2026/03/29

1942【老酔録㉘大岡山花見2026】願はくは花に下にて春死なむ弥生三月満開の真昼

 今年も吉例大岡山花見に行ってきた。ここ5年くらいは行く度に「これが最後の大岡山花見だ」と言ってきていながら、ダラダラと最後を持ちこしている、われながらダラシナイと思うが、ついいつい行ってしまう。

 だが、毎年一緒に花見していた学科仲間、山岳部仲間、学寮仲間の同輩たちは、次第に減るばかり。なにしろ米寿越え年齢だから減るのはわかるが、それなりに忙しくなるらしい。曰く「病院に行く」、曰く「リハビリに行く」「碁会所に行く」「孫が(ひ孫が)遊びに来る」などなど。

 わたしはどういうわけかそれらどれにも該当せず、いつもヒマなのである。だから春が来ると今か今かと満開の時を狙っている。このとこころぐずついた天候が続いて、梅は咲いたか桜はまだかいな、満開過ぎて散ってるのかも、なんてヤキモキ。

 今日3月29日、うまいことに好天が来た、明日はアヤシイ、さあ、今日しかないと出かけた。花咲き具合はどうであったかと言えば、ちょっと悔しかった、八分咲というところだった。う~む、残念、出すしてまた来るか、でもまだしばらく天候不順だなあ、さ~て。

 さて、今日の1年ぶり大岡山花見は、大岡山駅下車から出発、正門を入り、本館前広場、スロープ、線路トンネル、心字池、ワグネル先生碑、如月寮跡、呑川木橋、向岳寮跡、裏門、緑が丘駅前、九品仏川緑道、自由が丘駅周辺、自由が丘駅乗車帰宅という定番コースである。地図で測ると約4Km歩いた。歩くも寒くもなし、花の下行く道は快適だった。

まずは駅前の正門を入る。

ここは科大である、もはや工大ではない

本館前広場は今年も咲いているが、なんだか花の量が少ないような























咲いている咲いている、だが7~8分咲だな、先の方は莟だ


老い木は曲がる枝をのばしてけなげにも花を咲かせようと頑張っているらしい。

老い木の隣には交代要員の若木桜の列が待ち受けている

横へ横へと杖つきつつ花を咲かせるけなげさよ

老い木の肌 わが身の老いそのもの、桜もわたしも同じだ 1950年代の若木の今。
老い木写真は去年のブログに詳しく乗せたので、ここでは割愛
誰か同輩が来るかなあと待っていたが誰も来ない、すごすご

























この正面の木は若木と交代済み 右には横に寝ながら花咲く老い木
























スロープ側にも若木桜が花を咲かせつつ待ち受ける 
























スロープ下の花盛り風景を見て、先ほどの桜を痛々しく思いだす

鉄道ガード下を抜けて緑が丘地区へ

ワグネル先生碑前で昼飯 いつもここで仲間と食べたなあ、だれも来ないなあ

このあたりに如月寮があったよなあ、向こうに見える階段は呑川に架かる木橋

木橋から呑川緑道をみる ここの花は見事だったが剪定されたか

緑が丘の坂の上には、今は付属科学技術高校の高層新校舎が建ちつつある、
これの前には建築・土木棟があり、その前の大昔には木造平屋の向岳寮があった
その大昔こに住んでいた自分を夢のまた夢のよう

左図の右下が緑が丘の向岳寮跡の土地利用 下半分が高校らしい

裏門を出る 立派な門になった

 さて、これからは自由が丘へと向かおう。九品仏川を暗渠にしてその上を緑道にした。昔々のこと、緑が丘から自由が丘駅前まで、家庭教師アルバイトでよく歩いたが、そのころはまだドブ川でそのほとりの道を歩いた。この緑道ももう古くなって、桜も老いている。
住宅地内の緑道では横に枝をのばせない桜は枝を切り落とされて箒に花咲く風情

自由が丘駅南側の商業地に到る緑道は街なか花見、車座宴会もいる

自由が丘駅前風景 左の銀行が高層に、その右の本屋がドーナツ屋になった

うわ、自由が丘駅前にもこんな超高層ビルだあ、市街地再開発事業らしい。その右は懐かしい自由が丘デパートが健在、その向こうのひかり街も健在。

      

自由が丘デパートの中は昔よりもしゃれた店が多い

再開発ビルの北裏に回ってみれば、このあたりの昔はごみごみした
狭い裏路地飲み屋街だったが、拡幅されてつまらなくなっていた。

駅東の飲み屋街は健在、かつてよく行った「金田」も健在らしい
 
 ということでフラフラと4時間弱、4㎞ほどを花見徘徊してきた。まことに健康なる春の日でした。花が八分咲だったのが癪だから、満開を狙って再度行って来るかなあ、ヒマだからなア、そう、今満開を見ないと来年は観られないかもしれないからなア。
 
 何しろ中東の戦争に巻き込まれて、ガソリンが急騰、円が急落、いや、それ以上に心配なのは日本USA基地から兵団がイラン派遣されたそうだから、日本も事実上参戦したとイランは思うに違いない。だとすれば、今年は花吹雪に紛れてICBMとか自爆ドローンとかが報復に飛んでくるに違いない、花見どころじゃなくなるんだ、だからドローンにあたって死ぬまえに心行くまで花見しておきたい。

 それにしても足元がアヤシイ、さすがに歳のせいらしい。今日の花見徘徊は休憩時間を除くと約3時間半、距離は約4㎞だから、時速1㎞だ。今やこれが普通の歩行速度、ああ衰えたものだ。そうだ、花見で転んで頭を打って即死がよろしい。先人たちもそう詠んでいる。

いざ行かむ花見に転ぶところまで
(元句:いざ行かむ雪見に転ぶところまで 芭蕉)

願はくは花の下にて春死なむ弥生三月満開の真昼
(本歌:願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ 西行)

毎春に今年で最後と思ひつつもしや卒寿花見の恐怖も
(2026/03/29記)

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