神奈川県では大地震でやってくる津波の高さを、ド~ンと高く予想し直すことにしたという。
鎌倉では相模湾から押し寄せてきた津波は、2キロ奥の八幡宮の裾までやってくる。わたしが8年前まで住んでいたところは、さらに奥だから大丈夫らしい。
ところが、8年前に引っ越してきた横浜都心の今の家は、津波に襲われるらしい。おやおや、そうとは知らずに危険なところに引っ越したのか。
でもまあ、共同住宅ビルの7階にある空中陋屋借家だから、うちまでは波は到達はしないだろう。
もっとも、3.11地震では津波でビルがバタ~ンと横倒しになった例もあるから、安心してはいられない。
鎌倉市の中心部は、都市計画の景観地区や高度地区指定で、15m以上の建物は禁止だから、14.4mなんて津波高さだと、屋上避難しても攫っていかれるかもしれない。
世界遺産になるかならないかって景観よりも、人間の命のほうが大事だと、避難用の特例高さビルを作るのか。
それとも周りの丘陵のあちこちに、逃げてのぼりやすい道を作るか。こちらのほうがやりやすいだろう。
それにしても、地震の命名はどうして明応地震(1498年)、慶長地震(1605年)とかって、元号なんだろうか。貞観地震というのもあるなあ。
阪神淡路は昭和地震、今年の3.11地震は平成地震といっているのかしら。
どうして、1498地震とか、1605地震とか、1995地震とか、2011地震とか言わないのだろうか。
元号では、今から何年前におきたことなのか、どれくらいの間隔で起きているのか、そのような歴史感覚がともなわないだろうに。
命名者は地震学会か何か知らないが、古臭いところである。
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