2014/08/28

989・【横浜都計審傍聴1】素人委員ばかりで実質審議をしないまま原案通りに承認

・都市計画の素人ばかりで都市計画を審議

 昨日(2014年8月27日)の午後、横浜市都市計画審議会が開催され、わたしは傍聴に行ってきた。いつものように、どの議題も短時間に異議なし、原案通りに可決であった。
 今回の審議会の議題は6件あり、うち3件は横浜駅西口駅ビル計画であり、実質ひとつの議題である。あとの3件は特別緑地保全地区の指定である。
 これらの中で、大課題をもつものは横浜駅西口駅ビル計画である。わたしはその中身をある程度は知っていたので、この問題含みの巨大開発を、都計審がどう審議するのか興味があって、傍聴にいったのだった。

 審議会の時間はほぼ1時間15分、説明時間ばかり延々と長く、委員の発言者は4人のみ、それも質問ばかりで意見は無し、実質的に審議は10分くらいである。その中身も、都市計画決定事項の内容にかかわる発言は、皆無であった。
 出席委員は、委員総数25名の内16名であるが、都市計画専門家は会長ただ一人で、大学関係者7名が欠席、学識委員の出席者は業界代表ばかり。
 これに対して市議会議員の委員は、1名欠席の9名の高出席率である。
 簡単に言えば、ほぼ全員が都市計画の素人の委員で審議をしたのであった。都市計画の内容にかかる審議がなされなかったのは、当然のことである。

・審議すべきことを素通り

 横浜駅は、戦後の急成長して横浜の最も中枢に都心になった地域で、巨大開発があとからあとから連続している。ここにさらに巨大開発がはいってくることについて、都市計画としてどう評価するのか、そこのところを審議会で聴きたかった。
 わたしはこの議案の計画内容について、新駅ビルができることはよいのだが、都市計画的に若干の疑問があり、都計審がどう審議するか興味があった。
 疑問のひとつは、この計画は単なる二つの敷地の建築建て替え計画であって、どう見ても都市計画ではないような気がすること。
 もうひとつは、それにもかかわらず、駅ビル用地の都市計画の現行容積率800%を1240%に変更すること、つまり単独ビル建て替えに対して都市計画で5割以上もボーナスを与えるのだ。
黄色線枠内が都市再生特別地区と地区計画地区の範囲だがいかにもゲリマンダー

駅ビル敷地だけを現行容積率800%から1240%に大型ボーナス変更する

 委員からの発言は、質問が3つあったのみである。
 その1、高齢者にバリアフリーはどうか。市の回答は、事業者に努力するように指導する。
 その2、市からお金を出すか。回答は、地下の歩行者専用特殊街路整備費に3分の2補助するが、そのほかはない。
 その3、河川からの出水対策はよいか。回答は、防災センターを地上階に置き,地下に200トン貯留槽を設けて対応している。
 ということで、都市計画とは直接関係のない質疑だけで、実質審議時間10分足らず、ほとんど実質審議しないで、原案通り承認した。
 わたしが聴きたいことは全然でなかったばかりか、あまりにあっさりと承認したことに、ちょっと呆れた。というよりも、いつものとおりのアッサリ審議会(別の言い方だとダメ審)だなあと思ったのである。

 この計画の何が問題か都計審の委員は分っていないらしいので、明日からそれを書くことにする。つづく

参照→これまでの横浜都計審イチャモン弧乱夢

参照→●あなたの町の都市計画はこんな会議で決めている(要約版) 

2014/08/27

988エエッこんどは日本海大津波だとかでもう日本列島に住むところがない

 エエッ、おお~、今度は日本海地震、最大23m高さの大津波だってえ~ッ、。
太平洋岸が東も南も大津波で大変なのに、こんどは日本海沿岸も、だそうである。
 そして、こちらの海岸にも、ちゃんと原発群が、待ち構えているのであったか。
 それじゃあと言って、山に居を構えると、土石流の山津波に襲われる。それではと、川っぷちの平地に住めば、ここにも氾濫洪水がやってくる。

 原発がないからと沖縄に逃げると、広大なアメリカ軍基地が待ち構えている。
 集団的ナントカかんとかで戦争できる日本国になったらしいから、戦争になったら敵国から一番に攻撃を受けるのが沖縄かもしれない。
 日本列島に安心して暮らすことができる場所は、いったいどこにあるのだろうか。

 でもなあ、考えてみると、災害を怖がるのは、自分がそれで死ぬという恐怖なんだよなあ。
 だとしたら、人間だれでもいずれは死ぬんだし、わたしはその時期にかなり近づいているんだから、ここでじたばたしてもしょうがない。
 海津波でも山津波でも核毒でもミサイルでも、なんでもいらっしゃい、どうせ死ぬ身がちょっと早まるだけだもんなあ、ってなもんである。

 しかしなあ、こういっている老人が、いざというときに泰然自若とするかというと、実は一番にオロオロして、あたりに迷惑かけそうな気もする。
 もっとも、大勢のジジババが、津波が来ようとミサイルが来ようと、泰然自若として梃子でも動かなくなると、それはそれで救助隊を困らせるだろうなあ。

地震津波核毒原発おろおろ日録
http://datey.blogspot.jp/p/blog-page_26.html

2014/08/24

987超安物新品千円CHINA扇風機と高額修理費でも3連続故障CANONプリンター

 近所の中型電器屋で、扇風機をみつけ。それがなんと980円!、ついふらふらと買ってしまった。いつだったか、なんでも百円屋でつい買った時計と同じく、安物買いである。
 まあ、買った理由というか、言い訳がないこともない。今わたしの書斎兼寝室にある扇風機は、もう30年くらい前に買ったような気がする代物である。
 いや、あの真っ黒な羽根がブンブン回るヤツじゃないよ、それほど古くはない。タイマーがあるし、首ふりもする。
新旧扇風機出会いの図 右の旧がしょげている様子

 これを使っていて気になっていたのは、長く回すとモーターのあたりが、熱いほどではないが、温まるのである。なんでも古い扇風機が燃えたという話を読んだこともあって、ちょっとは気にしていたのである。
 だから、新品を買うべき理由があると、自分に言い聞かせて、千円札でおつりが来る値段に反応したのであった。

 旧の値段は、忘れたが1万円以上はしたような気がする。10分の1以下とはどういうことか。80年代(70年代かも)の東芝製だから、あのころは日本で作っていたのだろう。人件費が高かったのか、需給関係でメーカーが強かった頃か、。
 新は聞いたこともないユアサプライムスという日本の会社らしいが、これはあの電池メーカーの関連会社だろうか。made in chinaと小さく書いてある。ネットで見ると卸売業とあるから、中国製品にブランド名だけつけて輸入販売しているのだろう。

 新は重さが旧の7割くらいになり、旧は回るとき若干の振動があるが新にはない、旧は羽根が4枚で新は5枚など、簡単な製品でもそれなりに技術革新があるらしい。
 百円屋のダイソーで以前に買った百円時計(中国産)は、まれに独断休憩をすることがあるのだが、この千円CHINA扇風機もそうするだろうか。時計と違って中休みされても、こちらに不都合は発生しないが、さて、、。
 なお、この新扇風機は2014年製造であるが、説明書に6年間使用が可能と書いてある。それを過ぎると独断休憩したり、火が出たりするのかもしれない。

 うっかり扇風機を買った店に行った目的は、プリンターが故障したので修理に持って行ったのだ。7月からこれで3回目の修理である。
 このプリンターは4年前に26800円で買ったので、それなりに高い代物である。本づくり趣味のためによく働いてくれた。

 7月の故障で修理代を11500円支払っている。これだけ出せばいまでは新品を買える。
 その7月の修理から戻ってきて1週間目に、また故障した。その2度目の修理から戻ってきて20日目に、また故障である。新品が買えるほどの修理代を取りながら、真面目に修理したのか、CANONは。

 CANONプリンターってのは、4年使ったらもうおシャカになるって代物か。
 そういえば、プリンター用のインクを百円屋で売っているなあ、ならば、千円プリンター出現も近い。ユアサ何とかさん、よろしくお願いします。
 

2014/08/23

986少年の戦争の日を語るアラキジュ仲間生前遺稿集でも作ろうかなあ

 いまやわがことながら昔々になってしまったが、東京の大学寮で暮らしていた時期があった。
 その同じ大学の同じ大学寮で生活をしていた、わたしの同期生たち39名のあいだで、メーリングリストによる連絡網がある。その管理人を、わたしがしている。

 靖国神社と千鳥ヶ淵に野次馬徘徊に出かけた日、ふと思いついて、
「1945年8月15日の終戦の日に、あなたはどこで何をしていましたか」
と、この連絡網でみんなに聞いてみた。
 誰もがいまは喜寿のあたりだが、その時は国民学校初等科の1~3年生、ようやくに世の中のことが見えてきて、記憶をもっている年頃だ。
 日本の大激変の日、少年の行方を決めた日を、どう迎えたか。

 大学の中にあった学生寮だから、全国各地から東京にやってきた者たちである。
 大学のある東京に家があったものも、その頃は空襲を避けて疎開で各地に移っていたから、東京でのその日の体験者はないようだ。
 ほかの都市に住んでいたものでも、田舎に疎開してそのまま住みついて長じ、大学に入ってきたものもいる。

 わたしのように、小さな田舎町でのほほんと育った者もおおいが、それはそれなりに戦争を体験している。わたしはあの日、あの放送の時の大人たちの沈黙しきった姿を記憶しているし、それから始まる飢餓の日々の記憶の方が多い。
 あの夏、原爆も含む空襲による戦災、満州や朝鮮の外地から引き揚げなど、混乱の中で生命の危機に係わる過酷な体験をした者たちもいる。
 原爆について言えば、しっかりと被曝して生死をさまよった者、きのこ雲を遠くから眺めた者、被爆した近親者がいる者など、複数のそれぞれ原爆体験者がいる。

 若い日々のある年を一緒に過ごした仲間のひとりひとりが、幼少時の1945年という同じ年の同じ暑い日々を、まったく違う土地で、まったく違う環境にいたのに、戦争でつながる体験を語るメールが、次々とやってくる。
 実は、このメーリングリストは、平素はたいして情報交流はない。ときどき書き込む常連がいるが、その一方で読むだけ常連の方が多い。

 それなのに、この問いかけについては、過半数の仲間が語ってくるのを読み続けて、この暑い日々は驚いたり感銘したりして過ごしている。
 それらはまるで、敗戦の年の日本の縮図である。
 そろそろ戦争のことを語っておこう、と思うアラキジュの年頃になったせいかもしれない。
 みんなのメールをまとめて編集して、「少年の戦争の日々を語る生前遺稿集」にでもしようかなあ。

参照→「少年の日の戦争」(伊達美徳)


2014/08/21

985【地震津波火事原発】土石流想定地域の真っただ中に人々は住んでいる現実は!?!

近ごろ災害が多いような気がする。しかも、自然の変調によって起こる災害が。
 自然が変調しているとは、なにか地球に異変が起きていることだろうか。では、昔はそれほど変調がなかったのだろうか。
 統計を見ないと分らないから、単に多いような気がしているだけかもしれない。

 災害の意味を考えているのだが、災害による被害者は人間である。まあ、牛とか犬とかも被害獣になりうるが、これを災害というときはそれらに持ち主がいて、金銭的あるいは情緒的な被害があるときで、野良牛野良犬なら被害とは言わない。
 人間がいるから災害が起きる。とにかく人間がいなけりゃ、災害は起きない。この世から一切の災害がなくなるのは、人間が途絶えるときである。
 絶海の無人島で火山が爆発して溶岩がどんなに流れようと、災害は起きたとは言わないのは、いま小笠原の西の島で現に起きている現象である。

 地震津波山崩れ洪水などを自然災害と言う。だが、自然の側からは、こう言うだろう。
「そりゃ違うでしょ、人間災害でしょ、こっちは自然の摂理で動いているだけだよ。
 人間が、山を削るから、谷を埋めるから、海を埋め立てるから、それらが元の地形に戻るように身震いして動くのが、自然の摂理なんだよ。
 人間が勝手にそこにいて災難に遭っているので、文句あるならよそに行きなさいよ。
 地震が嫌なら地盤の良いところへ、津波が嫌なら山間部へ、山崩れが嫌なら山から離れて、洪水が嫌なら河川から離れて、そういうところに住みなさいよ。
 そっちから飛んで灯にいる油虫どもが、何を言うか」

 放火とか原発事故のような人為的な原因での「人為災害」と区別するために、自然の摂理がもとで起きた災害を「自然災害」と呼ぶのだろう。
 そういう自然災害が起きそうなところは、その昔は人々の長い間の知恵で、住まないようにしてきたのに、人口増加時代には、そんな所は土地が安いので、開発して家をつくって住んでしまうことになった。
 当然のことに、そこには災害が起きる。災害が起きると、ここは危険な区域だったのに、行政がそのことを知らせなかったのはけしからん、などという人が出てくる。
広島市南安佐区の土石流被災地の被災前の姿  住宅地が急斜面を登っていく  数字は標高

上の写真の被災中心部の被災前の風景 右が県営住宅 google street
いまではハザードマップを公表するようになったが、かつてはその公表には社会的抵抗があった。土地建物の資産価値が下がるからと、各方面からの抵抗である。不動産業界はもちろんだが、住民に根強い抵抗がある。
 東日本大震災で、津波に襲われた沿岸各地では、都市計画でその被災地を原則的に住宅建設を禁止にしたところが多い。それらの地域では、津波被災は3・11が初めてではないにもかかわらず、被害に遭ってはじめて住宅禁止にできたのだ。

 東南海トラフが暴れる大津波がやってくることが、そう遠くない時期らしいと、今では誰もが分っている。
 それなのに、関東から九州にかけての太平洋沿岸の津波被災予想地域での、住宅禁止の都市計画の事例を知らない。みっしりと立ち並ぶ現在の住宅地を、今の段階で住宅禁止区域に指定するには、膨大なる抵抗があるだろう。

 わたしたちは実際に被災を経験しないことには、災害予防の対応ができないのだ。
 たぶん、東南海大地震に伴う大津波がやってきた後になれば、住宅禁止指定できるのだろう。
 都市計画で自然災害を予防することは、どうも無理らしい。

(追記2014/08/24) 広島県が「土砂災害ポータルひろしま」として公開している災害危険地図サイトを知った。
http://www.sabo.pref.hiroshima.lg.jp/portal/map/kiken.aspx
 今回の災害があったあたりの、土石流の巣のような地図が、以前から公開されてたようだ。下の画像はその中の安佐南区八木のあたりのコピー。
 これと上の災害前の空中写真を見比べて、いやまったく、
土石流想定地域の真っただ中に人々は住んでいる現実は!?!


地震津波火事原発おろおろ日録
http://datey.blogspot.jp/p/blog-page_26.html 
 

2014/08/20

984・戦争でも死んでしまえば敵も味方もないだろうと地域別戦没者数を見て思う

 8月15日に訪れた千鳥ヶ淵戦没者墓苑の入り口の脇に、大きな説明版がある。東アジア、東南アジア、中部太平洋の地図に、各地域ごとの戦没者数が書いてある。

 先の大戦における海外主要戦域別戦没者数一覧図 
 総数 2,400,000人
 備考
 1.本図の戦没者数は、昭和12年7月7日以降、各主要戦域毎の軍人軍属及び一般邦人の数    である。
 2.国名地名は、平成15年4月1日現在の表記である

 つまり、盧溝橋事件の日、日中戦争が本格的に始まった日からである。
 ということは、日本の戦間期は、日露戦争が終わった1905年から、この1937年までであったのか。でも、わたしの父は、その前の満州事変と言われる戦いに兵役について、万里の長城で戦闘に参加した。

 地図に記載されている主な地域の死者をあげると、中国本土465,700、旧満州245,400、フィリピン518,000、中部太平洋各地247,000、東武ニューギニア・ソロモン諸島246,300、ミャンマー・インド167,000などなど、ものすごい数である。

 そんな遠くまでそんなにも大勢が出かけていって死んだのか。しかもこの数字は、「軍人軍属及び一般邦人」とあるから、軍隊の構成員でない人たちも含んでいる。
 その一般邦人がどれくらいの数だろうかと気になった。ネットで調べていて、下記のサイトを見つけた。
http://mainichi.jp/feature/afterwar70/pacificwar/data1.html

 そこには軍人軍属の戦没者数を書いてある。これに、上記の墓苑のにある掲示の数字をそれぞれに赤で書き込んで比較して見た。
 これをみて驚くのは、旧満州地域である。軍人軍属が46,700人に対して、一般人が20万人近くも死んでいることである。
 軍の庇護のもとに進出して行った日本人たちでさえ、これほどの死者数ならば、現地の住民たちはどれほど死んだのか。

 さらに驚くのは、沖縄では軍人軍属89,400人に対して、一般人が10万人近くが死んでいることだ。
 日本での地上戦でこれほど死んだのなら、そのほかの各国の各地の地上戦では、そこに暮らす人々がどれほどの人が死んだのだろうか。

 死んでしまえば敵も味方もないだろうから、両方の戦没者を記録することが、次の戦争を防ぐための道だと思うのだが、どうしてそうならないのだろうか。
 地域ごとのその国の人々の死者数をネットで探したのだが、どうしてもうまく見つからない。

参照→靖国神社の喧騒と千鳥ヶ淵墓苑の静寂


2014/08/16

983終戦記念日の靖国神社の喧騒と千鳥ヶ淵戦没者墓苑の静寂に思うことども

 今年も8月15日に、靖国神社に行ってきた。参拝ではない。まあ、徘徊老人のヒマつぶし野次馬見物である。この暑い陽射しの中を物好きなことである。
 実は去年もこの日に行っているし、その前は2005年に行っている。
https://sites.google.com/site/dandysworldg/yasukuni20130815

 何を見物かと問われれば、あそこは日本社会のある断面の歴史が、ギュッと詰まっているところであり、それが8月15日になんとなくほどけて、なにやかやが露出してくるようなので、それを眺めに行くのだ。
 参拝しないのは、まったく宗教心はないし、霊なるものをまるで信じないからだ。ここに限らず神社仏閣教会いずれでも、拝礼しない。ちなみに、わたしは町の鎮守社の宮司の子に生まれ育った。

 去年は8年ぶりだったので、ちょっと面白かったが、今年は去年と同じ風景で、野次馬見物客としては、なんだか興が冷めた。
 九段坂には、あい変わらぬ右っぽい人たちが露店のごとくに構えていて、ビラを配り署名運動をしており、多くの人が署名している。
 境内でも、河野談話とか従軍運慰安婦とかに異議を唱える書物を積み上げて売り、戦没者慰霊施設設置反対やら、天皇参拝を望む署名活動をしている。

 広場の群集の中に軍服コスプレ男たちがいて、拝殿の前から参拝の長い行列、VIP参拝用の社務所玄関にテレビカメラが何台も国会議員を待ち受け、遊就館なる戦争賛美博物館も賑わい、群衆には男女の若者が多くいて、それは初詣の風景と見まがうのであった。
 この暑い日差しの杜の中の喧騒は、なにもかも去年と同じであった。 

 そこで今年は早めに切り上げて、靖国神社が目の敵にしている、千鳥ヶ淵戦没者慰墓苑に行ってみることにした。初めてである。
両岸の桜の杜の緑が濃い千鳥ヶ淵に沿って歩けば、ここは喧騒から逃れて、セミ時雨が降り続けている。ふとおもいついて、セミ採りならぬセミ撮りをしつつ行く。
 横浜都心のセミもそうだが、ここのセミも逃げないので、手を伸ばせばひょいと捕まえてしまうことができる。少年時に育った神社の境内のセミは、近寄ると素早く飛び去ったものだ。しかも小便をひっかけて。

 千鳥ヶ淵戦没者墓苑の静寂なることは、喧騒の靖国神社とは大違いである。こちらは十数名、あちらは数千人、今日が特別な日であるならば、なぜにこうも違うのか。
 こちらは36万人の無名の死者たち、あちらはA級戦犯など超有名人も含めて名を持つ246万人の死者たち、この差だろうか。
 もうひとつ大きな差があるのは、こちらは遺骨という実体があり、あちらは遺名だけで実体が無いことだ。
 死者は生者の心にしか生きられない。実体があろうがなかろうが、生者は名も知らぬ死者に礼を尽くすことはない、ということか。一般にそういうものなのか。
 もっとも、無神論者のわたしは、どちらにも礼を尽くさないのである。

 献花の名札を右から順に、フォーラム平和・人権・環境福山真劫、衆議院議員簗和生、民主党、公益社団法人日本会、内閣総理大臣安部晋三、天皇皇后両陛下、呉竹会頭山興助、社会民主党党首吉田忠智、う~む、この右から左までの取り合わせが、この墓苑の今の位置を示すのか。

墓苑の入り口の脇に大きな説明版がある。そこに東アジアの地図「先の大戦における海外主要戦域別戦没者数一覧図」があり、総数240万人とある。
 地図に記載されている主な地域の死者をあげると、中国本土465,700、旧満州245,400、フィリピン518,000、中部太平洋各地247,000、東武ニューギニア・ソロモン諸島246,300、ミャンマー・インド167,000などなど、ものすごい数である。
 そんな遠くまでそんなにも大勢が、わざわざ行って死んだのか、と眺めていて、ふと気が付いた。
 出かけて行った先は外国である。そこで戦争をして日本人が死んだということは、外国の戦争相手や巻き込まれ住民たちも戦没したはずだ。その数はいったいどれくらいか。

 日本軍はフィリピンのマニラで市街戦を行ったので、巻き込まれた住民が10万人以上も死んだという。ほかの地でも同様なことが起きただろう。わたしの叔父もマニラで戦ったが、追われて東部山地で戦死した。
 戦争をしに出かけて行ったこちらは死も覚悟だろうが、やって来られて戦争された住民はたまったものではない。その向うの立場の視点を忘れそうになる。
 生者に生きる死者は、生者に対して死者の側からのみ過去を見させるのだろう。

 この海外戦没者の地図を見ていてもう一つ気になったことは、国内戦没者もいたことを忘れてはいけないことだ。
 1942年から全国各都市が空から爆撃を受けた。それによる死者は33万人とある。45年3月の東京大空襲の一晩で10万人も死んだ。
 そしてこれこそが、上に述べた外国のその地の人々の戦没者と同じ立場に、日本人もあったのだ。攻撃が地上か空かの違いだけで、マニラの市街戦と同じである。
 戦争が終わってあしかけ70年、客観的に俯瞰することができるだけの時間は十分に経ったと思うのだが、靖国神社ではいまだに死者の戦争が続いている。

 墓苑は静寂だったが、納骨堂からふと振り返ると、その景観は靖国神社よりも喧騒であった。

2014/08/12

982【本日の新聞広告批評】超高齢社会到来でジジババマーケットは芸能界にも及んでいるんだ

 芸能界のことはTVを見ないから、ほとんど知らない。全く知らない、とは言わないのは、新聞やPCを通じて、なんとなく入ってくる情報もあるからだ。
 今日の新聞に、似たような内容の舞台公演広告が、別ページに載っている。
 浅丘ルリ子、小林旭、千昌夫、山本リンダ、まあ、これくらいは同時代的記憶にある名前である。
でもなあ、わたしが記憶してるんだから、今じゃ爺さん婆さんだろうなあ、お元気に舞台出演で、ご同慶の至りですな。

         ◆◆◆

なんだか最近、ジジババ芸能人による舞台公演の広告が、多いような気がする。それも日本全国あちこちの公共ホールって、いわゆるドサ廻り公演である。
 だれが聴きに観に行くんだろうかと考えたら、そうか、舞台に昔の名前で出ています(これも古いけど)なら、観る方も昔の人たちなんだな。圧倒的にバアさんが多いだろが。

 う~む、舞台の上も下もジジババ大会なんだ。それをジジのわたしが気持ち悪いなんて言っちゃあナンだけど、まあ、勝手におやりください。
 これだけ高齢社会が進むと、舞台の上も下もジジババマーケットがひろがっているんだな。ガキどもだけに、公共ホールを占領させることはないのは、当たり前だ。
 いや、今に国立競技場でジジババコンサートをやる時がくるだろう。そう、いまのガキどもがジジババになった時だ。まあ、頑張ってください。

         ◆◆◆

 最近の芸能人と言えば、キムタクという人がいることを、TVを見なくてもうすうす感知していた。名前からして、金タッ、いわゆる韓流イケメン男だろう。
 昨日、PCの中のドラマにうっかり引っかかって、2時間も見てしまった。「HERO」という検事ものであった。TV放送コピーを動画投稿サイトにULした海賊版らしい。

 PCドラマがTVドラマより便利なのは、広告やクレジット画面をすっ飛ばしてみることができるし、小便タイムは一時停止しておけばよいことだ。
 で、その「HERO」が少し面白かったので、クレジット画面を飛ばさないで、主演はなんという名か見たら、木村拓哉と書いてある。
 この名を貧者の百科事典(ウェブ検索サイトのこと)でみたら、なんとこの木村拓哉がキムタクであった。どっちでもいいけど、韓国人か日本人か。


2014/08/11

981横浜都心のセミしぐれの中で大人のセミ採りならぬセミ撮りをした

 世の中は夏休みらしい。新聞も今日は休みである。
 そういえば8月11日は2016年から国の祝日になるそうだ。ほっといても世の中が休みである日を、わざわざ祝日指定する意味が分からないが、まあ、こちとらは毎日休日だから関係がない。

 昼日中に散歩に出て、木陰が続く横浜大通り公園をふらふら歩いていたら、木の根元まわり地面のあちこちに、直径1センチほどの小さな穴がたくさんあいている。
 なんだかこれは見たような気がする、あ、そうだ、これは幼いころに遊んだ生家の神社の境内にあったなあ、セミの幼虫が土の中から抜け出た跡だ。懐かしや。

 と、急に蝉しぐれが降ってきた。いや、前から降っていたのだが、気にしていなかったのだ。アブラゼミが中心で、ミンミンゼミが混じる。
 セミしぐれが上から来れば、車騒音時雨も横から間断なくやってくるのが、都会の真ん中である。

 幼虫の穴があり、成虫が鳴いているなら、抜けがらがあるに違いないと、クスやサクラの幹に目を凝らすと、あるある。あんな高いところに登って羽化するのか、都会のセミは。
  そして成虫が幹や枝にとまって、羽を少し広げ気味、肢も立て気味にして、一生懸命に鳴いている。ニイニイゼミ、クマゼミ、ツクツクボウシが聞こえないのは、まだ早いのか、もともといないのか。

 こうやって、70年ぶりくらいにセミ採りならぬセミ撮りをしたのであった。セミ撮りをしていて、ちょっと不思議だったのは、夏休みというのに、子どものセミ採りをひとりも見かけなかったことだ。
 近ごろはそういう幼稚なことはしないのだろうか。それとも冷房の部屋で、蝉取りゲームなんてのをやっているのだろうか。

 わたしの幼児の頃には、毎日のようにセミ採りをしたものだ。生家の神社の境内をひとまわりすると何十匹もとれてしまう。獲物は飼っていた鶏の餌にするのであった。鶏は喜んでついばんでいた。
 わたしの生家の神社の境内は、今頃はセミしぐれというよりも、セミ夕立、セミどしゃ降りほどにも、社叢林はセミの声で充満していた。
 そのセミ夕立は、セミの合唱団による圧倒的な斉唱であり、森の底に充満したセミの声に、おぼれそうなほどだった。
 少年のわたしは、その斉唱の森の中に縁台と蚊取り線香を持ち出して、そこに寝そべって本を読み、セミしぐれを子守歌にして昼寝をするのが夏休みの日課だった。

 大通公園はセミしぐれと自動車騒音しぐれが競争していて、昼寝の子守歌にはなるまい。ホームレスおじさんも見えない。
 こんなにセミの穴やセミしぐれに気が付いたのは、もしかしたら少年の時以来かもしれない。この大通り公園も毎夏に歩いているのに、今ごろ気が付いたのも不思議なことだ。 
生家の神社の社叢林


2014/08/10

980福島原発なみの東京湾巨大原発が稼働中なのを忘れてはいけない

 【図1】の日本地図は、最近のメディアで話題になった日本の各地で市町村が消滅するという話のもとになっている若年女性人口井減少率を示している。日本創生会議とかって団体が発表した図に、解説を一部入れたのはわたしである。
【図1】

 その会議によれば、若年女性がこれから2040年までに50%減ってしまう市町村は、人口再生産能力がなくなって、いずれ消滅するのだそうである。
 わたしはその辺の推計の真偽は、その会議のお方にお任せするとして、この図をみて感じたのは、あちこち繕ったぼろきれみたいだよなあ。

 これだけボロボロならもうすぐ大穴があいてしまうだろうなあ、そう思って眺めたら、なんと本当に大穴があいている。福島県が大穴である。
 統計図の趣旨からいえば、黒いところほど存続が危ういということであり、大穴に見える福島県が真っ白なのは、上記の若年女性50%減少に至っていないということある。つまり、消滅じゃなくて存続するという表現である。

 どうして福島県だけが、全県真っ白、つまりどの市町村も若年女性減少が50%未満なのだろうか。他の府県と大きく異なる。
 そこで、元資料にあたってみたら、なんと、福島県の市町村は福島第1原発事故から避難で、人口推計が不能なのだそうで、ここだけ全県を一つの単位で推計したのだそうだ。
 では、福島県全体での若年女性減少率の値はいくらであるのか見たら、49.8%とあった。危うく消滅県を逃れたのである。もう50%ギリギリだから実態は消滅候補なのだ。

 そのことよりもわたしが怖いと思ったのは、あれから3年経っても、福島県の市町村は将来人口予測ができない不安定な行政体であり、社会不安があるということだ。
 この地図を見て消滅するとかしないとかいうよりも、原発核毒がぼかんと大穴を日本地図に空けてしまって、深い深い白い闇が居座り続けていることを、しっかりと見据えなければなるまい。

 【図2】は、2010年に政府が発表した、10年以内に消える可能性ある集落の地域別の数である。発表から4年ほどたっているから、もう消えたところもあるだろう。
【図2】
図1は市町村単位の話、図2は集落単位だが、原発核毒拡散という巨大事故が、あるいは巨大地震という大災害が、この消滅方向へのアクセルを踏ませることになるはずだ。

 各地で集落や街が消滅するとき、その人口移動先の大都市、なかんずく東京圏だけは肥大していくのだろうか。
 最近喧しい首都圏直下地震とか南海トラフ地震が来れば、東京圏も壊滅的になって、福島のような大穴を抱えるのだろうか。

 ところで実は東京湾には巨大原発があるのだ。それは横須賀のアメリカ海軍基地に、ずっと停泊し続ける航空母艦の原子炉である。潜水艦ももっているだろう。
 【図3】の示すことは、忘れてはいけないのだが、つい忘れやすいだろう。
【図3】
ジョージワシントン号は、福島第1原発の中の1基分の発電能力を持っているらしいが、軍事機密で教えてくれないそうだ。
 なにもかにも軍事機密の中に包まれていて、当然に日本政府の規制の外にある。
 もしもこれが事故をおこしたら、東京圏の機能はあまりに濃密で高度であるだけに、実態的には壊滅するであろう。そう、福島のごとくに、真っ白な闇の大穴があくのだ。

 なお、東京圏には東芝や大学の研究用原子炉がいくつか動いている。
 参照http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-661.html

【図4】東京圏原発のある場所