2015/03/18

1069【終活ゴッコ】たくさん溜まった年賀状と名刺を捨てる作業をしたら意外に面白かった

 ここ数年は、知人との音信は電子メールシステムばかり使っているから、郵便による紙情報がやってくることは少なくなった。ときにはface bakaが通信手段になる。
 特に仕事をやめてからは、郵送でやってくる紙は、150枚くらいの年賀状が9割以上を占めている感じである。

 仕事をしている頃は、年賀状が300枚くらいは来たし、こちらも250枚くらいは出していた。わたしはフリーランスなので仕事を徐々にやめていったのだが、それにつれて出す枚数を絞っていった。
 更に2009年からは年賀状を出すのをやめて、2月頃に寒中見舞いにしたら、来る年賀状も150枚くらいに減った。寒中見舞いにしたのは、喪中の葉書をいただいた方にも挨拶できるからである。
 今年の寒中見舞いは85枚にした。これからも年ごとに次第に減っていくだろうから、これはもう立派な「終活ゴッコ」である。

 最近7年分のいただいた年賀状を、なんとなく保存していた。これを捨てることにした。まずは一枚一枚の住所等を、PCに保存してある住所録と照合して、必要な訂正をした。
 3年ぶりくらいに住所録整理をしたら、削除する名前もたくさんあった。死亡者である。こういうのをまとめて削除するのは、あまり気分がよくないものと知った。
 そして全部の年賀はがきを、ビリビリと破ってゴミ袋にすてた。なにしろ1000枚以上はあるだろうから、紙質が良いのでけっこう力が要って、手が痛くなってしまった。
1000枚以上ビリビリ破くと手が痛くなった

 それを終えて、そうだ、ついでに名刺も溜まっているから、この際にこれも整理しようと、終活モード全開になってきた。
 名刺の数は、いっときは、5~6000枚はあったかもしれない。これままでに整理をときどきやってきているから、今ではたぶん1000枚くらいだろう。

仕事をやめてからは、名刺を出すことがどんどん減って、いまではめったに出すことももらうこともない。会合で多くの人に出会っても、積極的にそうするべき気分にならないからだ。時には、人さまからいただいても、「ごめんなさい、いま、名刺を持ち合わせてないので」と、こちらが出さないこともある。

 年賀状は一応、今年の分だけ一枚一枚点検してあとは見ないで捨てたが、名刺については、最近のものを中心に100枚ほどに絞って、あとはざっと見て捨てた。
名刺整理箱に100枚ほど残した
ざっと見ていると面白かった。同じ名前の人の名刺が何枚もあるのは、その人が肩書が変るごとに下さったのであろう。あるいは、お会いしたことを忘れて、何度も名刺交換したのだろう。
 昔の名刺は、黒文字で縦書きがほとんどだったが、次第に横書きになり、色刷りになり、写真が入ってくる。
 わたしは90年代から、外から支給される場合は別として、自分の名刺はすべて自分で、PCとプリンターで作ってきた。だから、気分でしょっちゅうデザインを変えている。

名刺を繰っていると、懐かしい人々の名前が何度も登場して、この方はこうだった、この方とはああだったとか、あれこれと人柄とその前後の状況を思い出すのだった。
 わたしはいただいた名刺に、その日付と場所、紹介者などを書き込んでいるから、もしも自伝を書くならこの名刺がある役立つだろう。
 名刺のデジタル化は本よりも簡単だから、やろうかとふと思ったが、まあ、もういいやと、思いきって捨てたのである。デジタル化は、スライドフィルムだけでいまは手いっぱいである。

 わたし自身の昔からの名刺も何枚も出てきた。最も古い名刺には、1965年と書き込みがある。東京の地名になっているから、その頃に東京に転勤したのだろうか。
もっとほかの重要肩書名刺もあったような、、左上が最古、右下が最新
その後、何回も肩書が代わり、新たな肩書が加わり、あるいは別の肩書の名刺も並行して持ったり、その上に仕事場も自宅も何度も引っ越しをして住所が変り、その都度に仕事用と私用の2種の名刺をつくっていたから、いったい何種類の名刺を使ったか、いまでは思い出せないほどの数であった。

 最近は名刺を使うことがほとんどなくなったので、それはそれでなんだかサミシイ。まあ、名刺を使うことがなくなるということは、「終活ゴッコ」が順調に進行しているということであろう。
 

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