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父のアルバムにある古い写真から判断して、初めて子(夭折したわたしの姉)が生まれた1935年に購入したようである。
その後のアルバムの様子では、1942年頃までは使ったらしいが、戦争時代になると乾板は手に入れられなくなるし、写す当人の父は兵役で居なくなるし、その留守中にわたしが玩具にして壊したりした。
それでもわたしが中学生くらいのときに何とか使えないものかと、カメラ屋に相談に行ったことがあったが、もう乾板を売っていないからだめといわれた記憶がある。カメラの名前は「KINKA HAND CAMERA」と書いてある。日本製だろか。
今ではさわると壊れるくらいに、ぼろぼろとなっいる。もう処分しよう。
父は映像に趣味があったらしく、手回し式8mm映写機があり、フィルムが2巻あった。そのひとつがチャップリンの出演するものだったが、もうひとつはなんだか忘れた。
幻灯機もあり、絵を描いたガラスを透過して写すものだった。絵の内容は、宗教的なものだったような、うろ覚えである。
小学生くらいまでは時々見て遊んだ覚えがあるが、わたしが物心ついてからは、父にそのような趣味はなかったようだ。
どちらの機器ももうないが、あれば骨董品として価値があるのだろうか。
いつの日かわたしの遺品のPCやデジタルカメラを見て、同じようなことを息子が思うだろうか。
追記:これを書いた1年半後にカメラの製造所が分かった
●参照→343続・父の遺品の蛇腹写真機