●ヒマツブシで健康診断に総合病院へ
「すぐに専門医に診てもらいなさい」
目の前に座る白衣の医者が言う。えッ、なになに、どうして?、わたしは怪訝な顔をしたに違いない。
「血圧が210もあり危険です」
わたしは何のことかわからないで、ハア?、いや、医師の言葉は聞こえるが、どこも痛くもかゆくもないので、なにが危険なのかしら、。
今日は近所の総合病院に、年に1回の市公費受診できる老人健康診断にやってきたのだ。
わたしが風邪さえも引いていないのにこの病院に来たのは、毎日がヒマすぎる、今日はヒマツブシに健康診断にでも行ってこようかな、この辺でやっておくのもよいかな、と考えた結果である。無料だから散歩の続きくらいの考えだった。
歳とって何となく身体の動きがぎこちなくなったことはわかっているが、それは物が古くなれば人間も当然だろう。
このまえ健康診断をやったのはいつだったか、十年以上の遠い記憶である。まずは体重身長測定とは懐かしや。記憶の身長から4センチも縮んでいるのに驚いた。そのほかあれこれ検査で、時にはなにか数値を言われたが、もともとヒマツブシだから真剣に聞かないので頭に残らない。聞いても意味が分からないしね。
そして最後に問診で医師にX線写真とともに出会う風景は、かつて覚えていた通りだった。懐かしや。
そして上記の「すぐ専門医へ」宣告のあと、医師に何を言われたか覚えていない。おれは実はそんなに重い病人か、そりゃまあ米寿ともなれば仕方ないか、血圧200越えって緊急事態かよ、う~ん、じわじわと落ち込んできた。
何しろめったに医者にかかったことがない、特に内科医には出会った記憶がない。たまに出会うとこの緊急である。でも仕方がない、さて血圧の専門医ってどこにいるんだろうか。
健康診断が終わって出るときに看護師に、こちらの病院に高血圧の専門医がいるのかと聞けば、循環器系の医師は今日はいない、週に2回午前中しか診ないがよいかと言う。緊急に診てもらえとたった今指示されたこちらは、それでは困る。
血圧専門医とは循環器医師というのか、そうだ、偶然にもひとりだけよく知っているぞ、それは高血圧症だった亡妻の専属医だった近所のクリニックのN医師がそうに違いない。時々付き添って行ったあそこだと、その足で向かった。亡妻の病がわたしに役立つとは偶然だ。
そうか210もの血圧は危険なんだ、でも当人は何の変わりはないのだけどなあ、いや、そう聞いて気分が悪くなってきたから、変りがあるあると言うべきか。ヒマツブシが役にたったというべきか。
●循環器専門医を久しぶりに訪ねる
久し振りにそのクリニックを訪ねて、こんどはこちらの診察とて、さっそく検査がまた始まった。先ほどやった身体検査の結果は来月でないと教えてくれないから仕方がない。1日に2回も健康診断やったことになる。こんどは有料だが仕方ない。
そしてN医師にいまの検査の分かることの話を聞いた。X線写真をまた見せられ、高血圧のために心臓が膨らみゆがんでいるとのこと。なるほど心臓が偏って膨らんでいて、血管が曲がっている。
これからそれを直して元にもどすのかと聞けば、それはやらないし必要もないそうだ。なん~だ、でもこれはで素人でも眼に見える高血圧の証拠ではあるな。
そしてこれからの24時間に心電図測定をするとて、小さな何かを胸にいくつか張り付けられた。そのまま帰宅して寝て明日また来いとのこと。
これから薬で血圧をゆっくりと下げて行き、常時140/70あたりに安定させるが、急に下げるのは危険なので、薬の調節で時間をかけるとのこと。
話を聞いただけではよく分らぬし、メモをもらったがそれもよく分らない。家に戻ってネット情報も見てクイズを解く気分だ。暇つぶしにはなるが、知れば気分が悪くなる。
こうなった状況にあるのは、自分に何か症状があって医師にかかりに来たのではなくて、ヒマツブシに来たのが偶然にも緊急な事態にあったと分ったからだ。ということは、健康診断にこなくてあのまま日々を過ごしていたら、すぐにぽっくりと逝ったのだろうか。
う~む、それならむしろ歓迎することであったなあ。だって、毎春になると西行を気取って「願わくは花の下にて春死なむその如月の望月のコロナ」(元歌は、「望月の頃」)と詠っているのだから、10か月遅れでもそれは良かったのになあ。
こんなことは医師には言えないな、バカにするなと激怒されそうだ。
と言うことでこの日は、当人は何ともないが周りは大わらわの検査で、まことに結構すぎるヒマツブシになったのであった。結構でないのはクリニックは公費じゃないから5千円もかかったこと。それと「オレも病人かよー」と心が病んできたことだ。薬が出されたが、これは血圧の薬だろうが、心の薬ではあるまい。
2日目にまたクリニックへ、胸の心電図検査装置を外した。血圧は170台に下がったようだ。医師からの注意は、「塩辛いものを食うな、歩け歩け、歩けば必ず血圧は下がる」であった。どちらも私には問題ない。歩くの大好き、食い物にはもともと執着がない。
さてこの日から、わが同期同輩友人たちにメールや電話やラインで宣伝である。
「オレもついに病人になったぞ、血圧が200を越えているのだ、どんなもんだあ」と。そうしたら大勢が返事を下さった。お見舞いやご助言も賜った。ありがたい。
それらで分かったというか悟ったことをまとめると、実はこの歳だとだれもかれもが高血圧で、薬で血圧制御して普通に暮らしているのであるらしい。それも薬をずーっと何年にもわたって飲み続けている方も多い。
と言うことは、この歳になれば高血圧なんて、珍しくもないヤツのだったのだ。えーっ、そうなのかあ、どうもわたしが独りで騒いでいた独り相撲の感がある。
友人たちに恥ずかしくなって、騒がせたことをじわじわと謝っている。慌てて長期の約束事を短期への変更まで言い出して、また元に戻すありさま。なんともはや。
(つづく)(2024年12月15日記)
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伊達美徳=まちもり散人
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