今週もコロナで開けてコロナで暮れる日々だなと思ってたら、それに学術会議任命拒否問題が絡んで暇つぶし、そこへなんとまあ、桜を見る会問題が再登場して、三つ巴の賑わいであった。
◆アッと驚く「桜」再登場
安倍前首相のショウモない桜を見る会の会計処理問題は、国会での答弁が大ウソであったらしいと、検察特捜部捜査過程で分かったというのだ。
その内容はどうでもいいけど、安倍事務所の秘書が言うままに国会質疑に答弁したら、秘書が嘘ついていたので答弁が嘘だったと、今になってバレたという。首相の秘書のせいで、あれほど時間かけての国会は、フェイク国会になってしまった。なんともばかばかしい。
内閣総理大臣の身でありながら、あれほど堂々と、しかも何度も嘘ついたのだから、法的には知らないが、道義的に無事ではあるはずがないだろう。
なんともおバカな人であると、今更ながら誰もが思うから、政治的生命は消えるのだろう。いやいや、こうなっても堂々と表舞台に居られるのが、政治の世界だろうか。このような新旧首相でも、選挙になると投票する人がいるだろうなあ。菅選挙区民だから恥かしい。
8月末だったか、安倍さんは突然に内閣総理大臣の辞任を切り出した。コロナは大変な局面なのに投げ出すとは怪しからんとおもえども、持病が悪化してコロナ対策能力が無くなったというのだから、これはどうも非難できない。
そこで狂歌<ゲスの勘繰り>
アッそうかあの時突然辞めたのはこれがほんとの理由だったか
ところが、今、こんなドジ事件発覚である。当然にゲスの勘繰りだが、安倍さんは8月に内々でこれを知ったのだろう、ずいぶん顔色が悪かったものだ。そこで、嘘がバレて辞任ではあまりに無様過ぎるとて、幸いに前にも使った持病による辞任を、またまた使おうとなった、のだろうかねえ。
狂歌<真打ち登場>
まかせとけ学術会議もGOTOも問題じゃない桜の出番
いやいや、じつはこうかもしれない。新首相が学術会議の会員任命問題や、GOTOキャンペーン問題で苦労しているようだから、ちょっと話題をこちらに振り向けてやって、負担を軽くしてやろう、なんて安倍さんが親分気取りで桜問題を投げかけた。思惑通り世間はわーーっと飛びついた、ってなことかなあ。
狂歌<東西政権交代珍劇>
日本でもようやくこれで政権が表も裏も移行するのか
いやいや、実はこれは新首相側からの大仕掛けであり、どうも院政をしたがる安倍前首相を、これで一気に蹴落とす検察リーク戦術だったのだ、てなことかもなあ。まあ、コロナコロナの長丁場芝居に幕間のピエロにはなっているようだ。
◆学術会議でバレた新首相のデキ
もう一つの話題の学術会議会員指名拒否問題である。その法的とか学問の自由とかの問題はさておく。わたしはTVを全く見ないが、新首相登場からちょいちょいと、国会の委員会ネット同時中継動画をPCで見物しているが、なんだかへんである。国会ってそんなものなのかしらと思う。
先日の予算委員会で学術会議問題につき、野党委員と首相との一問一答形式質疑応答をしている。なにやら首相答弁がおかしいらしく、途中で「時を停めてください」ということが、しょっちゅう起きる。すると動画の音声が消えて、何やら協議している様子が写っている。
しばらくして再開して続きをやる。すると「時を停め」た以前の、既に聞いたことがある首相の答弁が、またまた繰り返されるのであった。あれ、これは同時中継であり、録画ではないのに、同じメモを読む首相が写るのだ。こんなことが度々ある。
おお、すごい、国会には時間を停止遡行させる機能があるんだあ、時間旅行なんて、SF世界のことと思ってたけど、、と、言いたくなる面白さである。
もちろん、「時を」停めるのではなくて、「時計を」停めるのである。質疑に対する答弁がほとんどかみ合わなくても、以前と同じ答弁をする首相はバカに見えるが、もちろん当人は承知しているのである。その証拠には、しょっちゅう「以前にもお答えしましたが」と、そのたびに言うのである。
知っていながらそうとしか答えられないのは、大人としては辛いだろうなあと、しげしげを菅さんの顔を見つめるのである。なんだか教室で、できない子をイジメてるみたい。
あっ、もしかして半年ほど後になり、あの答弁は秘書の官僚のウソをそのまま言ってました、なんてことに、なる?
いやいや、そうじゃない、あの暗愚ぶりは政治的演技なんだよって、どこからか聞こえてくる気もする。
◆コロナ禍という日常と非日常
さて、その間にもコロナはドンドンと発展している。毎日のように感染者数更新、あるいは入院者数が増えていく。医療現場は恐怖であろう。
だが一方では、コロナよりもカネとてGOTOキャンペインは続行らしい。全面ストップするには経済界が許さないのだろう、なんだかオロオロしながらもやるしかないらしい。
狂歌<コロナの旅>
ウィルスを貰いにGoToNOだけど バラ撒きにGoToOKとはねえ
わたしは相変わらず、寝たきり防止のために、昨日(11月26日)も、フラフラと横浜繁華街徘徊に出る。コロナ盛況のニュースのさなかだが、街は普通の人出である。
コロナに強い横浜橋商店街を行けば、空き店舗のひとつでキンキラ熊手を売っている。あっ、きょうは三の酉の日だと気がついた。酉の市の日は横浜橋の大鷲神社周辺の道には、多数の露店が立ち並んで大賑わいになるのに、今日はいつもとおなじだ。
そうか、さすがにコロナ禍の中では、酉の市も休止するしかないのか。去年までは、この商店街の裏通りの住宅街が、突然にこの夜だけ変身して繁華街に化ける。福をかき集める縁起物のキンキラ熊手の店も立ち並ぶ。
でも今日は熊手屋は商店街の空き店舗にたった1軒だけ、夜店屋台は一店も無い。
さて、コロナ禍の日常の中での非日常は、いったい何だろうか。それはコロナに感染することだ。そう、ほとんどの人にとってコロナ禍の日常とは、コロナに感染する恐れの日々という日常であり、コロナ感染そのものではない。いったん感染したら巨大な非日常が出現する。もっとも、それはハレと言うよりも巨大なケと言うべきか。
コロナ日常化が国際化すると、ヘンな風習というか風俗が生まれる。握手の代わりに、肘と肘を撃ち合うという挨拶ができたらしい。抱擁、接吻、握手という非日本的な接触型挨拶風習はコロナ伝搬手段そのものとて、代わりに拳とか肘とかを互いに接触するそうだ。
でもねえ、日本でそれやると喧嘩になるよ。知ってるのかなあ、それはケンツクとかヒジデッポーといって、相手を拒否するときにやるものだよ、誤解が起きそうな気がする。ここは日本流に、お辞儀にしなさいよ。こういうのがこれからどんどん増えるのか。
最近では3年半前に腰椎骨折で3か月通った外科医だが、これをかかりつけというのかしら。内科の医者に行ったのはいつだったろうか、10年以上になるなあ。近くの内科診療所の玄関扉には、「風邪気味なら進入禁止」の張り紙がある。
今やコロナどころか、カゼさえひけない身となった。(20201127)
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