2021/04/17

1561【コロナの春行く】願わくは緑の木陰に夏死なむその皐月の望月のコロナ


故郷の街(高梁盆地)に住む高校同期生からメールが来た。その便りの中になかに、同期のある女性の息子が母校の高校の校長になったという、おめでたい知らせがある。
 一瞬脳裡に浮んだのは、自分が生徒の頃の年取った校長の顔であり、そんな年寄りの息子がいるのか、すぐに思い返して、そんな年寄りの子がいてあたりまえの歳になったと気が付いた。よくまあここまで生きたものだ。

 そしてまた、同期生男女5人で野外宴会をやって楽しかったと写真もついている。懐かしい顔ぶれであり、もちろん息子に校長がいておかしくない容貌だ。
 今どき宴会なんて、羨ましいことだ。それなりにコロナに注意してやったとあり、そうか、あの小さな静かな盆地も興中の災禍にあるのだと気が付いた。

 そこで故郷にはいったいどれほどのコロナ感染者がいるのだろうかと、高梁市のウェブサイトで調べてみた。
 盆地での状況はわからないが、高梁市域内の数字はあった。これまでのコロナ感染者数の累計は、15人である。桁が違うと見直したが、去年7月以来ぽつりぽつりと発生の様子。


高梁市内の新型コロナウィルス感染者数
(市のウエブサイトより、元号記述を西暦に修正)
 こちら横浜市では毎日何十人も発生する。現在は累計約22000人で、高梁市の1470倍の感染者数とはすごい。
 人口の差かと思ったが、それは横浜(372万5千人)が高梁(3万2千人)の116倍だから、人口は言い訳にならない。なんとも申し訳ない気分である。

 故郷便りの添付ファイルに、高梁盆地の俯瞰写真がある。緑の丘陵に包まれた街は、盆というよりも深皿で、グラタン皿のごとくに楕円形だ。この盆地の中に1万人ほどが住んでいる。市域は合併を重ねてこの盆地の100倍もあろうかという広大さである。


高梁盆地を南西から俯瞰(撮影kawakami)

 この盆地の中に行政人口の3分の1近くの1万人ほどが住んでいる。興味深いことに、この1万人ほどという盆地内人口は、近世末期からあまり変わらないということである。

 比較のためにわたしが住む横浜都心の俯瞰写真を観よう。この建物群の混雑度を見て、コロナ3密を思い出さざるを得ない。これでは故郷の1500倍もコロナ感染者が多いのも無理はない。


山手から横浜都心俯瞰

 つまり故郷のコロナ感染度合いは、横浜よりも1500分の1も薄いのである。それならコロナなんて恐れる必要がなさそうに思ってしまう。が、どうなんだろうか。それでも何かの機会で誰か住民がコロナに狙われて、いわゆるクラスターが起きると、とたんに大変になるのだろうなア。

 今日から横浜市はマンボウ、いや「まん坊」、いや「まん防」がやってきた。そう、特措法による「まん延防止重点措置を行うべき区域」、略して「まん防」に指定されて、いろいろと規制が始まるらしい。わたし個人はその規制になんの関係もないから平気である。マンボウでもクジラでもやってこいである。

 そう、「まん防」の上にはクジラならぬ「きん宣」が待っている。例の「緊急事態措置宣言区域」略して「緊宣」、「まん防」指定やっても効果がなくて感染増加なら、つぎはさらに規制厳しい「緊宣」指定である。

 その「まん防」になってしまった横浜の都心部に住んでいるのだが、今日たまたま用事があって近所の横浜球場の横を通り過ぎたら、野球の試合でもあるらしく超大勢の人々が押しかけている。「まん防」なんて知ったことかの3密ぶり、内部はもっとすごいのだろう、これじゃあ早急に「緊宣」格上げは近いな。


野球競技があるらしい「まん防」の横浜球場

 どうやらコロナ大戦は当分やむことなさそうだ。もうコロナ軍に本土上陸されてしまったし、全国主要都市はコロナ襲中である。
 これに対抗するには、防空頭巾に代わるマスクをつけて、竹槍に代わる消毒液を手に塗って、防空壕に代わる空中コンクリ陋屋に逃げ込むしかない。

 唯一の反撃兵器はワクチンらしいが、科学先進国日本はいつの間にか後進国になっていてそれを作る能力がないらしい。輸入しかないけどその争奪戦にも負けてしまった。それでもオリパラ返上といわないで準備するその世界の人々って、なんとも凄いもんである。

 わたしにワクチン接種順番が来るのは、横浜市のウエブサイトを探したら、2~3か月以上も先らしい。5歳刻みで高齢者から順番で、その最初の80歳以上というひとくくりにされてしまったわたしの年齢、なんだか悲しいような、もったいないような、申し訳ないような複雑な気持ちである。

 ま、なるようにしかならないし、先が短い年寄りがオロオロしてもしょうがない、ここは未来がある若い人たちを優先してワクチン接種し、しっかり生き延びてください。
 年寄りはあとからゆっくりでいいですよ。どうせ短い命ですから、ワクチン前に死んでも後悔はしませんからね。

 ところが、コロナ大戦が終わると戦後処理の時代がやってくる。コロナ対策やオリパラで抱えこんだ未来からの大借金が待ち受ける未来である。
 その返済のためには、少なくとも今の震災復興税にコロナ復興税が重なるのでしょうね。ほかにも増税ああるだろうな。
 アジア太平洋戦争の戦後処理時代に空腹を抱えたわたしたちの世代、あの悲惨な戦争直後の体験をまたもやしたくないなあ、うん、そうだ、ピンピンコロナ待望するかなア、、。

 なんてオロオロ考える日々を送っておるところに、こんどはマンボウが来てますます知人も息子も遊んでくれないなあ、
 まあ、脚だけは丈夫な私は孤独徘徊花見シーズンが終わり、今や緑陰シーズン到来、木陰で缶ビールを孤独に飲みましょう。いまや「花の下にて春死なむ」がおわり、「願わくは緑の木陰に夏死なむその皐月の望月のコロナ」になってしまう。

 故郷とのコロナ落差の大きさに、戸惑うばかりである。(20210417記)

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