京都の古刹である法然院と大覚寺を観てきた。どちらも55年ぶりの再訪である。あの1960年の夏、どちらでも実測してプランどりなどしたが、観光客はだれ一人来なかった。
今回はどちらもしっかりと賑やかだったのは、寺院側の事情か、観光客側の事情か、それとも何か観光政策によるものだろうか。多くの人が歴史的文化財に接することができる、よい時代になったものである。
急用で岡山にいくことになり、日帰りの予定だったが、行きに京都駅に着いたとき、突然に思いついた。そうだ、帰りに途中下車して、久しぶりに京都見物して帰ろう。
では、どこに行くか、いろいろ考えていて、そうだ、大学時代に卒業研究で調査して回った寺院等がいくつもあった。あれは1960年の夏だったから、55年前のことである。そこを観て来よう。
もちろん、京都に55年ぶりに来たのではないが、ずっとそれらの寺院等のことを忘れていたのだ。
●大学卒業研究の調査に行った寺院へ
さて、その寺院群の名前を全部は思い出せない。弟に電話して頼み、わたしのサイトにある卒業研究論文を開いて寺院群等の名前を教えてもらった。
修学院離宮、円満院、勧修寺、妙法院、法然院、林休寺、大覚寺、実相院の8カ所であった。
・「遺構による近世公家住宅の研究(大学卒業研究論文」1960
https://sites.google.com/site/dandysworldg/kinsei-kugejutaku
帰りに京都に途中下車して駅前ホテルに投宿。翌朝、京都駅の観光案内所で、これらの場所を地図上で教えてもらった。さすがに観光都市の案内人は、全部をすらすらと教えてくれた。
だが、それらは市街地の山裾に、ばらばら散らばっている。なにしろ突然の思いつきツアーだから、行動作戦をまったく立てていない。8カ所の目的地があるだけだ。
●先ずは京都駅ビルから京の街のスカイライン見物
出発前に京都駅ビルの屋上に上がって、京都の町を展望する。ふむ、さすがよその街のように超高層ビルが、あちこちテンデに建っているということはないんだ。
開発をする方向だと昔に聞いた、駅南の方も超高層ビルが見えないのは、これも京都だからなのか
一番高いのは京都タワーだな、相変わらずだ。大きな三角屋根は、修理中の本願寺の建物にかかる素屋根だな。
駅ビル屋上から北を望む |
南を望む |
東を見る |
北駅前広場スカイライン |
●法然院を訪ねるも肝心の方丈は非公開
さて出発するか、まずは、東山にある法然院に行ってみよう。最近、法然院について、エッセイを書いたから、再訪して見てきたい。
そこから先はまた、法然院を観終わってから考えよう。
https://sites.google.com/site/matimorig2x/hounen-in
法然院の朝は、観光客は少ない。林の中を茅葺の門に向かうアプローチは気持ちよい。寺男が一人で落ち葉を箒で寄せている風情がよろしい。茅葺門をくぐって前庭に入る。さて、肝心の方丈はどこにあるのか。
ああ、前庭から先は非公開である。予想はしていたのだが、残念。55年前の方丈で半日を過ごした記憶にある庭の風景を確かめることもできなかった。もちろん襖絵の謎に迫ることもできない。
いつの日か、来ることあるかもしれないと、辞する。
●慈照寺への道
山裾道をゆるゆると北に辿れば、静かな住宅街が続く。
とたんに突然の人、人、人が行く手に出現、そうか、ここがあの銀閣で有名な慈照寺か、さすがに観光名所。
ここも大昔に来たことがある。入ろうかと思ったが、あまりの人出で、もういいや。近くにある八神社という変った名前の静かな神社でちょっと休憩。
地図を広げて次をどこにしようか。大覚寺にするか。嵯峨野はここから西へと、京の街を横断することになる。
●嵯峨野の大覚寺で懐かしの宸殿を観る
バスの1日乗車券を買って、2回乗り換えて延々と大覚寺に至る。
門前で降りれば、法然院と違ってここはもう慈照寺並みの観光寺院である。500円の拝観料(売るほうが拝観というのがヘンである)を払う。
わたしが観たいのは、55年前に実測した宸殿である。宸殿も公開しているのかと聞けば、宸殿のほかのもろもろも公開しているのでどうぞ、という。こちらは宸殿だけでよいのだ。
大覚寺での一番の建築である宸殿は、檜皮葺きで堂々としている。
元は京都御所にあった東福門院の御殿を移築したと伝わる。そう、あの時は、あちこちにある移築した京都御所遺構を訪ねて調査をしたのであった。
広縁でゆったりと見回す。あのときは、だれも来ないで邪魔されずに実測したものだ。まだ観光寺院ではなかったのだろう。今は引きも切らずに観光客がまわってくる。
縁から前庭に下りて正面の写真を撮りたいのだが、叱られそうなのでやめておく。あの時は室内にも入ることができたのだが、今はそれもできない。
大覚寺宸殿 |
宸殿正面(大覚寺発行パンフより) |
1960年撮影の大覚寺宸殿正面 |
1960年作成の大覚寺宸殿平面図 |
●ただいまボケ防止に「社寺建築構造」を勉強中
実は今、「社寺建築構造」という大学時代の教科書を、同期仲間と再読している最中である。ボケ防止のためと称して、老人の暇つぶしである。
日本古来の神社や寺院の木造建築の作り方である。その本を持ってくればよかったなあと思い出しつつ、柱、梁、組物、天井、襖絵などを眺めたのであった。
大覚寺を辞して、京都駅近くの妙法寺に行こうとバスに乗ったのだが、交通渋滞でノロノロ。四条烏丸あたりで四時前になり、もう拝観時間に間に合わないとて、下車。
久しぶりに中京郵便局などレンガ建築を外から拝観、錦市場通りをうろうろして鯖寿司を買って、帰途に就いたのであった。
突然思いつきセンチメンタル勉強お寺徘徊は、二か所だけでおわった。残り分を観る機会が訪れるだろうか。
壁一枚保存の元祖、裏に回ると全然違う形 |
壊してから完全コピー復元なので保存原理主義者には評判が悪いが、 な~に、東京駅だって三菱1号館だってそうだよ、これも街並みとして立派なものである |
観光客で大賑わいの錦市場 |
100【各地の風景】京都の街並み本物偽物?2009
http://datey.blogspot.jp/2009/02/100_27.html
「京の名刹 法然院の謎ー建築と襖絵の出自を探る」2015
https://sites.google.com/site/matimorig2x/hounen-in
「遺構による近世公家住宅の研究(大学卒業研究論文1960)
https://sites.google.com/site/dandysworldg/kinsei-kugejutaku
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