2015/07/25

1112【新国競騒ぎ】第三者検証委員会は建築だけでなく外苑地区の都市計画にさかのぼって検証せよ

●第三者検証委員会は何をどこまでどう検証するのか
 
 新国立競技場の計画が、総理大臣のちゃぶ台返しで、白紙に戻った。
 白紙に戻ったと言っても、もう建てるのをヤ~メタとか、建てるにしてもどこか他のところにするとか、そういうことではないらしい。あくまであそこに建てるのだ。

 いまのところ決まっていることは、こんなものらしい。
①外苑のあの場所を変えない(なんであそこに固執するのかなあ)、
②外観を変える(あの「生ガキ・UFO・ヘルメット」をお嫌いなんだな)、
③工事費を2500億円以下にする(当初約束1300億円には絶対にならないだろうな)、
④2020年東京オリンピックに間に合わせる(ラグビー運動会はあきらめたらしい)、

 さて、このドタバタ喜劇が起きた原因は、なんといっても民主党政権下で起きたあのコンペに原因がある、だから第三者委員会をつくって検証する、ということらしい。
 なんでまた、あんな変な形を選んだのか、あの形がそもそも工事費高騰の原因でしょ、しかも民主党政権下でって言いたい気分が、文科大臣(文句大臣か)にありありと見えるのが、可笑しい。

 実体としては、アベ政権下において、計画から実施へのマネージメントに大きなドジがあったに違いない。
 最後はコストでどんでん返しになったが、コスト計画は最初から最後まで建設事業の基本のことである。どうして予定の1300億の倍以上になっても、中途半端な規模見直しだけで、徹底的な見直しをしなかったのか。
 JSCと契約して担当している設計事務所コンソーシアムのメンバーは、どれも一流どころばかりである、ヘンだ。予算はいくらでも出るからとの方針変更の指示が、どこかであったのか。

 こうなったのは、建築家のザハ・ハディドと日本側の設計事務所コンソーシアムに技術的瑕疵があるのか、それとも発注者JSC側のマネージメントに瑕疵があったのか。
 もしも建築家や設計事務所に瑕疵がないとしたら、なぜ一方的に契約破棄をされなければならないのか。契約破棄に伴う損害賠償を、更に税金を使って支払うことになるとしたら、その責任はアベ政権が負うのか。
 建築家、設計事務所側としては、損害賠償を受領すれば済むのか、契約もしているのに、この仕打ちは名誉棄損になるのか、ならないのか。
 こういう検証もするのだろうか。

●ぜひとも都市計画の検証をせよ

 どうも、工事費が高くなったのでやり直しって、建築のことばかりを白紙見直しの対象にしている様子だが、この巨大建築を許す規制緩和をした都市計画については、白紙見直しには入っているのだろうか。入っているのかもしれないが、いっこうにメディアには出てこないこないのは、どういうわけか。
 あんな巨大なものをあんな狭いところで、しかも都市公園、風致地区という都市計画による土地利用規制の厳しい指定地に建てようとするから、無理が出てこうなったのだ。

 あのコンペに出てきたどの案も、その時点では都市計画規制に違反している案であった。もちろん一等のザハ・ハディド案もそうである。
 だが、オリンピックという錦の御旗のもとに、なにがなんでもあれを建てるんだからとて、都市計画をそれに合わせるように規制緩和をしたのである。
 特に外苑地区の風致地区指定は、都庁の机で許可基準の書類を書き換えるだけで、実体的には除外されたも同然になったのが、すごいことだ。http://datey.blogspot.jp/2014/07/971.html


 もちろんこれらは手続き的には適法であるが、実体的には異例な緩和である。そのあたりも果たして適切なことであったか、たとえ違法性はないしても、当事者たちはどのような認識であったのか、ぜひとも検証してもほしい。

 それには、あのような緩和策を前提としたコンペプログラムの作成段階までさかのぼって、JSCあるいは文科省は、都市計画行政当局とどのような事前摺り合せを行ったか、そこを検証するべきである。
 もし摺り合せができないままにコンペを行って選定したなら、大問題になったはずだ。

 そしてまた、都市計画手続きに於いて、都市計画審議会はどうしたか、都市計画案の縦覧に於いて都民はどのように意見表明したか、その後の市民運動はどう動いたかなどについても、検証してほしい。

 第三者委員会のメンバーがどのような専門家たちになるのだろうか。
 また、例の解散させられたらしい「有識者会議」(無識者か)みたいに、業界団体代表の集まりになるのかもなあ。
 とにかく、お役所追随の都市計画学者ではなくて、ぜひとも建築基準法とか都市計画法とか都市法を分る弁護士を入れてほしいものである。
 外苑地区の都市計画は、今後も変更緩和が行われる予定である。そのためにも、ここでしっかり検証して、大規模開発の都市計画制度の実態を、良くも悪くも知らせてほしい。


参照
◆【五輪騒動】新国立競技場建設と神宮外苑再開発瓢論集
http://datey.blogspot.jp/p/866-httpdatey.html


2015/07/23

1111【新国競騒ぎ】それならば裏長屋の庶民が提案する白紙見直しでタダになる案はこれだッ

新国立競技場騒ぎが面白くて、毎日毎日、ブログの書き込みを止められない、ああ、指が痛い、たすけて~

●100億円チャラの豪気ちゃぶ台返し
熊五郎:こんちわ、ご隠居、全治3か月って宣伝のお怪我は、そろそろ刑期の3カ月がきます、いかがですか。
ご隠居:おお、熊さん、いらっしゃい。お見舞いありがとよ、でもなあ、まだ腰が痛くてねえ、刑期満了にはなりそうにないんだな。
:ホントはすっかり治ってるけど、同情されるのが嬉しくて治らないフリとか。ま、そうやって寝転んで養生してるってのも、退屈でしょ。
:いやいや、ここんところアベチャンが世間を騒がせる事件が続くから、暇つぶしに持ってこいだ
よ。
:はあ、そうですね、憲法9条ちゃぶ台返しにつづいて、こんどは新国立競技場をちゃぶ台返しですよ。ここまできて、また白紙からやり直すのだそうですね。ヤレヤレ、なに考えてるんだろ、税金を使ってってんでしょ。
:そのまえは原発廃止方針をちゃぶ台返しだったね。首相のちゃぶ台返し事件はどうも腑に落ちないことばかりだよ。こんどの新国立競技場では、これまでに設計関係で50億円以上使って、そのほかにもコンペやら有識者会議やらJSCの運営費やら入れると、100億円はかかってるらしいよ。それをご破算だって。
:ヒャクオクエン、千円札にしたらどれくらいに厚さになるんですかね、1mくらいかな。
:わたしも分らんねえ、日本国は1000兆円の借金があるってえのに、100億円をチャラにするんだから、豪気なもんだねえ。売り家と唐様で書く三代目って川柳があるけど、あの人は政治家三代目だな、アブナイ。

●生ガキデザイン取り替え大作戦
:でもねえ、なんでここにきてちゃぶ台返しなんでしょうねえ。
:そうだよねえ、いくら金がかかったって、国民がなんと言おうと、もうこの案で着工しようって決めたら、そのトタンにヤ~メタッて、ガキじゃあるまいし。
:あっしゃね、こう考えるんですよ、ホラ、東京五輪組の親分がいるでしょ。
:親分?、あ、モリさんね。
:そうその親分が言ったでしょ、もともと生ガキみたいで嫌だったって。だから何とかしてあの形を変えさせたかったんですよ。
隠:そうだね、建築家の槇さんたち、世間でも景観が悪いなんて声も上がってたけどね。
:でも格好が悪いってのでは変える理由になりにくい、そこで文科省にねじ込んね、工事費が倍以上の3000億円もかかることになったって、ムリヤリ言わせたんですよ。
:ほお、、。
:でね、庶民はカネメの話だとすぐ飛びついてきて、ハンタイハンタイって声が大きくなった。そこで親分はアベサンにちゃぶ台返しをさせたってんですよ。大成功ってね。
:ホントかい?
:いや、あっしが勝手に、そう考えたんですがね。
:なんだ、そういうことか、でもなあ、ありそうなことだよね。だって、2500億とか3000億とか口では言っても、なんにもその証拠の積算資料が出てないんだもんなあ。でっちあげかな。
:ちょうど、憲法解釈変更と安保法案で、ナンダカンダと世間がうるさいので、ここで眼を逸らせよう、うまくいくとアベ人気盛り返すって作戦もあるでしょ。
:そうかもなあ。でも、オヤブンは生ガキさえなくなりゃいいので、屋根だけ見直しと思ってたら、一からやり直しでラグビー大会に間に合わなくなった。困っただろうね。でもね、これから見直しの見直しがあって、屋根だけチョロっと変更して、安く見せかけてとりあえず着工かもねえ。

●見直したらホントの安くなるのかしら
:それにしてもですよ、もう設計も工事も契約しているのに、総理大臣が勝手にヤーメタって、言ってもいいんですかねえ。それで見直しが決まったみたいな雰囲気ですよ。
:そりゃもう、憲法だって勝手に変えてしまうくらいの独裁者だからね、税金は全部おれが使い道を決めるってんだろうなあ。
:契約しているイギリスのザハ・ハディドや日本の建設会社や設計事務所は、一方的にクビなんですかね。そういうことができる世の中なんですか。
:もちろん民法上で大きな疑問がある行為だよ、たぶん訴訟になれば、損害賠償とか慰謝料とかまた税金で払うんだろうなあ。
:え、もう100億円も損してるのに、また損するんですかい、その金はアベサンに懐から出してもらいたい。
:その上だよ、見直しをしたら1300億から1000億に下がるかと思うだろ、あたしゃ無理だと思うよ、本音は生ガキさえやめりゃいいのだからね、2000億ぐらいにして3000億より下がりましたって言うだろうさ。
:で、着工してしまえばもう引き返せないから、ドンドン追加で事業費をつっこんで、結局は3000億円になっちまうって、こういう作戦でしょうかね。

●やっぱり神の国の国立施設はこうでなくっちゃ
:それにしても、白紙から見直しって、どんな格好になるんだろうかね。
:そうなんですよ、そこであっしがこんな予想図をつくってみましたよ。生ガキさえなけりゃいいし、こんな形になるだろうってね。
近ごろ冗談を分らぬ人が増えたので念の為に書いておくが、この画像はパロディですからね、、、
で、どこが面白いかというと、、あ、林家三平になっちゃった
:な、なんだい、こりゃ、、、あ、分かった、これは明治神宮の本殿の屋根だな。
:ピンポ~ン、「日本は天皇を中心とする神の国」の国立競技場ですからね。
:そういって嗤われた総理大臣がいたよなあ。うん、これならあのUFOとか自転車ヘルメットとか生ガキの形は、神宮外苑に似合わないって言ってる人たちも、グウの音も出ないな。
:でも、これはやっぱり3000億円かかりそうですね。
:では、わたしの考える白紙見直し案を見せようか。

:え~、これですかあ、ヘルメットもUFOも生ガキもないどころか、8万人はいる競技場自体が見えません。
:いやね、神宮外苑全部をオリンピックで8万人入る時だけ競技場ってことにするんだよ、一か所に8万人集まっても、どうせ選手たちの姿は豆粒かゴマ粒程度にしか見えないよ。だから外苑のあちこちに大映像画面をおいて、外苑全体で8万人でも10万人でも20万人でもやってきて、それを見ながら交歓すればいいのだよ。
:なるほど、どうせ開会式と閉会式だけですからね。なにか儀式をするので観客席が必要なら、神宮球場でも秩父宮ラグビー場ででもやりゃいいんですよ。
:だからね、旧国立競技場を壊した跡の空き地は、幸いなことに平地になってるだろ、ここにトラックフィールドだけ作って、周りをみんな森にするんだよ。
:これなら安くっていいですね。今あそこは公園指定になっているけど実は公園じゃない、それを本当に公園として開設できますね。

●白紙見直しでタダになる案はこれだッ
:もっと安い、タダって方法があるんだけど、聞きたいかい?
:聞きたい、聞きたい。
:オリンピックをやめりゃいいのだよ。
:ウワッ、いまさらそんなことできますか?
:できるとも、アベサンにお得意のちゃぶ台返ししてもらうんだよ。
:そういや、1940年に開催予定だった東京オリンピックを返上したことがあったそうですね。
:そう、返上したのは開催2年前の1938年だったから、その前例だとまだ間にあうな。そこでだね、どうだい、返上するにあたって、ギリシャに肩代わりしてもらうんだよ。
:えっ、今、借金で首が回らなくて大変なところですよ。
:だからこそなんだよ、2004年アテネオリンピックの施設があるだろ、それ使えばいいんだよ。ついでに日本から1000億円ほど、持参金つき返上ってのはどうだい。日本でオリンピックやるとナンダカンダと1兆円くらいかかるらしいから、これで日本もギリシャも助かるんだよ。
:そういや、アテネオリンピックの時はアチラは景気がよかったそうですから、2020年アテネオリンピックなら、一気に景気挽回でユーロは安定、EUの連中も喜ぶでしょうね。
:そう、これこそ世界に貢献するオ・モ・テ・ナ・シだな。

参照
◆【五輪騒動】新国立競技場建設と神宮外苑再開発瓢論集
http://datey.blogspot.jp/p/866-httpdatey.html


2015/07/22

1110【新国競騒ぎ】首相のチャブ台返しにザハ・ハディドよ怒れ、建築家よ怒れ、納税者よ怒れ、選挙民よ怒れ

  
 新国立競技場計画について、ザハ・ハディド案を白紙にもどして見直しって、突然、アベ総理大臣が言った。7月17日、ちゃぶ台返しである。
 それからずっと気になっているのだが、だれも言わないようなので、ここでいうぞ、これってヘンでしょ、オカシイでしょ、間違ってるでしょ。


 なにがオカシイかって、ザハ・ハディドの案は、文科省参加の機関JSCが主催した国際コンペで正式に1等賞になり、すでに契約もしてるでしょ、それを一方的に破棄するって、そんなこといいのですか?
 事前にザハ・ハディドの了解を得た訳でもないし、コンペ主催者のJSCの了承もなし、例の業者団体みたいな有識者会議にもかけず、もちろんコンペ審査委員の了承を得ることもなかったらしい。ただ、東京五輪組の森喜郎親分には了承を得たという。やくざの手打ちかよ。

 そりゃまあ、あの形が嫌だとか、背が高すぎる、工事費が高すぎるっって、いろいろと世間の批判はあるよ、だからちゃぶ台返しですっていわれてもなあ、だったら、憲法9条解釈変更にも安保法案にも世間の批判はわんさとあるよ、なんで、こっちのちゃぶ台返しはしないんだよ。

 はっきり言って、建築家も有識者、そして納税者も選挙民もバカにされている。
 建築家は契約している仕事を突然一方的に破棄される。いいのか。まさか、そんなことを出来るとコンペ応募要項に書いてあったのじゃあるまいね。
 大成建設、竹中工務店、山下設計、山下ピー・エム・コンサルタンツ、建設技術研究所、日建設計、梓設計、日本設計、アラップ設計の皆々様も、いかがですか。

 独立国家の機関が行った契約を、その機関の長でもない人(契約当事者ではない筈)が一方的破棄なんて、いいのかい。
 有識者会議なんて、どうも業界代表団体というか利益団体代表みたいなのでマユツバと思っていたが、やっぱりなあ、バカにされてしまった。

 納税者だってそうだよ、あのバカ高くなった工事費への批判が、これで通った、アベサンはエライなんて思っているようじゃあ、バカにされ具合もいいところだよ。
 国民の税金の使い方は、総理大臣の一言で決まる、契約なんて屁とも思わないなんて、そんな癖を付けさせちゃあいけませんよ。独裁者かよ。
 せめて、インタネットによるパブリックコメントでもやってるなら可愛げがあるけど、なんのreferendumなしに、森親分に仁義をきってておいただけって、ほんと、怒るよりも笑いたくなる。

 選挙民もバカにされてるってのは、この前とその前の選挙で、こんなお人をかつぐ政党の人々を国会にワンサと送り込んだからです。あ、わたしは違いますよ。
 ま、チャブダイ返しはこれが初めてじゃなくて、憲法9条解釈チャブ台返し、原発廃止方針チャブダイ返しと、とにかくチャブ台返しをお好きなお方って、分かってた筈でしょ。

 さて、まずは建築家の職能の危機について、これまで社会的地位向上に努力してきた団体の、日本建築家協会(JIA)は、当然のことにこんなチャブダイ返しに対して、猛烈に怒って政府に申し入れしていらっしゃるのでしょうね。

 と、思ったら、違った。なんだかフニャフニャ提言をなさっているのである。
http://kensetsunewspickup.blogspot.jp/2015/07/jia.html
 白紙に戻すことに大賛成をなさっているのは、まあ、いいでしょう。
 だが、コンペという手続きをないがしろにされ、すでに契約している業務を手続き無しに破棄されるという、建築家であろうと何であろうと常識外れでしょ。
 これになんのアピールもないのは、どういうわけだろうか。それでいいのかしら。

 さて、RIBA(英国王立建築家協会)の会員(?)のザハ・ハディドがどう怒るのか、まことに興味がある。
 ここはやっぱり、訴訟に持ち込むのかなあ。だって、日本側のなんだかんだのドジによる最大の被害者はこの人でしょ。金銭的なことじゃなくて職能としてね。 
 日本建築家は腰抜けだが、アチラではそうじゃないような気がするが、どんなもんでしょう?
 訴訟に負けて、慰謝料とか損害賠償とか払うことになったら、それこそ国際的恥さらしである。
  
 誤解の無いように言っておくが、わたしは建築家でもないし、JIAとも建築士協会とも建築学会とも建設業協会とも何も関係はないが、一般論として奇妙奇天烈に思うのである。
 ついでにつけ加えるが、わたしはザハ案で3000億円になっても良いと思ってはいないし(実は、世の反対論じゃや賛成論者の皆様とは全く異なる理由で、ザハ案になればよいと思っているのだが、それは既に書いた)、それどころかオリピック運動会そのものに興味がなかったし、ちかごろは大嫌いになった。。

 もしかして、わたしが間違っているのだろうか、どなたかご教示いただきたい。世間からこういう方向での批判が聞こえないので不安になる。 

参照
◆【五輪騒動】新国立競技場建設と神宮外苑再開発瓢論集
http://datey.blogspot.jp/p/866-httpdatey.html

 


2015/07/20

1109【新国競騒ぎ】すっかり空き地になった旧国立競技場跡地にオリンピックの森をつくろう

 新国立競技場の提案 2015年7月、安倍総理大臣によるチャブ台返しで、一転、ザハ・ハディド案廃棄、国際コンペの結果に民主的手続き抜きで、一方的に無効宣言とは、ここはいつ独裁国になったんだ?
 まあ、改憲手続き省いて9条の武力放棄条項を無効にしてしまうのだから、こんなことぐらい、全然たいしたことではない。ついでにオリピックそのものもチャブ台返しお願いします。

 では、どんな新国立競技場をつくるつもりなんだろうか。
 また、時間がないからと、いまのザハ・ハディド案をベースに、屋根だけ安直な工法に変えるってのが、オチのような気がする。
 それで1999億円に納めて、2000億円を下回る様に抜本的見直しをしたっていうに違いない。え~と、もとはいくらって言ってたっけかなあ、あ、1300億円だったかな、それじゃあ1999億円では見直しならんなあ。

 では、わたくしめが見直しをして進ぜよう。「新・新国立競技場」計画である。いや、興戯場計画かな。
 幸にして、今や旧国立競技場はすっかり壊されて、平らな更地になっている。
 おお、それなら、その旧国立競技場跡地に競技フィールドと森をつくるのです。

 え、8万人の観客席をどうするのかって?
 そう、そこですよ、8万人がフィールその周りを取り囲んだって、前の方は見えるかもしれないが、たぶん、6万人くらいは豆粒かゴマ粒のアスリートを見てるだけでしょ。
 だから近ごろの競技場は、でっかい液晶かなんかの映像画面を設けて、多くの観客はそっちを見てるんでしょ。実は、観戦スポーツ嫌いのわたしは行ったことがないんだけどね。

 そんなもの、競技場の中にある必要はないでしょ。どこにあっても同じでしょ。といっても、観戦好きの人は一緒になって興奮したいんだろうなあ、要するに烏合の衆になりたいんでしょ。
 それならば、神宮外苑の全部をオリピック会場にすりゃいいでしょ、外苑のあちこちにあの大型画像装置を置いておけばいいでしょ。

 こうやって神宮外苑全部をオリピック会場にして、8万人でも10万人でも20万人でも、外苑のなか全体にに広がって、共に楽しみ交歓すればよろしいと思いますが、いかがですか。あ、便所もあちこちに必要だな。
 どうしても観客スタンドが必要なら、神宮球場やラグビー場があるでしょ、そこを使えばよろしい。休憩所なら、絵画館があるでしょ。
 
 森をつくると言っても、2020年までには間に合わないから、これから苗木を植えるのです。
 ちょうどいま、東北津波被災海岸で、森の防波堤をつくっていますが、あの宮脇昭さんの提唱する方式の、みんなが参加する苗木からの森づくりをやりましょう。
 そうだ、オリピック、パラリンピックにやってきた世界中の人たちにも植えてもらいましょう。20年経つと高さ20mの樹木に育ち、それは神宮内苑の森がこちらにもできます。

 そうそう、そのような大勢の人々の参加方式による森づくりは、創建時の神宮内苑の森づくりがまさにそうでした。その現代版を外苑でやることも意義のあることでしょ。
 あ、そうだ、東京五輪組の親分は、なんとまあさんというお方ですよ、オンリピックのづくりにピッタリでしょ。もひとつ、あ、そうだ、この方は総理大臣のとき「日本は神の国です」って言って嗤われたくらいの神様好きなお方だから、ピッタリ!!! 、ヨイショ。

 この「外苑オリピックの森」こそ、「オリンピックのレガシー」となるでしょう。
  なお、以前にはこんな戯案も提案したけどね。

(追記20150719 1800)
 新国立競技場について、文科相が17日に、「これから半年かけてコンペから審査まで終える」と述べたそうだ。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK17H6F_X10C15A7000000/
 ありゃ、一から見直しってのは、オリンピックをヤメルってのは、見直しの中には、はいってなかったのかい?
 
 またコンペだってさ、ほんとかなあ。で、また、ザハ・ハディドが一等になったりして、、。
 だってさ、金のことだけでひっくり返ったんだから、内容的には同じ条件でコンペするんでしょ、1300億円もこの前と同じ条件でしょ。
 だったら、応募の建築家はこの前の応募案と同じものを出すでしょ、だって、あの時に最上の案として応募したんだから、今度は違うなんて変でしょ。もしも違う案をだしたら、誠意がない建築家だから落選。
 そして、ザハさんがまた一等賞、ってね。

 でもなあ、第2回目コンペで一等とったとしようか、そしてまた、総理大臣がチャブ台返しするかもしれないよ、それでも応募しますか?
 多分、今度のコンペは、時間短縮とか言って、設計業と工事業の両者が一体になって応募する方式になるんだろうなあ。

 そうだ、今度はもう、あの、ケチのついた外苑をやめて、湾岸部のどこかに場所を変えたらどうですか。その方がはるかによろしいでしょ。どうせ、国際公約はちゃぶ台返しで破棄なんだから、。

参照
◆【五輪騒動】新国立競技場建設と神宮外苑再開発瓢論集
http://datey.blogspot.jp/p/866-httpdatey.html

 

2015/07/18

1108【新国競騒ぎ】憲法違反騒ぎで不人気挽回とて運動競技場ごときで首相が出てきてチャブ台返しのポピュリズムニッポン


●運動競技場如きで総理大臣が出てきてチャブ台返し

 新国立競技場騒ぎは、なんとまあ、アベ総理のちゃぶ台返しだそうだ。こんな一運動競技場如きは担当のJSC理事長、せいぜい文科大臣の役だろうに、なんと総理大臣がでてくるなんて、今の政府はどこかアフリカあたりの独裁国みたいだ。
 これって、もしかして憲法違反騒ぎでの不人気の挽回策だろうか。




 ここにきてカネメの話になって、ようやく抜本的見直しになるらしいが、老大家槙文彦氏から初めに問題提起された景観デザインについては、どこかに追いやられたようだ。
 カネメ問題と言い、首相の登場と言い、まことにもってポピュリズムニッポンですな。
 どうせなら、この際、オリピック返上ちゃぶ台返しってやれば、やんやの喝采!?!?

 ところが、可笑しいのは東京五輪組のモリ親分が「生ガキみたいで嫌い」って、景観からの見直しを言ったのには???。
 まあ、高さの見直し(20m以下にする)については、ちゃぶ台には乗ってなかったでしょうな。

●JSCお抱え建築専門家はどう対応したのか
 
 でも、こういう判断は政治家や文科省建築素人官僚だけでは不可能だろうから、当然のことにJSC発注のもとで担当している建築の専門家たちの検討があるのはずである。
 いま、JSCが使っている専門家は、大成建設、竹中工務店、山下設計、山下ピー・エム・コンサルタンツ、建設技術研究所、日建設計、梓設計、日本設計、アラップ設計

 で、この方々はどういう判断をしたのでだろう、それを知りたい。この方々は、ここに至るまでただただ傍観していたのだろうか。それで専門家としての倫理が許しますか。

 JSCの発注サイトには見直し検討の発注が書いてないから、それをこの方々がさせられたのだろうか。もちろん、見直し検討の仕事は、今の発注の外だろうから、きちんとその報酬をおもらいになるのでしょうね。それともタダ働きですか。

 とにかく、このプロジェクトに関して一番よく知っている当事者である建築の専門家の顔が、全然見えないのは実に奇妙であるが、そのあたりは例えばJIAではどうお考えなのでしょうか。


●国際コンペを手続きルールもなくてひっくり返してよいのか

 ところで、国際コンペの後始末を、どうするのだろうか。ザハ・ハディド案を一から見直すのだから、あの案を破棄するのだろう。とすれば、当然のことに違約金とでもいうべきものを払うのだろう。それもまた、無駄な出費であることを承知でのちゃぶ台返しなんだろう。
 これまでJSC発注の基本設計費や実施設計費も、いまとなれば無駄な出費であるが、それを担当した専門家たちの責任はどうなるのだろうか。ちゃぶ台返しの直接的原因となった、予定工事費額を大幅に超過した責任はないのか。

 こうやって国際コンペで一等になったのに、着工のどたん場に来て、総理大臣のひとことでひっくり返ったことになる。これを国際社会はどう見るだろうか。
 建築家や市民の反対の声は多かったが、レファレンダムのような手続きは何も経ていないまま、首相の言葉による当選案廃棄だから、人気策ポピュリズムちゃぶ台返しである。

 総理大臣はちゃぶ台返しの前に、国際コンペ委員長だった安藤忠雄や一等のザハ・ハディドに交渉したのだろうか。どうも何も話はしなかったような気がするが、日本の政治家が考える建築家の地位はその程度のものだろう。

 今後、日本で建築設計の国際コンペがあっても、うっかり応募できないぞ、一等をとっても、レファレンダムもなくて政治的ちゃぶ台返しに遭うのだからと、世界中の建築家が思っているだろう。日本の建築界の信用が問われる。
 このあたりを、JIAとか建築学会とかは、なにもアピールすることはないのだろうか。

●ちゃぶ台返しで進むポピュリズムニッポン

 それにしても、憲法9条ちゃぶ台返し、新国競ちゃぶ台返し、そうそう、あんなに丁寧な手続きを経て原発ゼロ方針を出したのにこれも簡単ちゃぶ台返し、次は何がちゃぶ台返しに遭うのか、楽しみだなあ、怖いなあ。

 新国立競技場については、市民や建築専門家たちの会論があったことは確かで、こうなったのは良い方向であるだろう。もっとも、結論が良くなるかどうか、かなりあやしいが。
 最初はコンペのやり方や景観的な面から異論だったのが、今は結局はカネメの問題になって、分りやすくなったが、問題はある面では矮小化した感もある。

 カネメのことを言うなら、オリンピック運動会という壮大な無駄遣いをやめるべきである。

 これで、これまで反対してきた人々が、このチャブ台返しをもって、アベさんはエライなんて思うとしたら、かなりアブナイ。
 オリンピックの国際公約なんて言葉を吐いていた人が、文科省の機関による国際コンペなる手続きで決めた国際公約を、なんの手続きも経ないでチャブ台返しするって、首相って人は、なんでも独裁的にひっくりかえせるとしたら、今のこの世は実に気持ちが悪い。
 コンペ応募要項に、「ただし総理大臣がちゃぶ台返しをした場合は、一等当選を取り消すことができる」って、かいてあったんだろうなあ。

 

参照
◆【五輪騒動】新国立競技場建設と神宮外苑再開発瓢論集
http://datey.blogspot.jp/p/866-httpdatey.html



2015/07/15

1107【新国競騒ぎ】カネメの話になってようやく庶民にもわかる論議になった新国立競技場騒ぎ

 
シンコクリツ「新国立」というと、オペラをやる新国立劇場のことなのに、近ごろは新国立競技場のことらしい(新国競でしょ)。
 で、その新国競だが、なんだかシンコクな話になりかけているらしい。

 なんでも、工事費がもとは1300億円の予定が、今ようやく工事に取り掛かろうとしたら、これが2500億円とも3000億円とも、大超過になってきたのだそうだ。
 1000兆円借金日本国の国立の施設に、そんな金を投じてよいのか、予定と実際とが違いすぎる、杜撰な計画だ、税金の無駄使いだ、というのだ。
 
 この新国立競技場が巷で評判になり出したのは、一昨年の夏、建築家の槇文彦が決め方やデザイン異を唱えたころからである。その前の2012年11月のコンペによって決まってから、もう9カ月もたっていた頃だ。だれも言わないから老大家自らの出馬である。

 はじめは建築界だけの内輪話みたいだったのが、だんだんと異論が広がっていった。
 その異論の中心は、明治神宮外苑の明治天皇の事績を顕彰する絵画館に似合わないという、分りやすいようでいて、どこか趣味的でもあり、なんとなく高踏的な感もある。
 オリピック好きの庶民には、どうでもよい論争である。

 こういう景観についての話となると、どうもそれは主観の違いでしょなんて、のれんに腕押し論に対応するには、なかなかに難しい。
 だから誰にでもわかる数値に置き換えての景観論争になる。そう、それは高さ論争である。
 この新国立競技場でも、建築物高さ20mの都市計画規制を越えて、72mにすることが異論の焦点となった。

 かつて東京丸の内や京都盆地でおきた景観論争でも、31m規制を超えることの建築物高さ論争になった。それまで都市計画に定めた高さを、今になって超えるのがけしからんということ。
 高さという数値に景観を置き換えると、誰にも分りやすいのだが、景観の本質的な問題を逸れてしまう話になっていることを忘れる。
 特に丸の内では、今の姿をみると、あの論争はいったいなんだったのか。これも、実はでだしが皇居を見下ろすのがけしからん論からはじまったのが、なんとなく今度の事件に似ている。

 さて、新国立競技場も、その都市デザインとして景観が、72mという数値に対する異論だけではひろがりを見せないでいるところに、強力な助っ人の数値が登場してきた。
 それが工事費である。1300億が3000億になった、ケシカランってのは、景観と違って庶民に分りやすい異論だ。
 いや、庶民にはそのイッセンオクエンなんて金銭には、何の実感もわきっこないのだが、予定の工事費から倍以上にもなる、しかもそれがコクリツなんだから、オレが払っている税金だってことは分る。いや、まあ、僅かな納税額だけどね。

 それでも文科省当局や五輪組森喜郎親分は、2020東京オリンピックのレガシーをつくるんだから、それくらい我慢せよ、みたいなことらしい。安倍政権は軍隊だって海外に派遣できるくらいに、なんでもできるんだから、
 でも、庶民が騒ぐと、次の選挙の票に響くかもしれない国会与党のギインさんたち、これはまずいような気がすると、言い出している気配が出てきた。 

 「オリピックのレガシーをつくる」なんて、あの「日本は神の国です」といって嗤われて、総理大臣を辞めた森親分の口から出るのが、なんだか似合わなくて、オカシイ。
 むかしむかし、1964年の東京オリピックの、いちばんのレガシー建築はなんだろうか。
 それはもう、なんといっても代々木の体育館だろう。そう、丹下健三設計になる、あのサーカステント小屋である。

 あれも工事費がむちゃくちゃにオーバー、大蔵省がNOと言って、一時頓挫、そこで丹下が政治力を発揮して、田中角栄に直談判してヨッシャヨッシャと見事に予算増額成功、ということがあったんだという話をなにかで読んだことがある。
 今度は安藤忠雄がアベかアソオに掛けあうかな?

 そう、あのころは、今にみたいに情報が流通しない時代だったから、世間もマスメディアもなんにも騒がなかった。
 今の新国立競技場なみの事件だったのだが、建築界だけがすごい設計だと騒いでいただけ。
 
 そういえば設計者も、東大の岸田・高山両親分が、これは誰に、それは彼にと、適宜に決めて配分、コンペなんて無かったなあ。
 あの代々木の体育館だが、実はあの軽業みたいな格好の屋根をもたせるには、修理維持費がものすごくかかる代物らしい。

 さて新国競では、高さが20mを越えて72mになり、工事費が1300億円を超えて3000億円、この二つ数字が出てきて、ネットメディアもある時代には、庶民にも分りやすくなった。
 その一方で、都市景観の問題はどこかに押しやられつつある。まあ、庶民には景観がどうなろうと、食うに困ることはない。

 でもなあ、ちょうどいまギリシャが借金2000億円を返せないことから今の騒ぎになっていることから考えると、1000兆円借金国日本だって、たかが遊びの施設に税金3000億円投入となると、これからは分らんぞってことが、庶民にもウスウスとは分る。
 あ、思い出した、福島のことでだれだったか、「最後はカネメでしょ」っていって、叩かれたギインさんがいたなあ。そう、庶民はしょせんカネメである。

参照
◆【五輪騒動】新国立競技場建設と神宮外苑再開発瓢論集
http://datey.blogspot.jp/p/866-httpdatey.html

2015/07/13

1106【終活遊び】書棚から記憶にない社寺建築の教科書が出てきてデジタル復刻遊びをした

 近ごろは人生の終活中である、といいつつ、身辺のあれこれもろもろを捨てているのだが、実は終活だからと自分に言い聞かせている気配も濃い。
 捨てるのにいちばん悩むのが蔵書である。これまでの人生でどれだけ本を買って来たかよく分らないが、延べ冊数にしたらずいぶんの数で、万の単位だろう。
 自宅もオフィスも本だらけだったが、どちらも何回も引っ越ししたから、その都度にたくさん捨ててきた。
 いま、手もとに残った蔵書は、床から天井までの本棚の幅にして7m足らず、いったい何冊だろうか。半分くらいは、買ったままで読んでない「未読本」である。未読本の読破も終活の重要な仕事である。

 どんな本が本棚のどのあたりにあるか、ほぼ頭の中に入っているので、物書きの時は引っ張り出す。無い本は近くの市立か県立の中央図書館に行けばほぼ間違いなくある。
 だが、ウチの本棚を漁っていると、えっ、こんな本を持ってたっけ、ということもある。
 最近も2冊を発見、発掘した。一冊は大正14年8月発行の雑誌「新建築」創刊号である。
 といっても、本物ではなくて1975年12月号「新建築」の付録の復刻版である。

 もう一冊は、「社寺建築構造」とタイトルがあるA5版、116ページの冊子である。紙が赤茶けてしまっている。母校の大学の講義用と書いてあるから、教科書らしい。
 あれ、なんだろうとパラパラとめくると、まさに神社や寺院の建築構造について、足元から屋根まで、外装から内装まで、図も豊富な教科書である。これは面白そうだ。
 でも、講義を受けた記憶がない。さっそく同期生たちにMLメールで問い合わせたが、誰も記憶がないという。わたしだけがサボったのではなかったと、ホッとした。


そこで同期仲間8名が協力して、デジタル化しつつ読み合わせすることになった。超久しぶりで建築の勉強をすれば、ボケ進行が少しでも遅くなるかもしれないという期待もある。
 スキャナーで画像を取り込み修正、文字はOCRで読みこんで校正という作業を、数ページづつメールで交換しつつ進めた。
 いまどきらしいやり方であるが、旧仮名遣いだし、印刷が悪いので、OCRの誤読が多くて骨が折れた。それでも2カ月でデジタル復刻版が完成した。

 ところが、この本には発行年も著者も書いてない。旧仮名遣いだから戦前の執筆だろう。
 そこで大学時代の恩師である平井聖先生にうかがうと、この教科書の原本は『高等建築學8 建築構造』(常磐書房 1936年刊)の中のひとつ、「社寺建築構造」(角南 隆著)であるとご教示いただいた。
 角南は戦前に東京工業大学で非常勤講師をしていたことがあり、それをそっくりそのまま冊子にして教科書にした。戦前には印刷をもって謄写に替えるとして、著書を教科書に使うことがあったとのこと。

 角南 隆(1887-1980)は、1916年東京帝国大学を卒業して明治神宮造営局、内務省神社局を経て、明治神宮、伊勢神宮をはじめとして数多くの神社建築に携わった建築家である。
 特に明治神宮には創建時から携わり、太平洋戦争の空襲で焼失して戦後再建した現在の社殿は、戦前の形をそのままコピー再現するのではなく、角南による独自の設計が多く加わっているらしい。

 季節がよくなったら、この本をもって明治神宮に行って、冊子の図と社殿とを見比べてみようかと思う。まことに意義深い紅葉狩りになるはずである。
 これをわたしが所蔵していたのは、たぶん、藤岡研究室で京都御所遺構に関する卒業研究の時に、平井先生からいただいたのであろう。
 そういうわけで、今ごろになって勉強した不肖の弟子の話で、これもわたしの本づくり趣味のひとつである。

2015/07/10

1105【病気知らずの病院通い】病院とは待つところと覚悟して準備して行ったのに15分で済むとはねえ

 めったに病院に行かないわたしが、今日も病院に行ってきた。5月以来5回目である。かなり医療保険料を取り戻したぞ。
 しかも今日は全く初めての耳鼻咽喉科医院である。このところ尻餅腰椎圧迫骨折の病院通いで、病院とは待つところと知ったので、十分に覚悟して出かけた。

 4日前から、口の中の左の喉近くに、なにかひっかかるような感じがあり、だんだんと顕著になってきた。指を突っ込んでも分らない。
 親しかった大学同期の男が10年ほど前に咽頭癌で死んだが、それに気が付いたのは喉にちょっと違和感があったのがきっかけだったと言っていた。
 わたしも、もしかしてそれかもなあと、ちょっとだけ悩んでいた。そうなったら、これまでロクな病に罹ったことがないわたしも、ようやく人並みになるなあ。

 悩んでいても喉のひっかりは治らない。近くの耳鼻咽喉科をネット検索して、一番近い駅前の診療所に行くことにした。
 今度は待たないように、朝一番に乗り込んでやろう、たとえ待たされてもよいように本を2冊抱えて、8時45分に玄関前に着いた。

 でも「診察は9時からです」と書いた札のかかる扉が開かない。しょうがないから、用意の本を読みながら玄関扉の前に立って待った。レストランとか公衆便所とかで待つという行為を大嫌いなのだが、こればかりは仕方ない。
 でも、わたしがこのところ通う整形外科の病院は、9時前から押すな押すなの行列だよ。へんだな。
 わたしの外に待つ人がいないのは、もしかして、ここは予約だけしか診ないのかもなあ、心配になる。

 ようやく9時、開いたので入ると、もちろん、わたし一人だけ。すぐに診察である。おいおい、待つんじゃないのかい、病院のくせにちょっと早すぎるよなあ。
 口を開けさせて覗き込んでいた医師が、「吸引します、アーンしてアーって声を出し続けて」と指示、棒みたいなのを口に突っ込んで、なにやらつまみ出して、「これです」と言う。

 なにか食ったものの一部がノドチンコあたりにひっかかっていたのであり、「よくあることです」とのこと。咽頭癌どころか、人並み以下の病とも言えない出来事だった。
 口内炎症防止の薬の吸い込みをやって終り。この間、15分ほどだった。拍子抜けしたが、もちろん、よかった。

 わたしのあとから来た患者は、たったひとりだけ。整形外科の繁盛ぶりと大違いである。
 う~む、診療科目によって、医師は儲かり方が大いに違うんだろうなあ。長々と待たせる医師もいれば、全然待たせない医師もいるんだ。
 整形外科医の繁盛ぶりは、なんだか異常であると思った。

2015/07/05

1104オウンゴールが女タマケリ大会・国会・ギリシャとかで流行っているらしい

●女タマケリ大会でオウンゴールで勝ったとさ

 見るだけスポーツは嫌いだから、野球もサッカーも知らない。新聞もそのページをすっ飛ばす。毎朝、スポーツ欄という紙くずを買っている。もったいないことだ。
 TVは一切見ないから、なにも言うことはない。ネットでは見に行かないからこれも問題ない。

 だが、近ごろは新聞1面や社会面に、女タマケリ世界運動会の記事が載るから、チラと見る。なんでも日本の女タマケリチームが、試合相手のオウンゴールで勝ったとある。
 オウンゴールってなんだ?、あ、日本チームが蹴りこむべきゴールに、相手チームのプレーヤーが間違って蹴りこんで、これが日本チームの点になったんだそうだ。しかも終了間際で、日本の勝ち越し点になったとか。
新聞の第1面からして紙くず記事で閉口する

●そういう卑怯な勝ち方はどんなもんでしょ

 ふ~ん、世界レベルのチームにも、ボケの来てるヤツがいるんだなあ。
 でもなあ、そういうので勝っても、気持ちよくないでしょ、敵のボケにつけ込むなんて。
 どうです、その得点をお返しするほうが、よろしいような気がしますが、いかがなものでしょう。そうしたらフェアプレーって、褒められるよ。
 ほら、むかしむかしウインブルドンで、日本のテニスプレーヤー清水善造が、試合の相手アメリカ人が転んだので、ゆっくりやさしい球を返した、これぞスポーツマンの鑑だって、美談があったでしょ?、え、しらない?、教科書に載ってたよ。

 いや、まてよ、もしかしたらオウンゴールって八百長かもよ、ほら、わざと自分ちのゴールに蹴りこむ、サッカー博打かなんかでジャパンを勝たせるためにってさ、そういうの調べないのかしら。
 まあ、なんでもいいけど、大会を早く終えてくれないと、紙くず新聞ばかりやってきて、困るんだよ。そのうちに高校野球の紙屑が来るんだよなあ、マッタクモ~。
 
●自民党もオウンゴールがお好きなようで

 オウンゴール事件で思い出したのは、先日来の自民党のウロウロである。
 安保国会でゴチャゴチャしたくない安倍親分の気も知らないで、憲法審査会にはよんだ参考人が違憲を唱えるし、文化芸術懇談会での3議員の発言は沖縄やメディアを怒らせるし、これ等は見事なるオウンゴールだよなあ。

 サッカーならあわせて4点の自殺点(自爆点か)だから、野党はこれでもう完全に勝ち戦でしょ。それがなんで攻めきれないんだろ、要するに弱すぎるんだな。
 あ、いや、自民党が強すぎるんだな、それをそうさせたのは、この前の選挙民の方々であるのだけど、それでいいのかい?、わたしの入れた票は完全にハズレだったけどね。

 あ、もしかして八百長かもなあ。
 ほら、憲法審査会でボケッとしてたらオウンゴール食らったドジで、安保審議で面倒なことになったから、このへんで別のオウンゴールやって、沖縄にメディアの眼をそらせてやろうって、そういう八百長作戦だったんだな、そうに違いない。
 だから、謝罪嫌いのアベさんが謝ったふりしたんだな。

 こんどは多分、沖縄より遠い朝鮮半島あたりへ目をそらせようって作戦のオウンゴールを仕掛け中らしい。
 ほら、拉致被害者調査がうまくいかない問題で、半島に北部方面に眼をそらせてるでしょ。
 そしてまた、世界遺産登録問題で、半島南へ眼を逸らせている。1910年で止まるなんて歴史観しかない遺産登録の趣旨説明なんて、隣りから文句言われるって分ってたんでしょ、だから八百長オウンゴールなんだよ。
 もしも八百長じゃなくて、何も考えていなかったのなら、これって、かなりドジなオウンゴールだと思うよ。

●ギリシャの国民投票はオウンゴールになるのか

 ところで、今日はギリシャの国民投票である。EU案に賛成か反対か、これって超難問なんだろうなあ。
 緊縮による今日明日の生活不安への対応か、東面の緊縮でも未来の生活安定への対応か、どちらを選ぶのか、その国民の賢明さを問われるようで、こわいよなあ。
 どっちに蹴りこんだらオウンゴールになるのか、多分ギリシャの人々は悩んでいるんだろうなあ。
 どちらにきまっても、それが得点か自爆点か分るまでには、ずいぶん時間がかかるだろうしなあ。
 日本でもしこれをやるとしたら、どうするだろうか。
 

2015/07/02

1103・慶應義塾大学日吉キャンパスには旧日本海軍の戦争遺跡が地上に生き地下に眠っている

 
横浜市の北の端に慶應義塾大学の日吉キャンパスがある。
 今朝の朝日新聞東京版の神奈川ページに「戦争末期 作戦立案の地 慶応大日吉キャンパス 旧海軍司令部地下壕」との見出しがある。
 記事内容は、慶應大のキャンパルには大きな長い地下壕があり、ここに1944年に入った日本海軍の司令部が、遠く海上の艦船に作戦指令を出したにも拘らず、ついに敗戦を迎えた戦争遺跡の紹介である。

 戦後70年の企画記事だが、今ではこの地下壕は有名な戦争遺跡であり、慶応大学が保存に力を入れているから、わたしとしては事新しい内容は無い。
 ただし、わたしとしては、どうもこの記事は食い足りない。連合艦隊司令部が地下にあったとだけしか読めないのだが、実は、戦争末期には、日吉キャンパス全体に日本海軍の軍令部、連合艦隊司令部などの枢要な機能が入っって、一大軍事基地となっていたのだ。
 日吉キャンパスばかりか、周辺の丘陵の地下にもトンネルを掘って、日吉地区は海軍の陸の要塞化していたのだ。1945年に横浜都心部はアメリカ軍の空襲を受けた。郊外部では日吉だけが空襲を受けたのは、この海軍基地があったせいだろうと言われている。

 海軍施設は地下にあっただけではなく、地上の大学の施設の大部分を接収して使っていた。リベラリストの小泉信三塾長も、戦争協力はやむを得なかった。
 その大学の建築の中には、いくつかの近代建築として有名なものもあった。中でも建築家・谷口吉郎の設計になる1937年に建った「慶応義塾日吉寄宿舎」は、彼の若い時のモダニズムデザインの典型である。
 この寄宿舎が、連合艦隊司令部の本拠となったのであった。司令部の幹部たちはこの寄宿舎で起居して、地下壕に降りて行ったのだった。


 新聞が地下壕を戦争遺跡として取り上げるのは、もちろんよろしいのであるが、この有名建築家による日本近代建築史における記念的な建築が、設計者の意図とは異なる数奇な運命を経て、戦争遺跡となったことの物語もほしいものだ。
 とくに地下壕は一般には見えないのだが、寄宿舎の建物は今も地上の丘の上に健在で、その端正な姿を誰もが見ることができる。
 これが戦争遺跡であったとは、知る人は少ないのかもしれない。そして今、この名建築が多様な意味を持つ日本の記念的な建築であることを忘れてはならない。日本の一般ジャーナリズムは、建築についてはどうも弱いし、建築ジャーナリズムは、建築周辺のことに弱い(東京駅赤レンガ駅舎に見るように)。
 慶應大学日吉キャンパスには、地上に学生寮として生き、地下には壕として眠る戦争遺跡が、数奇な運命をたどって今も存在しているのだ。





わたしが今日この記事をここに書いたのは、このことについて下記に詳しく書いていることを思い出したからだ。
参照:「太平洋戦争に翻弄された戦前モダン建築」(伊達美徳)
第1章<戦前>慶応モダンボーイの新キャンパス
https://sites.google.com/site/dandysworldg/hiyosi
第2章<戦中>海軍中枢の秘密基地となった日吉キャンパス
https://sites.google.com/site/dandysworldg/hiyosi/hiyosi2
第3章<戦後そして今>戦争の傷を癒しきれない日吉寄宿舎
https://sites.google.com/site/dandysworldg/hiyosi/hiyosi3


2015/06/29

1102ドジな議員さん、ドジな選挙民、そしてドジなわたし自身

 アンポハンタイ、アベヲタオセ、なんて、デジャビュな世の中になったものである。
 懐かしいなあ、アンポ~ハンタイ、キシヲ~タオセ

 でもって、政治の世界では、なんだかドジなお方たちばかりがいるようだ。
 憲法審査会(何を審査するのかしら?)では、学者に意見を聞こうとて、自民党の推薦で招致した学者が、現在の安保法案は違憲だって、真正面から言われてしまった。
 ありゃ、これじゃあ、アンポハンタイ派に勢いを付けさせただけだったなあ、、作戦大失敗と正直に告白する責任者の議員さんがいて、そのドジさ加減がホントにオカシイ。

 そしてまた、今度は失敗しないぞと、右より発言で有名な小説家を招いて、なにやら文化芸術とかに関する勉強会をしたら、こんどは大成功。
 でも、大成功過ぎて、あまりに右より発言された上に、出席者もそれに尻馬に乗ってしまって、なにやら妙なことになっている。沖縄のひとたちを益々怒らせてしまった。
 またまた、そのドジさ加減がオカシイ。
 なんであの辺り議員さんたちは、あんなにもドジなんだろうか?

 でもなあ、いちばんドジな人々は、そんなドジな議員に票を入れて、国会に送り込んだ選挙民たちである。
 この前もその前も、翼賛選挙してなあ、、マッタク、、株価さえ値上がりすれば、ほかのことはどうでもいい選挙民ばかりなんだな、。
 株って、蕪しか知らないわたしには理解不能。
  あ、今日、ギリシャショックで株価の超値下がりだよ、ウヒヒ、ざま~ミロ~、、。
 
 いや、まてよ、そうじゃないか、そういうことを2回の選挙で続けて選択したのが、この日本列島に住む人々なんだから、ドジなんかなじゃない、賢明な人たちなんだな、だから選ばれた方たちも賢明なんだ、うん、そうに違いない。

 そうか、わかったよ、最もドジなのは、そういう世に生きる、このわたし自身のことなんだなあ、う~む、まあ、あとは勝手にやってくれ、。

2015/06/22

1101【尻餅老人起臥戯録8】発症から50日目で大進化したと思ったらX線写真で実は退化とは、、

 この春に、大学時代の同期生10人ばかりと、一泊旅行に行った。驚いたのは、食事の時に薬を飲む奴が大勢いることだ。しかも何種類も飲んでいる。
 それなのに、わたしには飲むなにも薬がない。わたしだけが旅行にお菓子を忘れたみたいで、うらやましかった。
 それにしても毎食事に何種類も飲むって、どれ飲んだかわからなくるだろうし、飲んだかどうかも忘れるよなあ、いや、1日に3回もそれを考えつつやっていると、ボケの進行が遅くなるかもしれないなあ。

 本日2015年6月22日、第4腰椎圧迫骨折で50日目、第4回目の診察であった。そして、わたしもついに3種類もの薬を持つ身になったのである。ボケ防止薬飲み仲間に入れてもらった。
3種類の薬を、それぞれ週1回、朝1回、3食ごとの3種類の飲み方、
飲み方を間違えないように考えるだけでボケ防止になるな
 最初の瀕死芋虫状態から格段の進化をした状態を診てもらった。ところが、X線による冷徹なる事実は、進化どころか退化になっており、こりゃいかんと薬が出てきたのだ。
5月6日に撮った第4腰椎のX線写真の圧迫状態が、元のように回復しているのかと見たら、その逆で今日見ると前よりも潰れているのだ、え、なんだよ~、。

 これはわたしの生活態度が良くないからかと、医師に聞いたら、そうではないらしい。血液検査をして判断するとて、その検査をしたが結果は全く異状なしだった。
 結局医師が言うには、骨密度検査で骨粗鬆症の気配がなかったので、投薬しないできたが、X線写真を診ると骨の回復の薬を飲んだ方がよい、という。
 ふ~ん、早く言えば、診たてを間違ったんだね、とは言わなかったが、しょうがない、わたしもこれで遂に薬を飲む身になった。
 ま、これまでは検査だけだったのが、発症50日にしてようやく治療が始まったということだ。

 ズボンをはくときに、左脚が上がりにくいのは何故かときいたら、ベッドに仰臥せよとて、延ばした脚を医師が手で軽く押さえたまま、上にあげろと言う。
 押さえる力に抵抗して、右足をあげることはできたが、左脚は全然上がらない。押さえる手を外すと上がる。う~む、なさけなや。
 なぜかと聞くと、しばらく寝ている時間が長いので筋肉が弱ったのだろうという。腰のあたりの神経は膝に通じているそうだ。でも、それがどうして左脚だけなのか。当初から左脚が右脚よりも異常だと言っているのになあ。
 これについては、うっかり追及しないままになった。

 それまでは便秘なんてなったことがないのに、この怪我になった日から便秘になったのは、この怪我が原因で排便排尿するための神経系統に異常が起きたのか、と聞くと、そうではないだろうという。便秘薬を出すことになった。
 ということで骨を丈夫にする薬2種と便秘を治す薬とで、今日から3種の薬を飲む身になったのだ。
 これで一人前の老人になった気分である。
 
 今日も、待った待った、8時半に受け付けにはいってから、検査2回、診察2回、支払い終って出たのが13時だった。そのあと病院の前の薬局でまた30分も待たされた。
 まあ、病院通い4回目ともなると、待つ覚悟ができているのだが、なにしろ腰掛けて待つ姿勢ががつらいのだから、困ってしまう。つっ立ったまま待つ方が楽なのだ。
 待ち合いの長椅子に寝転んで本を読んでいると、眠ってしまいそうになるから、ときどき立ち上がってしばらく休み(?)、また寝転ぶ。

 薬局で薬剤師が、医者がどんな病状と言ったのか教えろと、聞いてきた。
 え、なんだよお、こんなに周りに人がいるところでかい、身体の故障なんて一番のプライバシーだぞ。
 こっちは病院でも薬局でも長く長く待ち草臥れている上に、朝から何も食っていないので超不機嫌だ。
 そんなことは医者に聞け、素人のおれに聞いても間違ったこと言うぞと、そっぽ向いた。
 医薬分業なら、医者と薬屋との連携をきちんとするのは、そっちの責任でしょ。医者の出した処方箋について、素人の患者に聞くなんて、チャンチャラおかしい。ここでも診察するなら個室を設けろよ。

・尻餅搗いて突発寝たきり老人になったが、、、2015/05/05~


2015/06/17

1100【横浜都計審】今度の都計審には市街地再開発事業という難しい議題があるが審議会委員さんたちに審議する能力があるだろうか

 もうすぐ横浜市の都市計画審議会がある。毎度のように傍聴に行って、イチャモンをここに書いている。 
 だが、今度の6月22日には行けない。ただいま負傷中にて、行くことはできても椅子に長時間座っていることが無理なのだ。
 だから、ここに事前イチャモンを書いておいて、もしかしたら都計審委員の方が事前に読んでくださったうえで出席なさると、審議の参考になるだろうと期待している。

 今度の横浜都計審の議題は11件もある。1番から6番まではそれぞれ市内各地の特別緑地保全地区の決定や変更である。議題の内容は似ているが、場所はあちこちなので、それぞれの違いがあるはずだ。
 わたしがかつて都計審員をしていた時は、審議会の事前にそのあちこちを回ってみたから、けっこう忙しかった。わたしの外の委員は現地を見ていないようであった。
 委員を辞めてから毎度傍聴に行っているが、そこでの委員の発言を聞いても、だれも現地を見ていないようである。
 委員の方々は、ぜひとも事前に現地をご覧になるべきである。

 議題の7番から11番までは、じつは相鉄線の瀬谷駅の南側の同じ場所である。
 この一つの地区で5件もの都市計画を、同時に決定するのだが、目的は「瀬谷駅南口第1地区第一種市街地再開発事業」という都市計画事業を行うのが目的であり、その他4件はそれに付随する都市計画である。

 さて、まことに失礼な言い方だが、横浜市の都市計画審議会の委員に、市街地再開発事業について審議する能力があるのだろうか
 市街地再開発事業の都市計画は、都計審議題になることは少ないが、かかった時は審議会の無能が露呈される。
 市街地再開発事業の都市計画については、事業の仕組みを知らない者には、その議案書をみても、なにを審議すればよいのか、ここでの課題はなになのか、実はチンプンカンプンのはずだ。いや、チンプンカンプンであることさえもわからないだろう。
 そして現に委員のほとんどが素人なのだ。更に悪いことに事前に勉強さえしてこない。

 それは過去の都計審が証明している。
 去年1月の横浜都計審の議題になった「大船駅北再開発事業」について、ほとんど審議しないで原案通りに通したので、傍聴したわたしは唖然としたのであった。そのことはこちらにルル書いたのである。
 大船駅前再開発議案をまじめに審議していないぞ
http://datey.blogspot.jp/2014/01/890890.html
 またその前には二俣川駅南地区の再開発事業が議題となったことがあった。傍聴したが、まるで審議になっていなかった。
 大丈夫か横浜都計審:二俣川駅南再開発
https://sites.google.com/site/matimorig2x/110831yokohama-tokeisin
 ほかにも日ノ出町駅前市街地再開発事業の時も、ほとんど審議になっていなかった。
 
 上の二つの記事で、都市計画事業に対して都市計画審議会は、なにをどう審議するべきかを詳しく書いたので、横浜都市計画審議会の委員様方はぜひとも、今度の審議会までには、しっかりお読みいただきたいものである。
 そして重要なことは、審議会の前に必ず現地を訪問すること、そして事前配布資料を当日の席上で読むのじゃなくて、事前に勉強してから審議会に出席すること。なんだか小学生に説教しているみたい。

  そして、議題の範囲だけじゃなくて、長い歴史を持っている瀬谷駅周辺地域まちづくりにも、きちんと目を配って審議をなさってください。
 時間が足りない程の意見が出ればよいのだが、意見が無いので審議をはしょるなんてそんな恥ずかしいことをしないでください。
 そしてまた、つまらぬ質問しかしない都市計画質議会じゃなくて、委員としての意見を述べあい討論して、真面目に審議をしてくださいませ。

 わたしはこれらの再開発事業、あるいは今回の瀬谷駅南の再開発事業に、反対とか賛成とかの立場ではなくて、都市計画事業の都市計画決定にかんしては、他の都市計画決定とはかなり異なる諸課題があるのだから、、もっと真摯に審議せよと言うのである。なにしろ都市計画審議会なのだから。

 この都市計画決定によって、このあと事業認可から権利変換というドラスティックな現地を動かす事業なのに、余りに素人談義で済ます、いやそれさえもなくて、分らないままに原案賛成だけに手を挙げるのは、まちづくりに努力する地域のひとたちに失礼だし、なによりも都市計画の基本に悖ると思うのである。

 しっかりせよ、横浜都計審!!!6月22日の審議に期待しておるぞよ!

参照
●横浜ご近所探検隊が行く
http://datey.blogspot.com/p/blog-page_19.html
●都市計画審議会を改革せよ
https://sites.google.com/site/machimorig0/#tokeisin
●あなたの街の都市計画はこんな会議で決めている
https://sites.google.com/site/matimorig2x/essay-cityplanning

2015/06/11

1099【中越山村の四季】中越震災から10年の法末集落、この山村はこれから先の10年どうなるか

 この美味い米の飯を毎日食うようになってから、はや10年経ったのか。あの豪雪の山里の棚田にできるコシヒカリを、毎月送ってもらうようになったのは、2005年のことだった。
 新潟ブランド米の「魚沼産コシヒカリ」が旧魚沼郡地域産の米に名づけられるのだが、わたしのコシヒカリはその地域にすぐ隣接する山里で採れるのだ。名乗ることはできないが、事実上は魚沼産と変らない。
 
 10年前にその米に出会ったのは、その前の年の2004年10月に中越大震災があって、わたしが所属していたNPOが復興支援で、その被災山里に入り込んだことからである。復興支援のひとつと思って、集落の営農組合から買い求めて10年となった。
 じつは、この米の飯に慣れてしまったわたしの舌は、外食で美味い飯を食うことをあきらめさせた。入院した病院の飯が不味くて、パンに代えてもらったこともある。

 中越震災復興というと山古志村ばかりが有名だが、あのあたりの山里はどこも山古志のような状態だった。
 わたしたちのNPOが入り込んだのは、そのような被災地山里のひとつである長岡市小国町法末集落である。
 平地はほとんどない傾斜地ばかりの集落、森林と棚田と伝統茅葺民家群が織りなす風景は、日本の山里の原型を想わせる。

 地震で山林は崩れ、田畑は割れ、家屋は傾き、道路は壊れた。中越大地震のときの集落民119人・53戸の全世帯が麓の町に避難した。避難勧告解除は翌年の夏だった。
 法末集落の住民たちは、行政支援を待たずに震災直後に自力復旧にとりかかった。集落が生きる基盤の棚田の修復が最も急務で、来年に米の作付けできるかどうか大きな心配だった。
 年によっては4mも積もる豪雪がやってくる前に、土に埋もれ崩れた棚田や農道を修復したい。他の被災地域のほとんどの農地が、行政による復旧を待って1年の休耕をしたのに、この集落では次の年には3分の2の棚田が作付けをしたのは、自力復旧の故である。
 米つくり農業こそがこの集落民の生きがいなのである。そうやって、自力で家も神社も修復しつつ、集落に戻ってきた。


 あれから10年、集落ではその間にはいろいろなことがあった。今では震災時の6割の70人の住民がいる。高齢化率は73%である。
 あの大戦の終った頃には、今の10倍の700人も住んでいたとは、ちょっと信じられない。

 この10年、集落人口も世帯も減ったが、新たに4世帯が入ってきた。この村は内山さんと大橋さんばかりだが、そこに新たな姓が増えた。
 そのうちの1世帯は、わたしたちの仲間であり、とうとう棲みついて集落住民となり、米つくりに精を出し、山村活性化への策を起しつつある。

 わたしたちのNPOの支援活動も一段落して、時々遊びに行く程度になった。わたしたちも10年の歳を重ねて、高齢化したのである。
 
 この春、『和 震災復興 法末の10年』という冊子が、法末集落から発行された。この10年間の集落と住民たちのさまざまな物語が載っている。
 下記にその抜粋を紹介した。
  震災復興 法末の10年』
https://sites.google.com/site/hossuey/housue10
 さて、これからの10年、人口減少と超高齢化時代の日本のなかで、この集落はどのような道を歩むのだろうか。

●参照
中越震災から10年・復興の山村はこれから
https://sites.google.com/site/matimorig2x/hossey10

・法末集落へようこそ
https://sites.google.com/site/hossuey/
・中越山村の暮らし
https://sites.google.com/site/machimorig0/datemegane-index#chuetu
・山村の四季を愉しむ
http://datey.blogspot.jp/2013/05/775.html

2015/06/07

1098【15年安保騒動か】日米安保ガイドラインの自衛隊後方支援は英文ではlogosticsつまり兵站だから戦争そのものだよ

●60年安保騒動を思いだす

 なんだか国会議事堂あたりが、騒がしいようだ。今、6月、そうだ、1960年のこの頃、アンポ~ハンタイ、キシヲ~タオセ~、騒がしかったなあ、その中にわたしもいたもんだった。
 そして6月15日、デモ隊の中にいた学生が死んだ。樺美智子といった。
 今日の新聞に、6月14日、国会議事堂前の集まれとの、全面広告が出ているのを見て、ああ、そうだったと思い出して、心の底で波が立っている。

 ノンポリだったわたしさえもそこにいて、おかげで人生のコースが逸れたのだ。内定していた就職先からデモ参加を理由に断られて、別に変更した。もちろん人生はどちらが良かったのか、知る由もないが、わたしの人生の何かが、あの60年安保騒動で変ったことは確かだ。
 あれは60年安保騒動といったけど、55年後の今は15年安保騒動というのかしら。

●日米新安保ガイドラインのlogistic supportとは?

 国会の騒ぎの争点は、戦争に参加することができるように、憲法解釈を変えて、安保関連法も改定するのだそうだ。
 そうか、またアンポ~ハンタイだな。1960年は「キシヲ~タオセ~」だったが、今度はその孫の「アベヲ~タオセ~」なんだろうなあ。
 
 ところで、今話題となっている戦争について自衛隊が後方支援するって、なんのことだろうか。後方支援だから戦争参加ではない、なんて話が出ているらしい。
 昔々「銃後の守り」って言ったよなあ、あれかなあ。兵器生産のために金属供出とか、弾に当らないようにって千人針を縫うとか、竹槍で敵をやっつける訓練するとか、そういうのを後方支援というのか。
 いや、今どきまさかなあ。

 で、分らないから、英語の方に当ってみた。そのあたりの日本のやるべきことは、こうらしい。
「intelligence, surveillance, and reconnaissance (ISR), air and missile defense, maritime security, asset protection, training and exercises, logistic support, and use of facilities」
 この中で、どこにも「rear area support」と書いてないのだが、後方支援ってどれなんだろうか。
 intelligence, surveillance, and reconnaissanceなんて、スパイをやれってのかしら。
 training and exercisesって、竹槍訓練をやれってのかしら。

 logistic supportって、兵站のことだよな。
 つまり戦争をするための兵器や食料などを調達して補給し、輸送し、整備し、回収したり、関連施設を建設したりする仕事である。
 どうやら、これが後方支援らしい。企業活動なら物流機能である。
 あのなあ、兵站は戦争やるのに一番の基礎的な事だよ、この兵站がないと負けるんだよ、これが後方支援かなあ。なんだか誤訳のような気がするなあ。

●日本軍はlogistic兵站軽視で戦争に負けた
 
 日本軍は伝統的に兵站を軽視したのも、先般の戦争に負けた大きな原因だという説がある。日本軍は兵站軽視、つまり行った先の現地調達主義だった。
 だから中国戦線の日本軍は、民家に押し入って食料を調達したのだ。

 その証拠は、わたしの父の手記がある。1933年、満州事変で中国戦線に行った初年兵の父は、民家に押し入って芋を強奪する。「種イモだけは残してくれと哀願するニーコー(蔑称)が哀れだった」と写真つきで書いている。
 参照⇒「父の十五年戦争:第2章 満州事変(1)1933年」
https://sites.google.com/site/matimorig2x/15senso/part2
 後のビルマ戦線では日本軍もちょっとは反省したらしく、軍票で支払ったそうだ。これについては、インパール作戦生き残りの長老から話を聞いたことがある。そのインパール作戦こそが、悪名高い兵站無視の悲惨な負け戦だった。
 参照⇒大橋正平戦場物語
https://sites.google.com/site/hossuey/home/ohashi-syohei

 日本と戦っている中国の国民政府軍は、アメリカからの支援を、南方の兵站ルートで受けていた。蒋介石を支援するので援蒋ルートといった。
 だから日本軍はその援蒋ルートをたたくために、中国南部へと兵を進め、陸揚げ港をたたくためにフランス領インドシナへ、英領ビルマへと戦線を広げたのだった。
 
 兵站なら戦争に参加していない、後方支援だというのは、いかさまもよいところだ。
 つまり、いまだに日本軍は、兵站軽視の伝統を持っているのですな。
 兵站だから敵からも恨まれないと暢気に構えていたら、昔の日本軍が援蒋ルートでやったように、敵は日本を直接たたきに来るんだろうなあ。
 歴史を知らないことは、怖さを知らないことなんだなあ。

 あ、待てよ、だから迎え撃つ頃ができるように軍備を整える必要がある、だから憲法9条を改定する必要がある、だから今の騒動はその下準備中なんだよって、そう来るかもなあ。
 どうも、デキチャッタ婚みたいに、既成事実をつみ重ねて、周りからしょうがないから結婚せよと言われるように、軍備ガッチリに持ち込む作戦らしいな。

2015/06/05

1097【戦争できる日本へ】選挙権18歳に引き下げはアジア・太平洋戦争末期の徴兵17歳に引き下げを連想させる

 いま国会では、いみじくも「戦争法案」と野党が名付けた、安保関連法案の審議が続く。
 つまり、この法案が国会で承認されたら、色々条件は付くにしても、日本もついに戦争をすることができるようになるらしい。
 でもなあ、戦争の修羅場になってしまうと、条件もくそもないのが、戦争というもである。

 戦争をするとなったら、戦場に行く人間が必要だ。現行の自衛隊員だけでは足りなくなるだろう。そしてまた、戦争をやるのは若者でなくては無理である。
 ところが日本は超高齢社会になってしまって若い者が少ないから、戦争になったら困ることになる。
1944年も2011年も日本では戦場に行ける若者が少ない

 そこで、戦争法案が通って、いざ戦争となって、兵員が足りないから徴兵しようとなったら、堂々と18歳から徴兵適用できるようにしておきたい。それが、18歳選挙権である。
 この18歳選挙権法案を提案なさっている国会議員のお方たちは、こう深謀遠慮しておいでに違いない。そして戦争を知らない世代に選挙権を広げて、憲法改定を容易にする作戦も、、。
 なお、選挙権と徴兵の年齢の連動は、どこの国でも常識である。

 実は第2次大戦中に、日本はそうやって徴兵年齢を引き下げたことがあった。
 アジア・太平洋戦争の戦場で、日本軍の兵員をどんどん消耗してまい、志願兵がいても足りなくなってきた。
 1943年に20歳からだった徴兵年齢を19歳に引き下げ1944年には17歳に引き下げたのだった。更に志願兵は17歳未満でも可とした。ネコソギ徴兵といった。

 そんな日本の歴史を連想させるこの頃の世の中である。
 年寄りばかりの今の日本で、20歳徴兵では戦争に勝てないのである。

 これが、徘徊老人の杞憂であることを期待するばかりである。
 まあ、若いもんは頑張ってくれたまえ、こちとら早くあの世に逃げよう~っと、、。

2015/06/03

1096【尻餅散人起臥戯録7】瀕死の芋虫から直立猿人へと自分の身体が進化していく過程を観察するのは面白い

●全治3カ月のやっと3分の1でずいぶん進化した

 ちょうど1か月前のこと、自転車から降りようとして、尻餅を搗いたら動けなくなった。医者の診断は、第4腰椎圧迫骨折、養生していれば3カ月で治癒するとのこと。
 ちょっと動いても背骨に激痛がドキューンと走るので、瀕死の芋虫の如くの寝たきり老人だったのが、今では立って歩くのはほぼ普通になった。

 だが、背や腰に違和感がまだまだあって、動作がぎこちないから直立猿人か。
 完全復元するはずの全治3カ月のうち、まだ3分の1しかきていないのだから、しょうがない。
 余り早く治ってしまっては、あの孫娘のように可愛い医師に申し訳ないから、徐々に治していくのだ。と言っても、なんの治療も薬もないのだから、ただノンベンダラリと日を送るしかないのだが。

 瀕死の芋虫から、寝たきり老人、そして今の直立猿人にまで、日々進化してきたこの1ヶ月であった。
 自分自身の進化を観測するのは、けっこうおもしろい。今日できなかったことが、3日後には何とかできるようになって喜ぶ。
 そのうちに自分が何ができなかったのか忘れるだろう。あかんぼの頃に、這い、立ち、歩くと進んだのも、こうだったろうと思うが、もちろん忘れている。

●寝たきり治療でボケたり歩行不能になったりするとか

 インタネットで腰椎圧迫骨折を検索すると、こんなことが書いてある。
 「高齢者に多く、長期間ベッド上安静により、認知症の症状が進行したり、足腰が弱ってしまい、痛みが取れても寝たきりのままになってしまうことも少なくありません」
 う~む、わたしは高齢者には違いない。自分ではわからないが、認知不全にはなっていないような気がする。

 それなりに安静にしているつもりだが、痛くない姿勢を積極的にとるようにしている。
 その典型が直立歩行であり、2週間ほどで立つことが可能になってから、ベッドで安静にしてはいない。
 ときどきスクワットはいかないにしても、膝の屈指運動もやっている。
 今、PCのキイボードを打っているが、椅子に座らず立ったまま、足踏みしながらやっている。多分、歩行のリハビリになるはずだ。

●人間がウンコしなくなると良いことだらけ

 ただ今の問題は、背や腰が姿勢によってまだ痛むのもあるが、実は、汚い話だが、ウンコが出ないのに困っている。いや、出ないのだからきれいな話か。
 もともと便秘の習慣はなかったから、あきらかに今回の事故に伴って起きている。
 初めの頃、便器に座る姿勢がつらくてつらくて、油汗を流して座っていたから、それで身体が便をすることを忌避することを覚えたのかもしれない。

 まあ、大便が出なくてもいいのなら、それはまことに結構なことである。健康であっても、毎日の面倒なあの義務がなくなれば、どんなにかせいせいすることか。 
 もしも人間がクソしなくてもよくなったら、この世界はどう変わるだろうか。昔々なら、作物の肥料として大便が必需品だったから、そうなると困っただろうけど、今はそんなことはない。

 小便だけになると便所も小さくてよいし、下水道施設もずいぶん簡単になるだろうなあ。便を経由する伝染病も無くなるだろう。
 大便がなくなっても、世の中で困ることは、なにもないばかりか、むしろ良くなるような気がする。
 そうだ、身体が摂取した食物を全部を消化して血肉エネルギーにすれば、食べる量も少なくて済むから、食糧問題が解決するぞ。
 いいなあ。そういう研究を誰かやってるかしら、イグノーベル賞になるような。

 3日もウンコしなくて、そんなことを考えていたら、腹が猛烈に痛くなってきた。駄目かあ。
 やっぱりウンコってものは、しなければならないものらしい。
 便秘薬を飲んで凌いでいるが、これからずっとそうなるのだろうか。
 もしかして、排便系統の神経に支障が起きたのだろうか。治るのだろうか。
 この際、ウンコしなくてもよい身体に改造するか。つづく

参照

・尻餅搗いて突発寝たきり老人になったが、、、2015/05/05~


2015/05/31

1095【小笠原地震】大揺れ天災人災列島だけどすこしでも安心して暮らす場所を探してもう逃げだそうと思う

●天も地も右も左も上も下も大揺れの日々

 久しぶりに大揺れだったなあ、小笠原のあたりが震源だとか。
 うちの7階空中陋閣借家は、ユッサユッサ、歩くとフラフラしたのは、ただいま第4腰椎圧迫骨折の身の身障者体験中のせいもあるが、歩行する足を上げておろそうとすると、そこの床が逃げるのであった。ユラユラ歩く。
ひび割れガラス板に乗る日本列島

 やや、なにやら家の中でザ~ザ~水が流れる音がする。7階まで津波がやってきたか。
 なんとまあ、風呂の湯が大波となって蓋を押し上げ、津波となって洗い場をバチャンバチャンと襲っているのである。
 この風呂の湯の流失による損失が、今回の唯一の震災被害であった。

 このあたりは幕末の開港の街として、入り江を埋め立てつくったから、地盤が悪い。
 こういう類の地震があると、なにやら長周期地震動とか言って、高層ビルはユルユルと大きく揺れるのだそうだ。それが嵩じるとポキンと折れたり、バタンと倒れるのだろう。
 倒れなくても歪んだら、鉄ドアが開かなくなって幽閉さてしまう。あわてて玄関を開けたのであった。

 一昨日は奄美群島の口永良部島で火山の噴火、近くの箱根山が噴火するらしいなんて言ってたら、遠くでこの噴火、それに桜島も噴火だそうだ。
 そういえば御嶽山の噴火があったなあ、こうなれば近くの富士山も負けていられないって、噴火したくてウズウズしているんだろうなあ。
 火山ばかりにいい格好させたくないって、地震ナマズが奮い立って、小笠原あたりで大地震を起したらしい。次はもうちょっと北に寄って、東南海トラフで暴れるぞって、ナマズも健在を誇示している。地球がきな臭い。
 そういえば、つい先日茨城県あたりでも揺れたなあ。だんだん近づくずくなあ、楽しみだなあ。

 きな臭いのは地球ばかりじゃなくて、人間の方だよなあ。集団的自衛権行使問題なんて、東京のあたりを震源地にして、人間ナマズが暴れている。
 遠くのISとか凹ハラムとか北コリアとかって人間ナマズも暴れているらしい。
 もう、この地上では、どこにに行けば安心して暮らせるのか、皆目分らない。日本列島はなんだかひび割れガラス板に乗っているようだしなあ。

 それでもいくところがないから、せめて日本列島の中で暮らすに安心できそうなところを探してみよう。
 その条件は次のようである。
(1)地震がないって無理だろうからせめて他と比較して少ないこと
(2)海で地震があっても津波がやって来ないこと
(3)噴火する活火山から遠いこと
(4)核発電所(原発のこと)から遠いこと
(5)軍事基地から遠いこと
(6)気候が寒冷あるいは猛暑でなくて温暖なこと
(7)山間や荒蕪の僻地でなくて適当に便利なこと
 
 この中での「~から遠いこと」の条件だが、実はどれくらい遠くなら良いのかわからないから、まあ100~200kmくらいにしておこうか。

●日本列島で安全なところは、ここだ!

 実は、先ごろそう思って、あれこれ調べていたら、その結果が実に意外なところにおさまったのであった。そこは、わたしの生まれ故郷(岡山県高梁市)だったのだ。
 ぴったりとあてはまったのは、客観的データによるのであるから、贔屓目じゃなくて、本当ですよ。
 このブログにそれを書いていたのだが、一部補足整理してここに採録する。
高梁の位置
(1)の地震問題である。
 これ↓を見てください。高梁のあたりは地震が少ない。
  日本全国広域 最新30日間の震央分布図 (独立行政法人防災科学技術研究所)
 http://www.hinet.bosai.go.jp/hypomap/

 (2)の津波問題である。
 そして今の一番怖い四国沖での南海大地震が起きても、何とか大丈夫のよう。
 中央防災会議資料 http://www.jjjnet.com/image/shindo_nankai.gif
 東南海トラフ大地震が起きても四国の向うの事件だし、津波が起きても瀬戸内海から高梁川を遡上して到達するには、あまりに遠すぎる。

 (3)の火山問題は、鳥取県の大山が一番近いが、それでも結構遠い。富士山が爆発しても、高梁まで灰が降ってくることはなかろう。

 (4)の核発電所問題である。
 島根原発が、高梁に一番近いがそれでもかなり遠い。下記のサイトで島根原発のところの図を見てください。
  全国の原子力発電所の周辺人口(2005年)埼玉大学谷謙二研究室
 http://ktgis.net/tohoku_data/genpatsu/

 (5)の軍事基地問題は、一番近い米軍基地は山口県岩国だから、これもかなり遠い。

 (6)の気候問題は、住んでいた少年時代の記憶では、雪はめったに降らないし、猛暑でもない、温暖な地であった。
 ところが最近、ときどき日本一の猛暑ランキングに高梁市が登場する。この50年ほどで気候変動が起きたのか。不思議だ。
 故郷に住む旧友に聞けば、昔と変わらないけど、その原因は、最近、数年前に気象台の測候所ができたことだという。え、なんのこと?
 住民が肌寒い日であっても、「今日は日本一の高温」と発表されて、奇妙かつ不思議な気分だそうだ。「気温を測ってる場所がおかしい」とのこと。ということで、(6)も、まあ問題なしとしよう。

 (7)の僻地問題は、地方都市としては、そこそこに便利なところであるから、良しとしよう。

 というわけで、生れ故郷は良いところと分ってはいたけど、こういう意味でよいところと今頃になって知ったのである。
 わたしの生まれ故郷だけがそうではないが、各地域がこの地こそ安全な条件にあることを宣伝すれば、日本列島の人口再配分が進みそうな気がする。
 この場所は危険だという情報はたくさん出てくるようになったが、ここなら安全だという情報が意外に少ないのは、どういうわけだろうか。

 もっとも、わたしは今の地から逃げ出すには、もう間に合わない。生まれ故郷にはもうひとりの親戚もなし、父母の住んだ家も空き家問題解消のために処分した。
 だが、わたしには、ひとつだけ逃げ出すべき安全な場所が、かなり近くにあるのだ。これを思うと気楽なもんだ。
 それは、あの世である。。

2015/05/29

1094【世相いちゃもん】公的機関でもないFIFAの役員が公金でもない裏金もらって何が悪いんだ?

 プロスポーツとかって、見るだけスポーツを大嫌いである。TVをもともと見ないし、新聞スポーツ欄も読まないで飛ばしている。だから、毎日毎日、屑紙に金を払っている。
 でも時々スポーツ欄を読むことがある。それはときどき起きるスポーツスキャンダル記事である。

 たいていが八百長とかって金が絡んでいるのが、その業界とスポーツ好きの人々の体質を現している。
 スポーツ好きの体質と言えば、フットボール(サッカー)の見物人たちが、世界中でしょっちゅう人種差別するってのが、なんともいやらしい。
 だからわたしはプロスポーツとかって、見るだけスポーツを大嫌いなのだ。

 ところで、そのフットボール業界の世界元締めというか胴元の、FIFA(これはファイファと読むんだろうなあ)って団体の役員たちが、アメリカにしょっぴかれているとか。
 何十億円とかの巨額の収賄で、アメリカ司法当局に起訴されたそうだ。TV放映権を獲得のために動いた関係業者から、金をもらったのだそうだ。

 どうしてそれが犯罪なんだろうか、それがわたしにはわからない。
 だって、FIFAって公共機関でもなし、その金は公金でもなし、勝手にやり取りすればいいでしょ。
 もとは企業の広告料だろうから、まわり回ってその企業の売ってる物の価格に反映してるのだろう。オリンピックだって、いつかそんなことがあったなあ。
 アメリカではこういうのも犯罪なのだろうか。日本では民民の取引だから贈収賄罪にはなるまい。

 スポーツ世界大会の裏に、こういう行為があることが嫌なら、プロフットボールなんか見るのを止せばよいでしょ。
 でも実際は、こんなことが起きてもスポーツファンは、すぐ忘れてまた応援に見に行ってしまうおバカさんであることとは、大相撲が良い例であろう。
 賭博やら八百長やらやっても、すぐに忘れて見に行くんだもんなあ、スポーツ見物好きは、ほんとにおバカさんである。
 

2015/05/25

1093【くたばれマンション】北風政策の空き家強制撤去新法って日本の居住政策のなんと貧しいことよというよりも不在なんだな

●増えた空き家を強制撤去させる法律とはねえ 

 「空き家の強制撤去」だそうである。
 空き家が増えて、倒れてきて危ないとかで、持ち主に強制的に撤去させる特別措置法だそうである。

 おいおい、自分の持家をどんどん建てろ、政府はそう言って来ているような気がするけど、違うのかい。
 ドンドン買え、持ち家にはドンドン融資するから借金しろ、税金も負けてやるぞって、確かそう言ってるぞ。
 あのなあ、一方では借金しても建てろ建てろ買え買え、一方で壊せ壊せ壊さないと罰金とるぞって、この日本には居住政策なんてものは、全然ないんだなあ。

 住宅に住むってのは基本的人権nなのだから、居住政策は社会政策であるべきなのを、日本では経済政策の景気対策にしてしまったから、持ち家ばかりを増やしてきた。
 それも土地が高価だから、土地が安い遠い郊外にどんどん広げていって、一戸あたりを安くするから狭い宅地に狭い家ばかりが建ち並んだ。
 だから今、人口減少超高齢化で、それらが空き家になってしまった。人口減少も高齢化もとっくに分っていたことなのに、こんなことになるのだよ。
 
 人口変動に対応して調整の効く、公的あるいは民営の賃貸住宅の供給政策を、全く怠ってきたから、こういうことになるのだ。
 先日、川崎でドヤが焼けて死者が出たのも、居住政策が社会政策でない日本の恥部が表出したのだ。
 一方で大借金させて建てた空き家の続出、一方でドヤ街のような超劣悪居住環境の蔓延、いったいこれはだれの責任だ。格差社会はますます進む。

 では、この空き家対応が解決かというと、単なる弥縫策に過ぎないのは誰でもわかることだ。こんな北風政策では解決しないぞ、泥縄とはこのことだが、縄にさえなっていない。
 これってモグラ叩きそっくりだよなあ。こんあことしても、日本中のモグラ退治は無理でしょ。モグラをたたくのじゃなくて、モグラが発生しないような居住政策が必要なのになあ。

 どうもこの話は、一戸建てとか木造アパートが対象らしいが、大問題が控えているよ。共同住宅ビルのの空き家である。
 日本じゃ共同住宅を「マンション」なんて誤訳してるけど、区分所有の共同住宅ビルが、どんどん虫食い状態に空き家になると、空き家問題は深刻だぞ。いやもう起きているか。
 権利関係が複雑だから、壊すのが一戸建てのようにはいかない。空き家だらけのスラムビルがあちこちに立ちあがって、都市問題になるに違いない。
 これははもうモグラじゃなくて、モンスターだよなあ。モグラ叩きで遊んでる場合じゃないよ。

●総合的な居住政策をやるべきなのに

 この空き家特別措置法は、そのような時代に対応できるようになっているのだろうか。
 空き家対策は、空き家を取り壊すのではなくて、総合的な居住政策のひとつとして、いかに再活用するか、その政策が本質にあるべきなのに、全然見えないのは何故か。
 取り壊した跡の空き地がまた問題になるにきまっている。根本的な点で間違ってるぞ。

 実は住宅困窮層はまだまだいるし、格差社会の進行、高齢化による人口移動が、新たな住宅困窮者を発生させているはずだ。
 空き家対策が必要になったこれまで住宅政策の背景をよく反省し、これを契機に日本の居住政策の社会政策への転換をしてもらいたいものだ。

 はは~、これも相変わらず経済政策で、壊すことで建設業の仕事が増えるって、そんな景気対策なんだろうか。
 経済政策として庶民に借金させる持ち家政策はとっくに破たんしているのに、一向に賃貸住宅促進に転換をしない政府は、いったいなにしてるんだよ。

 東北地方で災害公営住宅の整備が遅れているのも、これまで公営住宅整備をさぼって、その建設や運営のノウハウがなくなっていたからだろう。
 あるいはまた、これまで公的な賃貸住宅の供給がきちんとあれば、災害避難時への対応ももっと円滑だったろうにとも思う。もうすぐ次の大地震が来るんだぞ、どうする?

 高齢社会の居住、人口減社会の居住、少子社会の居住、災大規模害など、それぞれが連動した総合的な居住政策が今こそ必要だろうに、どうなっているのか。


参照◆父の家を売る 
http://datey.blogspot.com/2015/05/1083.html
くたばれマンション
https://sites.google.com/site/machimorig0/#tosikyoju