2016/12/24

1241【東京駅周辺徘徊その1】東京の丸の内と大手町は今やデブデカ超高層ビル群おしくら饅頭なんとも鬱陶しい景観

派手に着飾った東京駅はいまや八重洲側の開発で背景もこんなに賑わってきた
まだ歯抜け背景だけど続く開発でこれから乱杭歯が建ちならぶので乞うご期待
 久しぶりに東京駅下車、1985年頃から毎年2回くらいは定点観測し続けてきたのだが、さすがにもう飽きた。
1960年代末から80年代半ばまで、東京駅北口にある事務所に通勤していたので、八重洲・丸の内・大手町の30年前の姿が脳裏に刻まれている。
 特に、1980年代半ばに政府の仕事で東京駅周辺再開発計画を担当したので、表面的なことばかりではなく、ある程度は深く知ることもあった。
 その後も、このあたりが中高層ビルから超高層ビルへと、都市景観が変化しつづけるのを観察するのが面白かった。

さて、久しぶりの丸の内・大手町は、建築群がここもそこもかしこも高く髙く太く太く大きく大きくと、一途に増殖し肥満し続けているのであった。すごいのだが、どこか狂気のごとくも見える。
 昔の超高層建築は細くて高くて孤立していたから、すらっとして格好が良かったのだが、今どきの超高層建築はデブデカ肥満児というか巨体に成長して、しかも群れているのである。
 それらデブデカ建築群がおしくら饅頭でひしめきつつ、道の両側からてんでにワラワラと覆いかぶさってくるのは、なんとも鬱陶しいものである。

 建築を作品として鑑賞する気にならないのは、鑑賞するような建築がないのか、それともこれほど立ち並ぶとよほど奇抜なデザインでないと見るべき建築にはならないのだろうか。例えば三菱一号館美術館のようにクラシックコピー建築にするとか。
 摩天楼の街のニューヨークやシカゴのような建築的面白さが、丸の内と大手町にはないのだ。

 1988年であったか、丸の内の大地主の三菱地所が、いわゆる「三菱丸の内マンハッタン計画」なるものを発表して、超高層の墓場のような将来像が不評を買ったことがある。
 そしてそれから30年ほどの今の丸の内・大手町は、中高層ビル群は次から次へとガラスの石塔群に建て替えられて、超高層ビルが雨後の竹の子のごとくたちならんでいる。あまつさえ超高層ビルを壊して超高層ビルに建て替えることさえやっている。
1988年丸の内三菱マンハッタン計画の丸の内俯瞰図
2015年 上の絵とほぼ同じ視覚の丸の内俯瞰画像(google earth)
 マンハッタン計画が発表されたころは、バブル景気初期の頃で、東京のオフィス需要がものすごくなる、それに対応しようとてあれこれあったものだ。
 この計画への世の批判は、その墓場の如き漫画的お絵かきもあったが、基本は丸の内・大手町の都市計画としてその大規模な集中に対応できるのか、そしてまた東京一極集中を助長して国土計画として適切か等であった。

 わたしがこの絵を見て思ったことは、1966年から1年ほど起きた景観論争のことである。超高層の東京海上ビル計画が発表されて、高いビルは皇居を見下ろすのでケシカラン、いや高いビルこそ先進国であるとか、反対賛成の論争である。
 建築家たちは賛成、知識人は反対という構図であった。その頃に誰もが思った基本的な疑問は、超高層建築群がつくりりだす都市景観は、はたして美しいものとなりうるか、という思いだった。

 このとき反対の企業側の急先鋒は三菱地所であった。三菱の反対論の底には、19世紀からえんえんと築き上げてきた丸の内の不動産価値の大きな変動への不安であったのだろう。
 世間も業界もすったもんだ、総理大臣まで介入、行政不服審査にもなり、あれこれの末に、では高さ100mまでにしましょうよと、とくに根拠もない業界手打ち、以後しばらく100m丸の内だった。
 それが三菱丸の内マンハッタン計画は高さ200m提案であるから、20年後の大変節にわたしは笑ってしまった。(美観論争についてはこちらを参照

 その後、バブルパンクとか平成大不況とかリーマンショックとかいろいろあったが、いま見る状況はマンハッタン計画はとにもかくにも実現しそうというか、既に実現してしまったという姿である。
 それはもう底が抜け落ちたというか、天井が破壊しつくされたというか、。
 では、あの頃の批判とか問題をすべて乗り越えることが、東京都心も日本もできたということなのだろうか。う~む、とてもそうとは思えないのだが、。

 そんな摩天楼景観をきょろきょろ見上げて眼も首も疲れるが、ふと、昔ながらの8階建て程度のビルを見つけると、おお健在かと懐かしく見つめるのだった。
三菱地所が「ビルヂング」と命名していた頃の、そんなビルがまだいくつかある。たぶん、建て直しを待っているのだろう。
右端は丸の内超高層第1号の東京海上ビルだが周りが高くなって埋没、
中央の銀行協会ビルは建替えた超高層ビルをまた壊して超高層建替え中

アートで暑苦しさをなんとかするか
こんな笑える自然の広場もある

巨大開発中工事場にとり囲まれてポカッと空いた将門塚は
今どきでも祟りがあるとて誰も地上げしない真空エリア
将門塚を取り囲むこの開発は祟りがあるかもなあ
建築主、設計者、施工者そして入居者のみなさまお大事に

あそこに見える8階建て「ビルヂング」は今や貴重な「低層」建築
そのひとつに「日本ビルジング」があったが、ここの中にあった事務所に通勤してたのだ。
 いま、その前を通れば工事用の囲いがビル全体を覆っていて、解体中であった。こんどは跡地に日本でいちばん高いビルを建てるとか。
日本一床面積が広かった日本ビルも解体中、跡には日本一高いビルができるとか

いまから30年ほど昔だが、東京駅周辺再開発計画の仕事がらみで、このあたりの写真をたくさん撮ったことがある。そのほかにも画像を数多く収集しており、今はそれらがPCの中にある。久しぶりにそれらを取りだして、今の姿、将来を並べてみよう。
 30年前はビルに入って外を撮影するのは難しくなかったが、いまではシャットアウトばかり、しょうがないから、俯瞰写真の一部はgoogle earthのお世話になって比較する。
1987年 東京駅八重洲口大丸屋上から丸の内方面俯瞰
東京駅は復元前、丸ビルも新丸ビルも建替前、超高層は東京海上ビルのみ

2015年 上とほぼ同じ俯瞰(google earth)
新丸ビルに隠れるように赤い東京海上ビル

1987年 八重洲口大丸屋上から北西方面俯瞰
駅前広場の北にある国鉄本社ビルがまだ健在

2015年 上とほぼ同じ俯瞰(google earth)
左は建替後の新丸ビル、中央に国鉄本社建替後のオアゾ

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