2026/01/18

1925【老酔録⑭】♪Takaichi,Takaichi,Takaichi, She take me money but could'nt run Japan♪

●静かな隠居生活でも世間は騒がしい 

 個人的には、超高齢者にふさわしく(?)、心静かにして環境も快適に過ごしているのだが、それに比べて今の世のあまりに騒がしいことよ!。世界にトランプ騒動が続く中で、日本でも負けずに総選挙を近いうちにやるそうだ。政界再編騒動が起きている。

 なにも社会から求められていないヒマな老人としては、地球上であれ頃騒動が起きれば、それを新聞やラジオやYouTubeで追ってヒマツブシに困らない日々になっている。ボケ進行遅延策になってまことに結構至極である。

●ヒマツブシ種トラさん

 まずはトラさんの横車を面白がっている。ベネズエラに侵略して大統領を拉致してきて裁判にかける、しかも狙いは世界一の埋蔵量の石油だと公言する。そのうえグリーンランドというよその国を買い取るという。買わせないとひどいぞと、バカガキ大将である。

 わたしはベネズエラいついてはなんも知らないが、ハリー・べラフォンテが唄った「Matilda」の一節が頭の中にガンガン鳴るのだ。
 ♪Matilda,Matilda,Matilda,She take me money and run Vevnezuela
 そしてそれをこんな風にモジるかな。
 ♪Don'Trump,Don'Trump,Don'Trump, He kidnap Maduro and run Vevnezuela

https://youtu.be/5j2eQUJczCc?t=66

 ベネズエラがトランプにどう対応するのかあいまいなままだが、今朝のニュースで反政府運動家のマチャドが受賞したノーベル平和賞をトランプに回したそうだ。平和賞を欲しがるトランプに回すって、マチャドのトランプを手玉に取る深謀遠慮謀略策かしら。

 トラさんてエライと言うかバカと言うか、知性からかなり遠いところにいる人だが、そんな人を選挙で大統領に選んでしまうアメリカ人たちが、なんといってもエラくてバカである。長く生きていると世界のバカに面食らって、ボケ防止になって長生きしてしまうのが迷惑だ。

●ヒマツブシ種タカイチさん

 そしてこちら日本には高市早苗なる人物が時の首相であり、これがトランプよりも超小物だが、これもなんだかんだと老人ボケ遅延福祉政策に励む。コメに代表されるアサッテ物価政策、台湾有事答弁に代表される外交オンチとか、上滑り人気にのって衆議院解散とかね。

 衆議院議員は任期4年だが、今はまだその1/3だそうだから、選んだ人たちをバカにしているのだな。解散の直前には某所でこんな会話があるに違いない。
 さなえさん「憲法第7条により、国会解散をされますよう、内閣から助言を申し上げます」
 なるひとさん「え、なんで?、どうして?、だってまだ任期の半分もやってないじゃん」

 それにしてもトランプを選ぶアメリカ人に負けないで、日本人もあの高市さんを首相へと間接ながらも選んだのだから、こちらもバカがそろっている。もしかして選挙制度がバカになているのかもしれないが、右寄りとポピュリストばかりが政治に出てくるのはへんである。

 先日、アメリカに長年住む大学同期友人とズームで話したが、あちらのジャーナリズムでは高市首相の評価がかなり高くて、日本の新聞では彼女を低評価する記事が多いのは何故かと不思議に思っているとのこと。トランプ好み国民との違いだろうなと答えた。

 ところが高市さんは、選挙で彼女が総理大臣に適切かどうかを国民に聞くと公言した。どうやら自身をトランプ同様の大統領として認めてもらいたいらしい。議院内閣制を変える気なんだな、台湾有事同様の危ないことを軽く言う人だなあ。

●今度は中道新党だってさ

 この高市さんが首相になって唯一の政治的大貢献は、立憲民主党と公明党との合併をさせたことだ。政権が右へ右へと寄り過ぎて、その左の中道あたりに大穴が開いた。そこに立憲と公明が嵌りこんでデキちゃったらしい。名付けて中道改革連合一家だそうだ。

 政党名について昔から迷惑に思っているのは、自由とか公明とか国民とか普通名詞をつけることだ。例えば公明党ができたばかりに、公明正大とか公明選挙とかって言えなくなってしまった。今度は中道って言いにくい、立公党と言えよ、言葉を返せと言いたい。

 立公合併新党の綱領が出たが、そこには安保法制部分廃止も核発電所廃止もない。昔、社会党がつぶれた時の契機と同じ感じがしてきた。これを契機に立憲民主党はつぶれるのだろうなあ、惜しいなあ。

 いやまてよ、公明の斎藤は凄腕らしく、立民の野田を食ってしまいそうだ。これまで公明はあちこちと平気でくっつく蝙蝠だが、この斎藤に変ってからすぐに政権離婚から立民結婚へと蝙蝠躍如、そして凄腕斎藤は立民を乗っ取るのかも、うん、面白い。

●大阪兵庫あたりもオカシイ 

 昨日大阪に住む弟とズームで新年挨拶をしたが、聞けば大阪では府知事と市長が同時辞職して、タカイチ解散選挙と同時に選挙するそうだ。で、信を問うのはまたぞろ大阪都構想だそうだ。これまで2度も住民投票でNOとされたのにまたやるそうだ。

 大阪って、いや維新党って、どうして「都」になりたってなんだか変である。そういえば兵庫県でもなんだか変である。大阪兵庫両府県民がおかしいのは、もしかして阪神淡路大震災の後遺症かもなあ、ま、こちとら関係ないが。

●選挙でヒマツブシ

 いつもは選挙内容にはあまり興味がないのだが、今回は面白そうだ。投票に行くかなあ。でも、いつも私が票を入れる人は落選するからなあ。何がリベラルかわからない状況だから、しばらく観察して面白がるしかない。

 まあ、酒飲みつつ政界騒動を眺めていて何か書き記すって、まさに老酔録にふさわしいものだ。頼みもしないのに働いてくれる右や左の旦那様たちを、なんとなく分りやすくなってきた。

 さて、今回は英語版狂歌なのだ、マチルダのメロディーでどうぞ。
 ♪Takaichi,Takaichi,Takaichi, She take me money but could'nt  run Japan♪ 

(2026/01/18記。2026/01/20補綴)

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2026/01/09

1924【ベネズエラ侵略トランプ】ネタニヤフにパレスチナをプーチンにウクライナ俺にはベネズエラを

 ●恥を知らぬトランプ

 正月あたりに大事件が起きると記憶に残りやすい。一昨年元旦は能登地震だった。去年は特に記憶ある事件は無かったが、今年は1月3日に、トランプがベネズエラ侵略して大統領を拉致した怪事件が起きた。

 ロシアのウクライナ侵略とかイスラエルのパレスチナ侵略を、トランプは仲介して和平に持ち込むと豪語しているがちっとも和平は来ない。それなのに、こんどは自分が侵略して国際法違反を起こしたのだから、どの国からも仲裁役としての信用失った。もう駄目だな。

 全くとんでもないやつだ、トランプというやつは。麻薬退治と言いながら、実は石油確保が目当てと、堂々と言うのに呆れてしまう。もしかして麻薬も欲しいかもしれないとさえ思えてくるくらい悪辣だ。

 そして更にこのれらに加えて、コロンビア、パナマ、グリーンランドなどへの侵略もあると口に出している。こんな気ちがいを選挙で選んだアメリカ国民の半分が頭がおかしいというべきである。わが戦後模範にした民主主義はどこに行ったんだ。

●内田樹氏の予言

 実は去年からトランプの挙動がおかしい、何を考えている奴だろうかと、不審に思っていた。そんなところに思想家内田樹氏のコラムを読んで、おお、そういうことがトラさんの狙いなのかと知ったのだった。

 今年にトランプによるベネズエラ侵略拉致事件で、それが予言のように的確だと知った。
 このベネズエラ侵略拉致事件に対する、わたしのコメントは、1月4日から昨日までの間に7件、フェイスブックに載せてきた、それらをここにまとめて転載しておく。

●2026年1月4日

トランプの他国侵略が始まった
 え、今度はそっちで戦争かい、いくら平和賞が欲しいったって、戦争おっぱじめてはとてもじゃないが無理ですよ、もうプーチンなみだね、トランプのバカ、石油を欲しいのが本音だろ、もうEU諸国首脳もゼレンスキーもプーチンもネタニヤフもシーチンピンも、だれ~もあんたを信用しないでしょ、これで地球は分断、そして第3次大戦に向かうだろう、ああ、これがわたしが見てから死にたかったコロナ後の新世界であったか、いやまったくオレは生き過ぎたなあーーー

●1月5日

侵略拉致トランプへの日本からの評価は?
 さあて、これから日本の総理大臣は、このトランプが始めた石油植民地獲得侵略戦争を、なんと評価するのだろうか、楽しみだなあ、怖いなあ、
 まったくもって、長生きするものではないなあ~、ロクでもないことに出会うだけだなあ、これがわたしの感想。

新春狂歌(分け前よこせ)
 ネタニヤフにパレスチナをプーチンにウクライナを俺にベネズエラを

♪MATILDA ♪
 ベネズエラといえば、ハリーべラフォンテの歌「マチルダ」が、頭に浮かんだだけで、なんの縁もないけど、大変だな、気の毒に。
  ♪Matilda,Matilda,Matilda,She take me money and run Vevnezuela♪
  ♪Dnal’Trump,Dnal’Trump,Dnal’Trump,He take me oil and run Vevnezuela

参照:https://youtu.be/wK50RRgUuf4

【太平洋戦争の記憶】
 アメリカ軍がべネスエラ大統領を拉致する時に使った船の名前が「イオウジマ」(たぶんこれは太平洋戦争激戦の硫黄島「イオウトウ」のアメリカ流誤読だろう)と言うらしいが、何か日本と関係あるのかさいら?

●1月7日

国際侵略拉致事件
 せんだって「どう考えても存立危機事態になり得る」と言ったから、こんどは「どう考えても国際法違反になりうる」と言うに違いないと、今日まで待っているのに、ちっとも言わないのは、どうして?、あれはうっかり放言だったかしら、ねえ、タカイチさん。

1月8日

トラさんに対抗して日中騒動も
 日本のタカイチさんが、チャイナのシーさんに叱られているようだけど、庶民にはなんだかよく分らないのでので、AIさんに「簡単に例え話にして教えて」と尋ねたら、こう教えてくれた。これでいいのかなあ。

ーーーAIさんのお話ーーーーーー
 高市発言とチャイナの抗議を、わが家と隣家の争いに例えるとこうなります。
登場人物など:
①わが家の主人(日本の高市さなえさん)
②わが家の隣家の母屋(チャイナ)に住む主人(シー・チンピンさん)
③隣家の離れ(タイワン)にはシーさんの親戚が住んでいるが仲が悪い

 わが家の主人が町内会の会合で、うっかりしゃべってしまった。
「隣家の母屋と離れとの仲が大喧嘩になって、もしも隣家が本気で手を上げたら、それはうちの家も危ない。だからうちも守るために手を上げて割り込むかもしれない」
 これを聞いた隣家主人が激怒して抗議した。
「お前の口出しは内政干渉だ! うちに手を出す気か!、謝れ、取り消せ」
 しかしわが家の主人はガンコで、謝りも取り消しもしない。
 そこで隣家母屋主人はわが家に対して嫌がらせを開始した。
「これまでそっちへ売っていた大事な物を売らない(レアアース輸出規制)し、そちらからから物を買わない(輸入停止)」
 お互いに譲らない結果、両家の付き合いが悪化してきた。でも経済的に隣家母屋の方が強いので、わが家の方が生活が苦しくなっている状態です。
 これが、今の日中関係のシンプルな例えです。 (20260109記)

1月10日(追記、11日一部修正)

トラさんを真似して町内でも
 では同じようにトランプのベネズエラ侵略事件も分りやすい例え話にします。
 隣家の主人が、わが家の井戸から美味い天然水が出てくるのを羨んで、わがの主人が麻薬を潜像販売していると言いがかりをつけ、ある日のこと子分どもに急襲させて、井戸を占領するばかりか、わが家の主人を拉致していってしまった。
 そしてこれからはわが家の井戸水を隣家のものとして、ポンプなどを更新してジャンジャン汲み上げて飲み、よそにも売ると言っている。
 町内の人々は、よその家に勝手に入ってそんなことする隣家の主人をケシカランと文句を言いたいけれども、言うと同じ目にあう恐れがあるので、ぶつぶつ言うだけだ。町内に暴力団親分が住んでいるのが災難だとあきらめるしかない。
 これが、今のアメリカとベネズエラのシンプルな例えです、いや地球の例えかな。 

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2026/01/02

1923【老酔録⑬:寿正月】コロナ禍から明けても寿町の寒空の下には数百人の炊き出し行列

 


●心機一転新居で新人生の正月だ

 2026年になった。だからどうだってこともないのだが、正月らしいこともちょっとやった。初詣なんてやらないのだ。マニアックな初徘徊をやるのだ。

 一昨年夏に老々介護が終わり、昨年夏に転居して一切合切身辺整理、そして詰めは昨年末にコロナにようやく罹ってコロナ禍も終了、数えてみると2020年から始まったコロナと老々介護のダブル禍開始から6年たっていた。6年振りの心機一転の新年新人生である。

 身内の4人が集まって、ゆったり雑煮をいただいて、なんだか人並みの正月のようであったが、久しぶり過ぎてこれが人並みと思ってよいのかどうかも分からない。人並みといっても初詣なんてことはやらないのだ。

 いつもやる正月の行事は、おめでたい名がつく街へ初徘徊である。うちのまわりは19世紀埋立地の時に、黄金町、万世町、寿町、長者町、尾上町などなどめでたい名前が付けてある。そのうちの寿町を徘徊してきた。これが恒例のマニアック初徘徊である。

●正月恒例めでたい名の寿町徘徊は炊き出し

 ドヤと呼ばれる簡易宿所ホテルがびっしりと立ち並ぶ寿町は、かつては港湾労働者の屈強な若者たちの街だったが、そのまま年とって今は貧困老爺たちの街である。一泊7000円のワンルーム居室がびっしりと詰まった建物が、街にびっしりと建て詰まっている。(参照

寿町メインストリート風景は一見普通のビル街だが


どの簡易宿所も一泊7000円らしい

 介護を必要な貧困老人がびっしりと街なかに詰まっている。ちょっと計算したら6ヘクタールのこの街に6000人(600人/ha)も暮らしているらしい。これは超高密度居住だ。だから介護サービス業には効率が良い街らしく、この10年ほどで軒を並べるのようにできた。

 さて、正月の寿町である。毎年にお目にかかる寿公園での炊き出しである。今年も炊き出しを目指して300人以上入るだろう大勢の人々が、静かに整然と公園のあるブロックをぐるりと取り巻いている。寒空の下の長い行列は静かで、なんだか暗い感もある。

道には炊き出し待ちのなが~い行列

行列の中間あたり、この先に炊き出しの寿公園が

寿公園の炊き出し会場に行列の先頭が入る



寿公園には檄が・・・

公園には各種相談の場

 炊き出しは12月30日から1月4日まで行われるようだ。誰もがいただけるらしい。
 もう終りになるころ、ふらりと見ていたわたしにもボランティアらしい女性が「もう雑炊を食べましたか」と声をかけていただいたが、野次馬の身では遠慮した。

 寿町は暮らす人の密度は高いが、街の道はいつも静かである。この正月の炊き出しの時だけ、公園周りだけが2時間ほど賑わう。長らく寿町を観察してきたが、近ごろは古いドヤビルの新ドヤビルへの建て替えとともに、賃貸借型共同住宅ビルへの建て替えも見られる。

 もちろん分譲型共同住宅ビルへの建て替えもある。ドヤが次第に減少している感じだ。一種のゼントリフィケーションかもしれない。ということは貧困老人は減っているのだろうか?時々徘徊しつつ道から眺めているだけだから、内部を知らない。

 高齢者は増えているのは前々からだが、障碍者とか、外国人居住者が増えているとも仄聞する。この分類に属する人たちが貧困階級に組み入れられているのだろうか。そういう社会が登場しているのか、この国は、、、。

●賑わいを求めてチャイナタウンへ
 
 この寒空の下、わたしは賑わいを求めて場所を変えようと、すぐ隣と言ってもよい中華街へと足を向けた。横浜観光名所である。 

横浜中華街大通りの賑わい

 中華街は寿町と大違いで、どこもかしこも歩き食いの人たちで大賑わいである。歩き方が一定ではない。わたしは実はこのところ脚が弱って来て、このような密度高い雑踏を歩くのは、接触して倒れる恐れがあるので、怖くなって入口あたりから引き返したしまった。

 横浜では来客の密度が最も高い観光街であろう。若い人が多いのはわかるが、東洋系の顔立ちの人がほとんどで、外国人が多いのかどうか、中国人が多いのだろうとは思うが、実のところ判別しない。100mも離れていないところで、全く異なる風景があるのが、奇妙にして興味深い都市環境である。 

●遂に徘徊距離短縮という老酔録

 わたしも横浜都心に暮らすようになって今や23年である。当初から面白がって旧都心部市街や新都心みなとみらい地区やらを、ウロウロ日常的に徘徊して観察してきた。長時間長距離あるいても平気であった。その度に街観察記このブログに書いてきた。(参照:横浜ご近所探検隊が行く

 だがなにしろ88歳という超高齢者になると、それなり身体の衰えが出る。どこといって悪いところはないし、長距離・長時間歩行はいまでも平気だが、確実に自覚しているのは歩行速度が遅くなったことだ。時速20㎞が普通になった。

 歩行速度が遅いと長く歩くことに飽きてくるのが困る。かつて歩いた都心徘徊距離の4分の一くらいの距離と時間が徘徊限界になりつつあるのが悔しい。 そして混雑場所では身のこなしが自信がない。雑踏で当たられても倒れないという自信がない。

 恒例の正月徘徊は、寿町の次は元町商店街を抜けて、海辺の山下公園から象の鼻公園、更に大さん橋、赤レンガ倉庫、そして北仲通りをまわって、馬車道から関内駅、伊勢佐木モールから横浜橋商店街、そして帰宅というコースだった。いまはこの4分の一も歩けなくなった。そんな四半世紀横浜暮らしである。

(2026/01/02記)

 正月の寿町などの風景はこれまで下記のように書いていている。

・2025/01/31【横浜徘徊】内外観光客で賑わう春節中華街の隣には寒空の公園での炊き出しに行列する貧困風景 https://datey.blogspot.com/2025/01/1866.html

・2024/01/01【コロナ明け寿正月】今年も無料弁当配布に並ぶ長い長い行列が取り巻くドヤ街風景に凍える https://datey.blogspot.com/2024/01/1773.html

・2023/01/05【横浜ご近所正月徘徊】港あたりにタワー群、貧困街で炊き出し、中華街は大混雑 https://datey.blogspot.com/2023/01/1665.html

・2022/01/04【コロナ正月】寿町・中華街・元町・伊勢佐木へ旧横浜パッチワーク都心新春徘徊 https://datey.blogspot.com/2022/01/1604.html

・2019/01/05【初徘徊は寿町に】B級横浜ガイド・寿町・松影町あたり:デラシネ日雇労務者が高齢化定住した貧困ドヤ街 https://datey.blogspot.com/2019/01/1180b.html

・2018/12/19【寿町の繁栄】貧困で超高齢化する日本の縮図のようなこのドヤ街は縮図どころが拡大しているような https://datey.blogspot.com/2018/12/1173.html

・2015/01/05横浜寿町ドヤ街は新築高層ドヤ建築が林立して周辺へも拡大中にて貧困ビジネス繁盛 https://datey.blogspot.com/2015/01/1046.html

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2025/12/31

1922【老酔録⑫】コロナ後の地球は新たな輝かしい夜明けかと期待して生き延びたのは大間違いだった

 さてさて今日で2025年が暮れる。といっても普通に地球はまわっていて特別なことが起きてもいないのに、今日を大晦日と名付けて特別な日とするのは、人間の文化的勝手というものである。

 実はそういう特別さを嫌いであって、普通に過ごせばよいとも思うのだが、今年がコロナ罹患という、わたしにとっては世界的なパンデミックにちょっと引っかかったという特別なイベントで終わったので、世間並みに今年のことをちょっと書いておこうと思いついた。

 思いついたのはよいのだが、今日という大晦日中に書かねばならぬと、ちょっと焦っている。書いているうちに今年が期限切れになる恐れがあるのだ、いや、締切が過ぎても一向にかまわないとも思うのだが。

●今年第1の事件:かかりつけ医師ができたこと

 さて、これを書くわが身は、今年初めから普通後期高齢者並みの、月一回医者に行って薬を買い、食事の度にそれらを飲む習慣づけにさせられてしまった。血圧の薬らしいが、それを飲んでいったい何が効果があるのかわからぬところに悩みがある。

 ひごろどこも痛くもかゆくもないのに、丸薬を飲まされているのは不思議である。飲めば何がよくなっているかしらと懐疑を持っていては、丸薬の方もこいつに飲まれても効いてやらないぞなんて思うかもしれない。(参照:高血圧事件

 こうして生まれて初めてかかりつけ医者なるものがわたしにもできた、これが第1の事件であるとすれば、第2の事件は居宅を移転したことである。住まいを変えたのだが、正確に言えば移転後も同じ共同住宅ビルの中であるから、生活圏には変化はない。

●今年第2の事件:住み家を移転したこと

 おなじビルの中の住戸で2階分上方の9階に移った。移った理由は、昨年夏に独り者になったから、掃除しなくてよいように狭くしたのだ。昔、二人で住む身になってから家族の増加と転勤で少しづつ住宅を広くしてきたが、ここに来て一挙に4LDKから1LDKに縮小した。

 持ち物をほとんど捨てた。家人だった人の物はもちろん、自分のもちものも最低限にして他は捨てた。処分するものの家事から言えば蔵書が最も多かった。自分の著書さえ捨てた。要するにここで死ぬ準備のひとつである。

 立地環境は変わらないから移転後に迷うことは何もないのがよろしい。住戸は2階分高くなって、見晴らしも日当たりもよくなったし、空も広くなったのがよろしい。地上から高いだけに夏の風通しもよろしい。(参照:都市漂流

 たぶん、終の棲家になるはずだが、もう一度高齢者施設へ移転しなければならないだろうとも思う。実は今回の移転もそうしたいとも思って、いろいろ探したのだが適切なものを見つけることができなかった。高齢者の住まい選びはむつかしいと知った。

●今年第3の事件:たぶん最後となる故郷訪問をしたこと

 5月に思い立って大旅行をした。久しぶりに新幹線に乗って、西への旅に出たのだ。死ぬ前に一応は生まれ故郷を見ておこう、なんでわたしにしては殊勝なことを思いついたのだった。この度のことはこのブログに書いた(参照「故郷への最後の旅」)。

 考えてみるとわたしの生まれ故郷は、典型的な故郷であるような気がする。童謡や唱歌に故郷を詠うものが結構多い。例えばすぐおもい浮かぶ歌詞の一部は、「ウサギ追いしかのやま・・」とか「園の小百合撫子垣根の千草・・・」とか「更け行く秋に夜・・・」とか、出だしだけをいくつか思い出す。

 そこに出てくる田舎の風景や自然におむね適合する思い出景観が、わたしの故郷のどこかにあるような気がするのだ。故郷を持つとはこのようなことかと、時々思う。だからといって故郷を特に懐かしがってもいないのだが、わるくない気持ちだ。

●今年第4の事件:遅まきながらコロナに罹患したこと

 怪我やできもので医師にかかることはあっても、内科系の病気になることはほとんどなかったわたしでも、さすがにコロナのやつは見逃さなかった。12月になったとたんにコロナになって月の前半はごろごろして、何とか元に戻った。(詳しくは参照:老酔録⑩

 今年は世間のコロナが終わった様子であったから、わたしはほとんど忘れていた。マスクも医院でのみつけていた(いつも忘れて注意を受けた)。電車でも祭りでも雑踏を気にしないでいた。日頃ピンピンコロリと逝きたいと願っているから、ピンピンコロナで逝くのもよしと考えてはいた。

 「なんとかは忘れた頃にやってくる」というごとき今年の12月にもなって、ようやく私にもコロナが届いたのだった。やれ嬉しやとはさすがに思わないが、ピンピンコロナだぞと期待もあったが、見放されたのであった。後遺症もない。

●今年第5以下の事件はなかったが・・

 それなりに身辺は平穏な生活であるのはよいのだが、世間はなんともはや不愉快な年であった。実はコロナパンデミックという地球規模の大事件が終了後には、その地球規模災禍を教訓にして、地球規模の新たな世の中ができるに違いないと期待していた。それを見たくてここまで生きたようなものだ。

 ところが2025年の世界の酷くなったことはどうだ、コロナの後遺症を地球も患ったに違いない。ウクライナからプーチンは一向にひこうとしない。侵略戦争が21世紀の4分の一が過ぎる時代になったもあり得るのだ。

 トランプはコロナ中に2度目の登場して、1回目のドジを踏まないように身辺を固めて、世界に騒ぎをもたらしている。戦争を終わらすという大口をたたくが、プーチンやネタニヤフの手玉にとられてウクライナもガザも一向に解決しない。

 そのうちに業を煮やして、新モンロー主義を唱えて一切を放り出すにちがいない。ユーラシア大陸のことなんかもう知らないと言い出すだろう。そして南北アメリカ大陸のトランプ王国形成にのみ興味を示すのだろう。ベネズエラの石油があれば東世界は要らないのだ。

 そうやって地球に東西対立の新体制ができる行方は、第3次世界大戦である。そんなコロナ後遺症の発病なんて、これがコロナ後の新世界であったのか。思えば2009年に逝った友はコロナもウクライナ戦争も知らずに、羨ましい。

 コロナ中にも去年も今年も、何人かの同年の畏友たちが逝ってしまった。彼らは世界戦争を知らず逝って羨ましい。あ、そうだ、ことしはあの右翼政権だった安倍晋三を継承する高市政権が誕生したのだった。これも知らずに逝った友を羨む。

 コロナ開けて新しい秩序の輝かしい新世界が生まれるかもしれないと期待して、それを見たくてここまで長生きしてきた。だが、大きな誤解だった。コロナに罹った地球は、新東西分断世界誕生から世界戦争へという、とんでもない後遺症を地球に患わせたのであった。

 こうであってもわたしにできることは、せいぜいあいも変わらず、ピンピンコロリを願うしかない日々になるらしい。

コロナ後の後遺症かやこの地球 分断社会戦争紛争温暖化

(2025/12/31記)
(20260104追記)
●生き過ぎてトランプトランプ戦争に出会ってしまった

 東西分断から戦争へと書いたら、トランプが昨日ベネズエラに爆撃をかけて、大統領夫妻をアメリカに拉致してきたとのニュース、え~っ、今度はそっちで戦争かい、いくら平和賞が欲しいったって、戦争おっぱじめてはとてもじゃないが無理ですよ、もうプーチンなみだね、トランプのバカ、石油を欲しいのが本音だろ、もうEU諸国首脳もゼレンスキーもプーチンもネタニヤフもシーチンピンも、だれ~もあんたを信用しないよ、停戦仲介なんておよびじゃなくなるね、これで地球は東西分断、そして第3次大戦に向かうだろう、ああ、これがわたしが見てから死にたかったコロナ後の新世界であったか、いやまったくオレは生き過ぎたなあーーー

参考までに思想家内田樹氏の予言的コラムを載せる。

このブログ関連ページ
コロナ騒動オロオロ日録

ーーー老 酔 録ーーー
米呪を越えて老いに酔い痴れる日々の記録
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2025/12/24

1921【老酔録⑪:コロナ狂歌集】願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のコロナ

 コロナを詠う狂歌集  詠者:街杜散人 

 新型コロナは2020年初からの流行で、2024年にはほぼそれは終わった。わたしは流行遅れ人間で、今年2025年12月にコロナに罹った。これでようやく世間並みになった。しかし大したことなく、十日間の閉門蟄居で治ってしまった。

 わたしはコロナ流行開始の頃から「コロナ騒動おろおろ日録」なるブログを書き続けており、130件ほどの記事がある。今、自分がコロナに罹ったので読み返してみたらけっこう面白い。

 コロナで右往左往する世情を、時に狂歌として詠っているのでそれらを集めてみた。短歌詠み趣味はないので、情緒ある歌ではなくて、ひねくれた世相時評の狂歌のようなものだ。2022年から23年までのそのいくつかを抜粋して、詠んだ順にここに載せる。
 なお、印はいわゆる「本歌取り」で、昔の名歌をパクってパロディにしたつもりである。 


2020年3月 参照:宇宙クルーズ船地球号は只今緊急事態発生

〈何でもコロナ〉これはまあ便利なことよなにもかも都合悪けりゃコロナのせいに

(コロナで人口増か)巣ごもりを裸淫と淫種ットで過ごしたら来年心配産院崩壊

(蜜と密)三密は密輸密売密造酒 蜂蜜餡蜜壇蜜は三蜜

5月

(小さいマスク)春過ぎて夏来にけらし白妙のアベノマスク未だ来たらず*

(マスク競争)君がため初夏の街に出でマスク買ふわが衣手にコロナ降りつつ*

(見えないコロナ)ひさかたの光のどけき初夏の日に静心なくコロナ散るらむ*

(マスク高値)買い物にうち出でてみれば白妙のマスク高値に腹は立ちつつ*

8月 参照:コロナ大戦の日々  コロナ文化時代来るか

(心忙し)コロナ来て後の心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり*

(長期政権)あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々しコロナも安倍晋三も*

(コロナ喉薬)イソジンでうがいしながら暇人はレノンが歌うイマジンを聞く

9月

(コロナ促進強盗推奨政策)半分を出してやるからGOTOといわれてもあと半分がない

(同名政権発足)菅政権この前は核の毒が降りこの度は新型コロナの毒降る

(コロナ風俗)夜目遠目傘の内にはマスク顔行き交う人はみなコロナ美人

11月

(コロナ振興政策)やれ行けやそれ行けGOTOお指図に頑張っておりますおいらコロナも

12月

(強盗キャンペン)GOTOに行くカネ体力気力なく自粛お籠り続けてるフリ

(アベ虚言陳謝)ウソつきがウソつきましたと詫びたとてこれまたウソであるかもしれぬ


2021年1月  参照:コロナますます繁盛

(夜間飲食8時閉店)変異して夜遊び上手になるコロナ午後八時にもう待ちかまえ

(オリパラ開催へ)開催へ無敵の秘策は無観客無選手無競技あゝ無理ンピック

(マスク姿が普通に)銀行の扉を入りてたじろぎぬ覆面集団全面占拠

2月

(西行忌)願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のコロナ

4月  参照:コロナワクチン

(あと700人余)願わくは散る花のもと春死なむその卯月1万人目のコロナ

(オリパラ歓迎)列島をアンダーコントロールしてオ・モ・テ・ナ・シします我らコロナが

5月

(一握の紙)また出せどまたまた出せどわが宣言効き目あらざりぢっと手を見る* 

(運の使い道)つながらぬワクチン予約の電話切り宝くじでも買いに行くべし

(緊急事態宣言)もしかして宣言する首相を替えたならもっと効き目があるかもしれぬ

6月 

(優先ワクチン)なさけなや若者さしおき余生なき年寄りどもがワクチン争奪

(優先接種)アスリート老人をさしおきワクチン打つオリパラという大バクチ打つ

(祝開幕コロナ新対策)無観客無選手無競技無放送無感染無事東京オリパラ

(ワクチン)「穴開らき死」の怖れある「惑鎮」にわが惑いこそ鎮まらざりけれ

7月  参照:コロナオリパラ競合

(無理矢理開催)東京のコロナ豪雨の真っ最中ゴリンバラリン土石流迫る

(また緊急事態)宣言し宣言宣言また宣言あと残るのは宣言者とり替え

(コロナぶっちぎり)今日感染東京2848人 負けたTOKYO2020

8月  参照:物言わぬアスリート

(方針転換)もうベッドがない重症でなきゃ自宅療養とコロナに負けた政策の現実

(スカ看板自助政策徹底)罹ってもコロナ自宅で療養しオリンピックも自宅で競技か

(もう勘弁して)コロナ来てオリンピック来て豪雨来て泣きッ面に蜂パラリンピック

9月

(解除宣言近し)あの世への自慢話にしたいので緊急事態さなかに飲み会

(一年で首相取り換え)次々と攻め来るコロナの変異株こちらもせめて首相を変異か

(災禍三代目)アヘン禍ス禍コロナ禍のうえオリパラ禍すっかりキシンダ日本列島

10月

(酒飲みの矜持)もう酒を飲んでよしとお上が言ったから10月1日禁酒開始日*

12月  参照:コロナ振り返り

(新規軍来襲)来た来た来た~っコロナオミクロン変異株お待たせいたしましたとも言わず

(大晦日)コロナで開きコロナで閉じるこの2年 来年こそはピンピンコロナ


2022年1月 

(長生きは不幸)あの戦争このパンデミック八十路来てまたも遭遇地球規模危機

(生き甲斐コロナ)人生に飽きた八十路にパンデミック結果を見たくて生き甲斐ふつふつ

(お手上げ)わかってはいたけどやっぱりなア首相替えても効果は無しか

2月  参照:プーチン戦争ショック

(退屈哀歌)あしびきの山鳥の尾のコロナ禍の長々し夜をひとり鴨葱*

(毎年恒例2月詠)今年こそ花の下にて春死なんその如月の望月のコロナ*

(2・24事件)コロナ禍でもうたくさんなのにこの地球プーチンが始めたウクライナ禍

(NATOコワイ)納豆を嗅いで出て来る北の熊 コロナよ奴を冬眠させよ

3月

(コロナ+戦争)コロナ来て戦争が来て地球病みこの枕辺にも花は来るのか

4月

(ウクライナ禍)コロナ禍が止まぬに更にプーチン禍 わが人生は ウ~暗いなあ

(コロナ頼み)こりゃコロナこちらはいいから後にして急ぎ攻め込めクレムリンへ

(わが八十路)コロナ止まずプーチン禍も長引けば越える八十路の峠は闇夜

6月

(夏が来た) 春過ぎて夏来にけらし白妙のマスク外して雨の香ぐわし*

7月

(参院選与党圧勝)この度は圧勝したのはもしかして新型コロナ第七波党か

(禍禍禍夏)コロナ禍にプーチン禍そしてカルト禍で ヒマツブシには困らない日々

(コロナ帝国)コロナ新規感染者数世界一 未罹患われは非国民なれば

11月

(コロナ6~8波)その昔いたなあ懐かしコメディアン古川ロッパ八波むと志


2023年2月

(新春来たる)ひさかたの光のどけき春の日にしずコロナ来て洟の散るらむ*

(コロナ格下げ風邪並みに)これからもどうぞそのまま夜目遠目マスクの内の美しき人よ

(プーチン戦争一周忌)戦さする中に生まれて戦さ過ぎいま死ぬ時に戻りくる戦さ

(乱世再来)乱のうちに春は来にけりこの年を戦前とや言はむ戦中とや言はむ*

(コロナ波続々)第八波コロナ消えゆくふりをして油断をさせて年末に第九♪

(毎年春詠)今年こそ花の下にて春死なむその如月の望月のコロナ*

5月

(マスク無し)春過ぎて夏来にけらし四六時のマスク捨てたり風のかぐわし*

(コロナ消ゆ?)ひさかたの光のどけき初夏の日に静心なくコロナ消ゆらむ*

6月

(後悔)コロナ禍もウクライナ禍も知らぬまま19年に逝った友を羨む

7月

(争いの地球)歳たけてまた越ゆるかと思ひつつ命からがら戦さ世の夏*


2025年12月

 毎年春には「今年こそ花の下にて春死なむその如月の望月のコロナ」(西行法師詠の本歌取り)と詠うのだが、むなしく過ぎていた。
 ところがこの冬は本当にコロナに罹ったので、「その師走の望月のコロナ」成就かと思ったが、アイニク生還してしまった、ザンネン。ピンピンコロナも難しい。

(2025/12/24記)

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2025/12/03

1920【老酔録⑩コロナ発症】遂にコロナ様のお眼鏡にかなって医師によるコロナ感染宣告を受けてこれこそ米呪である

 (後段に後の日々の患者としての状況についても順次に追記してあります)

●はて、いつコロナのやつに掴まったのかしら

 1時間程前に、医師から「新型コロナに感染」と宣告されてきた。おお。ようやく来たか。2020年初にクルーズ船に乗って横浜に押し寄せてきてからざっと5年、特に気をつけてもいなかったのにかかりもしないでここまで来たので、コロナとは縁がないと持っていたら、ここにき米呪とコロナと2重苦、酷いもんだ。

 思いだせば、もっとも最近に雑踏に出くわしたのは、4日前の11月30日に地下鉄に乗ったことだ。コロナ感染がその時かどうかわからぬが、可能性は一番高いだろう。12月1日朝はなんだか喉の奥が痛くなって来た。でも熱はない。食欲もある。普通に食うていた。

 そういえば思い出した。11月24日夜に近所の神社の酉の市の賑わいを歩いてきた。それはもう身動きさえ不自由なほどの超混雑であった。野外だが、あそこはコロナ大喜びの夜市だ、あの時からわが身に潜伏していたのかもしれない。

●絶食続きで体重減少効果がありそうだ

 今年の正月にひいた風邪によく似ているから、間もなく治るだろうと思っていた。12月2日のは朝からのどの痛みがひどくなって、飲食できなくなった。無理に飲み込もうとすると猛烈にむせてしまう。これが誤嚥性肺炎かと思うほどにむせるのは苦しい。

 ついに12月1日、2日は完全に絶食である。喉の痛みのほかはどこも何ともないが、次第に気分が滅入って来て、ベッドに寝てばかりいた。だから腹が減っても平気である。これで体重が減ってきて、歩くのに脚への負担が減るなら歓迎したいほどだ。それにしても今どき腹が減るとは、けっこう珍しい体験になるなあ。

 そうはいっても3日も絶食はいくら何でもなかろうと、医者に診てもらうことにした。喉が痛いのだからこれはかかりつけ循環器医師ではなくて、耳鼻咽喉医師にだろうと出かけた。さすが腹ペコのせいもあってフラフラするので息子に付き添いしてもらった。

 医院では待合室に入れてくれなくて、吹きさらしの階段室踊り場で待てという。小さなガスストーブはあるが寒くてたまらない。これではコロナでなくてもコロナになって帰宅することになりそうだ。

●耳鼻咽喉科の外の階段室でコロナと診断された

 階段踊り場で待つことしばし、医師が出てきて、コロナかどうか検査をするという。そのうえでコロナでないならば待合室に戻って待て、コロナならば薬の処方箋を渡すから薬屋でそれを買って家で治療せよという。コロナだと医院の敷居さえ跨げないのだ。

 階段踊り場につっ立っていたら、鼻になにやら突っ込むようす。

 医師「そこの壁を背にして立ってください」
 わたし「はい、これでよろしいか」
 医師「口を開けて、眼も開けて、鼻も開けてください。はいいれます」
 わたし(眼も口も閉じて鼻だけ開けて)「あ、いててててて、^」
 医師「だめですよ、眼を閉じちゃあ、かえって痛くなりますよ」
 わたし「本能的な防御姿勢だからそうはいきませんよ」
 
で、拷問は何度目かでようやく終わり、また震えつつ階段踊り場で待つこと20分、医師がやってきた。

 医師「コロナでした」
 わたし「え~っ、そうなんですかあ~、ほお~」(興味がわいてきた)
 医師「これを見てください。ここにCSBAとあるでしょ、そのSのところで赤線が見えでしょ、これがコロナの標です」

 わたし「へえ~、そうなんですかあ」(医者はなんでもデジタルにするんだなあ)
 医師「では薬を毎日忘れないようにね。症状は急に熱が出るかもしれない、超高齢なんだから特に注意のこと。今日から5日間は絶対に外に出ないように、他人と会わないように、できれば、10日間をそうしてください。そして10日後のまた来てください」
 わたし「はい、わかりました。ところで先生、わたしは喉が痛くて飲食できずに、今日でもう3日間ほぼ絶食状態ですが、これを何とかしてください」
 医師「それはもうご自分でナントカ無理にでも飲食してしてください、人間は水を飲まないと死にますから」
 わたし「でもね、飲み込もうとするとかならずむせてしまって、酷い目にああうのです。どうしたらいいでしょう」
 医師「それは努力するしかありません。そのうちに飲み込めるようになるかもしれませんから。処方した薬には痛みをおさえる効力もありますから、」
 わたし「その前に絶食飢え死にか、あるいは誤嚥性肺炎で死ぬかもしれませんね、はは、まあ努力してみます」

 てなことで医院を出たが、薬局で買ったコロナの処方薬「ゾコーバ」は1粒7090円もする高価でこれを7粒も、ただし保険で2割負担だったが。思えばコロナ大流行時は無料であったよなあ。もっと早くかかっておけばよかったとは思えど後の祭り。

 そういえばあの頃は何回もあったウイルスワクチンはどうしたんだろう、もう効かないのかしら。今接種層を取り出してみると、6階も摂取している2023年5月15日が最後だ。それから2年半、さすがに賞味期限切れだな。捨てるまえに記念写真撮っておこう。

●ナントカ飲み込み技術を開発して飢えを逃れる

 さて、薬は手に入ったが、問題はそれを飲みこむことだ。ほぼ飲み食いできない状況をどう打破するか、水分を飲み込むときに、むせない姿勢をあれこれとやってみた。かなり前傾した姿勢なら、あまりむせないことを発見した。やれうれしや。これって軽蔑する犬食い姿勢でイヤだけど緊急時だから許そう。

 それでじわじわと流動食をこわごわ、水も生ぬるくして前かがみで薬を飲むことに成功した。よしよし、これで3日間絶食は終了して今後は細々と流動食としよう。まあ、明日はすっかり治るかもしれないし、逆に高熱が出るかもしれないから、考えても無駄だ。今日だけなんとかなればよい。

 さて今週は明後日に大学寮仲間旧友たち10数人とズームの約束があり、わたしがZOOMアプリ設定操作当番である。今くらいなら操作できるが明日どんな症状になるかわからぬから、仲間の一人に電話して当番を交代してもらった。これがコロナになって最初にやった対外的処理である。

 あ、そうだ、旧友の歌集制作があるのだが、月末となっている締切をちょっとのばしてもらうほうが良いかな。コロナになっても、予定変更はそれくらいなものである現在の身分を、喜ぶべきか悲しむべきか。もっともコロナで死ねば締切も消滅する。なんとかなるさ。

 この米呪なる年齢になって、こんな禍に出くわすって、どう考えようかと思案中だ。どうせ長くもない先ならば、これをチャンスに仕舞にすれば、それはそれで分かりやすい。むしろ分りすぎてつまらない。

 こんな時には、あれもやっておかねばならぬ、これもやっておきたい、なんて言いつつちょっとは慌ててみたいと思えど、さてもうやるべきことがほとんどないのだ。7月の引っ越しで物はほとんど整理したからなあ、あのときに人生を一度閉じたからなあ。

 さて、明日はこんな悠長なことを書けなくなるかもしれないので、とりあえずこれだけはやってっておこうというのが、この老酔録⑩である。

(2025/12/03記)

●(2025/12/04追記人生最後の好奇心はわが身へ向かうか
 これを書いているのは、次の日の朝食を終えた9時、どうやら悪化していないらしい。昨夜は、夜中に何回も口内にたまった唾液を処理しなければならなかったが、睡眠を普通に取れた。のどの痛みはまだあるが半分くらいになった感じ。重湯をつくって慎重に前かがみで食べて、薬も飲んだ。飲み食いさえできれば、なんとかなるだろう。

 なんだか自分の身体に興味がわいてきた。もう人生で興味あることは全部やってしまったと思っていたが、そうか、わが身への興味が残っていたか。これまで病気になることはめったになかったから、わが身への興味が薄かった。最後の好奇心の先はわが身へ向かうのだ。

2025/12/05記コロナは健康増進に役立つかも

 ほぼ3日間の絶食の効果が見事に体重に現れた。昨夜久し振りに風呂に入り体重を計ったら、なんとまあ5キロも減量していた。願望の60キロ台に遂に到達した。80キロ台からここまで5~6年かかったような、更に素晴らしいことに、浮腫んでいた両脚が普通の老人らしい骨ばった姿になっているのだ。
 おお、コロナのおかげだ。コロナは健康によろしい。これで大好きな徘徊も快適になるはずだ。よかったよかった、ウン?

 さて今朝は久しぶりに朝飯らしい食事をした。ヨーグルト、茶碗蒸し、杏仁豆腐、紅茶だが、どれもこれものどに引っかからいものばかり。息子の見立てによる冷蔵庫内備蓄品である。次はもうすこし堅めの食事にしようかな。

 ということで、昼飯はコロナ前と同じくトーストパン、紅茶、ポタージュ、野菜サラダにしてみたが、喉につかえることなく普通に食べきることができた。うん、大丈夫らしい。問題は、家の中にいるしかないので、腹が減らない。食欲出ないなあ。

 食事をする目的は、食後に服用せよと指示の薬を飲むためである。何しろ高い薬だから、飲めばすぐに効きそうだし、飲み忘れるともったいないという貧乏人魂からである。

 時々咳があるのが嫌だが、熱なし、痛みなし、どうやら快方に向かっているらしい。でもこんなに正気のままで10日間もお籠りできるかしら。せっかくコロナのせいで健康になったのに、運動不足で死ぬような気がしてきた。
 
 今日は大学同期仲間8人でのZOOM会議に顔を出して、コロナの顔をみんなに見せてちょっと挨拶してすぐに退出した。遺影になるかもと、スクリーンショットを撮っておいた。


●(2025/12/06追記咳が出て出て苦しくて困った夜
 これまで泣き言は全く書いていない。泣き言いうほどの痛む症状が無くて、コロナという珍事に興味津々だったのだ。だが、昨夜は就寝してから咳が出て出てちょっと苦しかった。何しろ呼吸という毎瞬間を維持する活動が、セキで無理やり中断させられるってのは、苦しいもんだ。誤嚥性肺炎で死ぬ話を聞いたが、このことのすぐ隣なんだろうなア、コロナに直面している感じだった。もう、もうやめてくれと思いつつ、その度に起き出して水を飲んでごまかす。何とかなだめ、真夜中になって眠り、今日という日を迎えている。咳頻度が激減している。今日は、喉にやさしいものだけ食うことにするか、熱もなし食欲もある、うん、よしよし。

●(2025/12/07追記コロナという大義名分の怠惰時間の後遺症
 コロナ発症4日目、まだ、時々は激しい咳と痰が出るが、その間隔はしだいに遠くなってきた。喉に違和感が残るが、飲食に支障はないらしい。でも堅いものはよく噛んで飲み込んでいる。日に3回の食事後服用との処方薬があるから、やむをえず食う飯だ。食いたいのではない。動かないから腹が減らない。机でPCに向かうか、若干の家事をするか、ベッドに寝ているだけで、コロナが与えてくれた大義名分ある怠惰時間である。もちろん大きなお世話だ。おかげで歩行能力を衰えさようとの後遺症が待ちかまえているに違いない。さて、解放されたらどうやってこの裏をかくか。

●(2025/12/08追記うワッ、息子に飛び火したっ
 発症以来毎日やって来て、2~3時間家事をやってくれていた息子に、コロナが飛び火した。昨夜は大変だったとのメール、「・・寝床についてから喉に激痛が走り、一晩中七転八倒でした。朝にはほぼ治まりましたが、若干喉奥に燃えカスがあるような感覚・・、今日は自宅で治療に専念・・」、彼はすでに罹患経験者なのに再度罹患するのか。
 こちらは昨日よりも良好だから、今日は来てくれなくてもかまわないが、どうも弱ったことになった、昨日来た時に調子がヘンだと言っていたけど、でも検査キットを使ったら感染していないと分かったなんて言っていたのに、、、とにかく早く治ってくれ~~、おれよりもそっちをたのむ、おろおろ、、。コロナのやつに裏をかかれたみたい。

●(2025/12/09追記)息子がやってきた
 咳が時々出るが、そのほかは何ともなさそうだ。今日は息子が休むだろうからと、昼前に久しぶりに買い物外出、6日ぶりだが歩くのに支障はなかったのにほっとした。蟄居中にもバルコニーで膝屈伸や足踏みをやっていた効果だろうか。昼頃に息子がやって来て、びっくり喜ぶ。お前ほんとに大丈夫かって、心配からつい怒った口調になる。掃除して長居無用で帰ってもらった。すまぬ。

●(2025/12/15追記コロナ騒動が終った
 今日で発症発覚の12月3日から今日で12日目、医師は10日たったら来いとのことだったから、閉門蟄居の空中陋屋から久し振りに下界に降りて医院を目指して歩く。運動不足で脚がフラフラするので慎重に進む。なんとか医院にたどりついた。また鼻に何か突っ込んで検査するのかとびくびくしていたが、それはなくて済んだ。
 「味がヘンだとかの後遺症はないですね、熱も出なかったのですね、でもまだちょっと喉が赤いですね、喉を滑らかにする薬を5日分出しましょう、特に何もなければ、それでおしまいです」 ヤレヤレ、息子も何事もなし、よかったよかった。(コロナ騒動終り)

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2025/11/18

1919【老酔録⑨】久しぶり銀ぶらと歌舞伎芝居見物でわが身の一層の老酔状況を知る

  久し振りにお上りさんになって、印旛饂飩(インバウンド)大盛りの銀座雑踏をぶらつき、さらに歌舞伎も観てきた。この前にこのあたり来たのはコロナ以前だった。あの頃のここでの自分の動きも思い出して、今のよろよろ老衰ぶりにガックリとするのであった。

 銀座4丁目交差点であたりを見回して、久しぶりにしてはあまり変わらないなあと思う。浦島太郎気分にならない。だがふと、なんだか欠けているような気がする、おお、そうだ、三越も服部時計店もあるのに、三愛ビルが無いのだ。

印旛饂飩(インバウンド)の波に浮かぶ銀座の街 三愛が消えた

 そうか、あのガラスの円筒ができたのは、建築学生の頃だったかしら、こんなところにあんな床効率悪い建築建ててなんだろうと思ったが、あれは広告塔だったのだな。で、もうあの広告塔の時代じゃないのかしら、後にどんな広告塔が建つのだろうか。

 東へ歩いて三原橋まで来たら、すっかり様子が変わっている。ここの地下に映画館とか飲み屋とかあったが、今はどうしてるのかなあ。ここにあった小さな戦後近代建築を撤去した跡の道路ふくらみは緑地になっていて気持ちよろしい。

三原橋で超高価な寝床の男

 ふと見れば、植え込み際の石張り床に毛布にくるまり悠々と寝ている人がいる、ほう、住民かしら。その彼の半畳の寝床の地価の高いことよ。この東京一等地の大騒音に中に秋の日を浴びて悠然と寝るのも風流なものだ。羨ましいような。

芝居小屋の華やかさが薄れたか歌舞伎座

 東銀座の歌舞伎座にやってきた。そういえば、この再開発ビルのデザインは建築家・隈研吾だったなあ、冗談地口が浮かんでくる、東京都心にもクマが出没か、と。この角地のビルも合わせて建て替えると、目立ってよかったろうになア。

今日はここで三谷かぶき芝居見物

 本日の目的はここで芝居を見ることだ。この前ここに入ってからもう10年くらいだろうか、建て直してすぐの頃だったか。そういえばあの頃は銀座通りからここまで歩くのはなんでもなかったのが、いまや杖を突いてゆるゆるヨタヨタとしている自分がいる。

 今日の目当ての出し物は、「三谷かぶき」である。三谷幸喜作・演出の歌舞伎仕様の喜劇で、義経千本桜の四段目のキリを題材とのこと。面白そうだから見に来た。実はこれまで三谷幸喜の芝居をじかに見たことはない。2、3の映画を見た程度だ。

 歌舞伎だって見たことがあるとはいっても、実はめったにないのだ。だから両方とも不案内だが、この辺で三谷作品を見ておかないと、見ないままに死ぬのも癪だを思っていた。それがちょうどこれを見る機会になっただけ、それ以上のことはないのだ。

わが名前入りのチケットとはねえ

 ただ知っているのは、この出し物は「四の切」のパロディらしいので、面白いだろうと勝手に思い込んだのだった。そして結論を先に書くが、じつは全然面白くなかったのだ。いろいろな意味でがっくりした。今どきの歌舞伎俳優をほぼ知らないこともある。

 三谷喜劇だから面白いギャグがあるらしいが、TVを見ないわたしに現代のそれを理解できるだかとの事前の疑問はあった。現場では皆が笑っているからギャグだろうとは思っても、どれひとつわからなかったのは、予想通りだった。

 わたしでも理解できるであろう時事的なギャクが全然なかった。今揉めているタカイチさんなどギャグ種に最適だろうと思うのになあ、商業興行演劇では無理なのかねえ、楽屋落ちのようなギャグはあったのかねえ。

 ではストーリーが面白いというか、興味深かったか。人形浄瑠璃から歌舞伎狂言へと移行する初期の事件を喜劇にしてみ見せるというあたりに、歴史的興味を引くものがあったが、これが三谷の狙いだろうか。

 前半の舞台裏のあれこれが面白くもなく長く続くので、肝心の四の切の舞台は出ないままに終わるかと心配したが、杞憂であった。回り舞台の回転にほっとした。ようやく芸を見せてくれると期待した。

 だがしかし、四の切芝居もドタバタ過ぎて鼻白むばかり。例えば欄干渡りを左右で二人(2匹)でやる趣向は面白いので、中途半端ではなくて立派にやって見せてほしかった。また、せっかく僧兵に扮した役者もいたのだから、立ち回りを見せてほしかった。宙乗り迄も見せろとは言わない。わが老衰による理解度低下を棚に上げて文句を言っている。

 全体に期待が大きすぎて空振りした感がある。東京新聞(11月14日)にこの三谷歌舞伎劇評(歌舞伎研究家・矢内賢二)が載っていた。褒めていないのだ。そう、設定に鋭さを欠いている、との評に対して、何となく賛同する。思うに前半では思い切りギャグって、後半では芝居をしっかりやって見せて、そのギャップの意外感をオチにするってのが、いいような。

東京新聞掲載矢内賢二劇評の一部

 とは言いつつも、久しぶりの銀ブラ、芝居小屋の華やかな雰囲気、客席で食う弁当の美味さ、階段座席の上り下り苦労、芝居見つつのわからぬながらもあれこれ飛ぶ思いなどなど、秋の日のまあまあ結構な暇つぶし時間であった。

 たぶんこれでもうここに来ることはあるまい・・・こういう歳よりお決まりフレーズを、これから何回言うことだろうか。あ、そうだ、近所の横浜能楽堂が休止中のために、能の公演にも長らく行っていないが、再開したら同じように理解できなくなっているだろうか、心配になってきた。

(20251118記)

ーーーこのブログで関連ページーーー

・【歌舞伎】歌舞伎舞台は舞台装置が余りにチャチ2018/09/23
https://datey.blogspot.com/2018/09/1164.html

・【歌舞伎】新歌舞伎座タワーの頭に千鳥破風でカブく2013/10
https://datey.blogspot.com/2013/10/839.html

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2025/11/06

1918【老酔録⑧今年の新語・流行語】大賞ノミネート30件中10件を知っているがこれは多いか少ないか

老酔録⑦】の続き 
 毎年暮れが近くなると、どこかから出てくる「今年の新語・流行語」なるもの、だれがどうやって選ぶのか知らない。でも毎年、それらの内からわたしが知っている言葉を数えて、世間との距離を測っている。

 今年の新語流行語大賞の候補言葉30件の発表があったと今日の新聞にある。ノミネートされた言葉のうち、わたしはいくつを知っているかを見た。毎年やっているが、わたしの老い具合を判定するためである。なお、これからベストテンの発表があるとて、その時はまた書き加えることにする。

 まずは候補の内、わたしが知っているものは30件中の10件である。この1/3つまり33.3%という認知度合いは、世の中一般ではどの程度に当たるのだろうか。たぶん、TV放送を見る見ないで大差があるだろう。わたしはTV放送を全く見ないから、かなり遅れを取っているだろう。

 しかし毎日新聞2紙(朝日、東京)、毎月雑誌1誌(世界)を読み、ネットではSNS(FB、X、UTUBE)をかなりの頻度で見て書いている。それでも3分の1しか知らないのは、わたしは世の中の三分の一に属する人たちのネット社会に属しているのだろう。  

 これまでの毎年のわたしの新語流行語認知でおに関する同じ記録がある。意外にも去年よりも今年の方が認知度が高い。というよりも去年が低すぎたようだ。

 2025年:10(33%)2024年:7(23%)、2023年:15(50%)、2022年:11(37%)、 2021年:11(37%)、2020年:21(67%)、2019年:12(40%)、2018年:15(50%)

 なんにしても、こうやってわが老酔度合いが次第に深まっていく。

(2025/11/06記)

(2025/11/15追記)

 今朝の新聞に、今年の暮れのNHK紅白歌合戦出演者の名簿が載っている。エッ、紅白歌合戦なんて、今でもやってるのかい、へえ~、昔々にTVなんてものを見ていた頃の記憶にある芸人は、たった三人だけ!、石川さゆり、郷ひろみ、布施明なんて、まだ生きてるんだねえ。


 

(2025/12/02追記)
 今年の新語流行語大賞は、高市さんが首相になったときの「働いて働いて・・・」だそうだ。え~っ、高市さんの言った流行語ならば、それじゃなくて「台湾有事は存立危機事態」でしょう、何しろ国際的に中国を怒らせるほどにも有名な答弁になっていますよ。今や観光事業は被害が起つつあるでしょ、「働いて働いて・・」なんてのんきなこと言っていられないでしょ。
 あ、そうか、大賞業者が大賞候補リストを発表した時点では、高市さんはまだこれを言ってなかったんだね、じゃあ、来年の大賞はこれだね。
 年間大賞なんて行っているけど、構造的におかしい感じがある。つぎからは2027年1月に発表するように変更しなしよ。

           ーーこのブログでの関連記事ーー

・2024/12/03・1852【今年の新語流行語
候補30中7語、トップテン中の2語のみ
https://datey.blogspot.com/2024/12/1852.html

・2023/12/02・1754【今年の新語流行語
テレビを全く観ないわたしが知る言葉はわずか2語のみhttps://datey.blogspot.com/2023/12/1754.html

・2023/11/03・1728【今年の新語流行語候補
老人でもこれくらいは珍語流語を知っているhttps://datey.blogspot.com/2023/11/1728.html

ーーー
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2025/10/29

1917【老酔録⑦】知らぬ間に診療報酬詐取事件の片棒を担がされた、この歳で臭い飯を食うかも、まさか

老酔録⑥】の続き

●詐欺話の出だしは警察からの電話

 米寿になるほどに歳取ってしまったわたしも、さすがに今年から「かかりつけ医師」なるものができてた。去年まではめったに医者に行くことは無かったが、歳とるとそうもいかないものかと思っていたら、診療報酬詐欺事件に巻き込まれたらしい。え、老酔か~?

 医療費詐取とはなんだかケチな詐欺罪らしいが、いやいや実は大犯罪かもしれない、などと好奇心を広げて、ヒマツブシをしている。もしやわたし共犯者かもしれない、まさか、この歳で留置場体験なんて、なんだかわくわくする不謹慎さである。

 ことの初めは、今年2025年5月初め、千葉県習志野警察署の刑事と名乗る女性らしい声の電話であった。習志野市内のあるクリニックで受診したことがあるかとの問い合わせだった。そんな遠くで医者にかかった記憶がない。詐欺電話かもと警戒しながら対応した。

 いろいろ聞いてみると、どうやらそのクリニックがわたしの名で架空の診療代を医療保険に請求している事件らしい。どこでわたしの情報を手に入れたのか知らないが、わたしを診療をしたと嘘ついて保険組合に請求して代金詐取したらしい。

 その時の話はそれでおしまいだが、続きがあった。6月12日付で封書がやってきた。発信者は「神奈川県後期高齢者保険広域組合」(以下この文中では という)とあり、内容は上記電話があった習志野市にある「クリニックあらい」(以下という)なる医療機関で診療を受けたことがあるかとの問い合わせであった。

 習志野市内のクリニックということで、思い出したのが上記の習志野警察からの電話である。ハハン、そうか、あのときの架空診療請求事件がこれだったのだな。もちろん、無いと返事を出した。これら二つのことは、このブログに【警察からまた電話が】とのタイトルで、詳しく書いている。

●わたしにも架空診療支給金を返せと

 それでおしまいともう忘れていたら、続きが発生した。2025年10月8日付でまたから文書が来た。「高額療養費について(お知らせ)」との表題で、今年1月20日にわたしに支給した「高額療養費」3,144円を返還せよと書いてある。

 あらら、そんなカネもらったっけ?、振込用の貯金通帳を見ると、確かに入金している。気が付かなかった。お知らせ文書をよく見ると、その架空診療を受けたのは2022年7月と8月であったと書いてある。高額療養費ってなんだっけと俄か勉強した。

 そんな3年も前の診療に、今年1月になって支給するって、常識として遅すぎるだろ。そもそもめったに医者に行かないわたしは、保険制度の高額医療費支給なんてめったに受けたことがない。振込通帳をさかのぼってみたら、パラパラと何回か数百円が振り込まれている。

 それでも、診療から3年も経って振り込んだ例はないようだ。このことがあって気にするようになって、最近の振り込みを見ると今年7月診療を根拠とする高額医療費は、10月16日の支給である。わずかに607円であるが3か月後である。3年も経っての支給ではない。

 その異常な支給時期は、たぶん、架空診療事件捜査対象になっていて、調査中とかで支給が遅れたのだろう。それにしても、それが詐欺行為の案件と分った後だから、支給しなくて良いはず、いや、支給してはいけないと分かっているのだ。にもかかわらず、わざわざ支給して返還せよなんて、手間のかかる奇妙なことをするのか??
支給された高額療養費返還請求文書

 そして更に、またから10月8日付で文書が来た。返還請求金の振込用紙が入っていて、11月4日までに納入せよとある。わたしが支給されるべきでない金だから返還するのにやぶさかでないが、何となくすっきりしない。

●わたしは詐欺医師の共犯者だろうか

 例えばこう考える。わたしとAとが共犯とみなされているのかもしれない。つまり、は診療報酬を詐取し、わたしは高額療養支給金を詐取するのだ。まあ、3000円でリスクとる犯罪ではないが、多くの診療回数があれば稼ぎになるだろう。はたぶん多数の個人情報を仕入れて、多数の架空請求をしたに違いない。わたしはそのほんの一部の片棒を担がされたのだ。

 すっきりしないのは、この加担させられた詐欺の内容が詳しく分らないことにもある。そんなこと知らなくてよいから、とにかくカネ返せは言っているようなのだ。公的機関には珍しい丁寧な言葉使いの文書であるが、慇懃無礼の感がある。

 好奇心に過ぎないが、わたしの名を使ってどのように詐欺事件が展開されたのか、知らぬ間に巻き込まれた当事者として知りたいと思えど、どこにも書いていない。は、ただただ返還せよという。まあ、犯罪に絡むから詳しく開示できないのだろう、とは思うが、、。

 そういえばはいまどうしているのだろうか、クリニックはたぶん閉鎖してるだろうなあ。医師は免許取り上げかしら、裁判中かしら、それとも臭い飯を食う毎日か、あるいは罰金納めて終わったか。
 もしもわたしがこれを返還しなかったら、わたしはどうなるのだろうか。怖いなあ。

●保険診療詐取された審査機関の責任は?

 ところで、この支給を行った機関のKには、責任はないのかしら。文書に添付されている「保険診療の流れ」なるフローチャートに、(審査支払機関とみられる)の役割に「審査」があると書かれている。今回の件はわが受給も含めて審査ミスになる。

 その審査ミスによって、わたしは知らぬ間に詐欺の片棒を担がされたのである。しかも高額療養費支給金詐取までもね。厳密にいえば、支給時に気づいてKに抗議するべきであったのに、それに気づかなかったわたしが悪いのかしら、う~ん?、ハイハイ。

 そのあたり審査責任はどうなっているのだろうか。これは医療保険制度を支える被保険者のひとりとしても、に訊きたいところである。このような審査ミスがどれほどあるのだろうか、めったにないことか、それとも頻発しているのか、気になってきた。

 さて、寒くなったけど腰を上げて返還指定振込銀行にいくかなあ、どうしようかなあ。
 このブログ内容をKに質問しようとKのネットサイトを見たが、電話しかできない。でもこんな長い話を電話でするのはあまりに面倒すぎる。いまどきEメイルが無いのは何故だろう。訊きに訪ねていくには不便なところだ。このブログを読んでくれることを期待するしかない。 
 なお、近所の区役所の保険担当課を訪ねて訊いたが、に訊くしかないとのことだった。(2025/10/30記)


2025/11/04追記
 ともかくも受給するべきでないとされたKからの高額療養費支給金(3144円)を、Kに返還すべく指定納付期限の今日、指定銀行口座に振り込んでおいた。
 まさかと思うが、これも実はKを騙る振込め詐欺であった、なんてことはないだろうなあ。








ーこのブログ内の関連する記事ー
2025/05/02・1884【警察からまた電話が
 https://datey.blogspot.com/2025/05/1884.html

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2025/10/19

1916【老酔録⑥】コロナと介護で縁が切れた世間へ復帰を目指して米寿手習い陶芸教室へ

老酔録⑤】のつづき

●コロナ後の老後をどうしようか

 コロナと老々看護という、わたしの人生末期大事件で、世間と縁が切れてしまって、いまやすでに5年にもなる。
 コロナ期間中は、老人は世間と交際するなとて、世間との縁を断絶させられてしまった。また在宅看護中はは、逆に見知らぬ医療や介護の専門家たちが入れ代わり立ち代わり毎日のように訪問してきて、それまでに経験したことがない賑わいであった。だが、これは限られた専門家たちであり、突然に看護当時者がいなくなると同時に全く縁が切れた。

 もちろんその間も、全く世間と完全に縁が切れてはいなくて、インタネットによるSNS、Eメール、ブログ、ZOOMで、限られた旧友たちとはつながっていた。インタネットのある時代に間に合ってよかったと思ったものだ。だが所詮は、バーチャル空間の中のことであり、面と向かっての縁は切れた。

 コロナも在宅看護も解消したのは2024年の夏だった。2020年に始まった4年も経っていた。さて、縁が切れた世間と復縁しようかと思ったのだが、その間に世間の方が大きく変わって、わたしが復する場所がなくなってしまった。若ければあらためてで付き合いを再構築できるが、いまや老残の身になってしまって、復するべき世間を見つけられないでいる。

 近所に「ケアプラザ」なる公的な高齢者支援施設がある。老々在宅看護を始めるにあたって世話になったところである。ここで高齢者向けにいろいろイベントがあるとて、パンフレットを見て参加するかなと思えど、どうもよろよろ相手の行事ばかりのようだ。こちらももちろんよろよろだが、それほどじゃないからなあ、と思う。実は一度だけ参加したことがある。10人くらいで体操してフレイル度合いを計ったが、継続する興味がわかなかった。

 そんなとき、市の広報の片隅に見つけたのが、「陶芸教室」である。近所の「コミュニティハウス」なる公的施設でやるらしい。そうか、これなら面白いかもと、申し込んだ。わたしは手先は器用であることは、本づくり趣味で自任している。初めてでもなんとかなるだろう。

 陶芸といえば仕事で何度か多治見に行ったことがあるし、人間国宝の加藤卓男氏を市之倉の幸兵衛窯に訪ねたこともある。自分の陶芸とは何の関係もないが、ついそんなことも思い出した。多治見は興味ある街だった。(参照→美濃焼の多治見
 陶芸教室の案内パンフに、講師のお名前が加藤さんとある。おや、卓男、藤九郎など美濃焼著名作家たちと同じだ。

 関連してもう一つ思い出した。同様に伝統工芸の漆芸である。これに関しては越前塗の町にかなり通ったものだった。福井県鯖江市河和田地区である。この街の漆芸の中心となる「漆器の里ーうるしの里会館」づくりで、プロジェクトマネージャーをやった。漆芸についてかなり細かく知ったが、陶芸のように素人習い事として簡単にはできない。

 そういえば、わたしはお稽古事を嫌いな性分であった。これまでそれらしいことは、人間国宝の野村四郎師匠に能の謡を20数年習ったこと(参照→野村四郎師匠逝く)が唯一である。しばらく遠ざかっていた習いごとに、陶芸で復帰するのも面白そうだ。米寿の手習いか。これがコロナと介護で切れた世間付き合いの再出発点になれば嬉しい。

●毎日曜日に近所の陶芸教室へ手習いに

 陶芸教室開催のコミュニティハウスに受講申し込みに行った。費用2800円、簡単に受け入れてくれた。氏名と年齢だけで詳しい個人情報は一切聞かないのが今時らしいのか。年齢も65歳以上か否かだけを聞かれて、「ど~んと上の齢でございます」と答えた。受講生は6人とのこと、こちらもどんな人たちか聞かない。毎日曜日午後で5回連続とのこと。

 さて、初回の日、コミュニティセンターの一室にやってきたのは、わたしのほかは、講師も含めて全員が女性であった。中年以上だろうか、年齢をよく分らないのは、この間の世間と途絶が長かったからだろう。米寿の手習い仲間はどんな方々かしら。

 各人にそれぞれに道具一式をそろえて貸してくれ、粘土を1キロも用意してある。道具に中に小さな轆轤もある。粘土をこねて轆轤にに載せて回すのだが、意外にも難しい。陶磁器産地で轆轤を回しているの見たことがある。あのようにまん丸くすーっと椀の形ができると思いきや、わたしはこんな不器用であったかと思い知らされた。

轆轤回しは意外に難しい

 それでも何とか形にしたのは、出だしは抹茶茶碗のつもりだったが、ひねた形の犬猫用のの飯茶碗みたいになった。そんなのを大小二つと、いびつな角平皿一枚ができた。ま、こんなもんか、何しろ初めてだからね。

 他の人たちの作り様を見るともなく見ると、どなたも洋食器風であるのに対して、わたしはいかにも下手の手びねりである。何やら基本的スタンスが異なるらしいが、それでよし。初日はそれでおわり、次回まで室内で乾燥させておく。いろいろな受講生がいろいろな質問をして、講師の先生は大わらわなようだった。

 1週間後の2回目は、乾いて赤みがかった粘土色の器になっていた。これを鑢やサンドペーパーで修正整形して、これに化粧用の色粘土を溶いた溶液を刷毛で塗って、模様や色付けをするのだ。わたしは、椀については半分だけ白色を塗った。溶液に半分だけざぶんと漬けようとしたが、溶液が浅くて刷毛で塗った。できるだけ人手の跡が出ないようにしたいのだが、刷毛目が付きそうだ。今回はこれまでで、2週間の乾燥をさせる。

 今日はちょっと手すきになったので、講師の入選作品が掲載されている展覧会図録を見せていただいた。その入選作品は焼き物の先入観を破って、抽象的な現代アートであった。いま眼の前でやっていることとのギャップに、ちょっと驚いた。そうなんだ、器ばかりが陶芸ではないのである。としてもわたしにはアブストラクトセラミツクアートは無理である。

 3回目は、窯場のある近くの中学校の地域交流室に移動して、作品を持っていく。わたしは大丈夫とは思ったが、それでも途中で転んで割ってしまうのが心配になり、タオルで包んでリュックザックに担いで持って行った。中学校には電気釜があり、これに入れて素焼きにするとのことで、それは講師に頼んで、今日はここまで。


窯から出したばかりの素焼き状態の椀二つ 良い色だ

●いよいよ釉薬をかけて本焼の窯へ

 4回目は、素焼き作品を窯から取り出した。若干色が変わっていて、このままでもよいような気がした。これにさらに釉薬を塗って、色付け模様がけなどするのだ。色ごとに釉薬が何種類もあるのだが、小さな色焼き見本を見ても、実際にどんな色になるのか、ほとんど想像がつかない。どうなるのかわからないのがむしろ面白いとするべきか。

 わたしは二つの椀は、校庭でもぎ取ってきた木の葉に釉薬をつけて、器の底に印を押すように葉脈模様をつけた。意外にうまく葉の形が付いた。何色になるのかわからない。もう少し小さいほうがよかったかなとも思うが、まあ、どう出るか分らぬのが面白からこれでよい。そしてこの二つの椀ともに、透明釉薬にざぶりと漬けただけであった。

釉薬をかけたこれを本焼きの窯に入れる どんな色に出るか見当がつかない

 平皿はイメージとして緑色だけの佐野乾山を真似したくて、織部と名がついている釉薬にざぶりと漬けた。果たして緑色になるか。他の人たちは、何やら繊細な絵付けをしておられるようだ。

 こうして釉薬を塗った作品を、今度は本焼きするのだ。それは講師の先生にお任せするしかない。先生はわたしの平皿を見て、釉薬が多すぎるから、うまく削っておくとのことで、ありがとうございます、よろしくお願いしますと、お任せするばかり。今回も初会のごとく、かなり講師の先生の指導をこまごまといただいた。次回の窯出しを楽しみだ。

 今回が最後の教室で、作品が出来上がる。窯の前にみんな集まって、先生が取り出すのを待ち受ける。おお、意外にわが作品はよくできているぞ。初めての経験しては上出来だと、密かに自賛することしきりである。あ、講師の教えがよかったのだ。

 よく見れば、椀二つはほぼ思い通りに近い色だが、白色に刷毛目が出ているのが残念だ。葉の模様付の色が濃過ぎた、もう少し小さい葉の方がよかったか、などと思う。
 でもまあまあ、はじめただからこれでよし、自分に言い聞かせたのだ。さっそく教室での茶話会に使う。

うまく焼きあがった、さっそくこれで干菓子をいただく

 平皿は緑色というには濃すぎた。わずかに縁のあたりが緑色になったが、底は黒色だ。でも一面に真っ黒っではなくて、薬が地に届かないままのいくつかが模様となって、地色が見えているのがかえって味がある、平皿の底に小宇宙を覗く、なんて思うことにする、ふふふ。
 ほかの方たちの作品もそれぞれ出来上がった。それを論ずる能力はない。どの方の作品もわたしのそれとはずいぶん違うなア、と思うばかりだ。

食卓でじっくりと鑑賞中

●わたしの社会復帰はまだ手探り

 こうして陶芸教室は終わった。わたしはこれで社会復帰できただろうか。実のところはよく分らない。客観的に見て、わたしの教室での態度は、かなり不愛想であった。失礼でもあった。わたしの現役時代は、見知らぬ大勢の他人と話すのは、普通のことだった。会議とか、講演とか、大学講義とかで、それが仕事だった。

 そのわたしでさえも、5年ものブランクは、不愛想人間になった。それは、見知らぬ他人との付き合い方を取り戻そうとしても、その距離の取り方を計りかねていたからだ。老いたものだ。いつの日かそれを意識せずに話すことができるようになるだろう。だがその前に、老いがその時が来ることを許さないだろう。だがさて、次はどんな教室に行こうか。

(2025/10/19記)

ーーこのブログの陶磁器関連ブログーー
2013/06/09・791【金継ぎ】琉球焼き物マグカップ金継ぎ修理https://datey.blogspot.com/2013/06/791.html
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