20年ほど前にもあったのだが、故郷で話すには独特の心構えがいる。
これまで仕事関係であちこちで話したが、住んだこともないところだと、いくら調査しても一般論となりやすいし、また、その街のことはある面では勝手なことが言える。
その一方、聞いている住民たちには、よそ者の無責任な発言と思っているだろう。
故郷で講演するとなると、今はよそ者だが、少年時代をすごして街も人もそれなりに知っているから、そのことを踏まえる必要があるので、これまでとはちょっと違うのである。
まちづくり関係の話になるとしても、「まちづくりとは!」と大上段に話す必要もないし、それでは話すほうも聞くほうも面白くもない。
どんな話をしようかと考えているうちに、わたしの少年時代の高梁の街と今のそれとを比べると、まちづくりの現代的諸課題がおのずから立ち上がってくるのが、われながら面白いと気がついた。
少年時代の風景を頭に描きつつ、久しぶりに故郷の町を歩くと、変化していないところも多いが、当然ながら変化しているところのほうが多い。
裏山のそのまた裏の山林だったところには、大運動公園ができている。
畑や藪だったところには、戸建や共同の住宅が立ち並んでいる。丘の中腹にある境内から街を俯瞰することがわたしの楽しみだったが、いまはそれらにさえぎられて見えにくい。
参道下の車は行き止まりだった道の先は、立派な道路ができて通り抜けできるようなった。
だが、そんな風景も、見ているそのとき限りで、列車に乗って故郷を離れるともう、わたしの頭の中は昔の少年時代の風景に戻っているのが、おかしい。
そのギャップをどう解釈するか、昔の風景を単に懐かしがるのではなく、まちづくりとしての展開にそれをどう考えていけばよいのか、そのあたりに新たな考え方がありそうだと、故郷でなければできない都市論があるかもしれないと、われながら楽しみにしている。
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