2014/10/24

1016ルイス・カーンvsエドモンド・ベイコン激論が面白い志水英樹さんの回想記


◆F・L・ライト&L・ルイスカーン建築巡礼の旅1995
 ルイス・カーン(1901-74)という建築家がいた。その建築家のもとで、1964年から67年まで働いた建築家の志水英樹さんの講演を聴いた。
 わたしは1995年の夏、志水さんにくっついて、カーンとライトの建築を見てUSA東西をめぐる旅に行ったことがあった。志水さんは建築学生たちをひきつれていたが、わたしは建築を見る趣味のみの気楽で楽しい旅だった。

 カーンの弟子の志水さんには悪いが、フランク・ロイド・ライト(1867-1959)の建築を見るのがわたしの目的の第1で、カーンは第2だった。
 ライトの有名な建築、例えば落水荘、ジョンソンワックス、ユニテリアン教会、マリン郡庁舎とか、おお、これがあの写真の本で見ていた現物か、やっぱりライトの造形力はすごいもんだと、それはもうナイヤガラの滝でも見るような完全に観光気分であった。日光東照宮を見る様に、とは日本建築史の素養が邪魔をして言えないが、まあ、一般的にはそう言ってもおかしくない。
 たしかにライトの建築は、だれが見ても楽しむことができる。使い勝手が悪そうだ、なんてだれも言わない。観光対象になる。
マリン郡庁舎 1995撮影
Falling Water 1995撮影

  それに引き替え、カーンの建築はそうはいかない。すなおに観光させてくれず、ちょっとは考えざるを得ない。玄人好みである。
 このライトとカーンの違いが、建築あるいは建築家というものの社会性を考えさせてくれる。

 わたしが建築学徒だった頃の昔、雑誌で見て読んで形と理論に感激した、彼の初期のリチャードメディカルセンターに出会って感激と共に、その第2期の仕事の凡庸さに首を傾げ、更にその使い手の研究者たちの言う評判の悪さには困惑した。
 有名なソーク研究所を見て、この立地環境でこれってどういうことなんだろと思ったり、評判の高い晩年のキンベル美術館を見て、なんだか退屈な繰り返しだなあと思ったり、ライトとは違って建築を批評的に考えたのだった。
リチャーズメディカルセンター 1995撮影

フィッシャー邸 1995撮影

ソーク研究所 1995撮影
エクセター図書館 (志水さんが担当) 1995撮影

カーンへのオマージュの志水英樹著「回想1,2,3」
 さて、今回の志水さんの話は、この2月に上梓した「回想1,2,3」なる著書をもとにした講演であった。その本は、彼が建築家へと急な坂道を勢いよく駆け上がる頃の自伝的な物語である。シアトルとフィラデルフィアでの1961年から67年のことであった。

 回想の第1話は、シアトル万博の噴水デザインの国際コンペに勝ち抜いて、現地でその実施にあたっての奮闘出世物語である。若者2人がシアトルで噴水の制作に右往左往しつつも見事に成し遂げる。

 第2話は、ペンシルベニア大学に留学し、シビックデザインコースでの奮闘学業物語で、そこでルイス・カーンとエドモンド・ベイコンの二人の大家に才能を認められる。志水さんは、さすがに学者であるから、そのコースのカリキュラムを詳しく紹介している。

 第3話は、それをステップにしてカーン事務所に入り、巨匠のもとでの建築デザイン奮戦物語である。カーンの変幻自在のアイディアを、志水さんが平面に形態に翻訳していく過程とか、カーンの素顔の挿話が興味深い。ルイス・カーンへのオマージュである。

 わたしが面白かったのは、カーンのフィラデルフィア美術大学設計案について、エドモンド・ベイコンが、カーンに直接にイチャモンをつけて変えさせる話である。
 フィラデルフィア市の都市計画を牛耳っていたベイコンは、周辺の建築群に対応したバロック的なカーンのデザインが気に入らなくて、ここでは都心のシンボル的なダイナミックな空間を創るべきと言う。
 この大物二人がカーン事務所の中で対峙して、どちらも顔を真っ赤に大声の大論争の末、とうとうカーンが「YOY ARE RIGHT!」と言って負けた。志水さんはちょうどその場に居合わせたそうだ。ラッキーな人である。

 ペン大で教えてもいたベイコンは、学生だった志水さんがシビックデザインの課題で提出したフィラデルフィア都心部再開発計画を高く評価し、志水さんは市役所に入れと誘われた。
 カーン事務所に入ることが決まっていたいた志水さんはそれを断ったが、ベイコンはこの美術館の担当をさせるようにカーンに推薦したという。
 そこでカーンのスケッチをもとに志水さんは奮闘する。何回も作り直したプランと模型によるデザイン検討の努力は、ベイコンのOKとなったのだが、このプロジェクトは資金的事情でボツになったままだそうだ。
 
 行政都市計画家の見識と立場の強さに、洋の東西の違いを思うのである。エドモンド・ベイコンは、後に映画マイ・アーキテクトのなかでカーンについて語っているが、カーンの息子の面前で遠慮会釈なくこき下ろしている。
 この映画は、カーンとその愛人(のひとり)の間に生まれた子息ナサニエル・カーンが、亡父の作品と関係ある人たちを訪ねるドキュメンたりーで、なかなか面白い作品である。ネットで見ることができる。
 不幸なことに、カーンはペンシルベニア駅の便所で心臓発作により突然に生涯を閉じた。多額の借財が遺されたそうだ。
MY ARCHITECT  http://vimeo.com/9418890
https://www.youtube.com/watch?v=WAICbcFPRVo

 カーンについてわたしは興味が特にあるわけもないから、香山寿夫とか工藤国男の書いたカーン論を読んだことはない。
 しかし、志水さんの案内でカーン作品にいくつも出会った20年前の体験、数年前に見たカーンの息子制作の映画、そして志水さんの回想が今ようやくにして本となり、建築趣味人のわたしとしてはこれで十分に面白い建築家像が脳内に組みあがった。

「回想1,2,3」志水英樹 市ヶ谷出版社 2014 1500円

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