2025/12/31

1922【老酔録⑫】コロナ後の地球は新たな輝かしい夜明けかと期待して生き延びたのは大間違いだった

 さてさて今日で2025年が暮れる。といっても普通に地球はまわっていて特別なことが起きてもいないのに、今日を大晦日と名付けて特別な日とするのは、人間の文化的勝手というものである。

 実はそういう特別さを嫌いであって、普通に過ごせばよいとも思うのだが、今年がコロナ罹患という、わたしにとっては世界的なパンデミックにちょっと引っかかったという特別なイベントで終わったので、世間並みに今年のことをちょっと書いておこうと思いついた。

 思いついたのはよいのだが、今日という大晦日中に書かねばならぬと、ちょっと焦っている。書いているうちに今年が期限切れになる恐れがあるのだ、いや、締切が過ぎても一向にかまわないとも思うのだが。

●今年第1の事件:かかりつけ医師ができたこと

 さて、これを書くわが身は、今年初めから普通後期高齢者並みの、月一回医者に行って薬を買い、食事の度にそれらを飲む習慣づけにさせられてしまった。血圧の薬らしいが、それを飲んでいったい何が効果があるのかわからぬところに悩みがある。

 ひごろどこも痛くもかゆくもないのに、丸薬を飲まされているのは不思議である。飲めば何がよくなっているかしらと懐疑を持っていては、丸薬の方もこいつに飲まれても効いてやらないぞなんて思うかもしれない。(参照:高血圧事件

 こうして生まれて初めてかかりつけ医者なるものがわたしにもできた、これが第1の事件であるとすれば、第2の事件は居宅を移転したことである。住まいを変えたのだが、正確に言えば移転後も同じ共同住宅ビルの中であるから、生活圏には変化はない。

●今年第2の事件:住み家を移転したこと

 おなじビルの中の住戸で2階分上方の9階に移った。移った理由は、昨年夏に独り者になったから、掃除しなくてよいように狭くしたのだ。昔、二人で住む身になってから家族の増加と転勤で少しづつ住宅を広くしてきたが、ここに来て一挙に4LDKから1LDKに縮小した。

 持ち物をほとんど捨てた。家人だった人の物はもちろん、自分のもちものも最低限にして他は捨てた。処分するものの家事から言えば蔵書が最も多かった。自分の著書さえ捨てた。要するにここで死ぬ準備のひとつである。

 立地環境は変わらないから移転後に迷うことは何もないのがよろしい。住戸は2階分高くなって、見晴らしも日当たりもよくなったし、空も広くなったのがよろしい。地上から高いだけに夏の風通しもよろしい。(参照:都市漂流

 たぶん、終の棲家になるはずだが、もう一度高齢者施設へ移転しなければならないだろうとも思う。実は今回の移転もそうしたいとも思って、いろいろ探したのだが適切なものを見つけることができなかった。高齢者の住まい選びはむつかしいと知った。

●今年第3の事件:たぶん最後となる故郷訪問をしたこと

 5月に思い立って大旅行をした。久しぶりに新幹線に乗って、西への旅に出たのだ。死ぬ前に一応は生まれ故郷を見ておこう、なんでわたしにしては殊勝なことを思いついたのだった。この度のことはこのブログに書いた(参照「故郷への最後の旅」)。

 考えてみるとわたしの生まれ故郷は、典型的な故郷であるような気がする。童謡や唱歌に故郷を詠うものが結構多い。例えばすぐおもい浮かぶ歌詞の一部は、「ウサギ追いしかのやま・・」とか「園の小百合撫子垣根の千草・・・」とか「更け行く秋に夜・・・」とか、出だしだけをいくつか思い出す。

 そこに出てくる田舎の風景や自然におむね適合する思い出景観が、わたしの故郷のどこかにあるような気がするのだ。故郷を持つとはこのようなことかと、時々思う。だからといって故郷を特に懐かしがってもいないのだが、わるくない気持ちだ。

●今年第4の事件:遅まきながらコロナに罹患したこと

 怪我やできもので医師にかかることはあっても、内科系の病気になることはほとんどなかったわたしでも、さすがにコロナのやつは見逃さなかった。12月になったとたんにコロナになって月の前半はごろごろして、何とか元に戻った。(詳しくは参照:老酔録⑩

 今年は世間のコロナが終わった様子であったから、わたしはほとんど忘れていた。マスクも医院でのみつけていた(いつも忘れて注意を受けた)。電車でも祭りでも雑踏を気にしないでいた。日頃ピンピンコロリと逝きたいと願っているから、ピンピンコロナで逝くのもよしと考えてはいた。

 「なんとかは忘れた頃にやってくる」というごとき今年の12月にもなって、ようやく私にもコロナが届いたのだった。やれ嬉しやとはさすがに思わないが、ピンピンコロナだぞと期待もあったが、見放されたのであった。後遺症もない。

●今年第5以下の事件はなかったが・・

 それなりに身辺は平穏な生活であるのはよいのだが、世間はなんともはや不愉快な年であった。実はコロナパンデミックという地球規模の大事件が終了後には、その地球規模災禍を教訓にして、地球規模の新たな世の中ができるに違いないと期待していた。それを見たくてここまで生きたようなものだ。

 ところが2025年の世界の酷くなったことはどうだ、コロナの後遺症を地球も患ったに違いない。ウクライナからプーチンは一向にひこうとしない。侵略戦争が21世紀の4分の一が過ぎる時代になったもあり得るのだ。

 トランプはコロナ中に2度目の登場して、1回目のドジを踏まないように身辺を固めて、世界に騒ぎをもたらしている。戦争を終わらすという大口をたたくが、プーチンやネタニヤフの手玉にとられてウクライナもガザも一向に解決しない。

 そのうちに業を煮やして、新モンロー主義を唱えて一切を放り出すにちがいない。ユーラシア大陸のことなんかもう知らないと言い出すだろう。そして南北アメリカ大陸のトランプ王国形成にのみ興味を示すのだろう。ベネズエラの石油があれば東世界は要らないのだ。

 そうやって地球に東西対立の新体制ができる行方は、第3次世界大戦である。そんなコロナ後遺症の発病なんて、これがコロナ後の新世界であったのか。思えば2009年に逝った友はコロナもウクライナ戦争も知らずに、羨ましい。

 コロナ中にも去年も今年も、何人かの同年の畏友たちが逝ってしまった。彼らは世界戦争を知らず逝って羨ましい。あ、そうだ、ことしはあの右翼政権だった安倍晋三を継承する高市政権が誕生したのだった。これも知らずに逝った友を羨む。

 コロナ開けて新しい秩序の輝かしい新世界が生まれるかもしれないと期待して、それを見たくてここまで長生きしてきた。だが、大きな誤解だった。コロナに罹った地球は、新東西分断世界誕生から世界戦争へという、とんでもない後遺症を地球に患わせたのであった。

 こうであってもわたしにできることは、せいぜいあいも変わらず、ピンピンコロリを願うしかない日々になるらしい。

コロナ後の後遺症かやこの地球 分断社会戦争紛争温暖化

(2025/12/31記)
(20260104追記)
●生き過ぎてトランプトランプ戦争に出会ってしまった

 東西分断から戦争へと書いたら、トランプが昨日ベネズエラに爆撃をかけて、大統領夫妻をアメリカに拉致してきたとのニュース、え~っ、今度はそっちで戦争かい、いくら平和賞が欲しいったって、戦争おっぱじめてはとてもじゃないが無理ですよ、もうプーチンなみだね、トランプのバカ、石油を欲しいのが本音だろ、もうEU諸国首脳もゼレンスキーもプーチンもネタニヤフもシーチンピンも、だれ~もあんたを信用しないよ、停戦仲介なんておよびじゃなくなるね、これで地球は東西分断、そして第3次大戦に向かうだろう、ああ、これがわたしが見てから死にたかったコロナ後の新世界であったか、いやまったくオレは生き過ぎたなあーーー

参考までに思想家内田樹氏の予言的コラムを載せる。

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2025/12/24

1921【老酔録⑪:コロナ狂歌集】願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のコロナ

 コロナを詠う狂歌集  詠者:街杜散人 

 新型コロナは2020年初からの流行で、2024年にはほぼそれは終わった。わたしは流行遅れ人間で、今年2025年12月にコロナに罹った。これでようやく世間並みになった。しかし大したことなく、十日間の閉門蟄居で治ってしまった。

 わたしはコロナ流行開始の頃から「コロナ騒動おろおろ日録」なるブログを書き続けており、130件ほどの記事がある。今、自分がコロナに罹ったので読み返してみたらけっこう面白い。

 コロナで右往左往する世情を、時に狂歌として詠っているのでそれらを集めてみた。短歌詠み趣味はないので、情緒ある歌ではなくて、ひねくれた世相時評の狂歌のようなものだ。2022年から23年までのそのいくつかを抜粋して、詠んだ順にここに載せる。
 なお、印はいわゆる「本歌取り」で、昔の名歌をパクってパロディにしたつもりである。 


2020年3月 参照:宇宙クルーズ船地球号は只今緊急事態発生

〈何でもコロナ〉これはまあ便利なことよなにもかも都合悪けりゃコロナのせいに

(コロナで人口増か)巣ごもりを裸淫と淫種ットで過ごしたら来年心配産院崩壊

(蜜と密)三密は密輸密売密造酒 蜂蜜餡蜜壇蜜は三蜜

5月

(小さいマスク)春過ぎて夏来にけらし白妙のアベノマスク未だ来たらず*

(マスク競争)君がため初夏の街に出でマスク買ふわが衣手にコロナ降りつつ*

(見えないコロナ)ひさかたの光のどけき初夏の日に静心なくコロナ散るらむ*

(マスク高値)買い物にうち出でてみれば白妙のマスク高値に腹は立ちつつ*

8月 参照:コロナ大戦の日々  コロナ文化時代来るか

(心忙し)コロナ来て後の心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり*

(長期政権)あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々しコロナも安倍晋三も*

(コロナ喉薬)イソジンでうがいしながら暇人はレノンが歌うイマジンを聞く

9月

(コロナ促進強盗推奨政策)半分を出してやるからGOTOといわれてもあと半分がない

(同名政権発足)菅政権この前は核の毒が降りこの度は新型コロナの毒降る

(コロナ風俗)夜目遠目傘の内にはマスク顔行き交う人はみなコロナ美人

11月

(コロナ振興政策)やれ行けやそれ行けGOTOお指図に頑張っておりますおいらコロナも

12月

(強盗キャンペン)GOTOに行くカネ体力気力なく自粛お籠り続けてるフリ

(アベ虚言陳謝)ウソつきがウソつきましたと詫びたとてこれまたウソであるかもしれぬ


2021年1月  参照:コロナますます繁盛

(夜間飲食8時閉店)変異して夜遊び上手になるコロナ午後八時にもう待ちかまえ

(オリパラ開催へ)開催へ無敵の秘策は無観客無選手無競技あゝ無理ンピック

(マスク姿が普通に)銀行の扉を入りてたじろぎぬ覆面集団全面占拠

2月

(西行忌)願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のコロナ

4月  参照:コロナワクチン

(あと700人余)願わくは散る花のもと春死なむその卯月1万人目のコロナ

(オリパラ歓迎)列島をアンダーコントロールしてオ・モ・テ・ナ・シします我らコロナが

5月

(一握の紙)また出せどまたまた出せどわが宣言効き目あらざりぢっと手を見る* 

(運の使い道)つながらぬワクチン予約の電話切り宝くじでも買いに行くべし

(緊急事態宣言)もしかして宣言する首相を替えたならもっと効き目があるかもしれぬ

6月 

(優先ワクチン)なさけなや若者さしおき余生なき年寄りどもがワクチン争奪

(優先接種)アスリート老人をさしおきワクチン打つオリパラという大バクチ打つ

(祝開幕コロナ新対策)無観客無選手無競技無放送無感染無事東京オリパラ

(ワクチン)「穴開らき死」の怖れある「惑鎮」にわが惑いこそ鎮まらざりけれ

7月  参照:コロナオリパラ競合

(無理矢理開催)東京のコロナ豪雨の真っ最中ゴリンバラリン土石流迫る

(また緊急事態)宣言し宣言宣言また宣言あと残るのは宣言者とり替え

(コロナぶっちぎり)今日感染東京2848人 負けたTOKYO2020

8月  参照:物言わぬアスリート

(方針転換)もうベッドがない重症でなきゃ自宅療養とコロナに負けた政策の現実

(スカ看板自助政策徹底)罹ってもコロナ自宅で療養しオリンピックも自宅で競技か

(もう勘弁して)コロナ来てオリンピック来て豪雨来て泣きッ面に蜂パラリンピック

9月

(解除宣言近し)あの世への自慢話にしたいので緊急事態さなかに飲み会

(一年で首相取り換え)次々と攻め来るコロナの変異株こちらもせめて首相を変異か

(災禍三代目)アヘン禍ス禍コロナ禍のうえオリパラ禍すっかりキシンダ日本列島

10月

(酒飲みの矜持)もう酒を飲んでよしとお上が言ったから10月1日禁酒開始日*

12月  参照:コロナ振り返り

(新規軍来襲)来た来た来た~っコロナオミクロン変異株お待たせいたしましたとも言わず

(大晦日)コロナで開きコロナで閉じるこの2年 来年こそはピンピンコロナ


2022年1月 

(長生きは不幸)あの戦争このパンデミック八十路来てまたも遭遇地球規模危機

(生き甲斐コロナ)人生に飽きた八十路にパンデミック結果を見たくて生き甲斐ふつふつ

(お手上げ)わかってはいたけどやっぱりなア首相替えても効果は無しか

2月  参照:プーチン戦争ショック

(退屈哀歌)あしびきの山鳥の尾のコロナ禍の長々し夜をひとり鴨葱*

(毎年恒例2月詠)今年こそ花の下にて春死なんその如月の望月のコロナ*

(2・24事件)コロナ禍でもうたくさんなのにこの地球プーチンが始めたウクライナ禍

(NATOコワイ)納豆を嗅いで出て来る北の熊 コロナよ奴を冬眠させよ

3月

(コロナ+戦争)コロナ来て戦争が来て地球病みこの枕辺にも花は来るのか

4月

(ウクライナ禍)コロナ禍が止まぬに更にプーチン禍 わが人生は ウ~暗いなあ

(コロナ頼み)こりゃコロナこちらはいいから後にして急ぎ攻め込めクレムリンへ

(わが八十路)コロナ止まずプーチン禍も長引けば越える八十路の峠は闇夜

6月

(夏が来た) 春過ぎて夏来にけらし白妙のマスク外して雨の香ぐわし*

7月

(参院選与党圧勝)この度は圧勝したのはもしかして新型コロナ第七波党か

(禍禍禍夏)コロナ禍にプーチン禍そしてカルト禍で ヒマツブシには困らない日々

(コロナ帝国)コロナ新規感染者数世界一 未罹患われは非国民なれば

11月

(コロナ6~8波)その昔いたなあ懐かしコメディアン古川ロッパ八波むと志


2023年2月

(新春来たる)ひさかたの光のどけき春の日にしずコロナ来て洟の散るらむ*

(コロナ格下げ風邪並みに)これからもどうぞそのまま夜目遠目マスクの内の美しき人よ

(プーチン戦争一周忌)戦さする中に生まれて戦さ過ぎいま死ぬ時に戻りくる戦さ

(乱世再来)乱のうちに春は来にけりこの年を戦前とや言はむ戦中とや言はむ*

(コロナ波続々)第八波コロナ消えゆくふりをして油断をさせて年末に第九♪

(毎年春詠)今年こそ花の下にて春死なむその如月の望月のコロナ*

5月

(マスク無し)春過ぎて夏来にけらし四六時のマスク捨てたり風のかぐわし*

(コロナ消ゆ?)ひさかたの光のどけき初夏の日に静心なくコロナ消ゆらむ*

6月

(後悔)コロナ禍もウクライナ禍も知らぬまま19年に逝った友を羨む

7月

(争いの地球)歳たけてまた越ゆるかと思ひつつ命からがら戦さ世の夏*


2025年12月

 毎年春には「今年こそ花の下にて春死なむその如月の望月のコロナ」(西行法師詠の本歌取り)と詠うのだが、むなしく過ぎていた。
 ところがこの冬は本当にコロナに罹ったので、「その師走の望月のコロナ」成就かと思ったが、アイニク生還してしまった、ザンネン。ピンピンコロナも難しい。

(2025/12/24記)

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2025/12/03

1920【老酔録⑩コロナ発症】遂にコロナ様のお眼鏡にかなって医師によるコロナ感染宣告を受けてこれこそ米呪である

 (後段に後の日々の患者としての状況についても順次に追記してあります)

●はて、いつコロナのやつに掴まったのかしら

 1時間程前に、医師から「新型コロナに感染」と宣告されてきた。おお。ようやく来たか。2020年初にクルーズ船に乗って横浜に押し寄せてきてからざっと5年、特に気をつけてもいなかったのにかかりもしないでここまで来たので、コロナとは縁がないと持っていたら、ここにき米呪とコロナと2重苦、酷いもんだ。

 思いだせば、もっとも最近に雑踏に出くわしたのは、4日前の11月30日に地下鉄に乗ったことだ。コロナ感染がその時かどうかわからぬが、可能性は一番高いだろう。12月1日朝はなんだか喉の奥が痛くなって来た。でも熱はない。食欲もある。普通に食うていた。

 そういえば思い出した。11月24日夜に近所の神社の酉の市の賑わいを歩いてきた。それはもう身動きさえ不自由なほどの超混雑であった。野外だが、あそこはコロナ大喜びの夜市だ、あの時からわが身に潜伏していたのかもしれない。

●絶食続きで体重減少効果がありそうだ

 今年の正月にひいた風邪によく似ているから、間もなく治るだろうと思っていた。12月2日のは朝からのどの痛みがひどくなって、飲食できなくなった。無理に飲み込もうとすると猛烈にむせてしまう。これが誤嚥性肺炎かと思うほどにむせるのは苦しい。

 ついに12月1日、2日は完全に絶食である。喉の痛みのほかはどこも何ともないが、次第に気分が滅入って来て、ベッドに寝てばかりいた。だから腹が減っても平気である。これで体重が減ってきて、歩くのに脚への負担が減るなら歓迎したいほどだ。それにしても今どき腹が減るとは、けっこう珍しい体験になるなあ。

 そうはいっても3日も絶食はいくら何でもなかろうと、医者に診てもらうことにした。喉が痛いのだからこれはかかりつけ循環器医師ではなくて、耳鼻咽喉医師にだろうと出かけた。さすが腹ペコのせいもあってフラフラするので息子に付き添いしてもらった。

 医院では待合室に入れてくれなくて、吹きさらしの階段室踊り場で待てという。小さなガスストーブはあるが寒くてたまらない。これではコロナでなくてもコロナになって帰宅することになりそうだ。

●耳鼻咽喉科の外の階段室でコロナと診断された

 階段踊り場で待つことしばし、医師が出てきて、コロナかどうか検査をするという。そのうえでコロナでないならば待合室に戻って待て、コロナならば薬の処方箋を渡すから薬屋でそれを買って家で治療せよという。コロナだと医院の敷居さえ跨げないのだ。

 階段踊り場につっ立っていたら、鼻になにやら突っ込むようす。

 医師「そこの壁を背にして立ってください」
 わたし「はい、これでよろしいか」
 医師「口を開けて、眼も開けて、鼻も開けてください。はいいれます」
 わたし(眼も口も閉じて鼻だけ開けて)「あ、いててててて、^」
 医師「だめですよ、眼を閉じちゃあ、かえって痛くなりますよ」
 わたし「本能的な防御姿勢だからそうはいきませんよ」
 
で、拷問は何度目かでようやく終わり、また震えつつ階段踊り場で待つこと20分、医師がやってきた。

 医師「コロナでした」
 わたし「え~っ、そうなんですかあ~、ほお~」(興味がわいてきた)
 医師「これを見てください。ここにCSBAとあるでしょ、そのSのところで赤線が見えでしょ、これがコロナの標です」

 わたし「へえ~、そうなんですかあ」(医者はなんでもデジタルにするんだなあ)
 医師「では薬を毎日忘れないようにね。症状は急に熱が出るかもしれない、超高齢なんだから特に注意のこと。今日から5日間は絶対に外に出ないように、他人と会わないように、できれば、10日間をそうしてください。そして10日後のまた来てください」
 わたし「はい、わかりました。ところで先生、わたしは喉が痛くて飲食できずに、今日でもう3日間ほぼ絶食状態ですが、これを何とかしてください」
 医師「それはもうご自分でナントカ無理にでも飲食してしてください、人間は水を飲まないと死にますから」
 わたし「でもね、飲み込もうとするとかならずむせてしまって、酷い目にああうのです。どうしたらいいでしょう」
 医師「それは努力するしかありません。そのうちに飲み込めるようになるかもしれませんから。処方した薬には痛みをおさえる効力もありますから、」
 わたし「その前に絶食飢え死にか、あるいは誤嚥性肺炎で死ぬかもしれませんね、はは、まあ努力してみます」

 てなことで医院を出たが、薬局で買ったコロナの処方薬「ゾコーバ」は1粒7090円もする高価でこれを7粒も、ただし保険で2割負担だったが。思えばコロナ大流行時は無料であったよなあ。もっと早くかかっておけばよかったとは思えど後の祭り。

 そういえばあの頃は何回もあったウイルスワクチンはどうしたんだろう、もう効かないのかしら。今接種層を取り出してみると、6階も摂取している2023年5月15日が最後だ。それから2年半、さすがに賞味期限切れだな。捨てるまえに記念写真撮っておこう。

●ナントカ飲み込み技術を開発して飢えを逃れる

 さて、薬は手に入ったが、問題はそれを飲みこむことだ。ほぼ飲み食いできない状況をどう打破するか、水分を飲み込むときに、むせない姿勢をあれこれとやってみた。かなり前傾した姿勢なら、あまりむせないことを発見した。やれうれしや。これって軽蔑する犬食い姿勢でイヤだけど緊急時だから許そう。

 それでじわじわと流動食をこわごわ、水も生ぬるくして前かがみで薬を飲むことに成功した。よしよし、これで3日間絶食は終了して今後は細々と流動食としよう。まあ、明日はすっかり治るかもしれないし、逆に高熱が出るかもしれないから、考えても無駄だ。今日だけなんとかなればよい。

 さて今週は明後日に大学寮仲間旧友たち10数人とズームの約束があり、わたしがZOOMアプリ設定操作当番である。今くらいなら操作できるが明日どんな症状になるかわからぬから、仲間の一人に電話して当番を交代してもらった。これがコロナになって最初にやった対外的処理である。

 あ、そうだ、旧友の歌集制作があるのだが、月末となっている締切をちょっとのばしてもらうほうが良いかな。コロナになっても、予定変更はそれくらいなものである現在の身分を、喜ぶべきか悲しむべきか。もっともコロナで死ねば締切も消滅する。なんとかなるさ。

 この米呪なる年齢になって、こんな禍に出くわすって、どう考えようかと思案中だ。どうせ長くもない先ならば、これをチャンスに仕舞にすれば、それはそれで分かりやすい。むしろ分りすぎてつまらない。

 こんな時には、あれもやっておかねばならぬ、これもやっておきたい、なんて言いつつちょっとは慌ててみたいと思えど、さてもうやるべきことがほとんどないのだ。7月の引っ越しで物はほとんど整理したからなあ、あのときに人生を一度閉じたからなあ。

 さて、明日はこんな悠長なことを書けなくなるかもしれないので、とりあえずこれだけはやってっておこうというのが、この老酔録⑩である。

(2025/12/03記)

●(2025/12/04追記人生最後の好奇心はわが身へ向かうか
 これを書いているのは、次の日の朝食を終えた9時、どうやら悪化していないらしい。昨夜は、夜中に何回も口内にたまった唾液を処理しなければならなかったが、睡眠を普通に取れた。のどの痛みはまだあるが半分くらいになった感じ。重湯をつくって慎重に前かがみで食べて、薬も飲んだ。飲み食いさえできれば、なんとかなるだろう。

 なんだか自分の身体に興味がわいてきた。もう人生で興味あることは全部やってしまったと思っていたが、そうか、わが身への興味が残っていたか。これまで病気になることはめったになかったから、わが身への興味が薄かった。最後の好奇心の先はわが身へ向かうのだ。

2025/12/05記コロナは健康増進に役立つかも

 ほぼ3日間の絶食の効果が見事に体重に現れた。昨夜久し振りに風呂に入り体重を計ったら、なんとまあ5キロも減量していた。願望の60キロ台に遂に到達した。80キロ台からここまで5~6年かかったような、更に素晴らしいことに、浮腫んでいた両脚が普通の老人らしい骨ばった姿になっているのだ。
 おお、コロナのおかげだ。コロナは健康によろしい。これで大好きな徘徊も快適になるはずだ。よかったよかった、ウン?

 さて今朝は久しぶりに朝飯らしい食事をした。ヨーグルト、茶碗蒸し、杏仁豆腐、紅茶だが、どれもこれものどに引っかからいものばかり。息子の見立てによる冷蔵庫内備蓄品である。次はもうすこし堅めの食事にしようかな。

 ということで、昼飯はコロナ前と同じくトーストパン、紅茶、ポタージュ、野菜サラダにしてみたが、喉につかえることなく普通に食べきることができた。うん、大丈夫らしい。問題は、家の中にいるしかないので、腹が減らない。食欲出ないなあ。

 食事をする目的は、食後に服用せよと指示の薬を飲むためである。何しろ高い薬だから、飲めばすぐに効きそうだし、飲み忘れるともったいないという貧乏人魂からである。

 時々咳があるのが嫌だが、熱なし、痛みなし、どうやら快方に向かっているらしい。でもこんなに正気のままで10日間もお籠りできるかしら。せっかくコロナのせいで健康になったのに、運動不足で死ぬような気がしてきた。
 
 今日は大学同期仲間8人でのZOOM会議に顔を出して、コロナの顔をみんなに見せてちょっと挨拶してすぐに退出した。遺影になるかもと、スクリーンショットを撮っておいた。


●(2025/12/06追記咳が出て出て苦しくて困った夜
 これまで泣き言は全く書いていない。泣き言いうほどの痛む症状が無くて、コロナという珍事に興味津々だったのだ。だが、昨夜は就寝してから咳が出て出てちょっと苦しかった。何しろ呼吸という毎瞬間を維持する活動が、セキで無理やり中断させられるってのは、苦しいもんだ。誤嚥性肺炎で死ぬ話を聞いたが、このことのすぐ隣なんだろうなア、コロナに直面している感じだった。もう、もうやめてくれと思いつつ、その度に起き出して水を飲んでごまかす。何とかなだめ、真夜中になって眠り、今日という日を迎えている。咳頻度が激減している。今日は、喉にやさしいものだけ食うことにするか、熱もなし食欲もある、うん、よしよし。

●(2025/12/07追記コロナという大義名分の怠惰時間の後遺症
 コロナ発症4日目、まだ、時々は激しい咳と痰が出るが、その間隔はしだいに遠くなってきた。喉に違和感が残るが、飲食に支障はないらしい。でも堅いものはよく噛んで飲み込んでいる。日に3回の食事後服用との処方薬があるから、やむをえず食う飯だ。食いたいのではない。動かないから腹が減らない。机でPCに向かうか、若干の家事をするか、ベッドに寝ているだけで、コロナが与えてくれた大義名分ある怠惰時間である。もちろん大きなお世話だ。おかげで歩行能力を衰えさようとの後遺症が待ちかまえているに違いない。さて、解放されたらどうやってこの裏をかくか。

●(2025/12/08追記うワッ、息子に飛び火したっ
 発症以来毎日やって来て、2~3時間家事をやってくれていた息子に、コロナが飛び火した。昨夜は大変だったとのメール、「・・寝床についてから喉に激痛が走り、一晩中七転八倒でした。朝にはほぼ治まりましたが、若干喉奥に燃えカスがあるような感覚・・、今日は自宅で治療に専念・・」、彼はすでに罹患経験者なのに再度罹患するのか。
 こちらは昨日よりも良好だから、今日は来てくれなくてもかまわないが、どうも弱ったことになった、昨日来た時に調子がヘンだと言っていたけど、でも検査キットを使ったら感染していないと分かったなんて言っていたのに、、、とにかく早く治ってくれ~~、おれよりもそっちをたのむ、おろおろ、、。コロナのやつに裏をかかれたみたい。

●(2025/12/09追記)息子がやってきた
 咳が時々出るが、そのほかは何ともなさそうだ。今日は息子が休むだろうからと、昼前に久しぶりに買い物外出、6日ぶりだが歩くのに支障はなかったのにほっとした。蟄居中にもバルコニーで膝屈伸や足踏みをやっていた効果だろうか。昼頃に息子がやって来て、びっくり喜ぶ。お前ほんとに大丈夫かって、心配からつい怒った口調になる。掃除して長居無用で帰ってもらった。すまぬ。

●(2025/12/15追記コロナ騒動が終った
 今日で発症発覚の12月3日から今日で12日目、医師は10日たったら来いとのことだったから、閉門蟄居の空中陋屋から久し振りに下界に降りて医院を目指して歩く。運動不足で脚がフラフラするので慎重に進む。なんとか医院にたどりついた。また鼻に何か突っ込んで検査するのかとびくびくしていたが、それはなくて済んだ。
 「味がヘンだとかの後遺症はないですね、熱も出なかったのですね、でもまだちょっと喉が赤いですね、喉を滑らかにする薬を5日分出しましょう、特に何もなければ、それでおしまいです」 ヤレヤレ、息子も何事もなし、よかったよかった。(コロナ騒動終り)

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