2021/08/20

1583【もの言わぬアスリート】コロナ来てオリンピック来て豪雨来て泣き面を刺すパラリンピック

横浜都心部のオリンピック会場

●オリパラとコロナ感染

 緊急事態措置適用下にある東京なのに、数万人も人集めるオリンピックをやってしまった。何ともなかったはずがない。
 NHKNEWSWEB(8月20日)によると、組織委員会が7月1日から発表している国内と海外を合わせたオリパラ関係の感染者の累計は、オリンピック関連が546人、パラリンピック関連が86人の合わせて632人になっているという。

 普通ならそれが当然に発生しないはずの感染者であり、東京など開催地の医療の余計な負担をかけていることになる。例のバブルの中にコロナ対応病院があるはずもなかろう。
 江川紹子さんのレポートに、墨田区のワクチン接種作戦の成功ドキュメントがあるが、区内の大きな施設はほとんどがオリンピックのために確保されていて、集団接種会場の確保に支障があったと区の担当者の言として書かれている。
 東京都での感染者数は、オリンピック開催中の7日間の平均は、閉幕した8日時点で開幕した先月23日の2.9倍になった。

 先日、IPCパーソンズ会長の談としてこんな報道がある(8月19日TBSNEWS)。
 「東京の感染者数が悪化しても、パラリンピックは安全に開催できます。なぜなら、私たちはパラリンピックのバブルのなかと、その外側の社会で起きたことの間には相関関係が無いと確信しているからです」
 パラリンピックさえよければ、その外との地域社会がどうであろうと知ったことではないなんて、あるまじき発言である。あ他mがおかしい。もしも会長発言とおりならば、パラリンピックは医療関係者を外国から連れてきているから、日本の医療体制に影響しないのだろう、立派過ぎる態度である、ふ~ん、えらいもんだ。

 さて、それでもパラリンピックを22日から無観客で強行開催するそうだ。専門家からも多くの人たちからも開催反対の声が高い。
 もっとも主催者の東京都知事や組織委員会関係者や総理大臣たちは、安全安心な開催を行うと言い張っている。学校生徒たちだけにはこの見世物を見物させようとまで考えているそうだから、なんだか勇気のある人たちだなあと感心している。

●もの言わぬアスリートたち

 わたしはもともとTVを見ないし、その上に見世物スポーツ嫌いだから、当然なことにオリンピック競技を全く見なかった。とはいっても、新聞報道もラジオニュースもスポーツ報道に大きく時間とスペースを割いているから、いやでもオリンピックについて目と耳に入る。同時にそれ以上にコロナに関する報道が目と耳に入る。

 その状況に開催数日前から気が付いたのだが、次第に不思議な気持ちになったのは、スポーツニュースという分野では、競技と競技者の競技に関することしか登場しない。いっぽう一般ニュースでは、コロナ禍の中でのオリンピック開催可否の問題が次第に登場してきた。反対論も出て来た。

 ところが不思議なことにスポーツニュースにはコロナは全く登場しないのである。よその国で競技しているのと変わりない。わたしが特に不思議と思ったのは、オリンピックの主役であるとされる競技者たちのコロナに関する発言が全く登場しないことである。
 これだけ社会問題になっているのに、アスリートときたら何にも知らなくて、ただただ飛んだり跳ねたり勝ったり負けたりのニュースばかりである。何も発言しないというのは、あまりにおバカさん過ぎる

 当然に思うのは、運動部の世界ではファシズム的全体主義的統率があり、うっかりコロナ問題と絡めて発言すると、競技禁止をくらうのだろうか、怖い世界だ。そして報道屋もそういう取材を避けるのだろうか、こちらも全体主義に染まっているのだろう。アスリートだけがバカではなくてスポーツジャーナリズム全体がそうだというのも、怖い。

 これからパラリンピックに向かうらしいが、そちらも同じことに違いない。ぱらりぴっく競技者の声を見聞きしたことが無いし、これからも期待薄である。オリンピック時よりも、コロナ禍は一層ひどくなっているのだが、それでも気にしないのか。

 オリンピックもパラリンピックも、リーダー層はもちろんだが、選手層も同じように考えているから、発言しないのだろう。どうもスポーツ世界、特に見世物スポーツの世界を好きになれない、ますます嫌いになってきた

●商業資本家に囚われたアスリートたち

 考えてみるにオリンピックの主役とされる競技者たちは、じつは商業資本の手ごまに過ぎないから、主役と言うよりも実は使い捨ての端役かもしれない。本当の主役は、アスリートを躍らせている商業資本家であるらしい。あるいは見物スポーツとして見て騒ぐ観客たちがもうひとつの主役であろうか。

 とにかくアスリートは跳んだり跳ねたりしていればよいのである。余計なこと考えたりしゃべったりして世間から批判され、そのお抱え主の商業資本の側に迷惑がかからないようにと、それこそバブルの中に閉じ込められているのだろう。
 これはコロナから守るバブルよりも、思想を閉じ込めるから、怖いものである。アスリートたちは金欲しさに唯々諾々として、あるいは喜んで資本バブルの中に入り込む。そしてものを考えない人間として育てられていく。

 今回のコロナ渦中オリンピックは、はしなくもそれを露呈した。観客が居なくても開催できるのだから、地球上のあちこちを回って開催する必要はないことも分かった。競技ごとに競技者が集まって、それぞれの場所で開催すればよいのだ。TV屋さんが世界中にその様子を届けてくれる。

 わたしのように見世物スポーツに興味ない者には、オリンピックとはわたしの生活圏に入り込んできて不便を強いたばかりか、税金もむしり取っていく悪辣な奴である。そして今回はコロナ感染拡大に直接間接に大いに寄与したという、ほとんど犯罪行為にしか思えない。この上またパラリンピックが同じことをするに違いない。
 いったいこの世界はどうしたのだろうか、これは正気の沙汰なのだろうか

(20210820記)

参照:コロナ大戦おろおろ日録


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