2023/11/22

1746【大震災と大虐殺】何だかよく分からないお詫びと訂正記事にもぞもぞ感を否めない

 今年は関東大震災が起きた1923年から100年目であり、それに関する話題があるようだ。先般久しぶりに近所の映画館に入り、その震災時における朝鮮人虐殺事件に関連する映画「福田村事件」を観た。震災混乱の中で関東の小さな村の人々が、四国から来た行商人たち
を虐殺した実話をもとにした映画だ。


 わたし自身はこの震災にほとんど関連はないが、わたしの師匠のひとりである建築家の山口文象は、建築家として世に知られる契機になったのが、実に興味あることとして研究の視点のひとつにもなっていることが、関連あると言えばある。 参照(「山口文象+初期RIA」伊達)。

 自分の終活に大量の書物処分に苦慮するから、もう新刊本を買わないと決めているにもかかわらず、昨日うっかりと買ったのが『現代思想 9月増刊号 総特集関東打震災100年』である。
 まだ読みだしたばかりだが、大災害と社会的弱者虐待をテーマとする執筆が多いようだ。いくつかに目を通したが、実にひどいことを人間は実行できるものだ。

 今日の朝日新聞に妙な訂正とお詫びが載っている。この11月18日掲載の記事が間違っていたというのである。そこで二つの記事を並べてみた。

 18日の記事は、政府は関東大震災における朝鮮人虐殺事件に関する記録がないと言い続けているのに対して、実はあったということを防衛・外務担当者が認めたとして、これまでの見解は間違いだったという意味の記事である。ところが22日の記事は、その記事は間違いだったというのだ。

 ところが読んでもその意味が分からない。記録はあったというのか、いややはり無かったというのか、どちらなんだろうか。18日の記事は「特定歴史公文書」だから「あった」という意味であろう。しかし22日には、それは「歴史的・文化的な資料または学術研究用の資料」であったから、お詫び訂正したというのであるが、記録がなかったとは書いてない。

 では、政府には虐殺に関する記録があるのか、無いのかどっちなのか。「特定・・・」は「記録」であるが、「歴史的・・・」は「記録」ではないということなのか。
 それとも「公文書」と書いたことが誤りだった、というのか。つまり公文書でないものは「記録」ではないということか。ではなぜ公文書ではないのだろうか。

 妙にはっきりしない書き方だなあ、そのはっきりしないところに、何か政治的な裏があるような、もぞもぞ感を否めない。ここであったが百年目、ってことで今こそはっきりする、なんてことではないのだ。
 あれほどの大事件だったはずだが、殺された人がいることさえも言えなくなる時代が来つつあるらしい、怖い、コロナ後の世界はろくなことがなさそうだ。早くこの世から逃げる方がよさそうだ。

(20231122記)

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伊達美徳=まちもり散人
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