東北の震災復興計画に関する報告の会合が大学であり、現地の様子を聞きたくて出てみた。
わたしは地震津波原発被災にも復興計画にも、これまでなんの関わりないので、復興計画の中身と問題を新鮮に聞いた。
ある都市計画家の報告で、自治体ごとに立案している復興計画を並べてみると、それらの行政区域の境界あたりで、津波防御の計画が不自然につながらないところがあるという。
復興計画には防潮堤や高く盛り土した道路などが、海岸線に平行して2重にも3重にも線を描いているが、それらが行政境界に来るとつながらなかったり、不自然に曲がったり、あいまいに消えたりしている。
津波を防御する対策が行政境界で食い違うと、そこから津波が内陸に入ってくることになる。
これらの計画の相互調整はどうなっているのだろうか。
計画立案はどこも委員会によっていて、学者、専門家、行政マンたちが委員である。
各自治体の復興計画の委員名簿を見ると、かなり重複している学者たちがいる。その人たちは、担当する復興計画相互の調整を考えなかったのだろうか。
コンサルタントが作業をやっているはずだが、それらも相互調整することはないのだろうか。
今後あるいは現在、それらの調整が行われることを期待しよう。
被災の現地から参加した市民の話も聞いた。
ある被災市での復興計画委員会(上のそれとは違って地域のものらしいが)に、公募市民委員として入った人は、その委員会の役割について行政から、こう言われたという。
この委員会は、上級官庁が策定して降りてくる計画に、賛成か反対かを言うだけで、提案は一切受け付けない。
そんなことが現地ではあるらしい。
現実はそうは行かなくて、議論百出だったそうだ。当たりまえであるが、決定権はどうなるのだろうか。
また別の市民の話。
津波が押し寄せるのを防ぐ道路などは、かなりがっちりしたそれこそ水ももらさないものになるのだろう。
逆にそれを現状から見ると、地盤沈下して海水が引かないところにそのようなものができると、なおさら海水が引かないことになる。そこでは膨大な地域の嵩上げが必要になるが、現実的なのか。
ところで、津波防御の考え方には、数十年から数百年に1回おきる津波(レベル1)への対応と、5百年から千年に1回おきる津波(レベル2)への対応が、あるそうだ。
わたしにはそれらの違いがよくわからないが、去年の津波は「レベル2」だったそうだ。
ということは、これから先、5百~千年はあのような津波はやってこないということなんだろうか。素人はそう思ってしまうが、違うのだろうか。
1995年に阪神淡路大震災が起きたときに、わたしは思ったものだ、これから数百年は地震に日本一安全な都市は神戸だ、と。
人間は5年先さえも見通せないのに、数百年、千年先となると、どうでもよいと思うものだろう。
「津波と村」(山口弥一郎著)を読めば、それが人間には当たり前のように思う。
http://datey.blogspot.com/2012/02/588.html
千年の超未来へのまなざしが必要なことなのか、今日・明日の命こそが重要なことか、そもそもそのような比較は成り立たないことなのか、復興計画はまったくもって難しいことのようだ。
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