2024/04/04

1808【三島・湧水の街と観光と】富士の白雪が解けて流れて湧き出る街に生活と湧水の景観を見に

●ノーエ節の街へ

♩富士の白雪ゃノーエ~、富士の白雪ゃノーエ~、富士のサイサイ、白雪ゃ朝日でとける~、ソリャとけて流れてノーエ~、とけて流れてノーエ~、とけてサイサイ、流れて三島にそそぐ♩

 これは民謡の「三島ノーエ節」の出だしであり、幕末の野毛節の元歌であるらしい。この続きに三島女郎衆が出てくるのだが、まあ、鉄砲が出てくる野毛節よりは平和でよろしい。
 コロナ明けの春の初旅は、駿河の三島に行ってきた。あいにくの天候で富士は見えなかったが、その白雪が解けて地中を流れ下って湧き出す水の流れる街を見てきた。

●源兵衛川を歩く

 源兵衛川がその代表的景観であるらしい。そして観光の目玉であるらしい。わたしは観光的な場所には興味はないが、いくつかの生活と川のとりあい景観をのせる。

源兵衛川はの駅前の楽寿園の湧水を水源とする自然景観の流れ
川の中の遊歩道へ導入部 幽谷景観だが背景に高層建築があるように実は街の中


源兵衛川の修景された景観 暮らしと水の接点の井戸手押しポンプ

生活と水と接する仕掛けの橋、階段、石垣、かつての洗濯場等の修景的景観

源兵衛川下流部の水と生活とが背を向けあう原風景的景観 
無理矢理に通す
水路内を観光遊歩道が川を汚す行為を防ぐか

●蓮沼川を歩く

 三島の街の中には湧水の流れがいくつかあるので、少し見てきた。蓮沼川はいかにも街中の川らしい表情である。かつては家々に水を引き込んでいたかもしれない。あるいは家々の前に洗濯場があったかもしれないと、偲ばせる。観光の景観ではない。
生活景としての蓮沼川 源兵衛川と同水源で並行する流れだが全く異なる景観


蓮沼川には私設の橋が多く架かる 金沢の鞍月用水を思い出させる
 
蓮沼川の堰

●御殿川を歩く
 
 さらに、源兵衛川とは湧水源を異にする御殿川の上流部も見てきた。まさに街の中を流れる川で、生活景観の川であるようだ。

御殿川の水流、このビルは湧水の流れに囲まれる

白滝公園の御殿川の中の建物

御殿川と街並み景観 このありふれた修景が好もしい

●水の街の都市再開発

 もう一つ三島の街の水環境に関して重要な場所も通りすがりに見た。それは三島駅南口東街区再開発事業地区である。これが三島の湧水の水脈を断ち切るおそれがあると、市民の再開発反対運動に直面したことは、かなり前に聞いていた。いかにも水環境の街三島らしい再開発反対運動である。

 地元の知人の話では、富士からの水はポーラスな地下溶岩を透過して流れ下るのである。かつて駅の北側に大工場が建ったころに、あるいは新幹線ができたころ、三島の街の湧水が枯れたことがあったそうだ。それらの地下構造物を地中の溶岩を掘って作ったために、水流を遮断したのであった。再開発ビルも同じ恐れがあるということで反対運動になった。

 経緯は知らないが、ネット資料によると昨年2023年末に事業認可から権利変換認可までも進んだそうから、再開発工事にGOサインが出たことになる。その水流対策は再開発建築が地下水脈を切断しないように、地下の溶岩に建築基礎をのせるという。それよりも下の地中には建設をしないから溶岩内を流れる水を遮断しないということらしい。現地で外まわりから見きた現場の様子は、既存建築群を撤去中だったから工事に着手していた。これからは現地と周辺の湧水モニターが常に監視するのだろう。

●水の街とノーエ節と

 実はもう30年も前になるだろうか、三島の街を訪れて富士の湧水の様子を見たことがある。あまりに昔で記憶が薄れているが、三島グラウンドワークなる活動団体の案内であった。かつてどこの街でもそうであったように、三島でも湧水豊かに流れる水路はドブ川だったが、この団体が三島の水環境の再生活動を始めたころであった。

 その後はどうなっているか見たかった。グラウンドワークの活動は成功しているようで、美しい水環境の街として三島は有名になっている。そこで久しぶりに見たかったのは、特に水環境再生と都市生活そして街なか観光がどのように折り合っているのかであった。結果的には、眼で見ただけではよくわからなかった。

 なるほど三島は川の街として環境再生してるようであったが、そもそも水の姿は千差万別で空中、地表、地中を動き回り、動植物の体内を通り抜けて、産業や生活にあらゆる場面に登場し、眼で見てすべてがわかるようなものではない。富士山から三島に流れて駿河湾にそそぎ、また蒸発して富士の高嶺に戻り、また解けて流れ下り、、、。

 そうだ、これは冒頭に書いたノーエ節である。「♪富士の白雪やノーエ・・・娘島田は情けで解ける・・・解けて流れてノーエ・・・♩」というように、これがエンドレスの歌であるのは、水循環を意味していたのであったか、そんな意義深さをひそめる歌であったとは、、、さすがに水の街三島である。

 わたしが訪れた川の水と生活が融和する景観の街は、内外に多くあった。日本での印象的な街は、滋賀県高島市の新旭町飛騨古川町、福岡県柳川市などがある。外国ではベネチアは別格だが、印象に残っているのはアムステルダムトレヴィゾである。
 
トレヴィーゾ 街の風景 1995年

トレヴィーゾ 橋の広場 1995年

 三島の街なかを歩いているときに「農兵節資料室」と看板を掲げる店舗に出くわした。のうへいせつ?、アッ、そうか、おお、富士の白雪の~えのあのノーエ節は、実は農兵節と書くのであったか。店を覗きこんだら、なんとまあゴミ屋敷だった。あの有名なノーエ節の資料をたぶん私的に蒐集公開していらした川口洋服店の店主氏は、どこにどうされたのだろうか。
 ということで、エンドレス民謡ノーエ節に倣って、冒頭のその歌の話に戻った。(20240404記)

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伊達美徳=まちもり散人
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