本を出版する時にその題名をどうするか、短すぎても長すぎてもいけないと悩ましいことだ。昨年だったか、村上春樹がなんだか長いタイトルの本を出した。
長いタイトルの本をウェブ検索してみたら、横尾忠則になんと114文字の本があるそうだ。http://kmktwo.blog95.fc2.com/blog-entry-82.html
さて、最近わたしの身近な方が出版した本のタイトルが、
「疾風のごとく駆け抜けたRIAの住宅づくり1953-69」
横尾忠則の足元にも及ばないが、けっこう長い。
著者は「RIA住宅の会」、RIAの近藤正一を代表として、編集者の磯達雄たち、発行は彰国社。
内容は、戦後復興期の日本で、庶民住宅にモダンリビング思想を植えつけて、生活様式に革新をもたした建築家集団・RIAの仕事ぶりを語る本である。
現代の庶民住宅は、なんとかハウスとか、カントカ住宅という名の住宅産業によって、耐久消費財なみの商品として供給されているが、そうなる前の時代のことである。
冷蔵庫でも買うように商品として住宅を買うことができる今、建築家に住宅設計を頼むのは、金持ちか、変わり者であろうが、住宅が大不足して社会問題であった戦後復興期に、新しい生活様式を求める庶民に対応した建築設計集団RIAがあったのである。
この本を、今もそのまま通じる住宅建築の本と読んでもよいし、戦後の生活改善運動の記録の本と読んでも面白い。
建築家・近藤正一による、住宅設計について当時の建築ジャーナリズムに載せた解説や論考の再掲と、新たに書き下ろした現代での論考を比較すると興味が尽きない。
1953年から69年間でに400軒を超える住宅設計をして、そのなかの118軒のプランを載せている。いまの商品となった住宅のプランと比べると、その革新的(前衛的ではない)な凄さがつくづくと分かる。
普通の一般庶民の建て主たちに、新しい生活像を提案し説得したRIA建築家の思いも大変なものだが、このプランを納得して大金を工面して建てて暮らした庶民建て主の心根に思いを致すと、あの時代の空気にほおをなでられるような気がする。
これらが「モダンリビング」という名称で、やがて世に普及していく。なにもかも若い日本であった。
RIAとは、今は「株式会社アール・アイ・エー」と言っているが、60年前に創立したときは「RIA建築綜合研究所」、その頃は通称「リア」と言った。
そのRIAにわたしが所属していたのは1961年から89年までだが、住宅設計をしたことはなくて、もっぱら都市系の仕事ばかりだった。
最近、昔のことを聞かれることが多くなったのは、それなりの年寄りになったから当たり前である。ときに大学院生に論文種にされると、戦後復興期の都市再開発の現場について、あるいは建築家山口文象について、古老として喜んで語り部となるのだ。
先般、建築学会の会誌編集委員会から、RIAという共同設計集団における建築家という職能について書けとリクエストをいただいた。
そこで書いたのが、1952年から60年代末までの「住宅のRIA(リア)]が、70年代以降は「再開発のRIA(アールアイエー)」に転換する間に、建築家=設計者という古典的なアーキテクトから、都市プランナーへと多様に展開して、新たな建築家職能像を獲得する時代を回顧した論考「RIAが選んだ建築家共同体組織とその職能展開の軌跡(2013/10/)」である。
この論考は「建築雑誌」2013年11月号に掲載の予定であるが、ちょうどこの時に「住宅のRIA]時代の本が出版された。学会誌のわたしの論考に誤りがあると大変だと読んだが、また別の側面からの論考となったようで、ホッとした。
その論考は「建築雑誌」の発行を待って、この本とあわせてお読みいただきたい。ここに論考の付図だけを載せておく。量的な駆け抜けぶりがわかるだろう。
また、RIAが創立から60年とて、その記念誌を新建築社から近いうちに発刊するそうである。そのなかにわたしも、「アール・アイ・エー創設の建築家山口文象の生涯」を寄稿した。
●参照
・RIAが選んだ建築家共同体組織とその職能展開の軌跡 (2013)
・体験的書評「まちをつくるプロセス RIAの手法」 (2013)
・アール・アイ・エー創設の建築家山口文象の生涯 (2013)
●山口文象+初期RIA
2013/10/09
2013/10/08
840人気作家ダンブラウンには日本文化のアドバイザーがいないらしい
歳をとってきたから、やるべきことをやれるうちにやっておかなければ、近いうちにやろうと思ってもやれなくなるだろう、と、若干は焦り始めている。
とはいうもののの、その「やるべきこと」が実はどうでもよいことで、「やるべき理由」が特にあるわけでもない。だから、まだいいやと思って先延ばしにする理由をかんがえてしまう。
その「やるべきこと」のひとつが、うちの本棚にある何百冊かの未読本を、読み切って制覇することである。
仕事ですぐに必要なものは買ったらすぐに読んだが、趣味的に面白そうだなあ、とりあえず買っておいて、あとでヒマな時に読もう、そう思って買った本が、暇になった今も未読のままになっているのだ。もったいないなあ。だからもう、本を買うのはやめた。
いまこそ暇だから制覇しようととりかかるのだが、なにかの調べごとで市立図書館に行くと、いろいろな本に目がくらんで、ついつい借りてきてしまう。だから未読本制覇はなかなか進まない。
市立図書館で借りてくる本に、英語のペーパバックの3文小説がある。読むのに日本語よりも時間がかかるからヒマつぶしになる。こんなものを読むよりも、うちの本棚にある未読本を読むべきだと思いつつも、うっかり借りてきてよんでしまう。
それでただいま読んだのが、Dan Brown著『Digital Fortres』である。1998年刊行だから、もう翻訳物『パズル・パレス』となっているらしい。
読んでしまって、バカバカしかったなあ、時間の無駄だったと後悔したが遅い。
その内容はネタバレになるから書かないが、ちょっと妙なところが気になったので書いておく。
重要なキイとなる人物として日本人が登場する。その名がEnsei Tankadoと言う。
これは漢字でどう書くのだろうか。姓は丹角なんてのは聞いたこともないし、名を円生と書いたら噺家になってしまう。
Takado高戸とすればよさそうなものを、と思いつつ読んでいくと、あとのほうでこのTankadoのnが英語的に意味を持ってくるのであった。それにしてもおかしいよなあ。
Tokugen Numakataという人も出てくる。この“沼形徳元”?さんは、akuta sameと業界では呼ばれているのだそうだ。akuta sameの説明が書いてあり、the deadly sharkだそうである。sameは日本語と分かるが、akutaも日本語なんだろう。どんな字を書いてdeadlyの意味になるのだろうか。
この沼形さんの嗜好品にUmami cigerがある。旨味煙草であろうか。こういう銘柄の葉巻タバコがあるのだろうか。
Soshi Kutaなる日本人らしい女性が登場する。この“苦田素子”?さんは、日本文化の基底には素数があるといい、俳句は3行に書き、5,7,5音だと解説する。なるほど和歌も都都逸も素数並びである。でも能は8拍子が基本であるよなあ。
ダン・ブラウンには、日本文化についてチェックする人がいないのだろうか。これらは翻訳本にはどうなっているのだろうか。
以前にJ・アーチャーの三文小説に、日本にはビルを倒してしまう草があることが書いてあり、その小説で重要な役割を持つのだが、これにはびっくりしたことがある。彼の本にも日本人が登場するが、D・ブラウンほどおかしな名ではない。
とはいうもののの、その「やるべきこと」が実はどうでもよいことで、「やるべき理由」が特にあるわけでもない。だから、まだいいやと思って先延ばしにする理由をかんがえてしまう。
その「やるべきこと」のひとつが、うちの本棚にある何百冊かの未読本を、読み切って制覇することである。
仕事ですぐに必要なものは買ったらすぐに読んだが、趣味的に面白そうだなあ、とりあえず買っておいて、あとでヒマな時に読もう、そう思って買った本が、暇になった今も未読のままになっているのだ。もったいないなあ。だからもう、本を買うのはやめた。
いまこそ暇だから制覇しようととりかかるのだが、なにかの調べごとで市立図書館に行くと、いろいろな本に目がくらんで、ついつい借りてきてしまう。だから未読本制覇はなかなか進まない。
市立図書館で借りてくる本に、英語のペーパバックの3文小説がある。読むのに日本語よりも時間がかかるからヒマつぶしになる。こんなものを読むよりも、うちの本棚にある未読本を読むべきだと思いつつも、うっかり借りてきてよんでしまう。
それでただいま読んだのが、Dan Brown著『Digital Fortres』である。1998年刊行だから、もう翻訳物『パズル・パレス』となっているらしい。
読んでしまって、バカバカしかったなあ、時間の無駄だったと後悔したが遅い。
その内容はネタバレになるから書かないが、ちょっと妙なところが気になったので書いておく。
重要なキイとなる人物として日本人が登場する。その名がEnsei Tankadoと言う。
これは漢字でどう書くのだろうか。姓は丹角なんてのは聞いたこともないし、名を円生と書いたら噺家になってしまう。
Takado高戸とすればよさそうなものを、と思いつつ読んでいくと、あとのほうでこのTankadoのnが英語的に意味を持ってくるのであった。それにしてもおかしいよなあ。
Tokugen Numakataという人も出てくる。この“沼形徳元”?さんは、akuta sameと業界では呼ばれているのだそうだ。akuta sameの説明が書いてあり、the deadly sharkだそうである。sameは日本語と分かるが、akutaも日本語なんだろう。どんな字を書いてdeadlyの意味になるのだろうか。
この沼形さんの嗜好品にUmami cigerがある。旨味煙草であろうか。こういう銘柄の葉巻タバコがあるのだろうか。
Soshi Kutaなる日本人らしい女性が登場する。この“苦田素子”?さんは、日本文化の基底には素数があるといい、俳句は3行に書き、5,7,5音だと解説する。なるほど和歌も都都逸も素数並びである。でも能は8拍子が基本であるよなあ。
ダン・ブラウンには、日本文化についてチェックする人がいないのだろうか。これらは翻訳本にはどうなっているのだろうか。
以前にJ・アーチャーの三文小説に、日本にはビルを倒してしまう草があることが書いてあり、その小説で重要な役割を持つのだが、これにはびっくりしたことがある。彼の本にも日本人が登場するが、D・ブラウンほどおかしな名ではない。
2013/10/05
839新歌舞伎座のタワーの頭に千鳥破風でも載せてちょっとはカブいてほしかった
東京の歌舞伎座に芝居見物に行ってきた。建替えられた歌舞伎座建築の見物の意図もあった。
芝居は昼の部で、通し狂言「義経千本桜」の序幕「鳥居前」、二幕目「渡海屋、大物浦」、三幕目「道行初音旅」であった。
夜の部は見ていないが、四の切りが菊五郎で面白そうである。
昼の部の芝居見物として面白いのは、「大物の浦」の場で、平知盛が船の大きな重そうな碇をかついでに海に投身入水する場面である。この知盛役は中村吉衛門であった。
同じ役なのに幕が変わると、幹部級は別の役者に替わる。いろいろの名役者の芸を見られるのはいいのだが、違和感もある。
たとえば、静御前は序幕では中村梅枝は細めだが、3幕目では坂田藤十郎となるとあまりに太目すぎて、どうにも興がそがれる。菊五郎との舞狂言は優雅なのだが、役者なんだから歳とってもそこのところは何とかしてもらいたい。
それにしても能の「船弁慶」をもとしたこの二幕目は、よくまあ、ここまで改作できるものだと、実に面白い。
能での知盛は、とっくに壇ノ浦の戦いで源氏に滅ぼされていて幽霊で登場するのだが、歌舞伎では、あの戦いではうまくのがれて、実は安徳天皇も生きていて、船宿の渡海屋のオヤジと娘に化けて、義経への反攻の機会を狙っている。だから大物の浦で源平合戦が行われて、ここで本当に平家は滅亡して知盛は死ぬのである。
能では死んでいる知盛や平家の軍勢の幽霊が義経の船に襲いかかって、追い払われるのである。能には知盛が碇を担いで入水する「碇潜」(いかりかづき)があるから、これと「船弁慶」を合わせたのが二幕目であろう。
もっとも、能の「碇潜」はそのもとを「平家物語」によっているのだが、平家物語で碇をもって入水自殺するのは、知盛ではなくて平教盛と経盛だから、そこでも改作がある。
それが歌舞伎ではさらに改作が進んで原作から遠ざかり荒唐無稽にさえなるのだから、まさにそこが「傾奇」(かぶき)である。
芝居そのものは歌舞伎ファンではないから、今日の出来が良いのか悪いのかわからない。外国人も見ているのだが、イヤフォンガイドがあっても、歴史的素養がないと面白くないだろう。
劇中に入る時事ネタギャクが全くなかったのは、近頃はそういうのはやらないのだろうか。
新しい歌舞伎座に建て替えられてからはじめて行ったのだが、中の見物席はなかなかよかった。祝祭空間としての華やかさはもちろんだが、椅子が大きく前後間隔が広くなったのが一番よろしい。
問題は外観である。このことについては計画図面が発表されたときに書いたことがあるが、実物ができてもやはり同じように思った。
つまり、新しい歌舞伎座の建築デザインは、傾奇(かぶき)になっていないのであった。歌舞伎が傾奇を忘れて、伝統に胡坐をかく芸能となったのか、なろうとしているのか、そんなことを思わせる復古コピーデザインである。
傾奇デザインがお得意な建築家・隈研吾の出番は全くない。隈さんはあちこちにデザインについて発言されているようだが、実態的には保守系デザインがお得意な三菱地所設計の作品と見るべきだろう、と、思った。
まあ、考えようによっては、和でも洋でも右でも左でも?どんな傾向のデザインでもできる隈研吾さんにとっては、これは彼の傾奇デザインのひとつには違いない。
そのカブかない歌舞伎座建築の特徴は、歌舞伎タワーである。晴海通りの向かいから眺めて、黒い瓦屋根の上に建つ白っぽいタワーは、雨もよいのくもり空に巨大に建っていた。
これまたカブかないデザインであることおびただしいのは、これは歌舞伎芝居の黒衣(くろご)のつもりなのだろう、いや、これは白衣というべきか。まあ、黒衣ならカブくわけにはいかないだろう。
しかし、せっかく隈研吾さんのデザインなんだから、あのドリックオーダーがぎょろりと突っ立った出世作のように、タワーの頭中央に千鳥破風(岡田信一郎デザインにあったように)でも載せた「傾奇タワー」にしてほしかった。こうすればようやくモダンデザインと伝統デザインが対決して、隈さんの現代建築家としての力量を発揮できたのだろうに、と思うのである。
●関連参照記事
・750建て直し五代目歌舞伎座の姿に斬新さは全く無いの ...
http://datey.blogspot.com/2013/04/750.html
・093歌舞伎座の改築
http://datey.blogspot.com/2009/02/blog-post_04.html
・716こないだ勘三郎が逝ったと思ったら團十郎までも死んで
http://datey.blogspot.com/2013/02/716.html
・459義経千本桜を能の目で見る
http://datey.blogspot.com/2011/07/459.html
芝居は昼の部で、通し狂言「義経千本桜」の序幕「鳥居前」、二幕目「渡海屋、大物浦」、三幕目「道行初音旅」であった。
夜の部は見ていないが、四の切りが菊五郎で面白そうである。
昼の部の芝居見物として面白いのは、「大物の浦」の場で、平知盛が船の大きな重そうな碇をかついでに海に投身入水する場面である。この知盛役は中村吉衛門であった。
同じ役なのに幕が変わると、幹部級は別の役者に替わる。いろいろの名役者の芸を見られるのはいいのだが、違和感もある。
たとえば、静御前は序幕では中村梅枝は細めだが、3幕目では坂田藤十郎となるとあまりに太目すぎて、どうにも興がそがれる。菊五郎との舞狂言は優雅なのだが、役者なんだから歳とってもそこのところは何とかしてもらいたい。
それにしても能の「船弁慶」をもとしたこの二幕目は、よくまあ、ここまで改作できるものだと、実に面白い。
能での知盛は、とっくに壇ノ浦の戦いで源氏に滅ぼされていて幽霊で登場するのだが、歌舞伎では、あの戦いではうまくのがれて、実は安徳天皇も生きていて、船宿の渡海屋のオヤジと娘に化けて、義経への反攻の機会を狙っている。だから大物の浦で源平合戦が行われて、ここで本当に平家は滅亡して知盛は死ぬのである。
能では死んでいる知盛や平家の軍勢の幽霊が義経の船に襲いかかって、追い払われるのである。能には知盛が碇を担いで入水する「碇潜」(いかりかづき)があるから、これと「船弁慶」を合わせたのが二幕目であろう。
もっとも、能の「碇潜」はそのもとを「平家物語」によっているのだが、平家物語で碇をもって入水自殺するのは、知盛ではなくて平教盛と経盛だから、そこでも改作がある。
それが歌舞伎ではさらに改作が進んで原作から遠ざかり荒唐無稽にさえなるのだから、まさにそこが「傾奇」(かぶき)である。
芝居そのものは歌舞伎ファンではないから、今日の出来が良いのか悪いのかわからない。外国人も見ているのだが、イヤフォンガイドがあっても、歴史的素養がないと面白くないだろう。
劇中に入る時事ネタギャクが全くなかったのは、近頃はそういうのはやらないのだろうか。
新しい歌舞伎座に建て替えられてからはじめて行ったのだが、中の見物席はなかなかよかった。祝祭空間としての華やかさはもちろんだが、椅子が大きく前後間隔が広くなったのが一番よろしい。
問題は外観である。このことについては計画図面が発表されたときに書いたことがあるが、実物ができてもやはり同じように思った。
つまり、新しい歌舞伎座の建築デザインは、傾奇(かぶき)になっていないのであった。歌舞伎が傾奇を忘れて、伝統に胡坐をかく芸能となったのか、なろうとしているのか、そんなことを思わせる復古コピーデザインである。
傾奇デザインがお得意な建築家・隈研吾の出番は全くない。隈さんはあちこちにデザインについて発言されているようだが、実態的には保守系デザインがお得意な三菱地所設計の作品と見るべきだろう、と、思った。
まあ、考えようによっては、和でも洋でも右でも左でも?どんな傾向のデザインでもできる隈研吾さんにとっては、これは彼の傾奇デザインのひとつには違いない。
そのカブかない歌舞伎座建築の特徴は、歌舞伎タワーである。晴海通りの向かいから眺めて、黒い瓦屋根の上に建つ白っぽいタワーは、雨もよいのくもり空に巨大に建っていた。
これまたカブかないデザインであることおびただしいのは、これは歌舞伎芝居の黒衣(くろご)のつもりなのだろう、いや、これは白衣というべきか。まあ、黒衣ならカブくわけにはいかないだろう。
では、ちょっとやってみようか、戯れに、、。
あれ、なんだかチャイナっぽくなっちゃった感があるけど、
タワーが黒衣をやめてしっかりカブいて立ち上がったなあ。
●関連参照記事
・750建て直し五代目歌舞伎座の姿に斬新さは全く無いの ...
http://datey.blogspot.com/2013/04/750.html
・093歌舞伎座の改築
http://datey.blogspot.com/2009/02/blog-post_04.html
・716こないだ勘三郎が逝ったと思ったら團十郎までも死んで
http://datey.blogspot.com/2013/02/716.html
・459義経千本桜を能の目で見る
http://datey.blogspot.com/2011/07/459.html
2013/09/30
838TV番組を見たことがないけど「あまちゃん」と「半沢直樹」を論評してみるのだ
TV放送を日常的に見ることはない。3年前の震災当時はよく見たが、最近はたまに震災関連のNHKスペシャルぐらいなものだ。
そんなわたしにも、「あまちゃん」とか「半沢直樹」とかってTV番組が評判になっているらしいと、それとなくわかるのは、新聞記事とfacebakaのせいである。
あまちゃんは、言ってみれば要するに女の子の出世物語(らしい)って、昔からシンデレラの典型的な物語だから、いまさら、それがどうしたって言うんだよ(もちろん、中身は全然知らないが)。
半沢直樹は、言ってみれば要するに、サラリーマンの悲哀と復讐(らしい)って、これもまあ、昔から敵討ち時代劇だから、いまさら、それがどうしたって言うんだよ(もちろん、中身は全然知らないが)。
そういえば、「おしん」が映画リバイバルしているそうだ。
思い出せば、あれはもう大昔、いつだったかしら(今、ウィキペディアで調べたらなんと30年も前)、寒い朝だったなあ、山形駅で乗り換え時間をつぶすために待合室でウトウトしていたら、急に人が増えてきて、みんなTVを見つめだした。
え、なんなんだよ、大事件かって見たら、これが「おしん」番組の放送だった。ほう、これがいま評判のあれかと見たが、前を知らないから面白くもなかった。
これもまあ、シンデレラと同類の刻苦勉励努力出世物語である(らしい、もちろん中身は知らないが)。
世の中、人間の心の中の営みは、何年かごとに同じことが繰り返されていて、平和なもんである。そしてまた、人間の身体の外の自然の営みは、大地震や大洪水など、これも何十年か何百年ごとに同じことが繰り返されている。
この自然にとっては当たり前の時間間隔による繰り返しが、人間には当たり前でない時間間隔であり、それが災害となる。
つまり、人間のほうが自然よりも短いサイクルで生きていることが、忘れたころに災害がやってくることになるのだろう。
この時間間隔のギャップを人間は心で埋めようとして、「あまちゃん」へ、「半沢直樹」へ、「おしん」へ、宗教へと走るかかもしれない。
そうか、わたしもこれら人間癒し用の物語を見ておかないと、この先の心の平安がないかもしれないなあ、いまから「おしん」でも見にいくかなあ。
いや、へそが曲がり徘徊老人には、もう手遅れだろうから、どうでもいいや。
そんなわたしにも、「あまちゃん」とか「半沢直樹」とかってTV番組が評判になっているらしいと、それとなくわかるのは、新聞記事とfacebakaのせいである。
で今、日本中のいい歳をした男ども(女もか)が、あまちゃん放送終了で落ちこみそうとか、半沢直樹の終わり方が気に入らないので続編を待ち望むとか、ヤレヤレ。
まあ、なんと言いましょうか、「なんとまあ日本は平和なことであるよなあ、TVごときで…」との一言で片づけることもできる。あまちゃんは、言ってみれば要するに女の子の出世物語(らしい)って、昔からシンデレラの典型的な物語だから、いまさら、それがどうしたって言うんだよ(もちろん、中身は全然知らないが)。
半沢直樹は、言ってみれば要するに、サラリーマンの悲哀と復讐(らしい)って、これもまあ、昔から敵討ち時代劇だから、いまさら、それがどうしたって言うんだよ(もちろん、中身は全然知らないが)。
そういえば、「おしん」が映画リバイバルしているそうだ。
思い出せば、あれはもう大昔、いつだったかしら(今、ウィキペディアで調べたらなんと30年も前)、寒い朝だったなあ、山形駅で乗り換え時間をつぶすために待合室でウトウトしていたら、急に人が増えてきて、みんなTVを見つめだした。
え、なんなんだよ、大事件かって見たら、これが「おしん」番組の放送だった。ほう、これがいま評判のあれかと見たが、前を知らないから面白くもなかった。
これもまあ、シンデレラと同類の刻苦勉励努力出世物語である(らしい、もちろん中身は知らないが)。
世の中、人間の心の中の営みは、何年かごとに同じことが繰り返されていて、平和なもんである。そしてまた、人間の身体の外の自然の営みは、大地震や大洪水など、これも何十年か何百年ごとに同じことが繰り返されている。
この自然にとっては当たり前の時間間隔による繰り返しが、人間には当たり前でない時間間隔であり、それが災害となる。
つまり、人間のほうが自然よりも短いサイクルで生きていることが、忘れたころに災害がやってくることになるのだろう。
この時間間隔のギャップを人間は心で埋めようとして、「あまちゃん」へ、「半沢直樹」へ、「おしん」へ、宗教へと走るかかもしれない。
そうか、わたしもこれら人間癒し用の物語を見ておかないと、この先の心の平安がないかもしれないなあ、いまから「おしん」でも見にいくかなあ。
いや、へそが曲がり徘徊老人には、もう手遅れだろうから、どうでもいいや。
2013/09/25
837こんなに売れてこんなにゴミになるスマートフォンなんて買ってやるものか
ハイホー、ハイホー……今、世界中の哀れな小人たちが、マック王妃に騙されて食った毒入り林檎で脳がマヒしてしまって、次から次へと毒りんごを食わされる羽目に陥っている。(現代グリム童話)
マック王国の王妃様は、今年も5sとか5cとかのバージョンの毒林檎を売り出し、それをふらふらと買わされて喜んでいる小人たちが世界中に、売り出し3日で900万人もいたのだそうだ。
「GigaOMによると、今年のスマートフォン出荷台数は合わせて8億9700万台に達する見込みで、昨年の7億1200万台に比べて26%ほど増加することになりそうだという。それに対して、昨年あわせて1億3400万台を記録したiPhoneの販売台数は、今年1億5000万台程度に留まる可能性が高いという。なお、前年(2011年)のiPhone販売台数は9300万台前後で、2012年には対前年比44%増加していた。(wirelesswire news)」
ヤレヤレ、毎年7億台以上を売るってことは、毎年どれほどの機械が捨てられているのだろうか。毒りんご食わされた小人どもは、廃棄するゴミという本物の毒を排出していることになると気が付かないのだろうか。
あ、そうか、毒りんごで脳が麻痺してるんだな。
では、このわたしはどうなのか。そう、昔からこういう類の大人のおもちゃが大好きである。小さなハイテク機が出るとすぐ買ったものだ。
マイクロテープレコーダー、ポケットコンピューター、スパイ用デジタルカメラ録音機、携帯ワードプロセサー、携帯PC、携帯電話、iPodなど、次々と死骸になっていった。
でも、実は、わたしはスマートフォンなる代物をもっていない。携帯電話機だけである。しかもこれはインタネット接続できないのである。もちろん接続しないという契約をわざわざしたからである。
だから正真正銘の電話機なのだが、ごくたまにショートメールをやり取りするから、それなりの利用もしている。
いちばん利用している機能は、時計である。昔から時計を持つ習慣がないので、街で歩きながら店先を覗き込んで時刻を知っていたが、いまはこれである。
携帯電話をいちばん必要としたときは、超高齢の母がそろそろ危ないころだった。それが終わった今は、こちらが危なくなって必要を感じているのが、哀しくも可笑しい。
TVを見る習慣がないからワンセグなんていらないし、買い物もめったにしないからおサイフケータイなんてアホらしいし、写メールもデジタルカメラとPCで十分、なにがスマートフォンだよ、いらない機能ばかり売りつけようたって、そうはさせるもんか。
白状すれば、softbakaを嫌いなのでこれまで買わなかったのだが、doromoがiPhoneを売ると聞いて、あ、買い換えようかなと思った。
だが、こんなに世界中で毒林檎中毒小人がいると知って、ヘソが曲がってしまった。
ふん、一緒にされたくないぞ、買うもんか。
マック王国の王妃様は、今年も5sとか5cとかのバージョンの毒林檎を売り出し、それをふらふらと買わされて喜んでいる小人たちが世界中に、売り出し3日で900万人もいたのだそうだ。
「GigaOMによると、今年のスマートフォン出荷台数は合わせて8億9700万台に達する見込みで、昨年の7億1200万台に比べて26%ほど増加することになりそうだという。それに対して、昨年あわせて1億3400万台を記録したiPhoneの販売台数は、今年1億5000万台程度に留まる可能性が高いという。なお、前年(2011年)のiPhone販売台数は9300万台前後で、2012年には対前年比44%増加していた。(wirelesswire news)」
ヤレヤレ、毎年7億台以上を売るってことは、毎年どれほどの機械が捨てられているのだろうか。毒りんご食わされた小人どもは、廃棄するゴミという本物の毒を排出していることになると気が付かないのだろうか。
あ、そうか、毒りんごで脳が麻痺してるんだな。
では、このわたしはどうなのか。そう、昔からこういう類の大人のおもちゃが大好きである。小さなハイテク機が出るとすぐ買ったものだ。
マイクロテープレコーダー、ポケットコンピューター、スパイ用デジタルカメラ録音機、携帯ワードプロセサー、携帯PC、携帯電話、iPodなど、次々と死骸になっていった。
でも、実は、わたしはスマートフォンなる代物をもっていない。携帯電話機だけである。しかもこれはインタネット接続できないのである。もちろん接続しないという契約をわざわざしたからである。
だから正真正銘の電話機なのだが、ごくたまにショートメールをやり取りするから、それなりの利用もしている。
いちばん利用している機能は、時計である。昔から時計を持つ習慣がないので、街で歩きながら店先を覗き込んで時刻を知っていたが、いまはこれである。
携帯電話をいちばん必要としたときは、超高齢の母がそろそろ危ないころだった。それが終わった今は、こちらが危なくなって必要を感じているのが、哀しくも可笑しい。
TVを見る習慣がないからワンセグなんていらないし、買い物もめったにしないからおサイフケータイなんてアホらしいし、写メールもデジタルカメラとPCで十分、なにがスマートフォンだよ、いらない機能ばかり売りつけようたって、そうはさせるもんか。
白状すれば、softbakaを嫌いなのでこれまで買わなかったのだが、doromoがiPhoneを売ると聞いて、あ、買い換えようかなと思った。
だが、こんなに世界中で毒林檎中毒小人がいると知って、ヘソが曲がってしまった。
ふん、一緒にされたくないぞ、買うもんか。
2013/09/21
836【横浜ご近所探検】恨めしオコゼ、絶品料理サンプル
右足親指の爪が肉に食い込んで化膿、外科医院で切開して爪切りをしてもらった。自分で自分の身体を攻撃する自傷作用とは、これも老人力のひとつだろうか。
医院から帰りの道々、横浜橋商店街を徘徊、魚屋でオコゼが恨めしそうな顔をして売られている。
ちょっと休んでいこうかと喫茶店のショーケースを見て、そのサンプルの作り方のうまさに驚く。
これほど上手に、いかにも不味そうにつくるのは、かなりの技術がいるだろう。つい、本物の料理を並べたままに、月日が経ったのかと思った。
医院から帰りの道々、横浜橋商店街を徘徊、魚屋でオコゼが恨めしそうな顔をして売られている。
ちょっと休んでいこうかと喫茶店のショーケースを見て、そのサンプルの作り方のうまさに驚く。
これほど上手に、いかにも不味そうにつくるのは、かなりの技術がいるだろう。つい、本物の料理を並べたままに、月日が経ったのかと思った。
2013/09/18
835横浜港景観事件(14)あの結婚式場が姿を現したがどうもつまらない風景だ
ようやく暑さも控えめになった日、みなとみらいホールに出かけた。
途中の桜木町駅前からみる新港の風景の中に、例の景観問題になった結婚式場の工事用の囲いが取り外されて、その華麗なる?姿を現しているのであった。
ほお、これがあの騒ぎの結果であるかと、日本丸パークからしげしげと眺めたのであった。
まずは汽車道からの新港、北仲にかけてのパノラマをご覧あれ。
記憶を戻して、例の結婚式場の最初に事業者から出された絵である。これが横浜市都市美対策審議会でNOと言われたのであった。設計者は清水建設である。
その案をもとに横浜市当局と事業者が調整して、結論としてGOとなったのが、この絵↓である。上の絵とはどこが違うか、クイズになる。
そうして、今、これが現実に姿を見せた実物である↓。さて、上の絵と同じだろうか。
わたしの第1印象は、計画時に示されていた絵よりも、なんだかボケているなあ、であった。色もメリハリがないが、建築の形もごたごたしていてメリハリがないのである。
隣のワールドポータースの建築デザインは、なんともまとまりがないが、その延長上でまたゴタゴタデザインが登場した。なんだか増築に見えるが、それは相互に商業的には成功かもしれない。
どうもつまらないのだが、なにが詰まらないかと考えて、いわゆる遊園地型の商業建築としてのデザインを狙ったのだろうが、万事中途半端なのである。いろいろな形態が登場しているのだが、その間に統一感はないし、ひとつひとつにも美しさに欠ける。
かといって、異なるものの組み合わせによるポストモダンやハイブリッドのもつ面白さもない。
全体的にプロポーションがよくない。基壇部とその上という二つに分けているのだが、その間のプロポーションが悪いし、基壇上部の建築プロポーションもよくない。
どう見ても、お隣の遊園地にある大観覧車と一体になった遊園地施設である。その点では、周辺景観と調和していると言える。
以前に観覧車を人質にとったデザインだと批評したことがあるので、もしもこの観覧車が無くなったらどうなるか(仮設だから)、いたずら戯造をやってみた。
おお、なんだかしまりのない風景になったなあ。あとからあとから増築を重ねた旅館のようである。悪い景観が出現したというよりも、つまらない景観になってしまった、というところだろう。
参照:これまでのこの件のブログ記事
723横浜港景観事件(13)キリンが見ている横浜新港の結婚式場工事
660横浜港景観事件(12)ほぼ当初計画でGOサインの結婚式場計画
647横浜港景観事件(11)新港地区という島全体をどうしたいのか
646横浜港景観事件(10)横浜の景観行政見に新港地区へ
640横浜港景観事件(番外2)建築家の言うことはよくわからない
634横浜港景観事件(番外)神戸の港でもコスプレ建築の結婚式場が
633横浜港景観事件(9)新港登場「新擬洋風」建築は新ランドマークか
632横浜港景観事件(8)赤レンガ建築群が建ち並ぶ出島かと思ってたら
628横浜港景観事件(7)現代の結婚式場は鉄柵の中の異教徒礼拝所
626横浜港景観事件(6)もっと楽しい風景にしてほしいと思うけど、
624横浜港景観事件(5)ラブホは愛の空間、結婚式場は幸福の時間
623横浜港景観事件(4)幸せと愛の空間は教会と城郭と神殿にある
622横浜港景観事件(3)隣の遊園地と景観的調和を図りました
621横浜港景観事件(2)下手な模倣デザインをするなとデザイン指針
620横浜港景観事件(1)かの有名な横浜市の景観政策が座礁気味
599横浜港景観事件(序2)非日常・異日常そして日常の風景
592横浜港景観事件(序1)市場における都市美とは?
途中の桜木町駅前からみる新港の風景の中に、例の景観問題になった結婚式場の工事用の囲いが取り外されて、その華麗なる?姿を現しているのであった。
ほお、これがあの騒ぎの結果であるかと、日本丸パークからしげしげと眺めたのであった。
まずは汽車道からの新港、北仲にかけてのパノラマをご覧あれ。
記憶を戻して、例の結婚式場の最初に事業者から出された絵である。これが横浜市都市美対策審議会でNOと言われたのであった。設計者は清水建設である。
その案をもとに横浜市当局と事業者が調整して、結論としてGOとなったのが、この絵↓である。上の絵とはどこが違うか、クイズになる。
わたしの第1印象は、計画時に示されていた絵よりも、なんだかボケているなあ、であった。色もメリハリがないが、建築の形もごたごたしていてメリハリがないのである。
隣のワールドポータースの建築デザインは、なんともまとまりがないが、その延長上でまたゴタゴタデザインが登場した。なんだか増築に見えるが、それは相互に商業的には成功かもしれない。
どうもつまらないのだが、なにが詰まらないかと考えて、いわゆる遊園地型の商業建築としてのデザインを狙ったのだろうが、万事中途半端なのである。いろいろな形態が登場しているのだが、その間に統一感はないし、ひとつひとつにも美しさに欠ける。
かといって、異なるものの組み合わせによるポストモダンやハイブリッドのもつ面白さもない。
全体的にプロポーションがよくない。基壇部とその上という二つに分けているのだが、その間のプロポーションが悪いし、基壇上部の建築プロポーションもよくない。
どう見ても、お隣の遊園地にある大観覧車と一体になった遊園地施設である。その点では、周辺景観と調和していると言える。
以前に観覧車を人質にとったデザインだと批評したことがあるので、もしもこの観覧車が無くなったらどうなるか(仮設だから)、いたずら戯造をやってみた。
おお、なんだかしまりのない風景になったなあ。あとからあとから増築を重ねた旅館のようである。悪い景観が出現したというよりも、つまらない景観になってしまった、というところだろう。
ちょっと悪乗りして、こんな戯造をやってみた。
ふふふ、もしも、こういうのが出てきていたら、どうする?
もうひとつ悪乗り、こんなのだったら?
だんだん過激?になる 結婚式場に洲崎弁天復活か
723横浜港景観事件(13)キリンが見ている横浜新港の結婚式場工事
660横浜港景観事件(12)ほぼ当初計画でGOサインの結婚式場計画
647横浜港景観事件(11)新港地区という島全体をどうしたいのか
646横浜港景観事件(10)横浜の景観行政見に新港地区へ
640横浜港景観事件(番外2)建築家の言うことはよくわからない
634横浜港景観事件(番外)神戸の港でもコスプレ建築の結婚式場が
633横浜港景観事件(9)新港登場「新擬洋風」建築は新ランドマークか
632横浜港景観事件(8)赤レンガ建築群が建ち並ぶ出島かと思ってたら
628横浜港景観事件(7)現代の結婚式場は鉄柵の中の異教徒礼拝所
626横浜港景観事件(6)もっと楽しい風景にしてほしいと思うけど、
624横浜港景観事件(5)ラブホは愛の空間、結婚式場は幸福の時間
623横浜港景観事件(4)幸せと愛の空間は教会と城郭と神殿にある
622横浜港景観事件(3)隣の遊園地と景観的調和を図りました
621横浜港景観事件(2)下手な模倣デザインをするなとデザイン指針
620横浜港景観事件(1)かの有名な横浜市の景観政策が座礁気味
599横浜港景観事件(序2)非日常・異日常そして日常の風景
592横浜港景観事件(序1)市場における都市美とは?
2013/09/12
834【横浜ご近所探検】金庫屋さん、未来はない住宅展、タダ乗りデー
街をふらふら徘徊すれば、ヘンなものに出くわす。
道をはさんで左に「城南信用金庫」の看板、右に「山形金庫」の看板。
はて、どう違うのか違わないのか。
道端にポスターが貼ってある。「カーフリーデー」だそうである。カーとは自動車のことかしら、フリーとは自由とか無料のことかしら、デーとは日のことかしら。
ということは、9月22日はバス代とタクシー代が無料乗り放題になるんだな、ありがたい。
地下鉄に乗ればぶら下がり広告に、「未来をのぞく住宅展」とある。
うん、そりゃそうだ、過去と現在の住宅は展示できるけど、未来を展示することは不可能だから、わざわざ「除く」と言わなくても当たりまえだろうに。
2013/09/08
833【五輪騒動】えっ、また東京でオリンピックやるの? 福島でやればいいのになあ。
えっ、オリンピックやるの?
じゃあ、お祝いに、オリピック音頭をひとつ、、。
♪オリンピックの顔と顔、ホレ、シャシャントシャシャント、かおと~かあうぉ~♪♪ 三波ハルオでございます。
こういう時なら、福島でやるべきでしょ、なんてったって日本は安全だと総理大臣がご一行様を引き連れて、地球の裏側にまで行って大金かけて宣伝してるんですから、自信を持って福島で、そう、双葉郡でやりましょう。
あ、そうだ、マラソン会場だけでも、そうしたらいかがですか。あの有名になった第1原発をバックにゴールインするって、世界中への安全PRとして、これ以上ないですね。
あれは1960年頃かしら、日本橋を通ったら、川の中に太い杭を打ち込んでいた。なんせヘドロ川だから、杭がズルズルと自重でもぐりこみ、それにまた杭を継ぎ足して、スカッ、スカッ、しばらくしてようやくカ~ン、カ~ンて打ち込む音になった。
そうやって石の日本橋の上空に鉄の日本橋ができた。
あれから半世紀のちの日本橋で、なにか起きるでしょうか。
参照⇒http://homepage2.nifty.com/datey/nihonbasi.pdf
で、肝心のあのオリンピックを、TVでも見た記憶がない。え~っと、アベベって裸足のランナーがいたような、、。
じゃあ、お祝いに、オリピック音頭をひとつ、、。
♪オリンピックの顔と顔、ホレ、シャシャントシャシャント、かおと~かあうぉ~♪♪ 三波ハルオでございます。
こういう時なら、福島でやるべきでしょ、なんてったって日本は安全だと総理大臣がご一行様を引き連れて、地球の裏側にまで行って大金かけて宣伝してるんですから、自信を持って福島で、そう、双葉郡でやりましょう。
あ、そうだ、マラソン会場だけでも、そうしたらいかがですか。あの有名になった第1原発をバックにゴールインするって、世界中への安全PRとして、これ以上ないですね。
あれは1960年頃かしら、日本橋を通ったら、川の中に太い杭を打ち込んでいた。なんせヘドロ川だから、杭がズルズルと自重でもぐりこみ、それにまた杭を継ぎ足して、スカッ、スカッ、しばらくしてようやくカ~ン、カ~ンて打ち込む音になった。
そうやって石の日本橋の上空に鉄の日本橋ができた。
あれから半世紀のちの日本橋で、なにか起きるでしょうか。
参照⇒http://homepage2.nifty.com/datey/nihonbasi.pdf
で、肝心のあのオリンピックを、TVでも見た記憶がない。え~っと、アベベって裸足のランナーがいたような、、。
2013/09/07
832【東京路地徘徊】元麻布の谷底街の路地の上に狸の大入道が真昼に出てくる
久しぶりに東京・広尾に用事あって出かけた。
用事と言っても親しい仲間との夕食飲み会であるが、いきなり会場に着いては徘徊老人の名折れになる。一山向うの麻布十番からふらふらと回り道しながら、途中でお勉強もしながら行くことにする。
このあたりは坂道ばかりである。こんな山の中に街をつくらなくても、関東には平野がいっぱいあるのに、江戸東京の人はなにが面白くてこんなところに住んだのか。
樹木が怖いほど繁っていた暗闇坂、化かしに出てくる狸坂なんて、田舎そのまんまの命名である。
暗闇坂を登り切ったところに長傳寺、麻布十番から標高差約20mの丘の上は、こんな風景である。近頃の寺院は、五重の塔ならぬ三十重の塔を持っているのであった。このあたりには寺院が結構多いのは、江戸時代からの街ということだろう。
こんどは狸坂を下って行く。坂の途中には、これまたお高そうな格好良いお住まいが立ち並んでいる。狸は住みにくいことだろう。
狸坂を下りきると、狭い5差路に出る。この交差点が谷底で、そこから出る道は一本を除いてどれも上り坂になる。
その手前に左手が擁壁の幅90センチほどの路地を見つけて入り込む。
奥へ奥へと行くと、意外にも下町風情の路地となった。地名は元麻布2丁目5だが、町内会の掲示には麻布宮村町と書いてあるから、こちらが伝統的地名だろう。
このあたりは谷のドンつまりで、前も左右も高くなって上に集合住宅ビルや学校の石垣が見える。路地は崖下に突き当たってしまった。
振り返ると、おお、路地の物干し台の上に大入道が突っ立っている。狸のお得意な化け方である。真昼間から出てきている。
こちらの向こうには、親分狸の大入道が腹を出して突っ立ち、その前には赤いおべべの女大入道が2匹立っている。
さっきの狸坂下の5差路交差点に戻って、北へと坂を登っていく。丘上街に来ると、路地はこんな風になってしまって、谷底街の生活感のあるわたしの好きな風情は消える。
まわりはお高そうな集合住宅ビル、お庭がバッチリ広~いお屋敷(これがホントのマンション)、お屋敷を集合住宅ビルに建て替え中のところもある。
児童公園がある。ほう、遊んでいるガキどももカアちゃんどもも、なんだか毛色が違うなあ、ふ~ん。
中国大使館の門の前には、男女二人が人権なんとかと書いた布を広げており、なにやら中国語らしき大声をあげている。
そばに3人の警官が手持無沙汰のような緊張しているような感じで突っ立っている。
坂の下の谷底街はいかにも平和なのに、坂の上の街は国際情勢を反映して何やら騒がしい。
そういえば、このあたりの丘の上の街のあちこちに、世界中の大使館があるから、その御国の政治情勢によって、あっちが騒がしかったり、こっちが騒がしかったりするのだろう。
グーグルアースで、このあたりの今と昔を比較してみた。
まずは、路地の街・麻布宮村町の2012年である。
同じく宮村町の1997年である
ところが、どうもそうでもないらしい。どう見ても、ヒルズができる前のほうが緑が多くあるように見える。
もちろん、そこは公開空地ではなくて個人所有の緑の空間だったろうが、個人所有の緑でもその景観や微気象にもたらす良い影響は、公共の緑と変わりはないはずだ。
用事と言っても親しい仲間との夕食飲み会であるが、いきなり会場に着いては徘徊老人の名折れになる。一山向うの麻布十番からふらふらと回り道しながら、途中でお勉強もしながら行くことにする。
このあたりは坂道ばかりである。こんな山の中に街をつくらなくても、関東には平野がいっぱいあるのに、江戸東京の人はなにが面白くてこんなところに住んだのか。
樹木が怖いほど繁っていた暗闇坂、化かしに出てくる狸坂なんて、田舎そのまんまの命名である。
その長傳寺の向かいに、なんとなく気になる洋館風の住宅のような建物がある。あたりにはこの家のほかは、お高そうな集合住宅ばかりが見える。
こんどは狸坂を下って行く。坂の途中には、これまたお高そうな格好良いお住まいが立ち並んでいる。狸は住みにくいことだろう。
狸坂を下りきると、狭い5差路に出る。この交差点が谷底で、そこから出る道は一本を除いてどれも上り坂になる。
その手前に左手が擁壁の幅90センチほどの路地を見つけて入り込む。
奥へ奥へと行くと、意外にも下町風情の路地となった。地名は元麻布2丁目5だが、町内会の掲示には麻布宮村町と書いてあるから、こちらが伝統的地名だろう。
このあたりは谷のドンつまりで、前も左右も高くなって上に集合住宅ビルや学校の石垣が見える。路地は崖下に突き当たってしまった。
振り返ると、おお、路地の物干し台の上に大入道が突っ立っている。狸のお得意な化け方である。真昼間から出てきている。
こちらの向こうには、親分狸の大入道が腹を出して突っ立ち、その前には赤いおべべの女大入道が2匹立っている。
さっきの狸坂下の5差路交差点に戻って、北へと坂を登っていく。丘上街に来ると、路地はこんな風になってしまって、谷底街の生活感のあるわたしの好きな風情は消える。
まわりはお高そうな集合住宅ビル、お庭がバッチリ広~いお屋敷(これがホントのマンション)、お屋敷を集合住宅ビルに建て替え中のところもある。
児童公園がある。ほう、遊んでいるガキどももカアちゃんどもも、なんだか毛色が違うなあ、ふ~ん。
尾根の上の道を行けば、ちょっと雰囲気の異なる塀が続いて、大きな中華料理屋だろうと歩いて行ったら、なんと中国大使館であった。向うに腹の出っ張った大入道が見えている。
中国大使館の門の前には、男女二人が人権なんとかと書いた布を広げており、なにやら中国語らしき大声をあげている。
そばに3人の警官が手持無沙汰のような緊張しているような感じで突っ立っている。
坂の下の谷底街はいかにも平和なのに、坂の上の街は国際情勢を反映して何やら騒がしい。
そういえば、このあたりの丘の上の街のあちこちに、世界中の大使館があるから、その御国の政治情勢によって、あっちが騒がしかったり、こっちが騒がしかったりするのだろう。
グーグルアースで、このあたりの今と昔を比較してみた。
まずは、路地の街・麻布宮村町の2012年である。
同じく宮村町の1997年である
この六本木ヒルズの二つの画像を眺めていて気が付いたことがある。
超高層ビルにするとその周囲が広く空くので、都市に緑の空間を多くもたらすという、森ビルがしょっちゅう唱えている開発理論?がある。ところが、どうもそうでもないらしい。どう見ても、ヒルズができる前のほうが緑が多くあるように見える。
もちろん、そこは公開空地ではなくて個人所有の緑の空間だったろうが、個人所有の緑でもその景観や微気象にもたらす良い影響は、公共の緑と変わりはないはずだ。
2013/09/05
831集団自衛権容認のついでに婚外子差別容認の憲法解釈をすればいいのだよ
熊五郎 ご隠居、猛烈に暑いと思ったら、今度は雨ばっかり、そうしたら竜巻だなんて、世の中オカシイですね。
ご隠居 おお、熊さん、お前でも世の中オカシイって思うかい、そうだよ、なんてたってあの選挙のあとから次々と怪しいことが起こるねえ。
熊 選挙のあとからねえ、そういやそうかもなあ、こりゃやっぱりアホのミックスなんですかねえ。
隠 おお、アホなことがいろいろ取り混ぜて起きてるねえ。戦争に傾く憲法改定推進とか、柔道界のドタバタとか、核毒水垂れ流しとかねえ。天候異変もそれだろ。
熊 ところで今朝の新聞に、婚外子相続差別についての民法規定が、憲法違反て最高裁判決が出たって出てますね。親が死んだときの相続額が、結婚してない親の子は結婚してる親の子の半分なんで、これが人間みな平等とする憲法に違反するってんですね。
隠 今の民法は、親の不倫をその子で罰してるんだよ。生まれる子がかわいそうだから、不倫してもいいいけど子はつくるなよって、そういう親切な民法なんだねえ。前々からこの民法条項を変えようって動きがあるんだけど、保守系の国会議員さんたちが、そんなことしたら不倫の子が増えて家族制度が崩壊するから反対ってんで、法改正にならないんだな。
熊 え、そう考えるんですかい。余計なお世話てなもんでしょ。じゃあ、できちゃった婚てのがあるでしょ、あれって本当は結婚しないで子だけほしいってのもあるはずでしょ、なのに、相続で可哀そうだからって、したくもない結婚してるかもしれませんよ。強制結婚っておかしいでしょ。
隠 う~ん、自分が死んだときのことまで考えて、子をつくったり、結婚したりするものだろうかねえ。
熊 こういう判決が出たら、民法を変えるんでしょうね。
隠 いや、わからんぞ、憲法のほうを変えるかもしれないよ。人間平等の条項に、ただし不倫の子にはこれを適用しない、ってつけくわえるんだよ。
熊 あ、そういう手があるか。
隠 それが間に合わないなら、集団自衛権容認の内閣法制局長官に取り替えたのだから、ついでに婚外子差別容認の憲法解釈もさせればいいのだよ、自民党お得意の、。
熊 あ、そういう手もあるのか、え?
ご隠居 おお、熊さん、お前でも世の中オカシイって思うかい、そうだよ、なんてたってあの選挙のあとから次々と怪しいことが起こるねえ。
熊 選挙のあとからねえ、そういやそうかもなあ、こりゃやっぱりアホのミックスなんですかねえ。
隠 おお、アホなことがいろいろ取り混ぜて起きてるねえ。戦争に傾く憲法改定推進とか、柔道界のドタバタとか、核毒水垂れ流しとかねえ。天候異変もそれだろ。
熊 ところで今朝の新聞に、婚外子相続差別についての民法規定が、憲法違反て最高裁判決が出たって出てますね。親が死んだときの相続額が、結婚してない親の子は結婚してる親の子の半分なんで、これが人間みな平等とする憲法に違反するってんですね。
隠 今の民法は、親の不倫をその子で罰してるんだよ。生まれる子がかわいそうだから、不倫してもいいいけど子はつくるなよって、そういう親切な民法なんだねえ。前々からこの民法条項を変えようって動きがあるんだけど、保守系の国会議員さんたちが、そんなことしたら不倫の子が増えて家族制度が崩壊するから反対ってんで、法改正にならないんだな。
熊 え、そう考えるんですかい。余計なお世話てなもんでしょ。じゃあ、できちゃった婚てのがあるでしょ、あれって本当は結婚しないで子だけほしいってのもあるはずでしょ、なのに、相続で可哀そうだからって、したくもない結婚してるかもしれませんよ。強制結婚っておかしいでしょ。
隠 う~ん、自分が死んだときのことまで考えて、子をつくったり、結婚したりするものだろうかねえ。
熊 こういう判決が出たら、民法を変えるんでしょうね。
隠 いや、わからんぞ、憲法のほうを変えるかもしれないよ。人間平等の条項に、ただし不倫の子にはこれを適用しない、ってつけくわえるんだよ。
熊 あ、そういう手があるか。
隠 それが間に合わないなら、集団自衛権容認の内閣法制局長官に取り替えたのだから、ついでに婚外子差別容認の憲法解釈もさせればいいのだよ、自民党お得意の、。
熊 あ、そういう手もあるのか、え?
2013/09/01
830横浜能楽堂で若い演者たちによる若い主人公の能『敦盛』を観たが、、
今日は特に暑さがもどってきた。その中を横浜能楽堂に、能「敦盛」を観にいった。
初めに歌人の馬場あき子による解説があったが、さすがにうまい。中身はともかく、こういう風に話をしたいものだと、大いに参考になった。
この連続公演企画「時々の花」というテーマは、世阿弥生誕650年記念だそうだ。650年にどんな意味があるのだろうか。
月1回の3回公演の第1回であるが、「青春の巻」とて若い主人公の能を、若いシテ方による公演とて、金剛龍謹の敦盛であった。
シテは金剛流宗家の跡取り息子だそうで、25歳である。
ワキもはじめて見る若者で、有松遼一という。
若者のはつらつたる能を期待したが、ワキはまあまあだったが、シテの金剛跡取り息子は、なんとも溌剌さに欠けていた。
期待していた後場の見せ場の舞が、クセも中の舞もなんとも優しい動きで型を追うだけ、若者らしいスカッとしたキレというものが見えなかったのは、わたしの鑑賞眼のなさだろう。とにかく眠くなってしまった。
次回は10月26日、今度は中年シテ梅若紀彰が出る井筒、最後の12月が師匠の野村四郎の桧垣で、これが目的でつい3回分のセット券を買ってしまった。
帰りに音楽堂のチケットセンターで、10月14日午後の文楽公演「生写朝顔話」(しょううつしあさがおばなし)の切符を買った。大昔の少年の頃、講談の本で読んだ朝顔日記の話らしい。
実は文楽を見るのは初めてである。
初めに歌人の馬場あき子による解説があったが、さすがにうまい。中身はともかく、こういう風に話をしたいものだと、大いに参考になった。
この連続公演企画「時々の花」というテーマは、世阿弥生誕650年記念だそうだ。650年にどんな意味があるのだろうか。
月1回の3回公演の第1回であるが、「青春の巻」とて若い主人公の能を、若いシテ方による公演とて、金剛龍謹の敦盛であった。
シテは金剛流宗家の跡取り息子だそうで、25歳である。
ワキもはじめて見る若者で、有松遼一という。
若者のはつらつたる能を期待したが、ワキはまあまあだったが、シテの金剛跡取り息子は、なんとも溌剌さに欠けていた。
期待していた後場の見せ場の舞が、クセも中の舞もなんとも優しい動きで型を追うだけ、若者らしいスカッとしたキレというものが見えなかったのは、わたしの鑑賞眼のなさだろう。とにかく眠くなってしまった。
次回は10月26日、今度は中年シテ梅若紀彰が出る井筒、最後の12月が師匠の野村四郎の桧垣で、これが目的でつい3回分のセット券を買ってしまった。
帰りに音楽堂のチケットセンターで、10月14日午後の文楽公演「生写朝顔話」(しょううつしあさがおばなし)の切符を買った。大昔の少年の頃、講談の本で読んだ朝顔日記の話らしい。
実は文楽を見るのは初めてである。
2013/08/31
829なんだか不気味な世の中になってきたようだから早くおさらばしたいもんだ
二つの本が、それを読むことを妨害されることが起きて、世の話題になっているらしい。
実はどちらも読んだことはないが、読むことを妨害される背後に、何か不気味な気配を感じる。
「はだしのゲン」なる漫画本が、松江市教育長が各学校に指示して、閉架にさせたことが、そのひとつ。
これは、あれこれあって、元に戻ったらしい。
何が原因でそうなったかについては、市民のひとりが、気に入らない本なのでそうしろと、議会に請願を出したことが始まりらしい。請願は通らなかったが、請願を出したってことは紹介議員があるということだろう。
それが教育委員会事務局を刺激して、閉架にさせたってことらしい。なんとなく、政治的な動きを察知して、ごたごた言われるよりも先回りして、臭いものに蓋をした感じがある。
もうひとつは、高校の歴史教科書の採択に、教育委員会が口出しして高校の選択を変えさせたことである。
その教科書には、国旗と国歌について一部の自治体で公務員への強制の動きがあると、名ざしではないが神奈川県と東京都で起きた事実を書いてあるそうだ。
で、自分に不都合なことが書いてあると、両教委が校長にその教科書を採択しないようにと指示した。
どうも、そうなったもとは、ある団体が教育委員会に、この教科書はけしからんと指摘したことから始まったらしい。
校長が、これを選んだら攻撃されると、ビビッてしまったのだそうだ。どこが攻撃してくるのだろうか。
二つの事件のもとにあるのは、なにかよくわからないけど、臭いものに蓋して穏便に処理しないと、学校が攻撃を受けるかもしれない、そんな空気があるようだ。
そして何より怖いのは、なんの攻撃か知らないが、わたしなど想像もつかない何か不気味な動きが、今の世の中にはあるらしいことだ。こわ~い。
なんだか、化学兵器をつかったか使わないかわからないシリアが、アメリカから攻撃されるって構図の、ミニミニ版が日常世界にもあるらしい。怖~い。
わたしも当事者になったら、臭いものに蓋してさっさと逃げるけど、そのまえに、もう、こんな不気味なこの世から、早く逃げ出したいもんだ。
実はどちらも読んだことはないが、読むことを妨害される背後に、何か不気味な気配を感じる。
「はだしのゲン」なる漫画本が、松江市教育長が各学校に指示して、閉架にさせたことが、そのひとつ。
これは、あれこれあって、元に戻ったらしい。
何が原因でそうなったかについては、市民のひとりが、気に入らない本なのでそうしろと、議会に請願を出したことが始まりらしい。請願は通らなかったが、請願を出したってことは紹介議員があるということだろう。
それが教育委員会事務局を刺激して、閉架にさせたってことらしい。なんとなく、政治的な動きを察知して、ごたごた言われるよりも先回りして、臭いものに蓋をした感じがある。
もうひとつは、高校の歴史教科書の採択に、教育委員会が口出しして高校の選択を変えさせたことである。
その教科書には、国旗と国歌について一部の自治体で公務員への強制の動きがあると、名ざしではないが神奈川県と東京都で起きた事実を書いてあるそうだ。
で、自分に不都合なことが書いてあると、両教委が校長にその教科書を採択しないようにと指示した。
どうも、そうなったもとは、ある団体が教育委員会に、この教科書はけしからんと指摘したことから始まったらしい。
校長が、これを選んだら攻撃されると、ビビッてしまったのだそうだ。どこが攻撃してくるのだろうか。
二つの事件のもとにあるのは、なにかよくわからないけど、臭いものに蓋して穏便に処理しないと、学校が攻撃を受けるかもしれない、そんな空気があるようだ。
そして何より怖いのは、なんの攻撃か知らないが、わたしなど想像もつかない何か不気味な動きが、今の世の中にはあるらしいことだ。こわ~い。
なんだか、化学兵器をつかったか使わないかわからないシリアが、アメリカから攻撃されるって構図の、ミニミニ版が日常世界にもあるらしい。怖~い。
わたしも当事者になったら、臭いものに蓋してさっさと逃げるけど、そのまえに、もう、こんな不気味なこの世から、早く逃げ出したいもんだ。
2013/08/30
828参議院選挙余聞
このまえの参議院選挙の比例代表で、ある議員が当選したが、ある市でその議員の票がゼロだった。
その市に住むその議員の支持者が、選挙管理委員会に「わたしは投票したのにゼロ票とはおかしい、票を調べろ」と抗議しているそうだ。
これって、なんとなく、おもしろおかしい。
本当に票の数え間違いだったのだろうか。
どうして選管発表のすぐ後に抗議しなかったのだろうか。あれからもう9カ月も経っている。
もしかして、実はその支持者は、その議員に票を入れなくても、ばれることはないだろうって、ほかの人に票を入れたら、なんとまあゼロ票と選管発表で、ばれてしまったので、日頃支持してるって出入りしていたので困ってしまって、しょうがないからとりあえず選管に抗議したって、まさかそんなことないですよね。
昔、こういう選挙の笑い話があった。
ある人がなにかの選挙に立後補した。投票に自分で自分の名前を書く卑怯なことはしないと、他人を書いた。開票したら、自分はゼロ票だった。妻も入れなかったとばれて家庭争議に。
その市に住むその議員の支持者が、選挙管理委員会に「わたしは投票したのにゼロ票とはおかしい、票を調べろ」と抗議しているそうだ。
これって、なんとなく、おもしろおかしい。
本当に票の数え間違いだったのだろうか。
どうして選管発表のすぐ後に抗議しなかったのだろうか。あれからもう9カ月も経っている。
もしかして、実はその支持者は、その議員に票を入れなくても、ばれることはないだろうって、ほかの人に票を入れたら、なんとまあゼロ票と選管発表で、ばれてしまったので、日頃支持してるって出入りしていたので困ってしまって、しょうがないからとりあえず選管に抗議したって、まさかそんなことないですよね。
昔、こういう選挙の笑い話があった。
ある人がなにかの選挙に立後補した。投票に自分で自分の名前を書く卑怯なことはしないと、他人を書いた。開票したら、自分はゼロ票だった。妻も入れなかったとばれて家庭争議に。
2013/08/29
827なんだか突然に秋がやって来たような
ふらふらとご近所を徘徊していて、奇妙な幟旗にでくわした。
「替玉無料」と書いてある。
おお、無料で替え玉になってくれるのか、ありがたい。
「あの、替え玉お願いします」
「はい、なんの替え玉でしょうか」
「昨日、銀行で金をかっぱらって、警察に追われています。替え玉で自首してください」
「はいはい、毎度ありがとうございます」
これが無料なんだからすごいなあ。どうやってそれで稼げるんだろうか?
暑い暑い日が続いていたのに、突然にバッタと涼しくなった。なんだかおかしいよなあ、最近の季節は。
秋きぬと
目にはさやかに見えねども
風が突然涼しくなったぞ
「替玉無料」と書いてある。
おお、無料で替え玉になってくれるのか、ありがたい。
「あの、替え玉お願いします」
「はい、なんの替え玉でしょうか」
「昨日、銀行で金をかっぱらって、警察に追われています。替え玉で自首してください」
「はいはい、毎度ありがとうございます」
これが無料なんだからすごいなあ。どうやってそれで稼げるんだろうか?
暑い暑い日が続いていたのに、突然にバッタと涼しくなった。なんだかおかしいよなあ、最近の季節は。
秋きぬと
目にはさやかに見えねども
風が突然涼しくなったぞ
2013/08/28
826男の日傘が売れているそうで、世の中の話題らしい
男の日傘が売れているそうである。世の中の話題らしい。
えっ、今ごろ、どうして?
わたしなんぞ、ずっと昔から、暑い日照りの時は、雨傘を日傘にして歩いていたぞ。
男が日傘をさすのがおかしいなんて、ちっとも思っていなかったぞ。
てことは、わたし以外の男はそう思っていたのかあ、知らなかったなあ。
でも、それがなにか?
どうも、これって、傘屋の宣伝にひっかかっているような気がする。
あれでしょ、透明100円傘ばかり売れるもんだから、干上がった傘屋が、それじゃあ日傘になりませんよ、こっちをお買いなさいって、反撃作戦でしょ。
そこでまた、年寄りの昔の思い出噺になる。
わたしが小学生だから大昔のこと、父が出先で急な雨になって借りてきた傘を、おつかいで返しに行かされた。
それは立派な和傘で、暗緑色に塗ってあり、なにか金線模様もあった記憶がある。
道々、開いたり閉じたりして遊びながら歩いていて、なにかに当ってバリッと大穴があいた。
アッ、どうしよう、これ持って引き返すと大目玉だなあ、しょうがない、キレイに折りたたんでお返しすれば、先方はその場で開いて見はしないだろうってことで、こわごわと返してきた。
その返した先の家は、映画「男はつらいよ」シリーズに出てくる、武家屋敷町の旧家だったような記憶がある。寅さんの妹の夫、つまり義弟の生家という設定である。
その後、びくびくしていたが、いまだに何もないから、先方が泣き寝入りしたのであろう。ゴメンナサイ。
いまも蛇の目の和傘ってあるのだろうか、あっても高いだろうなあ。100円じゃないよな。
あれを男の日傘にすると格好いいよなあ。
えっ、今ごろ、どうして?
わたしなんぞ、ずっと昔から、暑い日照りの時は、雨傘を日傘にして歩いていたぞ。
男が日傘をさすのがおかしいなんて、ちっとも思っていなかったぞ。
てことは、わたし以外の男はそう思っていたのかあ、知らなかったなあ。
でも、それがなにか?
どうも、これって、傘屋の宣伝にひっかかっているような気がする。
あれでしょ、透明100円傘ばかり売れるもんだから、干上がった傘屋が、それじゃあ日傘になりませんよ、こっちをお買いなさいって、反撃作戦でしょ。
そこでまた、年寄りの昔の思い出噺になる。
わたしが小学生だから大昔のこと、父が出先で急な雨になって借りてきた傘を、おつかいで返しに行かされた。
それは立派な和傘で、暗緑色に塗ってあり、なにか金線模様もあった記憶がある。
道々、開いたり閉じたりして遊びながら歩いていて、なにかに当ってバリッと大穴があいた。
アッ、どうしよう、これ持って引き返すと大目玉だなあ、しょうがない、キレイに折りたたんでお返しすれば、先方はその場で開いて見はしないだろうってことで、こわごわと返してきた。
その返した先の家は、映画「男はつらいよ」シリーズに出てくる、武家屋敷町の旧家だったような記憶がある。寅さんの妹の夫、つまり義弟の生家という設定である。
その後、びくびくしていたが、いまだに何もないから、先方が泣き寝入りしたのであろう。ゴメンナサイ。
いまも蛇の目の和傘ってあるのだろうか、あっても高いだろうなあ。100円じゃないよな。
あれを男の日傘にすると格好いいよなあ。
2013/08/27
825天井知らずの原発事故対策費に東電から金利と配当を得てきた金貸しと株主は責任を取っているのか
福島の事故原発から出てくる核毒で汚染した水が、どんどんどんどん増え続けて、もうどうにも止まらないらしい。毒水責めである。
昔から、三尺流れて水清しとか、もうきれいさっぱり水に流すとか言って、水に流すとなんでもキレイになるのが日本の自然であった。
今やそうはいっていらない。ペットボトルで水を買う有様である。
水清ければ魚住まずって、キレイなことは人間にとって必ずしもいいことじゃないらしいのが、原発好きのお方たちが結構いることで、いまさらに分ってきたのが、悲しい。
原発周囲からやってくる地下水がそのまま核毒汚染水となり、タンクを作って貯め続けるしかないなんて、人間が自然から水責めにあっている。
なんだか童話の中のことみたいだが現実であり、こういうのを無間地獄というのだろうか。
なんでこんなことになる原発なんてものをつくったのだろうか。分らなかったのだろうか。でもその前から核毒ごみ問題は深刻に伝えられていたから、専門家が知らないことはあるまい。
もう東電の手には負えないから、国によってその対策をとることにするとか、そんな報道が伝えられている。
ということは、国ならばなにか東電は知らない地獄から抜け出る方法を知っているのだろうか。そうじゃなさそうだ。
要するに東電では金の投入に限度があるらしいから、税金でやろうってことだろうが、待てよ、あたしの住んでる日本国には、そんなお金があるんだろうか。
どうもよくわからないのは、原発事故を起こした東電を支えてきた金貸し業とか株主とかは、どうして責任を取って、今の東電に金を出してやらないのだろうか。
あんたたち、金利や配当を受け取って儲けたはずでしょ、こうなったら逃げ出すなんて、はずかしいでしょ。卑怯でしょ。
こんな人間が手におえないものを発明してしまって、オロオロしている有様は、ほんとに見ちゃおれませんな。
それなのに、まだまだ造るし外国にも輸出もするって日本政府アホノミックスって、わたしにはもう理解できません。
まあ、わたしはもうすぐあの世に行くか、ボケて分からなくなるから、知ったことではないけどね。
現今のわたしの最大の心配は、ボケもせず死にもせずに、長生きし続けることだよなあ、う~む、なんとかしないとなあ、、藤圭子も死んだしなあ、、あ、いや、、。
そうだっ、いいこと思いついたぞ。
日本で余りに余っている年寄りどもを、核毒汚染地域に住ませるってのはいかが。現代姨捨政策である、いや、福祉政策である。
核毒のことさえなければ、あのあたりは空気も水もきれいで、魚も獣もいて、山野田畑も豊かで、暮らしやすいところだ。もったいないことである。
いいよなあ、行きたいなあ、なにか支援策を考えてよ、アホのミックス政策のひとつで。
住んで、身の回りを除染したけりゃするし、どうでもよければしない、悠々自適の生活である。
もちろん核毒地域再生のためだから、生活費は東電に負担してもらいましょう。
どうせ先は長くないのだから、それで命が1年や2年あるいは5年も縮んでも、どうってことはない。そもそも核毒病ってのは、何年か後になって出るらしいから、そのころは寿命が尽きてるよな。
わたしはそう考えて、10年前に鎌倉の谷戸の中の緑豊かで静かで空気のきれいなところから、横浜都心の核毒なみ?の自動車騒音排ガスに満ちたコンクリートジャングルに便利さだけをもとめて移ってきたのだから、口だけではないのだ。
参照→◆地震津波核毒おろおろ日録
昔から、三尺流れて水清しとか、もうきれいさっぱり水に流すとか言って、水に流すとなんでもキレイになるのが日本の自然であった。
今やそうはいっていらない。ペットボトルで水を買う有様である。
水清ければ魚住まずって、キレイなことは人間にとって必ずしもいいことじゃないらしいのが、原発好きのお方たちが結構いることで、いまさらに分ってきたのが、悲しい。
原発周囲からやってくる地下水がそのまま核毒汚染水となり、タンクを作って貯め続けるしかないなんて、人間が自然から水責めにあっている。
なんだか童話の中のことみたいだが現実であり、こういうのを無間地獄というのだろうか。
なんでこんなことになる原発なんてものをつくったのだろうか。分らなかったのだろうか。でもその前から核毒ごみ問題は深刻に伝えられていたから、専門家が知らないことはあるまい。
もう東電の手には負えないから、国によってその対策をとることにするとか、そんな報道が伝えられている。
ということは、国ならばなにか東電は知らない地獄から抜け出る方法を知っているのだろうか。そうじゃなさそうだ。
要するに東電では金の投入に限度があるらしいから、税金でやろうってことだろうが、待てよ、あたしの住んでる日本国には、そんなお金があるんだろうか。
どうもよくわからないのは、原発事故を起こした東電を支えてきた金貸し業とか株主とかは、どうして責任を取って、今の東電に金を出してやらないのだろうか。
あんたたち、金利や配当を受け取って儲けたはずでしょ、こうなったら逃げ出すなんて、はずかしいでしょ。卑怯でしょ。
こんな人間が手におえないものを発明してしまって、オロオロしている有様は、ほんとに見ちゃおれませんな。
それなのに、まだまだ造るし外国にも輸出もするって日本政府アホノミックスって、わたしにはもう理解できません。
まあ、わたしはもうすぐあの世に行くか、ボケて分からなくなるから、知ったことではないけどね。
現今のわたしの最大の心配は、ボケもせず死にもせずに、長生きし続けることだよなあ、う~む、なんとかしないとなあ、、藤圭子も死んだしなあ、、あ、いや、、。
そうだっ、いいこと思いついたぞ。
日本で余りに余っている年寄りどもを、核毒汚染地域に住ませるってのはいかが。現代姨捨政策である、いや、福祉政策である。
核毒のことさえなければ、あのあたりは空気も水もきれいで、魚も獣もいて、山野田畑も豊かで、暮らしやすいところだ。もったいないことである。
いいよなあ、行きたいなあ、なにか支援策を考えてよ、アホのミックス政策のひとつで。
住んで、身の回りを除染したけりゃするし、どうでもよければしない、悠々自適の生活である。
もちろん核毒地域再生のためだから、生活費は東電に負担してもらいましょう。
どうせ先は長くないのだから、それで命が1年や2年あるいは5年も縮んでも、どうってことはない。そもそも核毒病ってのは、何年か後になって出るらしいから、そのころは寿命が尽きてるよな。
わたしはそう考えて、10年前に鎌倉の谷戸の中の緑豊かで静かで空気のきれいなところから、横浜都心の核毒なみ?の自動車騒音排ガスに満ちたコンクリートジャングルに便利さだけをもとめて移ってきたのだから、口だけではないのだ。
参照→◆地震津波核毒おろおろ日録
2013/08/25
824どこかネットジャングルの奥にゴミメール墓場があるのだろうか
世の中、平和であるからだろうか、こんなEメールが次から次へとやってくる。
平日でも休日でも休むことなくお送りいただく方々は、じつに精勤なものであると、ほとほと感心する。
せっかく送っていただくのだから、どれかになにか返事をしてあげようかと、思わないでもない。だが、後が怖そうなのでどんどん捨てる。
世界中のPCから捨てられた迷惑メールゴミは、原子力発電所が生み出す核毒ゴミのごとくに、どこかにどさっとたまっているのだろうか。
象の墓場みたいに、ネットジャングルのどこか奥深くに、何億何兆ものゴミメール死骸が積み重なって、腐敗臭をまき散らしている風景を想像すると、これは成仏するように供養してあげてはどうかね、。
わたしのPCのゴミ捨て場に自動的にたまる迷惑メール群を、ヒマなので題名だけでも読んでいると、世相が透けて見えてくる。
わたしが通常使っているWEBメールは、プロバイダーのサーバーが保存しているので、こちらのPCからは覗き込むだけだから、たまには読んでみる。
たいていたいしたことは書いてなくて、URLが書いてあってクリックせよというのである。
もっと魅力的なキャッチコピーを書いてくれないと、クリックする気にはならないよ、がんばりなさい。
これだけたくさんのものだから、分析してみたい気になる。
エロ系、裏ビジネス系とかの内容別、中国系、アメリカ系とか国別とかに分類して、経年変化を調べるとか、エロ系でも内容の変化と世相との対応を分析するとか、なにかひねり出せば、修士論文くらいにはなるかもしれない、なんて思う。
いや、修士論文を貶めているのではないよ、それくらいものすごい数だってこと。
下半身系が多いのは、受け取るわたしの好みを分析して送ってきているとは思えない(受け取る本人が言うのだから確かだ、もっと調べて送りなさい)。
下半身系のなかで、エロ系はもちろんだが、バイアグラを買えってのもけっこうくるのは、フン、大きなお世話である。
英語のゴミが時々あるが、最近は中国語のゴミが流れ着くことも多くなった。
英語は下半身系が多いようだが、中国語はよくわからないが、なんだか堅そうなビジネス案内らしいものが多いのは、あの国はエロ解放されていないからだろうか。
夏の暑さが一服した日曜日のどうでもよいヒマダネでした。
平日でも休日でも休むことなくお送りいただく方々は、じつに精勤なものであると、ほとほと感心する。
せっかく送っていただくのだから、どれかになにか返事をしてあげようかと、思わないでもない。だが、後が怖そうなのでどんどん捨てる。
世界中のPCから捨てられた迷惑メールゴミは、原子力発電所が生み出す核毒ゴミのごとくに、どこかにどさっとたまっているのだろうか。
象の墓場みたいに、ネットジャングルのどこか奥深くに、何億何兆ものゴミメール死骸が積み重なって、腐敗臭をまき散らしている風景を想像すると、これは成仏するように供養してあげてはどうかね、。
わたしのPCのゴミ捨て場に自動的にたまる迷惑メール群を、ヒマなので題名だけでも読んでいると、世相が透けて見えてくる。
わたしが通常使っているWEBメールは、プロバイダーのサーバーが保存しているので、こちらのPCからは覗き込むだけだから、たまには読んでみる。
たいていたいしたことは書いてなくて、URLが書いてあってクリックせよというのである。
もっと魅力的なキャッチコピーを書いてくれないと、クリックする気にはならないよ、がんばりなさい。
これだけたくさんのものだから、分析してみたい気になる。
エロ系、裏ビジネス系とかの内容別、中国系、アメリカ系とか国別とかに分類して、経年変化を調べるとか、エロ系でも内容の変化と世相との対応を分析するとか、なにかひねり出せば、修士論文くらいにはなるかもしれない、なんて思う。
いや、修士論文を貶めているのではないよ、それくらいものすごい数だってこと。
下半身系が多いのは、受け取るわたしの好みを分析して送ってきているとは思えない(受け取る本人が言うのだから確かだ、もっと調べて送りなさい)。
下半身系のなかで、エロ系はもちろんだが、バイアグラを買えってのもけっこうくるのは、フン、大きなお世話である。
英語のゴミが時々あるが、最近は中国語のゴミが流れ着くことも多くなった。
英語は下半身系が多いようだが、中国語はよくわからないが、なんだか堅そうなビジネス案内らしいものが多いのは、あの国はエロ解放されていないからだろうか。
夏の暑さが一服した日曜日のどうでもよいヒマダネでした。
2013/08/23
823スコラセミナー「建築家山口文象と逓信建築」に大勢おいでいただき感謝
昨日、青山のJIA会館にて、スコラセミナー「建築家山口文象と逓信建築」なる、マニアックな話をする機会をいただきました。
20人もいらしたら大成功だろうと、資料も椅子もお茶もそこまでしか用意してなかったら、40人近くもいらしていただきビックリ、アタフタ、ほんとうにありがとうございます。
しかも大学院生から諸先輩までの諸兄諸姉と年齢幅も広く、嬉しいことでした。暑い中をおはこびいただき、恐縮しました。ここでお礼を申し上げます。
それにしても世の中には、物好きというか、暇なというか、わたしを含めてそんな方々がおおぜいいらして、平和でいいなあと思いました。
音声はありませんが、画像だけでもご覧になるならば、こちらからどうぞ。
http://goo.gl/RTlVX9
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