2019/04/20

1398【甲府盆地の桃源郷で花見・3】花競う桃源郷に来てみれば黒板敷きつめ電源郷に


ご隠居:行き帰りの電車の窓からの花見もなかなか良いものだよ。近くの山はまさに山笑うの季節だし、遠くに雪の山も見え、桃源郷を走りぬける。
勝沼ぶどう郷あたり


:でもねえ、チラチラと気になる風景が出現するんだよ。
熊五郎:ほう、それはなんですか。
:その桃源郷の花の中に、黒い銀色に光るものがあちこちに広く見える。どうも桃の果樹園を切り倒して、沢山の黒い板を並べて広く干してあるらしい、それが銀色にも黒色にも光る。
:あ、それ、太陽光発電パネルでしょ、今、流行の自然エネルギー発電所。
塩山あたり桃源郷の風景

上の写真の左下の拡大
:そうなんだよ、家の屋根にも乗ってるけど、地面を黒々と四角パネル群の波が覆っているんだな。それが広い面積であちらにもこちらにもある。そのうちに盆地の桃畑の全部が発電パネルに覆われるかと、心配になってきた。
:じゃあグーグルアースで、空から見て見ましょうかね、おお、けっこうあちこちにありますよ。その位置は要するに日さえ当たればどこでも良いらしく、都市計画的に配置するものでもないみたいですね。
塩山の東方の大規模太陽パネル発電所の位置(赤丸内)
左に太陽発電黒板群、右に桃の果樹園の風景(google street)
山梨市の笛吹川あたりの大規模太陽発電所立地状況(赤丸内)
:農家の後継ぎがいない空き地が出てくると、次々にこうなるかなあ。
源郷変じて源郷となる、ですかね。
:おお、うまい、はは、いや感心してちゃいけない。

:農作物も電力もエネルギー源には違いないけど、野菜よりも果物、果物よりは電力と順に生産効率が髙い物を選んで転換していくのでしょうね。
:いまや電力も農作物のひとつなんだね、電車の中から眺めたり果樹園を歩いたりしていると、生産放棄された畑があちこちにあるからねえ、これらが順々に黒い発電所に変るのだろうなあ。
放棄果樹園の向こうに鳳凰三山
:自然エネルギーの重要なことは分かるけど、桃源郷で花見なんて優雅な春の行事は絶滅しますね。今のうちに観に行っておかなくちゃ。
:花が散って花見が終るのじゃなくて、発電所に転じて花見が消滅するって、考え込むね。いつも行くのは韮崎市の七里岩台地上の穴山から新府にかけての新府桃源郷なんだけど、その台地上の太陽発電所の出現状況はグーグルマップではどうだい。
:おお、台地の上にも下にも虫食いかニキビみたいにはびこってる。
:エッ、おやおや、こんなにたくさんか~、へ~、すごく広いのもあるんだ、まるで吹き出物だな、しかも黒いカサブタになってる、どんどん増えて電源郷到来が近そうだなあ。

韮崎市七里岩台地風景、右上に新府城址、左手前に大規模太陽発電所
その間の広い果樹園地域が穴山新府桃源郷 2018年google earth
上と同じアングル 2010年google earth
:地域の人たちが時代の要請に対応して、土地を使って生産する営みを変えていくのを、遊びの花見客が嘆いても、勝手なもんだと哂われるだけでしょうね。
:でもなあ、こんなに無計画に勝手放題に立地していいのかなあ、ある日気がついたら森も果樹園も田畑も全部が真っ黒なカサブタに覆われて桃も野菜も全滅なんて、。
:そうですねえ、太陽発電は化石燃料発電のCO発生が無いといいながら、いっぽうで森も果樹園も切り倒したら植物によるCO定着を阻害しますよね。
:いいのかなあ、なんだか矛盾してるような、どうもわからんなあ。
桃源郷は電源郷になる?? いたずら戯造画像
:環境法とか都市計画法とか農地法とか景観法とかで、コントロールしてるのかしら、何かやってるか韮崎市のサイトを見ましょうか。あ、500㎡以上なら届け出がいるらしい、事前協議でどんな指導をしてるのかなあ。景観法によるだけなら環境的チェックがあるのかしら。
)韮崎市のサイトに「韮崎市景観計画」(2015年)があり、太陽光発電施設その他これらに類するものの景観規制がある。山岳森林ゾーン及び高原樹園ゾーン(七里岩台地の上はこれに該当)で地上に設置する敷地面積が500㎡を超えるもの、まちなかゾーン及び田園集落ゾーンで地上に設置する敷地面積が1000㎡を超えるものは届出が必要となり、その際には景観形成基準を守らなければならない。景観形成基準には、色彩・高さ・角度等に制限があり、届出にあたっては事前協議が必要になる。
:そうしてね、甲府盆地がカサブタ電源郷になるのは寂しいなあ、無粋だなあと思いつつ、美しい桃源郷の花見を終えて台地上から下の平地の街に降りたら、そこに無粋きわまる風景が待っていてがっくりしたよ。
:それはどこのことですか。(つづく)

参照:【甲府盆地桃源郷で花見】(1)(2)(3)、(4)

2019/04/15

1397【甲府盆地の桃源郷で花見・2】鉄塔が月見草よりよく似合う富士をみつけて甲州花見


ご隠居:この甲州の桃源郷の風景には、実はもうひとつの大きなノイズ、というより大きすぎて風景の破れがあるんだよ。
熊五郎:なんです、それは。
:それはこの桃源郷の桃畑に立ち並ぶ高圧送電鉄塔と送電線だよ。風景を縦にビリビリと破る高圧線鉄塔が立ち並び、さらにそれらをつないで風景を横に何枚にもスライスする送電線が空中を走る。
:ということは、桃の花の向こうに見える富士や八ヶ岳や南アルプスの雪の山を鉄塔と電線が横切るんですね。で、なんとも無粋と言いたいんでしょ、ご隠居は。
穴山桃源郷の玄関の穴山駅の風景 南アルプス連峰と送電鉄塔と送電線
:それに加えてね、普通の電柱と電線もたくさんある。桃の花を観てると必ずと言ってよいほどそれらも眼に入るけど、もちろんここは果実生産工場だから、電線があるのがあたりまえだろうなあ、けど、これをどう観るかねえ。
:せっかく富士山を写真撮るのに、どうしても鉄塔を避けるのが難しい、カメラ好きたちは邪魔ものを避けて撮ろうとして、妙に這いつくばったり、変なところに入り込んだりしますよね。
:わたしもはじめはそうやってたけど、なんともバカバカしくってねえ、もう堂々と鉄塔と富士山を積極的に一緒に撮ることにしたんだよ。
:ほう、居直りましたか。
:うん、現実に見える風景を撮らなくて、特別な風景を探して撮るっておかしいよな。だって、ここは果実工場なんだから工場としてエネルギー供給の鉄塔や電線が通るのがあたりまえだな。

:そうそう、ご隠居も分ってきましたね、存在するものを存在するように眺める、先ほどのパイプのある風景もそうですよ。でも、それでよい写真になりますか。
:まあ、見ようによるだろうね。この話って、なんだかヘアヌード写真を撮るみたいに思えて来るね。陰毛や性器を隠すように撮るか、そのまま撮るか、、。
:ワハハ、パイプや針金は女性ヌード、鉄塔は男性ヌードって、ハハハ。
:まあ、鉄塔の無い風景の写真が欲しいなら、デジタル写真技術で鉄塔を消せばいい、簡単なことさ。
:あ、そうだ、それやって見ましょうか、ほれ、こうですよ。
:う~ん、なんだか鉄塔がある方が、風景に奥行きがでるし、構図がひきしまる感じがするなあ。
:まあ、写真好き観光客には、どこか鉄塔が見えなくて富士山と花がだけが見えるところを作っておいて宣伝すれば、みんなそこへ写真を撮りにゆきますよね。
花と八ヶ岳がよく見える観光客人気スポットがあった
:あのなあ、そんな誰もが同じ風景を見させられて、なにが面白いんだよ、わたしは私独自の眼で鑑賞する風景を見たくて花見に行くんだよ。
:ほほう、へそ曲がり花見ご隠居らしい。
:うん、発見したんだよ、富士には鉄塔がよく似合う、ってね。
:え~っと、それってなにかを真似してるでしょ、そうだ、太宰治のあれは月見草が似合う、だったような。
:ハハ、まあ、なんでもよろしい。だからね、そうおもうとだな、季節限定の花よりも、いつも立ってる鉄塔と富士の取り合いが、どうやれば美しくなるか、その構図を考えて撮るようになる。
:どうやったら電線が美しく富士山を横切るとか、いかにたくさんの電線と鉄塔が八ヶ岳を美しく飾るか、、とか、、ワハハ。
富士には鉄塔がよく似合う
甲斐駒にも鉄塔がよく似合う
八ヶ岳にも鉄塔がよく似合う
:そうそう、まだまだ鉄塔富士撮影の名人の境地には至らないけどね、ワハハ、そうやっているうちに分ってきた、もしかしたら甲府盆地には鉄塔電線山岳風景形成促進政策があるのかもしれないってね。
:積極的に鉄塔を建てる政策ですか、プッ、まさかねえ、そうじゃなくて、毎日、富士山やら南アルプスやら八ヶ岳を見てると眼が無頓着になり、富士鉄塔風景を平気になったんでしょ。
:いやいやその証拠にはだね、去年の春に甲府城の天守台に登って驚いたよ、そこから富士山を見ると、その手前に立つ大きな髙い電波用鉄塔がピッタリ重なるんだよ、これって、どうも意識的にそこに鉄塔を建てたとしか思えない。
甲府城址天守台から眺める鉄塔と富士
甲府城鉄塔富士
:う~ん、すごい、富士山を直接に見たら罰が当たるとかって、何か言い伝えがあるかもなあ、それでわざわざ鉄塔を建ててる、まさか、、ハハ。
:常識的に考えたら、甲州の至宝たる富士を邪魔する鉄塔とか超高層建築とか建てさせないような景観計画を行政政策としてやるだろうに、スゴイだろ。
:やっぱりなにか曰くがありそうですね、甲府は面白い。
:もうひとつ思い出したけど、以前に中央高速道路から、鉄塔にみごとに串刺しにされた富士山を観たことがあるよ。
:これは見事ですねえ、しかも赤白だんだら鉄塔だ、もうアートのレベルですよ、田楽富士と名付けて広重に描かせたい、いや、いまじゃあ山口晃か会田誠がいいですねえ、ハハ。
:花と山と鉄塔をそうやって眺めて、多面的に愉しんできたけど、ちょっと気になる現象が甲府盆地の桃源郷のあちこちで起きつつあるのを発見したんだよ。
:またまた、なにかイチャモンですか。
つづく

参照
【甲府盆地桃源郷で花見】(1)(2)(3)、(4)

・2018年4月 甲州の桃源郷へ
https://datey.blogspot.com/2018/04/1328.html
・2014年4月 桃源郷で徘徊新府城天麩羅会
https://datey.blogspot.com/2014/04/919.html
・2010年4月 甲州は桃源郷
http://datey.blogspot.com/2010/04/260.html

2019/04/13

1396【甲府盆地の桃源郷で花見・1】美しい桃の花見の真実は果実生産工場見学

熊五郎:こんちわ、ご隠居、花見に行きましたか。
ご隠居:おお、熊さん、まあおあがりよ、うん、今年もあちこちで花見したよ、4月9日には甲府盆地に行ってきたよ。

:甲府盆地と言えば、塩山から韮崎にかけて桃畑の花盛りはまるで桃源郷ですよね。
:その韮崎の穴山から新府にかけての台地上の穴山桃源郷で花見だよ、穴山に住む友人が毎年この時期に誘ってくれるので、仲間と行くんだよ。
:ちょうど桃も桜も花盛りだったでしょうね。
:この台地の上では桃の果実栽培が盛んで、一面に桃の花畑だよ、北に八ヶ岳、西に南アルプス、南に富士山がみえて、山の白雪と花のピンクとの取り合いがよかったよ。
花の向こうに富士山

:天気も良くて良かったですね。
:ちょっと高い丘の上から眺めると、向うに八ヶ岳が見え、こちらの桃畑がピンクに台地を染めている。その桃の花の下の草原に座って、菜の花に囲まれてビール飲んでると、本当に陶然としたね。
新府状から眺める八ヶ岳と穴山桃源郷
(2010年撮影、この数年は城跡の上まで登る体力がなくなった)
:そういう景色を、いまどきはインスタ映えっていいますね。
:そんなインスタントにできたんじゃないよ、長い歳月が育てた風景だよ。
:いや、その、ちがう、、、まあ、いいか。

:ただねえ、桃畑は自然じゃなくて人工の空間、つまり桃の実の生産工場だからね、花が美しいねとばかり言ってはいられない。景観的にはいろいろノイズが多いね。
:例えばどんなことですか。
:まずね、花を咲かせている桃の木が、植物としては異常な姿なんだよ。桃の木は桜と同じように、放っておけばすらすらと上に伸びて横に広がるはずだけどね、ここでは桃の実を採るのが目的だから、枝を下に曲げて横に広げて人間が地上から作業しやすい髙さに実が生るようにしてるんだ。
:それでこんなに平らに広く広がっているんですか、実は不自然な樹形なんですね。
:横に伸びると先の方が重くて枝葉が地に着いちゃうから、桃の木それぞれに真ん中に長いパイプを建てて、そのてっぺんから傘の骨のように針金を広げて枝を吊っている。このパイプや針金が美しい桃畑のノイズだね。

:あのね、ご隠居、それはノイズじゃなくてそれ自体がこの桃源郷の風景として受容しなけりゃいけませんよ、だって自然の桃畑を観に行ってるのじゃなくて、桃の実の製造工場を観に行ってるんだから。
:う~む、こりゃあ熊さんに一本とられたね。そうか、桜の樹形は自然で桃畑の桃の木は不自然、だけど咲くのを見せるのが目的の桜の花、果実を採るのが目的の桃の花、桜と桃を同じ眼で見てはいけないね。
:桃の実をいかに上手に育てて収穫するか、その技術のパイプ支柱の立ち並ぶ姿、それが桃源郷の本質でしょ、いわば美しい工場見学ですよ。臨海工業地帯を観る工場萌えという趣味の人がいるから、こちらもそれですよ。

:そういえば、桃の果樹園では花の満開は無いのだね、花の全部が実になると小さくなるので、満開になる前に花をかなり摘み取って、大きな桃が生るようにする。
:へえ~、生産者にとっては満開自体がノイズなんですねえ、何だか桃の木に気の毒ですが、工場だからしょうがないですね。その点、桜はのんきなもんですね。
:そうだね、桜は、人間が見て楽しみたいために、そのなりたい姿に育て、花は咲きたいように咲かせ、散りたいように散らせ、花見客も桜に合わせて楽しむ。まことに気楽な花だね。
:それに比べて桃は、人間が果実を採りたいために、幹や枝を無理矢理に曲げ、咲かせる花の多くを摘み落し、残した花に無理矢理に受粉させて重い果実を付けさせる。桃源郷は、美しい人工的な果実生産工場、まことに過酷な花ですねえ。
桜はのびのび枝を伸ばして花を咲かせている(穴山駅前)
:あのね、実はもうひとつ、大きなノイズがあるんだよ
:なんです、それは、。
つづく

参照
【甲府盆地桃源郷で花見】(1)(2)(3)、(4)

・2018年4月 甲州の桃源郷へ
https://datey.blogspot.com/2018/04/1328.html
・2014年4月 桃源郷で徘徊新府城天麩羅会
https://datey.blogspot.com/2014/04/919.html
・2010年4月 甲州は桃源郷
http://datey.blogspot.com/2010/04/260.html


2019/04/02

1395【令和騒動と換算呪文】明治いやむなしい大正ひどくひどい昭和ひどくにごり平成ひどくはんぱ令和じわっといや

 2019年4月1日、つまりエイプリルフールの日に、政府が次のエンペラーナルヒトさん用の新元号を発表した。
 わたしは元号嫌いで使わないのだが、こういう社会的騒ぎは野次馬として大好きである。
 TV嫌いなので、ネットで同時的に「玲和」なる新元号と、それが日本古来の「万葉集」から拾ってきたとの説明も知った。

 ところがネット世界では、政府発表から2時間ほどのうちに、「万葉集」より数百年も古い中国古典に、その例があるとSNSに書き込んだ人がいるのを見た。
 政府が言う「万葉集」典拠は「初春月 気淑風
 中国古典の「帰田譜」典拠は「仲春月 時気晴」
 おやおや、そっくりじゃんかよ。やっぱり今回も中国に教わったのだ。

 日本は古来から中国文化を摸してきたのだから、この「万葉集」の中のこの著者は、「帰田譜」のこのくだりを知っていて、上手くアレンジしたのだろう。
 それは模倣ではなくて、むしろ中国古典を知っていることを自慢しつつ、堂々たる「本歌取り」としてそれを書いたに違いない。

 さて、今日4月2日の新聞には、政府発表の言葉に当然のことに、そのことも含めて載っているだろうと読んで探したが、一言も触れていない。おやおや。
 中国典籍を脱して日本古来の文献に寄ったのが誇らしいと言わんばかりである。なんだかヘンだなあ。
 ネット雀さえすぐに分かったことを、まさか選定に関わったあれだけ多くの有識者なる方々のどなたも、実はご存じなかったのかしら。
 それともここはなんでも保守国粋主義者たちの顔を立てて、知らんぷりすることにしてのかしら。

 今朝の新聞記事には、中国のネットでもこの典拠で「ルーツは我が国」と流れているそうで、日本政府の知識の無さを哂っているのだろう。
 哂われてもしょうがない、日本は中国文化を追いかけてきたのだから。
 中国との外交関係が怪しい今だからこそ、お国の古典を今回も利用しましたよ、ありがとう、ってくらいの度量の大きさを見せたらよかったのにねえ。

 それにしてもまた面倒なことが増えて、暗算不得意の年寄りには困る。
 明治、大正、昭和、平成と元号で書かれた年を見ては、いちいち換算呪文を唱えて西暦にするのだが、またそれが増えてはお手上げである。
 では換算をやめてしまえば良かろうとなるが、そうなると今から何年前に起きたことかわからないし、外国のその頃のことと比較ができない。歴史感覚国際感覚が衰えるのが怖い。
 どうも世の中の元号好き連中は、歴史感覚にも国際感覚に欠けるようだ。

 さて、和暦西暦換算呪文である。「令和」登場により新呪文を考えたので披露する。
 それぞれの元号年に括弧内の数字を加えると西暦になる。
 明治いやむなしい(1867)
 大正ひどくひどい(1911)
 昭和ひどくにごり(1925)
 平成ひどくはんぱ(1988)
 令和じわっといや(2018)
 実のところ年寄りは、この呪文を覚えられないなあ。

 昨日4月1日エイプリルフールの日に、フェイスバカにわたしが書き込んだいくつかの記事を載せておいて、もう元号騒ぎにはおさらばする。

●4月1日 8:41 
 わたしは元号嫌いだけど、元号騒ぎならば大好き、さてさて、今日はどんな大エイプリルフールが政府発表されるのか、楽しみなことだ、明日には本物の元号発表があるのだろうなあ。

●4月1日12:01 今日はエイプリルフールですよっ!

●4月1日19:40 
 さすがに有識者って人たちは偉いもんだ、中国の『帰田賦』の「仲春令月、時和気清」も、それをなぞった日本の『万葉集』の「初春月、気淑風」も、なんでも知っているんだなあ、すごいなあ。

●4月1日19:57 サラ金令和かよ

 なお、誤解無いように付け加えると、わたしは元号反対ではなくて、行政の元号強要に反対なのである。面倒迷惑なことをなんで強要するのか、使いたい人だけが使えばよろしい。
 そういえばとうとう外務省は西暦にするらしいが、外国との付き合いではそうするほうがよいに決まっているよなあ、イスラム歴やネパールのビクラム歴など相手国の年号に合せるのも大変だよね。(2019/04/13追記:自民党のお方たちのいちゃもんがあったらしく、外務大臣はこれまで通りに元号も使うと発表した)

 このブログにこれまでに元号についてはこんなに書いている。
・2019/01/01【一首一元制】そんなに元号をお好きなら一世一元制じゃなくて首相が変るたびに改元してはいかが
https://datey.blogspot.com/2019/01/1177.html
・2018/05/23【元号問題】和暦を西暦に換算する呪文は妙案だが来年からもっと長くなる呪文を覚えきれないかも
https://datey.blogspot.com/2018/05/1135.html
・2018/04/30【戯報新聞スクープ】2019年5月1日から和暦の新元号は「西暦」(セイリャク)と決定2018/04/30
https://datey.blogspot.com/2018/04/1331.html
・2017/12/20【明仁氏終活余談】あきひとさんの終活でちょうどよい機会だから日ごろ面倒な「元号」をもうやめてちょうだいな
https://datey.blogspot.com/2017/12/1309.html
・2016/10/20【また元号が変る】国も自治体も元号表記に固執するのをやめてくれ、また2年先に変ると混乱ばかり
https://datey.blogspot.com/2016/10/1224.html

2019/04/01

1394【フェイスバカ3月記事まとめ】ズレ会話、ゴーン、本、花見、東京大空襲、イチロー引退、東京駅、元号騒ぎ、

3月1日【浜離宮庭園その5】
ご隠居:築地跡地計画で、またもや浜離宮庭園は西・南・東側のような、北側にも木に竹を継ぐ景観が生まれるのだろうねえ、こまったもんだよ。
熊五郎:そうだ、瓦屋根付き超高層ってのはどうです、外装に木を気を使うとか、いっそのこと木造超高層ビルとかね。ちょっと景観戯造やって見ましょうか。ほれ、江戸城天守風超高層なんてね、日本調でショ。
:わははは、木さえ使えば良い建築なんて、デザインできない奴が言うことだよ、新国立競技場みたいにね、でもそういうのがホントにできちゃったりするから、コワイよな~。
https://datey.blogspot.com/2019/02/1189.html

3月2日【食料品店で】
食料品店でいくつか買い物、会計係のオバサンが聞いてきた。
「レジ袋を付けても大丈夫ですか?」
 はて、「レジ袋」とは何か?、あの半透明の袋のことか、でもあれはポリエチレン袋だから「ポリ袋」だよなあ、なんでレジなんだろ、いやレンジかレジンか?
 行列の後がつかえているからこれを考えるのをやめて、次に「付けても大丈夫か?」とは、どういう意味か考える。
「(いくつかの食品を両手に持って行けないだろうが)付けなくても大丈夫か?」ならば分るが、逆だからヘンだな。
 もしかして「(レジ袋1枚は1000円しますが)付けても大丈夫か?」ということだろうか。
「あの、レジ袋付けて大丈夫って、どういう意味ですか」
 面倒くさそうに「レジ袋をお付けします、ということです」
 なんだ、それならわざわざ聞くなよ。
「はい、タダなら付けて下さい」
 また聞かれた「カードは大丈夫ですか」
 えーと、ここは図書館かい??

3月3日【郵便局で】 
郵便局で預金に関する書類を、局員の言うように記入する。
「では住所を書いていただいても、よろしいですか」
「よろしいかよろしくないか、わたしに質問されても、初めてなので、まったく判断できませんが、、」
「あ、書いてください」
 書類のその欄の左に「じゅうしょ」とあるから、ひらがなで書いた。
「あ、漢字でお願いします」
「え、だって「じゅうしょ」ってかいてありますよ」
 用紙を替えて書きなおす。
「ではお名前をお願いします」
 用紙には「なまえ」と書いてあるが、こんどは聞いた。
「ひらがなで書くのですね」
「いえ、漢字でお願いします。用紙は読み方だけです」
 読み方って言っても、どこにも「住所」「名前」と書いてないぞ、あ、これって園児学童向け用紙かな、え??
 次は生年月日だが、チェック欄に明、大、昭、平はあるが西暦がないので、チェック入れずに西暦で書いたら、また、紙を替えて一から書き直し。
 でもなあ、もうすぐ新元号5番目チェック欄を印刷した用紙につくり変えるのかな、もったいないなあ、いっそのこと西暦欄のみにしてほしい。
 で、次は、「ここにハンコを押していただいても、よろしいですか」
 だから、よろしいかよろしくないか、おれに質問しても分らんと、最初に言っただろ。

3月6日【ゴーン保釈】
ニッサン、ミツビシ、ルノーの自動車をご愛用庶民皆々様の浄財をもちまして、10億円もの保釈金を積むことができて、これで自家用拘置所に入ることが来ます、感謝。

3月6日【アメリカ知人の歌】 
大学山岳部で同期生だった山男、アメリカで兎のいる星にロケットを飛ばしていたが、今や大変身してなんとまあ、孫を詠う歌男になったとは、、、
朝日歌壇入選歌
「孫寝かせ妻と静かに交わす酒 息子の時には無かりしゆとり」
   (アメリカ)大竹 博
祝い歌
「雪よ岩よ相い宿りける岳人よ 孫詠む歌人となりにけるかも」
   (ジャパン)まちもり散人
https://datey.blogspot.com/2019/03/1191.html

3月8日【識者の読む本】 
本を減らすために自作本趣味禁止ってのも無粋すぎるし、外から持ちこみ禁止措置として図書館本屋徘徊禁止って決めたなら、出歩く理由が健康のためだけなる。それだけでは出歩く気にならないよなあ。あ、医者通いすればよいのか、なにか病気か怪我かしようかなあ。
 3割識者には3割識者なりの悩みがある。
https://datey.blogspot.com/2019/03/1192.html

3月9日【大通り公園】咲いた、オカメザクラ満開!

3月10日【東京大空襲】 
今日の「3・10」記念日は、74年も経つと忘れられているだろうが、東京で10万人も殺された日である。その年に何度も東京は空襲を受けて、家を焼き払われて十数万人が殺された。
 その日本都市空襲のコンサルタントをしたのが、建築家アントニン・レーモンドであった。日本で建築設計の仕事をした経験を活かした。そして丸焼け東京に戻って戦災復興時の建築設計をしたのであった。マッチポンプか。
https://datey.blogspot.com/2016/02/1171.html
https://datey.blogspot.com/2011/08/475.html
https://datey.blogspot.com/2015/05/1092.html


3月10日【自家製マーマレード】 
遊び友達から自家製夏みかんマーマレレードとその夏みかんとを貰ったので、負けずにマーマーレードを作って視覚と味覚の比較、視覚的にはこちら製が赤い。聞けばあちら製は表皮を薄く削りとったと、なるほど柔らかい口触り


3月14日【ブレグジット騒ぎ】
メイ首相の下で明快離脱かと思ったら、首相の下で走しつづける、でも5月には解決するさ、Theresa Mary May首相だもん

3月22日【インポ建築展再訪】
われながら物好きだが、埼玉県近代美術館「インポッシブル・アーキテクチャ展覧会」をまたも訪ねてゆき、透明アクリル棺桶に飾られたザハ案新国立競技場の死産遺骸を鑑賞してきた。インポッシブル建築がその背中合わせのポシブル建築に、強烈な比評の光を投げかける展覧会。
https://datey.blogspot.com/2019/03/1193.html

3月22日【イチロー引退】
おお、待ってましたあ、エッ?

3月27日【東京駅前広場と行幸道路の再デザイン】
風邪で寝込んでちょっとボケたので、刺激求めて久しぶりに東京都心のシンポに、野次馬見物に出かけたら、真っ黒背広の烏軍団の中に混じる、わが独りカジュアル衣装老人は、不審がられてしっかりとチェックを受け、やっと入れてもらった。
 伊藤滋さんと篠原修さんの話を聞いて、もういいやと外に出て、篠原さん監修でデザインが完成したという、東京駅前広場と駅前道路をみてきた。
 あれまあ、石でカチカチ、軸線ばかり強調、なんだか権威主義に凝り固まって、なんとまあつまらないことよ。イチョウ並木の葉が散り落ちたこの季節は、寒々とした空疎な空間がひろがる。駅前広場もまとまりなくだらりと広がるばかり。東に見える旧江戸城の森の豊かな緑に比べて、このバカバカしいほどの空疎なデザインは、いったいどうしたことか。
 これって、篠原さんが本当にやりたかったデザインだろうか、シンポでの彼の話の端々に、やりたくてもできなかったデザインを多くしゃべっていたから、たぶん、不本意なできなんだろう。
 このことについては、しっかりイチャモンを別に書きたい。

3月28日【新癌号守秘騒ぎ】
政府はどうしてこんなにも新癌号の発表をぎりぎりまで秘密にしたがるのだろうか。わたしは使わないから平気だが、使いたい人はできるだか速く知りたいだろうに。
 なぜ秘密にしたがるのか考えていたら、分かった。
 それは発表の日が重要なキイなのだ。政府としては日本国民の生活に余裕がなくて、笑いがない日々を送っているので、この機に大きな笑いを起そうとしているのである(らしい)。
 そう、次の日の4月2日に、「昨日のあれはエイプリルフールでした」として、本当の新癌号を発表する予定を組んでいるのである(らしい)。

3月28日【大岡花見】
ありゃあ~、去年は満開だったのになあ、、まだ3分咲きかよ~

3月31日【大岡花見】
屋台と人間ばかりが満開で、肝心の花はまだまだだなあ、それにしても、アノ朝も昼も夜も店頭に立ち並ぶ娼婦の街が、よくぞここまで変わったもの、スゴイ、ご関係者のご努力に敬服するばかり



2019/03/21

1393【インポ建築展再訪】ザハ・ハディド案新国立競技場設計図書棺桶と亀甲墓模型の展示を再見してきた

インポ建築展でザハ・ハディド案新国立競技場を見ていて
2013年IOC総会東京オリンピック招致演説を思い出す
インポ建築展】の続き

熊五郎:やあ、ご隠居、風邪の具合はいかかですか。
ご隠居:おお、熊さんかい、ありがとよ、どうやら治ったらしくてね、一昨日は埼玉県立近代美術館に展覧会を見に行ってきたよ。
:そりゃよかった、って、そこ先月に行ったでしょ、まさかボケて忘れててまた行ったとか。
:そう、また行ったんだよ、ボケちゃいなくて、また行きたかったんだよ。
:好きだね、え~っと、建たない建築、そう「インポテンツ建築」の展覧会でショ。
:いや、「インポッシブル・アーキテクチャ」のインポ建築だな。また行ったのは、見たいと言う友人を案内したこともあるけど、もう一度みたい展示物があるからだよ。

:それ、何だかあてましょうか、ザハハディド「新国立競技場案」でしょ。ご隠居のブログにくどくど書いてあったからね。
:そのとおりだよ。インポ建築には違いないけど実現直前で憤死した建築の、あの膨大な量の実施設計図書を眺めたかったんだよ。4000枚以上もある設計図を圧縮コピーして綴じて、A4版40数冊の冊子にしてあるのが、透明アクリル板の箱の中にずらーっと並べてあり、各種の評定書のコピーもある。もう最後の確認申請手続き直前だったというのだよ。
展覧会図録より設計者の言葉の一部
:つまり、建築家のできもしない夢想のインポッシブル建築どころか、実現可能そのものの建築である証拠物件なんですね。じゃあ、インポ建築じゃないのなら、展覧会としては趣旨が違うような。
:いや、そこが面白いところで、インポッシブルとポシブルの境界は実は曖昧なんだね。その曖昧さがポッシブル建築を鋭く批評するってところに、この建築展の狙いがあるらしいのだね。
:ってことは、今年中に完成する“ポシブル”新国立競技場は、この“インポッシブル”新国立競技場から強烈な批評の光を投げかけられるってことですかね、面白いなあ。
:そうだな、今は亡きザハ・ハディドの亡霊がその亡き子の新国立競技場コンペ案を抱いて、隈研吾の新国立競技場に現れて怨みの言葉を吐くんだよ、どんな論争が起きるか楽しみだなあ。
:いや、ザハ・ハディドなんか忘れられて、な~んにも批評なんか起きなくて、日本人たちはオリンピック気分に浮かれるだけですよ。
:う~ん、そうかもしれんなあ、うらめしや~。

:でもねえ、展覧会再訪してまで、そんな設計図書棺桶を眺めてどうするんです、死んだ子の歳を数えるって、ご隠居が設計したわけじゃなし、バカバカしい。
:その通りでね、設計図書を入れてある透明アクリル箱は棺桶そのものだね、そばにある亀の甲の様な模型は墓石に見えてきたもんだよ。沖縄にある亀甲墓だね。
:おお、埼玉に墓参りにいってきたのですかい、なんの縁もないのに。
:そう言っては身もふたもない、でもね、あれって設計料は税金によるものだから、わたしも熊さんもまるきり無関係じゃないよ。
:あ、そうか、あのザハ・ハディド案白紙撤回事件の時に、それまでかかった費用が65億円と報道されましたよ。その後に設計完了して残金を支払ったでしょうから、もっとかかってますよね。
:その頃わたしがブログに書いてるよ、「これまでかけた設計外注費用が65億円、それにコンペでかかった費用、JSCや文科省の人件費・交通費・光熱費など、世界中からコンペに応募した人たちがかけた費用、なんだかんだとざっと80~100億円の無駄かもよ、もったいないよなあ。」ってね。
:ウワッ、100億円かけたものを白紙撤回とて、首相だからできる無駄遣いですかねえ、すごいなあ。
:その後のやり直しコンペで勝った今の工事中の新国立競技場の設計にも、ザハ・ハディド案実施設計での知見が生かされているだろうから、まるきり無駄ではないがね。
:ということは展覧会にある棺桶の中には、少なくとも60億円の価値がある代物ってことで、それだけでも見に行く価値があるってことですかねえ、でもねえ、これじゃあ美術館に展示って意味不明ですねえ。

:わたしが思うのはね、あのザハ・ハディド案の死の主因は、高額工事費と工学的不可能とされているんだがね、どうもそれにくわえてあの異教徒的形態への日本人の忌避感がボディブローのように効いているんだねえ、あるいは国立施設なら日本人が設計するべきだってザハ・ハディドへの違和感もあったような、ね、そこに美術館でこんなふうに「葬送」する意味があるね。
:そうそう、思い出しましたよ、ザハ・ハディド案反対の声を最初に上げたのは、有名建築家の槙文彦さんでしたね。明治神宮外苑にふさわしくないデザインだってね。
:それに弟子の建築家たちやら歴史景観好き市民たちが付和雷同して、聖徳絵画館の歴史的景観を壊すなの声が上がったね。
:それがいつの間にか工事費のカネメの話に落ち込んで無駄遣い反対となり、景観的反対運動がそっちの反対運動に吸収されてしまいましたね。
:わたしはあの騒動の時には、ザハ・ハディド案であの外苑の帝国主義景観を壊してほしいと思っていたもんだよ。ブログにそう書いてるよ。
:今もそう思いますか。
:ところがね、ザハ・ハディド案は実施に進むにつれて変わって行って、亀の甲みたいなった模型が出てきてビックリしたのは、景観的に反対した槙文彦さんの設計した東京都体育館がザハ・ハディド案新国立競技場に並んでいる姿は、もう親子の様に見事に調和したデザインなんだねえ。
:あ、そうですねえ、ザハ・ハディドの高等作戦だったのでしょうかねえ。
:そうなると景観的におかしいと言う論が成り立ちにくくなり、分りやすいカネメ論議になったのかなあ。なんか反対論の次元が低くなった感があったなあ。

:ご隠居のほかにも、そのアクリルの棺桶を眺めている人がいましたか。
:いや、わたしみたいに前にじっと立って眺めている人はいなかったねえ、だって見ても面白くもなんともない厚い本が並んでいるだけだからね。はたから見ると変な人に見えたかもしれないね。
:そう、それを棺桶に見立て、模型を墓石に見立てることができるのはご隠居だけで、他の人には見えない幽霊みたいなもんですね。
:見えないって言えば、展示してある膨大な紙の設計図書類も、いまどきは全部コンピュータデータをプリントアウトしたものだ、だから実は見えないものが本物なんだ。
:あ、そうか、紙にプリントしてわざわざ見えるようにしてあるんだ、じゃあDVD何枚か展示してもいいかというと、、。
:DVDだけだと棺桶じゃなくて、骨壺になるね。DVDも合わせて展示してあると、インポッシブルからインビジブル建築となって、なんだかもっと意味深いような気分になるかな。
:インポシブル建築からポシブル建築へ、そしてインビジブル建築からビジブル建築へですかね。

:それにしても美術館ってところは、もっとなんとか自由にならんものかねえ。
:え、どうしました?
:触らせろとまでは言わないけど、現物を見ながら批評の言葉をしゃべりたいよね。
:あ、声がでかくて、また叱られたな。
:こういうのは静かに見て鑑賞するような美術品じゃなくて、その制作背景やら意味やらについて独自の論を、数人でガヤガヤと振りかざしながら鑑賞すると面白い代物なんだけどねえ。
:インポッシブルの理由を知って見るのと、なにも知らずに見るのとは大違いのはずですね。
:写真だって、設計図書の棺桶を撮りたかったなあ、あんなの著作権に引っかかることなにもないし、税金でつくったものだしなあ。横浜美術館だったら写真撮影OKだよな。
:埼玉の後で新潟、広島、大阪と巡業する様ですから、そちらでは写真撮影とかお喋り老人につき、なにとぞ良き方向にお取り計らいくださいませって、ここで頼んでおきましょう。

参照:
●「五輪騒動