2015/02/12

1056【京の名刹重文襖絵の謎】(2)天皇のお姫様の御殿を探して江戸初期の御所に分け入る

 【京の名刹重文襖絵の謎】(1)から続き 

 さて、法然院の方丈について登場する人物、建物、襖絵についての謎を、どうかんがえようか。
 ここからは建築史を勉強している(正確には、いた)わたしの研究論文によって話を進める。と偉そうにいっても、実は研究室の教授、助手、先輩たちの手とり足とり指導の結果であるし、ここに書くための素人にわか勉強もあることも白状しておく。
       法然院方丈 (平井聖氏撮影1960年
天皇家のお姫様なんて、江戸時代はどこに住んでたのかなあ。公家住宅の歴史を研究しているのだから、皇女の御殿のありかを探ることから始める。
 後西天皇(1638~85年、在位1654~63年)には、わかっているだけで第16皇女、第10皇子までもいたそうだ。女御との間には1男1女、その女御から1654年に生まれた第一皇女は八百姫と言い、誠子内親王とも清浄観院宮ともよばれた。1686年に没した。この八百姫というお姫様に狙いをつけよう。
 法然院方丈の前身が、後西天皇の皇女八百姫の御殿なら、どんなに早くても、彼女が生れた1654年以後に建ったはずで、法然院サイトにある1595年は無理である。

 そしてその御殿が法然院に移築されたとすれば、当然のことながら、それが不要になったからだろう。つまり、いつか分からないが八百姫が御所から出ていったか、あるいは1686年に没した以後のことだろう。
 後西天皇が退位した1653年に八百姫はまだ9歳だから、その御殿は天皇の住む内裏のなかではなくて、退位後に上皇となって住む仙洞御所にあっただろう。その後西院御所の中を探そう。

 後西院御所は、退位の1663年に内裏の南側に建てられた(寛永度造営)。しかし10年後の1673年に焼失した。またすぐに1675年に再建され(延宝度造営)たが、その10年後の1685年に後西院が没した。
 そしてこの延宝度の後西院御所は取り壊され、各所寺院に移築されたことが各寺伝や学者によって既に分かっている。例えば京都山科の勧修寺とか、さらにそこから移築された伏見の大善寺などである。
 このときに八百姫の御殿も法然院に移築したと推測して、その延宝度後西院御所の中に、八百姫の御殿があるかどうか探すことにする。

 宮内庁書陵部には、当時の何回も建て替えられた御所の設計図を数多く所蔵している。そのなかに後西院御所の延宝度の図面(指図、1674年)もある。
 皇女の御殿は「姫宮御殿」と指図には記されるので、それをこの図の中に探すと、あった。
 姫宮の名は書いてないが、女御御殿に接しているので、内親王のうちで女御の唯一の娘である八百姫の御殿と考えてよいだろう。

 その平面図をコピーしたものがこれである。元の図は1間を4分に縮尺(1/150)して書いている。木造建築だから基本は1間(6尺5寸、約2m)をベースにしているから規模は分かる。

 実は八百姫はこの御殿で没していたことが分かった。古図の中に「女御御殿方取抜」と註をつけたもの(「新院御所 院女御御指図)があり、薨去の後に女御御殿が姫宮御殿も含めて取り壊されたことを示している。
 その時期は分からないが、薨去の1686年からそう遠くない時期であるだろうし、それが法然院へ移築されたなら、法然院の公式サイトにある1687年が符合する。

 頭がこんがらかってきたので、年代順に整理する。
1595年 後西天皇の皇女の御殿が建った(法然院サイト)
1608年 狩野光信没
1638年 後西天皇誕生
1654年 後西天皇即位、第1皇女の八百姫誕生
1663年 後西天皇退位して後西院上皇、後西院御所を造営して姫宮御所も建設
1673年 後西院御所が焼失
1675年 後西院御所を再建して姫宮御所も建設
1685年 後西院上皇没
1686年 八百姫没
1687年 後西天皇の皇女の御殿を法然院に移築して方丈にした(法然院サイト)

 この姫宮御殿が法然院の方丈に移築されたのなら、平面的に類似しているに違いない。法然院方丈の現況平面図はこれである。これは1960年夏の実測調査をもとに、わたしがトレーシングペーパーに鉛筆で描いた懐かしい図面である。
 部屋にはすべて畳が敷いてあるから、広さの見当がつくだろう。周りはぐるりと縁側が巡っている。上の間には床の間と違い棚があり、ここと次の間には狩野光信の襖絵と障壁画がある。

 さてこの二つの図のどこが類似しているか。
 ねらいはどちらの図面でも、最も中心的な部屋のあたりの間取りである。中心的とは床の間があり違い棚があり、襖や壁に絵が描かれているあたりだ。移築の時に必要な間取りに変えることは多いが、格式を重んずる部屋のあたりは移築の時もあまり変えないで建てるものである。
 よーく睨んで、それを読み解く作業をこれからやるのだ。(つづく)




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