宮崎県北の高千穂に、夜神楽見物にはじめていってきた。
高千穂は天孫降臨神話に出てくる地名であり、昔むかし、だれか地域振興を考えた人が探しだしたのだろうが、高天原、天岩戸、天真名井など、それらしい地形地物にあわせて名づけた名所がある。
戦中にはそれを教科書に載せて、皇民教育の材料につかわれた。
天岩戸の場所に同名の神社を建てていて、神社の人が戦中の物語のままに解説してくれるアナクロさが面白かった。
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神話を基にした神楽が、町内の各集落ごとに伝わっていて、それらを総称して高千穂夜神楽というようだ。
集落ごとにその内容に違いがあると聞いたが、標準33番の演目があり、18時間ぐらいぶっ続けに舞う。
夕方から始めるのだから、当然に徹夜で次の日の昼ごろまでかかる。
舞う場所は、各集落の中で毎年持ちまわって神楽宿を担当する仕組みである。これは山形県の黒川能で、当屋と言われるもちまわり当番の演能の家の制度と、ほぼ同じであろう。
住家の中心に神楽の舞台となる2間四角の天井の高い部屋があり、一方は神棚があり、一方は楽屋となる座敷、残り2方は観客席となる座敷が取り囲むプランである。
それにしても、相当に奥深い山村で、このような伝統芸能が伝えられているのは、驚くばかりである。
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秋元という集落の神楽宿を訪れた。
高千穂の街からして奥深いが、秋元集落はそこからさらに14キロも山奥に谷を分けて入る。
四国の祖谷も、ものすごく山谷越えて奥深かったが、あちらは妙な観光化していて偽物くさい山村、こちらは本物純粋の山村だった。
この集落の世帯数は41、住人は約120人と地元の人から聞いた。
集落の人たちほとんどみんなが神楽舞を習って舞うのである。だから演者は高齢者から中年がいて、一番の若者は中学生であった。
岡山県に伝わる伝統芸能の備中神楽が、神話をもとにストーリーを持って演劇的かつ見世物的であるのに対して、高千穂神楽は神話に基づくストーリー性はあるが、むしろ舞踊性、音楽性、様式性を重んじ、演者たちが楽しむのであった。
前者が半プロの社中制度であるのに対して、後者は集落ごとの伝統行事である違いが明確に出ている。
山形県に伝わる伝統芸能の黒川能は、これら両方の特質をうまく組み合わせた感じである。
もうひとつの特徴は、地理的な関係もあるのか、備中神楽では出雲神話が重要な位置を占めるが、高千穂では全くそれがなくて主に岩戸神楽であることだ。
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とうとう徹夜で見てしまったのは、その笛と太鼓の単調なメロディーに覚醒作用があるのかもしれない。
山深い里の 外に出て棚田の上から深い谷間と遠い山並みを見ていて、そこから湧いてくる楽の音を聴くと、それは神秘的でさえあった。
その舞は、基本となるステップを、小道具や人数によるバリエーションで繰り返し繰り返し踏むのであった。踊りではなく舞の系統である。
コミック性をもつ2番もあった。備中神楽が語りや演技でコミック性が高いのに、こちらは33番中のわずか2番であった。
古拙な面が楽しい。能面ではなく狂言面に近く、男面も女面も顔にかぶさるほどに大きいのが特徴的である。
集落住民たちが自分で楽しむ芸能だから、演技の途中でヒョイと停まって、次はこうしようかって相談しているらしい場面も時々ある。それがまた見ていて楽しい。
黒川能、備中神楽、福井県の池田水海田楽舞(ミズミデンガクマイ)や若狭風祇能(カザイノウ)など、山村に伝わる芸能を見てきたので、その比較をいずれ書いてみたい。
参照 ◆自然と生活を二つの山村に見る-小国と祖谷
◆池田:能楽で地域興し(2001,03)
◆若狭:能舞台の宝庫(1997)
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