2009/10/31

195【言葉の酔時記】女は悪いが男性は悪くない

 結婚詐欺というと、昔は男のほうが女をだますのが普通だったような気がする。
 近頃は逆になったのか、数名の男から金を騙し取って起訴中だとか、騙した上に殺したらしいとか、ある女性が犯人の結婚詐欺報道で賑わっている。

 いま、“女性が犯人”と書いたが、新聞記事は“女性”とは書かないで、どこの新聞でも“女”と書いてある。
 YOMIURI ON LINEには「東京都豊島区の無職(34)(詐欺罪で起訴)の知人らが相次いで不審死した事件・・・」とか、「を診察」とか、「がヘルパーと称して・・」とか書いてあるし、asahi.comには「知人男性不審死の」とか、「が約20人の男性と接触・・・」とか、「同県警がこれらの男性から事情を聴いたところ、とホテルの室内で・・」とか書いている。

 ここで変なのは、女はすべて“女”であり“女性”ではなく、男はすべて“男性”となっていて“男”ではないことである。
 どうも新聞用語では、“女”は悪いやつというか少なくとも怪しいやつであり、“男性”は良いやつというか少なくとも悪いやつではない、ということのようである。
 “男”と“女性”となると、この逆になるのだろうなあ。

    ◆◆

 男とか女の下に“性”がつくかつかないかで、悪いやつと悪くないやつを区別するなんて、いつから日本語はこうなったのだろうか?
 容疑者というには早いけどどうも怪しいやつだ、でも、報道としては呼び捨てにもできず、何とか容疑者と書くこともできない、そこで苦し紛れにこういう言い方を考え出したのだろう。

 でも、それでよいのか。普通名詞を固有名詞のように使うのは間違っているぞ。
 実際に長い記事で、女が女がと何回も悪事の話が出てくると、世の女は全部悪いやつのように読めてくるのである。

 今に日常会話に困ることになるぞ。
「あなたは女らしい方ですね」などと言ったら、「ふん、どうせわたしは悪い女ですわよ」ってひねくれられる。
「この仕事はやっぱり女でなくっちゃ」なんて言ったら、「え、何が悪いのよっ」なんてすごまれる。
 なんてことがこれから起きたらどうしてくれる? 新聞屋は責任とってくれるのか、。

 新聞屋は概して、和語は低級であり、中級は漢語、上級は西洋外来語という言葉遣いランキングで書き分けているらしいと、わたしは感じている。要するに古い古い舶来信仰である。

2009/10/27

194【各地の風景】久しぶりの関西

 10月23日、7:22新横浜発新幹線ひかり号で岡山へ。岡山までならのぞみ号に乗るのが普通だが、3割安くなるジジ割引ではのぞみ号には乗れない。いいのだ、1時間くらい多くかかっても急ぐわけじゃなし、時間あたり運賃は断然安くなるのだ。
 11時半頃、岡山市内にある父母が住んでいた家に着く。隣家の方に挨拶して迷惑をかけている詫びをいい、建具を開けて風を入れ、簡単に掃除をする。
 
 もう15年も空き家のままである。でも基礎も骨組みもしっかりしているらしく、床も天井も屋根も建具の傾きもない。
 この建物は、わたしが45年前に設計した処女作であるから、教科書どおりにまじめに設計したし、大工もその通りに施工したからだろう。
 3時間ほどで切り上げて大阪に向う。そのまえに神戸に途中下車して、今日泊まるホテルにチェックインして荷物を置いて出る.
   ◆◆
18時10分前、大阪の地下鉄本町駅近くのTOTOデザインセンターなる会議室に着く。これから日本建築家協会近畿支部主催の講演会である。
 神戸にいる知人からこの春に連絡が来て、建築家山口文象について講演をしてくれとの依頼、喜んで参上したのである。

 それにしても、いまどき山口文象とは、しかも関西でどれほどの人がこの建築史上の人物となった建築家を知っているのかと、ちょっと不思議にも思った。建築史に興味ある人か特に関係あった人のほかは、今では覚えていないだろう。昔の建築家はどんどん忘れられていく。日本の建築家の地位はそういうものだ。
 それでも30人近くがわたしの話を聞いてくださった。山口文象が創設したRIAの現役社員やらそのOBで、知人も多くいた。

 若い人がいたので、話のはじめに山口文象を知っていますかと聞いてみたら、案の定知らないという。そうであろう、それが普通なのだ。
 講演題名は「建築家・山口文象の軌跡から日本の建築家像と建築保存思想を再考する」と大きく出たが、内容はそれほどのことはない。西に来たからちょっとくだけた話をしたいと思い、いくつかある“文象神話”の裏話を公開した。

 終わってから数名の知人たちと一杯。関西建築家3奇人(いや畸人)のひとり(後は誰かしら)といわれる渡辺豊和さんの、相変わらぬ怪気炎にも出くわして愉快であった。
   ◆◆
 24日10時、新長田駅前集合。今日と明日は「全国路地サミット」なる全国大会があるのだ。路地とサミットとは結びつきがたいがシャレである。今年は神戸大会である。
 
 まちづくりの好きな連中は、路地裏で一杯も大好きであることから始まって、道路を広げるのはやめて、狭い路地を生かした生活空間、遊興空間を守ろうよという運動である。毎年どこかの都市で開催していて、もう6回目くらいだろう。わたしは全部出席している。

 昨夜の会合で一緒だったRIAで先輩の稲地一晃さんが、今日は兵庫建築士会から世話役としてなっており、また出会う。
午前中は新長田駅の南北あたりを歩き回って、震災復興でできた新しい街の面白く無さをあらためて認識し、昔からの商店街や路地の街の面白さを再認識したのであった。

 震災直後に3カ月おきぐらいに定点観測で、長田の町も歩き回っていたことがあるのだが、その当時と今ではまるきり景観が変っていて、どこがどこであったか分からない。ひとつだけわかったのは水笠通公園となっているあたりであった。
 ぺちゃんこになって煙くすぶるケミカルシューズの町工場群と、それを睥睨して建ち並ぶ無事な高層住宅軍の対比が実に生々しい非常時都市風景であったのだが、公園と高層住宅群という日常的都市的風景に変っていた。

 しかし、道路や公園の広いこと、こんなに必要かしら、路地が懐かしい気分になるのは、災害を忘れて平和になった今だからだろう。
 午後から各地の路地の報告会、200人くらいはいただろうか。正統派都市計画と路地保全との対立と調和のあれこれは、なかなかに面白いものである。
 風邪気味なので、夕方に帰宅の途についた。

●参照→震災の記憶と都市風景

2009/10/25

193【世相戯評】味の素からアミノバイタルお詫び広告

 この数年、新聞の社会面の下に「お詫びとお願い」なる広告がよく登場する。20年も前にはめったに無かったような気がする。
 特に、人の口に入れる商品について、その内容偽装とか異物混入とかが多いのは、場合によっては命にかかわるからであろうが、では、20年前にはそんな商品は無かったのだろうか、それともあったけど世の中というか法律が厳しくなかったのか。
 毎日数々のお詫び広告あれども、これまでわたしの持つもの、食ったものが対応したことが一回もなかった。
   ◆◆
昨日(2009年10月23日)の新聞に、


「お詫びと自主回収のお知らせ
 お客様各位
 平素は弊社商品に格別のご愛顧を賜り、厚くお礼申上げます。
 この度、弊社『アミノバイタル』・・・・・」

 え、アミノバイタルだって?、それなら持っているぞって読み続けると、なんとどんぴしゃ回収商品である。おお、オレもつい当ったぞ、宝くじじゃ無いのが、残念。
 味の素なる会社名で、甘味をつける薬品?を「食品衛生法が定める使用基準を上回って配合」したのだそうで、「開封された対象商品については、箱と中身をあわせてお送りください」、そうしたら代金を返してくれるのだそうである。

 ところがわたしの場合、当然のことにいくつかは服用したから中味は減っているし、箱は要らないから捨てた。もともといくつ入っていたのか覚えていないし、何袋服用したかもわからない。手元にある何袋かを送ったものか、さて、どうしようか。

 こんなことも書いてある。
「当該商品をお召し上がりいただいてもお客様の健康に影響はないものと考えております」
 あ、そう、味の素様がそのように「考えております」のならば、そのお考えに従ってこのままこれからも服用しましょう。
 面倒なことはやらないのだ。そちらが金持ってやってきたなら返してやるよ。
 あ、でも待てよ、「健康に影響はない」って言われると、筋肉健康薬として効き目が無いってことなのか???
◆◆
 で、このアミノバイタルをわたしが何に使っているかというと、長距離ウォーキングや野良仕事である。特に米つくりで、真夏の草取りやら秋の稲刈りやらには欠かせない。
 4年前、はじめて田の草取りしたときに、腰が痛くなって数日困ったが、ふと気がついて次の草取りや稲刈りでアミノバイタルを服用したら、楽になったのであった

もともと薬嫌いだし、特に健康薬なるものを馬鹿にしているわたしがアミノバイタルなを知ったのは、友人たちと100キロウォークをやったときであった。
 その一人が味の素会社リタイア男で、アミノバイタルを手放さないのであった。それってドーピングだぞってけなしていたのだが、ある日一服もらって飲んだらその日は筋肉痛が少なかったので、初めて健康薬なるものの効用を知ったのであった。

 妙な甘みがあって嫌になる味だが、その甘味が今回の回収原因物質だろう。それなら甘味よりも辛味にして、そうだ、いっそのこと酒の味にしてくれ、、。

2009/10/22

192【日々の暮らし】日常の買い物と年寄りのボケとは関係ありそうだ

 最近、私が買い物に出かけて食材類を買うことが続いている。
 これまで私の買い物といえば、書籍類と電器関係用品だけであったから、新分野開拓でそれなりに楽しいともいえる。
 もともと店で食品そのものを形や色や珍しさで、しげしげと見ることは好きで、出先で市場の生鮮品売り場でうろうろすることはよくあったが、これは買い物ではなくて単なる見物である。
 特に地方の海産物市場が面白い。あのゴチャゴチャがなんともいえず好きである。そういえば金沢の近江町市場が、最近大改築されたらしいので、どうなったか行ってみたいと思っている。

 近所のマーケットで家計支出として食材を買うことはほとんど無かったから、値段も知らなかったのに、このところ値段のことを気にするようになってきた。
 今は秋刀魚が出盛りらしいが、値段が日により店によってずいぶん違うはなぜだろうか。1尾200円もするのかと思えば、別の店では50円だったり、次の日は98円だったり。鮮度が違うのか、仕入れ市場の差か、それとも店の戦術戦略か。たかが50円で戦略も無いか、、。

 米の値段は、法末集落で米つくりしているから、ちょっとは興味がある。わたしの作る米は新幹線料金と人件費を入れると、原価は一粒あたり幾らと計算することになるから値段のことは考えないのだ。
 近所で売っている南魚沼産コシヒカリは1kgが700円くらいだが、安い米は300円くらいもある。ハサ掛け天然干し米だとて、結構な値段のものもあるから、私の作る米は減農薬ハサ掛けだから売れば700円でも良いのかもしれぬ。

 法末の営農組合から私が毎月送ってもらっている米は、特別栽培米と称する減農薬なので650円である。普通は600円である。
 地理的にはすぐ隣が魚沼産と銘打つことができる小千谷市であるから、実情は魚沼産コシヒカリである。

 毎日買い物しても食材の値段は、高いのか安いのかさっぱり判別できない。
 セルフサービスのマーケットと、商店街の店売りとは、値段がどう違うのだろうか。近所には食材の100円ストアーなんてのもあって、何でも105円である。
 値段はその品質と大いに関係があるが、書籍や電器用品は品質がある程度は経験的にあるいは客観的にわかるのだが、生鮮食品の質はどう判断するのかさっぱりわからない。

 本日は高い買い物したのか、それとも安い買い物して儲かったのか、、?
 毎日こうして品物や値札とにらめっこして考えていると、ボケが停止するだろう。そうか、どちらかと言えば女性のほうがボケないのは、買い物好きだからであったか。

2009/10/16

191【世相戯評】納得いかない高速道路無料

 乗用車に乗って(正確には乗せてもらって)、公共交通機関のない近距離範囲をうろうろと乗り降りするのは便利で良いのだが、遠出の旅で何十、何百kmも長距離を走るのは大嫌いである。
 棺桶みたいなあの狭いところに閉じ込められて、景色はろくに見えず、本は読めないし、運転してくれている人のてまえ居眠りはできないし、ましてや酒も飲めない。腰は痛くなるし、肩はこる。煙草を吸うヤツと同乗したら悲劇である。
 運転してくれる人にいつも恐縮なので、なんとも心詰まりな旅となる。
 すぐそばをビュ~ンとトラックが走ると怖くて怖くて、このまま文字通り棺桶になるおそれは十分にあるし、現実に毎日そのニュースがマスメディアに載る。
 そんな旅のどこが面白いのか。旅は鉄道に限る。
  ◆◆
 で、民主党政権の高速道路走行料金無料政策である。もうこのサイトに何度も書いたような気がするが、気に食わないので何度でも書く。
 今日も今日とて新聞によれば、この無料化のためになんとまあ6千億円もの国家予算をつぎ込むのだそうだ。とりあえず社会実験用の金で、本格的になれば更に厖大となる。
 そのなかには超少額ながらもわたしが納めた税金も入っているのが、なんとも腹立たしい。
 それを無料にするなら、なぜ鉄道料金も無料にしないのか、不公平きわまる。
 長距離輸送料金を税負担として個別利用者負担にしない国家政策ならば、鉄道のほうが利用者の数が断然多いから、鉄道料金無料化のほうがはるかに政策効果が高いはずだ。
 誰もがおかしいと思うのが普通だろう。
  ◆◆    
 一般に、有料の施設と無料の施設とでは利用者の使い方に差が出て、無料の施設は汚され壊されやすいものとなる。無料高速道路はゴミと落書きだらけになるでしょうな。
 犯罪も高速道路利用が便利なところで発生しやすいという。犯人は逃げやすくなるのだ。タダになれば無チェックで走れるから、なおさら犯罪促進だろう。
 ただになったらあちこちに出入り口ができて、そのあたりに怪しげな店やら遊び場やら広告やらが立ち並び、日本の風景はドンドン悪化するに違いない。だって、民主党の公約に、高速道路出入り口あたりをどんどん開発するって、長妻ナントカさんが動画でそうしゃべってるんだもの。参照→167時代遅れの民主党公約
 ところで、高速道路の無料化って、そんなにありがたいものなんですか? だって、今の休日千円って、いつもなら高い料金なのに休日だけは千円だってところに魅力があるんでしょ? 毎日どこでもタダなら、何のありがたみも無いでしょうに、、。

2009/10/14

190【世相戯評】税金振り込みスギ事件

 鎌倉市から、「過誤納金還付通知書等の送付について」と変な題名の書類が手紙で来た。
 なんと家屋の固定資産税を、計算間違いで取りすぎていたので返してやるから、「市税過誤納金・返還金振替依頼書」を送れ、そうしたら金を振り込んでやる、というのである。

 なんでも、毎年の家屋の評価替えで、25年経過したら当初評価額の20パーセントの下限値になり、以後は建築物価変動割合を乗じて評価し、それを元に固定資産税をかけるのであるが、1998年以来変動割合が下落していたのに、それを計算に入れないままであったのだそうだ。だから税金を取りすぎたことになったのだ。
 鎌倉市でそれに最近気がついたらしく、取り過ぎ分を返すというのである。

 わたしの家の場合は、1978年新築から2002年に25年経って下限値となり、以後2003年度から2008年度まで6年分が、税金の取られ過ぎである。
 沢山ある書類のなかに、2003年度と04年度分の取り過ぎ分は、地方税法で時効となってしまって「還付不能となりますので過誤納金相当額を支払います」と書いてある。
 つまり、「間違って取ったけどけど、実は法律ではもう返せない、でもここは特別にそれと同じ額を払ってやる」ってことらしい。
 小さな木造の家だからたいした額ではないが、利子がつかないのはどうしてだろうか。

     ◆◆

 鎌倉市全体での件数や金額がどれくらいか知らないが、この還付手続きのために結構な費用がかかっているだろう。こういう責任は誰がとるのだろうか。
 役所言葉で気に食わないのは、「過誤納金」である。これでは納めたこちらに過誤があるみたいだ。ここは「過誤徴収金」と書くのが正しい日本語であろう。

 笑ったのは、書類の一番下に「振り込め詐欺、還付金詐欺にご注意を、市役所から電話で銀行ATMの操作を依頼するようなことは一切ありません」と書いてあることだ。
 この税金取り過ぎ事件そのものが、市役所が犯人の振り込め詐欺事件だった(振り込み過ぎ事件か)、みたいであるよなあ、、。

2009/10/09

189【建築家・山口文象】町田市博物館37年目の訪問

 今から37年前に竣工した町田市博物館をはじめて訪問した。その建物の設計者は山口文象である。
 40年前、わたしは山口が社長のRIAに所属していて、その博物館の設計を山口のデザインの指示に従って忠実に実施設計図面にする作業を、新入り間もない若手の二人とやったのであった。その若手のひとりは後に三代目の社長となった。

 実は、わたしは実施図面は描いたが、現場に行ったことが一度もなかったのである。
 歳とってくると、“思いついたらすぐやる主義”になって(つまりぐずぐずしていると人生の機会を逃すのだ)、これもそのひとつで、行ってきたのだ。
 図面と竣功写真を見ているから、現場のスケール観に違和感はなかったし、さすが山口の建築はプロポーションが良い。

 ところどころヘンに不恰好なところがあるので、よく見ると後に付け足したり、修理したところである。
 例えば入り口の大きな庇の軒先に、大きな箱型の雨樋を回しているのだが、実に不恰好きわまる。
 わたしの記憶では、屋根を下ってくる雨は軒先の手前で屋根に溝をつけて樋にしていたのだが、その溝の先にもいくぶんか屋根があるので、そこの雨が軒先に直接落ちてくるのを増設雨樋で受けるようにしたらしい。軒先をシャープにしたかったのだが、ちょっとわたしの細部設計が甘かったか。

 大きな変化は、壁面や軒裏のほとんどがコンクリート打ち放しにしていたのに、改修で全部に白い塗装が吹きつけてあるのだ。これで全体にシャープさがうすれて甘い感じなった。説明をしてくれた若い館員も、そう感じていると言っていた。

 開館当初は町田郷土資料館といっていたが、今は町田市博物館となっている。郷土資料館系の出土品等は一部を管理しているが、とてもここだけでは不可能なほど大量にあるのだそうで、別に資料庫を作っているとのこと。

 これは山口文象の晩年の作品であり、わたしの思うに、RIAにおける山口文象が直接手を下した最後の作品であろう。
 晩年の山口文象作品は、大屋根がいつも基本モチーフとなっている。岡崎市にある是の寺はその典型例であり、京都岩倉にある平安教会もそうである。
 町田市博物館の大屋根は、すぐそばの史跡公園にある復元した縄文時代住居の茅葺大屋根と呼応しているかに見える。
 実は戦中に設計した山口自邸は大屋根である。 

参照山口文象+初期RIAアーカイブス
https://sites.google.com/site/dateyg/bunzo-archives-1

2009/10/04

188【言葉の酔時記】女子、女性、女流

 女のテニス選手やゴルファーの誰やらが引退したとか優勝したとかニュースである。それが誰でも一向に興味はないのだが、気になるのは、どうして女のスポーツプレイヤーは「女子」なんだろうか。なぜ、女流とか女性とか言わないのか。

 女の小説家を女流作家というが、女子作家とは言わない。ついでに、作家というと小説家を意味するのも不思議である。美術作家も建築作家もいるのに。
 女の歌人や俳人は女流かな、能役者も女流能楽師か、古典的な代物は女流というのかもなあ、いや、娘浄瑠璃とか女義太夫と言うなあ、わからん、漫画家やイラストレーターはどうなんだろうか。
 女流建築家ということもあるような気がするが、女性建築家というほうが普通かもしれない。UIFAという国際組織があるが、この日本支部は、国際女性建築家会議という。

 女子アナと電車の吊り下げ週刊誌広告に書いてあるのは何のことかと思ったら、女のアナウンサーのことらしい。なんで女性アナ、女流アナでないのか。
 囲碁将棋では、女子棋士ではなくて女流棋士とか言ったような。スポーツは女子でゲームは女流かしら。
 女子社員なんていうが、女流社員とは言わないなあ。帰国子女って、あれはなんだろうね。

 なんとなく女子→女性→女流の順で、格が上になっていくような感がある。ついでに、新聞では、女とあれば悪いやつで、悪くないのは女性と書くのも不思議である。
 ところで、男子、男性とは言うが、男流とは言わないのはどうしてだろうか。男流作家とか男流棋士とか言ってもよさそうなのに。

 芸人的世界では男は当たり前なので、わざわざ言う必要がないということかしら、でもそうかなあ、今や小説書きは女の方が多いかも、。多いほうに短称優先権があるなら、そのうちに作家とは女のことで、男は男流作家というようになるかもしれない。

 俳優のみが男優と女優と両方を区別するのは、映画や演劇では男女同じ数だけ俳優は必要だからか。それなら、なおさら分けて言う必要もなさそうだが。
 そういえば、病院ではちょっとまえまでは看護婦がいた。それがいまは看護師に統一されたということは、そのまえは男子看護婦とか看護夫と言っていたのだろうか。

2009/10/01

187【世相戯評】民主党の居住・住宅政策は?

 9月から国交省に民主党の大臣が座って、ダムやら道路やらちょっと目先の派手な話題ばかりだが、もっとも基本的な居住政策については、なにか変えてくれるのだろうか。
 日本では55年体制の自民党政権下では、基本的人権としての社会政策であるべき居住政策が存在しなくて、住宅政策という経済政策で住むところをつくってきたのである。

 居住政策は持ち家建設促進政策という経済政策であって、ちょっと景気が悪くなるとローン優遇なる借金政策を進めるのである。借金で持ち家にしないと、屋根の下に暮らせない政策なのである。
 その結果は、日本人の家庭はどこでも大借金返済を数十年もかけて、ほかの生活費を犠牲にして暮らしているのである。

 生存権という基本的人権のひとつの居住の場を、借金で買い取らなければならないという奇妙なことが、先進国といわれる日本では起きている。
 だから、今の100年に一度のような不況が来ると、目に見えてその矛盾があらわれて、住宅戸数は統計上では十分に足りているのに、借金が返せなくなって住宅が無い人が出てくるのである。

 では借家に入ればよいはずだが、日本では借家には全くといってよいほど促進政策がないのである。だから狭くて環境の悪い高家賃の賃貸借住宅しか、一般向けには無いのである。
 低家賃の公営賃貸借住宅はもうほとんど建設をしないから、なかなか入れない。公社や都市機構(UR)のような公的賃貸住宅も新規建設をやめて、しかも現在の賃貸住宅の家賃を民間なみに高額にしているのである。
 全くこの国は、人間の居住権という基本的なところに政策が欠けていることおびただしい。

   ◆◆◆

 そして今日(2009.9.30)の朝日新聞には、賃貸借住宅の家賃滞納者のブラックリストを作って、その者の入居を排除するシステムを共有する家賃保証会社の団体ができるとある。
 ちょっとでも滞納すると業界に知れわたって、家を借りることができなくなるのだそうだ。なんだかサラ金みたいである。
 そんなことをすると社会的にまずい、という家賃保証業界の同業者もいるし、弱者救済活動をしている人は反対を表明している。

「連帯保証人を見つけられない低所得者が増えたうえ、滞納を避けたい家主側の需要もあり、(家賃保証)業界は急成長。国土交通省によると全国で約70社。民間賃貸契約の約4割にかかわっているとのデータもある。民間信用調査会社の調べでは把握できる29社の売り上げは08年は約218億円で、2年前の2倍以上に達した」(asahi.com 2009年8月15日) 

 このように強気の業界状況からわかることは、家賃保証業界が成り立つほどに日本の賃貸借住宅市場において家賃滞納ケースが多くなってきていることと、賃貸借住宅業界はあいかわらず貸す方が借りるほうよりも強い立場を堅持しているということである。
 家賃滞納で借家を追い出されて、別の貸家を借りようにもブラックリストに載っているので入居を断られ、行くところがなくて野宿者になる人が、これからどんどんでてくるのだろうか。

 悲惨なアジア・太平洋戦争が終わって既に64年、衣食住のうち衣と食は戦後復興したが、住はいまだに戦後復興から置き去りなのである。
 居住政策を経済政策担当の国交省ではなく、社会政策担当の厚生労働省の所管にしてはどうか。トンカチ屋ばかりの国交省には社会政策は無理である。
 民主党さんよ、社民党と共にご努力いただき、賃貸借住宅促進策を展開していただくことを期待している。(090930)