2022/11/20

1656【転倒老人はほぼ無事】交通量多い道路横断歩道で大の字転倒して身よりも心が痛い

  一般的に、老人は移動中に転倒して骨折し、歩けなくなって寝込むことがきっかけで、ボケになることが多いという。ついのわたしもその類になったらしい。

11月16日・表通り交差点横断歩道で大の字転倒

 秋晴れ、14時ころ恒例の近所徘徊に出かけた。今日はちょっと長いコースにしようと思って、寿町方面へと長者町2丁目交差点を渡っていて、突然に前方に転んだ。まっ平らの横断歩道だから、足がもつれたのか。前に倒れる身体をカバーすべき足がとっさに出なくて、前方路面に両掌を突く形でばったり。

転倒した長者町2丁目交差点

 信号が変って左方と左前方から自動車群が迫る気配、はやく立ち上がろうと思えど、身体を持ち上げる力が湧かない。老体だと自覚。
 ええいままよと、路上に長く身を伸ばし、うつ伏せ大の字に寝転がってしまう。車は止っているらしく迫っては来ない。

 やがて男の声が近づき、「大丈夫ですか。立てますか、、」と聞いてくれる。もそもそと四つん這い膝立ちになるが、身体が持ち上がらない。「ありがとうございます、あの、すみません、立ち上らせてください、お願いします」という。

 両脇に後ろから腕を入れて支えて持ち上げてくれた。相手を見ればどうやらタクシードライバーらしい。わが身体はどうやら無事に動くので、「ありがとうございます、助かりました」と言いつつ歩道へと歩こうとすると、両腕を支えて一緒に行ってくれる。
 引き留めては気の毒と思いつつ、お礼をあわただしく言った。もっときちんと礼を言えばよかった、歩道からお辞儀するべきだったと、後になって気が付いたが、その時は気が動転している。

 今日はうちから歩き出して10分も経っていないが、徘徊は中止して帰宅しよう。ゆるりゆるりと体調を探りながら歩きだす。足は倒れた時に打った膝小僧が痛い。後で見たらズボンの下なのに擦り傷が付いていた。倒れるときに路面についた両掌にアスファルト面の凸凹がつき真っ赤になって痛い。左手首がちょっとおかしいが一応動く。足も手も打撲的な痛みはあるが疼痛はないから、骨はなんともないらしい。

 そろりそろりとうちに帰り着き、さすがにショックで寝転んで考えた。道に何か凸凹とか穴があったとかではなく、まっ平らな舗装道路上で倒れたということは、足がもつれたのだろう。交通信号が変わろうとしてきて、少し急ぎ気味になったのがいけなかったか。
 今までにも足がもつれてちょっとバタつくことはたまにあったが、すぐにカバーする足が前に出て体勢を立て直したものだ。それが遂にできないほどに老化が来たということか。八十路半ばだからそれも当たり前か、う~む。

 ちょうど来ていた息子がそんな私を見て、どこか悪いかと聞く。心配させぬように黙っていようかとも思ったが、「白状するけど、そこの交差点で転んだ」と、状況を話して、心配させてしまった。
 息子に言われた。「信号が赤になろうとしても、ゆっくり堂々と老人らしく歩いてよ」

 実は昨年夏に妻が歩道で転び一時気絶、通行人の通報で掖済会病院に救急搬送される事件があった。結果は顔面の打撲傷だけの軽症だった。それ以来、妻は外出をほとんどしなくなってしまうという後遺症が出た。以来、買い物はわたしがやる。

 わたしはそこまでいかないし、そうなるわけにもいかないのだが、後遺症がどう出るか気になる。今日の夕食調理作業で分かったのは、手首に力が入らないので、左手でフライパンのような重いものを持てないことだった。右手も同様に幾分調子が悪い。

 明日になるともっと悪くなるだろうか。風呂に入って身体を洗うには、さほど差支えはないが、幾分ぎこちない。このキーボードいじりは問題なさそうだから、今のうちに書いておく。

11月17日・両腕が痛むが医院に行くか悩む

 昨夜寝ていて痛みはなかったが、ベッドに身を横たえるときや起こすときに、布団に手で支えるときに鈍痛を感じてかばう。容易に支えられないので、いろいろと手のつき方を工夫する。普通にしている状態ではなんともない。腕のほかは足や腕やボディには何もない。
 物を持ったり扱ったりするのに、手に力を入れるとか不自然に曲げる使い方をすると痛いので、今日の夕食調理はあきらめて、既製品総菜を買ってきた。

 転倒時に両手を前に地面についたから、それによる衝撃が両腕に同じように骨に何かをもたらしているようだ。突き腕とでもいうのだろうか。医院に行くべきか悩む。
 たまたま明日10:00に掖済会整形外科に痛風治療の予約してある。しかし、3か月前の痛風はもうすっかり痛くないので治ったと勝手に判断して、診療に行かないつもりだったが、この転倒事故の両手を診てもらうために行くことにする。

11月18日・診療は骨に異常無し

 予約は10時の掖済会病院に9時半受付、すぐに痛風の血液検査、そして10時半まで待たされて診察。予約していてもこうだから、飛込だと2時間待たされる経験を、5年前の腰椎圧迫骨折時にしている。

掖済会病院
 若い医師の診たては当然に痛風診察、血液検査結果を見て痛風の尿酸値が高いとの診断。
「あれ、そうでうか?、もう全然痛くないので、ずっと前に薬をやめましたけど、」
「だからですよ、前回検査では低くなっていたのにまた高くなってますよ」
「うわ、はいはい、また薬を飲みます、まだいっぱいあります」
「では次は2月に診察しますが、薬はどうしますか」
「あ、まだたくさんあるので、大丈夫です。塗り薬も4つともたくさんあります」
「では、薬はいいですね」
「はい、ところでですね、じつは今日の診察があることを見定めたように、一昨日にそこの外の道路で転倒しました。両手が痛いので診てください」

 医師はなんだか浮かない顔であるのは、肝心の痛風治療に言うこと聞かないで悪化させたうえに、別件で診療にくるとは何事か、なんて思っているのかと、なんだか後ろめたくなって邪推する。でも同じ整形外科だからいいでしょ、ついでに診てくれても、、。

 手首から親指の方へとさわってくれて、「痛いですか」、「いや、とくに痛くはないです」、なんてやって、骨はなんともないようだという。両手のX線をとった結果は骨に異常無し。
 打撲傷の痛みであり、そのうちに治る。痛いときは痛風治療用に処方した塗り薬を塗るとよいとのことで、痛風と転倒がつながったな。とにかく骨に異常なくてホッとした。

左はX線写真、右は本物 X線写真の方が美しいのが残念

 診療費は2540円、これまでこんなに多く拂ったことはないような気がするが、痛風と転倒両方の診療であるし、この夏から医療費窓口負担割合が倍増したからだな。薬があればもっと高額、医療を控えるよなあ、、。
 終わって11時半であった。今日も夕食の出来合い総菜を買ってきた。

11月19日・ぎこちなさはあるがもう通常に戻そう 

 朝起きて、両手の治り具合を確かめるが、未だぎこちないところあり、たいして変わった様子はない。
 昨日の診療で骨に別条はないと言われているので、今日からリハビリテーションとして両手をあまりかばわないことにしよう。ぎこちなさはあるが、できるだけ通常の生活に戻すことにする。

 台所仕事を復活することにして、既製品総菜を買わずに、材料を買ってきた。
 重い鍋ややかんなどは、まだ両手で慎重に持ち上げることにして、今夕はスープだけ作った。炊事や浴室で気が付いたが、濡れタオルをしっかりと絞る力が出ない。

 これでもう転倒記録は終えようと思う。
 肉体的ダメージはほとんどなくて幸いだったが、心理的にはちょっとショックあり。ついに老人にふさわしい日常での転倒事故がやってきた、わたしにも。

 それで思い出したのは、つい先日のこと、同年の幼馴染の男からショックな便りがあったことだ。喜寿記念にはホノルルマラソン完走し、毎朝10キロくらいは走っているこの元気すぎる男が、なんと昨年からよちよち歩きになり、要支援2のランク認定になったとのこと。
 この便りには大いに驚いたが、それはまさに自分のことだと、この転倒で身に染みてわかった。こうやって人は自分の老い自覚するのだなあ、、なんて殊勝に考えるのであった。   (20221120記)

12月19日記・両腕の不調は全快

 転倒してちょうど1か月、わが老いさらばえた身体なれども、まだ復元力を備えているらしく、すっかり全快した。もうどこもあの転倒を原因とする不調は消えた(らしい)。
 そんなとき、上に書いたとはまた別の幼馴染からメールあり、やはり11月に転倒して頭を打ち、12日間入院治療して、ようやく回復したとのこと。彼にも復元力あるのだ。
 わかってはいるが、われらが身体には今やもう珍しくもない現象であるらしい。

       


0 件のコメント: