2009/05/18

129【父の十五年戦争】戦場は実は人糞の臭いに満ち満ちているらしい

 父の戦争日誌を解読するべく、日中戦争を勉強している。
 児島襄『日中戦争vol.3』に、1937年12月の例の南京大虐殺に至る南京城攻略戦に、「糞攻め」なる話(180ページ)があり、興味を持ったので引用する。

『日本軍が難儀したのは、以上の事情のほかに、もうひとつ、いわゆる“糞攻め”なる環境があった。
 第六師団と第百十四師団が攻める雨花台は、中国軍第五十一、第五十八、第八十八師が守備するが、約四万人をこえる中国兵の排泄作用のおかげで、その陣内、陣外は糞便におおわれている。
 敵弾をさけて伏せれば鼻先に「糞の山」、鉄条網めがけてほふくしようとすれば、それは“糞海”を泳ぎわたるにひとしい。
 しかし、といって、立って歩けば間違いなく敵弾にみまわれる。
「ええ、没法子(メーファーズ)」
 やむを得ぬ、と、ほふくをつづければ鉄帽から靴の先まで“糞まみれ”になる。(以下略)』

 これは、ある兵隊の述懐をもとに書いてあるのだが、日本兵も中国兵もそれは同じであったろう。
 別のところには、屍の腐臭と糞尿臭とが入り混じった猛烈な臭いが戦場にたちこめて舞い上がり、補給物資投下に来る飛行機の操縦士たちも嗅いだことを書いている。
 通信兵だった父の1933年の日誌に、争奪戦闘中の最前線の長城に通信電線を附設する記述があるから、あるいは糞まみれ経験があったかもしれないが、それは日誌に書いてない。
 これまで気がつかなかったが、考えると大昔から戦場は糞だらけであったはずだ。だから伝染病も蔓延しただろう。
 いま思い出したむかしむかし読んだ糞攻め話、楠正成の守る千早城に攻め登りくる敵兵に、糞尿を煮え立たたせて上から浴びせて防いだ、、、さぞや臭くて熱くて、、、ウ~ップ、。

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