2021/10/31

1594【老人とコロナ】ひっそりと次々と知人たちが消えていっているらしいが、

 ●10月が終わり衆院選挙の日だ

 今日は10月31日、なんだか雨模様で寒い、4年ぶりの衆議院議員選挙である。
 オリパラやら桜やらモリカケやら、全くしょうもないことばかりあったアヘスカ時代がようやく終わり、偶然にもコロナも下火なったので、さぞやお疲れの自公政権にはお休みを差し上げたいものだと、選挙投票してきた。

 投票所はいつもの近所だが、記入台の前に貼ってある政党一覧表に、「民主党」だけが2カ所に載せてあるのが、ヘンだったが、まあ、2倍の票になるのなら、それでよろしい。


 最高裁の裁判官一覧に×をつける方式の投票について、うちを出る前に×をつけない数人を記憶していったのだが、投票所から戻ってきて気が付いた、いけね、覚えた人に×をつけてきちゃったよ、ゴメン。

 さて、ちっとは政治が変わる結果が出るのか、いつものように替らぬのか。コロナパンデミックという大きな事件が、政治的選挙においてどう評価されるのか、ちょっとは面白がる選挙である。でもなあ、いつものように何も変わらん保守健在かしらねえ。

 今(31日深夜)これを書きながらネットの開票速報を見ているが、どうも大きく変わり映えしない議席振りのようで、コロナは収まるし、何とも刺激のないつまらない世の中だ。もっともこれをこうしているのは巨大保守層老人票田なんだろうなあ。 


 狂歌<平和ですねえ>
 いやいやもうどうでもいいやどうせもうちかぢか消える老人だから

●10月のコロナは沈静らしいが

 さて今月のコロナである。日本では見事に感染も死亡も第5波が鎮まっった。禁酒法適用もなくなったらしく、渋谷あたりはあのバカらしいハロウィン騒ぎらしい。第6波将来の儀式になるのかも。


日本全国これまでの毎日新規志望者数の推移

日本全国これまでの毎日新規感染者数の推移
 でもあの勢いの良かった第5波は、なぜ勢いよく沈静したのか、ワクチンのせいなのだろうか。素人目に見ても、この波の左右の上がり具合と下がり具合が同じだから、途中でワクチンが効いたとは思えない。
 ただ、感染と死亡と波の具合が異なるのが興味ある。死亡については、早期に接種した老人たちのワクチンが効いたのだろうか。

全世界毎日の新規死者数の推移

 どうもワクチンがあろうとなかろうと、コロナ感染という自然の法則に、人間という自然でもある生物が素直にしたがって生きていると考えるほうが、まさに自然な感じがする。大なり小なり、次の第6波が来るに違いない。そのときはたぶんワクチンによって死亡率が下がるのだろう。

 第6波が必ず来ると専門家たちは言っているようだが、もうそろそろみんなコロナ慣れしており、去年のようにオロオロじゃなくなり、いつものインフルエンザ並みのつもりになるだろうなあ。そうすると果たしてどうなるのか、冬が楽しみ?だ。

いやいやもうどうでもいいやどうせもうちかぢか消える老人だから

●コロナ蟄居で高齢者は、

 こうも長い期間を世間から遠ざけられていると、年寄りはボケる。れっきとした八十路なかばになろうとする超高齢者のわたし自身を観察しているのだが、いろいろと問題がある。

 世間とのかかわりが買い物しかないし(ごくたまに友人と飲み会をするが)、しかも最小限の会話しかしない。全く会話しなくて金銭支払いを機械でやる店も多くなってきた。そうすると世間はTV又はネットしかないことになる。
 たぶん、多くの超高齢者はTVに浸っているんだろうが、わたしはTVを一切見ないでバーチャルネット社会とリアル徘徊社会に浸っている。

 知識の取り込みや知人との交流はそれなりにネットのSNSで可能だが、口に出しての会話がないことで問題が発生している。画像や文字で知人たちと出会うばかりで、その名を口で長らく発音してないので、その顔は誰であるかはわかるのだが、その人はなんと呼ぶのか思い出せないことがよくあるのだ。

 ちかごろはZOOMとかヴィデオ電話とかで会話ができるのだが、それは一部に過ぎない。だからネットの顔画像を見たら「〇〇さん」と口に出す、相手に聞こえてないけど。そうやってコロナが明けて次に会ったときに恥かかないように用意するのだ。

いやいやもうどうでもいいやどうせもうちかぢか消える老人だから

●リアル徘徊社会の効用

 コロナ最中もほぼ毎日のように外の街を徘徊している。これは家に籠っていると足が弱って歩けなくなるのを防ぐためだが、一方では世間の姿を眺めてコロナがどう影響を与えているか観察して、ボケないようにしているのだ。
 原則として歩くのだが、疲れるとバス電車に乗る。横浜都心の一定コースを一巡して定点観測をするのと、放射状に遠くに出かけて未知の街や公園に行き、帰りはバスや電車を使うのと、2種類がある。

 都市の変化を写真に記録することは、もう50年以上もやっている。写真が趣味ではないから、日付入り写真で記録するだけだ。
 デジタル写真になるまではリバーサルフィルムだったから、スライドがたぶん一万枚くらいはたまった。これをボチボチデジタル化しているのだが、手間がかかってもう処置なし状態にある。

デジタル化しないままのスライドフィルムがたくさん

 今世紀のデジタルカメラになってからは、フィルム代を考えなくてもよいので、じゃんじゃん撮ってPC内に保存しているが、いったい何万枚あることやら。
 これらの整理や、それらを使って都市論などを書くのを愉しんできたのだが、年取るともう面倒になった。半世紀ほどもの各地の街並み変化など、貴重な記録もあるのだがなあ。

いやいやもうどうでもいいやどうせもうちかぢか消える老人だから

●コロナ下の年寄りの読書は

 増えすぎたのでもう本を買わないと決めて5年くらいか、それでも今年は3冊買ったのはどれもコロナ関係の本だった。その事件最中だから、けっこう面白かった。
 これまで大量の本を人様にあげたり捨てたり処分したが、それでもまだ3~4百冊はあるのは、老後のために残してあるのだ。
 コロナ閉門蟄居中だから、それらの本を読むににちょうど良いのだが、それがなかなか読めない。ついネットにいってしまう。本読む老後が無くなってしまうなあと、どうでもいいのに焦る。


 思い立って再読開始した分厚い「民主と愛国」小熊英二著は、遅々として進まない。これではいかんなア、もう本を読む能力がなくなってきたのだろうか。
 でもわが本棚を見回すと、魅力的なタイトルの本がいっぱいあるんだがなあ、何しろ読みたい本人が買ったのだからね。コロナに後押ししてもらって読みたいものだ。

いやいやもうどうでもいいやどうせもうちかぢか消える老人だから

コロナが打ち破る人間の風習 

 今年になって同年かそれに近い知人たちが、毎月一人づつ他界していく。それはそうなってもおかしくない八十路半ば前後の人たちだから、当たり前ではある。
 だが、訃報が直接もたらされることはめったにないのだ。「コロナだから」という理由で内輪に葬るのが当たり前になってしまっている。
 だからほとんどのお方の訃報は、SNSで間接的に知ったのであった。ということは、実際にはもっと多くの知人が消えて行っているに違いない。

 わたし自身は葬儀なるものを大嫌いだから、まあ、好きな人はいないだろうが、よいことだと思う。老人は世間が狭いからそれでいいのだ。コロナがますます世間を狭くした。
 葬儀を盛大には行わないでも、世間体を気にする必要がないから、関連して人間の死に伴う儀式を行う習慣が、大きく変わりつつあるような気がする。なかでも香典の出費がほぼなくなったのが、経済的によろしい。

 この年末ごろには「忌中につき年始ご挨拶遠慮」の葉書がたくさん来るだろうか、いや、もうそれさえ来なくても不思議でない気もする。この妙な習慣を世の中からなくするチャンスになるかもしれない。
 ほかにもいろいろとコロナを機になくなる人間社会の文化的習慣がありそうだ。

 死にまつわる習慣こそ、死んでしまった老人には、どうでもよいことなのである。

 (2021/10/31記)



2021/10/28

1593【コロナ振り返り】この世に美女美男が増えたのはコロナの数少ない功績のひとつである


熊五郎:やあご隠居、久しぶりですが、生きてますねえ、どうやら。
ご隠居:おお、熊さんかい、よく来たねえ、まあ、お上がりよ、ああ、そうだね、お互いに生きてるねえ。
:この夏頃は猛威を振るっていた第5波の新型コロナ感染と死亡は、秋とともにどうやら下火になったようですね。
:政府や自治体は行動制限要請をどんどん緩和して、この月末にはどこも禁酒時代が終わる模様らしいね。
:でもねえ、専門家はこれから冬に向かって、ウィルス蔓延しやすくなるから、第6波に対する警戒を解くなと言ってますよ、イギリスじゃあまた増えてるそうですねえ、いったいどうなるんでしょうね。

:さっぱりわからん、コロナに聞くしかないね。去年の正月から「コロナ大戦オロオロ日録」を書き続けてるんだけど、先日初めて読み返してみたんだよ。面白いね。われながら庶民のオロオロ気分が良く分る。
:あっしがこの前にご隠居と話したのは去年の5月でしたよ。
:そう、5月3日だったよ、そのことも書いていて(参照2020/05/03日録)、中でもおかしいのは、全くの個人的思いながら、コロナが齎す世の変化につき、いくつかのある種の予測をやっているのに、あたっていないことだよ。

●コロナ巣ごもり出産ブーム到来せず

:そうそう、その当たらなかったと分ったご隠居の独断予測が、コロナ巣ごもりで人口増加ですよ。去年春先からの緊急事態発令で禁酒閉門蟄居の令が政府から出されて、もちろん要請ですがね、さすがみんなびっくりして家に閉じこもって、「巣ごもり」時代なんて言われたものでしたね。

巣ごもり」とは受精産卵抱卵する子づくりのことだよ

:そうそう、そこでわたしは「巣ごもり」の本来の意味は「子づくり」のことだし、動物は危機が来ると子孫を残す本能が働くから、コロナ危機で生殖能力ある若者は子づくりに励むだろう、来年は産院崩壊になるくらい出産ブームだろうとね。
:ところがさて、あの頃から2まわりもの十月十日を過ぎたけど、政府の統計では出生率はコロナ前よりもむしろ下がったそうですよ。ご隠居の予想は大きく外れたましたよ。

:そうなんだよ、恥ずかしいねえ、それって思うに、生物の遺伝子の持つ子孫維持本能よりも、産んだ子がコロナで苦しむことを恐れる人間個人の気持ちのほうが強かったんだね。
:う~ん、自然に文化が打ち勝ったってこと、むしろ妊娠抑制をしたってことか、ということは、あれは本来的な意味での「巣ごもり」ではなかったんですね。
:せっかく日本の少子問題が解決するかと思ったのにねえ。この少子高齢化時代が大きな課題の時に、コロナが原因で一方で出産ブームが起きるだろうし、また一方で高齢者たちが罹患して多く死ぬだろうから、それは地球上に増えすぎた人間を調整する自然界の掟が働くのかと思ったけど、違ったねえ。

●デザインファッションマスク流行せず

:もうひとつのご隠居の予想外れは、マスクのファッション化ですね。
:そうだった、一向に進まないね。こうも世の中はマスクだらけになり、だれもかれもが身に着ける代物となれば、多様なデザインのマスクが出てきて、街は華やかになるに違いない。下着からマスクまでもトータルファッションになるだろう、なんて思ったけどねえ。

色々な模様のマスクを売ってはいるが

マスクと水着のトータルコーディネイトとかあるかしら

:街ではたまに華やかな模様のマスクの人もいるけど、9割がたは白い不織布製でひもを耳に掛けているという、なんの変哲もない形ですよ、奇抜なものは見ないなあ。
:そう、店にも様々な模様のマスクを売っているから、世にデザインマスクが存在しないのではないけど、なぜ流行しないのかねえ。
:これは人間生きるための必須の呼吸を、無理に制限するというマスク機能への本能的な抵抗感覚があるのかもしれませんね。積極的にマスクをデザインしてまでも使うより、早いこと外したいんですよ。

:しかしねえ、人間が身に着けているものはなにがしかの行動制約機能を持つのだから、だからこそファッション性で補うのだよ、マスクでもそうあるべきとも思うよ。
:マスクが他の衣料と基本的に異なるのは、感染症という人間が忌避すべきことに起因しているところにあるんでしょ。それが人間がマスクを嫌がる根本ですよ。

●マスクのせいで世に美女美男が多くなった

:わたしはコロナにも功罪があり、その数少ないにマスクがあると思うんだよ。
:ワハハ、コロナにもよいところがあり、マスクがそうなんですかあ。
:そう、感染防止の功は当たり前だが、この世に美しい人を増加させた功が大きい。
:まさか、コロナが美人を作り出したんですかい。
:そうなんだよ、ほれ昔からいうだろ、「夜目遠目傘の内」って、女性が美しく見えるシチュエーションを言うよね、コロナ後はこれに「マスク顔」が加わったんだよ。

:「夜目遠目傘の内にマスク顔」ですかい。
:そうそう、マスクして眼から上だけ見える顔を見て、下半分の顔を想像するだろ、このとき、これを醜く想像するのはかなり難しいものだよ、たいていのマスク女性は美しく見える。コロナは世に美人を増やした。
:なーるほど、確かに目だけ見てるとみんな美しく見えますよ、うん、コロナは美人を増やしたようですね。あ、ということは女から見た男のマスク顔はみんなイケメンですかね。

清水へ祇園をよぎる桜月夜 マスクの乙女みな美しき


:これをコロナの大きな功と言わずして何であろう。(20211028記)

2021/10/22

1592【俺たちに明日はない】コロナ波底をとらえて久し振り老人飲み会で盛り上り生き返った

 このところ新型コロナウィルス感染の大波が静まってきたようだ。
 だが、それは人間たちがアレコレ努力したせいなのか、それともそれとは関係なくコロナの側の生態的都合なのか、どちらだろうか。

コロナ波浪とジタバタ対策禁酒法動向

 これまで、こちらがあれこれジタバタしても、実はあちらさんの都合だけで何度も波が来ていて、こちら人間はその波間をなすすべもなく漂っているだけ、のような気がしてならない。
 だとすれば、次の第6波も第7波もあるに違いない。次々と強力な変異株コロナ君が、選手控室に待機しているのだ。 
 そこで、それが来るまでの波底の今をとらえて、八十路老人は飲み会やっておかなくてはならないのだ。

 だって、老人はもう完全に大丈夫なんて時が来るまで待っていると、その前に死んじゃう恐れがあり、永久にできなくなるってあせっているのだ。健康に良くないのだ。
 つまり、老人には明日が無いのだからね、そうだ、昔、「俺達に明日はない」って映画があった、あれだよなあ、今の俺たちは、まさに、。

 絵画を趣味とする旧友のF君が、その画塾生たちの絵画展に出品するので、観に来いとの誘いが来た。ただし当人は持病あるため、コロナが消え去るまでは慎重を期して外出しないので、悪しからずとのこと。

 この展覧会は毎年の春秋の行事で、一昨年まではF君と共に常連数人が誘い合って鑑賞に行き、鑑賞批評会のつもりの飲み会をやるのであった。だがコロナのせいで昨年はできなかった。

 今年はどうしても見に行きたいので、波底でもあるし常連を誘って行ってきた。
 本来の常連は大学同期生たちのF君、K君、Y君、S君、I君、私の6名である。だが、八十路ともなればいろいろと身体事情が発生してくるものだ。
 F君はそういうわけであり、Y君は足の手術をするというし、K君ときたら一昨年にあの世に行ってしまった。というわけで今回は3人だけだった。

 それでも展覧会場で久しぶりに顔合せて喜びつつ、いつものF画伯の抽象絵画にアレコレと頭ひねりあって盛り上がったのであった。

「明け方にみたかった夢」古田淳一郎


 そしていつも行っていた魚を食わせる居酒屋に場所を移したら、なんとまあ休業しているのであった。コロナのせいだろう。フラフラと野毛の飲み屋街を彷徨って魚を食わせる店を探す。
 なんだか懐かしい名前の「養老の滝」なる居酒屋を見つけて入った。この居酒屋チェーンはずいぶん昔からあるので知っていたが、久しぶりに出会って気が付いたのは、老人向けの店名であるということだった。自分が老人になったからだな。
 養老の滝で思い出したが、10年ほど前にこんなことがあった。
   信州山中の金ぴか御殿 https://datey.blogspot.com/2010/10/241.html

 店内に客が誰もいない。平日の午後1時前だから当たり前かもしれぬが、それにしてもコロナ不景気はこういうものかと、久し振りの居酒屋の空気にたじろぐのだった。
 といわけで、3老人は誰に気兼ねもなく、マスクを外して大声で話あうのだった。

 久しぶり過ぎる飲み会に、酒の飲み方を忘れたとか言いながら、しだいに調子を取り戻して酔っぱらった。
 話題は絵のことをすっかり忘れていて、老人を困らせるスマホとかコンピュータとかの愚痴であり、ちかごろ知人の訃報が多いとか、いつしか3時間もしゃべっていた。

 明らかに3人ともハイになりすぎて、「やっぱりこうやって顔つき合せて飲むって、ボケが治るよなあ」と言い合ったのである。そう、飲み会こそ老人福祉である。
 その間にほかの客が一人だけはいってきたのみ、お勘定は割り勘にして2500円ずつ、こんなので居酒屋経営が成り立つのか。

 外に出るとまだ明るいが冬が来そうな気配の街、このへんで老人は帰宅しよう。なんにしても、結構な絵画鑑賞会と愉快な飲み会開催の機会を作ってくれたF画伯に感謝した日であった。ああ、生き返った。(20211022記)

参照:コロナ大戦おろおろ日録

2021/10/08

1591【関東大地震か】緊急はコロナだけではないのだと思い出させる地震速報

 昨夜、布団に入って寝ころび読書中の10時半過ぎ、おお、揺れた揺れた、台風の難破船みたい、とは誇張し過ぎだが、寝ていて建築構造物の揺れが目に見えた。凄かったなあ。わが横浜空中楼閣はそれでも何も被害なし、びっくりして脳に刺激があり、若返ったかも。

 頼まないのにスマーフォンから緊急地震速報の大声、おおそうだ、コロナばかりかこっちからも緊急事態到来か、困った世だ。弟と息子と旧友たちから見舞いメールや電話あり。

 狂歌<関東大地震か>
緊急はコロナだけではないのだと思い出させる地震速報

 昨日の徘徊中にひょいと目に入った「トイレ非常用袋」なるもの、これは断水で便器を使えなくなった時に、臨時に便器にはめて用を足す袋。首相が変わると天変地異が起きるかもしれないと思い、これを買った。

 昨夜はそれがさっそく役に立つかもと、わたしの予知能力の高さに驚きつつ断水を待ったけど、役に立つところまでいかなったのが残念。
 何か用意すると災害が起きるらしいので、これからは何も用意しないようにしよう。

 

2021/10/05

1590【コロナ大戦おろおろ日録抄】(その5:2021/06‐08)コロナ来てオリンピック来て豪雨来て泣きッ面に蜂パラリンピック

 コロナ大戦おろおろ日録抄

(その5)2021/06‐08
伊達美徳

―横浜都心隠居老人がコロナ世の日々に垂れ流す箴言・妄言・虚言・寝言・小言―

2021年6月2日 狂歌<優先ワクチン>なさけなや若者さしおき余生なき年寄りどもがワクチン争奪

6月3日 オリンピックのアスリートって何様?、老人のワクチン接種まだ1.1%、それをさしおき飛び越え優先接種かい、だからオリンピック大嫌い、そうか、競技参加資格は65歳以上なんだ。厚労省発表ではワクチン接種優先順位は、1.医療従事者等、2.高齢者65歳以上、3.基礎疾患者・高齢者施設等従事者、では、オリン参加者はどれ?、徳仁・雅子夫妻はどれ?、もちろん65歳以上枠だろうな、最優先順位のわたしは予約さえできず、ワクチンなんてもうどうでもいいや、ワクチン接種から見えてくる社会的不公正。狂歌<優先接種>アスリート老人をさしおきワクチン打つオリパラという大バクチ打つ

6月4日 東京オリパラ大会につき政府感染症対策分科会の尾身茂会長が、『今の状況でやるということは普通はない』と発言して話題に、翻訳すると『今の(コロナ蔓延)状況で(オリンピック大会を)やるということは普通(の人間の頭で考えることで)はない』、つまりオリパラ関係者は異常って医者の診たて、コワ~イ。

6月10日 ワクチン接種券が市から来て今日で約40日、この間予約サイトにほぼ毎日入って空振りばかり、結局はじめての電話で予約に到達、今までの努力は何だよ、予約できて余計に腹が立ってくる。

6月14日 東京オリパラ開催意義をようやく理解!、21世紀新型コロナパンデミック遭難国際記念碑だ! 狂歌<祝開幕あと一歩>無観客無選手無競技無放送無感染無事東京オリパラ

6月21日 現在の緊急事態適用を沖縄だけにして他を解除という、間違ってるよ逆さまでしょ、東京オリパラによる変異コロナ来襲から国民を守るため、関東4都県こそ緊急事態適用すべき、解除の宣言する奴がバカ。

6月22日 ワクチン接種第1回目完了、副作用にアナフィラキシーなる危険があるという。

狂歌<ワクチン>「穴開らき死」の怖れある「惑鎮」にわが惑いこそ鎮まらざりけれ

6月25日 演劇鑑賞予定を忘却、老いた、いやコロナ感染予知能力冴えて予防できたのか、おおよしよし。

7月1日 近所の野球場がオリンピック会場になるとて、広い公園も周りの道路も立ち入り禁止の看板発見、70年ぶりに横浜接収だ、オリパラ関係者がばらまく世界強力変異ウィルスから近隣住民を守るありがたい配慮か。

7月6日 狂歌<口ぐせ>いずれにせよオリンパラリン開幕し いずれにしても金メダルはコロナ 狂歌<やっぱり>東京は緊急事態4回目東京オリパラ緊急辞退ね

7月9日 東京オリパラ出場アスリートさんよ、あなたはどうお考えなんですか、こんな時にこんなことやるのを後ろめたくないのですか、あなたが主役なんだから、黙ってないでなんとか言ったらどうですか! 狂歌<無理矢理開催>東京のコロナ豪雨の真っ最中ゴリンバラリン土石流迫

7月10日 いよいよパンデミックオリンピック開催、国際コロナウイルス交換大会、おりしもワクチン接種足踏みし、コロナ第5波急上昇中とて、スゴイナア、さすがオリンピアンて勇気ある、ワクワクハラハラドキドキ、オリンピック開催の意義「パンデミック祝祭大愚行」、後世への警鐘「世紀の対抗的記念碑」を打ち立てること。無事に終わっても惨事になっても。https://datey.blogspot.com/2021/07/1577.html

7月13日 ワクチン2回目を接種、これで飲み屋に行けると思えど一緒に行ってくれる奴がいない。狂歌<また緊急事態>宣言し宣言宣言また宣言あと残るのは宣言者とり替え

7月18日 狂歌<オリパラ反対運動>コロナ様台風様や酷暑様どうぞご協力お願いします
狂歌<無観客オリパラ受難曲>このトーマス・バッハって人もしかしてあの大バッハの末裔の方?

7月20日 オリンピック開会式の前に主催者とか競技参加者とかから、負担させられたわれら納税者あるいはコロナでオリパラどころじゃない人々に向けて、何か弁解とか言い訳とか言うはずだよなあ、常識的には。

7月27日 狂歌<コロナぶっちぎり>今日感染東京2848で負けたTOKYO2020

7月28日 狂歌<TOKYO3177>ぶっちぎりコロナチームの優勝で今夜オリンピック閉会式だな

7月29日 コロナ第5波が第4波を越える勢いと多さで著しい感染状況、そこに見世物スポーツ興行は予定通りらしい。問題はこの後に医療体制がパンク、火事場でサーカス興行に消防隊大わらわ、バカバカしい世だ。

7月31日 ワクチン不足で接種足踏み、今にワクチン接種証明保持者優遇差別社会到来、無いと買い物不可・乗り物利用禁止・仕事停止、今に闇偽接種証が出回る。https://datey.blogspot.com/2021/07/1580.html

8月3日 植物生態学者の宮脇昭さん逝去の報、合掌。https://datey.blogspot.com/2021/08/1581.html

8月4日 コロナ蔓延急伸、政府は全部入院もしくは政府用意の療養施設収容方針を転換、罹っても重症でないものは自宅療養せよと、政策が現実に負けた、それでもオリンピックとめないって、どういうこと。狂歌<看板の自助政策徹底>罹ってもコロナ自宅で療養しオリンピックも自宅で競技

8月7日 いつもの徘徊コースの道路公園接収継続中、まだオリンピックやってるのか、金銭補償してくれるんだろうね、この日本庭園でなにしてるの、オニゴッコとかカクレンボとか池で亀さんたちと競泳かい?

8月9日 オリンピックやっと閉会、結果は負の遺産となる対抗的記念碑イベントに、「アスリートに罪は無い」の言説が横行、え、主役がこの罪を負わなくてどうする、あ、おまえたちは単に操られる烏合の端役か!
横浜市長選開始、投開票22日、立候補者8名、IR賭博という踏み絵がある選挙。狂歌<横浜市長選>政治家に学者に企業家小説家8択ギャンブル愛有~るか否か

8月15日 毎年この日に靖国神社定点観測見物に行くが今年はパス、ウヨクさんの出もよくないだろう。狂歌<寒い敗戦記念日>秋来ぬと身には寒さに震えつつ雨の音にぞ驚かれぬる

8月18日 スカ総理大臣の記者会見は青少年教育によくないが、老人には悪口の種の愉しみに。狂歌<政府娯楽放送>質問に真剣な顔であさってを言う毎度毎度のお愉しみ高座 狂歌<コロナ黒船スカ松陰>かくせねばかくなるものと知りながらやろうとしない感染対策

8月21日 狂歌<もう勘弁して>コロナ来てオリンピック来て豪雨来て泣きッ面に蜂パラリンピック

8月27日 今日から北海道から沖縄まで緊急事態やらマンボウやらで、日本列島ほとんどがコロナ王国占領下になってしまい、1945年アジア太平洋戦争で完全敗北の夏から76年目、コロナ大戦に大敗北の夏、はてどうなることやら先は見えない、だのに暢気にパラリン植民地を抱えこむニッポン、さすがのコロナ王も困惑だろう。狂歌<バブルの中へ>ロックダウンしているパラリン植民地 亡命しようか一国二制度

8月30日 能役者・野村四郎師が急逝、素人弟子は合掌。https://datey.blogspot.com/2021/08/1585.html

8月31日 今、他の惑星から地球蝕を眺めると、日蝕のごとくにコロナ冠が輝いていることだろう。その地球の片隅の列島国のリーダー改選ドタバタ中、とにかく誰でもよいから交代してくれ、今よりマシになることは確実、あ、前任者もそう願ったけどこれだもんな、う~む。https://datey.blogspot.com/2021/08/1586.html

(つづく)
参照:コロナ大戦おろおろ日録 https://datey.blogspot.com/p/corona.html

2021/09/30

1589【災禍続く夏が逝った】もう酒を飲んでよしと御上が言ったから10月1日は禁酒開始日

●日本列島は緊急事態じゃなくなったらしい

  夏が終わると秋の足は速い。もう9月が終わった。
 そして10月1日から、日本列島からコロナが消えるのだそうだ。そう、緊急事態措置区域も蔓延防止等重点措置区域も、もうどこにも適用を外してしまうのだそうだから、コロナ無し列島々になるらしいのだ。めでたいことである。スカさんの引退置き土産が、コロナ一掃とは、さスガさんである。
 
 あ、ということは、10月からは禁酒法もなくなり、居酒屋で飲み会やっていいんだろうな、やれ嬉しや、さっそく行こうかな、あ、いやいや、御上が酒飲んでよいと言ったから酒飲みに行くなんて、ナント恥かしいことか、そんな奴は酒飲みの風上にも置けない、酒飲みは誰が何といっても飲む飲まないを自分で決めるもんだよ、それが矜持と言うもんだ、フン、しばらく禁酒するぞ。

狂歌<酒飲みバンザイ>
もう酒を飲んで良しと御上が言ったから10月1日は禁酒開始日

緊急事態明けの居酒屋は大繁盛、これじゃあ第6波確実だなあ

 そしてスカさんは緊急事態措置適用の宣言を出すとき、その度にこれが最後ですと何度も言ってたけれど、たしかにこんどこそはこれがスカさんに最後になった。そう、次の第6波による緊急事態措置適用は、スカさんじゃなくて次の首相になる人が宣言するからね。あ、そうか、スカさんは何度も最後の宣言と言って裏切ったのをさすがに恥じて、ついに引退宣言したのであったか。

狂歌<スカ宣言>
言ったでしょこれが最後の宣言と次は次の首相が宣言

●コロナ第5波は収まりつつあり第6波へ

 そう思うと、アヘンさんもスカさんも、コロナの奴にその地位を追われたのであった。
 この夏は、新型コロナの第5波がやってきて、これまでにない大きな感染力で、巨大な波であったことだ。それもどうやら秋とともに波が底に近い感じになってきた。

日本列島全体の新型コロナ新規感染者数の変遷状況
右端の第5波の山の更に右に第6波の山が来るのだろうか

 これまで1番の波から5番の波まで上下したが、どうして上がったら水平に進んで最後に下がって終わりになる台地上にならないのだろうか。人間が活動自粛で禁酒すると波が下がる、下がったので喜んで酒飲むから又波が上がる、そのくりかえしとは、なんだか人間はバカにしか思えない、いや、コロナにバカにされているのか。
東京都の新型コロナ新規感染者グラフ

神奈川県の新型コロナ新規感染者グラフ

 コロナ来襲以来、人間の行動についてあれやこれやと変えてきたが、波は止まらない。これまでの波を見ると、この次は寒くなると第6波が来るに違いない。ワクチンの普及で波が再び起きないということは無いらしいのは、台湾やUKでのワクチン普及後のコロナ復活を見れば、日本でもありうるのだろう。
 ワクチン打ったのは感染しないのではなくて重症化しにくくなるということらしい。まだまだ社会不安が続くのだが、さて次の首相はどんな政治的舵取りをするのだろうか、ナントカミクスとかナントカマスクなんてのやるのかなあ、お手並み拝見である。

狂歌<新規対策強化>
次々と攻め来るコロナの変異株こちらもせめて首相を変異


●総理大臣をスカさんからキシンダさんに取り換えるらしい

 この夏はいろいろ大事件があったが近いところでは、総理大臣交代劇が始まったことだ。昨日、スカさんの次の総理大臣候補者が決定(自民党総裁選挙)したから、これまであれこれとあってキシンダ空気も和らぐ秋になるのだろう。

狂歌<自民神輿>
多派群れてスカをかつぎてそのあまり軽きに呆れ1年でポイ

狂歌<災禍三代目登場>
アヘン禍にコロナ禍に重ねオリパラ禍キシ日本列島

 誰に交代しても、スカさんよりはマシだろうと思っていた。立候補者の中にはマシでないおばさんがいたが、結論はまあまあマシらしい人になるらしい。でも、変わり身の早い人らしいから、リベラル空気は薄らいでいくのだろう。

 それにしてもこれだけ自民党大宣伝大会がオリパラのように報道され(8月も9月も読むところすくない新聞が配達されて困った)、この勢いで総選挙になるのだから、マスメディアは自民党の作戦にすっかり乗せられてしまった。
 その点では、スカさんは身を犠牲にして党の作戦に乗ったエライ人なんだ。これに選挙民も乗せられて、ホイホイと自民に票を入れるのだろうなあ、オメデタイ。
 次の緊急事態措置適用とか解除の宣言は、キシンダさんがやるんだね、ああ、メデタイ、おめでたい。

さっそくゴミ扱い。スカさんの選挙区の横浜市南区にて

●オリパラアスリートは相変わらずだんまりバカ

 今年の夏のもうひとつの大事件は、コロナの真っ最中であるにもかかわらず、オリンピックとパラリンピックなんて世界運動会を、関東あたりを中心に開催したことである。
 火事場で大宴会である。常識的に考えると、このドタバタの大取り込み中に、あんなお祭りをやることはありえないだろう。世の中の大小イベントを中止している中で、あまり大きすぎてストップできなかったのか、とめる勇気が無かったのか、歴史的に記念となる非常識な負の遺産イベントとなった。

 競技者や関係者からの感染者は、比較的少なかったとの発表で幸いだが、そのためにどれほどのヒトとカネ(税金)を投じたのか、それが日本住民のコロナ防疫にどう影響を及ぼしたのか、じっくりと検証してほしいものだ。医者も看護師も医療器材もIOCが持ち込んだのではあるまい。

 わたしはこのオリパラアスリートについて、開催中に不思議に思ってこのブログにも再々書いたことがある。
 それは、コロナで日本住民が苦しんでいる中で、オリパラ競技をやっている主役のアスリートたちが、勝った負けたについてはあれこれしゃべっても、コロナに関しては何もしゃべらないことである。

 お前らが遊んでいる隣で苦しんでいる患者が大勢いるんだぞ、お前たちを守るためにいろいろと医療資源を融通してやってるんだぞ、こっちが余ってるからじゃないぞ、東京あたりは医療崩壊という状況さえあるんだぞ、知ってるんだろ。
 わたしも近所の公園と道路を会場でもないのに接収されて大いに迷惑した。だのに、何のゴアイサツもない。失礼な奴らである。

近所の公園と道路がオリパラ遊びに長期接収されて住民被害

 IOCとかソウシキ委員会とか政府のお偉方はなんだかんだと偉ぶったり言いわけしたりしているが、肝心の主役である君たち競技者(アスリートファーストって言葉があるらしい)が、何にも言わないって、ヘンでしょ。 
 オリパラが終わったら何か言うのかと待っていても、いまだに何にも言わない。言いたくても言えない専制体制下にあるのか、それとも言う能力がないのか、バカにしてるのか日本住民を、、。(2021/09/30記)

参照:コロナ大戦おろおろ日録

2021/09/21

1588【ふたり同期会】コロナと老いる日々に抵抗して老人2人飲み会決行は楽しくも有意義だった

 

久し振りに自由が丘駅を降りた

 コロナコロナで蟄居を命じられて1年半を超えるる日々、コロナでなくても老いて寂しい日々となっているのに、あまりにひどい。元気なうちに閑に任せて親しい仲間たちと遊ぼうと、老いを楽しみにしていたのに、コロナにそれを奪われてしまった。

 蟄居閉門の日々で鬱屈がたまりすぎて、身体が破裂して死にそうだ。コロナじゃなくて死んでも不思議じゃない歳になってしまっているのだから、コロナで死んでももちろん不思議じゃない。
 どうせ近いうち死ぬなら、そのまえに蟄居をやめて、やりたいことをやろうと決めたのだ。まずは親友たちとの飲み会やりたい、というのだから、なんだか恥ずかしいが、そうなのである。

 そこで大学の同期生数十人に、その旨を書いて「集まって昼酒飲もうよ」とSOSメールを出した。さて何人が返事をくれるかなと、楽しみだった。
 直ぐに「よし行こう、善は急げ、明日にでも11時に自由が丘駅で会おう」と返事を呉れたのがイソヤ君。おおいに喜んで「よし賛成」とすぐ返した。

 これらのメールはメーリングリストを使っているので、全員に同文が行き渡っている。つづいてササ君から、「残念ながらその日は都合悪い、次回よろしく」とのメール。そのほかはなしのつぶて。「便りが無いのは元気な印」と昔から言うのを信ずることにする、

 でも、たった2人でも昼飲み会は成立する。晴天の秋のよき日の今日、2人同期会を決行した。イソヤ君とは去年の10月に横浜でふたり同期会飲み会を決行したのだった。わたしはその時を最後に飲み会なるものから縁が切れていた。禁断症状が出るのは無理もない。

 さて1年ぶりだから、ふたりもそれなりに老いただろうし、マスクしてるから分かるだろうかとの心配、それはは無用であった。
 ひさしぶりに自由が丘の街探検もしようと、うろうろと飲み屋街を歩きつつ、昼酒の店を探す。裏通りも妙に小ぎれいになっているのに、なんだか当惑する。

 ところが探せど探せど酒を出す店が見つからない。まるで禁酒法時代到来で、どこかの地下室の秘密酒提供店を探すしかないらしい。
「どうも漂流してるね」
「うん、こりゃ酒飲み難民だね」

 足が疲れて来た。そんなとき、やおらイソヤ君がかばんを開けて言った。
「実はこういうこともあるかと、ほらこれ持ってきた、カップ酒!」
「うわッ、すばらしい、さすが酒飲みバンザーイ」
「店に入って飯食いつつこれを隠し飲みしよう」
「う~ん、ますます禁酒法時代気分だねえ」
「でも見つかったらしょっぴかれるだろ、この歳で留置場はちょっとねえ」
「じゃあ、公園とかの外で飲もうよ」
「そうだ、多摩川の土手に行って飲もうか」
「おお、橋の下とかね、気分でるねえ」

 なんて言いつつ歩いていたら、商店街の広い道の中央分離帯に並木があり、その木陰にベンチが並んでいる。
「おお、ここで飲もう」
「そこのコンビニで乾きものを買おう」

ここのベンチで二人宴会をやった(google)

 急に段取りが良くなり、大喜びでベンチに並んで「久し振りにカンパ~イ」。
 ようやくにして1年ぶりの飲み会にありつけたのであった。後で調べたらここは九品仏川を埋め立てた緑道であった。多摩川土手じゃなくもやっぱり川の上だった。

 なんとなく状況に貧しい感もあるが、久し振りの会合に話がはずんだ。アレコレ身の上報告しあったのだが、今考えるとそれこそが有意義だった。
 なにしろ二人とも老いなるものを生まれて初めて体験中だから、毎日のように分からないことばかりである。そこのところを、それぞれがどう生きているかを語り合うことで、老いの生き方を互いにおおいに知ることができるのであった。
 例えば、イソヤ君は老後に備えて料理教室の通っているし、わたしは妻の体調不良続きで料理人になっているなんてことを、互いに驚き称賛しあうのであった。実に有意義である。

 いつまでも道端で飲んでいるのも飽きたしカップ酒も飲み干したので、昼飯にしようと立ちあがりぶらぶら、裏道線路際のイタ飯屋のテラス席で、ちょっとは自由が丘らしい雰囲気のランチ会になったのであった。もちろん酒は置いてない。
「ああ、気分が良くなった」
「うん鬱屈が晴れたよ」
「きょうはありがとう」
「次は10月に伊勢佐木町界隈でね」

 こうして3時間ほどのふたり同期会は終わり、再開を約して別れた。いつも本日の遺影写真を撮るのだが、気分良く話していて忘れてしまった。
 と、ここまでは同期の人たちへの同期会開催の結果報告である。

 さて、わたしはその帰り道に日吉駅に途中下車した。ここは70年代に10年ほど住んでいたところで、4年ぶりの訪問でちょっと街を見て見たかったのだ。
 駅前商店街で直ぐに見つけたのは、ビール飲んでいる客がいる沖縄料理店、おお、ここは東京じゃないからかなあ、いや神奈川だって緊急事態なんだぞ、いいなあ、なんてついふらふら、気が付けばカウンターで沖縄そば食いつつ黄金色の水を、、、ひとり2次会。

(20210921記)

参照:コロナ大戦おろおろ日録

2021/09/15

1587【コロナご近所来襲】コロナ来て目にはさやかに見えねども郵便閉鎖に驚かれぬる

 晴れて気持ち良い秋の日の午後、港あたりまで徘徊して戻って来たら、近所の郵便局の前に男4人がいて何やらしゃべっている。おい、密になってるよ、入り口ふさいじゃいけないよ、今日は休日じゃないだろうにと思いつつ近寄れば、閉店している雰囲気である。


 扉に張り紙、なになに、窓口局員のコロナ感染が判明して、消毒のために窓口もATMもしばらく休止する、え、いつからなんだと見れば、一昨日の13日からとある。


 あれ、わたしは13日の朝10時ころ、郵便物を発送にここに来たよ、窓口の女性局員から専用封筒を買って現金と発送封筒の受け渡し、この間に必要なことしゃべったよ、あの人だろうか、ってことはもしかしてわたしも感染かな、いや、逆に私が彼女に感染させたかな、う~む、遂にコロナの奴ここまでやってきたか、。

 13日朝に発送手続した郵便物は宛先Sさんから届いた知らせがあったからいいけど、さて受け付けた郵便物全部を消毒したのだろうか。わたしの封筒発送後に感染判明なら未消毒だ、あ、Sさんがこれで感染したら大変だあ、。
 わたしは今日15日まで何ともないな、まあ、濃厚接触した仲じゃないもんなあ。
 それにしてもあわただしく消毒にかかったとしたら、そのまま局内に残っている郵便物もたくさんあるだろうなあ、大変だなあ。

狂歌<コロナ来襲>
コロナ来て目にはさやかに見えねども郵便閉鎖に驚かれぬる

 これまでコロナコロナと世間で騒ぐけど、現実に目に見えてのそれらしい事件は無かったのが、ついに300m以内の距離にコロナ軍が攻め寄せて来た。
 実際にはほかにも近所に感染者が発生して消毒騒ぎもあるのだろうが、公的施設じゃないと玄関にコロナでございと張り紙しっこないだろうから、これが初めての遭遇である。

(2021/09/15)

参照:コロナ大戦おろおろ日録


2021/08/31

1586【コロナと戦争の夏】太陽を取り巻き炎のあるごとく地球も負けず渦巻くコロナ

 8月が終わって暑い日ながらも秋らしい日も出現するようになった。この夏は地球のあちこちでいろいろと事件があって退屈しない日々だった。
 日本はもちろん世界中で、新型コロナはますます盛んなる活動をしており、特にデルタ型とか言う変異種の活躍が話題である。ウィルスは状況に応じてメタモルフォーゼするらしい。






 とうとう日本列島は北から南までコロナ王国による占領寸前の危機で、33都道府県が緊急事態とか蔓防措置とかの区域適用となっているありさまだ。感染者だらけで病院がどこも満杯、新感染者は家で療養してろとて、自宅不治療死者があちこちで出ている。これを医療崩壊と言うようだ。千葉では、妊産婦が感染して早産の危機になれども入院できず自宅療養中出産、新生児は死亡との痛ましい事件が起きた。

狂歌<もう勘弁して>
コロナ来てオリンピック来て豪雨来て泣き面を刺すパラリンピック
<火事場で祝祭>
日本にオリパラ国の植民地よ~く分った一国二制度 

 そんなときなのに日本人はすごいというか狂気というか、オリンピックとパラリンピックなんて国際大運動会を、最も感染がひどい東京千葉横浜で開催中である。何万人かを集めるこの行事開催禁止しないばかりか、中央政府も地方政府も庶民も応援している。医療関係資源も多くそちらのオリパラ王国植民地に確保されて、日本国のコロナはますます繁盛。いわば火事場で宴会しているようなもの、宴会させるほうもひどいが、宴会にくる競技者たちはもっと酷い。跳んだり跳ねたり勝った負けたと言ってるだけで、この渦中での愚行を謝る奴はひとりもいないのだ。アスリートのバカさ加減に呆れるばかり。

 コロナに罹らないために庶民ができることは、マスクや手洗い、人同士離間など消極的対応策しかない。積極的対応策はワクチン接種しかない。春頃には十分に確保したなんて首相が言っていたが、接種体制の構築がドジで、市民たち接種したてもなかなか接種に至らない事件が次々と起き、十分確保してある筈のワクチンが供給不足になったりもする。差配する政府のドジぶりがなんとも酷い。接種率がいまだに半分以下の割合だ。
 わたしは7月中に接種を終えたが、息子は昨日ようやく第1回目接種に至る有様。コロナは去年初めから起きていることだから、ワクチンについては十分に準備期間があっただろうにどうしたことか。

狂歌<横浜市長選>
政治家に学者に企業家小説家8択ギャンブル愛有~るか否か
<広島原爆忌あいさつ平然読み飛ばし>
字の読めぬ首相がいたけど今回は読めても意味を知らぬ首相か

 その騒ぎ中に横浜では市長選挙があった。横浜はスカ首相の選挙地盤であるが、見事に大敗した。野党が推す大学教授が当選、すくなくともIRギャンブル場誘致策はボツになり、首相の面目は完全につぶれた。これがコロナ禍の夏の唯一のスカッとした事件だった。もっとも、政治素人学者がこの巨大都市をどう運営するのか市民としては不安はあるのだ。
 9月末頃には自由民主党の総裁選挙だそうだから、ことのついでにスカさんから別の人になって自動的に首相交代を期待する。言葉の通じない人って、何とかしてくれ。もうだれでもいいから、今より少しでもましな人になるに違いない。国民のささやかなる願いである。

 そんな時に国際的大事件も起きるだから生きづらい時代だ。USAが2011年の9・11事件報復とて、タリバン憎しと始めたアフガン戦争で敗北して撤退作戦に入り、今月中に撤退完了するという。かつてベトナム戦争での大敗北があったこと思い出す。日本人とその協力者アフガン人たちを救出のために、自衛隊の航空部隊をカブール空港に飛ばしたけれど、そこに来る方法がないので結局は救出できた日本人はたたひとりだったという。日本大使館関係日本人は、その前にいち早く脱出したそうだ。タリバンに迫害されるだろう協力者だったアフガン人たちを置き去りにしたと非難の声がある。要するに救出作戦は失敗したのだ。比較してコリアの救出作戦成功が賞賛されている。

 ネットでは政府の政治能力欠如が言われている。コロナ対策の稚拙の上に恥の上塗りか。誰がリーダーになろうと難しい時代であることは確かだ。だからこそ信頼のある言動を見せてくれる人がその地位についてほしい。見え見えで官僚の書いたもん切り原稿を読むだけの今のお方って、見て聞くこちらが恥ずかしくなって困惑する。せめてヘタクソな言葉であっても、誠意のある自分の言葉で語ることのできるひとがリーダーの地位についてほしい。
 こんなささやかお願いしてるなんて、それは政権与党が得させるだけだなあ、。

狂歌<地球蝕>
太陽を取りまき炎あるごとく地球も負けず渦巻くコロナ
今、他の惑星から地球蝕を眺めると
日蝕のごとくにコロナ冠が輝いているだろう

(20210831記)

参照:コロナ大戦おろおろ日録
   まちもり通信総合目次/伊達美徳アーカイブ 



2021/08/30

1585【名人能役者野村四郎師逝く】素人弟子として師匠へのオマージュに名を借りて個人趣味記録

 能役者野村四郎(幻雪)が逝った。8月21日午前11時6分、多発性血管炎性肉芽腫症によるという。名人能役者の急逝を惜しむばかりである。

 8月24日には「能を知ろう会(第6回)」で「隅田川」レクチャー案内が来ていて、行きたいなあ、久しぶりに会いたいなあ、でもこんな時だからなあと悩んでいた。その前の会に行っておけばよかったと後悔しているが、もはや遅い。
 この歳になると、何かやりたいと思うときは即実行あるのみ、またいつかと思っていると人生に間に合わない、こう思っているのだが、そうか、それは自分の人生ばかりではなくて、他人でも同じであると気が付いた。

 個人的には野村四郎先生と言うべきである。20年にわたって能謡の稽古をしていただいた素人弟子だから、野村四郎師といってもよいだろう。わたしより1歳年上である。
 わたしが師と呼びたい人は、学業時代には2名、社会に出て仕事関係で5名をかぞえるが、習い事の師はこの野村四郎先生のみである。もともと習い事が嫌いなので、これが唯一である。ちょっと思い出を記録して、野村先生へのオマージュがわりとする。

 能謡を習うことになったのは1992年のこと、大学の先輩から強引に誘われて仕方なく義理で始めたのだった。だが、すぐにこれは面白いと思い、中断しつつも20年ほどもつづけた。稽古場は渋谷の桜ケ丘の坂下の谷間にある共同住宅ビル1階にある貸稽古場だった。

 素人弟子十数人がここで謡と舞の稽古を受けていたが、四郎先生は他にも何カ所か稽古場をお持ちだったようだ。鎌倉の小町通でばったり出会ったこともあるが、稽古の帰りだった。稀に先生の都合が急に悪くなり、玄人弟子が代稽古にやって来た。
 わたしのような素人弟子は100人以上いたのだろう。観世能楽堂での年に一回の素人弟子による恒例の発表会「観生会」出演者が、朝から晩までつづいたものだ。

 稽古日は月に2回で、1回が30~40分の1対1のさしによる伝授であるから、人間国宝(その当時は未だだったが)のこの人を独占する贅沢なものだ。
 もっとも、束脩(入門料)と月謝は安くない。年に一度の「観生会」(おさらい発表会)も結構な額だった。他の稽古事を知らないから、比較しようがないが、当時の手帳を見ると、入門料4万円、月謝1.5万円、会場費月2500円、中元歳暮各1.5万円とある。その後に値上げされた記憶がある。

 書棚にある「観世流初心謡本・上」を出してみる。最初にわたしの書き込み「1992年2月7日より」とあるから、その日から20年ほどの稽古になったのだ。
 この本の最初の「鶴亀」からが始まり、その初めの4ページにもわたって四郎先生による赤ボールペンの書き込みがある。謡本にある記号の謡い方についての最も基礎的解説である。口で説明だけでは忘れるからと、口伝えと筆伝えである。

「鶴亀」謡本への野村先生による赤字書き込み

謡本

 稽古はとにもかくにも口伝えで、師の謡を一生懸命真似するだけである。ヒマな時は半日も稽古場に居て、他の人の稽古もずっと見聞きしている。仕舞の稽古も見ていて、先生の教え方の上手いのに素人ながら感服する。全部終ると近く居酒屋に先生と数人で行くのを数年は続けていたものだ。そんなお稽古だったこともある。

 そうやってつぎつぎと「橋弁慶」「吉野天人」「土蜘蛛」「竹生島」「経正」ときて、秋11月「観生会」がきたのだ。未だろくに謡えないわたしが出演発表するはずがないと思っていたら、「経正」のシテで出演するようにと先生から指示を受けた。
 実のところなにがなんだか分からないまま、先輩方の言われるままになんとか舞台を務めた。相手ワキをやってくださったのは、同じ稽古場のベテラン女性であった。観世会のプロが大勢一緒に出演して素人をひきたてる演出の舞台に驚いた。
 そのとき、わたしは意外に舞台度胸があるのだと気が付いた。間違っても動じないのである。仕事で大勢相手に講演やら大学講義していたから当然かもしれない。

 その時の手帳を見ると先生から指示された当日の費用メモがあり、役料8万円、会費5万円、引き出物5万円、貸衣裳1.1万円、2次会1万円、録音テープ2千円とある。これから毎年の会ではこれ以上がかかった。
 でもこれは初心者だから短時間出演で安い方だろうと思うのは、中には能を丸々やって出演する素人弟子がいて、100万円以上の金額になるらしいのだ。装束もすごいが、プロがあれだけ大勢で支えてくれたら、それはかかるだろう。これもプロの生計の種だろう。野村先生は弟子たちの出演のすべてに一緒に登場だから、その体力に驚くばかりだった。
 月々のお稽古にかかる出費とともに、年に数回の先生公演チケット購入もあるから、その頃の私は何とかこの程度はできたが、20年後には無理になった。

初舞「経正」 1992年11月観生会 観世能楽堂

 わたしは何とか基礎的な謡はできる気がしてきたのは、2年たったころだったろうか。大学先輩たちの謡を趣味とする会に誘われたが、どうも私には向かないと分った。謡そのもののテクニックに凝る人がおおいのだ。
 だが、謡よりも能楽そのものに興味が湧いて来て、わたしは謡テクニックに興味を失い、はじめの頃のように予習復習をしなくなった。能見物に松濤の観世能楽堂や青山の銕仙会能楽堂、あるいは水道橋の宝生能楽堂に通い、一時は毎週のように観ていた。

 そして稽古場での野村先生の能楽に関する雑談を愉しむようになったのだ。その教え上手に喜びながら、話し上手に能楽界のいろいろなことを聞いて楽しみ、自分が習うよりも教える先生の美声を聞くことが、わたし稽古ごとになった。
 これが私が能を観るときのバックボーンとなったのである。自分が謡うためではなくて、能楽鑑賞のための稽古になった。

 教わったのは観世流現行約200曲中の62曲であった。「鶴亀」がもっとも初心の5級(観世流ランキング)であり、結局もっとも上級の重習には至らず、その一つ下の9番習いの「藤戸」がわが謡い稽古の最高級であり、その下の準9番習は「西行桜」で、この2つは観生会出演のために稽古したのであった。

「藤戸」2006年9月観生会 観世能楽堂

 先生の稽古は口移しに真似させることであり、こちらはとにかく先生についていくのが精いっぱいであった。曲の内容とか曲趣に関する教授はほとんど無かった。
 先生は話し上手の話好きであり、わたしもそれを聞くのが楽しみだったが、稽古としてのその謡の場面の謡い方を教えても、謡曲の内容について話されることはなかった。それはこちらは結構な大人だから、必要ないとされたのだろう。

 とにかく、これほどに多くの謡曲を習うばかりか、能楽を200番くらいは見てきたから、日本古典文学や和歌への基礎的素養ができていることに、今となってわかるのである。野村先生のおかげである。短歌を遊びで作るとき、古語の言い回しもそれなりにできる。
 なるほど、昔の年寄りが何やら古めかしい言い回しができるのは、こういうことがあったのか、自分がそうなって気が付く。

 能楽舞台として鑑賞に、稽古での多様なお話が鑑賞の大きな助けになったことは言うまでもない。能楽界の裏話的な話題もあったし、自分の舞台での失敗話、観世家にある能楽資料のことなど、話は尽きないのだった。芸談として公然と録音していたこともあった。
 稽古時の先生の美声のテープがたくさんあったが、ずいぶん前に廃棄した。今いくつかの野村四郎能公演録音テープがあるが、そのころ能楽堂で密かに録音したものである。もうあの美声を聞くことはできないから、貴重かもしれない。
 あの美声の裏に潜む何かが微妙に聞こえてきてそれが美しいのだが、稽古の時のそれを真似しようとしても不可能だった。

 四郎先生は東京芸大の教授に就任されてからは、他の流派とか他の分野とのコラボ舞台を企画演出出演されるようになり、これは実に興味深かった。古典中の古典と言われる能楽でこのような冒険ができるのかと思った。私がまだ能楽に興味なかった頃、先生の師である観世寿夫たちがそのような活動したらしいが、観たことがなかった。
 例えば、村尚也の作・演出、豊竹咲大夫の義太夫によって、「謡かたり隅田川」を能舞台にあげたのは画期的意欲作だった。芸大では音楽学部の他分野も美術学部も入れて、新しい「熊野」公演の企画演出出演もあった。能の新作「実朝」も観た。モンテベルディのオペラ「オルフェオ」も、演出と出演で面白かった。

 私が観た最近の四郎先生の舞台は、去年の横浜能楽堂「善知鳥」だった。その前は2017年5月5日「野村四郎傘寿特別公演」であった。観世能楽堂が渋谷の松濤から銀座に移ったので、それも見たかったのだ。でも松濤の能楽堂のほうがはるかに良かった。こんどはせせこましく地下4階に閉じ込められて、閉所恐怖症のわたしは2度と行かない。
 特別記念だから大曲を出すのかと思ったら、それは息子の野村昌司「安宅」に任せて、野村四郎は「羽衣 彩色の伝」であった。そういう取り合わせの意味するところを知らないが、隠居への道かと思ってしまった。

  その前の2017年1月に国立能楽堂で「隅田川」を観て以来だった。そのときに、さすが年には勝てないのか、あの華麗なる謡にいくぶんかの錆と淀みを聴いたのが、ながくその美声ファンのわたしには寂しいと感じた。その前の2016年11月「横浜能楽堂で観た「六浦」ではそんなことを感じないでうっとり聞いたのだったが、、。
 能謡の稽古をやめてからも、能演を観に行くことはそれなりにやっている。近所の横浜能楽堂にちょくちょく行くのだが、5年前の「六浦」からこちら、おいでがないままに会うこと出来なくなった。

 1998年のこと、そのころ私はある商業出版雑誌の編集に関わっていて、能楽関係の特集号を企画した。そして野村四郎インタビュー原稿「名人能役者に能楽を聞く」を書いた。だが、雑誌の廃刊で日の目を見なかった。この時は稽古仲間の建築家に頼んで、佐渡島に能舞台を訪ねる紀行の企画もあった。要するに遊びを仕事に仕立てるのに失敗したのだった。

 わたしは野村四郎の舞台をかなり数多く観た。そのうちのごく一部についてブログにこんな素人鑑賞記録を書いた。
・【能楽】野村四郎「善知鳥」と25年前の友枝昭世を2020/10/11
・【能楽】
銀座移転の観世能楽堂移転は超便利だが苦手2017/05/06
・【能楽】傘寿人間国宝・野村四郎が演じる「隅田川」2017/01/27
・【能楽】野村四郎「六浦」楓の精に音と姿の構図美②016/11/28
・【能楽】野村四郎兄弟3人そろって人間国宝とは2016/07/16
・【能楽】「仲光」演技は素晴らしいがストーリーが2016/02/20
・【能楽】「檜垣」に演者にも観客にも老いを重ね観る2013/12
・【能楽】「盛久」の英語字幕を見てお経の意味理解2013/11
・【能楽】野村四郎の能「鵺」を観る2009/12
・【能楽】能「摂待」と「安宅」2008/10
*【能楽+義太夫】コラボ能「謡かたり隅田川」2005/12/03

 わたしは「能役者野村四郎」サイトを作っていたが、最近は怠惰になり公演情報も途切れがちだった。勝手に作ったのではなくて、始めるときに先生の了解を得ていた。どうやらこれでもうこのサイトも消えてもよいだろう。
 能楽界での重鎮として大きな貢献されたことは素人には分からないが、個人的にわたしに唯一の趣味を育てくださったことに感謝を申し上げて、ご冥福を祈る。

 能役者野村四郎、そちらの世界でも舞い続けよ、合掌。  (2021/08/30)

参照・能役者野村四郎サイト https://nomura-shiro.blogspot.com/p/at.html
  ・趣味の能楽等鑑賞記録 https://matchmori.blogspot.com/p/noh.html