老酔録という名のブログにふさわしい超高齢者イベントの話である。趣味の能楽鑑賞にいてきた(2026年5月3日)。能楽が老酔録にふさわしい趣味というのではなく、私自身も含めて、そこでの登場人物たちのことである。
まずはこの日の能舞台に登場した名優たちの名と年齢を書く。歌人・馬場あき子・98歳、狂言師・山本東次郎・88歳、能役者・友枝明世・85歳、合わせて271歳である。それぞれの役割は、解説役、狂言「花子」シテ、能「喜界島」シテであった。
馬場さんを能舞台上で見るのはコロナ前の横浜能楽堂で何度かあったが、久しぶりに見てもほとんど変わりがなかった。幕間にホワイエに出てきて、知り合いとおしゃべりされる姿も、変わりなかった。数年前に朝日歌壇の選者をやめてから、どうなさっておられるか気になっていた。歌人こそスーパーウーマンだ。
かくいうわたしは、舞台の東次郎さんと生年月日が同じ(1937/05/05)という奇遇であるが、馬場さんにはかなわない。友枝・山本お二人はプロ舞台活動家だから動きがビシッとしてとしていてあたりまえだが、馬場さんもそうだからこちらが襟を正す思いだった。
この能楽講演を観に行った目的の半分以上は、これらの3名人たちを実際の舞台上で観るということだった。実のところ、3か月前にチケットを買って当日までに、わたしもいれて超高齢者4人のうちの誰が欠けてもおかしくないとひそかに危惧もした。杞憂だった。
●狂言「花子」と能「喜界島」
さて、肝心の舞台のことを書こう。
馬場あき子の解説は、これまで横浜能楽堂で何度か聞いたが、今回のそれはホール公演だからだろうか、能初見者にもわかるような話しぶりだった。演能の後に3人の対談が舞台上で行われた。。東次郎さんと馬場さんは多く語り、友枝さんは少なかった。面白かった。
狂言「花子」(はなご)を見るのは初めてと思っていたが、途中でいつか見たことあると気が付いた。狂言の演目の中では大曲とされて、めったに上演されないそうだ。こんなたわいもない話がなぜ大曲なのか?、男女間の機微についてのシテの語り謡い演技であろう。
わたしには演技評価する能力はない。ただ、この演目は大蔵流山本家の剛直さを基本とする演技に向いているのだろうかと思う。いやいや、剛直さの中にこの軟弱そのものの内容を表現することで、その落差を楽しむのだろう。でも、東次郎の演技でそれは叶わなかった。いずれ和泉流あるいは歌舞伎舞踊「身代わり座禅」でも見たいと思う。
| 麻生市民館ホール舞台に設けた仮設能舞台 舞台奥行きが2間半で、通常よりも1間分足りないし、橋掛かりも短すぎる |
喜多流の能「喜界島」は、同じストーリーだが観世流では「俊寛」という。詞章は若干異なるところもある。演出も若干違う。観世流俊寛は、3月に川崎能楽堂で観たので、ここに書いている。
観世と喜多の両流派感に出で演出の違いで目に付いたのは、最後あたりに赦免船が俊寛を陸に残して出て行くところで、船と陸を結ぶ艫綱を伐る場面である。ここは俊寛が孤島に孤独な身を置かねばならぬと決定するかなり重要な場面である。
この場面で観世流では実際に橋掛かりの船から太い縄を出して、陸の舞台とつなぐ艫綱を表現する。出航する船の艫綱にすがる俊寛を、赦免使が綱を切断して置き去りにする。俊寛はわずかな希望も断ち切られて立ち尽くす。喜多流では実物の綱は登場しなかたが、もちろんその綱があるものとして、切断の演技する。
ずっと前にどこかで見た「俊寛」では、綱の現物を見た記憶がある。綱の現物の有無でどう違うだろうか。そこで思い出すのは、能「隅田川」で子方を出すか出さないかという演出のことである。同じようなことだろうか。
現物の綱がある方が迫力あるが、綱の自在に曲がる形が、抽象化された舞台上ではリアル過ぎるようにも、前回の俊寛を見ているときに思ったものだった。3人のアフタートークでも、綱のあるなしが話題になっていた。
橋掛かりが短か過ぎて、最後の場面での船と陸の間が次第に遠く離れて、俊寛の孤独を生み出すべき空間が足りないのだった。やはりこれは本物の能楽堂で演じるべき曲であろうと思った。
| ホール内は階段客席ばかりで、杖付き老衰年寄りには昇り降りが怖い |
●バリアーフルな便所と見所
さて、最後に老酔録にふさわしく、劇場のバリアフリー状況を書く。そう、よれよれ老人の劇場での苦労話である。小田急の新百合丘駅から、劇場までのルートは、杖付き老人には何とか円滑だった。問題は劇場建築の内部である。
席に着く前に小便所に行く。ホワイエから地下へ半階分の階段を歩いて上下しなければならない。休憩時間にホワイエの中に長い行列があり、最後尾に「ここが末尾です」とのプラカードを掲げる人がいる。何事?と列の先をみれば女性便所バリアーだ。
さてホール内に入れば、約1000席全部が階段客席、客席間通路階段には手すりが無いのは常識で、よろよろと杖に頼って昇り降りする。しかもこの階段は座席寸法上の制約だろうか、踏み幅と高さが交互に異なるので油断ならなくて怖い。
そんなよろよろ老人はほかにも多いので、なんだか安心するような、逆に余計に腹が立つような。座席の一部に縦型の掴まり棒を取り付けてあるところがあった。初めて見たが、これは良い。だがほんの一部のみだったので、これを階段通路座席全部に取り付けてほしい。
古い設計のホールだからだろうが、バリアフルな施設だった。
(2025/05/04記)
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