2013/05/01

759冨士鎌倉世界遺産登録騒動の三保の松原除外条件で高田の松原の消滅を連想した

 鎌倉落選、富士山条件付き当選だそうである。
 昨夜、日本の17番目と18番目の世界遺産登録にしたいと、ユネスコに申請していた鎌倉と富士山について、勧告団体のイコモスが出した内容である。
 これを受けてユネスコが6月に登録可否を決めるらしいが、大方の見方は富士合格、鎌倉落選のようだが、さて、どうなるだろうか。
 けっこう政治力が物いう世界らしいから、これから富士山は三保の松原を入れろ、鎌倉はそりゃないよって、ロビー活動で巻き返しするのかしら。
 それとも、まあ、しょうがないやって、どちらもあきらめるのか。もっとも、同じあきらめでも、冨士は登録、鎌倉不登録で全く逆の結果である。

 鎌倉についてイコモスの判定は、真正面から不合格だそうで、鎌倉にとっては暫定登録から20年も待ってたのに、泣き!!!
 暫定登録は20年も前の日本が条約批准して間もなくのことだから、登録条件などあまり深く考えずに、古都法に対応する奈良、京都、鎌倉をあげておかなくっちゃあ、なんてことだったのだろうが、その後に登録条件が厳しくなったのが今になって逆目にでたってことか。

 鎌倉のことは何度か書いているので、ここではこれ以上は書かない。
参照→◆裏長屋の世界遺産談義(2009)
http://homepage2.nifty.com/datey/kama-sekaiisan.htm
◆102世界遺産よりも宇宙遺産
http://datey.blogspot.com/2009/03/102.html
◆世界遺産とはなんだろうか(2008) 
http://homepage2.nifty.com/datey/sekaiisan0803.htm
◆山並み眺望をついに守りとおした鎌倉(2008)
https://sites.google.com/site/machimorig0/home/kamasyun0803.pdf?attredirects=0&d=1
 鎌倉について一つだけ書くとすれば、西欧文化帝国主義のイコモスの外国人どもにはわからなくても、日本人には十分に鎌倉の歴史文化の価値は分かりすぎるほどわかっている。
 鎌倉市民がこれにへこたれずに、これからもたゆまぬ登録運動を続けていくことが、まちづくりにおおきく役立つはずだ、ということである。

 富士山の世界遺産登録については、三保の松原を除外すれば合格というのがイコモスの条件だそうである。
 その除外する理由が、富士山から遠すぎることと、三保の松原から見る富士山の風景を防波堤が壊している、というのだ。
 これは文化論としても風景論としても、実に面白い。

 遠すぎるとは、いかにも外国人らしい判断である。日本人には冨士には三保の松原はつきもので、遠かろうが近かろうが切り離せないものである。
 それは冨士には月見草がよく似合う(これもガイジンに分るかな)というよりも、もう大昔から伝説的にも文化的にも民俗的にも、日本人には身にも心にも沁みこんでいるのだ。

 え、今の若いもんはどっちも知らないの?、え、そお~?
 あのね、では、教えましょうか、能「羽衣」ってのがあるんだけどね、それと太宰治って、、、、あ、また年寄りの教え癖が出るって嫌がられるよな、うん、やめておこう。

 では、防波堤風景論である。これはどうもしょうがないよなあ。
 安全と風景、あるいは経済と風景となると、風景が必ずと言ってよいほど負けるのが、日本である。ガイジンにそこをつかれてしまった。
 三保の松原から眺める富士山の風景を大切にするならば、たとえば、この防波堤をコンクリ剥き出しではなくて、新たに防波堤となる砂丘を築いて松原をつくっておけばよかったのだ。
 そこは風景のほうが譲ってしまう日本であったのだ。
 ところで、イコモスが言う防波堤って、このことかい。
http://kura2.photozou.jp/pub/23/147023/photo/170879535_624.jpg

 防波堤と言えば、津波である。津波と言えば、高田の松原である。
 三保の松原の5万本、こちらは7万本と妍を競っていたが、先般の大津波で一本もなくなった。
 もうすぐ東海大地震がくるかもしれない時代だそうである。それが来たら三保の松原も高田の二の舞であることは確実である。と、わたしでさえ断言できる。
 羽衣の天女は富士の高嶺に飛翔して「♪天つみ空の霞にまぎれて失せにけり」だったが、松原は「♪泡立つ白浪津波にまぎれて失せにけり」となるのか。
 グーグルアースで、二つの松原を同じ高度から見る。



 ここにネットに載っている二つの松原の写真を見る。
三保の松原
http://blog-imgs-53.fc2.com/n/a/n/nanapapamodelcars/20121208020945a95.jpg
高田の松原(津波で消滅する前)
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/ed/02c8886a3aac641ea1caf27aa11bd2c0.jpg 
 ご覧のように、どちらも同じように、松は上のほうで葉を茂らせているが、胸から下というか下半身は丸出しスッポンポンである。
 自然な植生であれば、松の下には多様な中木や低木が生えているのが日本の気候風土なのだが、それが全くないのは、人間が伐り取っているからだろう。日本人は白砂青松が好きなのである。
 これなら津波は通り抜けやすい。通り抜けついでに松林をどんどん倒して、持っていくのだ。時にはこの倒木群が凶器となって陸の家々を襲う。

 思い出せば、伊勢湾台風が名古屋を襲った時、海の貯木場に浮かべていた大量の丸太類が高潮とともに街に押し寄せてきて、あらゆるものを破壊して、浸水による被害を更に増大した事件があった。1959年のことである。
 2013年三陸津波の被災地でも、松倒木による被害も語られていることがネットで読むことがができる。
 神奈川県の湘南海岸にある防災林は、松とともに常緑広葉樹が繁って、非常に密な植生状況である。ここでは松の下に生えてくる常緑樹を伐らないのである。これなら津波も通り抜けにくいだろう。

三保の松原も、そう遠くないうちに大津波で消えることは、高田の松原の先例でよくわかったはずだ。さあ、どうする?
 幸か不幸かイコモスがNOと言ってくれたから、世界遺産なんてどうでもいいことにこだわらないで、人命保護優先にしてここに大津波防潮堤を築こう、てなことになるだろうか。

 それとも、それじゃああんまりだ、せめて湘南海岸のようにでもしよう、なんてことになるだろうか。
 さて、世の人々はどういうだろうか。どっちにしても日本文化を理解しない奴らだと、白砂青松信仰組が反対するだろうなあ。

追記20130623
 本日のニュースでは、三保の松原もあいれて富士山は世界文化遺産になったそうである。
 そこでこんなことを書いた。
 富士山が文化遺産とはどういうわけ?http://datey.blogspot.com/2013/06/799.html





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