2009/02/16

097【横浜ご近所探検】哀しきは寿町といふ地名と詠むホームレス歌人

 哀しきは寿町といふ地名長者町さへ隣にはあり
             (ホームレス)公田耕一

 これは2009年2月16日朝日新聞朝刊の朝日歌壇入選(高野公彦選)の投稿である。

 そうですとも公田さん、近くには福富町、黄金町、真金町なんてお金のたまる街も、永楽町とか不老町とか健康に長生きする街もありますよ。
 埋め立てして街を作ったときに、街に住む人の幸せを祈念してつけた町名なんでしょうね、でも、そうなったのかしら。

 こんなにおめでたい町名なのに、マンション寿町なんて販売しているって聞いたこともない。
 黄金マンションとかマンション永楽・真金なんて名前の分譲共同住宅も一向にないのが不思議、わざと命名を避けている哀しき地名。

 街のイメージは名前じゃなくて、その背負う歴史で決まる。そのうちに歴史も変わるだろうが、まだそれらは負のイメージを引きずっている。
 同じ朝日新聞の社会面に「ホームレス歌人さん、連絡求ム」との見出しで、この歌詠みがこれまでに何度も入選しているが、連絡がとれないとの記事がある。寿町の簡易宿泊所でその日暮らしか、それとも労働福祉会館の庇の下で野宿か。

 それにしても、このドヤ街はいつまで持続するのか。持続することがよいことか。
 日本の住宅政策が社会政策ではなくて経済政策であったことの歪みが、この寿町には見事に現出している。
 参照→◆地域の持続可能とはなにか   095貧困な住宅政策
    ◆横浜ご近所探検隊が行く

2009/02/15

096【言葉の酔時記】日本の姓名ランキングでわたしは997位

 日本の姓で一番多いのは「佐藤」だそうだ。ということは藤原氏の末裔が多いのかしら。WEBサーフィンしていたら、「同姓同名辞典」なるサイトに行き当たって知ったのだ。
 これは 1時期デジタルデータ公開されたNTT電話帳を基にしたそうだから、最新ではないし、電話所有主だから世帯主が多いから男性に偏っているし、若い人も少ない。
 同姓同名はあまり意味はなさそうだが、姓や男名前の傾向は分かる。
 姓のランキングは多い順に、佐藤、鈴木、高橋、田中、伊藤、山本、渡辺、中村、小林、加藤がベストテンである。

 わが姓(伊達)は997位に登場している。姓は全部で131481種あるから、意外に上のほうのランキングにいる。 伊達の前後には、境、 神原、松橋、野間、辻村、持田とある。
 これらは素直に読めるが、わが姓はとても素直には読めないのにこのあたりにあるのが不思議だ。

 1名(1世帯か)しかない姓が31836もあって、それらはほとんど読めない。珍しすぎる姓も、生活に不便であろう。わたしぐらいの珍しさが、ちょうどよい。
 男名前のベストテンは、清、勇、茂、博、実、進、弘、正、勝、隆の順である。もっとも、最近はこんな平凡な名前をつけないから、近い将来にはずいぶん異なるランキングになるに違いない。
 佐藤姓で思い出したが、知人に名が利夫という人がいて、砂糖と塩だって。

2009/02/13

095【くたばれマンション】貧困な日本の住宅政策が名ばかりマンションをつくる

 なんでも名ばかりマンションが売れる気配らしい。
 不景気で売れないから、値下げや投売りが出てきているのと、購入に当って減税措置が拡大されたのだそうだ。
 まったく困ったものである。

 まず第1の問題は、わたしが言うところの名ばかりマンションは、大地震がきたらたちまちに困ることになる可能性が高い危険なる代物なのに、政策はその購入を支援しているのである。
 第2の問題は、なぜ持家購入の借金返済には減税して、借家の家賃には減税しないのか。まったくもって不公平である。
 日本には住宅政策はなくて、経済政策だけがある。

 横浜に寿町という、いわゆるドヤ街がある。東京の山谷、大阪の釜が崎とならぶ、簡易宿泊所と呼ぶ実情は超零細アパートメントビル街である。
 約6ヘクタールの街に約6400人のドヤ住人たちが寝起きしているが、人口密度を計算するとヘクタールあたり1000人を超える超過密である。それに高齢化も押し寄せて、今や労働者の街から介護の街になりつつある。

 わたしは寿町の近くに住んでいてよく通るし、この地域の新展開を目指すホステルビレッジ事業者に案内してもらって体験宿泊もしている。
 かつて若くて体力のあった港湾荷役労務者たちがその後に建設労働者となり、仕事が減り高齢化して労働能力が下がったままにずるずると暮らし続けて老いているのだ。

 50歳以下は極端に少なく、65歳以上の高齢化率は31.5%(2005年)、9割は男単身世帯である。高齢者が多いから病人も多いという。日雇いだったから健康保険も年金もない。8割の世帯が生活保護費を受給している有様である。
 簡易宿泊所数は118棟、8461 室、宿賃は1室ネット約5㎡(3畳)で2200円/日である。実質的には住んでいるのだから月66000円、つまり13000円/㎡・月の家賃である。このあたりのワンルームマンションの家賃相場は3~4000円/㎡・月だから超高額である。

 実態的に超高額超低級アパートメントに住む人たちに、その家賃として生活保護費を支給していることになり、つまりその超収益不動産経営者を公的資金で支えていることになる。奇妙な構造である。
 この地域の歴史的背景は複雑なものがあるが、ここには日本の住宅政策が社会政策ではなくて、経済政策としてしてきた歪みが見事に現れている。

 日本に社会政策として住宅政策があったなら、当然のことにこの地域に公営住宅を建設して、これらの人たちをいれていただろう。
 まあ、麻生さんも小沢さんも、借家住まいをしていないことはたしかだろう。
参照→085借家か持家か  059怖い大規模名ばかりマンション 
   横浜ご近所探検隊が行く

2009/02/09

094【怪しいハイテク】盲人案内用ロボット「ひとみ」はいつ完成するだろうか

 友人の博士が発明した「盲人ガイド用自走ロボット車いす」(名前は「ひとみ」)のことは、このブログにいつか書いた。
   →今もし失明したら

 博士の家の近くの住宅街に住む、目の不自由な主婦が「ひとみ」をつかって街を歩きたいそうである。
 そこで、「ひとみ」にあらかじめ進むべきコースを覚えさせる必要があり、博士が現地でその準備とテストをするというので、わたしが助手として手伝いに行った。

 「ひとみ」は、電動車椅子に乗せたデジタルカメラが見るコースを、コンピューターで走行方向を制御しつつ進行する。
 カメラやコンピューターのことはわたしは分からないから、コースに進行目印の白線を貼ったり、道のデコボコを土方工事で直したり、車いすを押したりひいたりするのが助手の役目である。つまり、博士は頭脳労働、わたしは肉体労働担当である。

 もうひとつ重要な役目は、われらが御茶ノ水博士(覚えていますか、鉄腕アトムの生みの親)も歳とったので、そばでわたしが彼のやることを忘れぬように復唱するのである。
 といっても、こちらも物覚え悪い老人だから、あまり信用はならないが、居ないよりはましである。

 ロボット「ひとみ」は、なんというか、聞き分けがよいのか悪いのか分からない子である。
 博士が一生懸命にコースを教えているのに、玄関から一向に動きだそうとしない。
 なんどコンピューターで教えても動かない。博士はそれでも嫌がらずに何度も教える。どうしてだろうか、動かないなあ。
 と、突然、博士が叫ぶ「あ~ッ分かったッ、車いすモーターの電源が入っていなかったあ」 ん、もう、テレビだって電源が入っていないと写らないんだよ。
 その様子はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=XC576GQxjtg&t=24s

 そうやってひとみは道を覚えつつ、だんだんと街に出て行く。街にはいろいろな障害物があるので、助手はそれを直したり除去したりする。
 博士が予想しないひとみの逸脱行動もあるので、その原因を探してつぶしていく。
 太陽の照り具合、生垣の育ち具合さえも関係する。幼児を連れて歩くと、道端にあるものにひょいとそれていくアレである。手間もかかるが、面白くもある。
 いずれコースを教えつくしたなら、そこを自動で進む「ひとみ」につかまって、眼の不自由なその主婦は近くに散歩や買い物に行くのだ。さてその日はいつだろうか、。

2009/02/04

093【歴史・文化】東京の歌舞伎座の改築の姿はどうなるんだろうか

 東京東銀座にある歌舞伎座を建替えるそうである。
東京駅が昔の形に復原、中央郵便局は後ろに超高層を建ててファサード保全、さて今度はどうするのかと発表された絵を見たら、何にも特徴のない超高層ビルが後ろに建っていて、それはそれで中央郵便局のような紙ヒコーキデザインよりもよいのだが、ご本尊の歌舞伎座の方は今の形のイメージ継承とでも言うのか壁面からは過剰な装飾をそぎ落としているが、入母屋風の屋根があって、玄関には唐破風が付くらしい。

 その絵を見てのわたしの第1印象は、おお、これは妻木頼黄設計の昔の勧業銀行本店そっくりだなあ、ってことであった。もっとも、妻木のほうがプロポーションが若干よい。丸の内にあったこの建物は、数奇の変転を経て今は千葉トヨペットって名の企業の本社建物になっているそうだ。

計画は伊藤滋委員長(相撲協会理事でお忙しいことでしょう)、設計は三菱地所、デザインは隈研吾という組み合わせらしい。
 今の形で再現か、戦災前の形に復元か、いやその前の形か、いやいやその前の初代の姿に復元か、いや現代のモダンデザインがよろしいとかなんとか、かまびすしいことになっているのか、なっていないのか、よくわからない。

 さて、銀行協会、工業倶楽部、東京駅、三菱1号館、中央郵便局とあれこれあってここまで来ると、建築史学者・保存派建築家はとにかく復元さえすれば何でもよろしい一本やり石頭から、少しは利口になって世の歴史の流れというものを考える時代になっているかしら、。
 歌舞伎座は彼らにとって、一種の踏み絵となりそうである。
 これら6つ並べて、さてどれが一番で、どれがビリケツでしょうか、なんて。

 それにしても隈研吾って、何でもありの便利な人だなあ。
 隈の名を見ると、ドリックオーダーがどーんと建っているバブルデザイン店舗(今は葬儀会館になっているとか)をいつも思い出す。

 そういえば、石原都知事が、風呂屋みたいでいやだって、デザインにイチャモンつけたとか。
 浮世風呂も歌舞伎小屋も、出自の猥雑さに大して違いはなかろうに、見下されて差別されちゃった。

 参考→東京駅復元反対論  

2009/02/03

092【くたばれマンション】大不況が隣に迫ってきて名ばかりマンション工事がストップした

 わが家のあるビルの隣に、昨年の春ごろから建設が始まった共同住宅は、延床9000㎡、 180戸、高さ31mの結構大きいビルである。
 なんだか最近は工事騒音が聞こえないなあと思っていたのだが、その工事が、このところ止まっているらしい。

 いつも通行に邪魔な工事車両が出入りしないし、2階床までのコンクリートうちが終わって型枠もはずしたのに、そこから鉄筋が立ちっぱなしで更に上の階へと型枠を組む様子がない。
 周りをグルッと見ると、現場事務所が閉じているし、デシベル数値が大きく表示されていた騒音計にも蓋をしたままだ。
 おお、わが家のお隣までも不況が迫ってきたぞ。資金繰りがつかないのだろうか、工事ストップだ。
 まあ、静かになって助かるが、このまま立ち腐れになるのも、ヘンな雰囲気で困る。

●追記(2009年4月3日)
 とうとう工事が全面ストップしたようだ。
 2階床までコンクリートうちしたままで、現場事務所も足場もクレーンも全部はずして、回りに板囲いだけになった。
 2階床から立ち上がっている鉄筋には、ビニールらしきもので雨にぬれてさびないようにしている。
 もう、誰も居ない。さてどうするのだろうか。
 これは工事業者のものなのか、発注した不動産屋(プロパストと書いてある)のものか。誰が管理するのだろうか。
 そのうちにはげたかファンドが買い叩いて工事再開するのだろうか。

2009/02/02

091【言葉の酔時記】AED(A安心E延命D電撃器)がしゃべる説明がさっぱりわからない

 AEDなる器械の講習会に参加した。なんでも、道端に人が倒れて意識不明なら、これを使って生き返らせる器械らしい。
 日本語ではなんとかかんとかジョサイドウなんとかかんとかというらしいが、覚えられない。 安心延命電撃器としておこう。

 以下、講習会の講師の人の言葉と、機械の言葉であるが、実によく分らないのであった。
  人が倒れているの観たら、まず、こう言いなさい。
 「あっ、人が倒れている、人工呼吸だ、」
 これくらいは、私も分る。心臓マッサージもやるのであったか、けっこう力が要る仕事である。

 次に、マッサージしながら野次馬にこういうのだ、
 「あなたっ、見てないでスグ119番して救急車呼んでッ、そっちの人ッ、AEDを探して持ってきてッ」
  AEDってのを近頃は学校や公的施設などにはおいてあるのだそうだ。

 まあ、それを探して持ってきた人がいるとして、次はそれを使うのであるが、講師の消防署員がいうには、
 「器械のしゃべる通りにすれば分かります」 
 AEDは、ノートPCくらいの大きさで、表面にタッチボタンがいくつもついていて、電線がぶらさがる2枚の手のひら大の小判型粘着シートもある。

 器械がしゃべる。
 「パッドをコネクターでセツゾクしてください」 
 え、パッドって、なに?、コネクターって?、セツゾクって?
 消防署員に聞けば、パッドとはその小判型の粘着シートのことで、コネクターとはそれにぶら下がる電線のことで、セツゾクとは電線の端っこを器械のボタンが点滅しているところに差し込むことだそうだ。
 じゃあ、こういってもらいたいね。
 「電線の端っこを灯りがついているところに差し込んでください」

 次に器械がまたしゃべる。
 「パッドをカンジャにソウチャクしてください」 
 エッ?、また聞けば、カンジャとは倒れている人のことで、患者らしいし、ソウチャクとは1枚を右肩にもう1枚を左横腹にはりつけることだそうだ。
 なるほど、小判型シートに、それを貼り付ける位置の絵が描いてある。

 世間では患者って、病院にいる病人のことで、道端に倒れている人を患者とは思わないよなあ。
 ソウチャクとは装着らしいが、背中に肩こりの貼り薬を装着してくれ、なんて言うか?
 この器械は、なんで普通の日本語でしゃべらないのか? これもPCのマニュアルみたいに、おバカ技術者が直訳したんだろう。困ったもんだ。

 まあ、そうやってまた声にしたがって点滅するボタンを押せば、貼り付けた2枚のシートの間に電気が流れて、止まりそうな心臓をビリビリドカン電撃一発!、失神からビックリ起こす。
 1回で起きなければ何回も繰り返すのだそうだ。 なんだか乱暴な。

 でも、そのAEDはひとりの人に専用に使うのだそうだ。こっちが生き返ったから次はそっちだと、数人にひとつのAEDを使いまわしてはいけないのだって。
 となると、例えば道端にわたしと若い美女とが倒れていたとする。もちろん偶然に通りがかりで、え~と、そう、突然雷が落ちてきたのだ。
 さて、AEDがひとつしかないとなると、う~ん、わたしの助かる確率はかなり低いなあ。
 あなたを選ぶ(選ばない)電撃器ってか、。

2009/01/30

090【世相戯評】景観帝国主義

 昨日、媒図かずをのまことちゃんハウスのことを書いた。
 でも、こんなことをいっている人もあることを雑誌で読んだ。

「東京をはじめ、日本景観てコントロールされていないじゃないですか。行政も民間も個人も片っ端から身勝手につくっていった日本の街には、電柱がお似合いと思うんです。電柱のない新興住宅地を見ていても、一戸一戸が非常に無個性で、町になると味気なくてつまらない。そのつまらなさをナントカしていたのが電柱や電線だったと思います。周囲との融和を考えていない住宅があれだけたつ中、ゴチャッと電柱群があることで、緩和しているのですね。だからそういう電柱をなくすとは何事かと(笑)。日本の街並みが美しければ、たしかに電柱は邪魔かもしれませんが、無秩序な街を無秩序でもって排しているほうがまだいいと思います。」(庵野秀明 「建築雑誌」2009.01 新景観対談)

 アナーキーなような常識的なような、真面目なようなひねくれたような話なので、ご当人がなにが本気なのか分からないが、かなり面白い。
 そういえば、むかしは電柱と電線は文明開化のシンボルで、地域の誇らしい景観だった。日本橋通り→本郷など、明治期東京の名所写真や絵には、ものすごい電線がある。

 ところが、電柱電線は醜いから排除しろとか、ゴチャゴチャ看板は汚いから統一しろとか、街なみはスペイン風にせよとか、いや和風で統一しろとか、今や景観帝国主義様がお通りの感があることも事実であり、それはもちろん景観無政府主義が蔓延する日本であるからだ。

 この対談のある雑誌には、コンビナート工場の配管を見るとか、高速道路インタチェンジを下から見あげるとか、水門ばかり見るとか、古い団地を訪ねるとか、そもそも景観ではなくて物マニア見物好きに語らせているのだが、期せずして景観帝国主義批判になるのが面白い。

 はじめは腹が減って(あまりに汚くて)何でもいいから食べたい(直したい)から、いまや偏食やイカモノ食いもあって何が悪いの景観論議となって、ひとつの段階に来ているようだ。
 東京駅復原反対論や日本橋上空高速道路撤去疑問論やらも、そのうちのひとつなのかしら、。

 参照→東京駅復原反対論  ディズニーランド化する都市景観

2009/01/29

089【東京風景】楳図かずのだんだらの家の設計者はだれなんだろうか?

 武蔵野市の低層の木造住宅が立ち並ぶ中に、漫画家の楳図かずお自邸が3階建て、赤白だんだら模様の壁面、目玉窓の塔つきという奇抜な意匠で建った。
 近所の人が気持ち悪いと塗り直しやらを求めた景観裁判で、訴えた住民側が敗訴したニュースが今朝の新聞にある。
 裁判官が言うには、「ちょっとヘンだけどたいしたことないじゃん、周りにもヘンな色の家があるよ」みたいな判決らしい。
 写真がそのだんだら家だけ写していて、景観としてどうおかしいのか分からないのが、ニュースの記事としては当を得ていない。
 まあ、わたしなら普通の住宅地に住んでいて、隣にこんな家を珍妙な建ててほしくない。一過性のコンセプチュアルアートならまだしもねえ、。
 前に鎌倉に済んでいたとき、近所にまっ黄色(うんこ色)の家が建って、毎日いやな感じで前を歩いていたものだ。明らかに風致地区の法令違反だが、訴訟する勇気はなかった。
 ところで、新聞でもWEBでもいろいろ見ても、共犯者たるこの家を設計した建築家は、ぜんぜん登場しない。一体どなたの設計なんでしょうか。
 メディアもそこまで追っかけないし、読者も知りたいことではないのか。
 所詮、日本の建築家はその程度のものである
 あ、そうだ、まち中みんなだんだら模様にしてしまえば、媒図さんも嫌になるのじゃないかしら、って、いや、アーティストの神経は別だからなあ。

2009/01/25

088【世相戯評】しっかりしておくれよ、アメリカのオバチャン

 USA大統領に小浜市が、じゃなくて伯母増し、じゃなくてオバマ氏がなったとて、マスコミは一斉にトップ記事で伝えている。さすがに世界大不況震源の社長が替わって、何をするのか気にかかるか。
 わたしの一番の心配は、不況打開策として新たに戦争を起こすかもしれないってことである。なんといってもこれが一番の方策だからだ。特需で産業は活気づくし、あの単純頭の多い国民たちは団結するし、、。
 9・11みたいにどこかの国に攻め込んでもらえば、おっぱじめる大義名分がたつから、CIAがその工作をするかもって、おお、いやだ。
 日本だって、太平洋戦争後の大不況から立ち直ったのは、1950年から始まった隣の朝鮮戦争のおかげだったのだ。威張れたものではない。
 就任式にあんなに大勢が集まるってのが、怖い。集団ヒステリーになる性質の人が多いような気がしてくる。
 ま、人気なさ過ぎもまた問題だけど、政治はどっちかといえばその程度のほうが健全なような気がする。
 ところで、シュワルツェネガー・カリフォルニア州知事をシュワチャンと日本では呼ぶらしいが、ならばオバチャンCHANGE=オバチャン芸かあ、、。