2024/01/12

1779【中西利雄アトリエ】山口文象設計の木造モダンデザインの最後で唯一の現存建築か

  久しぶりに建築家山口文象の話題である。

 今朝(2024年1月12日)の東京新聞に、彫刻家の高村光太郎が戦後に東京でのアトリエとしていて、ここで終焉した建築が今も建っており、イサム・ノグチも滞在したことがあるという記事が載っている。それが元は画家の中西利雄のアトリエ(1948年竣工)であったという由緒もあるので、文化的記念建築の意義が深い。これを何とかして活用できるように保全したいと、活動している人たちもいるという話題である。
 参照→●東京新聞記事20240112 高村光太郎ゆかりのアトリエ残したい@中野 画像

旧中西利雄アトリエ 現況 google street

 たいていのこういうたぐいの新聞記事に、その建築設計者の名が出てくるのはかなり稀であるが、この新聞記者はそこまで取材して書いている。「設計は近代日本建築運動を先導した建築家山口文象(1902~78年)」と書き、建築史家の内田青蔵氏の「戦前から戦後に活躍した山口文象による貴重な事例で、オリジナルが残っている。モダニズムを象徴する無駄のない空間を創る思想が現れた建物だ」とのコメントもある。

 ここで文化的著名人として高村光太郎、イサム・ノグチ、中西利雄そして山口文象の名が出てきて、それらの人たちの文化的足跡の記念として、この建築を保全したいという活動が起きているという。さて、これらの名が世間の人々にとって、どこまで記念すべき文化人に値するのか、それが保全が可能かどうかの尺度になるだろう。

 わたしが言えるのは、山口についてのみであるが、日本の近代建築史における重要な一角を占める建築家山口文象の現存する作品としては、中西アトリエは貴重な位置にあるといえる。それは山口のモダンスタイル木造住宅作品として、唯一現存するからである。
 山口はグロピウスのもとから帰国(1934)してきて、日本へのモダンスタイルの導入で世に名をあげ、多くのそのスタイルの木造住宅も設計した。例えば山田智三郎邸小林邸あるいは番町集合住宅(いずれも1936)がある。

 山口は1920年半ばからの建築運動の関係から画家たちとの付き合いがあり、彼らのアトリエをいくつも設計している。私が作った山口年表から拾うと菊池一雄(1931)、藤川雄三、仲田菊代(1933)、安井曾太郎(1934)、前田青邨(1936)、林芙美子(1940、一部に画家の夫のアトリエ)、佐々木象道(1941)そして中西利雄(1948)に至る。

 これらのうちで現存するものは、前田青邨、林芙美子そして中西利雄の各アトリエのみである。前田と林のアトリエは純粋に和風建築であり、比べると中西アトリエのモダンさがよくわかる。山口は中西アトリエのような、庇のない木造板張り壁で勾配の緩い屋根のモダンデザイン木造建築を多く設計しているが、雨の多い日本の風土では保全が難しかったので、いまや中西アトリエのみ現存する。

 中西アトリエは戦後建築で戦災に遭わなかったことも幸いしている。山口の渡欧の作品だが、モダンデザインそのものの菊池一雄アトリエが、戦災を逃れて数年前まであったが今は消えた。実は、わたしは中西アトリエが現存するとずいぶん前に仄聞してはいたが、今はもう消えただろうに思っていたので、よくここまで保全されたと驚いている。

 山口作品で、文化的な施設として現在保全されている二つの木造建築がある。そのひとつは「林芙美子邸」(1941)であり、現在は「新宿区立林芙美子記念館」として公設の展示施設となっている。復元して原型をよくとどめており、管理も行き届いている。住宅建築としての本来的な活用ではないのが少し残念であるが、著名小説家を記念するためだからやむを得ない。

 もうひとつは「旧関口邸茶席」(1934)であり、現在は「北鎌倉宝庵」として、積極的な利用による保全をされている。この茶室建築と庭園は、もともとは北鎌倉の名刹浄智寺の境内地の一部を借地して建てられた民有の住宅の一部であった。そのオーナーは評論家であり、趣味の茶人であった。大工棟梁の息子として和風に通じている若い山口に、本格的な茶室の設計をさせた(参照:宝庵由来記)。山口はその近くに同時並行的に、モダンデザインそのものの山田知三郎邸を作っているのが面白い。

 1970年頃にこの茶室建築と庭園の部分を鎌倉の建築家榛沢敏郎氏が取得し、永らく主が不在で荒れていたのを修復復元してアトリエとして活用していた。これもアトリエ建築であったのだ。それが2017年に地主の浄智寺に建物付きで返還され、この美しい庭と茶室は才気ある住職と能力ある運営者を得て、新たな出発をする。

 2018年から浄智寺の「北鎌倉宝庵」と名付けられて、公開運営されるようになった。多くの茶人たちの道場となり茶会の席として、時に展覧会場や撮影会場となり、月に1回の茶席一般公開日もある。運営管理に利用者たちも関わり、その本来的な活用が積極的になされていて、山口作品の中では最も幸福な建築である。名建築保全策としても理想的であろう。

(20240112記)

このブログ筆者の山口文象関連ブログ記事
建築家山口文象+初期RIAアーカイブズ
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2 件のコメント:

高村光太郎連翹忌運営委員会代表 さんのコメント...

高村光太郎の顕彰活動に携わっている者です。今回の中西利雄アトリエ保存運動に関しても一枚噛んでいます。当会ブログサイト「高村光太郎連翹忌運営委員会のblog」http://koyama287.livedoor.blog/にて貴ブログへのリンクを貼らせていただきます。よろしくお願い申し上げます。

まちもり散人=伊達美徳 さんのコメント...

匿名 高村光太郎連翹忌運営委員会代表さんへ 

はい、すでにリンクが張られていることを確認しました。
     20240114  伊達美徳より