
能楽を観はじめて20年くらいになる。わたしの観能記録によれば、はこれまで115曲を観ている。ただし、同じ曲を何回も見ているから延観能回数はこの3倍にはなるだろう。
能の演目は650年も伝えて今も演じている古典は226曲、そのほかにまれに演じられる復曲や新曲もある。
何度も観ている曲ももあれば(「清経」は9回、「葵上」と「隅田川」は8回)、有名な曲なのにまだ見ていないものも、けっこう多い。
禅竹作の「定家」もまだ見ていない演目であった。作者の金春禅竹(1405~1471年)は、能楽のスーパースター世阿弥(1363?~1443年)の娘婿にあたる人である。
2012年10月7日に、観世能楽堂で「定家 袖神楽 露之紐解 甲之掛」を、シテ:観世清和、ワキ:宝生欣也、地頭:梅若玄祥で観てきた。
今回の演出はかなり特殊なものであるらしく、小書に関する解説の紙が一枚添えられていて、11件もの特別の演技や演奏が記されている。
でも能の演出や作者のことは、よく知らないのでここであれこれ言わない。観てきた感想のみを書く。
実は初めての「定家」なのだが、予備知識はなんでも定家蔓というツタの草があって、恋人の墓にまとわりついて悩ましている、そんな程度のままで特に予習して行かなかった。
能楽鑑賞は予習したほうが断然よくわかるのだが、長いあいだ見ていると予備知識なしでどこまでわかるか、ときには実験をするのだ。予習した知識に引きずられながら見るのもよいが、自分で発見したいこともある。
そして、今回は最後のどんでん返しに出会って、能の常識とは違うぞと驚いたのである。
たいていの能は、主人公が死んでも成仏できない人が幽霊になって出てきて、旅の僧に救済を求め、僧が祈って成仏するのである。ほとんどこじつけで成仏させるものも結構ある(砧、通小町)。これが違ったのだ。
「定家」の話は、式子内親王(1149~1201年)と藤原定家(1162~1241年)という、皇女と貴族の稀代の歌人同士の苦しい恋の因縁物語である。
史実は真偽は怪しいらしいが、それらしい話は昔から伝えられていたらしく、その200年ほどのちに演劇としての能に仕立てたのである。
身分の違いにありながら身を焼くほどの恋は、二人とも死んでからもつづいているごとくに、定家はツタ蔓になって式子(しょくし)の墓にまとわりついて離れずにいるのである。
前場では、作り物の墓が灰色の引き回しにつつまれて草に覆われて舞台の中央に立つ。そこに雨が降っている設定だから、舞台は暗いのである。もちろん照明を落としているのではないが、後場となってそれがよくわかる。
旅の僧の前に、里女の姿で式子の幽霊があらわれる。死んでからも定家が蔦蔓となって墓にまとわりついて苦しくてたまらないので仏の救済を求めて、墓の中に消える。
僧は経文を唱え、墓の蔦蔓を切り開いてやると、後見が作り物の墓の引き回しを取り払う。なかから式子が華やかなときの姿であらわれると、にわかに舞台が明るくなった。もちろん照明が上がったのではない。時雨の墓場の暗い雰囲気が一転し華やかになる。
式子はツタ蔓の墓から解放されて出てきて喜び、昔を思い出して賀茂の斎院であったころに舞った神楽を舞い、そして笛の異常に高い調子(甲之掛)での序の舞いとなり、前場の暗さと対照的な華やかさである。
ところが舞を途中で止めて、涙をおとし、恥ずかしいと顔を隠して、墓の中に戻ってしまう。それもツタ蔓に再びまといつかれながら、沈み込むのである。
え、どうしてなの、、せっかく解放されたのだから、僧の読経で成仏して消えてゆくのが、能の常道だろうに、またあの苦しみの恋のなれの果ての世界に戻るのは、なぜだろうか。仏による救済よりも永遠の恋の苦悩をとったのであるか、う~む。
わたしは意表をつかれたのであった。悲劇のままで終わらせる有名な能は「隅田川」である。「道成寺」とその原型の「鐘巻」もそうである。
これらは現在能だからそれもありとしても、夢玄能にも悲劇とする作り方もあるのか。パイオニア期の世阿弥と成熟期の禅竹との違いかしら、などと思った。
世阿弥の「砧」とか「通小町」のように、なんだかわけがわからないうちに主人公を成仏させてしまうよりは、この禅竹の「定家」のほうがよほど正常だし、また近代的思考で考えさせられることがおおくて、観る楽しみがあると思う。
また観たい能である。
定家 袖神楽 露之紐解 甲之掛
シテ 観世清和 ワキ 宝生欣哉 アイ 野村萬
大鼓 亀井広忠 小鼓 観世新九郎 笛 杉 市和
地謡 梅若玄祥 岡 久広 梅若紀彰 浅見重好
藤波重孝 清水義也 坂井音雅 木月宣行
後見 片山幽雪 木月孚行 山階彌右衛門
(二十五世観世左近二十三回忌秋の追善能 2012年10月7日 観世能楽堂)
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