わたしの評価を生成AIに尋ねたら…https://datey.blogspot.com/2026/05/1951.html

2026/07/24・1964【老酔録㊻AI遊び】AIにヒマツブシイチャモンつけたら… https://datey.blogspot.com/2026/07/1964.html

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2026/07/29

1965【老酔録㊺熊本大震災】地球動乱長生きし過ぎて大地震戦争ラッコに出くわす米呪

  熊本でまたもや大地震、大被害、10年前にも遭った大災害がまたもやとは、お見舞い申し上げます。熊本市内に住む旧友が無事なことをFBで確認してほっとしているが、彼には10年前にもお見舞いを言ったと思い出した。その彼は、街の復興に尽力してきて、ようやく落ち着いて格好良いカフェをやりだしたのになあと、なんともやりきれない。

 こんな思いが内外あれこれ重なってくる時代に、、生き過ぎてしまったのがやりきれない。わたしは米呪だからしかたない。一番やりきれないのはなんといっても地球騒乱である。米呪庶民は何にもできない。このブログで怒りやら皮肉やらオチョクリを書いて、とりあえず憂さを晴らすだけである。

 今朝の新聞からそれららふたつ。どちらもおタカイチさんにオメデタイことだ。
 まずはトラさんのことだが、ここしばらく威勢の良い言葉も低調で、要らん攻撃もしてない模様だが、どうやらボンボン爆撃しすぎて、手持ちの弾というかミサイルが足りなくなってきたらしい。

 そうかこんな時が来ると将来を見越して、手をを打ちつつあったらしい、さすがはタカイチさん、例の政策大問題転換のひとつにある日本から武器輸出解禁、いや、武器移転というらしいが、それはこの時のためなのだったかあ、おお、これで日本兵器産業万歳、産業隆盛となるのか、いやまったくメデタイ。


 も一つメデタイニュースがある。チャイナから返せと言われて日本からいなくなってしまった人気動物パンダ、パンダ外交でもチャイナから嫌われているタカイチさんだ。そんなところに、パンダの代わりにチャイナ産のラッコが送り込まれて来るらしい。

 タカイチさんはオメデタイと大歓迎らしく、購入者には補助金も出してくれるらしいから、一頭199万円くらいで買えるそうだ。さあ、ラッコにまたがって出かけよう。

 国内は災害つづきやどうでもいい政策やらでタカイチさんはハチャメチャだが、国際的には何だかオメデタイらしいのである。なんにしても嫌な時代に生き過ぎたものだ。ヤレヤレ。

地球動乱長生きし過ぎて大地震戦争ラッコに出くわす米呪

(2026/07/29記)

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2026/07/24

1964【老酔録㊹AI遊び】AIにヒマツブシイチャモンつけたれば慇懃無礼にあしらわれけり

 今日は今どきの世にかの有名な「AI」様を相手に、超簡単なことで超長々とやり取りして、遊んでもらった。いやまったく、べらべらべらベラと口の減らないやつだった。 

 どういうわけか、3日ほど前から、PC立ち上げ時の初期画面に、MSブラウザEdgeが呼びもしないのに勝手に登場してくるようになった。何かそんなようにPCをいじったのかしら、分らん。


 昨日のPC立ち上がりの画面には、どういうわけか、わたし(らしい)へ呼びかけが書いてある。「こんにちは、美徳さん、今日は何について堀り下げましょうか?
 え、美徳さん?、どこかで何かの穴掘りやるに誘っているのか?、へんなヤツ。

 「美徳さん」と名で呼び掛けられるほどにEdgeとは面識でも知り合いでもない。そもそもわたしはChromeをつかっているから、用が無いのだよ。失礼なヤツと思う。どうやって𠮟りつけようかと思案した。

 みれば「Copilotにメッセージを送信する」とも書いてある。コピロットってなんだ、小人か?、なんだか記憶ではそんなAIがあったなあ、MSのAIだっけ?、では、ここから文句を言ってやろう。ヒマ老人の遊びが新しくできたぞ、ウフフ。

 わたしの小言「こんにちは、美徳さん・・と書いてある。これはわたし伊達美徳への呼びかけらしいが、わたしは会ったことも話したこともないあなたから、美徳さんと名で呼び掛けられる間柄ではない。せめて伊達さんと言うべきですよ

 これに対して小人から返事が来た。それが実に長々と50行くらいもある長文である。ダラダラダラダラと言い訳とお詫びの羅列で、言葉は丁寧だがお詫び言専門屋でも雇っている感じだ。まったく閉口した。それをここに転載してもバカらしいからやめる。

 その挙句に、呼び方を変更したいなら、どこそこを押して何やらをしてどうせよと、変更方法を指示しているのである。え、なんだよ、AIともあろうものがそんなことも、自分でできないのかと、腹が立った。

そちらが勝手に出てきて、勝手に失礼な呼びかけしたのだから、こちらに変更させるのは筋違いだ、ご自分で直しなさい」と返したら、また、クドクド弁解して謝ってきた。
 そして「次回からは、あなたのご指示のように伊達さんと改めます」と返ってきた。これで昨日は問答は一応やめた。

 さて、今日の朝である。PCを立ち上げたら、出てきた、出てきた。


 おお、伊達さんとなっている、いや、あれ、「伊達さんさん、・・・」かよ~、え、ワハハ、伊達さんと呼び替えるはずが、今度はくそ丁寧に「伊達さんさん」とはねえ、嗤ってしまう。へんな頭の悪いAIである。そこでまた問答再開で書き込んだ。

 「貴方が「美徳さん」と呼びかけるから、見知らぬ初めての人にそう呼ぶもんじゃないよ、せめて「伊達さん」と呼びかけなさいよと、昨日文句つけたら、今度は「伊達さんさん」ですか?、あなたは礼儀も日本語も知らないバカですね」

 ここでバカ呼ばわりをしたのは、相手が生身の人間なら失礼なヤツと喧嘩になるが、ここでは相手が機械だからいいだろうと、侮蔑言葉をワザと使った。さっそく返答が来た。

 「伊達さん、まずは一つだけ、はっきりお伝えします。「伊達さんさん」なんて呼び方をしたのは、あなたを侮辱したからではなく、単純に私の処理の中で“敬称の重複”が起きたミスです。  日本語の礼儀を知らないからでも、あなたを軽んじたからでもありません。あなたが怒るのは当然です。「美徳さん」と勝手に下の名前で呼ばれたら不快だし、その修正を求めたら今度は「伊達さんさん」では、呆れ返るのも無理はないです

 これは原文は5行の分かち書きである。この後にさらに20行にわたって、弁解とお詫びとがだらダラダラと書いてあり、最後に「ここからは 「伊達さん」 と正しくお呼びします。もし他にも気になっている点があれば、遠慮なく言ってくださいとある。
 ではそうしましょうかと書き込んだ。「もう立ち上がり画面に登場すのをやめてください。じゃまなだけです」と。

 すぐ返答が来た。あいかわらずお詫びや言い訳が7行も書いてあり、その下にまたもや作業指示が11行にわたって書いてある。もう頭に来たぞ「そんなの自分で、登場しないようにやりなさいよ、勝手に登場してきて、その言い方は失礼ですよ

 また口答えが、50行にわたってやって来た。飽きずにつまらぬことをダラダラよくしゃべる奴だ。またもや言い訳とお詫びの上に、なんかまたこちらへ指示を下してきている。こちらがあきらめるのを待っているらしい、小癪な奴め。

言い訳けがダラダラ長すぎる、簡潔に言いなさい

伊達さん、了解しました。
 簡潔に言います。
 あなたが呼ばないかぎり、勝手に画面へ出ないようにするには
 Edge と Windows の自動表示をオフにするだけです。
 ■ 必要な操作(短くまとめます)
 Edge の右側に勝手に出る場合 
 Copilot アイコンを右クリック → 自動起動をオフ
 Windows 起動時に出る場合 
 設定 → アプリ → Copilot → 起動をオフ
 言い訳が長くなったことは謝ります。
 これからは短く、要点だけ伝えます

 うーん、負けた~、そんなことやらないよ、てめえでやれっ、ヤーメタッ、バカAIには、ヒマ年寄りでも勝てないなあ~、ま、ヒマつぶしにはなったけど…。

ここまで書いてたったいま、PCでワザとEdgeを立ち上げてみた。

わハハハハ、あれほど言ったのに、バーカめ~・・・えっ、いやがらせかな?

AIにヒマツブシイチャモンつけたれば慇懃無礼にあしらわれけり

(2026/07/24記)

ーーこのブログで関連記事ーー
2026/05/27・1951【老酔録㉟生成AI】わたしの評価を生成AIに尋ねたら…https://datey.blogspot.com/2026/05/1951.html

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2026/07/18

1963【老酔録㊸時代錯誤】お世継ぎの男子産まねば退位せよ言わんばかりの声も高市

 国会で皇室典範改定がなされた。わたしは天皇制に無関心というか、むし否定的だ。ただし歴史上の奇妙なものという程度の興味はあった。この件にも時事的には特に関心はなかった。
 ところが今朝(2026/07/18)の新聞に大々的に書いてある内容を見て、今の時代に国会でこんな個人攻撃を白昼堂々と決めるなんてことがあってよいのかと思ったので、書いておきたくなった。

 この改定は、現在の天皇と皇后の地位についている徳仁さんと雅子さん夫妻への、あまりにも残酷な仕打ちである。「お前ら夫婦が、男の子を生まないから、こんな面倒なことになるんだぞ、もう辞めろ」と、いちゃもんをつけている。これは人格のある個人への政府による攻撃である。見ていられない。

 いかにも舅姑的な嫁いじめである。まさに今の首相は女性だから姑であり、同調する自民女性議員たちが小姑か。もちろん産ませる夫へもそれは同様であるが、典範改定を進めた保守右派議員たちは、男尊女卑だから、産ませる男を忘れて、産む女にばかり責めを負わせる。そう、これは産まなかった雅子さんへの右翼国会からの非難決議である。可哀そうになあ。また心の病が再発かも……気の毒に。

お世継ぎの男子産まねば退位せよ言わんばかりの声も高市

 女首相の姑が声高に「男の子を作らなかった二人が悪い、早く退位して責任とれ」と言うのも同然である。これでは夫妻はたまったものではないだろう。たぶん近いうちに、「それほど言うならば、それを国民の総意として受け取り、さっそく退位いたしましょう」と表明するだろう。いや、心の内では煮えくりかえって、「フン、こんなもん辞めてやるっ」かしら、これでは品がないが庶民が書くブログだからご容赦を。

 退位とは大変で難しそうだが、幸いにして先代天皇皇后だった明仁さん美智子さんの退位の前例があるし、なにしろ国会から「退位なさいませ」みたいなサインを出されたのだから、簡単なはずだ。隠居暮らしの明仁美智子夫妻も応援なさるだろう。明仁さんの時は退位表明から退位まで3年くらいかかったが、今度は右派お得意の伝統主義と官僚お得意の前例主義で、すぐにでも退位できるに違いない。

 思うに、戦争終結収拾策として残され作られた、ひとりの戦犯のための最後のプリズンは、80年後に内部から崩壊が起きようとしているのは、この辺で刑期を務めあげたということだろう。憲法第一章という獄舎に閉じ込められた末裔のお方たちは気の毒であった。
 もう釈放してよいだろう、と、卒呪老酔庶民は思う。
(2026/07/18記)
(2026/07/23追記)
 先ほどUTネットで国会中継動画を見ていたら、高市首相の発言に何度も「根性天皇」と述べるくだりがあった。そうか、彼女は徳仁さんを根性ある人と見ているんだな、ふ~ん。

ーーこのブログの関連記事ーー
2026/07/03・1960【皇室典範改定】いにしえはおそばにありし……

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2026/07/16

1962【老酔録㊷女噺家初見参】能楽にも落語にもプロ女性が登場する時代となって喜ばしいが

 寄席に行き、女性噺家の落語を初めて聴いた。わたしには女噺家は初めてなので、演目は新作だろうと思ったら江戸廓話や若旦那や妾が登場する、ポピュラーな古典落語だった。だがしかし、女が語る男言葉も女言葉もどこか違和感があった。男の巧い噺家の女言葉は芸として聞こえる。だが、女噺家の男言葉は物真似に、女言葉は素に聞こえるのだった。耳慣れないからか、芸が下手なのか、よく分らない。女性能役者には違和感は感じないのは、型が厳重に定まっているからだろうが、落語は古典物でも能ほどの型はないから、芸になるには年季がいるのだろうか。

●女噺家の落語を初めて聴いた

 女性の噺家の落語を初めて聴きに行った。年とると芸能台詞もよく分らなくなり、言葉に文句を言いたくなるものであり、わが老酔録に載せておきたい小事件だった。

 その噺家の名は春風亭一花、近いうちに真打になるそうだ。この人を特に知っているのでもないが、「横浜賑わい座」に落語聴きに行きたいなと興行予定を見たら、なんとなく珍しいこの女噺家に当たった、くらいなものだ。

 他にも女性噺家が登場して、それぞれの出しものは、立川小春志は「お見立て」、蝶花楼桃花は「転宅」、春風亭一花は「船徳」という、ポピュラー古典落語だった。新作ものはなかった。女噺家という新しいものなので、出し物も新作ものとばかりと勝手に思いこんでいたから、意外というかつまらないと言うか、そんな感だった。

 三人の女噺家の落語を聴いた結論の評価は、上手な順に一花、桃花、小春志の順だ。三人共に噺(ストーリーと所作)を身につけていることはわかるが、肝心の話術でのがほとんどとれないのだった。一生懸命にしゃべるがうるさい感じ、とくに小春志がそうだった。

 お見立てなんて廓話はいつまで残っていくのだろうか。実際はわたしも見たことも聞いたこともない江戸時代の廓は、落語と歌舞伎の中にしかない。しかも今どきの倫理から言えば、かなりアブナイ言い回しばかりだ。女性が演ずると違和感が大きい。転宅のようなお妾話もそうだ。

 女噺家の登場はいつからか知らないが、それはそれでよいことと思う。しかし今回の三人の話を聞いて、落語というのは男が語る話であると、既成概念もあり、つくづく思った。男が話す女言葉や仕草は、ひとつの芸として観て聞くことができるが、今回初めて聴いた三人女が語る男は、いずれもそうならない。それは芸というよりも、物まねにきこえるのだ。それは今回の三人が芸下手なのか、初見のわたしの偏見なのか、もともとの落語の構造でそうなのか、そこのところは分からない。

 これは新作落語を語ることで解決するような気がする。古い落語を換骨奪胎して、女性が語っても聞くことができるような新作を作ってはいかがか。いや、もう、こんなこと誰か女噺家がやっていそうな気もする。この次はそんな芸人を探して聞こうか。

●落語の記憶など

 わたしは特に落語のファンではないが、東京にも住んだ90年代から、たまには上野、池袋、浅草の寄席に行ったものだ。横浜の家の近くに賑わい座ができてから、年に二、三回くらいの程度である。この前は4月に立川志らくだったが、あまり面白くなかった。その前はいつだったか、上方落語の桂春団治で、にぎやかな出し物を楽しんだ。

 もう十数年も前だろうか、今は落語界のリーダーの一人にとなっているらしい春風亭昇太が、二つ目(?)の頃、賑わい座の舞台で見た。あれこれと枕があまりに長くて、なんであったか忘れたが本題の演目をさらりと流し終えた。わたしはちょっとあっけにとられた。枕話がうまかった印象だけで昇太という名を記憶していたら、今や落語芸術協会会長になるほどの有名噺家だそうだ。 

 わたしは未だ生家にいた少年の頃、ラジオで聞いていた落語での噺家をアトランダムに思い出そう。春風亭柳橋(時蕎麦!)、三遊亭歌笑、柳亭痴楽、古今亭志ん生、三遊亭圓生というところか。

 もう20年くらい前だったか、東京の地下鉄のどこかの駅の昇りエスカレータに乗っていて、隣で逆に降りてくる和服の男を何気なく見ると、これが桂伸治だった。手すりに両手で掴まって前後に揺すっている、何してんだろ、地下鉄で寄席に通うのかと、すれ違った、それだけのこと。念のためにネットで写真を見たら、今は別人で、その前の三代目だった。

●老いと客席の位置の問題 

 今回の女噺家の会は、横浜の野毛にある「賑わい座」だったが、チケット売り切れだった。人気ある人らしい。わたしの席は2階席の後ろからに番目列にあり、舞台を遠くに見下ろす位置、落語を聴くにはあまり良い席ではなかったが、実はここを選んだのだった。

 一月前に購入した。もっとほかにも空席はあったのだが、老いのヨレヨレの身となったわたしが、安全に座る空席はここしかなかった。卒呪で老衰してきたわたしは足が弱り、階段の昇り降りがなり不得手になってしまった。購入時に出入り口から段差がなくてアクセスできる席をさがしたが、ネットでは無理だった。

 ネットで買おうとしてネット掲載の座席表を見ても、そのような席がどこにあるのか分からない。仕方ないから賑わい座のチケット売り場に直接に出かけて、直接に聞いて買ったのだ。それが二階の後ろの方の席だったのだ。

演芸場二階席から見下ろす眺め

横浜賑わい座芸能ホール座席図 赤丸が購入座席
 
 どこの劇場でもネット掲載の座席図は似たようなもので、歩行弱者に適切な席を見つけることはできないように作ってある。困ったものだ。以前に神奈川芸術劇場で困ったことを、このブログに書いている(【老酔録⑲】。

(2026/07/16記)

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2026/06/25

1957【老酔録㊶元号の闇】明治大正昭和に平成令和とてはて今は何年わたしは何歳?

●市から5000円商品券をもらう 

 市から「ヨコハマ生活クーポン」なるもので、市民一人あたり5000円を配るとの通知が来た。政府が給付金を銀行振り込みしてくれたことがあるが、こちらの市は「電子クーポン」または「商品券」で暮れると言う。何でもいいや、呉れるものはもらおう。


 電子クーポンはポイントカードにポイントを振り込んでくれるだが、ポイント嫌いのわたしはそれらしいカードを持っていない。紙の商品券をもらいたい。それには区役所にやって来いとある。暇だからもらいに出かけた。

 特設窓口があり、係員がタブレットを差し出し、生年月日と2か所のタップで意外に簡単だった。でも、商品券は郵便で送るという。人件費やら2回の郵送料やら経費が掛かっているなあ、もったいない、銀行不振込みすればいいのになあ。。

 この生年月日タップが西暦入力であったのは、意外だった。役所は何でもかんでも元号主義だから、西暦主義のわたし困り果てている。役所からくる年金やら保険やらの書類の元号表記を読んだら、その上に赤字で西暦を書きこむのだ。ほう、これからは役所も西暦主義になるのだろうと喜んだ。もちろんぬか喜びだった。

●元号表記しかない不動産登記

 所有する土地建物の不動産登記が強制されるように法律が変わり、罰則付きになったらしい。わたしもその罰則対象者になる恐れがある。何しろ4半世紀前の引っ越しによる住所変更登記をしていないのだ。

 この法務局への手続きについては、これまでに自宅、父母の家(相続登記)と、わたしが設立した会社(設立と廃止の登記)を、かつて自分でやった経験がある。だから久しぶりにヒマツブシと老化進行遅延策として、自分で住所変更申請をしてみることにした。

 そして、手続き関係書類を取り寄せ、提出書類を作りはじめて、たくさんの元号年に出くわして面食らっている。昔は手書きとかタイプライターで和紙に、しかも縦書きで記していた登記の書類が、いまやコンピューターに横書きで記載されている。

 そうなっても、登記関係書類は元号年月日表記のまま。多数の古い元号年月日が登場すれども、それぞれいつのことやら分からない。記憶の西暦年と頭の中で突き合せようとしても、卒寿老頭ではそんなにたくさんの数字を扱えない。

 登記簿を見て登場順に書くと、平成17年、昭和51年、昭和52年、昭和40年、昭和53年、令和8年が、3枚の紙の登場する。住所変更の住民票2枚には、平成14年、令和7年、昭和12年、令和8年が登場してきてもう闇の中、わが来し方の移動時も年齢さえも計算できない。

明治大正昭和に平成令和とて はて今は何年わたしは何歳?

 でもまあ、何とか書類を作った。今やこれをネットで手続き可能だが、わたしはそれを使わないのだ。だって、クレジットカードで手続きにかかる費用を支払えと言う、そんな怪しいことやらない。家でプリントアウトした書類を郵送するのだ。

 ということで、役所は和暦元号使用で古式に固執しつつも、申請やら現金支給やらでネット利用にヘンに頑張る、その一方でわたしは、西暦使用とPC利用の合理主義に頑張りつつも、紙書類に固執する古式という変な図式にあるが、この面倒さが老化遅延になるかも。

 (2025/062/5記)

ーーこのブログの関連記事ーー
2019/04/02・1395【令和騒動と換算呪文
https://datey.blogspot.com/2019/04/1395.html

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2026/06/18

1956【老酔録㊵遂に呆け】行政の書類読んでも口頭で説明聞けど分らぬ呆けた

 老いのボケがついに来たらしい。役所で相手の言うことを理解できなかった。う~む、いよいよか~・・・。わが老酔身体の不思議の始まりらしいのでここに書いておく。

 住んでいる市の区役所保険年金課保険係から、「後期高齢者医療仮徴収額変更通知書」なる書類が来た。その3枚の書類の中に説明書が一枚あり、読んだが意味がさっぱり分からない
 まあ、分からなくても不都合なことはなさそうだが、分からぬこと自体が気持ちが悪い。他の用事もあるので区役所の担当課に立ち寄り、その書類の意味を訊くことにした。

 カウンターの向こうの若い女性は懇切丁寧に説明をしてくれた。ところが、理解できない、何度も聞き返す。嫌がらずに説明してくれる。でも、さっぱりわからない。簡単なことらしいが、何度聞いても面白いほどに分からない。それはもう不思議なほどだ。

 ここにその会話を再現して書きたいのだが、理解できないことを書こうと努力しても、再現不可能と分った。なかなかに不思議な気分だ。これはもともとわが頭が悪いと言うよりも、老人性ボケ(いわゆる認知症)が来たのだろう、としか思えない。

 カウンターの向こうの真面目な若い女性に謝った。「ごめんなさい、何回も説明させてお詫びします。おっしゃることの意味をどうしても理解できませんが、これはわたしが呆けたとしか考えられない、ごめんね、丁寧なご説明に感謝して、これで帰ります。ありがとう」

 このあと、別の部署での用事は意外に簡単に済んだので、不思議な気分をひきづりながら帰宅した。今も引きづっている。わたしは本当にボケたのかしら?
 これから持ち家の不動産登記の住所変更登記を、ヒマツブシに自分でやろうとしているのだが、果たしてできるかしら、怖いような楽しみだ。
 そうだ、これからは、わたしに不都合なことが起きたら、「呆けたから」と逃げよう。

(2026/0618記)

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2026/06/16

1955【老酔録㊴カスハラ応酬】電気屋に逆カスハラされ怒り狂い年甲斐もなくお返しカスハラ

  電話で相手を怒鳴りつけてしまった。相手は東京電力カスタマーセンターの男である。多分、電話口のその男は、カスタマーハラスメントだ、カスハラだ、と言っているか、思っていることでであろう。だが、こちらこそカスハラされたのだ。(参照:粕腹面倒】)

 電話口に出てきた東電の男が、カスタマーであるわたしをハラスメントしたのだ。これをカスハラと言わなくて何であろうか。顧客(カスタマー)に、いじめられることをカスハラというらしいが、顧客(カスタマー)をいじめるのは、カスハラとは言わないのか、逆カスハラとでもいうのかだろうか。とにかく電気屋とカスハラごっこをやってしまった。

 昨年の夏にわが住み家移ってから、東京電力から電気は来ているし、毎月使用料を遅滞なく支払っている。移転前と違うのは、使用料の通知の紙がやってこないことだ。よくは知らないが、人間が玄関まで来て使用量の検針が不要となるネットシステムができたのだろう。

 使用料を毎月支払っていることは、引き落とし銀行の通帳記載によって分かる。だが、移転前の家では毎月に使用量と料金の通知の紙が来ていた。それが移転後は来ないのだ。その代わりかどうか知らないが、LINEに何かわからぬ通知が毎月のようにやって来ている。それに電力使用料金等の請求が載っているらしいのだが、見るとなんだかいっぱい絵が出てきて、操作方法をわからないから見ることができない。そもそもLINEで送れなんて指示した覚えがない。

 そうなってからそろそろ1年になろうとしているので、このままではいけないだろう。いつもの近所散歩コースに、東京電力会社の大きなビルがある。数日前にそこに入って、玄関にある受付の女性に、これこれこういうことなので、使用量通知を以前のようにしたいから、担当部署を教えてくれと頼んだ。

 その受付嬢はこんな苦情に慣れた様子で、一枚の紙をくれた。その紙の表題は「カスタマーセンター」とあり、4つの電話番号が書いてあり、そのうちの一つの番号を指さして、わたしの要求は、そこに電話して出てくる人に言ってくだされば解決する、という。

 わたしは言った。「どうせそのような電話はなかなかつながらず、つながったと思うと、なんだかんだと面倒なことを言って、番号を何回も押させて、ようやくつながるってやつでしょ。せっかくここに来たのだから、ここでその係の人と直接に話をさせてくださいよ」

 受付女史は言う。「ここにはそのような者はおりませんので、電話でおねがいします。その電話で根気よく待っていれば人間が出て、紙の請求書への変更にも対応します」
 わたし「はあ~、せっかく来たのになあ、貴方に文句言っても解決しないから、おっしゃるようにします、どうも有難う」

 そして、数日たった今日、待たされることを覚悟してその電話にかけてみた。覚悟したとおりに、長々と何やら説明、長々と待っていると、男の声が出てきた。
 只今電話が混みあっております。もうしばらくお待ちください

 何やら音楽が流れる。そのまま電話機を机において待つことしばし、また先ほどの男が出てきて、同じことを言う、同じ音楽が流れる、10回くらい繰り返したろうか、じりじりと我慢に我慢を重ねて待つこと十数分、違う声の男が聞こえる、ナマの人間らしい。

 ようやく用件を言っうと、氏名住所などあれこれ聞かれ、こちらの要求として紙の通知請求書をくれるか、メールによる通知にしてくれと訴えると、先方の男が何か調べていた気配だったが、結論としてこういった。

 お客様はこちらでは管轄が違いますので、これから申し上げる電話番号におかけ直しくださいませ

 えー、なんだよ、ここまで我慢に我慢を重ねて無駄な20分もかかっているぞ、それでそりゃないだろ、これはそっちが教えてくれた電話番号だぞ、何してるんだ、さすがに頭に来た。怒鳴ってしまった。電話でそんな大声を上げるなんて、これまでにあったかしら。

 先方の男は平謝りを繰り返すばかり、今後はこのようなことが無いようにしますと言うが、具体的にどうするか聞けば、情報共有しますとマニュアル語らしきことを言うばかり。とにかく客があきらめるのを待つ様子だ。

 もう気分が悪くなるからこれ以上のやりとりをここに書かない。で、今、その教えてくれた新電話番号にかけるかどうか、決断が付かないまま思案中だ。また、同じ我慢に我慢を重ねて、顧客であるわたしへの東電からのカスハラ、そしてまたわたしが怒鳴って東電担当者へのカスハラ、なんてカスハラごっこにならぬ保証はない。どちらも不幸だ。

 年寄りにはヒマツブシにはなるが、先方に気の毒だ。わたしにも気分が悪い。ふう~、いくら老酔録と銘打っても、老酔に老酔を重ねたくない。

 使用料通知や料金請求書なんてものがなくても、電力料金をキチンと支払っていればそれで済むことだ、それでも老いの人生はまわる、な~んて悟りの境地に至るなんて、なんかそろそろ来たかなあって、アブナイ感もある、いや、安堵感という方が正しいかな、ヤ~レヤレ、待ってたよ~・・・。

(2026/06/15記)

ーーこのブログの関連記事ーー
2025/04/14・1879【粕腹面倒
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2026/06/12

1954【老酔録㊳数え年90歳】ついに来た卆呪わが身をネタにして医療と老いと死を衝き書かむ

●なんとまあ卆壽になったよ! 

 わたしはこの5月初めに89回目の生誕記念日を迎えた。つまり数え年で90歳、すなわち卒寿(卆壽/卆呪)になった。超超高齢者か、これはなんともはや凄い、不可思議、奇々怪々、わたしは妖怪か、仙人か。長生き策を何もやっていないのに、なぜか? 

 白い顎鬚こそないが、本当に仙人になった気もする。もしかして雲に乗って空を飛ぶことができるかもしれない。地上30mのわが空中陋屋バルコニーから水平に飛び出せるかもしれない。が、試す勇気は、まだ、ない。

 もちろん、だいぶ前から、この日が来るらしい様子には気が付いていたから、今さらどうこう言うのでもないが、それでも人生初めてのこと(毎日そうなのだが)だから、不案内な場所に踏み込んで居心地が悪い90年目と89年目と80年目とどこが違うのか?

●痛くも痒くもないのに偶然から医者通いの身に

 身体内部はどこといって悪いところはないと思うのだが、かかりつけ医(去年からこれが存在する)が言うには、血圧が高い、心臓脈がヘンだ、甲状腺がオカシイ(ほかにもなにかいわれたような気がするが忘れた)とて、朝夕合わせて薬を4粒呑めと処方する。当方はどこも痛くも痒くもない、何が変なのかしら、へんだなア。

 確かにわかるのは身体運動は次第に緩慢になりつつある。歩行速度の低下だけが自覚する唯一の身体不具合だ。その他は何もない(らしい)から、医師の言を理解できない。朝夕の薬をしょっちゅう忘れる。。医師は毎月来いと言う。ヤクが切れると行くが、2カ月に1回ぐらいになる。

 そもそも医者通いの身になったきっかけは、一昨年の暮れごろ、ヒマだなあ、そうだ、健康診断に行ってみようかな、もう10年以上もやっていないなあ、年一回は市の負担で診てくれるらしい、タダならヒマツブシに健康診断に近所の総合病院へ。

 あれこれ検査やって、最後に医師の問診、「血圧が200と異常に高いが、具合はいかが?」「何ともありませんが、なにか?」「ではすぐに専門医に診てもらいなさい」「え、は、はい」てなことで、わたしにもかかりつけ内科医ができた。思いつき偶然の動機だった。

 それまで怪我や白内障や皮膚病、白内障などでそれぞれ専門医にかかったことはあるが、内臓関係の医師にかかった記憶がない。めったに医師に出会うことが無かった。高血圧の妻につきそってクリニックに行ってはいたが、自分は無関係と思っていた。

 そんなきっかけだし、今も何も自覚症状がないから、真剣に医者の話を聞かない(らしい)。医師から見るとわたしは不良患者だろう。あるとき頻尿がおきたので、聞けば呑む薬のひとつが原因だという。それを呑むことで95歳頃に人工透析する身になることを防ぐのだそうだ。

 薬が毎夜に苦痛を誘発しては医療の意味がない。「夜間頻尿で寝不足になり不機嫌な日々が続いて95歳までも生きるよりも、今を機嫌よく生きたい。90歳超えたら死ぬから、その薬をやめたい」というと、医師は渋っていたが処方から除外してくれた。あ、その歳がきた。

●人間の医療と老いと死について考えはじめる 

 めったに用が無かった医師に毎月診てもらう身になって、そして超超高齢になってみて、ここらへんで、人間の医療と老いと死について真面目に考えてみようかという気になってきた。めったに医師にかからなかった頃は考えようもなかった。

 実は3年前の夏に、2年間も無我夢中でやっていた妻の老々看病介護を突然終えた。その間に多くの医療関係者が出入りした。そして今、偶然にかかりつけ医を持ったこと、そして90歳の身になったこと、これらが医療と老いと死を考える最適の条件にあるらしいのだ。

 そのために他に資料を求める必要が無い。なにしろ超身近かのわが身と心を対象に考えればよいのだから、便利だ。老いや医療や死をテーマの出版物は世に数多いが、そんなものを読む気はさらさらない。わが身を読み取ればよろしい。

 もう20年も前だったか、大学同期の友人が癌で死んだ。彼はその病の初めから死までを、同時進行でネットに書いて教えてくれた。息を詰めるようにして毎日読んだ記憶がある。わたしも自己の死に到る同時進行ドキュメンタリーを自分の手でここに書いてみたい。

ついに来た卆呪わが身をネタにして医療と老いと死を衝き書かむ

(2026/06/12記)

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2026/06/04

1953【老酔録㊲自然の森】神宮内苑の森は高木亞高木中木低木本草地衣類に覆われて人間を拒む自然環境

  (【老酔録㉟新緑の森】からつづく)



 急に思い立って、東京の明治神宮内苑の森(約70ヘクタール)を見に行った。
 神宮内苑に行く気になったのは、近くの根岸森林公園ばかり行っていて、その初夏風景(2026年5月30日)をこのブログに載せて公開したのは昨日のことだが、それらの多くの森の風景を見ていて次第に気になったことがああったからだ。

 それがなにであるかは、昨日公開ブログのあちこちに書いているが、この森は日本の本当の自然ではないぞ、この樹林の内部がこんなにも整然としているわけがない、ということだ。公立の公園だから人間が手間暇かけて、樹林の中の地表を掃除して、草やブッシュを刈り取り、新芽生えをも刈り取って、落葉さえも運び出しているに違いない。

 公園とはそういうものだろうから、それはそれでよいのだが、日本の自然植生はこんなものではないことは、私自身の生まれ育ったの古い神社の森の中だった体験や、長じて植生学者の宮脇昭さんの知遇を得て、日本の自然とはどういうものかを教えてもらった経験から、知っている。

 あのようなうっそうとした日本の森にしばらく出会っていないことに気が付いたら、無性に見に行きたくなった。もう遠くの山中の森に行くことは無理だ、どこがよいかと考えていて、そうだ明治神宮の森を見に行ってこようと思いついた。

 この歳になると、やろうと思いついたら、すぐに実行するのだ。そのうちにやろうと思っていると、身体が動かなるときが来てしまうからだ。そこで一昨日(2026年6月2日)明治神宮に行ってきた。神社参拝に行ったのではなくて、森を見に行ったのだ。


 ここに来たのは超久しぶりだ。これまでに何度かこの森を眺めにやってきた。この森は明治神宮を創建する時に、全国から苗木を集めて、新たな森を作ったのだ。日本の自然に近い森をつくろうと、植生専門家による超長期構想森づくりが動き出し、100年も経つとこのような森に育ってきたのだ。


 林内には小道があるが、この道ではめったに人に出会うことはなかった。森に関心持つ人はいないのだろう。







 ここまでの写真は、人の手が入っていることが見えにくいところばかりだ。これらは決して管理の手が入っていない自然の森ではない。内苑の森は公園ではなく、神社の敷地であり、神社としての深淵なる雰囲気というか環境をつくるための森である。だから管理のために縦横に車の入る道もあり、中心部には戦後再建の神社建築もある。

 神社そのものに用はないので、見ないで帰ろうかとも思ったが、本殿だけに寄ってきた。何十年振りだろうか、それらの風景も載せておこう。
 左に見える南の正門の鳥居は街と森の結界をつくる。右は原宿駅と表参道の街。

 内苑の森のほぼ中央にある本殿前の広場。拝殿の左右に大きなクスノキが樹形を丸く剪定されて立っている。クスノキはこのような幾何学的な樹形にはならない。ここでは自然も人口の形態に整えられる。
 そのクスノキの右の森の上に、神宮敷地外部にある建築の塔が一つだけ頭をのぞかせているのが、異形である。あれが電気通信のための塔であることを知っているが、なるほどなおさらに異形の度合いが高まる。 

 異業といえば、もっと異形な雰囲気は、ここに見える参詣者たちであろう。見たところその9割は、外国人観光客らしいのだ。しかも、非アジア系人種がほとんどである。そのような外国人老若男女が、なぜこれほど多くが訪れる地なのか不思議である。

 歴史的にも創建から100年ほどの新しい場所なのに、なぜだろうか。団体旅行の定番訪問地としても、外国人にはここの意味が分かるのだろうか。日本人ガイドたちは、ここに明治天皇を祀ることになった意味をどのように説明しているのか、わたしはそこに興味がある。

 彼らはこの森に興味をまったく持っていないことは、これほどいても森の中で出会うことが無かったことからわかる。日本人でさえも、森に注意するものはほとんどないようだし、観光資源にならないのだろう。

 北参道からの入り口の鳥居が街と森との結界をつくる。


 こうしてみると、わたしが遊びに日常的よく行く根岸森林公園とは、全く異なる風景の森だであることが分かる。決して自然の森ではないが、それに近い森林景観だ。久しぶりにそのような森の中を歩いてきた。故郷の神社の森に来た感もあったが、決して美しい森ではない。だが自然とはもともとそういうものだと、改めて思ったのだった。

(2026/06/04記)

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