今日は2011年の今日に起きた東日本大核災記念日である。そう、それは一般に東日本大震災記念日と言われる日である。
確かに巨大な地震津波災害が発生した日であったが、それがこれまで日本列島に何回も起きたそれらと大きく異なるのは、核発電所が核毒を後半に振り撒き散らして、住民たちを殺し、土地を使えないものとしたことである。
そしてまた、地震災害は自然が起因するのに対して、核災害は人間に起因しているところが、おおいにこれまでと異なる災害であることだ。核災害に対する防災や減災方法はもちろん、そこから回復する方法について、わたしたちは全くと言ってよいほどに無知極まるものであることが暴露された。
現にあれから十五年後の今も、地震動や津波による災害からの復興はそれなりに目に見えて侵攻してきたが、核災害についてはほとんど何もできていないと同然と言ってよいだろう。日本が世界を相手に戦い敗れた戦争を「十五年戦争」と呼ぶこともある。1931年から1945年までの間を言うのだが、いまや15年たっても終わらない戦いを、わたしたちは進めているのだろうか。
わたしは、この巨大地震発生の日から、ブログ【災害日本オロオロ日録】(地震津波核毒原発列島-20110311東日本~20240101能登半島へ)を、つらつらと書き連ねてきている。
久し振りにこれを読み返そうとしたが、あまりの多くのことを書いていて、2011年分を読んで疲れてしまったが、われながら面白かった。
われながらよく書いている。政治家や専門家たちの右往左往、ジャーナリズムのオロオロ、戦争と震災の歴史探訪、核毒被災現地紀行、小さなボランティア活動などなど、ほとんど被災地への助けにはならないことだが、考えさせられることであったと、今さらに思うのである。
じつは、2011年から14年までのそれら記録を編集して、次のようは4冊の冊子にしているのだ。まちもり叢書とは、わたしが趣味でやっているDTPである。
これからゆっくりと読み直してみようかな、あの大事件が起きた頃にあれこれ考えたことと、それが今どのようになっているか、比較して考えてみることにしよう。
そろそろ人生を終える頃になって起きたこの大事件(参照→ブログ記事)、そしてこの事件の後に起きたコロナパンデミックとウクライナ戦争という大事件(参照→ブログ記事)、されに起きつつあるトランプ戦争(さすがにまだほんの少しだけ)、いやはや忙しいことである。
ヒマな年寄りのヒマツブシになるのはありがたいが、わが身にその災害が及ぶ前に、絶対的安全圏の「あの世」に避難しなければなるまい。有難迷惑にも世界三大疫病神兼祟り神がわが肩を押してくれている。
(2026/03/11記)
ー関連ページー
災害日本オロオロ日録
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