2026/06/12

1954【老酔録㊳卆寿】ついに来た卆呪わが身をネタにして医療と老いと死を衝き書かむ

●なんとまあ卆壽になったよ! 

 わたしはこの5月初めに89回目の生誕記念日を迎えた。つまり数え年で90歳、すなわち卒寿(卆壽/卆呪)になった。わらながら思う、これはなんともはや凄い、不可思議、奇々怪々、わたしは妖怪か、仙人か。生きる策を何もやっていないのに、なぜだろう?。 

 白い顎鬚こそないが、本当に仙人になった気もする。もしかして雲に乗って空を飛ぶことができるかもしれない。地上30めの空中陋屋住み家のバルコニーから水平に飛び出せるかもしれない。試す勇気はないが。

 もちろん、だいぶ前から、この日が来るらしい様子には気が付いていたから、今さらどうこう言うのでもないが、それでも人生初めてのこと(毎日そうなのだが)だから、不案内な場所に踏み込んで居心地が悪い90年目と89年目と80年目とどこが違うのか?

●痛くも痒くもないのに偶然から医者通いの身に

 身体内部はどこといって悪いところはないと思うのだが、かかりつけ医(去年からこれが存在する)が言うには、血圧が高い、心臓脈がヘンだ、甲状腺がオカシイ(ほかにもなにかいわれたような気がするが忘れた)とて、朝夕合わせて薬を4粒呑めと処方する。こちらは痛くも痒くもない、何が変なのか?。

 確かにわかるのは身体運動は次第に不自由になりつつあることだけ。歩行速度の低下だけが自覚する唯一の身体不具合だ。その他は何もない(らしい)から、医師の言を理解できない。朝夕の薬をしょっちゅう忘れる。医師は毎月来いと言う。薬がなくなると行くのだが、いつも2カ月に1回ぐらいとなる。

 そもそも医者通いの身になった理由は、一昨年の暮れごろ、ヒマだなあ、そうだ健康診断に行ってみようかな、もう10年以上もやっていないなあ、年一回は市の負担で診てくれるらしい、タダならヒマツブシに健康診断に近所の総合病院へ。

 あれこれ検査やって、最後に医師の問診、「血圧が200と異常に高いが、具合はいかが?」「何ともありませんが、なにか?」「ではすぐに専門医に診てもらいなさい」「え、は、はい」てなことで、こんな偶然でわたしにもかかりつけ内科医ができた。

 それまで怪我や白内障や皮膚病でそれぞれ専門医にかかったことはあるが、内臓関係の医師にかかった記憶がない。めったに医師であったことが無いのだ。たまたま高血圧の妻につきそってクリニックに行ってはいたが、自分は無関係と思っていた。

 そんなきっかけだし、何も自覚症状がないから、真剣に医者の話を聞かない。医師から見るとわたしは不良患者だろう。あるとき頻尿がおきたので、聞けば呑むある薬が原因だという。それを呑むことで95歳になること人工透析する身になることを防ぐのだそうだ。

 薬苦痛を誘発しては医療の意味がない。「夜間頻尿で寝不足になり不機嫌な日々が続いて95ませ生きるよりも、機嫌よく生きてその前に死ぬから、その薬をやめたい」という。医師は渋っていたが処方から除外してくれた。

●人間の医療と老いと死について考えはじめる 

 めったに罹らなかった医師に毎月診てもらう身になって、そして気になってきた超超高齢になってみて、ここらへんで、人間の医療と老いと死について真面目に考えてみようかという気になってきた。めったに医師にかからなかった頃は考えようもなかった。

 実は3年前の夏に、2年間もの無無我夢中でやっていた妻の老々看病介護を終えた。その間に多くの医療関係者が出入りした。そして今、偶然にかかりつけ医を持ったこと、そして90歳の身になったこと、これらが医療と老いと死を考える最適の条件にあるらしいのだ。

 そのために他に資料を求める必要が無い。なにしろ身近過ぎるわが身と心を対象に考えればよいのだから、便利だ。世にある老いや医療や死をテーマの出版物は数多いが、そんなものを読む気はさらさらない。わが身を読み取ればよろしい。

 もう20年も前だったか、大学同期の友人が癌で死んだ。彼はその病の初めから死までを、同時進行でネットに書いて教えてくれた。息を詰めるようにして毎日読んだ記憶がある。わたしも自己の死に到る同時進行ドキュメンタリーを自分の手でここに書いてみたい。

ついに来た卆呪わが身をネタにして医療と老いと死を衝き書かむ

(2026/06/12記)

ーーー老 酔 録ーーー
米呪を越えて老いに酔い痴れる日々の記録
https://datey.blogspot.com/p/blog-page_23.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
伊達美徳=まちもり散人
伊達の眼鏡/老酔録 https://datey.blogspot.com/
まちもり通信 https://matchmori.blogspot.com/p/index.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

2026/06/04

1953【老酔録㊲自然の森】神宮内苑の森は高木亞高木中木低木本草地衣類に覆われて人間を拒む自然環境

  (【老酔録㉟新緑の森】からつづく)



 急に思い立って、東京の明治神宮内苑の森(約70ヘクタール)を見に行った。
 神宮内苑に行く気になったのは、近くの根岸森林公園ばかり行っていて、その初夏風景(2026年5月30日)をこのブログに載せて公開したのは昨日のことだが、それらの多くの森の風景を見ていて次第に気になったことがああったからだ。

 それがなにであるかは、昨日公開ブログのあちこちに書いているが、この森は日本の本当の自然ではないぞ、この樹林の内部がこんなにも整然としているわけがない、ということだ。公立の公園だから人間が手間暇かけて、樹林の中の地表を掃除して、草やブッシュを刈り取り、新芽生えをも刈り取って、落葉さえも運び出しているに違いない。

 公園とはそういうものだろうから、それはそれでよいのだが、日本の自然植生はこんなものではないことは、私自身の生まれ育ったの古い神社の森の中だった体験や、長じて植生学者の宮脇昭さんの知遇を得て、日本の自然とはどういうものかを教えてもらった経験から、知っている。

 あのようなうっそうとした日本の森にしばらく出会っていないことに気が付いたら、無性に見に行きたくなった。もう遠くの山中の森に行くことは無理だ、どこがよいかと考えていて、そうだ明治神宮の森を見に行ってこようと思いついた。

 この歳になると、やろうと思いついたら、すぐに実行するのだ。そのうちにやろうと思っていると、身体が動かなるときが来てしまうからだ。そこで一昨日(2026年6月2日)明治神宮に行ってきた。神社参拝に行ったのではなくて、森を見に行ったのだ。


 ここに来たのは超久しぶりだ。これまでに何度かこの森を眺めにやってきた。この森は明治神宮を創建する時に、全国から苗木を集めて、新たな森を作ったのだ。日本の自然に近い森をつくろうと、植生専門家による超長期構想森づくりが動き出し、100年も経つとこのような森に育ってきたのだ。


 林内には小道があるが、この道ではめったに人に出会うことはなかった。森に関心持つ人はいないのだろう。







 ここまでの写真は、人の手が入っていることが見えにくいところばかりだ。これらは決して管理の手が入っていない自然の森ではない。内苑の森は公園ではなく、神社の敷地であり、神社としての深淵なる雰囲気というか環境をつくるための森である。だから管理のために縦横に車の入る道もあり、中心部には戦後再建の神社建築もある。

 神社そのものに用はないので、見ないで帰ろうかとも思ったが、本殿だけに寄ってきた。何十年振りだろうか、それらの風景も載せておこう。
 左に見える南の正門の鳥居は街と森の結界をつくる。右は原宿駅と表参道の街。

 内苑の森のほぼ中央にある本殿前の広場。拝殿の左右に大きなクスノキが樹形を丸く剪定されて立っている。クスノキはこのような幾何学的な樹形にはならない。ここでは自然も人口の形態に整えられる。
 そのクスノキの右の森の上に、神宮敷地外部にある建築の塔が一つだけ頭をのぞかせているのが、異形である。あれが電気通信のための塔であることを知っているが、なるほどなおさらに異形の度合いが高まる。 

 異業といえば、もっと異形な雰囲気は、ここに見える参詣者たちであろう。見たところその9割は、外国人観光客らしいのだ。しかも、非アジア系人種がほとんどである。そのような外国人老若男女が、なぜこれほど多くが訪れる地なのか不思議である。

 歴史的にも創建から100年ほどの新しい場所なのに、なぜだろうか。団体旅行の定番訪問地としても外国人に花のだろう意味が分からないだろう。彼らはこの森に興味をまったく持っていないことは、これほどいても森の中で出会うことが無かったことからわかる。日本人でさえも、森に注意するものはほとんどないようだし、観光資源にならないのだろう。

 北参道からの入り口の鳥居が街と森との結界をつくる。


 こうしてみると、わたしが遊びに日常的よく行く根岸森林公園とは、全く異なる風景の森だであることが分かる。決して自然の森ではないが、それに近い森林景観だ。久しぶりにそのような森の中を歩いてきた。故郷の神社の森に来た感もあったが、決して美しい森ではない。だが自然とはもともとそういうものだと、改めて思ったのだった。

(2026/06/04記)

ーーー老 酔 録ーーー
米呪を越えて老いに酔い痴れる日々の記録
https://datey.blogspot.com/p/blog-page_23.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
伊達美徳=まちもり散人
伊達の眼鏡/老酔録 https://datey.blogspot.com/
まちもり通信 https://matchmori.blogspot.com/p/index.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

2026/06/03

1952【老酔録㊱新緑の森】四季を通じて歩く森林公園の新緑樹林を徘徊しつつ日本の自然を考える

 緑が燃えるように輝く、美しい季節が来た。この四半世紀を四季を通じて毎週のように歩きに来る「根岸森林公園」は、最も美しい時だ。日の当たる芝生から、木陰が涼しい林内へと、徘徊コースを変えた。


 自然の緑はますます盛んになるが、生身のわが身体は次第に退化してくる。この20年ほどの間に、いつも歩くコースにかかる時間が、昔と比べて2倍くらにもふえた。脚を左右に出す調子も歩幅もあまり変わらない(と自分では思っている)のだが、速度が次第に低下するのは、老衰のせいだろう。 

左に縦に伸びる緑地はアメリカ軍の住宅地で今年中に日本に返還される

 今年の初夏の緑をここに記録しておこう。来年は記録できるかどうかわからないから。

 この森林公園(19.3ヘクタール)は、森林公園とうたっているが中央に大きな芝生広場を設けていて、メインは森林ではなく芝生公園だ。利用者の多くは芝生地にテントを張ったりしている。こうなる前がゴルフ場だったからだろうし、都市住民が好むのは広い芝生である。

 いまは新緑で美しい。アスファルト舗装の周回道路ではなく、林の中の道のないところを落葉を踏みつつ歩いて行こう。

 樹林のなかは見た目は気持ち良いが、落葉がフカフカと積る中に、木の根が複雑に浮き出てきて、足元に注して転ばぬように歩く。脚が不自由になろうとする時期の老人には、これは一種のリハビリテーションになりそうだ、と思うことにする。

  落葉樹林は新緑にすっぽりと包まれている。気持ちよろしい。

  タブノキ常緑樹林は、いま新緑に交代する時期だ。新芽が萌えるように輝いている。


 シラカシ、タブ、スダジイ、マテバシイなどの常緑樹林に入ると、暗くなる。
 
 暗い森の向こうに明るい開放的な草地が見える風景は、森に住んでいたころの人類が森の外にあこがれて出ていく頃の遠い記憶が脳内にあり、一種のあこがれ風景であるらしい。

 常緑樹林の中にぽっかりと広がる草地には、黄色い野の花が咲き誇る。切り株に腰かけてぼんやりと過ごす。

 草刈り機の音が森に響いてきた。そうなのだ、この森には下映えが何もないのは、この公園管理のおかげなのだ。下刈りを常にやっているのだ。そうしないとこの樹下の空間は、低木や草本類が繁茂して、足を踏み入れようもないジャングルになる。それが日本の自然だ。

 日本の樹林は、下層には低木や本草で藪になるのが普通なのに、ここでは何も生えていない素っ裸だ。それは人間が下刈りを常にやっているからだ。こんな樹林は不自然だが、人間には快適だ。公園とは、そういう不自然な自然をいうのである。悪口を言っているのではない、そういうものだ。

 燃えるように輝くタブノキの新しい葉。
 
 軟かに萌え広がる針葉樹の新芽。
 
 常緑樹林の下は、今萌えてきた新しい葉にとって代られつつある去年の葉が、はらはらと落ちつつある。

 斜面地は人が入らないから、低木や地衣類を刈り取っていない。ヒトは足を踏み入れるのをためらうが、これが日本の自然の姿だ。

 落葉樹林は若葉が美しく明るい。でも本当の自然ならば、落葉樹だけではなく、常緑樹も交じり、土の上には笹などの地衣類が繁り、その上に低木のアオキなどがびっしりと生え、中木も生えるはずだが、ここはここは公園として、人間が好む姿の単純な植生を人工的に作っている。

 公園と街との境あたりの急斜面は、道路端にはマント群落があり、斜面地には地衣類、低木、中木、亞高木、高木という、まさに自然樹林の姿を見せいる。自然の樹木類は大小の仲間で群落というパンツとズボンをはいて、動物や人間や風雨から自らを保護している。

 その近くの建物を撤去した空き地には、蔦類が繁り蔓延って、土地を保護するかのように衣類のようにびっしりとまとわりついている。この姿は、自然促成遷移してゆき、やがて樹林地になる。もっとも、日本の都市ではその前に人間が手を入れて改変してっ自然を駆逐してしまう。

 人間と森林の自然のありようをいろいろ考えているうちに、そうだ、久しぶりに東京明治神宮内苑の森を見に行きたいと思いついた。あそこでは、この根岸森林公園とは対極的な森林づくりをしている。(つづく:明治神宮の森へ

(2026/06/03記)

ーーこのブログの関連記事ーー
2021/08/02・1581【緑の巨人へオマージュを】実践の植生学者・宮脇昭氏逝去 https://datey.blogspot.com/2021/08/1581.html

2008/05/04・001【横浜ご近所探検】ふるさとの森の大学キャンパス https://datey.blogspot.com/2008/05/httpwww.html

ーーー老 酔 録ーーー
米呪を越えて老いに酔い痴れる日々の記録
https://datey.blogspot.com/p/blog-page_23.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
伊達美徳=まちもり散人
伊達の眼鏡/老酔録 https://datey.blogspot.com/
まちもり通信 https://matchmori.blogspot.com/p/index.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━