
(展覧会パンフPDFはこちらからDL)
小町さんは、山口文象と平松義彦の2人のモダニズム建築家のもとで修業をして建築家となったのだが、和風建築の名手として名高い。多くの茶室や寺院の設計をしている。
小町家は、八王子の由緒ある宮大工棟梁の家である。現代建築の修行ののちに和風建築の名手となったのは、その家系の血統のゆえだろうが、大工の家から生れる建築家は、日本にはけっこういるようだ。
小町さんの手紙にこう書いてある。

茶室の現物模型も展示されるらしい。
わたしとしては、これに加えて山口文象事務所時代のなにか資料が出て来たなら、ぜひ展示に加えていただきたいものである。
小町さんの若いころの生き方は、波瀾万丈である。大工棟梁の家を親に逆らって飛び出して、建築家になりたくて、山口文象家に住みこんで修業を始める。
山口事務所の解散、平松事務所での仕事、左翼活動や建築運動、そして建築家へと羽ばたく。
それらのことを、小町さんにわたしはインタビューして「二人の建築家の戦中戦後 建築家・小町和義氏インタビュー」(2008年)にオーラルヒストリーとしてまとめた。
https://sites.google.com/site/machimorig0/komachi
なお、小町さんの弟である小町治男さんも建築家であり、彼は戦後復興期まちづくりである「防火建築帯」の事業に各地で携わっている。
治男さんにもインタビューをして「戦後復興期の都市建築をつくった建築家 小町治男氏にその時代を聴く」(2014年)としてまとめた。
https://sites.google.com/site/machimorig0/#saikaihatu
小町和義さんからの手紙は、このように結ばれている。
「来年はもっとお茶と篆刻に力を入れようと思って居ります。いつまでも『欲張りジジイです』」
元気すぎるお方である。とても10年後をついてゆけない。
参照:山口文象+初期RIAアーカイブス(伊達美徳編)
https://sites.google.com/site/dateyg/bunzo-archives-1
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