いつものように遠まわり買い物徘徊に出かけた。脚力維持のために、わざと遠い商店街に遠回りして行ってくるのだ。なお、脳力保持のために、わざと長たらしくこのブログを毎日書くのだ。
商店街の裏のいつもは静かな都心部住宅街が、大雑踏で屋台群が立ち並び喧噪極まりない。あ、そうか、今日はあの神社の酉の市であったかと気が付いた。コロナ中はほんの小規模であったが、コロナ退散で去年から大雑踏復活になった。
どこから湧いてくるのかこの人並みの多さ、そしてこうも雑多な屋台群もどこに隠れていたのかと思う。食品を焼くにおいが雑踏に充満する。そしてキンキラ熊手を売る店も立ち並んで、売れるごとに「お手を拝借!」と両手を打ち鳴らす賑わい。
どれもこれも初めて見た20年前とちっとも変わらない、あまりにも日本的な風景である。変わったのは、あれから確実に一世代分の歳をとったわたしであり、久しぶりのこの超雑踏を歩くのが怖くなったのだ。そう、周りの人たちの予期しない動きに、こちらのヨロヨロ足がついていかないのだ。早々に退散するしかない。
最近では敬老の日も9月15日ではなかった記憶がある。ではなぜ勤労感謝の日は動かないのかしら、動く祭日と動かない祭日があるなんて、不公平である。今日のような日に、また動いて平日だろと思って医院とか区役所に行くと、ひどい目にあう。全部動くか全部動かぬかどっちかに決めろ!。
静かな都心型住宅街が、突然に非日常の賑わい空間に年の暮れ近くのこの日の(年に2日または3日)だけ変身するのは、実に面白い。この辺りは今は2階建ての仕舞屋と高層共同住宅ビルが混じる住宅街になっているが、実はここの街は戦前から1956年までは横浜永真遊郭だった。その名残は十年くらい前までは風呂屋と婦人科医院があったが、いまでは数軒のラブホテルのみになった。
思うに、この酉の市の日の賑わいこそは、あの横浜遊郭の雰囲気を伝える唯一でしかも時間限定で復元的に出現する歴史的空間かもしれない。
20年前に撮った、今と全く変わらぬ風景をのせておく。
(20231123記)
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伊達美徳=まちもり散人
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